第8章 王女来訪
「おお、クルクル回りますなぁ」 出来上がった部品を手に喜ぶコルベール。
「これはローラーベアリングといいます。中の円柱が接触部分の摩擦を減らすんです」
士郎の自転車製作計画の第一段階である。
「円柱は真円にしないといけないので、いろいろ大変ですけどね。
ちなみに中を玉にしたものがボールベアリングと呼ばれます」
衛宮家の近所に住んでいる藤村の爺さんのバイクをチューンするうちに得た知識を披露する。
「この手の作業は、これほどハンマーとヤスリが重要になるとは知りませんでしたよ。
それにしても、本当にシロウ君はいろいろなことを知ってますな。私の知識など足元にも及ばない」
「コルベール先生は独自にエンジンを開発するくらいですから凄いものですよ」
「いや、私は変わり者ですからなぁ」
ここで前から疑問だったことをコルベールにぶつける。
「この世界の人たちって、新しい技術とか新しい魔法なんかは作り出そうとしないんですか?」
「ふ~む、冶金技術とかでしたらゲルマニアの方で新しいものが生まれているようですが、
基本的に数千年前から代わり映えしないものを使っていると思いますな」
6千年前の書物が残っているようなこの世界だが、魔法も科学もあまり進歩がないようだ。
始祖ブリミルとやらが呪いでも掛けたのかと疑ってしまう。
ちなみにコルベールのエンジンとか今回のベアリングの作成方法は、粘土で成形したものを
『錬金』で金属化するだけである。習作を作ることに関してはとてもお手軽である。
「さて、今日はこのくらいにしましょう。もう真夜中近いですから」
「シロウ君、いつも外でやっているあの変わった座り方はどんな意味があるんですかな?」
「結跏趺坐のことですか? あれは魔術修行の一環です。精神統一方法なんですけど」
「ほうほう」
「俺の世界には“禅”というものがあって、心を平穏にし自己を見つめなおし悟りを得る。
それを行うのに座禅、つまり座った状態で瞑想を行うんです」
「ザゼンですか。それは私にもできるものかな?」
「座り方はあまり気にしないでいいですよ。とにかく、自分の内に埋没して精神統一をする。
その行為が目的ですから。 まぁ自分も自己流でやってますし」
「ふむ、では私もやってみましょう」
好奇心旺盛なコルベールらしい。
士郎は小屋の外で、コルベールは小屋の中でそれぞれ瞑想に入る。
この日はこれで終わる。
………
朝
「よう、相棒」
「なんだ? デルフ」
「相棒は何で俺っちを左に持って、右側に棒っきれなんぞ持っているんだ?」
朝の修練中にデルフに声を掛けられた。
「なんだ、お前。右手の方が良かったのか?」
「いや、そういうことじゃなくて。 なんで二刀流なのか訊きたかったんだが」
「俺にはそれが一番向いているんだよ」
「まぁ確かに相棒の振りを見れば、二刀流向きな気もするが。ん~……」
「どうした?」
「いや、昔にそんな使われ方をしてたような……。左手に槍がいて……」
「お前、昔のことってどれだけ覚えているんだ?」
「あんま覚えてないわ。なんせ『使い手』と別れてから数千年だからなぁ」
「『ガンダールヴ』の事知りたいんだけどなぁ。思い出したら教えてくれ」
「あいよ~」
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ハルケギニアで実質宰相のマザリーニ枢機卿は、近頃多忙を極めていた。
アルビオンではレコン・キスタと称する貴族の反乱で、王家が滅ぼされそうになっていた。
滅亡までもって数週間だろう。
ガリアでは軍事行動が活発化している。
つい最近もトリステイン国境付近で軍事演習が行われた。
ゲルマニアとの軍事同盟は急務なのだが、肝心のアンリエッタ王女は婚姻に関して乗り気ではなく、
何かに付けて、引き伸ばし工作を図る。
本日もガリアとの同盟交渉に王女は列席していたのだが、気品もやる気もない態度に
トリステインへ戻る馬車の中で小言を洩らしてしまった。
「いっその事、枢機卿が王になればよろしいんですわ」
などと言い返される始末……。 振り回されっぱなしである。めっきり老け込んで、ぱっと見、
