ゼロの白猫 06


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 翌日、当然だが学院は大騒ぎになっていた。
 名にしおうトリステイン魔法学院に盗賊が堂々と侵入し、ゴーレムを使って宝物庫を破壊、そして学院の秘宝を盗み去る。学院創立以来の大事件である。
 宝物庫の壁には『破壊の杖、確かに領収致しました 土くれのフーケ』という人をくったサインが壁に残されていたという。昨夜の黒ローブは土くれということで間違いなかったらしい。
 フーケが土くれと呼ばれる所以は、彼女が『錬金』の魔法の使い手で、メイジの用意した防御をことごとく土くれに変えてしまうことから名づけられたとか。
 無論貴族も『錬金』の魔法の対策はしている。それは『固定化』という魔法だ。
 『固定化』とは、『錬金』と同じく土系統の魔法で、物質の腐敗・酸化といったあらゆる化学反応を防ぎ、半永久的にその姿を保ち続けさせるという、菌に優しくない魔法である。醸せねー。
 『錬金』の魔法を『固定化』がかかった物質へ掛けた場合、どちらが効力を発揮するかは掛けたメイジの能力に依存する。フーケは錬金のエキスパートだったらしく、これまで数々のメイジの固定化が土くれに変えられていたのだ。
 そんなフーケといえど、スクウェアメイジが数人掛かりでかけた『固定化』は破ることはできまい。学院の誰もがそう思っていたのだ。だから、『固定化』以外の魔法が宝物庫に掛けられていないことを誰もが見逃していた。
 結果、ゴーレムによる力技で壁をぶち壊すという荒業でまんまとフーケは仕事をなしていったのである。

「フーケめ、まさかこの学院にまで狙いをつけていたとは……!」
「『破壊の杖』はオールド・オスマンが特に危険な物と念押ししていたものですぞ!」
「見張りの衛兵は何をしていたのだ!」

 慌てふためいて混乱すし、全く統制のとれていない教師たち。
 ルイズは忙しない教師たちの様子を無味乾燥な眼で眺めていた。昨夜の事件の目撃者として呼び出されていたのだ。傍らにはキュルケにタバサもいる。二人の心中は知る由もないが、つまらなさそうな様子は三人とも共通していた。ルイズに同伴しているレンもあくびをしていた。

「衛兵など当てにならん、所詮平民だろう! それより当直の教師はどうしたのだ!」

 教師の誰かが言った言葉に、シュヴルーズが震えあがった。
 昨日の当直は彼女だった。けれども彼女は自室で眠りこけ、朝起床してようやく事件のことを知ったのである。

「ミセス・シュヴルーズ! 貴方は当直でありながら何をしていたのです!」

 見て分かるほどぶるぶると震えるシュヴルーズ。責任の大きさからの恐怖ゆえか、涙まで零している。
 教師たちはここぞとばかりに彼女を一斉に責め出す。学院長が来る前に責任の所在を明らかにし、自分たちは非難の的にならぬようにしようとしているのだろう。

「泣いても盗まれたものは戻ってこないのですぞ! それとも貴方が破壊の杖を弁償するとでも言うのですか!」
「む、無理です、私家を買ったばかりで……」

 座り込んで泣き崩れてしまうシュヴルーズ。このまま責任を負わせる人柱が決まってしまいそうな、その時。

「これこれ、よってたかって女性を苛めるでない。女性を苛めていいのはベッドの上だけじゃぞ」

 何と言う破廉恥な発言。こんな発言ができるのは、いや学院の教師全員に向かってこんな発言ができるのは、この学院の最高権力者、オールド・オスマンその人しか居ない。
 オールド・オスマン。現存する最も偉大な魔法使い、300年生きたメイジなど、様々な通り名を持っている。噂では、本人は白髭公と呼ばれたがっていたとかいないとか。
 しかし、このおじいさんは老いて尚盛んとも有名である。彼が先ほどの発言どおり、女性を苛めるのはベッドの上だけかは非常に疑わしい。
 日ごろの彼は、カリスマは無いに等しいスケベ老人で通っている。しかし、この場においては紛れも無く最高責任者の存在感を漂わせていた。

「しかしオールド・オスマン! 彼女は当直でありながら仕事をサボタージュしていたのです!」
「この中で、日頃真面目に当直をしていたものはどれだけおるかね?」

 オスマンのその言葉で、先ほどまで勢い込んでいた教師が黙り込む。教師の誰もがオスマンと目を合わせようとしない。

「この通りじゃ。当直の習慣など形骸化して久しいからのう。責任があるとすれば、この場の学院教師全員にじゃて」

 オスマンにこう言われては、もはや責任を誰か一人に押し付けることなどできようはずもない。救われたシュヴルーズは涙を流してオスマンに擦り寄った。

「あ、ありがとうございます、オールド・オスマン!」
「ひょっひょっひょ。ええんじゃよええんじゃよ。お礼は君のお尻で払って貰うからのう」
「ええ、幾らでも触ってください、私ごときのお尻なら幾らでも!」

 滑ったギャグほど寒いものは無い。特に場を和ませる為に言った物が滑った場合の寒さは本当に凍死しかねない。
 誰も突っ込むものが居ない真面目な空気の中で、シュヴルーズの尻を撫でていた手を仕舞うと、取り繕うように一度咳払いをするオスマン。

