Zero/stay night 05

Interlude

――――夢を、見ている。

彼は生まれた時、否、生まれる前から既に英雄だった。
光明神と王女との間に生まれ、
六歳で虎にも見紛う猛犬を挌殺し、
自らの破滅を予言されてもなお元服し、
常人の辿り着くこと叶わぬ影の国へと至り、
他の勇士達が誰も得られなかった魔槍を授かり、
祖国へ侵攻する大国の軍勢を7年もの間撃退し続け、
許した敵の逆恨みにより『聖誓』を破らされて力を失い、
最期は奪われた己の魔槍に心臓を貫かれてその生涯を終えた。
彼は生まれる前から英雄で、英雄として生き、英雄として死んだ。

――そう、英雄譚では、そのほとんどで英雄の今際の際が語られる。
その最期は英雄ごとに違いは在れど、ある一点においては、ほぼ例外なく共通している。

 『英雄は、その最期に破滅を迎える』

そう、英雄譚とは、ひとりの英雄の栄光と、そして破滅が語られる物語。
当然だ。その破滅が惨たらしくあればあるほど、英雄の栄光は輝きを増し、英雄譚は人口に膾炙する。
それは、ルイズが召喚した彼とて例外では無い。
彼は、自らの行く末、破滅する運命を知ってなお、英雄として生きる事を止めなかった。

「......ズ、ルイズ!」

どうして、そんな風に生きられたのだろう。
自分が死ぬと判っていたのに、生き方を変えたりしない。
最期まで、強く、気高く、美しいまま。その在り方は、まさに――――



「ちょっとルイズ、起きなさいってば!」
「わひゃい?!」
と、いいトコで、何故かキュルケに叩き起こされた。

「な、ななな、何してくれてるのよツェルプストー!せっかくいい所だったのに!!」
「何って、アナタが昨日の残りの授業をすっぽかしちゃったから、
 しかたな~く今日の朝っぱらから私の使い魔を自慢しに来たんじゃない」
それは大変ビッグなお世話をありがとう。流石は我がヴァリエールの宿敵ツェルプストーだ。
仇敵の機先を征するには夜討ち朝駆けも辞さないとは。

「どう、スゴいでしょ?やっぱり使い魔ならこういうのじゃないと。ねぇフレイム~?」
私が回らない起き抜けの頭でズレた感想を浮かべていると、キュルケはそんなコトおかまいなしで自分の使い魔を紹介する。
......どうしてこう、私の周りには、他人の内面をことごっとく斟酌しないヤツばっかりなのだろう。
使い魔とか使い魔とか使い魔とか。
それはそうと、言われてみればキュルケの使い魔を私は見ていない。
いや、見たのだろうけど覚えてない。
昨日は本当に色々あったから。
サモン・サーヴァントに何度も失敗して、
突然頭の中にミョ~な術式が上書きされて、
それで結局《クランの猛犬》を召喚してしまって――――
って、今ナニか変な名詞が出て来たような気が......

「ねえ聞いてる?コレだけ立派なサラマンダーはそうは居ないわよ。好事家に見せたら値段なんかつけられないんだから」
キュルケに声をかけられて意識が呼び戻される。
そうそう、今はキュルケの使い魔の話だ。
さっきからどうも思考が定まらない。まあ寝起きだから仕様がないか。
それで、キュルケの使い魔は、と、部屋に入って来た巨体へと視線を向けると――――

マスター:キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー
名前:フレイム
性別:オス
筋力:B   魔力:E
耐久:C   幸運:C
敏捷:E   宝具:-
クラス別能力
言語運用:C 人間の言葉を理解できる。
       発語・読み書きは出来ないが、言語運用を持つ者同士では会話が可能。

昨日の様な光景が視界に映ってくる。
これは例のサーヴァントの能力を把握する能力なのだろう。
でもフツーの使い魔ってサーヴァントとは違うんじゃないのかしら?
現にランサーの能力値では表示されていたクラス名が無い。
それにパラメーターの宝具のトコが空欄になってる。
て言うかクラスが無いのにクラス別能力ってなってるのはなんで?

