創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

第二幕 踊る阿呆《人間》に踊る阿呆《化物》

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irisjoker

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だれでも歓迎! 編集
俺が地球から持ち込んだ人型機動兵器スケイプゴートを幻想力で模倣した幻想空繰人形を使った
初の管理戦争の火蓋が遂に切って落とされた。
いや、別に俺が好き好んで持ち込んだわけじゃねェんだが、そんな事情は新しい物好きの幻想種達にとって
何の関係も無い話でしか無いわけで、それは判子で押した様な同じ顔をした名無しの有象無象にとっても同じらしく、
新しいルールによる戦争に嬉々として戦力を展開しやがり、これまた判子で押した様な寸分の狂いも無い
全く同じ姿をした幻想空繰人形の大軍団が、あっという間にヴァルハラの大空を覆い尽くした。

普通、こんな大戦力を前にすりゃ一目散に、それこそ全身全霊をかけて何もかもを置き去りにして逃げ出す所なんだが、
この普通じゃない状況なら話は別だ。管理戦争の参加者には其々の立場に応じた役割が付与されている。

俺や初音、芹菜といった人間サイドの参加者。プレイヤー。
今回のメアリー嬢の様な戦争の発生原因となる支配階級の参加者。ボスプレイヤー。
ボスプレイヤーの配下で尚且つ、高い幻想力を持つ参加者。サブプレイヤー。
芹菜達が言っていた立花路桜が、この役割に該当する。多分。
それとは逆にボスプレイヤーの配下では無く、管理戦争の舞台に生息する高い幻想力を持つ自由参加者。ゲスト。
そして、下等幻想種の参加者。雑兵。

雑兵の中で更に細かい区分があるらしいが役割名の通り、ただの雑魚。要は賑やかし役だ。
幻想空繰人形の性能は繰り手の幻想力に大きく左右される。下等な幻想種ってのは大半が自意識を持たない無意識の集合みたいなもんだ。
だから、力を妄想し、空想し、想像し、創造する事が出来ない。
精々、幻想という在り方を維持し、ボスキャラクターの簡単な命令を実行するのが関の山だ。

中には自意識を持つ奴もいるが、雑兵の役割を与えられている以上、
結局、強い雑兵という程度で雑兵という枠組みを越える力を持っているという事は決して無い。
越える力があれば最初からゲストのクラスを与えられているだろうしな。

だが、賑やかし役を与えられているだけの事はある。
これ見よがしに空を覆う程の陣容を展開出来るのは雑兵だからこその役割と能力と言える。
尤も……こっちはありとあらゆる幻想種の天敵にして創造主の人間様だ。
だからよ、微塵にも恐れる事もねェし、考える事無く有象無象の雑兵たちの中心へと飛び込んだって何の心配もいらねェってこった。

「慣らし運転には過不足無ェってところだな」

適当にブーストスロットルの出力を上げると、まるで瞬間移動でもしたんじゃねェかと錯覚する程のスピードで景色がコマ送りで切り替わり、
コクピット内の全周囲スクリーンが雑兵共のコウモリの様な幻想空繰人形の大軍団で埋め尽くされた。

「流石はコスト度外視の実験機! トーリックとは比べ物にならない加速性能だ。
良いねェ! 火力もゴキゲンだと尚、素敵なんだがなっと!」

コクピット内のコンソールを弾き、武装を選択。
ディアボロスの上半身に覆い被さるマント状の追加装甲、アームズドレスの側面装甲が持ち上がり、戦闘機の様な平面翼が垂直に伸びる。
平面翼状の側面装甲の下方に装備された対艦クレイモアミサイル十二基を扇状に全弾発射。
狙いは付けねェ。敵陣の密度がハンパねェし、外しようが無ェ。

弾頭の先端部分は円錐形の螺旋式回転錐。身も蓋も無い言い方すりゃ漢の浪漫、ドリルって奴だ。
伊達にロマンアーマーと呼ばれているわけじゃねェって事だ。
漢の浪漫ミサイルにかかれば戦艦の分厚い装甲だろうが、拠点施設のパリーンと割れる頑丈なんだか
そうでも無いんだかよく分からんバリアだろうが関係無く、ただの一撃でブチ抜く事が出来る。ドリルは伊達じゃねェ。

だが、弾頭のドリルで装甲をブチ抜くのは、ただの下準備だ。本命は名前の通り、弾体内に内蔵された無数のボールベアリング弾だ。
爆発力、攻撃力、効果範囲、全ての面において雑魚共を一掃するには充分過ぎる大量虐殺兵器ってわけさ。
連中の人形のコクピットが何処だかは知らねェが、コクピットにぶっ刺されば確実にミンチだし、
コクピットを逸れていても、続くベアリング弾の洗礼で、やっぱりミンチだ。

「どんな怪我をしようとすぐに治るし、死んでも生き返るって話だからな……
ま、コイツを食らったら死んだ事を自覚する前に生き返れるさ。多分な」

クレイモアミサイルの直撃を食らった十二体の人形を中心に爆炎とベアリング弾による暴虐の嵐が吹き荒れ、
雑兵どもを片っ端から鮮血と炎に彩られた大輪へと変えていく。

「寧ろ、これで死ななかったらゴメンなってところか?」

条約違反の武器をアホかっつーくらい撃てるってのは中々に面白いかも知れんね。とは言え、雑兵のクラスも伊達じゃねェようだ。
楽勝だと油断する暇すら無く、地に落ちていく雑兵達の背後から燃え広がる爆炎を突き抜け、新手の雑兵が飛び出す。
撃ったら撃った分だけ落ちるが、落ちたら落ちた分だけ増えてんじゃねェのか?

