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「なぜ自分は米兵を殺さなかったか」


  • 大岡昇平
  • 新潮文庫
  • 629円

思えば「戦争小説」というものをほとんど読んだことはなかった。それは余り興味がなかったのと同時に、戦争という極限状態に参加し、その最前線で描かれるドラマへ、なにも共感を得られないだろうと諦めに近い感情をもってしまうからだった。空襲が背景にあった小説は幾つか読んだし、爆撃に打ちのめされて行き、街にうごめく人間の退廃的な姿への描写へは、深く心を奪われて来た。俘虜記がどうやら「いちれん」の戦争小説とは違うらしい、と言う読書人ならみんな知っているような批評を目にして、読んでみることにした。

冒頭の「捉まるまで」を読み、その余りにも緻密で分析的な文体へ、まったく新鮮な感覚を覚えた(どうやらこれも発売当時からの評判らしいが)。今までに読んだ小説とは明らかに違った文体で、どちらかと言えばノフィクションや思想書的な感じだ。さらにもっと「乾いた」印象を感じさせる文体で、どんどん引き込まれていく。推理小説的な運びなのだろうか。

フィリピンのミンドロ島でアメリカの捕虜となった一日本兵の手記の形式を取ったこの小説は、徹底して記録的である余り、僕にはその冷静さは十分に演出的ですらあった。むしろノンフィクションとはかけ離れたドラマ性を感じた。現実が「フィクション」よりも「ドラマチック」であると言うのとはまた違う、分析的な眼差しが、その微動だにしない姿勢が貫徹された流れに、とても「芸術的」な感動を覚えたのだ。

著者の太平洋戦争「従軍体験」に基づく「連作小説」という構成から、分厚いし文字も小さく、ただでさえ読むスピードが遅くなりがちな文庫本なのだが、文体へ惹かれる余り、どうしても丁寧に拾おうとし、さらに遅くなる。思想書を読む場合に感じる難解さとは違う、慎重な姿勢になるのだ。読み進む内に感じる感激は、十分に疲労を及ぼし、また慣れ親しむ。だから終盤には早く読み終わりたいのと、この文体から離れる寂しさとで、やや複雑な感情すら抱くのだった。

読み終わってやはり一番印象に残ったのは、冒頭に行われた執拗に繰り返される「なぜ自分は米兵を殺さなかったか」という感情の自己分析だ。2002.08.20 /k.m


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