まあ、イロイロと疑問はあるけど、それ以上に得心がいった。
ナルホド、幻獣であるサラマンダーでさえこの程度なのだ。
その力を遥かに上回っている私の使い魔が自信たっぷりなのも、こうして比較すると当然に思えた。

「ねぇ、聞いてる?何とか言いなさいよ。それとも、まだ調子が悪いの?」
キュルケは何を勘違いしたのか、自分《キュルケ》の使い魔を見ながら、むむむと考え込む私を、心配そうに覗きこんでくる。

「ん?ああ、別に。ただ、やっぱり私の使い魔の方が強いなぁって」
つい、思ったままを口にしてしまう。
「...へぇ、なかなか言うじゃないヴァリエール」
さっきまで人のコトを心配していたキュルケが、呼び名をセカンドネームの方に変える。
私たちが言い争うときは「ツェルプストー」「ヴァリエール」と、セカンドネームで呼び合うのだ。
それ以外、害意の無い事を示すときは「キュルケ」「ルイズ」とファーストネームで呼び合う。
いや、今のはそんなつもりじゃなかったんだけど、まぁツェルプストー家の人間にそう遠慮もいらないか、と早々に思考を切り替える。

「それで?アナタご自慢の使い魔は?さっきから姿が見えないんだけど」
キュルケは余裕たっぷりにそう訊いてくる。
胸を張るだけの仕草で無駄にデカい乳がたゆん、と揺れて腹立たしいことこの上無い。
クッ、この色魔め。胸なんて飾りよ。エロい人にはそれが判らないんだわ。
でも、この女が余裕でいられるのも今のうち。私の使い魔のスゴさを見れば...... と思ったんだけど、そう言えばさっきからランサーの気配が無い。
確か、昨日オシオキしようとしたら『霊体だからフツーの攻撃は効かない』とか言うから、
鞭で折檻するのは諦めてファイアーボール(のようなもの)で吹っ飛ばした。
ついカッとなってやっちゃったけど...べ、別に反省してるワケじゃないんだから!
躾よ躾、使い魔に対する正当な躾。うん、そう。そうに違い無い。
えっと、それで『アンタみたいなバカ犬は床で寝なさい!』って言ったら『用の無い時は実体化を解いてるからいい』とか言うから、
じゃあ明日の朝イチで私の洗濯物を洗濯しなさい!って言って......

ああ、そうか。アイツ今洗濯に行ってるんだわ。
それにしては帰りが遅過ぎる気がする。
ええっと、感覚共有ってどうするんだっけ。確か、こう......
と、外の景色が見えてくる。よしよし、視覚共有はちゃんと出来るようになったみたい。
目の前には青い空と、風に翻る洗濯物が見える。どうやら洗濯はちゃんとやったみたいね...
でも、なんでテーブルクロスだのベッドカバーまであるのかしら?

すると、何事か声をかけられてランサーが振り向く。
そこには、洗い終わった洗濯物を持ったメイドが一人立っていた。
ランサーはそれを受け取って、他の洗濯物と同じように干していく。
どうも、メイドの洗濯を手伝っているらしい。
ランサーの手際は見事なもので、こういった作業にも手慣れている事が容易に伺える。
ホントに何でもできるわねあの使い魔は、等と軽い諦感すら覚えつつルイズはその光景を眺める
と、ランサーが洗濯物を干す手は止めぬまま、メイドに何事か声をかける。
さっきから聴覚はうまく同調できないらしく、何を言っているかは理解できない。
しかし、ランサーが何事か声をかける度に、メイドは屈託の無い笑みを見せている。
メイドの表情は普段貴族《わたしたち》の前で見せるような顔ではなくとても生き生きとしている。
って、重要なのはそんな事じゃなくて、なんでアイツは洗濯の手伝いなんかしてるのよ。
メイドのご機嫌取ってる暇があったら私の世話をすべきでしょー
大体、昨日だって「朝になったら起こす」様に言っておいたハズ――――

そうだ、洗濯を申し付けたついでに、朝になったら起こせって言ってたんだわ。
そこまで思い出して、何となく感じていた使い魔への不快感が確かな怒りに変わっていく

...え~と、つまりコレはアレね。
メイドのご機嫌取りをしていて私を起こすのを忘れた。
結果、私はツェルプストーに無様な所を見られ、あげく無駄にデカい乳を見せつけられるハメになった、と。

結論。

「あぁんのぉ、ブワぁカ犬ぅーーー!」

こうして、ルイズの中で、ランサーに対する「バカ犬」という呼称は定着していくのだった。

                                           Interlude out

Geis Ⅱ Gabriel-Hound


窓の外、白み始めた空を見て、体を実体化させる。
異世界の朝の空気を、カタチを成した肺に吸い込む。
そうしていると、自分が再び実体を持ったという実感が湧いてくる。
やはり、実体化している方がいい。何より、そうしなければ斬った張ったもできやしない。
そうだ、再び望みを叶えうる機会を得られたのだ。
前の時とは違い、必ずしも戦いが約束されているワケではないが、幸い前回の様に期間限定という事もないらしい。
ならば、今は気長に待つに限る。糸を垂らして大物を待つのも情趣ってモンだ。それまでは―――