「これじゃ、まるでシューティングゲームだな」

武装を再選択。コンソールを弾き終えるよりも早く、ディアボロスの右半身、左半身の正面を覆う二基の追加装甲が機体の正面に展開。
一々、狙いを付けるのも馬鹿らしくなる程の雑兵達の密度に思わず、笑ってしまいそうになる。
真正面に向けてトリガーを引くと装甲の内側に装備された四基の砲塔、リヴォルヴァービームカノンの砲口が真紅の光を纏い、
無数の火線を吐き出し、新手の雑兵を空間ごと焼き払い、喰い散らかしていく。

全身をビームにブチ抜かれ、原型一つ残さず地上に墜落していく雑兵の後を追うかの様に
円筒型のビームエネルギーバッテリーが空薬莢代わりに地上へと降り注ぐ。
こんだけの弾丸を積むスペースが一体、何処にあるのやら。いや、俺が無意識下で弾丸を鋳造してるってだけなんだけどよ。

クレイモアミサイルもそうなんだが、このディアボロスは俺の幻想力によって生み出された限りなくリアルに近い妄想だ。
ぶっちゃけ、弾もエネルギーも無制限。トリガーを固定してぶっ放し続けても弾切れなんて起こさねぇし、エネルギーだって切れない。
勿論、銃身が焼け付いて使い物にならなくなるってこともねェ。ちょっとした無敵モードみてェなもんだ。

「いやはや、こうも一方的だと笑えてくるな。ちったぁ撃ち込んでこいよッ!」

「戯け。条件は相手も同じなのだ」

初音の警告と共に空の彼方で星の様な無数の光が煌き、流星群を思わせる無数の光が長い軌跡を描いて五月雨の如く飛来する。
毎度、思うんだが遠方で弾幕を張れば、お手軽簡単に擬似的な流星群を再現出来て面白いよな。
光の雨の向かう先が俺でなければ言う事無しなんだがな。

「ハッ……盛大な歓迎じゃねェか!!」

雑兵の攻撃なんて些細なもんだが、流石に流星群もかくやという無数にも近い弾をまともに浴び続けりゃロクな事になりゃしねェのは、
態々喰らって確かめるまでもねェ。攻撃態勢に展開した四基のアームズドレスを再度、防御形態に移行。
アームズドレス各基に搭載された装置からサークル状の防御膜、バリア・ヴェールを展開し、流星群の様な弾幕を片っ端から弾き返す。

「バリアの防御力も申し分ねェな。さてと、長距離砲を展開したいところだが……」

雑兵の豆鉄砲とは言え、この集中砲火の真っ只中でバリア・ヴェールを解除しようものなら、たちまちの内に蜂の巣にされた挙句、
地面と熱いベーゼを交わす羽目になる。
だが、焦る事ァねェ。バリア・ヴェールにしたってエネルギーはほぼ無限だ。一気に距離を詰めて他の武装で圧倒した方が安全且つ愉快だ。

「手ぇ貸してやろうかぁ?」

芹菜が手ェ貸したそうな風に言うが、ノーサンキューって奴だ。
こんなモン苦戦の内にすらなりゃしねェし、何よりも折角のチュートリアルモードだ。
独り占めしたくなるのが人情ってなもんだろ? 知らねェが。

「指銜えて眺めてな」

ブースターノズルから吐き出された白色の焔を背負い、正面の景色を遥か後方に捨て去り、
黄金色の光線を掻い潜り、弾き返し、攻撃地点に向かって空を駆け抜ける。
其処にはキャノン砲を抱えたまま磔にされた雑人形の大群が墓標の様に並んでいた。

「縛って縛られ砲撃戦ってか? どんな趣味だか知らねェが流石は異世界。まだ見ぬ変態が、まだまだ転がってやがりそうだな」

「指銜えてろって言われてもなァ」

ディボロスのサブモニターにデュランダルのコクピットを背にした芹菜の姿が表示されスピーカーが彼女の快活な声を響かせるが、
そんな事よりもコクピットの中身がピンクのファーに敷き詰められいる上に、シートは何をトチ狂っているのか、いかにも少女趣味なソファときている。
その癖に、シートベルトやハーネスなんてものは影も形もねェ。何処まで魔法少女なんだよ、コイツは。

「まだ、大した戦闘になってねェだろ? つーか、何なんだ? そのファンシーなコクピットはよ?」

「そういう刹羅は飾りっ気一つ無いじゃないか」

「普通、コクピットなんてのはこんなもんだ」

まあ、元がスケイプゴートとは言え、コレは幻想空操人形ってェ空想が具現化した玩具に過ぎねェわけで、
あらゆる物理法則は来須によって好き勝手に書き換えられている。

つーわけで、俺の常識や普通なんてのは意味をなさねェ。
俺のイメージをより確かな物にするために熟知している物を完璧に再現してしまったわけだが、
よくよく考えたらこの場合は芹菜の方が正解かも知れねェ。
コクピットをピンクのファーで敷き詰めるのが正解って意味じゃねェ。自分が快適だと思うコクピットを幻想するって意味な。

そうだ。別に、こうでなければいけないという明確な条件はどこにも無い。コイツは緻密に計算された精密機械じゃねェ。
人間の曖昧な空想の産物だ。極端な話、コクピット内が6SLDKの豪邸でも良いし、シートが身体組成学の粋を結集して設計された
超快適マッサージチェアでも良い。
幻想空操人形の設定に矛盾があったとしても、ヴァルハラの法則が勝手に都合の良いように補正してくれる。
要は来須に連れてかれた喫茶店と同じだ。
まあ、立派な椅子に座ったことねェから、俺の頭じゃ空想も幻想も出来ねェけどな。

「結局、俺にはこれ以上に快適なシートはイメージ出来ねェってことか」

「ああ?」

「何でもねェよ。それよかさっきからどうしたんだ? 態々、俺の心配をする程、可愛げのあるタチでもねェだろ?」

「今、刹羅がいる場所ってさぁ、ちょっとばかし強い幻想種、ゲストの縄張だから気を付けろよぉって話と、
そこから真っ白な城が見えるだろ? そこがメアリーの居城。私らは先に行ってるから、後で合流なー」

ああ。確かに真っ白な城が見えるな。吸血鬼の城にはまるで不釣合いな純白の城。
見るからに女盛りの女王に見た目麗しい姫が微笑んでいて、キュートで奉仕精神豊かなエロメイドが列を成していそうな城だ。
期待に胸が高まるってもんだが、そりゃあ一旦、後回しだ。

「磔にされている連中がいるんだが、コレがちょっとばかし強い幻想種って奴の仕業か?」

「そうよ。そして、それが貴方の末路」

静謐さを湛える女の声が殺意と共に辺り一面に広がり、地面に無数の亀裂が走った。
切裂かれた大地から無数の糸がタコやイカの触手の様に蠢きながらディアボロスに纏わり付いてくるが一々、避けるのも面倒臭ェ。
バリア・ヴェールの出力を上げ纏わり付いた糸を一気に焼き切る。
面倒なのもそうだが縛る趣味はあっても、縛られる趣味は無ェ。それが俺好みの美女であってもだ。…………多分。あんまり自信は無ェ。

