ゼロの白猫 05


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 トリスタニアへ出かけてから数日が経過。その日々は穏やかで、特筆しておくべきことは何も無かった。
 朝目覚め、制服に着替え、朝食をとり、授業に出て、終わったら夕食、入浴を済ませて就寝する。ルイズが学院に入ってから繰り返してきた日常と大差ない。
 他に述べておく事といえば、時間があるときに図書室を訪れたり、教師に話を聞きに行ったりすることが増えたくらいだろうか。
 目的は、レンと約束した『彼女が居た世界へ行き来する方法』を探す事である。
 しかし結果は惨敗だった。『フライ』という空を飛ぶコモンマジックを自在に使えるメイジ。そんなメイジが利用する事を前提として作られた図書室の書棚は、30メイルもの高さの壁一面に本が敷き詰められているくせに足場の一つもないのだ。
 当然フライも使えないルイズは、脚立を用意して本を調べていたのだが、当然移動と持ち運びにかかる時間や労力は他のメイジより遙かに上がる。あるかも分からない情報の検索にそんな余計な手間が加わり、中々作業は進まず、手掛かりは得られなかった。
 教師たちにも手掛かりがないかと思って聞いてみたが、けんもほろろだった。

『月が一つしかない世界? そんなのあるわけないだろう、ミス・ヴァリエール』
『お伽噺でもそう言う物は知りませんねえ』
『ミス・ヴァリエール。そんな空想をするくらいならもっと魔法の腕を磨きなさい』

 要約すると、そんな世界は教師陣も知らない、と言うことである。
 ルイズもすぐに成果が出るとは思っていなかったが、空振り続きだと少し気が滅入る。
 しかも、教師の一人にも言われたように、ルイズの魔法の腕は相変わらず爆発続きだった。どんな簡単なコモンマジックも成功しない。ルイズの鬱憤は募る一方だった。
 そんなルイズを少しだけ癒してくれたのは、使い魔のレンだった。
 朝、日が昇るとルイズの顔に足を乗っけて起こしてきたり(払いのけるが)。丸まって熟睡しているところを撫でたり(起きると逃げられるが)。抱き抱えさせてくれたり(やはり高確率で逃げられるが)。
 そんなスキンシップがルイズの小さな、しかし確かな支えになっていた。カトレアがたくさんの動物を飼っていた理由を少し理解できた気がする。
 そんなレンだが、四六時中ルイズと一緒に居る訳ではない。もともと猫は奔放な生き物、常に飼い主と一緒に居るわけはない。他の使い魔たちもずっと主人と行動を共にしているわけではないのである。
 朝、ドアを開けると使い魔の食事に向かう。その後ルイズから離れてどこかへ行ってしまうのだ。最初に何処かへ行かれたときは授業を放り出してあっちこっちを探し回った。探すことに疲れて一息ついていた小一時間後、

「授業はどうしたの、ルイズ」

 と人型になってひょっこり出てきた時には辺り構わず怒鳴り散らした。

「主人の許可無しに勝手に歩き回るんじゃないわよ!」
「別に使い魔だからっていつも傍に居なきゃいけない訳じゃないでしょ」

 そんな風に口論していると、聞き咎めた教師に見つかってしまった。
 すぐに教室に引っ張りこまれた上、罰として授業終了後の教室清掃を命じられた。レンはいつの間にかそこから消えていた。
 憤慨したルイズは、レンのせいとしてその日の食事を抜きにした。レンはこれに怒ったのか、その日はルイズを避け続け、無理に触ろうとするとシャーッと威嚇してきた。
 その晩。

「いつも貴女の傍に居なくても良いでしょう? 緊急の時は呼べばすぐ行くから、昼間の散歩くらいさせなさいよ」
「……仕方ないわね、けど主人の顔に泥を塗るようなことをしたら許さないからね!」

 以上のような会話が夢の中で話され、日中は主に二人は別行動をするようになったのである。
 ルイズが一度、昼間は一体何をしてるのか、とレンに聞いたところ、

「今日、入り心地の良い箱を見つけたのよ♪」

 と上機嫌で語ったりした。身体や習性は猫らしい。



 そして、ある晩のこと。

「それでルイズ。私の居た世界への手がかりは見つかった?」

 ベッドに入って目を閉じていると、もういいかげん見慣れた雪原にルイズは居た。
 向かいには肘を突いて両指を組み合わせた手の甲に顎を乗せたレンが居る。

「さっぱりよ。本を色々調べてみたけど全然駄目。先生たちに聞いても『そんなの聞いたことも無い』で終わり」

 うんざりとここ数日の調査は空振りであったことをレンに告げる。前述の通り、成果はゼロと言って良かった。ゼロ言うな。

「流石にすぐには分からない、か。でも異世界からの召喚なんてこちらでもすごい魔法なんでしょう? 何で貴女は使えたのかしら。他は爆発ばかりなのに」
「そんなの私が知りたいわよ!」