「とりあえず、ご主人サマのお言いつけにでも従うかねぇ...」

やれやれ、と頭を振って眼をベッドに転ずる。
そこには、自分を召喚した少女が、昨日同様ウンウンとうなされながら眠っている。
大方、また妙な夢でも見ているのだろう。また起こしてからかってみたい気もするが、また吹っ飛ばされては敵わない。

――――そう。昨日、自分を召喚したこの少女は、あろう事か『魔術』で自分を吹っ飛ばしたのだ。
ほんの数小節の詠唱で、対魔力スキルも、ルーンによる守護も一切無視して。
数時間前まで自分の召喚で魔力を使い果たしていたにも関わらず、だ
魔力の塊であり、精霊・神霊の域に達している英霊は、生半可の神秘では無い。
それを、ごく僅かな詠唱で吹っ飛ばすなど、どんな大魔術師にも出来はしないだろう。
間違いなく、マスターとしては大当たりを引いた、否、引き当ててもらった事になる。
割と人使いが荒そうだし、子供らしいムラっ気はあるものの、気の強い女に振り回されるのは嫌いではない。
なにより、まだ幼いながらも、この少女は間違いなく美少女である。
何年かすれば、誰もが眼を見張る様な美人になるに違いない。
あとは、成長によって心胆が定まってくれれば―――等とランサーは夢想する

だが、彼の思惑とは裏腹に、ルイズは既に16歳であり、美人にはなるだろうが、その、アレは期待できないと言うか...
ともかく、ルイズの年齢を見誤ったことで、ランサーは後でやはり吹っ飛ばされるのだが、それはまた別の話

ともかく、洗濯をしなければ。まあ、その程度の雑用、令呪に縛られて意に染まぬ戦いをさせられるのに比べればむしろ楽しいくらいだ。
洗濯物の入った籠を抱えて窓から飛び降りる。
さて、水場は―――と、ようやく重要な事に気付く。

「って、洗濯する場所教えられてねえぞオレ」

昨日マスターを此処まで運ぶ間、周囲に川は見えなかった。
という事はこの学院の敷地内に水場が在る筈だが、結構な敷地面積がある学院内から地道に探していては日が昇りきってしまいそうだ。
人に尋ねようにも、こんな早朝に起きている人間はあまりいないだろう。

「ちっ、仕方無えな」

ランサーは、足下の小石を幾つか拾い上げると、二言三言呟いて、小石を放り投げる。
すると、小石は地面に触れた途端、加えられた運動エネルギーからは有り得ない動きで、丈の長く無い草下を四方八方に走り去って行った。
ランサーは、しばしその場に立ち尽くしていたが、不意に、

「よし、見つけた」

そう言うと、信じられない跳躍で、正確に水場の方へと向って行った。
その日の朝、シエスタは一人で洗濯をしていた。
一緒に洗濯をする筈だった子が今朝になって熱を出してしまい、急な事で別のメイドに頼む事も出来なかったからだ。
それで、一人でやるには多すぎる量の洗濯物を片付ける為に、こんな早朝から洗濯をしている。
それでも、さすがにこの量は無理があったかしら、と考えていると、すぐ近くでカツン、と音がする。
何だろう、とそちらに眼をやると、小石が一個、転がっているだけだった。
周囲に人影は無いし、どうした事だろう?そう思って、もっとよく石を見てみようとした所で

「いよう」
頭上から、声が振って来た。

「へ?......ひゃわわ!」
声のした方を振り仰ぐと、はるか上空から落ちてくる人影がある。
シエスタが驚いている間に、その人物は彼女の目の前に音も無く着地した。
見た事の無い人物だ。だが、高い所から音も無く着地する事からも、平民とは思われない。と言う事は―――