「それで、犯行を目撃していたというのは誰かね」
「はい、この者たちです」

 教師がルイズたち三人をオスマンに示す。無論、猫のレンは人数に数えられていない。時折後ろ足で耳を掻いているが、一応、ルイズの足元におとなしく佇んでいる。

「では君たち。昨晩目撃したものを話してもらおうかの」
「はい。昨夜、私は魔法の練習を行う為中庭にでておりました。そこにキュルケとタバサがやってきて、今日はもう帰ろうとしたところで中庭の植え込みからゴーレムが出てきたのです。ゴーレムは一撃で壁を壊して宝物庫へ侵入し……」

 そこまで話して、一度ルイズは黙ってしまう。悔しさのせいで俯いてしまうが、何とか後に続く言葉を絞り出した。

「……戻ってきたフーケはそのまま逃げました。私たちを、無視して……!」

 恥ずかしい。恥ずかしい恥ずかしい……! 最初から犯行現場にいながら何もできませんでした、と告白しているのだ、なんという恥辱!
 ゼロと蔑まれる日常も辛かったが、それとは全く別の悔しさがルイズを苛み続ける。手が真っ白になるほどに強く手を握り締めていた。

「気にすることはない、ミス・ヴァリエール。悪名高いフーケと対峙して君たちに怪我が無かったことこそ幸いじゃて」

 ルイズへのオスマンの声は優しかった。生徒である彼女たちを責める気など微塵もないらしい。だが、そんな言葉も屈辱に打ち震えるルイズには何の癒しももたらさなかった。

「その後、タバサが風竜でゴーレムを追跡しましたが、ゴーレムは只の土の山になっていました。恐らくゴーレムを囮にして馬に乗り換えたのではないかと」

 ルイズの報告にキュルケが補足する。あの後タバサはフーケを追っていたらしい。しかし何の痕跡も見つけられなかったということだ。

「むむう、それではまるで手掛かり無しか……」

 髭を撫でながら唸るオスマン。現状の打開策がなく、部屋に重い沈黙が漂った。そこへ扉からノックの音が響く。

「誰じゃ?」
「失礼します。ロングビルです。遅くなってしまい申し訳ありません」
「入りたまえ」

 学院長の許可と共にドアが開かれ、眼鏡の女性が入ってくる。
 彼女はミス・ロングビル。オスマンの秘書である。年は恐らく20歳前半くらいか。その年齢でありながら秘書として有能らしく、オスマンからの信頼も篤い。しかし、噂によるとオスマンからのセクシャル・ハラスメントに日々悩まされているとか。
 結婚適齢期であり、ややきつめのスーツではっきり浮き上がる女性の起伏は男性教師のみならず男子学生にもけしからんといわれている。その辺りにも原因があるだろう。オスマンにベッドの上以外で苛められている女性筆頭候補である。合掌。

「何処へ行っていたのです、大変なことになっているのですぞミス・ロングビル!」
「存じております。まず勝手に行動したことに謝罪を。朝から独自に調査を進めておりましたので遅れてしまいました」
「調査じゃと?」
「はい。朝起きれば学院中が騒がしい上、騒ぎの中心の宝物庫は無残に壊れているではありませんか。その上最近貴族を脅かしているというフーケのサインまで残されていたと聞きました。そこでフーケが逃げたと思われる経路を辿っていたのです」
「仕事が早いのう、ミス・ロングビル」

 教師陣は驚きを隠せない。いち秘書に過ぎない彼女が誰よりも早く行動を起こしていたとは。

「して、何か手がかりは掴めたのかね」
「はい、フーケの隠れ家が分かりました」
「なんと!?」

ざわ……ざわ……。

「フーケを追った先で会った村で聞き込みを行ったところ、農民の一人が黒ローブで馬に乗った怪しい人物を目撃したと。その者は森の中の廃屋に入って行ったそうです」
「黒ローブ……確かに昨日のメイジも黒ローブをまとっていました! そいつがフーケに間違いありません!」

 昨晩の犯行を行った人物は黒いローブで顔までスッポリ覆われていた。フーケに間違いないと思ってルイズは言う。

「ここからフーケの居る場所までどれほどかかるのかね?」
「はい、馬で4時間といった所でしょうか」
「オールド・オスマン! すぐに王宮へ衛士隊派遣の要請を……」
「バカモン!! 王宮まで使いを出し、要請が受理され、衛士が派遣されるまでどれだけかかると思っておる! その間にフーケは更に遠くへ逃げてしまうわ!」

 一人の教師の提案はオスマンに一蹴される。確かに、フーケがいつまでもそこに潜伏している可能性は低い。すぐに追わねばフーケも秘宝も闇の中へと消えることだろう。

「それにこの事件は学院内で起きたもの。栄えあるトリステイン魔法学院は盗賊の侵入を許したばかりか秘宝まで奪われ、挙句解決に外部へ力を乞うたなどと恥を広げる気か! 我々学院の者だけで処理する!」