 レンの指摘に激昂するルイズ。魔法が成功しないことに加え、馴れない調査まで加わって相当ストレスがたまっていたのだ。

「何であれから魔法が成功しないのよ!? ようやく魔法が成功したのに! あれから全然成功しないし!!」

 ルイズはやりどころのない怒りにバンバンと机を叩く。
 レンはそんなルイズを見ながら、一つの提案を投げかけてきた。

「ルイズ。もう一度『サモン・サーヴァント』を唱えてみて」
「何でよ?」
「それは成功したんでしょう? うまくいったものから練習するのも一つの手じゃない」
「無理よ。『サモン・サーヴァント』は使い魔がいる限り発動しないもの」
「試してはいないんでしょう? 色々と規格外な貴女なら違った結果が出るかもしれないじゃない。やってみてよ」

 確かに、今のところ成功したのはレンの召喚と契約の魔法だけだ。
 けれどレンに今言ったとおり、この魔法は使い魔を持っていると発動しない。やったところで精神力の無駄だ。
 レンの言葉が自分の使い魔を辞めたがっているように聞こえて、ルイズはこんな言葉を言ってしまう。

「……私の使い魔が嫌なの?」
「使い魔はやるって言ってるでしょう。とにかく帰る方法の検討すらつかないのは嫌なのよ」

 椅子にもたれ掛かってレンは言う。
 確かに、自分の故郷へ戻れないのは辛いのだろう、とルイズは思う。もし自分が家族の居るヴァリエール領へ帰れなくなってしまったら。
 そんな想像をして少しルイズは背中が寒くなった。そして余計な疑いを持った自分を恥じた。

「強情ねえ、マスターは。仕方ないわね、これあげるから」

 首を縦に振らないマスターに、レンは机の上に何かを置いた。
 ルイズは瞠目した。それは、この前王都に行って買ってきたスコーンだった。おまけにシエスタが煎れた紅茶まで二人分ある。

「これどうしたの!?」
「此処は私の世界。私の思い通りにできないことなんてありはしないわ」

 レンはそう得意げに言う。
 そんなレンの言葉にルイズの乙女回路がフル稼働する。この使い魔は夢の中なら自由にお菓子を出すことができる、ということ? もしそうなら……。
 ルイズの心中を見透かしたかのように、いや事実見透かして、レンは詰めの一言を放つ。

「やってくれるなら特別サービスであのクックベリーパイもお出ししますわ」

 その言葉は、ルイズにとって抗いようのない魔法の言葉だった。ごくり、と音を立てて自分の口に溜まった唾液を飲み込む。

「……し、仕方ないわね! 分かったわよ、それじゃ明日の夕食の後ね」
「ルイズ、涎拭きなさい」

 レンの言葉に慌てて口元を押さえるルイズ。しかし別に涎は垂れていない。レンはそんなルイズを見てくすくすと笑っている。騙された!
 怒りと羞恥で顔を赤くするも、それよりも押さえきれない期待を胸にルイズはレンに命令する。

「さあレン! 早くクックベリーパイを出しなさい!」
「今は無理よ」
「何でよ!?」
「一日に何度も使える能力じゃないのよ。結構力を消費するんだから。クックベリーパイは明日、サモン・サーヴァントを試した後でね」
「そんなの生殺しじゃない!!」

 机にはスコーンと紅茶が乗っている。それが美味しいことは数日前実感しているルイズだが、彼女にとってクックベリーパイは別格なのだ。メイジでいうとトライアングルとスクウェアくらいの壁がある。お菓子だからといってメイジと明治を掛けているわけではない。

「まあ今日はこの紅茶とスコーンで我慢して下さいな、マスター?」
「明日は絶対クックベリーパイを出して貰うからね! 1つじゃすまないわ、まるごと1ホールは出して貰うわよ!」
「欲張りねえ。その量だとぎりぎりかしら。そこまで言うからには何らかの成果を出して貰うからね」