オールド・オスマンと大差ないように見えるが、実は四十男である。
王女に私めを虐めてそんなに楽しいですか?と、問いたい。小一時間問い詰めたい。
「そうだわ。せっかくですから途中で魔法学院に寄りたいですわ。お友達に会いたいの」
そのくらいの我侭ならまだかわいい方だ。
「宜しいでしょう。ゲルマニアに嫁ぐことになれば、そのようなことも出来なくなりますしな」
「……」
おもいっきり睨まれた。
とりあえず、魔法学院に先触れを出さねばなるまい。
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本日の2時限目の授業はミスタ・ギトーの授業である。
ミスタ・ギトー。長い黒髪で漆黒のマントを纏ったその風体は、
自身を覆う冷たい雰囲気と相まって、生徒達からの人気をおとしめていた。
「では、授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」
静まり返る教室に満足げのギトー。
「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」
「『虚無』じゃないんですか?」 答えるキュルケ。 ピクっと反応するルイズ。
「伝説の話をしているのではない。現実的な答えを聞いているんだ」
しばらくキュルケとギトーの問答が続く。
最強は『火』と答えるキュルケとそうではなく『風』というギトー。
眺めていて士郎は呆れていた。 実際魔法合戦になるんじゃないかと思ってみていると、
……やはり、ギトーはキュルケを挑発して『ファイアーボール』を撃たせる。
そしてギトーは烈風を起こし、炎を掻き消しキュルケを吹っ飛ばす。
なんて教師だ……。ここまでひどい事は藤ねえでさえ、やら……、やるかもしれない。
でもやることに何処となく憎めなさを感じる藤ねえとは雲泥の差だ。
「目に見えぬ『風』は、見えずとも諸君らを守る盾となり、必要とあらば敵を吹き飛ばす
矛となるだろう。そしてもう一つ、『風』が最強たる所以は……」
杖を構え詠唱に入るギトー。 「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
ここで突然、珍妙な格好をした闖入者が現れる。 コルベールである。
彼は金髪ロールのでかいウィッグをつけ、レースや刺繍だらけの派手な身なりをしていた。
「ミスタ?」 あまりの姿にギトーも眉をひそめる。
「ミスタ・ギトー、失礼しますぞ。本日の授業はすべて中止となりました」
中止の一言に教室が盛り上がる。
「えー、皆さんにお知らせですぞ」
もったいぶった調子でのけぞるコルベール。のけぞった拍子にかつらが床に滑り落ちた。
一番前に座っていたタバサが、一言言う。
「禿げ散らかすな」
教室は爆笑の嵐に包まれた。どうやら親友のキュルケがギトーにいい様にされたので
不満が毒舌に直結したようだ。
当のキュルケはすでに先ほどのことなど気にもかけておらず
「あなた、たまに口を開くと、言うわね」 と反応するだけだった。
「黙らっしゃい! このこわっぱども! 大口を開けて、下品に笑うとは貴族にもあるまじき、
行いですぞ!! これでは王室に教育の成果が疑われる!」
コルベールの剣幕に、おとなしくなる生徒達。
「恐れ多くも、我がトリステインの誇る姫君。アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からの
お帰りに、この魔法学院に行幸なされます。 したがって今から歓迎の式典の準備を行います。
生徒諸君は正装し、門に整列すること」
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トリステインの王女、アンリエッタは憂えていた。
ゲルマニアなどという成り上がりの国へ嫁がないといけないというのは、王女にとって
屈辱以外の何者でもなかった。
もちろん国の存亡にかかわる事柄だというのはわかっている。軍事同盟は必要だろう。
自分にとって最愛の人が居られるアルビオン。その国家が存亡の危機に瀕している。
これも憂いの原因でもあった。嫁げるのであればアルビオンへ嫁ぎたかった。