 名誉を何より重んじるトリステインの貴族、その貴族たちの子供を通わせる名門トリステイン魔法学院。そこへ賊が入られ、おめおめ逃がしたとあればその権威は地に落ちるだろう。学院存続にもつながりかねない出来事なのだ。内々に処理したいというのは当然。

「ではこれよりフーケ討伐隊を編成する。我こそは、と思う者は杖を掲げよ!」

 室内が静まり返る。誰一人として、杖を掲げるものは居なかった。

「どうした、誰もおらんのか! フーケを討って名を上げようというものは!」

 再度のオスマンの呼びかけにも誰も応えない。誰とも目が合わないように俯き、なのに誰か志願者が居ないか横目でこそこそ伺っている。
 ルイズは先ほどからずっとムカムカしていた。これが、貴族の姿か?
 賊に入られて、宝を盗まれ、責任を擦り付け合い、敵の居場所が判っているのに尻込みする。
 無様。それがルイズが彼らに抱いた感想だった。そして、ここにいる自分もこんな無様な連中と括りにされるのか。そう思った時、ルイズはもう堪らなかった。

「何をしているのです! ミス・ヴァリエール!」

 シュヴルーズの悲鳴じみた声に、部屋中の視線がルイズに集中する。ルイズが高々と杖を掲げているのだから当たり前か。彼女の使い魔のレンも例外ではなかった。

「貴方は学生でしょう! 討伐者として行くなど危険すぎます!」
「誰も掲げないじゃないですか」

 ルイズは教師の言い分をばっさり切り捨てる。今はこんな議論をしている一分一秒が惜しいのだ。誰も行かぬのなら自分がフーケを捕らえて見せる。私はこんな貴族たちにはならない。
 ゆるぎない瞳でオスマンを見る。オスマンもまたルイズを見返し、笑って頷いた。

「うむ、ならば彼女に頼もうかのう」
「オールド・オスマン! 本気ですか! 相手はあの土くれのフーケなのですぞ!」
「ならば君が行くかね、ミスタ・ギトー」
「いえ、私は、今日は喉の調子が悪いもので……」

 成る程、ルーンが唱えられないのならば仕方があるまい、などという者はこの場に一人も居はしなかった。
 キュルケはしばらくルイズを見ていたが、やがて彼女も杖を取り出し、高々と掲げた。

「ミス・ツェルプストー! 君までどうしたというのだ!」
「ヴァリエールには負けていられませんもの。それに昨日の雪辱を晴らしたい、とも思いまして」

 トライアングルクラスとしての自負はあった。しかし昨日のゴーレムは自分の炎をものともしていなかった。その屈辱を晴らすには、確かにこの討伐に参加するのが近道だろう。
 杖を掲げる二人も見て、タバサも自分の身長よりも大きい杖を掲げる。

「ちょっとタバサ、あなたまで付き合うことないわよ」
「心配」

 キュルケを見上げる瞳は無感情だが、彼女の言葉と行いはまぎれもなくキュルケとルイズを案じているものだった。

「タバサのそういう所、好きよ!」

 場所をわきまえず、ぎゅーっとタバサに抱きつくキュルケ。あまつさえすりすりと頬ずりしている。一方のタバサは相変わらずの無表情であった。

「オールド・オスマン。やはり学生だけの討伐隊というのは無理があるのでは……」
「心配はいらぬよ。特に、ミス・タバサはその年でシュヴァリエの勲章を授与されているという話ではないか」

 その時教師たちに電流走るーー!
 シュヴァリエの爵位は、照合の位置付けは低いが、授与されるには何らかの業績を残す必要があり、実力が無ければ貰えないものなのだ。タバサの年齢でそれを与えられたというのは、彼女が相当な実力者であることを示している。

「知らなかったわ。何で黙ってたのよ」
「言う必要も無い」

 キュルケの問いに応えるタバサは冷めたもの。いつものぼーっとしたような瞳でぼんやり前を見つめている。

「ミス・ツェルプストーはゲルマニアの軍人の家系。優秀な軍人が何人も輩出されている。彼女自身も素晴らしい炎の使い手と聞いておる」

 オスマンの言葉に、キュルケは髪を掻き上げて胸を張る。あの、胸元まで開いたシャツでこれ以上その胸を張られると、シャツからこぼれかねないのですがキュルケさん?

「そしてミス・ヴァリエールもトリステイン公爵の家の出身。またとても勤勉な学生じゃ。何より彼女は貴族の心構えが誰よりも素晴らしい」

 オスマンの言葉に、ルイズもキュルケのように胸を張る。しかし、彼女にはこぼれるだけの起伏などありはしなかった。南無。

「では、フーケの居場所までは私が案内いたします」
「うむ、よろしく頼むぞ、ミス・ロングビル。すぐに馬車を用意させる。君たち、何としても破壊の杖を奪還してきてくれ」
「はい、必ず。杖にかけて!」
「「「杖にかけて!!」」」

 若きメイジたちは杖を掲げて唱和し、オスマンへ一礼するのだった。



 御者台で馬車を操るのはロングビル。残りの三人と一匹はは、荷車のような屋根の無い馬車に乗っていた。襲われた時にすぐ逃げ出せるようにという配慮らしい。
 馬車で揺られること4時間の旅。太陽が天頂近くに来た時には森へとついていた。森への中へは馬車が入ることができない。一行は馬車から降りて徒歩で森の中を進んだ。
 獣道のような細い道を進んでゆくと、視界が開けた場所に出た。空き地のようになっている草むらに、ぽつんとぼろい廃屋が建っている。

