一 章



どこまでもひたむきで、真っ直ぐで、目の奥に強さを秘めた瞳を輝かせる彼女。
その瞳に見つめられると、僕は心の底にある淡い気持ちを再認識させられてしまう…。
あぁ、初めて会った時から、彼女のこの瞳に惹かれていたのだ、と。
そして彼女がそうしたように、僕も心の中で決意をあらたにした。それは、何があろうとも、彼女を守るということだった。
華奢な体に不釣り合いなほど、力強く前を向き続ける瞳を、僕は守ってみせる…!

長かった受験期間を経て、見事に合格を手にした3月。
新たな学園生活を前に、僕は中学時代の友人達と思い思いの時間を過ごしていた。
なんせ、これから進学する高校に入学するのは、クラスでは僕一人。
寂しい気持ちがどうしても抑えきれず、僕は毎日のように友人達を遊びに誘った。
普段、遊びには付き合わない僕が積極的に羽を伸ばす。
クラスメート達はさぞかし不審な行動と捉えただろう。
しかしその反面、遊び以外の時間は欠かさずに勉学に励んだ。
これから入学する高校は、県内では一番の進学校といわれているところ。
最初から遅れをとるのはさすがに勘弁だ。
中学三年の夏前からコツコツ受験勉強をしてきた甲斐あってか、幸い、机に向かう習慣は身に付いている。
自他共に認める心配性で几帳面な性格がそうさせているのだろう。
僕は自らの性分を有り難く感じる時もあれば、そうでない時もあった。

…結局、中学三年間同じクラスだったのに告白出来なかった…
僕は中学時代、ずっと好きだった女子がいた。
一年生の時から同じクラスで隣の席になったこともある。
時々、授業で分からないところを教えてあげることもあった。
一度だけ、クラス内で相思相愛の噂を立てられたこともあった。
…でも、それだけだった。
その子を目の前にすると恥ずかしさと緊張で、何も言えなくなってしまう。
偶然目が合った時など、しばらく顔を上げられなかった。告白をしようと思ったことは幾度とある。
でも、その度に、後ろを向いてしまった。
「心配性で几帳面な性格」のせいにして、自分の中に、自分を上手に隠してしまっていた。
卒業式の日、隣のクラスの長身な男子に、第二ボタンをせがむその子を見た時に押し寄せてきた後悔の念は、
今でも胸を締め付ける。
それでも、いつまでも塞ぎ込んでいては始まらない。
あと3日もすれば新しい生活が僕を待っている。
自然と綻ぶ顔と、湧き上がる期待を感じつつ、僕は再び意識を机に集中させた。

彼女に対する第一印象は正直に言うと、変わった子だな、程度だった。
入学式後に通された教室。
これからここで一年間過ごすのか、という感銘を受けつつ、教壇にある座席表で自分の席を探す。
窓際の三番目が僕の席だった。
窓の外には、登校してくる時に思わず感嘆の声を上げるほど見事だったグラウンドに咲く桜並木が一望だった。
それらを眺めながら席に向かうと、既に隣人が着座していた。
それが、彼女だった。

椅子に座っていてもわかるくらい、低い背丈。華奢な体。短めのツインテール。
そんな容貌の彼女は、隣に座った僕には気にも留めず、一心不乱にノートにペンを走らせていた。
時々ペンがぴたりと止まると、頭を上げず、そのままの姿勢で眉間に少しシワを寄せ、考え込む。
そしてしばらくすると、その険しい表情を解くことなく再びペンを走らせる。
その繰り返し。
僕はその時、少し戸惑っていた。
これから少なくとも数ヶ月は共に机を並べ、勉学に励む仲になるであろう。
きちんと挨拶をするべきか、否か。
果たして、隣の勤勉家は熱心に机にかじり付いている。
声を掛けるのもはばかれるようなオーラを醸し出している。

僕は、どうしたものかと思案した結果、几帳面な自分の性格を優先して、話し掛けることにした。
「あの~」、声が小さかったのだろうか、全く反応しない。
今度は少し大きめの声で打診してみた。
すると、彼女はピクリと反応するとペンを止めこちらに顔を向けた。
その彼女と目が合い、僕の中で、一瞬、刻が止まった。
色白で整った、端正な顔立ち。小さくピンク色な唇。
それよりも目を惹いたのは、彼女の瞳。
どこまでも真っ直ぐで、目の奥に強さを秘めた瞳。
僕の目を、真っ正面から見据える、一点の曇りもない瞳。
空虚なガラス玉のようにも見えるが、それ自体が意思を持っている宝石のような錯覚さえ覚える。
僕は、無言のまま打診の続きを促す彼女に気づき、慌てて自己紹介をした。
「は、はじめましてっ」。

彼女は、僕の言葉の一つ一つを分析するかのような沈黙を浮かべた後、抑揚のない声で自己紹介を述べた。
「はじめまして…」。
再び刻が止まる。
全く変化のしない表情で、僕の次の言葉を待つ彼女。
僕は必死に会話を模索したのだが、どうやらタイムオーバーだったらしい。
彼女は、一瞬で見限った僕から意識を切り離し、再び机上のノートにペンを走らせる作業に没頭し始めた。
僕はその時、少し後悔をした。
彼女が夢中になって書き続けている「何か」を話題にすれば良かった。
しかし、その時に話題にしなくても、もう時期経てば僕だけではなく、
クラス全体、いやそれ以上の範囲で話題になることを、僕は知ることになる。


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最終更新:2008年03月04日 14:03