「縛られるのはゴメンだが、美人の類なのは声で分かる。声だけでは無く、顔も見せて欲しいんだがな?」

「付き合いきれないわね」

「付き合い悪ィな。ペドに阿呆なガキ。極めつけは無愛想なガキ。そろそろ、良い女の顔でも拝んで心の栄養を蓄えておきたいところなんだがなァ」

「誰がガキだってぇ!?」

ガキが何か言っているが知った事か。
それにしても、一発で美人だって分かる声をしているってのにサブパネルに表示されたSOUND ONLYって
無機質な表示だけじゃ味気が無ェってなもんだ。
ついでにどんなコクピットを幻想したのかスゲェ興味がある。美女のお宅拝見的な意味でな。

「ま、勝ってからのお楽しみってことにしようか!」

さっき全弾ぶっ放した筈なのに何故か残弾が満タンになっているクレイモアミサイルを再び、全弾ぶっ放して磔にされた雑魚どもを蹴散らす。
セリス嬢の顔以前に人形の姿が見えていないんじゃ話にもならねェ。

「何処に潜んでいるか知らねェが、ディアボロスのレーダーからは……」

多彩な武装にいずれも違わぬ圧倒的な火力。パイロットの安全面を完全に無視した機動力。頑強な装甲に七基の追加装甲とバリアによる防御力。
あらゆる面でデタラメな性能を誇るディアボロスだが、レーダー・センサー類。電子戦装備に関する話を全く聞いたことが無ェ。つーか、知らん。
反射的にレーダーからは……と言ってはみたが、そもそも、電子戦用装備の性能を知る知らない以前に電子戦装備を幻想した記憶が欠片も無ェ。
幻想してねェって事はディアボロスにレーダー類は搭載されてねェって事だ。

そして、幻想空操人形は造り直し不可。これは困った。

だって仕方無くね? ただでさえデタラメな機体だ。目立つ性質にばかり意識がいったって無理も無ェ。
無ェからディアボロスにはレーダー類の装備は一切無ェ。
無ェったら無ェから無ェんだ。諦めろ。俺は何も悪く無ェ。ただ仕方が無ェってだけだ。

「なぁ、セリス嬢。せめて俺の目の届く場所まで出てきてくれねェか?」

「既に宣戦布告は受け取った。言われるまでも無いわ」

触手の様に蠢く糸の束が空間に溶け込むように掻き消え、金と赤の光線が交差する。

光の向こう側から金色に染まる豪奢な装甲を纏った幻想空操人形が血の様に赤い糸を靡かせながら、
さも、神々しい存在であるかの様に、その姿を現した。
それ以上に出て来いと言って素直に出て来たって事の方が驚きなわけだが。

「つーか、アレだけの事を人形抜きでやっていたとは恐れ入る」

「身体が大きかろうと、数が多かろうと、原点が何であろうと、自意識を持たない雑兵程度では、
生身だろうと人形を使おうと私の糸繰りからは逃れられない」

人形があろうと無かろうと大差は無い。来須は存在自体のスケールが違い過ぎて今一つ理解出来なかったが生身の非力な人間と、
人間の荒唐無稽な空想によって産み落とされた非常識な幻想種との力の差を改めて、思い知らされた気分になる。
だからこそ、古来から非力な人間達は群れ、武装し、知恵を出し、時には別の幻想種から知恵や力を借り受け、
圧倒的な力を持つ幻想種に対抗し、打ち倒し、皆殺しにして、気付けば……いや、自覚の無いまま最強の幻想種の座に君臨した。

「糸繰りの幻想種、セリス・アルバート。幻想空操人形アリアドネ、参る」

別に最強なんてモノに興味は無ェが生憎と強い幻想種を打ち倒す為の得物がある。

"ぼくがかんがえたさいきょうのロボット"幻想空操人形が。

「ご丁寧にどーも。月城刹羅。幻想空操人形ディアボロス、行くぜ!!」

背中に背負ったブースターノズルが吐き出す焔が赤から青、白と変色し、音を置き去りに弧を描いて天を駆け抜け、
弾頭を時限式信管に切り替えたクレイモアミサイルを投下。
超音速で飛翔するディアボロスから切り離された十二基のミサイルがまるで冗談か何かのように高速回転しながらアリアドネへと襲い掛かる。
だが、セリス嬢はミサイルに反応出来ないのか、それとも意に介していないだけなのかアリアドネの四肢から伸びる赤い糸を漂う様になびかせるばかりで微動だにしない。

ミサイルが破裂し、中から無数とも言える数のボールベアリング弾の豪雨がアリアドネを完全包囲。
何故、セリス嬢が動きを見せねェのかは知らねェが、隙間無く吹き荒れるボールベアリング弾と爆炎の渦のド真ん中にいるんじゃ、どう足掻いたって助かるわけがねェ。

(相手が雑兵ならオーバーキルなんだが……どうだ?)

爆炎の向こう側から映し出されるアリアドネの黒い影が一瞬にして膨れ上がり、人型から球状に影を伸ばした。

「何を企んでんのか、どんな武器だか知らねェが……ッ!!」

クレイモアミサイルでどうにか出来る相手じゃねェ。コンソールを殴り付け、アームズドレスの正面装甲を展開し、リヴォルヴァービームカノンと兼用の多目的砲塔を起動。
全周囲に展開した七層のバリア・ヴェールを多目的砲塔に収束、エネルギーを開放し、白濁とした極太のビーム――ヴェール・キャノンをアリアドネに叩き込む。
白濁とした光芒が大地を削り取りながら渦を巻き、一気に開放された破壊エネルギーがヴァルハラの大空に大音響を轟かせた。

湧き上がるエネルギーの奔流に球状の影と化したアリアドネの巨躯から肉という肉が爆ぜ、飛び散り、削ぎ落とされ、朽ち果て、焼かれ、灰となり、塵と化していく。
どんな攻撃を狙っていたかは知らねェが、幻想種の攻撃って時点でロクなモンじゃ無ェって事ァ喰らうまでも無ェが、撃たせる前に大技をぶっ放しゃ、ざっとこんなモンだ。

「悪ィな。まだメアリー嬢ってェ、どんでも無ェ化物が後に控えているんでなァ、セリス嬢に見せ場を作ってやる暇は無ェんだわ」

「こんなときに他の女の話とは野暮にも程があるわね」

ご尤もな話だ。

「そりゃあ、返す言葉もねェな」

爆炎の向こう側に映る黒い影からナニカ――幻想空繰人形の残骸が弾け飛び、生々しい音を立てて地面に落ち、光の残滓を残して宙へと掻き消えていく。
だが、掻き消えるよりも幻想空繰人形の残骸が北国の豪雪の様に地面に降り積もる方が早い。
そして、その残骸の量は一体分どころか明らかに数百体分に相当する。その中には金色に輝くアリアドネの装甲片は、ただの一欠片さえ無ェときている。

(まさか全然効いてねェってのか?)