「私が聞いた話によると、あそこにフーケは潜伏しているそうです」

 そういってロングビルは小屋を指差す。確かに、こんな奥まった森の中、しかも捨てられたような小屋に立ち寄るような物好きは居まい。隠れ家としては上々だろう。

「作戦を立てる」

 タバサが一行に呼びかけた。流石シュヴァリエ授与者。こういったケースにも一家言あるらしい。
 立てられた作戦はこうだ。最善策はフーケに何もさせないこと。小屋をキュルケの魔法で焼き払えれば一番なのだが、その方法だと奪還すべき『破壊の杖』が無事である保証が無い。
 次善策として、フーケは土のメイジであることに着目する。自分に有利なフィールドとして、敵を発見すればフーケは土のある屋外へ出ようとする筈。囮兼偵察役が小屋へ行き、フーケが居た場合外へおびき出し、魔法の集中砲火で一気に殲滅する、ということに決めた。

「レン、あんた偵察に行ってきなさい」

 ルイズは白猫を自分の眼前まで持ち上げて命令する。

「前にやったみたいに私と視覚を共有して、あんたが偵察に行くの。中にフーケが居たらあんたがおびき出しなさい。誰も居ないようなら私たちも行くわ」

 レンから返答は無かったが、ルイズの顔を見つめ返しながら一度こくりと頷いた。するとルイズの右目の視界だけにルイズ自身の顔が写る。視界の共有に成功したようだ。
 ルイズの腕からレンが飛び降り、小屋へとまっすぐに向かっていく。小屋から丸見えだろうが、囮役としては良いだろう。フーケが小屋の中にいるならかなり気を張っているはず。メイジの使い魔に多い猫が近づいてくるならば何らかのアクションをする可能性が高い。

「ご自分の使い魔を信頼されているのですね、ミス・ヴァリエール」

 つぶさにレンと小屋を観察していたルイズに、ロングビルから声がかけられた。

「ええ、逃げ足の速さは。良く逃げられますので」
「ルイズ、それ自慢にならないわよ」
「黙ってなさいツェルプストー」
「貴方の使い魔はどんな能力があるのですか?」

 そのロングビルの質問に一瞬詰まるルイズ。ここは無難に普通の使い魔にできることだけ言っておけばいい、と考えた。

「どんなって、普通です。視界の共有や意思の疎通ができるくらいの。それが何か?」
「いえ、とても綺麗な猫だったので、少々興味があっただけですよ」

 そう言ってロングビルは小屋へと向かうレンへと視線を戻した。ルイズもレンと小屋へ意識を向ける。
 もうレンは小屋まで辿り着き、窓を覗きこんでいるところだ。ルイズにも小屋の内部の様子が見えてくる。

「中に誰もいないじゃない」

 窓から見える範囲では中に人影は確認できなかった。レンはさまざまな角度から小屋の中を見渡してみるが、やはり誰一人見つけることはできない。

「フーケはいないみたいよ。私たちも小屋へ向かいましょう」
「では、私はフーケが戻ってきたときに備えて周辺を警戒していますわ」
「一人で大丈夫? フーケは少なくともトライアングルクラスの使い手よ」
「ご心配には及びません。私もメイジの端くれ。ラインクラスとはいえ皆様が戻るまで逃げ延びるくらいはして見せます」

 ロングビルはそう言って森の中へと入っていった。

「フーケの追跡から聞き込み、私たちの案内に加えて哨戒まで。働き者ねぇ、あの人」
「私たちも負けてられないわ。行くわよ」

 ルイズたちは小屋へと向かって歩き出す。その間も周囲を警戒しながら進むが、やはり何の妨害も無かった。無事に小屋まで到着する。ルイズは仕事をこなしたレンの頭を軽く撫でてやった。
 タバサがドアへ『ディテクト・マジック』を唱える。対象物の状態を調べる魔法だ。タバサがうなずく。どうやらワナは無いらしい。

「開けるわ」

 小屋の中へと入るルイズとキュルケ。タバサは念のため入り口で見張りをしておく。
 長い間、人が入らなかったらしい。小屋の中は何処もかしこも埃だらけ。床には積もった埃に足跡が残っている。最近人の出入りがあったことは確かだろう。
 中にはほとんど物が無かった。その中で目を引くのは簡易的なチェスト位か。こんな所にまさか破壊の杖があるとは思えないが、念のため開けてみる。

「え」
「これ、『破壊の杖』じゃない! あっけないわねー」

 大穴だ。まさかこんな簡単に破壊の杖が取り戻せるとは。
 ルイズは手にとって『破壊の杖』を観察する。まず、軽い。そして何から作られているのかわからない。金属でできているということはわかるが、こんな金属はルイズもキュルケも見たことが無かった。
 見た限りでは1メイルほどの大きさの筒、といった印象だろうか。はっきり言って、魔法の杖には見えない。
 ふと、ルイズはレンがなにやらじっと破壊の杖を凝視していることに気付く。この猫もこれに興味があるのだろうか。
 と、大きな音を立ててドアが開かれる。タバサには珍しく焦った様子でルイズたちへ叫ぶ。

