虚無の続き 03


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「んー、今日も気持ち悪い、いい天気ですねー」
宿舎から、山のような洗濯物が入ったカゴを抱えた少女が出てきた。
そのメイド服の少女―――シエスタは、カゴを水場において、ポケットから小瓶を取り出す。
「ちょっと最近、飲みすぎかも……今月はこれで最後にしないと……」
小瓶の蓋を開け、ぐっと飲み干す。
「んっ……プハッ。さて、今日も頑張り……あら?」
と、そこへ……シエスタ同様のカゴを持って、歩いてくる人影があった。

「失礼、洗い場はここでよろしいか?」
「はっ、はい! ……えっと、どちら様でしょうか?」
「名を葛木宗一郎。先日、使い魔として召喚された者です」
「宗一郎様……ミス・ヴァリエールに召喚された方ですね。有名ですよ、平民を召喚したって」
でも、何故ここに? と首をかしげるシエスタ。
「マスターに、洗濯を命じられた。……君は、ここで働いているのか?」
「はい、シエスタと申します……こちらでご奉公させていただいております」
「よろしく。―――さっそくですが、少々お聞きしたいことが」
「はい、なんなりと」

「―――女物の下着の洗い方をお聞きしたい」

朝日が、ルイズの部屋に入り込む。
「うにゃ……この程度のクックベリーパイじゃあ足りないわ……私を満足させたいなら三倍は持ってきなさい……」
「マスター、起床の時間だ」
「にゃ……へ、だれよアンタ」
寝ぼけ眼のルイズは、昨日のことを忘れているらしい。
「朝は弱いようだな。これで顔を拭きなさい」
「ん、どうも……じゃなかった。そうよ、私が召喚したんだったわね」
頭がはっきりしてきたルイズはようやく思い出した。

ふと見ると、昨日渡した下着がなくなっていることに気がつく。

「もう洗濯してきたの?」
「それなのだが、すまない。洗い方を聞いたのだが、うまくいかなかった。
シエスタというメイドの好意に甘え、彼女に洗濯を頼むことで、事なきを得た。
近日中に習得して見せるが、自力で任を果たせなかったことを謝罪する」
「そ、そう。そこまで気にしなくていいのよ、わ、私は寛大なご主人様だもの」
ここまで本気で謝られると逆に困る。
そう思いながらも、ご主人様としての地位を磐石にするため努力する。

「感謝する。着替えを出しておいたが、これでよかったのか?」
「ええ。それじゃソウイチロウ、着せ―――」
はたと気づく。昨日、嫌な視線を感じた……今日は?
――ない。ない、のだが……どうしても嫌な予感が消せなかった。

「どうした。何か不手際でも?」
「い、いい、平気!なんでもないわ!」
完全にキャスターの影に怯えるルイズだった。

部屋を出て、目立つ赤い髪の少女と顔を合わせる。
「……ぉはよぅ、ルイズ」
「お、おはよう、キュルケ。元気なさそうだけど……あっ、また男でも部屋に連れ込んでたのね!」
「それくらいじゃ疲れないわよ。……なんか、トライアングルクラスの魔法使ったくらい精神力切れてるのよね」
キャスターと魔力ラインが繋がった影響が出てきたのだが、キュルケは知るわけも無い。

「寝ないで男遊びしているからよ。それとも、エルフなんか呼んで怖くて寝れなかったんじゃない?」
「あら、そんなこと言えるなんて……キャスター、ルイズが貴女に文句があるってー」
「な、ない、ないわよ! ソ、ソウイチロー!」
「……あまり、マスターを困らせないで貰おう。部屋からは妻どころか誰の気配も感じない」
へっ?とキュルケの部屋を覗くが誰もいなかった。

「キャスター、昨日から帰ってないのよ。あなた、夫ならどこにいるか知らない?」
そう、葛木宗一郎に問いかける。

「いや。だが、迷惑をかけるようならば、私から一言言っておこう」
「別に構わないわ。そう簡単に従ってくれるとは思ってないもの。この「微熱」のキュルケを燃えあがらせるにはちょうどいいくらいよ」
お先に、と歩いていくキュルケ。

「ふん、キュルケなんてエルフに食べられちゃえばいいのよ」
「食べる、とは?」
「あ、えーと……エルフは人間を食べる、なんて話もあってね。あ、あはは、そんなの迷信よね。人間と結婚できるんだし!」
ふむ、と考えるしぐさを見せる宗一郎。