強烈な閃光と残骸の大瀑布が晴れ、粉々に粉砕された残骸の絨毯をハイヒールの様なアリアドネの華奢な足が踏み潰していく。
光の飛沫が宙に浮かぶ幻想的な大地を悠然と進むアリアドネが纏う豪奢な装甲から放たれる金色の輝きに翳りの一つもねェ。

「残念ながら吸血鬼の配下で作った肉の壁を剥ぎ取るのが関の山だったようね」

溜息が出る程、神秘的な有様に次の手が思い浮かばねェ。

「けど、雑兵とは言え、私の幻想力で補強したのに一撃で全滅とは恐れ入るわね」

セリス嬢がフォローを入れてくれるが、大技の一つを晒したにも関わらず倒せないどころか全くのノーダメージってのは、それなりに堪えるものがある。
やっぱり、アレかね? 強敵相手に初っ端から大技を使うと失敗するってのは何処の世界でも共通って事なのかも知れんね。

「そう言えば貴方、こっちでの殺し合いは初めてだったわね」

「うん。優しくしてね」

「気持ちが悪い」

身も蓋も無い。無感情に言われると却って凹みそうになる。ヴェール・キャノンが不発に終わった事が如何でも良くなる程にな。
ま、そこが良いとも言うが、癖になったらどうしてくれやがるんだ。ベッドの上で賠償を要求せざるを得ない。

「けど、今ので少しは理解に及んだのではなくて?」

いいえ、全く及んでいませんが何か? 口にしたら更に言葉攻めを受けかねないので黙っておく。
これ以上は本当に癖になりかねんからな。

「数百規模の雑兵を消滅させる程の威力を持った能力でも、ゲスト以上のプレイヤーには決して有効打にはならない。
それは貴方にも同じ事が言える」

(幻想力なんてのは思考能力の延長みてェなもんだ。ゲスト以上のプレイヤーが人間と同じように思考出来るってェ事ァ、
ディアボロスと同等の火力、防御力、機動力。それに加えて幻想種特有の特殊能力だって持たせられる)

セリス嬢の物言いは投げやりだが、態々ご丁寧にしなくても良い説明をしたりと、かなり親切なお嬢さんだ。
もっと姑息にやろうと思えば奇襲の一つや二つでも出来ただろうに面倒見の良い事だ。
恐らくだが、泣きながら土下座してお願いすれば一回くらいはデートしてくれそうな気がする。

「ま、それは戦争が終わった後で試してみるってことで、仕切り直しといくかッ!!」

叫んでみたは良いが、完全無欠のスケイプゴート、ディアボロス。
それはスケイプゴートという枠組みの話であって幻想空繰人形の中に当て嵌めた場合……

(コイツ……この世界じゃ、割と普通の性能なんじゃねェのか?)

「取り合えず、ガチで殴り合って削り倒すくらいのつもりでやった方が確実かも知れんなァ……」

「論より証拠。百聞は一見に如かず。習うよりも慣れろ。色々と試してみれば良い」

「じゃあ、お言葉に甘えて胸を借りるとしようかねェ」

もっと別の意味で胸を借りたいのが本音だが状況が状況だ。頭を切り替えて、アームレストのコンソールを叩く。
背面を覆う三基一組の装甲の内、両サイドの二基をディアボロスの肩の上に展開し、二門の対艦砲、マスドライヴバズーカの砲口をアリアドネに向け、トリガーに指をかける。
コイツの初速は音速を軽く越え、人間の認識能力は勿論のこと高性能なレーダーさえも遥かに陵駕する。
少なくとも、目と鼻の先にいる標的なら撃たれたことさえも気付かせやしねェ。

「分かっているとは思うけど、甘えさせてばかりのつもりも無い」

マスドライヴバズーカから電磁加速で放たれた二発の砲弾がアリアドネに喰らい付く。
一発はアリアドネの糸に絡め取られ爆散し、赤い糸と共に塵へと還り、もう一発はアリアドネの糸を靡かせるだけで明後日の方へと逸れ、
小山を吹き飛ばし、今更になって激しい衝撃と共にクソ喧しい砲声が鳴り響いた。

「どんな魔弾でも、それが意思を持たない物体なら私に操れない道理は無い。そして、アリアドネの糸に見つけ出せない脱出路は無い」

「それが糸繰りの能力の本質ってわけか……それって勝てなくね?」

「メアリー程の支配者が嬉々として異界の人間に戦いを挑むと聞いて楽しみにしていたのだけれど……
この程度で弱音を吐くなら、芹菜の方がまだ良い勝負をするわよ」

口調こそ平坦だが、とんだ期待外れだと、あからさまに落胆を含ませた声色が飛んでくる。良い女の期待に応えられないのは男が廃るってもんだ。

「Oh……」

だが、実際問題としてどうすりゃ良い?
まともな自意識を持たない雑兵を数百規模で操るセリス嬢にとって威力に関係無く、
ほんの指折り程度の実弾はセリス嬢の能力によって楽勝で無効化されてしまう。

それにアリアドネの糸。恐らく、ヴェールキャノンの威力を削いだのはメアリー嬢配下の雑兵の肉壁かも知れないが、
最終的に回避したのは糸の力でと考えるのが順当か。見つけ出せない脱出路は無ェってのは多分、そういう意味なんだろうからな。

だったら、攻略の糸口は何処にある? つーか、糸繰りの幻想種って結局、何なんだ?
吸血鬼みたいなメジャーな幻想種なのとは違う分、却ってやり辛ェ。

だが、思い返してもみろ。芹菜はセリス嬢のことを「ちょっとばかし強い幻想種」と言った。「後で合流」とも言った。
つまり、アイツはセリス嬢が決して勝てない相手では無いってことが分かっているって事だ。
セリス嬢の操作能力も回避能力も絶対じゃねェ筈。回避の糸口が何処かに……