「お、おはようございます貴族様!」
慌てて居住まいを正し、お辞儀をする。
すると、下げた頭の上から声が振ってくる。
「ああ、そんなにかしこまらなくっていい。何せ、オレも洗濯しに来たんだしな」
そんな予想外の返答に、へ?と間の抜けた顔で頭をあげてしまう。
ここで初めて、シエスタはその男性をまともに見た。
全身を包んでいる衣装は見た事もない素材のようだが、一見して上等なものである事が見て取れる。
髪は頭の左右で刈り上げられ、後頭部の腰まで伸びた髪は一つに束ねられている。
そして、その端正な顔には人懐っこい笑みを浮かべている。
思わず、その顔に見惚れてしまう。
美形だ。
間違いなく美形だ。
学院に勤めるメイドとして、かなりの数の貴族の子弟を見て来たシエスタだが、目の前の男性は何かが違う。
貴族と言うだけでは説明のつかない、なんと言うか、まるで光り輝いている様なオーラを感じる。

ソレは、人々の羨望と畏敬によってカタチづくられた英霊だけが持つ、貴い幻想《ノーブル・ファンタズム》というモノなのだが、
シエスタにソレを知る由も無い。一発で好意判定が『かなり良い』になってしまった。

もっとも、そんな好意判定なんてGMと読者以外は預かり知る所ではない。
ランサーはポケ~っとしているメイドを見る。
割と美人。短く切りそろえられた黒髪は清潔感の在があって好印象。
アニメ版準拠なのでソバカスも無い。
なにより己のマスターには無い、メイドエプロンで隠しきれないたわわな宝具《ムネ》がある。
そんな女性を目の前にしたら、主に申し付けられた雑用よりも優先すべき事が在る。

「しっかし大変だな、この量を一人で洗わなきゃならないのか?」
そう声をかけられて我に返る。
しまった。貴族様、しかもこんな美形の前でみっともない所を見せてしまった...!
メイドとして、それ以上に一人の女の子としてシエスタは狼狽してしまう。
「え、えっと、そのですね、あの、一緒にやってくれるハズの子が熱を出してしまって、
 急だったので代役の人が見つからなくって、それで、その......」
しどろもどろになりながらも、ついバカ正直に質問に答えてしまう。
(な、何を貴族様にお聞かせしているのかしら私ったら!)
だが、現実はシエスタの予想の斜め上を行く。
彼女のバカ正直な返事を聞いていた男性は、あろうことか
「なんだ、それならオレでよければ手伝わせてくれ」
なんて、信じられない事を言って来た。
「へ?そ、そんなのダメですっ!貴族様に洗濯なんてさせたら、私が叱られちゃいます!!」
「ソレは『此処の貴族』の話だろ?オレは召喚された身だし、使い魔は貴族に入らねえだろ」
「え......じゃあ、アナタがミス・ヴァリエールが召喚したって言う使い魔なんですか」
「そうだが......何で知ってるんだ?」
「その、昨日から噂になってて。何でも、ミス・ヴァリエールが幽霊を、召喚、した、とか......」
そこまで口にして、男性の顔色を伺う。いくら何でも本人の前で『幽霊』だなんて......
大体、目の前の男性はとてもじゃないが幽霊などとは思えない。
「あの、その、噂ですから!きっと貴族様があんまりカッコいいから
 他のボンクラたちが嫉妬してそんな事言ってるだけですよね!」
またも思った事を口走ってしまい、しまった、とシエスタはさすがに背筋を寒くする。
こんな事貴族に聞かれたら無礼打ちにされてもおかしくない。

そんな考えが浮かんでシエスタが青くなっていると、クツクツと笑い声が聞こえてくる。
見ると、目の前の男性がさも可笑しげに笑い声を漏らしている。
「ッハッハッハ
 いやなかなかどうして。大人しそうな顔して言うじゃねえか」
「も、申し訳ありません!あの、この事は貴族様の胸に納めていただくというわけには...」
「ああ、いいっていいって。いちいちそんな事ふれてまわる趣味は無いさ
 それより、その貴族様ってのは止めてくれ。オレの事はランサーでいい」
「ラン、サー...様?」
「様もいらねえよ。実際、此処じゃあ使い魔だっていう他に何の身分も無えんだし、呼び捨てでかまわない。
 それより、名前を教えて貰えるかな、お嬢さん?」
「はっ、はい!私はシエスタと申します、ランサー...さん」
「シエスタ...いいな。君にピッタリな、穏やかで優しさを感じさせるいい名前だ」
「そんな...その、ありがとうござい、ます...」
真っ赤になった顔を見られぬよう、貴族様の前だというのに、はしたなくも俯いてしまう。
学院のメイドであるシエスタは、そもそも年頃の男性と親しく話す機会が殆どない。
貴族の子弟からは一方的に命令されるだけだし、平民の使用人の中には居ない訳でもないが、シエスタの好みのタイプは居なかった。
そんな訳で、美形に面と向って褒められたりしたら、もうどうしていいか判らなくなってしまうのである。

