暗殺者/復讐者


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 戦争とはいつも凄惨なものだ。煌びやかな英雄が生まれる影では、数え切れるほどのか
ばねが折り重なっている。
 アルビオンの片隅にひっそりとある寒村にも、戦争の魔の手は伸ばされようとしていた。
 本来、その村は一切の戦略的価値もない、言うなれば占領するだけ無駄。それどころか、
余計な労があるだけだった。
 焼き討ち、略奪。あるいは、兵のストレスをなくすための虐殺。そのどれもが選択肢に
上らぬほどその村はちっぽけだったのだ。だからこそ、村人たちは一人も村を逃げ出さず、
ただ戦争の恐怖に身を小さくして震えているだけだった。貧しいからこそ、村を逃げ出す
ことすらできなかった。そういう側面があったにしても、だ。
 だが、益不益とは、何も人間の尺度だけで測れるようなものではない。いや、そもそも
人間の尺度だけではかれるものがこの世にどれだけあるというのか。
 それを村人たちに思い知らせるには、唯一つの機会で十分だった。
 亜人、その中でとりわけ凶暴なもののひとつとして数えられるもののなかに、トロール
鬼という種族がいる。彼らはほぼ例外なく体躯に恵まれ、強靭な体と桁外れの膂力を持ち、
そして何よりも残忍だ。
 殺戮を好むハイランダー。彼らはただ殺す、そのためだけに戦場に現れる。
 そんな彼らが軍を離れ、関係のない村を襲う。そのような光景は戦争ではごく一般的で、
それこそ戦争でなくとも、辺境ではよく見られる。
 そして寂れた集落にメイジはいない。ゆえに彼らは血に酔いしれる。そこにあるのは、
どこまでも単純な弱肉強食というルールに則った一方的な虐殺だけ。
 オーク鬼ですら手練れの剣士数人でかかるのだ。その数倍の巨躯を持つトロール鬼など
平民が倒せるはずもない。ここにいたり、ようやく村人たちは悟るのだ。
もはや村を捨てるしかないのだと。
その先に緩慢な死が待ち受けていようとも、座して死を待つことだけは耐え難い。
 だが――不幸なことに彼らはある程度の知能を持つ。
 そう、知性あるものとして狩を行うのだ。
 逃げ惑う村人たちの先に現れるのは新たなトロール鬼の姿。

 真の絶望は、希望のあとにやってくる。

 逃げられたと思ったときこそが、彼らの狩りの、そして虐殺の始まりだったのだ。

「う、うわぁあああああ!!」

 恐慌に駆られた一人の若者が悲鳴を上げて走り出した。それを皮切りに、ヒステリーが
全員を襲う。その悲鳴こそがトロール鬼をさらに楽しませるとも知らないで、我先にと他
の誰かを押しのけてまで村人たちは逃げ惑う。

「あっ!!」

 その中にあって、小さくかわいらしい悲鳴が上がる。声の主はまだ10くらいのまだ幼い
少女だった。慌てて足をもつれさせたのか、地面に倒れ臥している。
 いや、辺境に住む子供がそのような間抜けをするはずがない。まして命がかかっている
のだ。そう、命がかかっているからこそ――彼女は、我先に逃げ出そうとした大人に突き
飛ばされてしまった。
 だが、それを怒るいとまもない。影が少女を襲う。痛みをこらえて少女が見上げれば、
そこには振り上げられた巨大な棍棒が今にも振り下ろされようとしていた。

 あ。死ぬんだ――トロール鬼のゆがんだ笑みを瞳に抑え、少女は素直に死を覚悟した。

 死を受け入れることは、あるいは一瞬だけならば簡単だ。長く苦しむなら話は別だが、
あれだけの重量で叩かれれば、あっというまにぺしゃんこだろう。
 だから素直に瞳を閉じ、一秒、二秒と己の余命を数え……そして、襲い掛かるはずの衝
撃はいつまでたってもやってこなかった。変わりにあるのは浮遊感。