「シンキングタイム終了。こちらも攻撃に移らせてもらうわよ」

「待ったと言えば五分くらい待ってくれるサービスは無ェのかい?」 

もしかしたら待ってくれるかもしれないと思ったが、流石に止まっちゃくれねェか。返ってきた返答は短く色っぺェ鼻笑いだけ。
いっそ耳元でやってくれと言いたいところだが、そうも言ってられねェ。
アリアドネが黄金色の両腕で印を結ぶのに合わせて、その背後で赤い糸が蠢き巨大な円陣を描き赤い閃光が鈍く、脈動するかの様に輝き出した。
これぞ正しく幻想種の"らしい"攻撃って奴だ。いや、感心している場合じゃねェが。

「ラビュリントスのミノタウロス」

セリス嬢の宣言の様な囁き声がコクピットのスピーカー越しでは無く、直に鼓膜を叩いた。
是非とも生まれたままの姿で、密着した状態で囁いてもらいたいもんだ。
アリアドネの装甲に巻き付く赤い糸が濁流の如く勢いで溢れ出し、荒野を刻み込んだ。
そして、刻まれ、赤に染められた荒野が陥没と隆起、膨張を繰り返し、その姿を変貌させた。

「無機物を糸で操る能力の応用……いや、本領発揮って奴か?」

ラビュリントスってのが迷宮ってェ意味なのは言うまでも無ェが、ミノタウロスって言葉が示す意味は……
ほんで、こっからどうなんのよと思考と動きを止めた瞬間、轟という音と共に壁面が真っ二つに裂けた。

「マジでかッ!?」

その裂け目から白銀の閃光が煌き、巨大な戦斧が振り落とされる。驚いている場合じゃねェんだが、突然降って湧いた凶刃に不意を突かれた。

(直撃……ッ!?)

回避どころかバリア・ヴェールの展開すら間に合わ無ェ。
クソ喧しい衝突音が迷宮内に鳴り響き、飛び散る火花が薄暗い通路を照らす。
ディアボロスの身の丈程もある巨大な戦斧で地面に縫い付けられる格好になったがアームズドレスを破壊するには遠く及ばねェ。

「冷や汗モンだが、まだまだ力不足だ」

正面の装甲を展開し、裂け目の中にリヴォルヴァービームカノンを撃ち込むとディアボロスを押さえ込む戦斧に込められていた力が緩み、
巨大な戦斧が鈍い重低音と砂埃を立てて地面に転がり落ち、その上に折り重なるように新たな影が崩れ落ちた。

「ミノタウロスって……そういう事かよ」

崩れ落ちた影は迷宮の壁と同じ土色の皮膚を持つ牛頭の巨人。所謂、ミノタウロスって奴だ。

「これほどの大掛かりな迷宮に閉じ込めておいて出てきた敵がこんな雑魚って事は……」

期待に応えてご覧にあげましょうと言わんばかりに壁という壁を破りながら次々と姿を現す牛頭のガチムチ巨人。
勿論、そんな期待は一つもしてねェ。
一つも期待していねェが、ミノタウロスは剥き出た眼球をギョロリとギラ付かせ、雄叫びと共に戦斧を振り上げ、
当然の如く、ディアボロスに殺到する。

「やっぱり、こうなんのかよ!?」

「刹羅。貴方は幻想種との戦いに、ヴァルハラの戦いに慣れていない。暫く、この迷宮で鍛えていくと良い。対価は貴方の命で良いわ」

「美人なのに気前が良い上に面倒見が良い。だが、代金は踏み倒していくぜ!!」

突然の事で肝を冷やしたのは事実だが、直撃を喰らっても大したダメージにはなっちゃいねェし、要は雑兵の召喚能力じゃねェか。

「アリアドネなら兎も角、俺を止められると思ってんじゃねェぞ、牛野郎ッ!!」

ミノタウロスの群れに向け、マスドライヴバズーカのトリガーを引く。
二発の質量弾が先頭を走るミノタウロスに喰らい付き、牛頭の額を中心に閃光と轟音、衝撃が共に迷宮の中を走り抜ける。
だが、ディアボロスから放たれた二発の質量弾は牛頭の額と紙一重の所で宙に浮かび、ミノタウロスの口元から伸びる赤い糸によって
縫い止められていた。

(あの赤い糸はアリアドネの……って事は雑兵ってのは外ッ面だけって事かよ!!)

悪態を口に出す間も無く、バズーカの弾頭が破裂し、中から爆炎が燃え広がり、ディアボロスごとミノタウロスの群れを舐め回す。
どうせ舐め回されるなら、こんな地獄の業火の様な爆炎じゃなくてセリス嬢に嘗め回されたいもんだ。何処を、とは言わんがな。
まあ、なんだ。それは兎も角、湯水の様に溢れ出る爆発が収まると、ミノタウロスの群れどころか迷宮の壁までもが砕け散っていた。

「実弾……いや、物体は操作能力で無力化されるが爆発といった現象に対しては操作の適応外ってことか?」

セリス嬢からの返答は無いが、その通りだと証明するかの様に千切れた赤い糸が、辺りに散らばっていた。
そして、散らばった赤い糸を見て思い出したことがある……と言うか、態々思い出さなければならない程、昔の事じゃ無ェ。本当についさっきの話だ。
ヴェールキャノンを無効化されたインパクトがデカ過ぎて、俺自身の勝因を完全に頭の片隅に追いやっていたってだけだ。

アリアドネの糸はどんな攻撃であろうと、それが物質によるものならセリス嬢の意のまま、それこそ性質の悪い悪女の様に掌の上で転がす事が出来る。
だが、その反面、発火や爆発といった現象に対しては極めて脆弱だ。それを知る機会は確かにあった。
一番最初にディアボロスを彼女の糸に縛られそうになった時、反射的にバリア・ヴェールで彼女の糸を焼き切ったじゃないか俺。
物質が駄目でも形の無い熱量なら対抗出来るって分かれよ俺。つーか、忘れるなよ俺。

「物質を操作し、使い手を安全圏に誘うアリアドネの糸……だがよ!!」

リヴォルヴァービームカノンを扇状に展開し火線を放つ。トリガー固定。狙いなんざどうだって良い。
断続的に出鱈目に撃ち込まれる光弾の暴雨を前にしてもミノタウロスの大軍団はクソでけェ図体を機敏に動かしながら、
クソ狭い通路の中を跳弾の如く縦横無尽に飛び回り、光弾を紙一重で避けながら、ディアボロスを追い詰めようと迫り来る。

