幻影の夏 虚言の零 02


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赤と青の双月の下…一人の桃色の髪の少女が、荒い息と激しく揺れる瞳孔で、押し倒した赤髪の少女を見る…
その瞳は、本来の色ではなく…深い『紅』……そして、赤髪の少女の首に、その小さな口を近づける。
その口元には、通常の人間に比べて長さも鋭さも違う、尖った八重歯が覗いていた…

『キキ…キキキキキキ……キキキキキキキキキキキッ……!!』

その光景を、学園の屋根の上に佇んだ『闇』が眺め…奇怪な笑い声を上げていた。
見開いた両目から、裂けた口から、だらだらと真紅の液体が流れ落ちる。
紅い水を垂れ流しながら、人の形をした『闇』が…真っ黒な『仮面』が泣き笑っていた。
そして少女の歯が……否、牙が…寒露な香りを放つ首元に…突き立てられた…

『闇』が笑う。聞くだけで悪寒が走るほどおぞましく。『仮面』笑う。聞くだけで恐怖が湧き出すほど禍々しく。
双月の下、月夜の闇の中…ただひたすらに狂った笑い声だけが響き渡り……


そして……夜が、明けた―――



「じゃ、部屋の掃除が終わったら洗濯。あ、昨日洗ったシルクの下着少し痛んでたからもうちょっと丁寧に洗いなさいよね!」
いつもの調子でそう言って、少女は…ルイズは足早に部屋を出て行った。
そう…いつもと同じ。普段となんら変わりない少女が朝を迎え、いつもの調子で授業へと向かった。
それに対してルイズの命令を受けた者…彼女の使い魔である男は、彼にとってはかなり珍しく…その顔に僅かな疑問と困惑の色を浮かべていた。
閉じた瞳のまま閉められた扉を見つめ、しばらくの間ただ無言で佇んでいた…



……どういうことだ?彼女は昨夜確かに自分が植えつけた吸血衝動に駆られ、そしてその衝動のまま知人を襲い…
確かに、その柔らかな首筋に牙を突き刺し…………その身に流れる鮮血を吸った。
吸血の瞬間を確かにこの血の色の眼で見た。彼女の赤に染まった瞳も見た。
だからこそあの時『舞台』の盛り上がり場所と感じ歓喜の笑みを浮かべられたと言うのに…
あの時の彼女は確かに自分と同じ『気』を放っていた。
しかし先ほどの彼女からは何も感じない。彼女と初めて出会った時と同じ…周りにいる普通の人間と同じ…何も感じない。
汚染が中途半端だったのだろうか?気付かれないようにと毎夜彼女が眠りに着いてからほんの少しずつ血を吸っていたが……
それとも自分自身に問題があったのだろうか?此方の世界に来てから自分の体にも色々と変化があった。
召喚された瞬間から何の苦にも感じなくなった太陽の光。一度は『姫君』によって失われた力…数多くの人間の記憶を一度に探り、
その記憶の奥に刻まれた恐怖を悪夢としてその身に具現とする力を、いま再び我が身の中に感じることが出来る。
だと言うのに、夜が明けるとともにこの身が一夜の幻影として消滅することは無く“ズェピア”という存在を確立し続けることが出来る。
何故そうなったのか……大変興味深い事ではあったが、正直に言えばいまだにわかっていない。
もしかしたらこれもそういった事が関係しているのだろうか?…だが、何にしても………

「……蛮脳。『蛇』の様に始めから見事な娘を得ることは出来ずか……」

ため息交じりに、彼は…人の姿をした人ならざる者…ズェピア・エルトナム・オベローンはそう呟いた。



**********************

掃除と洗濯を終え、思考を続けながら中庭を歩く。と、そこで数名の生徒達が自らの使い魔と共になにやら
訓練やリボンなどの飾り付けだどを施しているのに気が着いた。
その生徒の中に…自分が昨夜見た、ルイズに襲われ、その首を噛まれた赤髪の少女の姿があった…
「ふむ………」
赤髪の少女、キュルケを開いていない眼で眺める。
彼女はルイズに襲われた後も生きていた。正確にはルイズが致死量の血を吸う前に突然バッタリと意識を失った為助かったのだが…
屋根から下り、いっそトドメを刺そうかと少しばかり考えたが、狭い『学院』と言う中では一人でも行方不明者が出て、
万が一死体が見つかりでもしたら一気にパニックとなる。今の段階ではまだ目立ちたくは無かったので噛み跡を消し、
記憶を少しばかりいじって、ルイズに襲われた夜は外に出ずにそのまま寝たと書き換えておいたが……
見たところあの様子ならば、どうやら上手くいったようである。
ちなみにルイズのほうもキュルケを噛んだ記憶は一切残っていなかった。別にルイズにも同じ事をしたわけじゃない。
たとえ覚えていた所で、口封じのための脅迫ならいくらでも浮かぶ為あえてしなかったのだが…
……結局はその記憶も綺麗に無くなっていた。
再び深く落胆のため息をすると、また別の、黒髪の少女が歩み寄ってきた。
「こんにちわズェピアさん。貴方も、品評会の準備ですか?」
そう言ってズェピアに微笑む使用人の少女、シエスタ。
品評会……シエスタが口にした言葉の意味はもう知っていた。既にこの学院のほとんどの人間の、此処最近の記憶を見ている。
その記憶にあったのは二年生全員参加の、自らが召喚した使い魔を紹介するという、いわゆる御披露目会。
特に今年はこの国の姫君が来るとの事。そのためか再び生徒達に目を向けると、各々の使い魔をいかに素晴らしく、華やかに
披露するために、皆気合を入れてアピールの試行錯誤をしていた。