「来た!」

 その声と同時に、小屋の屋根が吹き飛んだ。余計なものが無くなってすっきりした、などという感想が浮かぶはずも無い。綺麗に吹き飛んだ天井から見えるのは、青い空、白い雲、そして土でできた拳。

「これは……待ち伏せ……!」

 襲ってくるタイミングが良すぎる。恐らくフーケは近くからこちらを伺っていたのだろう。それなら何故破壊の杖を持ち出さなかったのか、という疑問が湧くが、今は頓着している場合ではない。
 ゴーレムに小屋ごと潰される前にルイズとキュルケは脱出する。そこには昨日と同じ、自分たちの十数倍はある大きさのゴーレムがその巨躯をさらしていた。
 フーケは見当たらない。昨日のようにゴーレムに乗っていれば一気に攻撃を仕掛けただろうが、そんなヘマをするほど向こうも甘くは無いらしい。

「やるしか、ないわね!」
「キュルケ、タバサ! 一斉に仕掛けるわよ!」
「了解」

 ルイズの求めに応じ、三人がゴーレムへ一斉に杖を向ける。
 まずタバサが『エア・ハンマー』を唱える。空気の塊がゴーレムの胴体に直撃し、巨体を揺らす。
 それにキュルケが『フレイム・ボール』続いた。彼女の胴体ほどもある巨大な火球が放たれ、タバサの起こした空気の塊に引火し、ゴーレムは業火に包まれた。 
 最後にルイズが攻撃を仕掛けた。彼女が唱えたのは『ファイアー・ボール』だったが、結局炎は生まれなかった。何時もどおり、いや何時もより大きい爆発が、ゴーレムの胴体で前触れも無く炸裂する。

「どう……!?」

 もうもうとした土煙でゴーレムの姿が遮られてしまう。数秒の後に現れたのは、ぽっかり開いた穴を下の土で再生しているゴーレムの姿だった。控えめに見ても、攻撃が聞いているようには思えない。

「これほどなの……!?」
「一旦退却」

 タバサが口笛を吹く。その音を合図として、空に風竜のシルエットが現れる。確かに破壊の杖の奪還は果たした。ならばこのまま逃げるのが上策だろう。が――。

「駄目よ! ミス・ロングビルが居ないじゃない!」

 小屋へ侵入する前に別れてから、一度もロングビルを見ていない。見えないところでフーケと応戦しているのか、あるいは既にフーケに……。

「っ!!」
「きゃあぁ!!」

 逡巡しているメンバーにゴーレムの拳が降って来る。三人とも何とか交わしたが、ルイズは二人と別方向に跳んでしまった。ゴーレムを間に挟む形でのパーティー分断。状況は非常にまずい。

「ルイズ! 上からシルフィードであなたを拾うわ! それまで何とか逃げ延びなさい!」

 キュルケが風竜に乗り込みながらルイズへ叫ぶ。ゴーレムの間を走り抜けることは確かに危険だ。それを避ける為に風竜で回り込んでルイズを拾う考えらしい。
 問題は、それまでこのゴーレムの拳から逃げられるか、ということだ。ゴーレムの動きは確かに鈍いが、巨体ゆえの力の大きさ、辺り判定の大きさ、一挙動の動きの大きさを考えると、回避し続けるのは難しいだろう。

「そうだ! これを使えば……!」

 ルイズは自分が持っている破壊の杖に意識を向けた。学院長があれほど危険視したマジックアイテムである。名前からしても、こんなゴーレムをも倒せるようなすごいシロモノに違いない――!
 祈りをこめて『ファイアー・ボール』の詠唱をする。地響きを立ててこちらへ近づいてくるゴーレムに焦りが生じる。可能な限り早く、間違いの無いように――!
 長いような短いような時間が経ち、ゴーレムの腕が届くような距離に来た時に、ルイズはようやくルーンを唱え終えた。間に合う!!

「ええぃっ!!」

 そして破壊の杖を振り下ろす。しかし、何も起こらなかった。

「あ、あれ!?」

 ゴーレムへの攻撃はおろか、何時もの失敗魔法の爆発も起こらない。必死でルイズは破壊の杖を振る。しかし杖はうんともすんとも言いはしない。
 焦燥に胸を焦がすルイズに構わず、ゴーレムは足を持ち上げる。ルイズを踏み潰す気らしい。キュルケとタバサは未だ上空に居る。絶体絶命だ。
 視界全てを黒く塗りつぶすゴーレムの足に、ルイズはぎゅっと目をつぶった。



「タバサ! 強引にでもルイズへ近づけて! 私があの子を回収するから! お願い!!」

 キュルケが必死にタバサへ懇願する。タバサは安全の為もっと後ろ側から近づきたかったのだが、確かにそんな余裕は無さそうだ。もうゴーレムとルイズは接近しすぎている。
 ルイズは破壊の杖を振り回しているが、何も起こる様子は無い。本当にあれはマジックアイテムなのか、という疑念すら浮かぶ。
 シルフィードに高速でルイズへ急降下するように指示を飛ばすが、それよりも早くゴーレムが足を持ち上げた。