だが、それでも構わない。俺が狙った標的はラビュリントスのミノタウロスという能力その物であって、ミノタウロスの大軍勢じゃねェ。
ブースターを小刻みに吹かしながら後退を続け、猛攻を仕掛けるミノタウロスとの間合いを引き離し、
時には壁をぶッ壊して通路を造りながら迷宮の中を駆け抜ける。
ディアボロスの後退を食い止めようと迷宮の壁面がうねりながら、その姿を変えようとするが動く気配を見せた瞬間に光弾を叩き込み、
後退の阻止を更に阻止して黙らせる。
ビームで乱れ撃ちにされた壁面が砕け、飛び散る破片の中で引き千切れたアリアドネの赤い糸が飛び散る。

(やっぱりな)

ラビュリントスのミノタウロスは、迷宮とミノタウロスを糸で操りながら攻撃対象を追い詰めるってェ能力だ。
迷宮ってェ舞台に仕掛けられたカラクリも、ミノタウロスってェ役者も全てセリス嬢の意のまま。
確かにミノタウロスの相手は雑兵なんかよりもずっと面倒だ。何しろ攻撃が全く当たらねェときていやがるからな。

だとしても……

「迷宮その物を含めてセリス嬢の能力だってんなら、ミノなんぞに構わず、迷宮をぶっ壊してしまえばてっとり早ェよなァッ!!」

ミノ野郎がどんなに攻撃を避け続けようとも、リヴォルヴァービームカノンの光弾は流れ弾となって迷宮を確実に粉砕し、
アリアドネの赤い糸を灰にしていく。

「迷宮その物を含めてセリス嬢の能力だってんなら、ミノなんぞに構わず、迷宮をぶっ壊してしまえばてっとり早ェよなァッ!!」

ミノ野郎がどんなに攻撃を避け続けようとも、リヴォルヴァービームカノンの光弾は流れ弾となって迷宮を確実に粉砕し、
アリアドネの赤い糸を灰にしていく。
ミノ野郎をぶっ殺そうが、迷宮をぶっ壊そうが大元がセリス嬢の能力と、アリアドネの糸なら結果は同じだ。
だったら、弾幕を張ってミノ野郎の進攻を食い止めながら迷宮をぶっ壊してりゃ良い。
何せ、弾幕を張ってりゃ、ミノ野郎は攻撃を避けようとして進攻を鈍らせる。それに迷宮は避けない。避けられても困るが。

「このまま、その能力を攻略させてもらうぜ!!」

「その必要は無いわ。既に攻略されたも同然。それに第二手の準備は整った」

何とも白ける話だ。折角だから破壊させてくれれば良いのにと思うんだが……
つーか、第二手って、前振りなんぞに翻弄されてどうするんだよ、俺。
イニシアチブが取れない事に歯噛みしている間も無く、迷宮の壁面とミノタウロスが砕け散り、
膨大な赤い糸が宙を舞い、遥か彼方で重ね合わせた両手を天に向けるアリアドネの元へと舞い戻る。

「望まれぬ子供たちの軍勢」

セリス嬢の声が辺り一面に響き渡り、アリアドネの足元を中心に金色の魔法陣の様な円陣が爆発的に広がり、ディアボロスを飲み込んだ。

(ダメージゼロ? また迷宮構築系の能力か……?)

全てが正常に動作している。正常じゃないとすれば、雲も太陽も無い白濁とした空。
草も木も土も無い白濁した大地。明るくは無いが、暗くも無い。そんな空間が目の前に広がっているって事だ。
普通の地面と同じ様に歩き、走る事が出来る。普通の空の様に飛ぶ事が出来る。

何も無い空間にあるのは俺のディアボロスと、セリス嬢のアリアドネ。二体の人形……だけって事ァねェよな。
彼女が宣言するように呟いた能力名の通り、望まれないクソガキ共が攻める機会を虎視眈々と狙ってるに違いねェ。
厳密にはセリス嬢が、だろうがな。とは言え、今度はミノ小屋と違って彼女の姿も見えている。

「流石に直で攻撃するチャンスじゃねェか……って事ァねェよなぁ」

そんな分かり易い罠に引っかかる俺様じゃねェですよ?
ねェですけど、もしかしたらチャンスかも知れないので牽制の意味も込めてリヴォルヴァービームカノンを撃ち込む。
四基の砲塔から放たれた真紅の光弾がアリアドネを貫こうとした、その瞬間。
真ッ平らな地面が硝子を破る様な音を立てながら裂け、ビームの弾丸に正面から立ち向かう巨大な影が飛び出した。
ソイツの姿はミノタウロスみたいな大事な所だけが上手い具合に隠れた裸族スタイルでは無く、鋼の装甲を身に纏い、巨大な斧を持っている。

 そして、それ以上に――

「デカ過ぎんだろ!?」

セリス嬢が新たな手駒として舞台に出したお子様の体躯はディアボロスやアリアドネの優に倍。右手に持った斧ですらディアボロスよりもでけェときている。
ディアボロスを踏み潰さんと振り落とされた鉄槌の様なクッセェ足裏を潜り抜け、アリアドネへの間合いを詰める。
ミノタウロスの戦斧を受け止めたアームズドレスとは言え、御ガキ様の馬鹿でけェ斧を受け止められる気がしねェ。
だから、まともに戦う気なんざねェし、避けられるなら避けた方が良い。

「手駒はソレ一つだけとでも?」

足元から硝子が割れる甲高い音がディアボロスに並走する様に鳴り響いた。何かが追っかけてきている。
それに気付いた瞬間、足元から硝子が割れたような破砕音と共に巨大なランスが立て続けに撃ち出された。
バリア・ヴェールに衝突し、拮抗したのも一瞬。易々と防御膜を貫き、ディアボロスの腹をブチ貫かれる。

「コ、コクピット、ギリギリ……」

槍を手にした新手の子供。まあ、次男とでも言っておこうか。
百舌のはやにえの様な格好にされたと思いきや、フルスイングで吹っ飛ばされ、無様に地面を転がされる。
泣かすぞ、この腕白小僧が。肝を冷やすどころか漏らすかと思ったじゃねェか。