「……必ずしも、必要というわけではないだろう」
宗一郎は、人々から魂を集めていたことを言っているのだが、ルイズは固まり、キャスターへの恐れが増すのだった。

食堂につく。
「マスター。他の使い魔の姿が見えないが、私はここに入っても?」
「特別に許可するわ。平民とはいえ人を、猫や鳥やバグベアーと一緒に食事させるわけにもいかないでしょう?」
「そうか、配慮に感謝する」
そうして食事。全員が始祖への祈りを捧げる中、床に正座する宗一郎。
それだけで、その一角のみ西洋的空間を侵食していく。
ロバ・アル・カリイエってこんなのかなぁと誰もが想像した。

「……ねえ、ルイズ?」
ルイズの斜め前に座ったモンモランシーが、小声で話しかけてきた。
「何よ」
「あなたの使い魔の食事だけど……」
宗一郎の眼前に置かれた、パンとスープ(具無し)をチラッと見るモンモランシー。

「ええ、使い魔に贅沢させても仕方ないでしょう?」
「そ、そうかもしれないけど……エルフの旦那さんなんでしょう?」
エルフ、の言葉に誰もが凍りつく。
この扱いがエルフに知れれば、どんな目に遭うか想像にたやすい。

「―――ソ、ソウイチロウ、良ければ鳥の皮なんか……あ、あれ?」
いない。
周囲を見回すと、厨房に食器を下げに歩いていく宗一郎の姿があった。
「ルイズ……あなたって、記憶力まで「ゼロ」なの?」
「う、うるさいぃぃ……!」
朝の時点で精神的に瀕死のルイズだった。
葛木宗一郎が、どんな食事であろうと文句など言うはずもないのだが。

教室に着き、宗一郎は周りにいる使い魔を確認した。
「やはり、私やキャスターのような者は異端か」
どの使い魔も、カラスや猫、フクロウに蛙。中にはバジリスクやスキュアなど
宗一郎にとっては見たこともない生物もいるが、この世界では当然のものばかりのようだった。
「先生、遅いわね」
誰かが言う。

「そこから覗いている方ではないのか?」
宗一郎の言葉に、視線の先に、全員が注目する。
少しばかりふくよかな体が教室の入り口から見えていた。
「ミセス・シュヴルーズ? 何をしているんです?」
「い、いえ、別に何も。ミス・ツェルプストーの使い魔が怖いなんて事はありませんよ」
隠す気があるのだろうかと笑う生徒。ただ、全員が同じ事を思っていただけに軽いものだったが。
「いませんわ。ご安心を、ミセス・シュヴルーズ」
キュルケの言葉に安心して、シュヴルーズを授業が開始する。

魔法の復習的な知識の授業だったため、宗一郎にも理解できるものだった。
それを聞き、知識として吸収する宗一郎。
(この世界の常識は、知っておくべきだろう)

だが、それも僅かな時間に過ぎなかった。
「では、ミス・ヴァリエール。この石を錬金してみなさい」
全員の顔面が蒼白になった。
授業内容を聞いていた宗一郎も、その異変に気がつく。

「行ってくるわ」
「うむ、武運を」
なぜだか、戦地に赴く人へ向けるような言葉が出た。

誰もが止めようと必死に懇願するが、それは叶わなかった。
ルイズは石に錬金の魔法をかける。

爆発。吹き飛ぶ教壇。焦げる机。燃えるワカメ……は気のせいだった。
ともあれ、ミセス・シュヴルーズを倒した。
ルイズは82の経験値を手に入れた。
以下省略。

ゼロの由来を、その目で確かめた宗一郎は教室の掃除をしている。
爆発の衝撃は凄まじく、誰もが多大な迷惑を被る。
「ゼロ」の中傷には、毎回爆発に巻き込まれる怒りも含まれているのだろう。

「あー、もう! どうして毎回爆発するのよ!」
「その言い分では、通常は失敗しても爆発はしないと?」
机を拭いていたルイズが「うっ」と唸る。
「……そうよ。どんな魔法を使っても爆発するのは私だけ。どう、凄いでしょ」
自傷気味に言ったルイズの発言に

「―――たしかに。誰にも出来ないということは、何であれ誇れることだろう」
そう、一片の他意もなく口にした。

「~~~ッ?! ふ、ふん!何の役にも立たない特別なんて、意味がないわ!」
「そう自分を卑下するな。爆発という技能を持っている時点で「ゼロ」の二つ名は誤りだ。人生は長い。早急な汚名返上が叶うと言えないが、どんなものでも必ず役立つ日は来る」
「が、学院を卒業してからじゃ遅いのよ、まったくもう……」
真っ赤になりながら、ルイズは机を拭き続けた。