「ま、とにかくだ、オレは此処では貴族じゃないし、ちょうど主に洗濯を申し付けられてる。
 かといって女の子の服を、それも下着を男が洗うのはマズいだろう?
 だから、オレがシエスタの洗濯を手伝う。代わりに、シエスタはオレの洗濯を手伝って欲しい。
 どうだ?」
そう言われてはシエスタに断る術は無い。
何より、もともと一人でやるには無理がある量なのだ。
「...わかりました。それじゃあお願いします、ランサーさん」
おう、と応えると、ランサーさんは私がやっとの思いで運んで来た汚れ物が山と積まれた籠を、楽々と担ぎ上げる。
そして、洗濯はあっと言う間に片付いた。
ランサーさんは力があったから大きな洗濯物も楽々洗っていたし、濡れて重くなった洗濯済みの衣類も軽々運んでくれる。
何より、その手際が見事だった。一見、大雑把なように見えて実に手際がいい。

「上手ですねランサーさん。とても貴族様とは思えません」
つい失礼な感想を漏らしてしまう。それでも、ランサーさんは気軽に返事をしてくれる。
「ああ、ガキの時分から一人で好き勝手飛び回ってたからな。
 従者なんか居なくても炊事、洗濯、身の回りの事は全部自分で出来る様にしたんだよ」
そう言いながらも、大食堂用のとんでもなく大きなテーブルクロスを、惚れ惚れするような手つきで干していく。
洗濯の合間にも、各地を回っていた時のいろんなお話をしてくれて、気がついたら洗濯が終わっていた、という感じだった。
いつもなら他の子とぜぇぜぇはぁはぁ言いながら青色吐息でやっとの思いで終わらせる作業なのに、今日は何だか終わってしまったのが残念にすら思える。

本当に素敵な人。
偉ぶってなくて、優しくて、力持ちで、頼れる安心感があって、その上美形。
非の打ちどころが無い。
「ありがとうございました」
いつもなら単なる礼儀として言う言葉だけど、今日は心からそう思えた。
「何、礼を言うのはオレの方だ。オレも、一人で洗濯するより、君みたいなかわいい娘と一緒の方が楽しいからな」
「な、何をいってるんですか!」
もう、本当にランサーさんには困らされる。さっきからこんなセリフを平然と言ってくるものだから、そんな......

イロイロと考え込んでしまう私にランサーさんは近づいてくると、急に私の手を取って胸の辺りまで持ち上げる。
「あっ、あの、何か」
「手」
「え?」
「随分痛んでるな」
そう、魔法学院で使われる洗剤は故郷のタルブ村で使われる物の数倍汚れがよく落ちる。
その代わり、使う者の手については考慮されていない。
たとえ持ち回りでやっていても、他にも仕事は沢山あるのである。
平民の手に入るあかぎれ用の薬ではどうしても手が荒れてしまう。

思わず顔を逸らしてしまう。
ああ、恥ずかしい。こんな女の子らしくない手を見られてしまうなんて......
そんな風に思うと、顔だけでなく握られた手も熱くなってくる気がする。
―――って、なんか気のせいじゃなく本当に熱いような......
見ると、ランサーさんが私の手に掌をかざしていた。
すると、瞬く間にあかぎれだらけだった両手がツルツルになっていく。
ほんの僅かな間に、痛みがないどころか、前よりキレイになってしまった。
「すごい......」
思わず声を漏らす。
ランサーさんの魔法もスゴいけど、ソレ以上に、私みたいな偶々知り合っただけの平民の為に、そのスゴい魔法を使ってくれた事に感動してしまう
「まあ、ほんのお礼だ。それと、これからも世話になると思うから、お近づきの印ってことで」
そう言って、手は握ったまま、私の方を見つめてくる。ああ、ダメ。こんなに良くしてもらって、そんな風に見つめられたら、私......

と、遂に成功するかに見えたランサーのナンパは、

「くぅおぉをんのぉ、ブぅうわカァ、犬ぅーーーーーー!!」

ドップラー効果さえ生み出す超速で繰り出されたルイズのドロップキックで、完膚無きまでに粉砕された。

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最終更新:2008年12月20日 14:08
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