「王宮からの贈り物はあたしの物ね~♪」
――――目的が別の者もいるが。

「…で、貴方はどうするつもりよ。礼儀作法とかはまあ任せても大丈夫でしょうけど……」
品評会前夜、アンリエッタ姫が学園を訪れたその夜…ルイズはいまだ何かの練習を始める素振りをせずに
藁の上でくつろいでいるズェピアを不安げな目で見る。
「なに、心配は要らないさミスヴァリエール。こういった事は変に気合を入れて空回りをするよりも余裕を持って
行うほうがいいものだ。それに私も以前に講師としても勤めていた事もある身…
少しばかり私の知識を姫君に披露し、それを見事と思わせることが出来れば、それで充分なのだよ」
「…………………」
なおも訝しげにルイズが視線を向ける…と、その時、不意に部屋のドアがノックされる。
「誰?こんな時間に……」
「私が出よう、さて、美しき月夜に訪れたのは一体どなたかな?」
ドアを開ける…と、同時に、一人の人物が勢いよく部屋に入ってきた。
「なっ…あ、貴方、誰よ…!?」
驚いてとっさに杖をその人物に向けるルイズ。

その次の瞬間、

「……久しぶりね……ルイズ・フランソワーズ…!」
かぶっていたフードを取り、その人物が…少女が、ルイズに抱きついた。
「ひ…姫殿下……!?」
自分を抱きしめるものが誰か気付くと同時に、ルイズは驚きの声を上げる。
しかし、一方のズェピアは特に驚くことも無く、唐突な訪問者を眺めていた…

アンリエッタ姫が今夜此処に来ることは計算できていた。
ルイズの幼少時の記憶を覗き、そして昼間彼女が学院に訪れた際に記憶を見た時点で、
彼女がルイズに会いに来るであろう事は容易に予測できた。
だからこそアンリエッタ姫の突然の来訪に驚きは全く感じない。
だが、それとは別の部分で、ズェピアは気付き…その眉が僅かに動いた。
「姫…様……」
アンリエッタに抱きつかれたルイズの両の瞳が…………徐々に赤色を帯びていった。
少しずつ、少しずつ…抱きしめるアンリエッタの首元に口が近づき……
「…………ッ!!い、いけません姫殿下…!こんな下賎な場所へ、お一人で……」
直前でハッと瞳が元に戻り、その体を引き離した。


それをジッと…静かに見ていたズェピアはそっと俯く。
……その口元は……裂けんばかりに笑みの形に歪んでいた…
「なるほど……今はまだ夜だけ…というわけか……」
小さなその呟きは、ルイズとアンリエッタの耳には届かずに、部屋の薄闇に溶けて消えていった…


「キ、キキキ…キキキキキッ………」


**********************

「本当に大丈夫なんでしょうね…」
「君も心配性だねミスヴァリエール。割と簡単で分かりやすい計算式を説明する。
君はただ私の名を紹介し、後は後ろに立っていればいい…」

「続いては、ミスルイズ・ド・ラ・ヴァリエール」

コルベールの声で呼び出され、二人はステージの中央へと立つ。
「紹介します。私が召喚した使い魔……ズェピア・エルトナム・オベローンです…」
名を紹介されると同時に、黒いマントをはためかせ深々と一礼をする。
こういったことは多少オーバーに振舞ったくらいで丁度いい。
「御紹介に与りました、ミスヴァリエールの使い魔、ズェピア・エルトナム・オベローンで御座います…
本日は麗しきかのアンリエッタ姫殿下をこの目にご拝顔できたこと、身に余るご光栄に存じます。
さて、私は主に未来を『計算』する錬金術を研究してきた身に御座います。よって本日はとある計算式を
この場で簡単に説明したいと思いますが……
姫殿下のような高貴なる方には私の様な者の説く計算など少々退屈に感じるかもしれません、
この場の時間を借りて行う事をお許し頂けますでしょうか…?」
生徒達の横、専用の席に座ったアンリエッタに一礼をしたまま尋ねる。
「かまいませんよ。貴方のその豊富な知識、どうか私にもお聞かせください」
変わらぬ微笑みで、アンリエッタはその質問を了承した。
「流石は偉大なるこのトリステインの姫君。寛大なるお心、深く感謝いたします…」


ステージの上で立ち振る舞いながら、ズェピアは後ろのルイズにチラリと目を向ける。

昨夜のあの様子で、自分の行った汚染が無駄になっていないことは確認できた…
後は、急がなくてもいい…ゆっくりと、確実に…その身を自分と同じ色に染めていこう…
君はもう既に人間を襲い…その生き血を喉へと流し込み、しっかりと飲み込んでいる。
まだまだ染まり始めでも……もう、後戻りはできない状態になっているのだから……
舞台はもう………既に幕を上げている……
焦らずに…私は今しばらく…この使い魔という配役を演じよう。


―――そう、これはまだプロローグなのだから―――




「さて、それでは…皆様は『フェルマーの最終定理』をご存知ですかな?」

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