「つーか、セリス嬢。お子さん育ち過ぎだろ……」

「どういう意味で言っているのかしら?」

元々弾むような声色をしているわけじゃねェが、俺のジョークはお気に召さないらしく、セリス嬢の声色が硬く凍った気がした。
まあ、今は目の前のセリス嬢の御ガキ様たちだ。馬鹿でけェ斧を持った長男に、それ以上に馬鹿でけェランスでディアボロスの腹をブチ抜いた次男。
馬鹿みてェにでかい四足歩行のキモい三男。ドイツもコイツも馬鹿でけェ。兎に角、馬鹿でけェ。馬鹿か。

「どういう意味も何も、どういう意味で捉えているんだ? つーか、子沢山だな……」

御ガキ様たちの攻撃を避ける度に、口からクソ垂れる度に子供の数が加速度的に増えていく。
空から、地面から、俺の影から。数が増える度にガキ共の攻撃の苛烈さが増していく。そんなに懐かれても困る。
釣瓶打ちの様に放たれる長槍。縦横無尽に飛び交う巨斧。避けようが無い程の密度で吐き出される炎の吐息。それらを必死こいて捌いていく。

火事場のクソ力でも、限界突破でも、今目覚める新たな力でも何でも良いから何か不思議パゥワープリーズ。
一撃でバリアヴェールをブチ抜くような一撃を繰り出しながらじゃれついてくるクソガキ共だ。
これ以上、被弾するときっとロクな事にならねェ事になるのは間違いねェ。

それにしても、腹をブチ抜かれたってのにディアボロスの動きに何の翳りも無いってのは驚いた。
ディアボロスのお陰なのか、それとも、幻想空繰人形のお陰なせいかは知らねェが、今の俺にとってはありがてェ事この上無い。
勿論、ロクでも無い劣勢に追いやられているって事は相変わらずなんだがな。

セリス嬢の子供って冗談はさて置き、彼女の能力によって産み出された存在なら、その触媒が糸だってのは分かり切っている。
四方八方からボコられながらも、リヴォルヴァービームカノンをぶっ放して、望まれない子供たちを燃やしていくが四肢を解体しても、
頭を潰しても、心臓をブチ抜いてもお構いなしに襲い掛かる。
四足歩行のゲテモノの牙がディアボロスの脚に突き刺さり、玩具の様に振り回され、地面に叩き付けられる。

「だぁぁぁぁぁッ!! どんな能力だよッッッッ!! クソッタレがッ!!」

悪態を吐いても望まれぬ子供たちの軍勢の攻撃が止む気配も無く、包囲網を維持しながら、その数を延々と増やし続ける。いや、増えんな。

「その割に全然、元気そうね」

このサディストが。セリス嬢の平坦な声に若干の陽気さが見え隠れしている。顔は見えねェが絶ッ対、今、溜息が出るほど良い笑顔してんだろ。この女。

「寧ろ、アノ手、コノ手で元気付けてもらいたいもんだがねェ!」

真紅の光弾がガキ共の頭を吹き飛ばすが、やっぱりと言うか当然と言うか、何の痛痒も見せずに当たり前の様に動きやがる。

「粉々にしねェと駄目ってか!?」

「何故、他の能力を使わないのかしら?」

「オイオイ……白々しいこと言ってくれるなよ」

確かにアームズドレスの特色は豊富な搭載火器にあるが、その大半はセリス嬢との戦いでは相性最悪の実弾兵器ばかりときている。

「とかやってる内に数増えるしよォ……」

全方位から振り抜かれる大鎌の斬撃を出力全開&ピンポイントに収束展開したバリア・ヴェールので食い止める。
不可視の防護フィールドに阻まれた大鎌が沸騰し、赤い糸となって掻き消えた。

「お互い死なない身だ。あんまり手の内を晒すような真似はしたくねェが仕方がねェか」

盗り合えず、今回は勝ちに行かせてもらうとしよう。次回以降はその時に考えろだ。

そうね。これから何度も何度も刃を交えることになるでしょうしね。私としても手の内を完全に晒すつもりは無いわね」

「そういう事を言われると決心が鈍るねェ」

つーか、これで出し惜しみしているって事は本命の能力はどんなだよ……と嘆きの声を漏らしたくもなるんだが、現状の攻略手段として切れる手札はそう多くない。
展開したアームズドレスを装甲状態に戻しバリア・ヴェールの出力を上昇。更にブースターの出力を上げ、望まれぬ子供たちの軍勢に頭から突っ込む。

全面を覆う超高熱のビームでコーティングされた防壁によって弾丸と化したディアボロスの石頭でクソガキ共の腹をブチ抜く。
触媒となる赤い糸が散らばっているが決定打には程遠く、クソガキ共の息の根を止めるには全身を完全に焼き殺なきゃならんわけだが、
兎に角、アリアドネに直接ダメージを与える事が出来れば、話の前提は覆る……んじゃないかなァと思う。

「十の召喚で倒せないなら百の召喚。それでも無理なら千の召喚をするまでよ」

さらりと恐ろしい事を言ってくれる。雑兵のクラスを割り当てられた奴等なら楽勝な話だが、ミノ野郎にしてもクソガキ共にしても同じだが、
セリス嬢の能力は単独での戦闘能力を持つ人形の形をした弾丸の召喚能力だ。
彼女の言う所の千の召喚ってのは俺が、クレイモアミサイルやマスドライヴバズーカを一体のターゲットに向かって
千発ぶっ放すのと同じ意味と言えば誰にだって分かんだろ?

「ンな攻撃喰らったら、百パーくたばんだろうがッ!!」

一撃必殺の威力を誇る数々の剛撃を潜り抜け、遂にアリアドネの眼前に躍り出る。

「けど、その属性はアリアドネの糸によって避けられる」

アリアドネの金色の装甲が更に強い輝きを放ち、靡く紅の赤い糸が激しく蠢き始める。
アリアドネの糸は物質や意識の無い生命や幻想に対しては絶対的な操作能力を発揮し、現象に対しては能力者を安全圏へと導く絶対回避能力を持つ。
だが、それはセリス嬢から独立したアイテムによる能力では無く、セリス嬢の能力を視覚化し、より分かり易くした現象に過ぎず、
便利アイテムなんてのは彼女の能力を象徴しているというだけの事だ。

根拠はある。便利な道具に頼って幻想種……幻想種に限らず、あらゆる物事に対抗し、
蹂躙するって性質を持つ存在は人間にのみ与えられた〝能力〟だからだ。
アイテムによってシステム化された回避能力の筈が無ェ。能力者本人の意図に関係無く自動的に発動するような能力だったら、
何故、彼女はヴェールキャノンの一撃避ける際、メアリー嬢の雑兵を盾にして、相殺した後で回避に移った?