同じ頃、図書館。
図書館には、キャスターとコルベールの姿しかない。
司書はいない。昨日の段階でキャスターに恐怖し逃げ出してしまったのだ。
今頃寝込んでいるのかもしれない。
図書館に来る生徒が誰もいないのも珍しい。
開錠の魔法は校則違反だが、教師に連絡ぐらいするだろう。

「人払いの結界を少々。弱いものだから、ここに来るという強い意志があれば効かないけど」
つまり、そこまで知識に貪欲なのはコルベールだけだよ、ということだ。
嘆きつつも、キャスターの聞いたこともない魔法に興味も沸く。
あのルーンを調べ終わったら、こちらも調べてみたいものだと、新たな本をめくった。
「しかし、記述が見当たりませんな……教師のみ閲覧可能なフェニアのライブラリーまで探しているというのに」
「まだ、簡単な本しか読めないから協力はできないわね……ところで、ミスタ・コルベール。
この、「イーヴァルディの勇者」ですけど……内容が繋がってないのね」
キャスターの目の前には「イーヴァルディの勇者」が何冊も積み重なっている。
人気のある英雄端だというので、一冊読んでみた。
だが、二冊目は別の男が主人公だった。三冊目は女だった。

「ええ、その通りです。貴族が主人公ではないため、平民に人気がある本なのですが、私は好きですよ。
しかし、共通している点もありましてな。その内容が始祖ブリミルの……」
そこまで言って、コルベールは「ああッ!?」と大声を上げる。
すぐさま、古ぼけた一冊の本を手元に広げる。

「や、やはり! やりましたぞ、ミセス・キャスター!」
「見つかったの!?」
「は、はい! し、しかしこれは……!」
コルベールとキャスターが見つめる本。キャスターは、無意識にその本の題名を読み上げた。
「始祖……ブリミルの使い魔たち?」

結局、掃除は昼食の時間までかかった。
食事の時間、再び正座している宗一郎の目の前の食事は今朝より多少豪華なものだった。
宗一郎は食事を済ませ、先に出て行った。
「ど、どう思う?」
「どうって……気にしてないのか、怒ってないのか、じゃない?」
そんなのはルイズにだってわかってる。
もうこの際、同じ食事でも良いのではと思い始めているルイズだが
最初に質素な食事を出した手前、今更変えるのもプライドが邪魔して出来ないのだった。

「あ、宗一郎さん」
食堂を出た宗一郎に声をかけたのは、シエスタだった。
「洗濯物、乾いたので今からミス・ヴァリエールの部屋にお運びします」
「何から何まで世話になる。それくらいなら私がするが……」
「あちらに用がありまして、そのついでですから」
「そうか。ならば何か手伝えることはないだろうか?」
「それでしたら、私が戻るまで他のメイドのお手伝いをお願いできますか?デザートを運ぶだけなので」
そのまま、洗濯物を運んでいくシエスタを見送り、厨房へと足を運んだ。

マルトーという名のコック長に事情を話す。
「おう、そういうことなら頼む。……そういや、食事のほうはどうだった?」
「大変美味でした。あれほどのものは、中々味わえるものではありません」
その返事に、マルトーは喜んだようだった。

「アンタのことを知らなかったもんで、朝食は随分酷いものを出しちまったらしいな。
ったく、貴族の娘も朝からちゃんと言ってくれりゃあ良かったのによ」
朝の食事は、彼以外の料理人が適当作ったものらしい。
その下手人と思わしい料理人の顔に青あざが出来ていた。

「使い魔の食事だから質素でいいって話だったんですよ、朝は」
「貴族なんてのは、気がコロコロ変わるもんだ。それに、だからってあの手抜きは論外だ馬鹿野郎!」
どうやら、昼食前にルイズが一言注文に来たらしい。

「まあなんだ、これからはそれなりのもんを出すからよ。期待しててくれ」
「ありがとうございます」
宗一郎は完成したデザートを持って厨房を出た。

デザートを配っていくと、貴族の中で一際目立つ貴族がいた。
「ギーシュ、君の使い魔を見たがありゃなんだ?」
「ふっ、あの使い魔の美しさがわからないとは、君たちもまだまだだな」
などと、話している彼らにもデザートを配る。これでトレイは空になった。
ふと、ギーシュと呼ばれる貴族の足元に落ちていた小瓶が目に入り、拾った。