「やめてーーー!」

 キュルケの悲鳴が上がった。だが、そんな悲鳴ではゴーレムは止まらなかった。

どず……ん――

 一際大きい地響きが生じる。ゴーレムの足はもう振り下ろされていた。

「そんな……」

 呆然とつぶやくキュルケ。あのゴーレムの足の裏では、ルイズが目も当てられないようなモノになってしまっているだろう。思わず原型すら留めていない彼女の死体を想像してしまう。
 タバサとルイズは大して交流は無かった。それでも、今回仲間として一緒に作戦に参加した仲だ。そしてルイズは気難しいが高潔な精神を持つメイジだった。そんな彼女を無残に殺された。タバサの心にも怒りが生じる。
 敵は討たねばならない、とフーケが居るはずの森へと視線を移そうとしたとき、ふと何かが視界をよぎった。フーケかと思って目を凝らしてみるが、違う。その娘とは一度だけだが面識があった。
 キュルケもそれに気付く。タバサよりも小さな身体。全身白一色の衣装。きらきらと翻る銀髪。ルビーのように真紅の瞳。

「あれは……!?」
「アルク……ちゃん……!?」



「何やってるのよ、このばかマスター」

 轟音がしたのに、いつまで経ってもゴーレムの足は振ってこない。代わりに降って来たのは、彼女の声だった。ぎょっとして目を開けると、そこには彼女の使い魔のレンの顔が。
 なんとルイズはお姫様抱っこをされていた。自分よりも背の低い幼女に、両肩と両膝を抱え上げられている。お姫様がお姫様に抱っこされているような、それは矛盾していながらも幻想的なシチュエーション。
 そして、それはどさりとレンにルイズが捨てられることで終了する。呆然としていたルイズはお尻を地面に打ち付けた。

「な、何するのよ!?」
「貴女があんまりにもヘタレだから助けに来たんじゃない。そんなロケットランチャー振り回しても魔法が出るわけ無いでしょ」

 冷たい目でこちらを見下ろしているレン。そんな瞳や打ち付けた臀部の痛みより、今レンが呆れたように言った言葉の内容に驚いた。破壊の杖をレンに見せてルイズは聞く。

「これが何か知ってるの!?」
「知識としてはね。使い方までは知らないわよ。あれが調べる時間をくれるとも思えないし」

 ずしん、と響く音の音源へとレンは向き直る。ゴーレムとこちらは数メイルの距離が開いている。レンがルイズを抱えて救出した時にそれだけ距離ができたらしい。そのわずかな距離をゴーレムはのっそり近づいてくる。

「ルイズ、足止めはしてあげるわ。その間に安全圏まで離れてあの竜に乗せてもらいなさい」

 言うが早いが、レンはゴーレムへ向かって駆け出した。ルイズが止める暇も無い。あっという間に互いの距離が0になるレンとゴーレム。
 射程範囲に入った白い物体へ向かってゴーレムの前蹴りが跳ぶ。しかし、その時にはレンはゴーレムの足より上へ跳んでいた。
 自分の身長の何倍も高くレンは浮き上がる。ゴーレムの胸当たりまで跳んだ彼女は、ゴーレムを自らの手で殴りつけた。

「レン……!?」

 レンの攻撃は一撃では終わらない。四肢を駆使した突き、払い、振り下ろしのラッシュ。それを一度も着地せず、空で舞うように叩き込む。遠目に、彼女の両手両足に赤い光球があるのが見えた。あれでゴーレムを叩いているらしい。
 しかし、ゴーレムにしてみればレンなど人間にとっての羽虫に等しい大きさである。少々の打撃など先程のルイズたちの魔法にも及ばない。あっと言う間に地面の土が生じた傷を塞ぐ。
 お返しとばかりにゴーレムがレンを殴りつける。

「―――っ!!」

 声にならない悲鳴を上げるルイズ。落下を始めて動けないレンに、彼女の身長の何倍もの大きさの拳が直撃する――!
 レンはそれに動じることもなく、空中で見事にエビ反りになる。まるで落ちる木の葉が巻き起こる風に乗るように、ひらりとレンは逃れて見せた。
 回避してからもレンは止まらない。パンチを放ったゴーレムの腕を掴むと、自分の身体を振り子のように振り、勢いを付けてゴーレムへと飛ぶ!