そして、ゲルマニアとの婚姻に障害となる手紙を、自らがアルビオンの王子に贈ってしまったことも
アンリエッタが憂えている理由でもある。
枢機卿には、ゲルマニアとの同盟に付け込まれる隙が無いよう、口を酸っぱくするほど言われている。
手紙の存在を誰かに知られるわけにはいかなかった。
憂い顔で馬車から外を見ていたら、グリフォン隊の貴族の一人が道に咲く花を魔法を使い摘んでくれた。
グリフォン隊隊長でワルドと名乗った。
「あなたの忠誠心はどのくらいのものでしょう? 私に困りごとがあったときには……」
この質問にワルドは答える。
「そのような際には、戦の最中であろうが、空の上だろうが、なにをおいても駆けつける所存で
ございます」
「あの貴族は、使えるのですか?」 アンリエッタはマザリーニに尋ねる。
「ワルド子爵。二つ名は『閃光』。かのものに匹敵する使い手は、『白の国』アルビオンにも
そうそうおりますまい」
「ワルド……、聞いたことのある地名ですわ」
「確か、ラ・ヴァリエール公爵領の近くだったと存じます」
(ラ・ヴァリエール……。私の数少ないお友達。早くルイズに会いたいわ)
王女は悩み事を打ち明けられる相手に早く会いたいと思って仕方が無かった。
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王女を乗せた馬車が魔法学院の正門をくぐる。
馬車が止まると召使いたちが緋毛氈のじゅうたんを馬車まで敷き詰める。
呼び出しの衛士が、王女の登場を告げる。
馬車の中から枢機卿が先に現れると、お迎えとして並んだ生徒達が一斉に鼻を鳴らした。
マザリーニは貴族にも平民達にも良く思われてないと士郎はルイズに教えてもらっていた。
マザリーニは皆の態度を意に介さず、続いて降りてくる王女の手を取った。
生徒達の歓声の中、王女はにっこりと薔薇のような笑顔を振りまき手を振る。
「あたしの方が美人じゃないの」とキュルケはつまらなそうに呟く。
「ねえ、ダーリンはどっちが綺麗だと思う?」
ルイズの後ろに控えている士郎に尋ねるキュルケ。士郎は私語を謹んで答えなかった。
その士郎は、王女に対する第一印象が“がっかり”だった。
士郎が過去対峙した王族。騎士王然り英雄王然り、にじみ出るオーラに気品と同時に迫力があった。
比べる相手を間違ったとしか言い様が無いが、アンリエッタは学院にいる貴族(ルイズやキュルケ)に
毛の生えた程度にしか感じなかったのである。
そして、ルイズは近衛の一人をずっと見つめていた。羽帽子をかぶった凛々しい貴族である。
いつの間にかキュルケも同じ人物を見つめて、顔を赤らめていたりしている。
後ろに控えている士郎は二人の視線はわからないので、(早く終わらないかなぁ)と退屈していた。
タバサもそばに居たが、座って本を広げていた。 よく怒られないな、と士郎は思った。
………
夜
今日はさすがに勉強・調査や報告会、修行は休むことになった。王女が学院にお泊りになられるためだ。
士郎はルイズの部屋を掃除していた。
ルイズといえば、ベッドに横たわり枕を抱いて天井をぼーっと見上げていた。
おでこに手を当ててみたが、とくに熱があるようでもない。
問題ないだろうと判断。士郎はルイズを放置して、掃除を続ける。
ドアがノックされる音がした。初めに長く二回、それから短く三回……。
ルイズがはっとした顔で、急いでドアを開く。
ドアが開かれたとたんに、フードをかぶった人物が素早く滑り込んできた。
ルイズと士郎が驚いていると、その人物は「しっ」と口元に手を当て、魔法を詠唱する。
「……ディティクトマジック?」 ルイズが尋ねると頭巾の人物は頷き答えた。
「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね」
探知の魔法で安心したのか、その人物は頭巾を脱ぐ。
現れたのは先ほど総出で出迎えたアンリエッタ王女だった。
「姫殿下!」 ルイズが慌てて膝をつく。
「お久しぶりね。 ルイズ・フランソワーズ」
士郎はとりあえず掃除道具を片付けることにした。
最終更新:2011年10月13日 20:11