「失礼。落し物のようだが、誰か持ち主はいるか?」
その小瓶を見て、ギーシュが蒼白になった。
「し、知らないね」
「おや、これはモンモランシーの香水じゃないか」
自分の名前が呼ばれたことに、モンモランシーが気づいたらしく振り向く。
「おお、さてはギーシュ、君のだな。モンモランシーと付き合っていたという噂は本当だったか!」

カツカツと、一年生らしい少女が近づいてくる。
「ケ、ケティ!?」
「ギーシュ様……付き合ってる人はいないっていったのに……嘘つき!」
少女は、ギーシュの頬を叩いて泣きながら食堂を飛び出した。

「ま、まったく、彼女は僕の薔薇としての使命をわかっていないようだ。
薔薇はたくさんの女性を楽しませるものだというのに」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

「はっ!?モンモr
 ギ ー シュ ク ラ ッ シャー
「薔薇散らす渾身の葡萄酒!!」
ワインの瓶で殴り飛ばされるギーシュ。怒りの表情のままモンモランシーは食堂を後にした。

「ぐぶふぅ……ふ、ふふふ……赤く染まった薔薇は、美しいモノさ」
血に染まりながらも、自分を貫くその姿はある意味凄い。
瓶をテーブルの上に置き、次のデザートを取りに行こうとした宗一郎をギーシュが呼び止める。
「待ちたまえ! 君が何の考えもなしにした行動が二人の女性を傷つけた!どう責任を取るんだい?」
「不義密通の責は君にある。君が誠意を持って謝ることでしか解決はない」
「平民の、しかも使い魔は口の聞き方を知らないようだ。所詮「ゼロ」の使い魔か」

空気が、変わった。
「―――この件に、何の関わりもないマスターの名を出すか。無意味な中傷は、無様なだけだ」
「き、君は、貴族に対する礼儀を知らないな。よかろう、決闘だ!」
投げつけられた手袋を受け取る宗一郎。
「よかろう。日時と場所は?」
「日時はこれより。場所はヴェストリの広場だ。先に待っているぞ!」
身を翻し、食堂を後にするギーシュ。

その後には「決闘だ!」と祭りが始まるかのように騒ぐ生徒の姿。
「ちょっと、どういうつもり!?」
口をパクパクさせていたルイズが宗一郎に駆け寄る。

「マスター、ヴェストリの広場の場所を教えてもらいたい」
「馬鹿ね、今すぐ謝って、決闘なんてやめなさい。死ぬかもしれないわ」
「それでは、マスターである君への中傷が増えるばかりだろう」
ルイズは、やっぱり魔法使いの怖さがわかっていないな、とため息をつく。
「じゃあ、アンタの奥さんを探して呼んできなさい。エルフを見たらギーシュも逃げ出すわ」
「それこそ論外だ。キャスターはミス・ツェルプストーの使い魔。
そうでなくとも、妻をわざわざ奇異の眼差しに晒すほど、堕ちたつもりはない」
「平民とメイジじゃ戦いになるわけがないじゃない! 犬が狼に挑むようなものだわ!」
「確かに、魔法使い相手にこの身は脆弱。それは身をもって知っている。だが、こんな身でも狼に多少は噛みつけるかもしれん」
「どういうことよ?」

「狗ではなく―――私は、「蛇」だからな」
その目に、一片の揺るぎもなかった。

その頃、学院長室。

「まさか――――そんな、はず」
学院長、オールド・オスマンは狼狽する。
それもそのはずである。自らの最高の一手が阻まれたのだから。
否、防御などというレベルではない。
それは遮断――――

「人の下着を覗きそこなったぐらいで無駄にカッコつけないでください!」
顔面を蹴り飛ばされる爺。
「ぶぉほ! ふ、ふふふ、甘いぞ、ミス・ロングビル。蹴りの瞬間焼きつけたぞ、今日は白じゃー!」
容赦のない蹴りが続いた。

「オールド・オスマン!」
飛び込んでくる人影が二つ。コルベールとキャスターだった。

「ひぃぃ、き、昨日はすまんかったー!脚しか見とらんよー!」
「エ、エルフ相手にまでそんなことしたんですか!?」
「ああ、昨日の覗き魔。まあそれは後で潰すとして……」
コルベールが、オールド・オスマンに本を見せる。