 そう言いながらレンはスコーンに手を伸ばす。それにならってルイズも一つ手に取った。
 かじり付くと口の中に広がる小麦の甘み。数日前に味わった物と同一だった。頬をゆるませて紅茶を口に運ぶルイズ。一口飲んで、ちょっと感じた違和感をレンに言う。

「レン、この紅茶ちょっと温くない?」
「良いでしょ、私熱すぎるのは苦手なの」

 自身も紅茶を飲みながら素っ気なく言うレン。成る程、人の状態でも猫舌なんだ、とルイズは思った。



 そして時は動き出す。
 翌日の夕食を取った後、ルイズとレンは中庭までやってきていた。目的は無論、昨夜話したとおり『サモン・サーヴァント』をもう一度唱えてみるためである。
 まずルイズは自室で行おうとしたのだが、

「いいの? 爆発したら部屋がめちゃくちゃになるわよ」

 というレンの言葉で、外へと移動する事にしたのだ。とりあえずこの言葉でルイズはレンに後でお仕置きする事に決めた。理不尽である。
 双月が見下ろす中庭で、人間状態のレンが見守る中、ルイズは杖を振りかぶった。この後のクックベリーパイのために!

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、"使い魔"を召喚せよ!」

 決められたとおりのルーンを詠唱し、勢いよく杖を振り下ろす!
 結果。何も起こらなかった。周囲には只静寂が漂うのみ。

「……ほら、無駄だったじゃないの」
「そうね、成功してるみたいね」

 レンの答えはルイズの想定の外だ。思いっきり顔をしかめてルイズはレンに向かって言う。

「何言ってるのよ、ゲートは開いてないじゃない。失敗よ」
「ええ、何も起こらないわね。何時もの爆発も」

 レンにそう指摘されて、ルイズもようやく気づいた。確かに、今回はゲートは開かなかったが爆発も起こっていない。これは、まさか――!?

「も、もしかして」
「他のはどうなの?」

 逸る心を何とか落ち着かせ、ゆっくりゆっくりルイズは詠唱を開始する。今度はコモンマジックの『レビテーション』。一言の間違いもなく唱え終え、祈りをこめて杖を振り下ろす――!

どっごぉん!!!

 そして、閃光と爆音が生じる。いつもの爆発だった。

「……」
「失敗ね」
「……ファイアーボール!」

 今度は火系統の呪文。やはり爆発した。ルイズの眉が急角度に吊りあがる。

「ウィンドブレイク!」
「錬金!」
「コンデンセイション!」

 風、土、水、手当たり次第に試してみるルイズ。しかしそれら全てが魔法が何時ものように爆発した。何度も何度も。爆発の幾つかは本塔の壁に直撃していた。

「っだああああああ!!」
「やけにならない。そんなんじゃ成功するものも成功しないわよ」

 成功しない苛立ちに咆哮するルイズとそんなルイズをとりなすレン。レンも度重なる爆発にちょっとジト目だ。
 連続の魔法使用にぜいぜいとルイズは息を荒げている。

「ひょっとして貴女、『サモン・サーヴァント』と『コントラクト・サーヴァント』しか使えないメイジってことはないわよね」
「そんなメイジ居るわけないでしょ!」
「じゃあ何かの呪いにでもかかってるんじゃない?」
「どうしてそんな話になるのよ!? 由緒正しいヴァリエール家に呪いなんてあるわけないでしょ!」
「……ルイズ、貴女の魔術は全部成功している、と仮定してみましょう」
「はあ!?」
「言いたい事はあるでしょうけど最後まで聞きなさいな」

 さっきからこの使い魔は何を言っているのだろうか。けれどレンの瞳は真剣で、何故かルイズは目を逸らす事ができない。

「まず、貴女の魔術自体は全く問題ない、正しいものだと考えるの」
「……それで?」
「けれど、正しい行使に関係なく、別の外的要因から爆発という現象に捻じ曲げられているとしたら? もしそういったことが原因なら、貴女がどんなに努力しても成功という結果が出せない、ということになるわ」

 彼女の言うことは幼い外見と裏腹に、まるで講義を行う教師のような大人のものにも感じられ、ルイズの耳に浸透した。
 レンの言葉に、ルイズは自分の姉のカトレアのことを思い出す。生まれつき体が弱く、強力な魔法を使うとすぐに体調を崩してしまう姉。
 自分は体は丈夫だが、魔法に関して何か別の先天的な原因を抱えているとしたら? 全く聞いた事のない話だが、確かに筋は通るように思える。
 けど、ルイズはそんな事は認めたくなかった。自分が他のメイジと違う、ということなど。自分の努力が意味のないものだったという事など。

