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モンティ・ホール問題

問題は次のようなものである。

プレイヤーは、三つのドアを見せられる。ドアの一つの後ろにはプレイヤーが獲得できる景品があり、一方、他の二つのドアにはヤギ(景品がなく、ハズレであることを意味している)が入っている。ショーのホストは、それぞれのドアの後ろに何があるか知っているのに対し、もちろんプレイヤーは知らない。
プレイヤーが第一の選択をした後、ホストのモンティは他の二つのドアのうち一つをあけ、ヤギをみせる。そしてホストはプレイヤーに、初めの選択のままでよいか、もう一つの閉じているドアに変更するか、どちらかの選択権を提供する。プレイヤーは、選択を変更すべきだろうか?

ゲームのルール

  1. 3つのドア (A, B, C) に(景品、ヤギ、ヤギ)がランダムに入っている。
  2. プレイヤーはドアをひとつ選ぶ。
  3. プレイヤーがどのドアを選んだかにかかわらず、ホストは残りのドアのうちひとつを必ず開ける。
  4. ホストは景品のあるドアを知っていて、必ずヤギの入っているドアを開ける。もし、両方ともヤギだった場合はコインを投げて決める。
このうち (3) と (4) の条件が重要である。特に (3) が決められていなければ、このゲームはプレイヤーとホストの心理戦であり、確率の問題ではない。(4) は条件を書き換えることができる。

模範解答

「開けるドアを変更する」。なぜなら、プレイヤーがもう一つのドアへ変更した場合に景品を勝ち取る可能性は、プレイヤーがもともとの選択のままである場合の2倍であるからだ。この理由は次のようになる。もともとの選択では、プレイヤーは選んだドアに景品がある可能性を 1/3 しか持っていない(景品がない可能性は 2/3);この確率はモンティがヤギのドアを開けたとしても変わらない。その結果、もしプレイヤーがもともとの選択に忠実ならば景品を勝ち取る可能性は 1/3 であり、従ってプレイヤーが変更した場合は 2/3 である。



ここまではウィキペディアーからの引用

ここからは3人の話し合いによって、生まれた様々な疑問に対する回答
ABC三つのドアがあって、最初にプレーヤーが選ぶのがA、ホストがあけるのがBという場合を考える
  • Aが外れる確率が2/3であるなら、Cも同じく2/3となるのが普通じゃないですか?
Cが外れる確率を2/3と考えてはいけない。次のように説明されると思われる
Cがあけられなかったのはたまたまじゃない 。プレーヤーが最初に選択しているAに対して、答えを知っているホストは決して操作しない(操作する可能性がない)、それゆえ確率は最後まで変化しない。それに対して、B,Cに対して操作を行うために、B,Cの確率が変化してしまう。Bが0に、Cが2/3になる。
上の前提では、Cに対して操作しなかったように見えるけど、実は操作しなかったということも確率論的に一つの操作となってしまう(Aを選んだという前提ではBもCも操作可能である)。言い換えれば、プレーヤー側からすれば、BもCも開けられる可能性はあった。にもかかわらず、Cが開けられなかった。
Cが開けられなかったということには、2種の可能性があって、Aにあたりがあって、Cを開けられなかった場合と、Cにあたりがあって、Cを開けられなかった場合の2通りが考えられる。前者は、たまたま開けられなかった(確率は1/6)で、後者は絶対開けられない(確率は1/3)。したがって、Cがあたりになる確率はAがあたりになる確率の2倍であるのは明らか。

  • ホストがBを開けたあとに、プレーヤーがいったん退場して、そこにルールを知らない人をつれてくると、確率は1/2であるにもかかわらず、プレーヤー本人からすると、違うというのは、確率としておかしくないですか?
この問題を取り扱うために、仮想実験をしてみる必要がある。
三つのドアにランダムにあたりをいれるという試行を無限回を繰り返したとき、この試行全体を集合Sとする
途中入場したルールを知らない人にとって、Sの中から、ホストがBを開けた場合を抽出した部分集合、これをBとする。このときの確率は確かに両方とも2分の1
しかし、プレーヤーがAを選んで、ホストがまだBを開けた場合は、Bの中の、プレーヤーが最初にAを選ぶという条件つき部分集合である。
両者の試行集合が違えば、確率が違っても不思議ではないわけだ。
さらに、次のようにも説明される。
ホストがBを開けるという条件を固定した場合、プレーヤーは最初AとCを両方を選ぶ可能性があって、最初にAを選んでCがあたる可能性と、最初にCを選んで、Aがあたる可能性は同じ。両方を合わせた集合を観測した人(ルールを知らない、途中入場の人)にとって、両方のあたる確率が同じであることには矛盾しない。

  • では、なぜ、最初にAを選ぶという条件を加えることで、AとCの確率分割に非対称性が生じてしまうのか?
おそらく、最初のAを選ぶという行為と、次にホストがBを開けるという行為が独立してないからである。
つまり、次のように言える。直接的ではないが、プレーヤーは、自分自身の行為xとあるルールfと答えyに基づくホストの行為f(x,y)があって、ホストが正解を知っているということは、プレーヤーは自分自身のx--f-->f(x,y)という一連の写像を観察することによって、間接的に、答えyにアクセスできているということ。それによって、確率分割に非対称性が生じてしまう。
正解yにアクセスできるということがなぜ確率に影響するかって?
ホストを考えてみればわかる。ホストは正解を知らなかったら、ABCどれも1/3だけど、知ってる場合は、確率は一つに収束して、1になり、ほかは0になる。ほら、非対称!

―いろいろ説明されたけど、それでもやはり多くの人間がなぜ1/2と直感してしまうの?
それは、おそらくこうだ。人間は常に与えられた状況から思考するような癖がある。
たとえば、今私は人間で、2本足で歩いて、日本をしゃべってる。そこから思考が始まる。この場合、私は自分が3本足でどうやって歩行するんだとか、人間じゃなくて植物だったらとか、日本語じゃなくてロシア語しゃべってるならどうしようとか普通考えてない。それを考えても無駄だとわかっているからだ(本当は無駄じゃないんだけど、いろんな意味でそう考えてることでいろいろわかってくることもある)、たぶん無駄というより、圧倒的に非効率的なんだ。
このモンティ・ホール問題も同じことが生じている。
Bを開けられたとき、それまでのプロセスを一切排除して、Bがはずれで、ほかの二つのどれかあたりであるという状況から思考をスタートしてしまう。そうすると、1/2と直感してしまう。