イザベラさまと使い魔くん


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「ねえ、あなた何考えてたの?」

 主であるメイジに尋ねられて、間桐慎二は「別に」と答えた。
 別に、なんだというのか。
 差し向かいでテーブルを挟んでお茶会をしていたメイジと慎二であったが、問うた方は「そう」とだけ言ってティーカップを置いた。
 慎二は苦笑したが、お茶を飲むでもなくカップを口元に寄せ、芳香を楽しむ。楽しみながら思った。
(まったく、わがご主人様は勘が鋭い)
 というよりは、単に癇が強いだけかも知れない。自分の使い魔が何を考えているのかを気にしているというのではなくて、自分が悪く思われていないのかが気になっているのだろう。使い魔がどうというのではないのだ。
 この世界には「メイジの実力を見たければ使い魔を見よ」という言葉があるらしいが――つくづく、サーヴァントは召喚者に似たような者が呼ばれるものらしい。
 間桐慎二はお茶を口に含む。
 何日かぶりに味わう緑茶は、あまり美味くはなかった。

 間桐慎二は使い魔である。
 本当は魔術師であると名乗りたいのだが、みなが当たり前のように魔法を使うこの世界で、ほとんどたいした芸のない彼ではとてもそんなことは口にできない。
 まあ、使い魔であるという身分は屈辱的ではあるが、主人が王族であるということでそれなりの待遇で扱ってもらえているので、生活そのものにたいした不満はない。
 不満があるとすれば――その主の存在の有り方に対してだ。
 イザベラ、という青い髪の女メイジは、この国の王族の娘でありながらも魔法の才能が一切ないのだという。何処かで聞いた話だ。そして従姉妹であるシャルロット……というと怒るから、イサベラが云うガーゴイル、と呼ぼう。
 その娘は優秀なメイジで、イザベラは王家の正統な後継者である(と目されている)ガーゴイルがとにかく嫌いで嫌いで仕方ないのだという。本当に、聞いたような話だ。
 慎二は召喚されてから状況を把握するのにだいたい二ヶ月近くかかったが、そこらの事情を知るに至って、なんともいえない気分になった。

 ガーゴイルとイザベラが呼んでいる女の子も見た。無感動に世界を観ている女の子だ。小さい。世界に対して何も期待していない目をしている、本当に小さな女の子だ。
 慎二はその子とイザベラのやりとりを観ていて、耳を押さえて何処かに消え去りたくなった。
(お前は僕だ)
 そう思う。
 お前は、聖杯戦争が終る前の自分そのものだ。何度も何度も口にしそうになった。その態度、行動、何もかもが思い出したくもない昔を思い出させる。いい加減にしろと喚きたくなる。
 彼もかつてそうだったのだ。
 自分こそが正統なるマキリの魔術を継ぐものと信じていたのだ。
 自分こそが幼い妹を守っていられる男なのだと信じていたのだ。
 全て、現実の前では虚しい妄想でしかなかったのだと知った。
 その結果としてやったことは、守ろうとしていた妹を陵辱し、与えられた力を自らのものとして錯覚した挙句、町に大混乱をもたらした。
 それらを後悔してないといえば嘘になる。
 嘘になるが、もはやそれらは償いきれないのだとも彼は知っていた。

 毎夜のように悪夢にうなされて、妹の胸にすがりつきながらもその暖かさに罪悪感を覚えた。
 逃げ出したかった。
 いや、逃げ出したのだ。
 そしていつの間にか目の前に出現していた鏡のようなものに飛び込んで――

 その果てが、このザマだ、と慎二は自嘲した。

 冗談のような魔法の世界。
 この世界には、彼を知る者など一人もいない。
 しかしこの世界では、彼の昔のような女の子がいて、彼の心をさいなむのだった。
(こんなことをしていても、いいことこは何もない……っていったって無駄だろうな)
 自分の経験から照らし合わせて、そんなことを指摘したって腹を立てさせるだけで何もいいことはないと思った。むやみに刺激を与えたくない。そこらはモテる男としての本能でもある。モテる男は女の子を刺激しない。
 そんなわけで日々何もできずというかやらず、外面はいつも穏やかにはしているが、内面ではストレスが溜まりまくっていた。
 だから思っていることはどんどん愚痴めいてくる。
(だいたい、そういうことをいきなり事情もよく知らずに部外者がやめろっていうのも傲慢なんだよな……衛宮の馬鹿ならば、アイツならまた無神経になんか説教しだすかも知れないけど……いや、どうなんだろうな)