「じゃあ結局、何で私の魔法は爆発するのよ」
「そこまでは分からないわ。貴女は魔術の訓練じゃなく、まず自身の体が他と違わないか調べてみるべきじゃない?」
「だれが他の奴らと比べてぺったんこですって!?」
「そんなこと誰も言ってないわよ!?」

 体と言われて思わず的外れな事を思い浮かべて反応してしまうルイズに目を白黒させてレンは答える。
 そんな事を言いながらも、ルイズは心の奥で自分の魔法の失敗の原因についてもっと調べねば、と思うのだった。
 が。そんなルイズの奥底の思考を意に介さずに、レンが行動を起こす。

「大体ぺったんこって貴女ねえ……」

 ちょっと不機嫌そうに目を細めたレンは、ルイズとの距離を狭めると、おもむろにルイズの左胸を揉みしだいた。

「ひぇっ!?」

 ちっちちっちっおっぱーい♪
 別にレンはもごうとしているわけではない。只の肉体言語である。

「なっ、何するの!?」
「ちゃんとあるじゃない。つまらない我侭ばかり言ってるんじゃないわよ」

 キュルケに脂肪ゼロと言われたルイズの胸だが、彼女のスリーサイズはB76、W53。推定カップサイズはCである。それでも彼女は貧乳と言われる。それが世界の選択なのよ。
 しかし、彼女の胸は数値上は決してゼロではない。ゼロでは、ないのだ。よって、レンの手中にある乳房は、彼女の手に小さいながらも確かなやわらかさを伝えてくる。
 レンの小さな指は絶えず蠢き、掌はなだらかな小山を押し包み、シャツの上からルイズの胸を触診し続けた。

「ぅやんっ!?」

 腋と乳房の境目辺りをレンの指がなぞった時、ルイズの口から変な声が漏れてしまった。
 自分から出た声に真っ赤になるルイズ。慌てて自分の口を両手で塞いだが、時既に遅し。

「……」
「可愛い声ね」

 花のような笑顔のレンをルイズは全力で突き飛ばした。距離ができたレンに向かって一層血液の流れが増大した顔で杖を向ける。ちょっと涙目だ。

「こここ、こっの、エロ猫~~~!!」

 悠然と微笑んでいるレンに向かって全力でファイアーボールの魔法を放つ。
 そして、当然のごとく爆発した。大爆発だ。爆発の規模が今までより大きい。
 レンが避けるまでもなく魔法は壁で爆発したが、爆風はレンの髪とリボンとスカートを巻き上げた。しかしパンツは見えなかった。おのれロングスカート。

「危ないわね、当ったらどうするのよ。爆発の威力は貴女が良く知ってるでしょう?」
「うるさいうるさいうるさぁーーーいっ!!」
「いやらしい声だったのは恥じる事じゃないわ。大丈夫、別に貴女くらいの年齢ならおかしいことじゃないわよ」

 爆風に弄ばれる銀髪を押さえてレンが言う。未だに余裕の笑みは消えていない。
 一度本気で当ててやる、とルイズが再度杖を振りかぶる。が、その時。

「なんだ、あなただったのルイズ」

 背後から聞こえてきた声に振り向くと、そこにはキュルケと眼鏡の青い髪の少女が居た。確かタバサという名前だったか、とルイズは思う。
 幸い先ほどの爆発による粉塵で埃が目に入ったものと解釈されるだろう、ぐしぐしと目の端に滲んだ涙を拭いて二人に向き直った。

「何しに来たのよ、あんたたち」
「もう夜だって言うのにぼかんぼかん五月蝿いから音源を確認しに来たのよ。ご苦労様ね、日が暮れても爆発の練習なんて」
「爆発じゃないわよ! 普通の魔法の練習だってば!!」