「な、なんじゃ。始祖ブリミルの使い魔たち? またこんなものを持ってきて、なんだというんじゃ、ミスター・ダウン」
「どこの機関6位ですか! これをご覧ください!」
コルベールの指差す場所を見て、オスマンの表情が変わる。
「ミス・ロングビル。席を外しなさい。ミス・ツェルプストーの使い魔はここに」
退出したロングビルを見届け、オールド・オスマンに話を切り出す。

「ふむ、このルーンに間違いないのじゃな?」
「はい、始祖ブリミルの使い魔が一人「ガンダールヴ」のルーンとまったく同じものです!」
「ふぅむ、ただの平民が……あ、いやいや、美人のエルフを奥方に持つ素晴らしい平民がのう!」
あまりフォローになってない。が、キャスターも先が気になるので無視する。

「それで、そのガンダールヴとは?」
「ああ、それはじゃな……」
コンコンとドアをノックされる。

「誰じゃな?」
「すみません、先ほど出て行ったばかりですがロングビルです。
どうやら生徒が、広場で決闘を始めるつもりだそうです」
「アホな貴族が規則を破る気かの。誰じゃ?」
「それが、片方はギーシュ・ド・グラモン。もう片方が……ミス・ヴァリエールの使い魔です」
なんというタイミングかと顔を見合わせる。

「宗一郎様に決闘を挑むなんて……どこの馬鹿かしら」
「女たらしの貴族じゃよ。それで?」
「教師からは「眠りの鐘」の使用の許可を求める声があります」
眠りの鐘とは、音を聞いたものを眠らせる魔法の秘宝のことだ。

「放っておけ、子供のお遊びじゃよ」
そういって、オールド・オスマンは大きな鏡を引っ張り出す。
杖を振ると、広場の様子が映し出された。

広場は、決闘を観戦しに来た野次馬でごった返していた。
「もう、これじゃあ見えないじゃない!」
キュルケも観戦しに来たのだが、人垣が邪魔で見えない。
魔法で吹っ飛ばそうかとも考えていると、背中に気配を感じた。

「何事ですか、これは」
セイバーとタバサだった。
「あら、タバサ。今日は見ないと思ってたけど、どこかに行ってたの?」
タバサが頷く。
「ところで、その竜は?」
セイバーが手綱を握っている竜を見て、キュルケが閃く。
「そうだ、お願いしてもいいかしら」

「ギーシュ、決闘なんて馬鹿な真似はよしなさい!」
ルイズのそんな声を、ギーシュは意図的に無視した。
「さあ、では決闘を開始しようじゃないか」
薔薇の造花らしきものを取り出す。
宗一郎が駆ける。一瞬でギーシュとの距離が半分は縮まり、驚愕の表情で造花を振った。
薔薇の花弁が、甲冑の女騎士へと変わる。
「僕の二つ名である「青銅」のワルキューレが相手だ。メイジの僕が魔法を使うことに異論はなかろうね?」
「無論、構わん」
そう言い放った宗一郎へ、ワルキューレの拳が迫る。
にやっと笑うギーシュ。

「―――侮ったな、メイジ」
その笑顔は、刹那のうちに崩された。

ワルキューレの腕が宙を舞う。
何が起こったのか、それを理解できたのはただ三人。
空より竜を駆り、その光景を見つめるセイバーと、遠見の鏡を用いて見つめるキャスター。
そして……その原因である葛木宗一郎に他ならない。

ワルキューレの肩の付け根より、右腕が落ちる。
瞬きの間に、左脚が膝から削ぎ落とされる。
「わ、ワルキューレ!」
更に二体出現したワルキューレが疾走する。
二体同時の拳は、しかし届いたのは一体のみ。
首が貫かれ、胴を穿ち、両腕を用途不明にまで変形させる。
届いた拳も、頬を掠めるだけに留まった。

ルイズの頬に、何か液体が飛ぶ。
「えっ……ひっ!?」
血だった。一体どこから、と周囲を見渡し気がつく。
ギーシュのワルキューレが、青銅の色とは違う紅で彩られている。

それは、すべて変形した、破壊された部分。
つまり、「青銅」を殴り続けた、宗一郎の拳の血なのだ。

もう一体のワルキューレは綺麗に四肢への猛撃をもって再起不能と化した。
(やはり、キャスターの魔術がなければ拳が持たないか)
「く――ワルキューレ、全員出撃だ!」
既に、ギーシュは自らの全兵力を出していた。
守りに1体残し、3体による同時攻撃。
多対一を、宗一郎の使う技は想定していない。
そのため、ワルキューレの拳を数発まともに受けてしまう。
右拳を放つが、砕けた拳はワルキューレを沈めるには至らない。

