※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

エヴァンゲリオン


  • TVシリーズ全26話
  • 劇場版「RIVAIVAL OF EVANGELION 01」EVANGELION:DEATH(TRUE)2
  • 「RIVAIVAL OF EVANGELION 02」Air/まごころを君に

使徒>見終わる前の話題

  • ちゃーりー>「近況」を読んで、使徒の形の思い出そうとしたのですが駄目でした。確かに記憶に残りにくいデザインでしたね。あれはウルトラセブンに出てくる異次元怪獣(?)がモデルになっているはずです。k.mさんはどこまで観られたのでしょうか。劇場版2作も忘れずに観て、感想を書いてください……。余談ですが、「使徒」は英語版だと“Angel”になってしまいます。(2003-08-18 (月) 00:21:16)
  • 321>折しもうちの研究室には今エヴァ全回分DVDと劇場版2作があります!「アスカ来日」まで見た。あと五十嵐太郎編のこんな本もありますよね。2003-08-18 (月) 05:46:18
  • eanak>庵野秀明は「オネアミス」「トップをねらえ」「ナディア」あたりまで観て離れていて、「エヴァ」のあまりの大流行にはすっかり乗り遅れていました。。。ちなみに私も、使徒思い出せません。2003-08-18 (月) 20:02:39
  • k.m>僕はまだ12話(DVDで3枚目)ですが・・。使徒の形と言えば、クモの大きくなったのや、目玉焼きみたいなのや、ジブリ入門系みたいな、ほんわかして書き込み薄いものばかりで・笑。逆にエヴァ自体はとっても悪役みたいに見えました。つまり正義と悪のキャラが反転したような印象で。まあ悪は反転というよりあさっての方向で、それがかえって恐いです。エヴァは321さんご紹介の五十嵐太郎編などのように、既に多くの「解釈」が用意されていて、今更感想なんてという気もしますが、まあこれが70年代の作品なら違和感なく素直になれるのかと思えば、もう95年も一昔という気もしますね。eanakさん庵野作品詳しいですねぇ。僕は「式日」という庵野監督のを先日見ました。不思議系少女の小難しいナレーション(しかも松尾スズキ)付きで、ちょっと気取り過ぎかなぁと・・。2003-08-19 (火) 01:34:30
  • eanak>庵野秀明の実写版はまったく観てません。。。監督としてどうなんですか?エヴァって、NHKの規制のせいでナディアでは出来なかったことをやりまくった…という印象が。最終回とか。何となく、それまでの庵野作品の方に親しんだ者としては、解釈とか何とか、真面目に語っちゃった時点で負けのような気も。オタクと娯楽とギャグの人、というとらえ方なんですけどねー2003-08-19 (火) 21:02:51
  • k.m>監督としてどうなのか僕もまだ良く分かりませんが、作品として「式日」はちょっと力みすぎかと思いました。映画的な楽しみにあふれた映像ではあるのですが、見終わってよかったかと言われれば、それほどでもなかった・・という感じです・笑。NHKが主な場だったのですねー。なぜあんなにも解釈を呼んでしまったのかが今見ていて気になる所なのですが、きっとそれも探せば色々語られているのでしょうね。でも時代の雰囲気をある場所へ込めたい気持ちはここ10年くらい強いのかなと思います。それほど大文字なものがなくなったということなのでしょうか・・。2003-08-19 (火) 23:10:10
  • ちゃーりー>エヴァンゲリオンって'95年だったんですね。ぼくは1999年の年末に、民放の深夜枠でやっていた再放送を観ました(無職でヒマだったのです)。今思うと、よくあんな番組を子ども向けに放送してましたね……。庵野監督に関しては全然知らないのですが(「オネアミス」は映画館で観ましたが)、あの人はアニメをエヴァでやり尽くしたので実写に行ったのだと、押井守が言ってました。あと、「正義と悪」については話が進めば判ると思います。2003-08-19 (火) 23:13:16
  • k.m>「正義と悪」については話が進めば判ると思います。きになるなー。あーでも週末までおあずけです・・。2003-08-20 (水) 01:40:07
  • eanak>まあ!そういえば、私も99年の再放送を録画したものを見たのでした。期せずしてぷー太郎になってしまった年でありました(笑)<ちゃーりーさん2003-08-21 (木) 18:35:05
    名前:
    コメント:

そして感想ノート


斉藤環さんのNHK人間講座「若者の心のSOS」を見ていると、初回の冒頭にエヴァンゲリオンが出てきた。現代における成熟の困難性がきわめてリアルに描かれているのが印象的だと、取り上げていた。そういえばまだ見ていなかったのを思い出す。お盆休みにとりあえず1本借りてみた。そして今日26話プラス劇場版2話の全てを見終わった。

いきなり時代設定以外なにも分からず、少年がエヴァンゲリオンに乗せられて、気がつけば暴走して使徒と呼ばれる敵を倒していた。その後も立て続けに敵は現れる。とにかく危機的状況が続いていることと、幼い少年と得体の知れないとても強い敵が激しく戦うシーンとで、ぐいぐいと引っ張られる強引な展開だった。少年を取り巻く女性はいかにもなアニメキャラで、「萌え」を喚起させるものなのか、その手の期待に添えそうな?場面も多い。これらを含め、久しぶりに新しい領域に触れたようで興奮し、それでいて懐かしさを伴う不思議なアニメだ。

