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ニンゲン合格

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なにかすごい映画を見てしまったんだという思いがした。そしてなにがすごいのかを、ちょっと言えなく、しかしこの思いは現実のものだった・・。


事故で十年ほど寝たきりだった青年(西島秀俊)がある日突然目を覚ました。しかし、彼を取り巻く環境はがらりと変わって いた(当然なようで、しかしちょっとひどい現実です)。

青年への感情移入は、意外と容易です。 「誰でも実家というものを離れて、正月とかに3日間だけ帰る。何か違う感じだけど、昔に帰った気分になって、また、じゃあね、という感覚を極端に描いてみたかったんです。」

黒沢清監督のインタビューでの発言の通り、親元を離れて暮らす人へは共通の感情を発見出来るかもしれない。

しかし、十年間もの昏睡状態をくぐり抜けて帰ってきた現実。崩壊した家族の勝手な生き方を目の当たりにし(父は宗教団体で海外を回る。娘はアメリカへ行くが、すぐに帰国し行き場のない生活。母は気ままな一人暮らし。)、十年前のままの無邪気な少年の行動をただす姿もなく、あたかも昔の団らんに戻ったかのような、一時の家族風景をなんのわだかまりもなく演じ、しかもまた、じゃあねという、さりげない挨拶の中へ消えていく家族の姿を見せてしまう。

この現実が、そして自分の存在までもが、夢の中でなくていったい何なのか、見ている自分へ転移してくる感情はおさえきれない。現実への虚構感を、すべて洗い出されたような思いは、青年の死への手前の言葉で、絶頂を迎える。あくまで静かなその描写は、かえってきつく心を突いて離れない。

家族を描いた映画は多いのだろうが、カットの長さ、家族以外の人間像、主人公の空っぽな心の描写。それらすべてが、家族という見えないテーマを中心に回っていた。こんな映画は初めてだ。

すでに、20本近く映画を撮っている黒沢監督。その作品は、「CURE」と今回のでまだ2作しか見ていないが、すっかりファンになってしまいました。00.02.20/k.m


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