「ぐずぐずするな、間抜け。瞳を閉じて神にでも祈っているつもりか?」

 そうして瞳を空けた先にいたのは、黒髪の、変な服装をした若者だった。

「やれやれ、せっかくの骨休めに来たと思えばこれか」

 少年――いや、青年だろうか。少女の目には年のころがいまいちわからないその人物は
呟きながら、懐から小さな鉄の棒を取り出した。いったいそれで何をしようというのか。
 まさか、彼はメイジなのだろうか。少女を、村を救いに来てくれた優しいメイジ。いや、
そもそももう自分は死んでいるのではないだろうか。これはただの都合のいい夢。
 しかし、少女の期待は、危惧はあっさりと他ならぬ彼によって否定された。パチン、と
少年が柄にあるボタンを押すと同時に刃が飛び出した。そう、柄だ。少年が握っていたの
はまさに飛び出しナイフ。そのギミックを理解できずとも、鋭い刃が意味することは理解
できる。
 彼は間違いなく平民だった。この場面で杖を出さないメイジがどこにいよう。
 本当に自分は助かったという安堵は沸いて出て来なかった。むしろ恨みすらした。せっ
かくあのままなら楽に死ねたはずだというのに。
 しかし青年は少女の内心も知らずに「七夜」と掘り込まれたナイフを片手にもてあそび
ながら、トロール鬼を前にして少年はやすやすとため息をついた。
 この上なく明らかな死の体現を前に、青年は怯える気配すら見せなかったのだ。

「こんなことなら、ジョゼフやイザベラのもとに来る暗殺者を相手にしていたほうがよほ
ど手慰みになる」

 やれやれ、失敗したかな――と、天を仰いで嘆く青年。だが、彼のぼやきなどトロール
鬼が聞いているはずもない。むしろその場にとどまっているのは好都合とばかりに棍棒を
叩きおろす。

 耳を劈くような轟音が辺りにこだました。その一撃で大地は砕け、木々は揺れ、遠くで
小鳥が飛び立った。人の一人や二人を殺すには明らかに過剰なまでの一撃だった。確信を
持ったトロール鬼は笑顔とともに棍棒を持ち上げ――

 そしてその先には誰も、何もいなかった。

「まったく、世界が変わっても人外というのはどれも同じだな。なまじ人間の形に近いと
いっそう酷い。これだからお前らは種として劣る人間に狩られるんだ。
 性急のうえに鈍重で、何より稚拙が過ぎる」

 声はトロール鬼の足元から響いていた。見下ろそうと慌てて足元をずらし――そして地
に足をつけたときには、力が入らずもんどりうってそのトロール鬼は倒れかえった。

「その上鈍感か。救いがないな」

 呆れたような、蔑むような、どこか愉快そうな響きを滲ませて七夜はトロール鬼を揶揄
する。手には変わらず一振りのナイフ。先ほど違う点があるとすれば、その刀身が血に濡
れている事だった。
 そう、七夜は振り下ろした一瞬。棍棒を死角にトロール鬼からみえぬ角度から一瞬で足
元に駆け寄ると、勢いそのままトロール鬼の腱に斬りつけたのだ。
 硬い外皮も、体重と速度を乗せたその一閃の前には何の用も成さなかった。あるいは七
夜の得物がもっと刃が長ければ、動く間もなくトロール鬼は体重を支えきれず崩れ落ちて
いたか、足そのものを切断していたかもしれない。
 見るもの全てにそう思わせるほどの斬撃だった。
 だが、それまでだ。どれだけ鋭く斬りつけようと、彼が持つのがただのナイフである限
り、トロール鬼には致命傷は与えられない。 いや、全身をくまなく切りつけ、出血死さ
せることもできぬではない。それを許す技量を七夜は持っている。
  ないのはただ、時間だ。
 彼は何でもできるスーパーマンではない。彼が一匹を殺す間に、トロール鬼は十人を百
人を殺すだろう。目の前の一匹ですら、少女を守りきりながらでは殺せない。
 無論、彼にとって道行く人の命など路傍の石も同然だ。腕の中の少女も含めて、皆一様
に救う価値などない。
 もしトロール鬼に押しつぶされた人を見たとしても、せいぜいが「ああ、俺ならもっと
うまくやったのに」と場違いな感想を持つだけだ。
 だが、七夜は少女を救った。なぜなら――

「GUOOOOOOO!!」

 氷雪の嵐に見舞われたトロール鬼が、身の毛もよだつような、この世のものとは思えぬ
悲鳴を上げる。先の一撃に劣らぬほど大気が震える。
 それも長くは続かない。どこまでも残酷に氷の刃はトロール鬼の命を奪っていく。
 それは明らかに魔法によるものだった。だが、七夜はルーンを唱えていない。唱えたと
しても、七夜は魔法を使えない。
 では、誰が? 答えはどこまでもシンプルだった。