 自分の知らないところで実は魔術師だった(元)友人のことを思い返したりしながら、ふうと溜め息を吐いた。
「アンタ……そんな陰気な溜め息を吐かれても、こちらの気分が悪くなるだけだよ」
 イザベラはそんな彼の様子を見ていて眉を寄せて言う。
「ちょっとは周りを見てから、どんな顔していいのかくらい考えな」
 なんとも理不尽だ。
 慎二はまた苦笑した。
 本当に本気で、この女は自分によく似ている。
 自分もこんな感じで衛宮にイヤミを言っていたっけ……などと考えて、ふと思い至った。
(もしかして)
 ガーゴイル、とあの子を呼んでいるのは。
 あんなに嫌っているのは。
(もしかして……)
 イヤガラセをどんどんエスカレートされているのは。
 あんなにあんなに嫌っているのは。
「救われないな」
「? なんの話さ?」
 思わず口に出した言葉に、怪訝な顔をするご主人様。「別に」とまた答えた慎二は、まだ一口しか飲んでないお茶をテーブルの上に置いた。

(どうでもいいさ……この女がどうなろうと、僕のしったこっちゃあないね)
 この世界の使い魔のシステムがどういうものであるのかというのはよく解らないが、確か「運命だとさ」とイザベラがそれこそ自嘲するように言っていた。それは彼女が自分で呼んだ使い魔が、大した能がないというのを知っての言葉だったが。
 しかし、運命――その言葉が正しいのだとしたら、いずれこの女も自分のような目にあうということなのだろう。
 きっとそうだ。
 そして、運がよければ、昔大好きだった可愛い妹のような従姉妹に介抱されながら、自分のやったことの罪悪感に苛まれる日々を過ごすことになるのだ。
(ああ、きっと衛宮だったら、本当に無神経に説教言い出すんだろうな。本当にアイツは馬鹿だから。馬鹿なのにいい仕事するからみんな騙されているけど、アイツは本当に馬鹿なんだぜ)
 どうしてか、一度テーブルに置いたカップをまた持ち直していた。
 緑色のティーに映る自分の顔を覗き込む。
(馬鹿で無神経で本当に他人のことばかり考えているから、自分がどう思われるかとかどういう目に合うかとか考えなくて無鉄砲に行動できるんだよ。本当に。アイツみたいな馬鹿で恥ずかしいことなんか、僕にできるはずがない……)
 桜。
 桜桜。
 桜桜桜。

 桜。

 償え切れないことをしてしまった。
 それなのに優しくしてくれた。
 なのに逃げ出してしまった。
 もう会えない。
 きっと、もう会わない。

「シンジ?」
 いきなり真剣な表情になった慎二を見て、イザベラの声は何処か脅えるようだった。彼女は王族で、相手は彼女の使い魔のはずなのに。彼女は脅えている。
 本当に信じるべき味方の一人もいない日々に、心は磨耗して自制心は欠けていく一方なのに違いない。
 それを慎二は知っていた。
 くいと一息に冷めてきていたお茶を飲み干す。
「あのさ、イザベラ」
「何さ!」
 思わず身構えるイザベラを見て、慎二はまた、もう一度苦笑した。
 そんな風に脅えるなよ。
 肩の力抜けとかそんなことは言わないさ。
 そういうお説教をするようなキャラでもないしな。
 慎二はそう思った。思ってからそれらを口にするべきではないと改めて考えた。
 自分は、自分らしく振舞うだけだ。
「前から言おうと思っていたんだけど、君はもうちょっとおしとやかに振舞うべきだぜ。お姫さまなんだからさ」
「アンタ、いきなりこのイザベラさまに喧嘩うってるわけかい?」
 別にー、と言って、慎二は笑った。

 イザベラをどうこうしようだなんて気は、慎二にはなかった。
 ただ、一人も本当の味方のいないここで、このまま彼の二の舞を舞わせるのを眺めるのはどうにも我慢ができない。
 それは自分の精神衛生上のためのもので、償いとかそういう偽善的な行為ではなくて、本当に自分のエゴなのだ。
 だから僕が改心したとかそんなことは決してないんだからな! 勘違いするなよな!
 そんなことを、ここにいもしない衛宮士郎に向かって彼は思うのだった。

「もっとさー、イヤガラセとかするんじゃなくて、……他にやるべきことがあるだろ?」



「Fate/stay night」より、『間桐慎二』召喚

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