「ふっ、良く頑張ったと褒めてやろう。だが、そろそろオシマイだ!」
ギーシュは調子を取り戻し、ワルキューレに止めを刺すよう指令を下す。

他の技など宗一郎は持たない。持つ技能は「蛇」において他にはない。
だが、それを知る由などルイズにありはしない。
「なにやってるのよ! そんな血が出るほど殴らなくたって、剣があるじゃないのー!」
だからこそ、当然のように宗一郎が持っていた剣をなぜ使わないのかと大声を上げた。

(刀、か)
その選択肢を思い至らなかった。
宗一郎に剣道の経験は皆無に等しい。しかも、それが「物干し竿」ならば更に論外だ。
たとえ、冬木の虎程度の実力でも、この長すぎる刀を扱えないだろう。

「お願いだから、その剣が飾りなら降参して!!」
涙交じりの声が、宗一郎の耳に届く。
降参をするわけにもいかないが、この剣を飾りだと思われても心外だ。
それは、この刀の持ち主である、月下流麗な剣士を穢すことになる。
砕けた拳で、無理やり刀を鞘から抜き……宗一郎は自分の変化に気がついた。

(これは――!?)
左腕のルーンの刻印が輝く。
握力すらほとんど失っていた拳の痛みが引く。
目の前のワルキューレは、動かない。
横一文字。三体全てが、刀を抜いた瞬間に胴を切り裂かれたのだから。
「なっ、馬鹿な!」
最後のワルキューレが突進する。
だが、それを待ち受けるは奇怪な構えの宗一郎。
ワルキューレは拳ではなくランスを宗一郎に突き刺そうと迫る。

「―――秘剣、燕返し」

ワルキューレは、剣筋を何とかランスで受ける。
切り裂かれたが、切り裂くために一瞬の、しかし殴りかかる猶予が生まれる。
そのまま、反対の拳を宗一郎へ叩き込もうとし……ワルキューレは脳天から裂かれた。

一振りと思われた攻撃は、同時に二の太刀が振るわれていた。
まったく「同時の二振り」がワルキューレを襲ったのだ。
そのまま駆け出し、呆然とするギーシュの首元に刀を突きつける。
「どうする。続けるか」
「ッ―――いいや、僕の負けだ」

その瞬間、周囲から歓声が、驚きの声が上がった。
「平民がメイジに勝った!」
「最後、魔法使わなかったか!?」

「風の、偏在?」
タバサは見た。あの瞬間、間違いなく剣は「まるで」ではなく完全な同時に振られた。
十字に裂くため、二の太刀は刀同士がぶつからないために極々僅かに遅れたが、それだけ。
接近すれば、あの刀の射程内ならば、けして回避不能な絶対の魔剣を目にしたのだ。

「す、すごいのね。キャスターの旦那って……魔法が使えるの?」
           キシュア・ゼルレッチ
「・・・・・・「アレ」は多重次元屈折現象と呼ばれる「魔法」の域の業ではあります。ですが、あの燕返しは魔法をまったく用いることなく、魔法にたどり着いた剣技です」
だが、とセイバーは驚愕を隠せない。
あれは、アサシンがたどり着いた極地。セイバーたる自身にも不可能な究極の一。
それを軌跡が一つ足りないとはいえ、葛木宗一郎が何故使えるというのか。
(やはり、あのルーンですか)
セイバーは、宗一郎の左手に輝いたルーンを見逃さなかった。
あの瞬間、葛木宗一郎はサーヴァントの域に足を踏み入れたのだ。

「くっ……」
刀を鞘に納めた瞬間、痛みと疲労が戻り、意識を失う。
「ソウイチロウ!?」
ルイズが抱きとめる、が支えきれない。
「だ、誰か……えっ?」
軽くなる。ルイズは、誰かがレビテーションを? と思ったが違った。

「大丈夫ですか、ミス・ヴァリエール」
メイドが一人、宗一郎の体を支えていたのだ。

「あ、私はシエスタと申します。ミス・ヴァリエールの下着のお洗濯を、宗一郎さんに頼まれた者です」
「ああ、アンタが……って重くないの?」
ルイズは大して力を入れていない。葛木宗一郎の全体重がシエスタにかかっているというのに、シエスタは余裕の表情だった。