「遅いぞ、シャルロット。俺なら唱え終わるまでに七度は殺せていた」

 森の中から新たに現れた人影。その人影に向かって七夜は唇を釣り上がらせながら言い
放つ。その言葉に、シャルロット――雪風のタバサの表情がわずかではあるが、確かに
苦々しく歪んだ。
 平素の彼女を知るものならば信じられぬであろうほど、明らかにタバサの顔には怒りが
浮かんでいる。あの感情を表に出さぬタバサがだ。
 そしてそれを誰よりも忌々しく思っているのは、他ならぬタバサ自身だった。七夜の言
葉がどれだけ正しいかを知っているからこそ、怒りもいっそうのものとなる。
 タバサには、一対一ならジョゼフであろうとイザベラであろうと葬り去る自信があった。
 例えどのような使い魔がいようと、自らの使い魔シルフィードと力をあわせれば、勝て
ぬ道理などない。そう、鉄面皮の下で暗い復讐の炎を燃やしていたのだ。
 イザベラの嫉妬も、そう思えば心地よかった。あるいはそれで、適わぬ復讐の無聊を慰
めていたのかもしれない。
 しかし転機が訪れる。目の前の男が現れてから、全ての立場は逆転した。
 音もなく背後に立たれていたことは数え切れないほど。目の前にいたはずなのに、気を
抜いたことなどないのに、気づけば喉元に刃を突きつけられたことすらある。
 殺されなかったのが不思議だった。イザベラの激情は、それほどまでに御しがたかった
はずなのに。
 一度だけ、タバサは理由を問うた。なぜ自分を生かすのか、と。従姉妹姫へではなく、
いずれ確実に倒さねばならぬ強敵へ。
 だが、返ってきた言葉は、あまりにも予想のしない。タバサをして怒りを覚えるほどく
だらない理由だった。

「何、いつでも殺せるものなど、殺しても面白くあるまい?」

 血は争えぬということか。あの従姉妹姫も、タバサと同じ思考にたどり着いたのだ。

 屈辱はいつも胸にある。殺せるはずの相手はいつの間に殺せなくなり、それだけに飽き
足らず、その温情、否、その優越感からタバサは永らえているのだ。
 今のタバサの任は、アルビオンとトリステインの戦争の査察、と名ばかりの命である。
 もはやガリアは介入を決めている。必要な情報は十分にそろっているのだ。今更タバサ
一人で仕入れられる情報など特に必要ない。
 では、この任務の意味とは?。
 簡単だった。言葉にされずとも、あの笑みを、今まで取り繕っていたうわべだけの優越
感とは違う、誇らしげな笑みを見れば嫌でもわかる。
 タバサにその身の程を改めて知らしめるためだ。
 だから、タバサは男の言葉を重く受け止めたのだ。まだ足りない。力が足りない。あの
簒奪者どもを殺す力が足りない、と心の中で復讐の刃を研ぐ。鋭く、七夜のナイフよりも
鋭利に、ただ刃たれと呪文のように自らに唱える。
 その内心までも見越してか、七夜がその顔に皮肉げな笑みを浮かべる。

「怒るのはいいが、ほうっておいていいのか。長引けば長引くほど、村人たちは死ぬぞ」

 はっと正気を取り戻すタバサ。確かに見直せば、逃げた先の村人に群がるトロール鬼。
その数は3つ。トライアングルのタバサが一人で相手にするにはできぬではないが、無傷
で、それも防衛線ともなれば手に余る。

「助けろといったのは貴様だ。なら、最後まで責任を取れ」

 少女をいつの間にか地面に降ろしながら七夜は言う。

「でなければ――俺の首を取るなど夢のまた夢だぞ?」

 言葉で突き刺し、ナイフををくるりと一回転させ、そちらに気を向けたタバサの顔のす
ぐ横を、視認できぬほどの高速で何かが通り過ぎる。
 かつん、と音を立てて、それは木の幹に突き刺さった。音でわかる。ノーモーション、
手首のスナップだけを生かした投げナイフ。本来なら、タバサの瞳に突き刺さっていた。

 また――生かされた。

 その胸の怒りを押し殺し、低い笑みを漏らしている七夜から視界をトロール鬼に移す。
幸い、八つ当たりの矛先は十二分にある。七夜にかまい、徒に時間を浪費する暇もない。

「……貴方も、いつか殺す」

 低く、しかし感情を隠しきれぬ声で告げるとタバサは駆け出した。その背を眺めながら、
七夜は愉悦に開いた口をそっと手で押し戻す。
 そのまま手で口を隠したまま、ひっそりと七夜はつぶやいた。

「強い感情はメイジを成長させる、か。怒れ、もっと怒るんだ、シャルロット。そして十
分お前が強きなったときには――」

 っく、と抑えきれぬ笑いが七夜の喉を突いて出た。その声に押されるように、タバサに
遅れて七夜も走り出す。
 二人に共通するものなど何もない。生まれも、育ちも、その内心も、ことごとく致命的
なまでにかみ合わない。
 ただ、お互いの将来を殺すことを夢見てる。それだけが、二人に共通する、ただ一つの
ものだった。

 一人取り残された少女はいつまでも二人の背を見つめていた。
 後になって彼女は思う。二人そろって、まるで死神のようだったな、と。



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