「ちょっ―――!?」

 もはやルイズの目はレンに釘付けだ。主の思いも知らずにレンは好き勝手に動く。いつも飼い主の事など歯牙にもかけない猫そのものに。
 飛び出したレンはゴーレムにぶつからずに、脇腹の横を素通りして着地した。振り返ったゴーレムが左手を振り下ろす、が、間に合わない。手が激突する前にレンは射程外まで跳んで逃れていた。
 ふと、ルイズはゴーレムの脇腹が光っていることに気がついた。よく見てみると、ゴーレムの脇腹に何か生えている。水晶のようにきらきらしたものが、まるで骨が飛び出したみたいに。
 目を凝らしているうちに、飛び出ている何かは砕け散った。

「『ウィンディ・アイシクル』―――!?」

 風と水をあわせて使う、『ウィンディ・アイシクル』という魔法がある。確かにその魔法に似ていたが違う。通常はは無数の氷の矢が一斉に襲い掛かるのだが、レンが放ったものは彼女の身長よりも大きな氷柱が一本だけ。それがいつの間にかゴーレムに突き刺さっている。
 何よりも、彼女の手には相変わらず手には時折赤い光球が浮かぶだけで、杖を所持していない。彼女が姿を変える魔法を一瞬で行うように、恐らくあれも先住魔法の一種だ――。

「ちょっと! なんで逃げてないのよ!」

 目の前で繰り広げられる戦闘に目を奪われていると、レンから叱責が飛んできた。レンの声が届くも、ルイズは動く事ができない。
 ゴーレムは二人のやり取りになど頓着せず、再度ゴーレムが右腕を振り上げる――!

「ああもう、空気を……」

 ズドォン、と地面へ叩き付けられるゴーレムの拳をターンして難なくレンはかわす。そして彼女も右手を高く掲げ――

「読みなさいっ!」

 勢いよく振り下ろす。その手の動きに従うように、先ほどよりも大きい氷柱が生じ、ゴーレムの足首に深々と突き刺さった。
 そして先程のように氷柱は砕ける、がそれだけで終わらない。砕けた氷の欠片が無数の刃となって舞い、ゴーレムの足首を削っている。
 削れた足首がゴーレムの巨体を支えきれず、ぐしゃりと潰れる。その隙を逃さず、レンはバランスを崩されたゴーレムの横を走り抜け、ルイズの元まで戻ってきた。

「逃げなさいって言ったでしょうが! 死にたいの!?」

 ルイズを責めるレンにはいつもの余裕はない。彼女もあのゴーレムとやりあう事は危険だったのだろうか。
 レンの叱咤にようやくルイズに生気が戻ってゆく。主人の気も知らず危ないことをしていたこの使い魔が憎らしくて、とにかく大声で反発した。

「逃げられるわけ、ないじゃない! 私は貴族よ! 貴族が敵に後ろを向けられるわけないわ!」
「そんな意地で死んだら本当に唯の役立たずよ! 杖の奪還を失敗したばかりか自分の命まで粗末にしたって嗤われるだけって分からない!?」

 レンの言葉は、レンの『役立たず』という言葉は、今まで誰が言った蔑みの言葉よりもルイズの心にぐさりと深く突き刺さった。
 その言葉が痛くて、レンを睨む鳶色の瞳に涙が浮かぶ。

「あんたには分からないわよ! 私よりも魔法が使えてあんなゴーレムとも殴り合えるあんたには! 私はゼロじゃない! もうゼロなんて呼ばれたくないの! だから……!」

 ぼろぼろ涙を零しながらルイズは叫ぶ。
 見返してやりたかった。馬鹿にされて見下されるばかりの毎日はもう嫌だった。だから討伐隊に志願した。フーケを捕らえればもうゼロと蔑まれることはないと信じて。
 なのに結果はどうだ。盗賊風情のゴーレムに手も足も出なくて、危険なところを使い魔に救われて、その使い魔は敢然とゴーレムに向かっていって!?
 自分は一体何をしに此処までやってきたのだ。暗い絶望がルイズの胸を押し潰し、危険から逃げることすら忘れさせていた。

「此処で逃げたら私は死んだも同然よ! 誇りすらないんじゃ私は正真正銘のゼロじゃない……!!」

 こぼれる涙は留まるところを知らず、地面に涙が吸い込まれていった。ルイズは目の前の使い魔から目を逸らさずにしっかりと睨む。
 レンはそんなルイズに複雑な表情を返していた。蔑むような、非難するような、あるいは……憧憬のような。
 そして、そんな口論の時間が命取り。ゴーレムの足の修復は既に終わり、二人に向かって距離を詰めてくる。敵の接近を示す地響きを聞いて、レンは溜息を一つ付いた。

「……仮にも私のマスターならもっと強くなってよ。でないと私も力を振るえないんだから」

 そう言うとレンは空を仰ぐように両手を広げる。すると、彼女から目に見えない何かが吹き出した。

「!?」
「よく見てなさい」

 そう言うと、レンはゴーレムへ向かって歩いていく。無造作に、まるで散歩にでも出かけるような軽快さで。
 ゴーレムの射程にレンが入った途端、天頂へ振りかぶられた豪腕が振りりかぶられる。だが、レンは避けようとしない。ルイズが避けろと命令するよりも早く、ゴーレムの渾身の一撃が繰り出される……!