 むきになってキュルケに言うが、彼女はそんなルイズを笑うだけだ。キュルケに笑われている事に苛立ちがヒートアップするルイズ。

「その子もご苦労様ね。ずっとご主人様の爆発に付き合わされて」

 昂ぶった感情に水を指された。キュルケの言葉で思い出す、そういえばレンが居たのだと。あわててレンを確認するも、彼女は既に白猫になっていた。

「なあに、あなた自分の使い魔が見てることに気付いてなかったの?」
「そんなわけないでしょ」

 キュルケの言動から察するに、どうやら二人に見られる前に猫になったらしい。使い魔の行動の素早さに安堵の息を吐くルイズだった。

「誰か居た?」

 いきなりタバサがそれだけつぶやいた。きょとんとしてタバサを見るルイズ。
 タバサはルイズを見ていることからルイズへの質問らしいが、ルイズには意味が分からない。

「どういう意味よ」
「この子はあなたの他に誰かいなかったか、って聞いてるみたいよ。けどあなたの他には誰も居ないわねえ」

 流石親友。言葉が足らなくてもしっかり意味は理解しているらしい。
 キュルケの補足でルイズはどきりとする。そういえばタバサは風のメイジらしい。使い魔は見事な風竜だった。
 風系統のメイジは空気の振動、つまり音にも敏感なのだ。先程のレンとの会話が耳に届いていたのかもしれない。
 下手に追求される前に、とルイズは咄嗟に誤魔化しの言葉を言った。

「私とレン以外誰も居ないわよ。幽霊でも居たって言うの?」

 キュルケはあちゃあ、と苦笑する。しかしルイズはキュルケがどうしてそんな反応をするのか理解できない。

「どうしたの?」
「……別に」
「そうね、タバサの気のせいだったみたいね。あれだけ爆音が響いてたんだもの、ちょっと耳がおかしくなってたのかもね」

 さっさと話を切り上げるキュルケ。ふとルイズがタバサを見ると、心なしか先ほどよりタバサの顔が青みがかっているように見える。月明かりのせいだろうか。

「ちょっと、タバサだった? あんた顔色が悪くなってるじゃない。キュルケも注意したげなさいよ」
「あー、そうね。もう戻りましょタバサ。ルイズもいい加減切り上げたら?」

 キュルケはタバサの狭い肩を抱いてやりながら寮へと向かう。タバサは何故か動きがカクカクしていた。春先とはいえ夜の空気に当たって冷えたのかもしれない。
 確かに、今日は随分魔法を使ったし、いい加減引き上げ時かもしれない、とルイズは思った。

「レン、私たちも戻るわよ」

 地面に佇んでいる白猫に呼びかける。レンはなにやら植え込みをじっと凝視していた。

「なによ、鼠でも居るの?」

 そう言うルイズだが、彼女も猫が何もないはずの空間をじいっと見ているのは結構良くある事だ、というのはここ数日のレンとの生活で理解していた。レンの見る先を大して気に留めずにレンを抱え上げる。

「ほら、さっさと行くわよ」

 レンに逃げられないよう心持ち強めに白猫を抱きしめ、ルイズは寮への道を歩き出す。しかし、数歩ほど歩いたところで、

(ルイズ)

 行き成りだ。何の前触れもなく誰かに自分の名前を呼ばれた。

「え? な、何?」

 きょろきょろと辺りを見回すルイズ。しかし、辺りに居るのはルイズの前を歩いているキュルケとタバサだけだ。

「ルイズ? まだ帰らないのあなた?」

 先行しているキュルケがルイズに話しかけてくる。ルイズはキュルケには構わずにまだ辺りを見回していた。

「どうしたのよ? 本当に幽霊でもいたの?」

 からかうように言ってくるキュルケ。彼女の傍に居るタバサまで何故周囲を忙しなく窺がいだしているのだろう。

(あの植え込みから何か来るわ)

 再び声。よく聞いてみると、それは彼女が最近馴染みだした彼女の声だった。

「レン? あんたなの?」

 腕の中の猫に視線を向けるが、猫の視線は自分を向いていない。いや、抱き上げる前からずっと植え込みの一点を見つめている。
 猫の時に意思疎通までできたのか、いや使い魔と言葉を交わすくらい普通の使い魔もできるはずだし当たり前か? と自問するルイズだが、とりあえずそれをレンに突っ込むのは後にすることにした。
 レンに習って自分もその植え込みを見てみる。しかしルイズは特にそこからおかしいところを見つける事ができない。それでもレンは視線を逸らさない。