少年はとてもナイーブで哀れなくらいだった。学校では孤立し、エヴァのパイロットというだけで生徒に逆恨みされ殴られもするし、同時に特別な存在として選ばれた、何か得体の知れない能力の兆しをも感じさせた。しかしそのどちらも、ただただ少年には迷惑な話というそのアンバランスさが、なんとも超越的な世界を日常性に近づけてしまうものがあった。

戦時下、あるいは戒厳令とでも言わんばかりの状況は、かつての大きな物語という中心を持っていた時代を思い描かせる。それはほとんど現代の誰もが経験していない過去の話であるが、同時にそこへ熱い思いを抱かずにはいられない世代なのかも知れない。希薄な日常と戒厳令とでは、随分と次元に差があろうが、そんな飛躍には強い引力もあって、少年のナイーブさと共に、両者を結びつけてくれるのだろう。

アスカという女の子が登場するあたりまでは小気味よく物語は運び、戦闘と他愛のない日常とが並列に、一話完結スタイルで続く。しかし中盤あたりでそれは崩れはじまる。エヴァ操縦士達の様々な内面がクローズアップされるのだ。このころからいわゆる物語としての均衡も崩れていき、安心して見ていられる状況ではなくなってきた。

それは一方で、ここまでつくられてきた魅力を欠き、一方で今後様々な時代的解釈を誘因する新たなテーマを生むことへ向かっていく段階にも思えた。グロテスクなアンバランスさが続く。超合金だったエヴァから生々しい血があふれる。スマートだった機体が、四つん這いになって野獣的な姿を見せる。解剖学的描写と、執拗なまでの心の中の描写。両者が繰り返しクローズアップされ、それまでの展開をなかば裏切っていくかのようだ・・。

このアニメを見てきて一番興奮するアクションは少年がキレるところだ。幾度も追いつめられ、理論的戦闘値がゼロになった絶望的な場所から一発逆転していく姿は、火事場のバカ力と同時に、すぐにキレてしまう中学生という世間にあふれるリアルさを提供してくれる。この分かりやすさは、カタルシスとワイドショー根性を同時に満たしてくれる。両者は表裏一体であり、僕らが日常的にそれらを求めていることを示されているようだ。

門切り方への批評性、グロテスクさへの興奮、様々なトラウマ、下世話なメロドラマ、萌え的描写、そんな取り付きやすく「はまり」やすいドラマ要素が、一見するとヒーローアニメのような「普通さ」のなかへ入り込んでいる。劇場版では実写の映像や観客までもが映し出されていた。随分と欲張りなんだけど、それだけ力のある作品なんだと、あらためて実感もした。2003-08-23/k.m

コメントをぜひ

  • ちゃーりー>とりあえず、ご苦労様でした>k.mさん。ぼくは見てからだいぶ時間が経っているので印象も薄れていますが、劇場版2作目の最後のシーンを見終えた後の感覚は鮮明に覚えています。未来がまったく見えない袋小路のような状況で、途方に暮れて、考えることすら放棄したくなるような無気力感。現実世界はサードインパクトもなく21世紀になってしまいましたが、あのときの空気はまだ残っているような気がします。余談ですが、最後のアスカのセリフはアドリブだったという話をどこかで目にしました……本当だったらすごい話だ。2003-08-24 (日) 22:19:29
  • k.m>12時間くらいあるのかな。疲れました。また落ち着いてから考えたいと思います。-未来がまったく見えない袋小路のような状況-それはご覧になったのが、世紀末か今かでも結構違うのかもしれませんね。僕は時代のシンクロとは切り離された状態で見ましたので。文脈が既に使い古された状態でなお楽しむ所、と言う意味で戦闘シーンにもっぱらそれを求めていました。あらゆる終末的な観念が出されていて、共鳴するところも多いのですが、2003年において(あるいは9.11以後)は、少年犯罪や閉塞感、自分探しと引きこもりなどのテーマよりも、人間が最大の敵となる、劇場版1作目などが一番リアルを感じました。2003-08-25 (月) 15:41:28

●「萌え」

  • k.m>それゆえ、『エヴァンゲリオン』の鑑賞において、綾波萌えかアスカ萌えかどちらを選ぶことは、単なる個人的趣味を超えて、ある種の政治的選択を意味することになる。東浩紀2003-09-05 (金) 20:18:48
  • ちゃーりー>東浩紀は「単なる自己パロディ」と書いてますが、流石に良くできた文章ですね。真に受けてしまう人が大勢いそうな気がする。ちなみにぼくはミサトさん派ですが。2003-09-06 (土) 22:17:43
  • k.m>たしかにエヴァに出てくる女性はどうもカテゴライズされすぎていると思いました。シンジに代表される男性達がどれも似たような印象を持つのとは対照的に。そしてそんな女性を比較して政治的云々と結びつけるのもまたいかにも男性的かなと思いました・笑。2003-09-06 (土) 23:25:33
  • ちゃーりー>このアニメは、シンジ君の視点から「どの女性を選ぶか」という選択を迫られる構造になってますよね。攻撃的なアスカでさえ、選択の対象となるわけで。まさに男子中学生の妄想が具現化したような……。女性の意見が聞きたいところです。2003-09-07 (日) 20:18:21
    名前:
    コメント:

カテゴリー-映画社会


関連リンク