自動的に発動し、絶対的な回避能力を持っているのであれば最初から雑兵共を盾にする必要なんぞ無ェ筈だ。
アリアドネの糸も含めて、彼女の能力だ。それが絶対的に信頼出来る回避能力か否かは全て、彼女の匙加減一つだと考えて良い筈。
だとすれば、セリス嬢の牙城を如何にして切り崩せば良い? その手段は?

(いいや、手はある……アリアドネの糸の回避能力を上回るだけの能力が!)

七基一組の追加装甲アームズドレスには積載限界量ギリギリの武装。防御機構バリアヴェール。
その防護フィールドのエネルギーを一点収束し破壊エネルギーに変換し打ち出すヴェールキャノン。
更に、もう一つの機能を持っている。本来ならメアリー嬢戦を想定していたんだが、出し惜しみしている余裕もねェ。
コンソールを叩き、最大出力で展開されているバリア・ヴェールのリミッター解除コードを入力――

「逃げ道を見つけられるものなら見つけてみなッ!!」

ディアボロスの全面に展開されたバリア・ヴェールが七基の発生装置に収束され爆発的に膨張し、閃光となって
背後、上下、左右、死角の全てから迫り来る望まれぬ子供たちの軍勢を打ち消し、更にアリアドネを飲み込む。
バリア・ヴェール第二の攻撃手段。超々広域空間殲滅攻撃、ヴァーミリオンサンズ。

「元々、対吸血鬼用に用意した擬似太陽だ。流石にコイツは避けらんねェだろ?」

「ご名答……使い手を危機から脱出させるアリアドネの糸でも元から脱出地点が無ければ発動しないし、
発動しても私が筋道を辿ることが出来なければ不発に終わる」

満足気に答えるセリス嬢のアリアドネが金色の粒子を放ち、その姿を薄れさせていく。

「なんか消えかかってるんだが……」

「今の攻撃で死んだってことよ。芝居がかった死に方で分かり易いでしょう?」

「いや、分かり難い。新手の攻撃準備かと思ったぜ」

消えかかったアリアドネが肩を竦め、飛沫となって虚空へと消え去り、断続的に響き渡る硝子の破砕音と激しい閃光が溢れ、
元の荒野へと景色が元へと戻った。

「第一関門突破ってか……こうも勝手が違うたァ驚きだが、次の相手はガチンコでやり合えると助かるねェ……
毎回、こうだと知恵熱起こして戦う前にやられちまうわ」

「そんな刹羅君に朗報でーす」

独りごちているとコックピットの後部シートから来須が間延びした甘ったるい声と共に顔を出して、やっぱり、人懐っこそうな笑顔を浮かべている。
前回と言い、今回と言い、同乗させた覚えはねェのにいつの間に潜り込みやがったんだかこのクソガキは。

「ハァ……」

まあ、非常識の総大将の奇行に一々気にしても仕方がねェのかも知れねェな。
今後ともこういうのと付き合っていかにゃならんのだ。慣れるしかねェんだろうな。慣れるしか。

「んで、朗報ってのは?」

「お次の相手は近接型の幻想空繰人形ですよー」

「へぇ、だったら、セリス嬢よりは楽そうだな。精神的な意味では。つーか、ナビゲートしてくれるなんて中々、気が利くじゃないか?
けどよ、ゲームマスターの癖に人間側……いや、片方の陣営に肩入れするのはどうかと思うぜ?」

少なくとも、今回の管理戦争に限れば、来須には人間側に肩入れする理由もある。
人間との戦いに飽きかけているメアリー・バイロンを敗北させ、新たなルールの面白さと人間がまだまだ手を焼く存在だと知らしめ
支配者の座に縛り付けるってェ理由が。だとしたら興醒めにも程がある。

確かに幻想種との戦いってのは、これまでに繰り広げてきた人間同士との戦いとは一線を画し、
これまでに俺が培ってきた常識が通用せず、未だ戸惑っているのも事実だ。
だが、管理世界の戦いにルール上の死はあれど、生命としての死は無い。敵に恨みが無ければ殺意も無く、当然のことながら敵意も無い。
個人、組織、そのどちらにも感情移入出来るだけの因縁も無い。
だから、管理戦争なんてのは来須の思惑を除けば、ただの親睦会のようなものだ。

セリス嬢との戦いも同じだ。もっと姑息に戦えば、簡単に俺を撃破出来ただろうし、それ以前に戦いを仕掛ける理由が何処にも無い。
言ってみれば、この世界に幻想空繰人形を跋扈させる切欠を作った俺に興味本位で近付いたついでに挨拶代わりにと、
この世界での戦い方を俺にレクチャーしてくれたようなものだ。要は引っ越した先で出会った面倒見の良い美人のお姉さんって位置付けだ。
だが、横からしたり顔で相手の手の内を教えるコイツは何だ? 遊びにインチキを使うのも、使われるのも好きじゃねェんだよ。俺は。

「メアリーちゃんからの要望でもあるんですから、そんなにへそ曲げないで下さいよー」

「メアリー嬢からの要望?」

「はいー。トランシルバニア城の陣容に主力幻想空繰人形の情報を教えておいてーと」

「ハッ……ハンデのつもりか?」

「接待試合みたいなものですしー」

「来須。俺からもメアリー嬢に伝言を頼む」

「はい?」

「そんな情報よりも、スリーサイズと下着の色を教えろってな」

「わー……最低ですねー」

最低と言う割には微妙に嬉しそうな顔をしているのはどういう事なのやら。

「それくらい最低でゲスな情報だったと伝えておけ。初めてやる遊びってのは何でも手探りでやるから面白ェんだよ」

「伝えておきますけど酷い目に遭っても知りませんよー」

その言葉を最後に来須の姿が掻き消えた。

「ハッ……それこそ知ったことか」

トランシルバニア城の陣容なんざ今から突っ込めば分かることだ。人形の性能なんざ戦いながら測れば良い。相手の手の内が分からない?
そんなモンはお互い様だろうがよ。ヴァーミリオンサンズを早期段階で使わされたのはある意味では失態だが、切り札って程、大層な物でも無ェ。
人間なんかより、ずっと長生きしているくせに粋ってものを全く、理解出来ないとは困ったお姉様方だ。

こりゃ、管理戦争が終わったらベッドの上で嫌って程オシオキして、これでもかってくらい鳴かせて、反省させてやらなきゃならねェな。


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