「何かって何よ。ちゃんと説明し、な――!?」

 ルイズがレンに何事かと問いただそうとした時。なにやら地響きを感じた。ごく近くで、何か大きいものが動いているような――。

「な、何あれ!」

 植え込みから土が盛り上がり、山になっていく。山は更に大きさを増し、見る見るうちに30メイルほどの巨大な人型になった。ゴーレムだ。
 土のゴーレムはずしんずしんと地響きを立てて歩いていく。巨体が向かう先には本搭の壁があった。

「あいつ、何をする気?」

 ゴーレムが巨体に見合った豪腕を振り上げ、壁へとたたきつけた。その拳は本搭の壁にめり込み、轟音を響かせて巨大な穴を開けた。

「学院の壁が……!? どんだけ強力なのよあのゴーレム!?」

 悲鳴じみたキュルケの声があがる。そう、学院の壁は相当に強固にできているはずなのだ。いくらあのゴーレムが巨体だとはいえ、パンチ一撃で大穴が開くなど通常は考えられない。
 ルイズの背中を冷たい汗がたどった。そういえばさっき、あの辺りの壁を爆発させなかったっけ、いや自分の爆発くらいで学院の壁は壊れたりしないはず――。
 青ざめて思案するルイズ、驚愕に棒立ちになるキュルケ、流石に顔は上げているも静観しているタバサ。三人に構わずゴーレムの肩に乗った黒ローブの人物がゴーレムの腕を伝って穴から学院に進入した。

「学院を破壊して不法侵入……間違いなく賊ね」
「そ、そうね! 急いで取り押さえないと!」
「ちょっと、落ち着きなさいルイズ! あれだけ巨大なゴーレムを操って、しかも学院の壁を一撃で壊するような相手よ? 少なく見積もってトライアングル、それどころかスクウェアの可能性もあるわ」
「『土くれ』のフーケ」

 ぽつりと呟かれるタバサの言葉。タバサの推測に得心がいったらしく頷くキュルケ。しかし、ルイズはその名前は初耳であった。

「誰よ、それ? あの賊の名前?」
「知らないの!? 今有名な怪盗の名前よ! 細かいことは省くけど、錬金が得意な土のメイジで、貴族からマジックアイテムを好んで盗んでくって」
「宝物庫」

 タバサは杖で壁に開けられた穴を指しながらぼそりと言った。つまりあそこが学院の宝物庫だ、と言っているのだろう。

「フーケだがブーケだか知らないけど、賊には違いないじゃない! 取り押さえないと!」
「だから待ちなさいっての! 闇雲に突っ込んで勝てる相手じゃないでしょ! ましてゼロのあんたじゃ絶対ムリよ!」
「やってみなきゃわからないでしょ! 盗賊を前にして逃げるなんて貴族の名折れよ!」

 自分を止めるキュルケと口論しているうちに、宝物庫から黒ローブが戻ってきた。やはり泥棒目的だったらしく、何かを持っているのが見える。再度ゴーレムの腕を伝って肩まで戻ると、主を乗せたゴーレムが方向を変える。

「逃がさないっ!」

 ルイズはファイアーボールのルーンを唱え、ゴーレムへ魔法を放つ!
 やはり炎は出なかったが、ゴーレムの胴体が爆発した。しかし、如何せんゴーレムが巨大すぎる。体に空いた穴を気にも留めずに、地響きを立てて魔法学院の壁へと歩いていく。

「止まりなさい! 止まりなさいっての!」
「ああもう、しょうがないわねえ!」

 失敗の爆発でも今は気にする必要はない、とにかくファイアーボールを連続してゴーレムへ唱え続けるルイズ。
 キュルケも負けじとそれに続き、ファイアーボールを詠唱する。火のメイジであるキュルケの杖からは、爆発でなく火の玉が生まれ、ゴーレムへと吸い込まれる、爆発を起こす!
 しかし、二人の爆炎と爆発はゴーレムに全く通じていない。歩みを遅めることすらせず、ゴーレムは城壁を一跨ぎすると、そのまま学院の外へと歩き去ってしまった。

「……屈辱だわ!!」
「全くね、相手にすらされていなかった……!」

 貴族にとって誇りは命よりも重いもの。二人のそれは盗賊風情にあしらわれた事で大きく傷ついていた。
 タバサ、そしてレンはじっと土のゴーレムが逃げた方向を見ている。
 ようやく他の連中も騒動に気づいたらしく、ざわめきがこちらへと近づいてくる。教師と衛兵が現場へやってくるまで、ルイズとキュルケは俯いて歯を食いしばり、悔しさに耐えていた。

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