「はい、力仕事は慣れっこですから」
「そ、そう。ともかく、部屋に運ぶから手伝って」
まったく、とルイズは怒る。
剣を使えば一瞬だったのに、どうしてこんなボロボロになったのか、と。

ギーシュは、まだ呆然としていた。
「……まさか、平民に負けるとはね」
「ふっふっふ……ズタボロのプライドは治りそうかな、マイマスター」
地面から、ボコッとネコカオスが現れた。

「やあ、君か……参ったよ、完敗だ」
「手伝おうかとも思ったのだがね。特に要請もなかったので 見 て た」
まさに外道。要請も何も、地面にいたなんて誰も知らないし。
「いや、手伝ってもらっていたら卑怯者の烙印が現在にプラスされていただけさ。
あんな動きが魔法無しで出来るなんて信じられないよ」

なぜ始めから本気を出さなかったのかは分からない。
自分も手を抜いていたから人のことを言えないが、あんな怪我までして妙な話だった。
「知らなかったんじゃないかね? 自分が剣の達人だと」
「そんな馬鹿な話が……いや、待てよ?」
そういえば、剣を握った瞬間に左手が光っていたような……
「使い魔の特殊能力ってことかい? あんなデタラメなものは聞いたこともないよ」
「そうでも思わないと、やってられねーだろ?」
「まぁ……それもそうか」
あんなデタラメなのに負けたせいか、プライドもそれほど傷つかなかった。
「さて、それじゃあケティとモンモランシー……あとルイズにも謝ってくるかな」
負けたというのに、心はさわやか。今なら、誠意を持って謝れると――

「―――あら、残念だけど。私への謝罪が精一杯でしょう?」」

空高く存在する、第二の敗北の具現が、それを許さなかった。

「ゲェ! あれは!?」
一部始終を見届け、あれは一体なんだったのかと話し合っていたコルベールとオスマン。
気がつくと、いつの間にかキャスターの姿がなかった。
そして、嫌な予感がして再び遠見の鏡を覗くと……

天高く君臨する、黒い魔女の姿があった。

「エ、エルフだ!」
「もしかしてとは思ったが、本当に出たぞ!」
「旦那さんを攻撃したギーシュを食べる気よ!」
誰もが広場から逃げ出した。
ギーシュとネコカオスのみ、真ん中に取り残されている。

「え、誰あれ!? 旦那とかって何の話!?」
「フ――フフフフフ……宗一郎様に手傷を負わせるとは、馬鹿な奴
ええ、宗一郎様の手前、死んで償うことを許すわ―――」
キャスターは、無慈悲に魔力を放出した。

「う、うぎぇぇぇぇぇぇ!?」
降り注ぐは拳大の魔弾。
5発の魔弾がギーシュのいた場所を灰塵と化す。
その威力、一発一発がラインクラスの魔法に匹敵した。
もちろん、この威力に歯噛みをするキャスター。
人避けの結界など、簡単な魔術を行使しただけで感じた違和感。
キャスターもまた、自身の能力を制限しなければならないことに気づいていた。
「何が生前以上の能力が、よ……私の台詞だけど。こんな豆鉄砲しか撃てないなんて、歯痒いわね。
……まあ、それでも無礼者を退治する程度なら十分すぎたかしらね」

「フッフッフ……甘い、ぜ」

砂煙をから何かが飛びだす。
狙いをつけて魔弾を乱れ打つが、直撃の寸前に全てをかわされる。

「愚か者め、燕は風の軌道を読んで避けるということをしらんのかー!」
「燕? そんな生き物どこから……」

「カー、カー」

「カラスじゃない! って何でつつくの、ちょ、やめ、私はゴミ袋じゃあアアアァァァッ!?」
落下していくキャスター。
「マイマスター……仇は、取ったぜ」

「勝手に主を殺すとは、何という使い魔ですか」
ギーシュを抱きかかえたセイバーが、ネコカオスを睨む。
消し炭になるよりも速く、セイバーがギーシュを救出していたのだ。
「おおう、金髪の。マスター助けてくれてサンキューベェリーマーッチ!」
頭から踏んづけ黙らせた。