「はい」

 レンの軽い掛け声が聞こえた。レンを潰そうとするゴーレムの腕と、まるでそれを受け止めるように伸びたレンの手が衝突した、と思った瞬間――世界が暗転した。

「~~~!?」

 もはや何が起こっているのかルイズには理解できない。ほんの一瞬前まで此処は草原だった。なのに今ルイズの眼に映るものは、鏡、鏡、鏡ーー無数の鏡だけ。他の空間は全て暗黒に塗りつぶされていた。

「ラストワルツよ……」

 数瞬の後、鏡が一点に向かって集合、いや吸い込まれていく。
 吸い込まれたのはレンの両掌の上。吸い込まれた一点だけが真っ白に輝き、闇の中に立った一人佇む彼女を照らしていた。
 光りに照らされるレンに見入っていると、ビシリ、と黒いセカイに皹が入った。生じた隙間から入ってくる突然の光りにルイズの目が眩む。

「ーーーっ!?」

 暗闇に慣れた目には痛いほどの光りの奔流。ルイズは両腕で自分の瞳をかばった。

「……夢から覚めまして?」

 レンの声がする。おそるおそる目を開けてみると――そこはさっきまでの草原だった。レンは後ろで手を組んで悠然と立っている。しかし、ゴーレムは何処にも居なかった。

「は―――」

 さっきからルイズは何も言葉にすることができない。何も理解することができない。かろうじてわかるのは、ゴーレムを消し去ってしまった張本人がレンだということくらい。

「まったく、木偶の坊ごときが手こずらせてくれたわ」

 レンがさらりと髪を掻き上げて呟いた。その様子はいつもと全く変わらず、あんな巨大なゴーレムを相手したというのにまるで余裕のようである。
 いったい自分の使い魔は何者なのか。エルフではないと言っていたが、実はエルフに勝るとも劣らないのでは? 自分の使い魔の所業に、最初の夢の時に抱いた畏怖にも似た感情を思い出す。未だ動けないルイズへ、レンが向き直って言った。

「お分かり頂けましたか? 貴女の使い魔の力を。私と契約しているからには、貴女もこれくらいはできるようになりますわ」

 慇懃無礼な口調に戻って、呆然としているルイズへと語りかけるレン。ひょっとして、この使い魔は励ましてくれているのだろうか。

「それと、そろそろ泣き止んだ方が宜しいかと。キュルケたちに見られますわよ?」

 ぼっと自分の顔が熱っぽくなるのを感じる。確かにさっき涙が零れてしまった時に、拭う事もしていなかった。気が付くと涙の痕が顔がひりひりしているのが判る。
 ごしごしごし、と袖で自分の顔を乱暴に拭っていると、ばっさばっさと羽音を響かせてシルフィードが着陸してきた。

「こ、これは土埃が目に入ったからよ! 別に泣いたりしてないんだからね!」
「はいはい、そういうことにしておきます」

 ルイズをあしらいながら、もうレンの瞳は降りてきたキュルケとタバサに向けられている。二人はこちらにゆっくりと近づいてきた。杖をレンに向けて。

「ちょっとあんたたち! どういうつもりよ!?」
「どういうつもりはこっちの台詞よ。ルイズ、あなたいつエルフを味方につけたの?」

 二人はレンへの警戒を解かずにルイズへ質問する。確かに、この世界でエルフは恐怖の象徴だ。警戒されるのも無理は無いが、彼女は自分の使い魔なのだ。
 ルイズはレンを庇う様に前に出るが、レン自身がそれを制する。

「恩人に向かってひどい対応ですこと。この前は食事を共にした仲ですのに」
「何者」

タバサの簡潔な問いに、レンはルイズに初めて会ったときのように優雅に一礼する。

「改めまして。私、ルイズの使い魔、夢魔のレンと申します。以後どうかお見知りおきを」

 いつもの慇懃無礼な態度でレンは自己紹介を進めた。

「レン……って、あなたがルイズの白猫だっていうの?」
「エルフじゃない?」

 二人とも目を丸くして聞き返す。

「そうよ。あの白猫よ。エルフじゃないわ。この娘は正真正銘私の使い魔よ。二人とも杖を下ろして。さっきも私を助けてたでしょう?」
「信じられない。夢魔があんな巨大なゴーレムを消せるだけの力を持ってるなんて」
「猫に化けるのも珍しい」
「あんまり珍獣扱いしないで下さらない? それより、あの眼鏡秘書とフーケ本人は何処かしら」

 レンの言葉で、一行に緊張が戻る。そうだ、ゴーレムは消えたがまだフーケは確認できていない。が、ゴーレムを操っていた以上この付近に必ず居る。
 4人それぞれが背中合わせになり、周囲を警戒する。すると、林から物音が聞こえた。全員がそこへ注意を向ける。杖と視線が集中する森から出てきたのは、眼鏡秘書の方だった。ロングビルだ。

「ミス・ロングビル! ご無事でしたか!」
「はい。申し訳ありません。ゴーレムに襲われて気を失っておりましたので」

 襲われた、といっているが、しっかりした足取りでルイズたちへロングビルは近づいてくる。そしてルイズの傍に立つと、レンに目を向けた。

「それにしても、ミス・ヴァリエールの使い魔が先住魔法の使い手とは驚きましたわ」

 その言葉に違和感を覚え、キュルケとタバサが怪訝な顔になる。ロングビルは静かに立ち位置をルイズの背後へと移動させていく。

「見てたのに助けに入らなかったの?」
「ええ、だって」

 答えを言い終わらぬうちに、ロングビルがいきなり動いた。破壊の杖を持ったルイズの手をひねり、後ろ手に拘束すると、右手に持った杖をルイズの首筋に突きつける。

「お前らを襲うのに忙しかったからねえ」

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