魔弾が当たる直前、セイバーが飛び出してギーシュを助けたことによって事なきを得た。
「これは、ソウイチロウに伝えておきます」
「ま、待ってセイバー……そ、それだけは……」
どう見てもゴミ袋になったキャスターを、鴉が突いてた。
「キャスター、今まで何してたの?」
「……色々よ」
歯切れの悪い返事だったが、キュルケは特に興味は無いらしい。
「まあいいわ。それより、旦那様のお見舞いに行かなくていいの?」
「そ、そうね。ああ、でもどうしましょう、見舞いの品も持たずに行くなんて」
などと、話しながらルイズの部屋がある塔へと消えていった。

「さて、我々はどうしましょう?」
「体がだるいから、寝る」
「僅かながら、契約の影響が出ているのでしょうか……あ、まだ昼食が。
だが昼食の時間は終わりか……ええい、兵糧はもはや尽きたというのか!」

「まかないでよければ、マルトーさんに頼めば出てきますよー!」
「おお、今天高く(塔の上)からのオラクル(シエスタの声)が! マスター、参りましょう」
「……ハシバミ草のサラダなら」
気絶したギーシュを広場の端に寝かせ(放置し)、タバサとセイバーも広場を後にした。

それと入れ替わりに、隠れていた生徒達が顔を覗かせる。
「あ、あれ……エルフは?」
「いないぞ、どうなった?」
「あ、あれを見ろ!」
広場の中心に、ネコカオスの姿。その手には、キャスターのローブの切れ端が握られていた。

「あれはギーシュの使い魔だぞ!」
「ギーシュの使い魔がエルフを倒した!」
わぁぁぁぁ! とネコカオスに駆け出し、胴上げが始まった。

この日より、葛木宗一郎はマルトーら平民達に「我らの刀」と
ネコカオスもまた、学園のメイジたちに「我らの化け猫」と親しまれるのだった。
「え、化け猫って何さ!て、訂正を、訂正を要求する!
って、ぎゃわー!お前らいつの間にか踏んでべぶらぎゃば!」


「ふー、なんとかなったのう」
「なりましたね、良くわからないままに」
大惨事が避けられたのを確認したオールド・オスマンとコルベールは安堵のため息を吐く。
「……やはり、彼はガンダールヴなのでしょうか?」
「うむ。始祖ブリミルの使い魔の一人「ガンダールヴ」は、どんな武器でも自在に操ったという。
あのやたら長い剣をあそこまで操ったことは、その証明となろう」

「……ならば、あの二人はなんでしょう」
あの二人とは、無論セイバーと、キャスターのことだ。
「二人の腕のルーンは、極普通。ミスタ・コルベール、ミセス・キャスターがエルフではないとは本当かね?」
「はい、直接聞きました。ミス・セイバーも同様に「英霊」という種族なのだと」
「ふむ、英霊……英雄の霊、ということかの? 水の精霊なんぞと違って、随分色っぽいがのう」
それしか基準がないのかこのジジイは、と思いつつも、コルベールは口を開く。
「ミセス・キャスターの一撃よりも早く、ミスタ・グラモンを救出したミス・セイバーの速さ……疾風のようでした。
それこそ、ミスタ・ソウイチロウ……ガンダールヴである彼のように」

「なぜ、ミス・ヴァリエールの使い魔……しかも平民が「ガンダールヴ」になったのか。
あの二人、英霊と名乗る彼女らは何者なのか……ミスタ・コルベール、これは他言無用じゃ」
「な、なぜです? こんなことは前代未聞……王室へ連絡すべきでは?」

「王室のボンクラ共に知れれば、あいつらは引渡しを要求してくるじゃろう。
「ガンダールヴ」に、それと匹敵する謎の英霊という種族。
彼らが素直に従えば、愚かな戦争の道具に。従わなくば、無理やりでも捕らえようとする軍と。
どちらにせよ、どれだけの血が流れることか。この件は、私が預かろう」
窓から外を見る。
青空……だが、この空の下で何かしらの異変が起き始めているのは確かなことだ。
「ガンダールヴに、英霊……何かが、起ころうとしておるのかの」
その時は近いと、予感めいたものがオスマンの胸をよぎった。

コルベールは、ガンダールヴである宗一郎のことを考えた。
気になったのは、ガンダールヴとしての力を発揮する以前の動き。
(あれは、人体の急所を、的確に捉えていた。間違いなく、殺人のための技法だ)
その動きは、まさに「蛇」のようで……だからこそ、興味をもったのだろう。
彼の二つ名は「炎蛇」。彼もまた、宗一郎同様、過去に闇を秘めた者なのだから。




余談:ギーシュは、夜中に広場に放置され凍えているところを、モンモランシーに介抱されたという。

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