ゼロの使い魔(サーヴァント) 00


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 ――間桐臓硯は勝利を確信していた。

 確かに、企みの全ては潰えたかのように見える。
 不完全ながらも用意した擬似聖杯は衛宮の魔術使いによってその機能を破られ。
 間桐が二百年かけてこの地に育んだ蟲たちは遠坂の小娘によって根絶やしにされ。
 あまつさえ、聖杯戦争の中枢をなす大聖杯をしてすら、たった今、剣の英霊の宝具によって撃ち砕かれた。

 全ては終わったかのように、誰もが思うだろう。
 しかし、違う。
 違うのだ。

 勝利とは、相手を全て滅ぼすことではない。勝利の条件を満たしてこその勝利である。それらが果たされてないのならば、例えこの三人の強敵の全てを殺しても意味はない。
 この場合に於ける彼の勝利とは、「生き延びること」の一点にのみあったと言ってもいい。
 擬似聖杯が失われた?
 また作ればいい。
 蟲が全て潰された?
 また増やせばいい。
 大聖杯が壊された?
 また、もう一度、作り直せばいい。
 困難なことではある。
 だが、決してやってやれないことではない。
 何故ならば、今この三人の強敵たちは、使命を果たしたという直後に油断しているからだ。いや、油断というには足りないかもしれないが――微かにも緊張の緩みはある。

 そこを衝く。

 間桐臓硯は勝利を確信していた――



 蜘蛛の糸、という短編小説がある。

 芥川龍之介の手になるその話は、どうにも誤解されて広まっている節があるが、少なくともちゃんと読めば釈迦はカンダタを試していたなどということはない。
 解釈は分かれるだろうが、基本的に釈迦は地獄から一人でも救いたくて、僅かながらでも善行為に対して報いるという形をもってして地獄へと四万里もの長い糸を垂らしたのである。
 その時に大空洞の天井から延びた蜘蛛の糸は、その小説を思い出してしまいそうなほどに長かった。
 間桐臓硯である。
 この大魔術師は、用心に用心を重ねていた。
 元より予定外の擬似聖杯の発動によって大幅に前倒ししての今回の計画は、最初から失敗することを前提としているものだ。
 第五次聖杯戦争から四年――勝利者である遠坂凛と衛宮士郎は、セイバーを伴って倫敦にいっていた。次の聖杯戦争が起こるとしたらいつごろであるのかは予想はつかないが、それはこの三人のいないところで行われるのが好ましかった。
 しかし、そうはならないということも想像がついた。
 この三人は、どんな場所でいようとも聖杯戦争の兆候があればすぐさま冬木に舞い戻り、当たり前のように聖杯を壊し、ついでのように彼の野望をも打ち砕くに違いない。
 遠坂凛という魔術師はそういう娘であり、衛宮士郎という魔術使いはそういうで男であり、セイバーという英霊はそういう二人にだからこそ現世に留まってまで仕えているのだ。
(最悪、大聖杯までも壊される)
 そこまで考えるのは当然だ。
 いや。

 そうされるのは確実なのだ。

 ならばどうする?
 大聖杯を壊されてどう望みを果たす?
 どうやって不死を得る?
 間桐臓硯はそこまで考えた。
 自分が彼らを出し抜けるということは、あまり考えなかった。
 出し抜けるにしても、自分の望みをここで果たせるなどとまで都合のいいことは考えなかった。
 何故ならば、彼らはあの黄金の英雄王を打ち倒した存在だからだ。
 最強の最高を打ち倒した、現代の英雄たちなのだ。
 生半なことで勝てようはずもない。
 それならば。
 それならば、考え方を変えよう。
 望みを果たすのは、別にここで、今この時でなくてもいいと、そう考えるのだ。
 いかに英雄であろうと、定命の存在だ。
 彼らが死んでから、改めて大聖杯を構築し、新たに聖杯を用意すればいい。
 大聖杯を築くのは自分とアインツベルンの聖女をして単独で成し得なかった大事業であったが、それは後で考えればいい。
 時間は幾らでも、とは言えないが、魂が腐り尽くすまでにことをなしたらそれでいいのだ。
 焦ることはない。
 そう、考えるのだ。
 間桐臓硯はそう考えた。
 考えてから、しかし大聖杯の構築となると骨が折れるな……とぼやく。
 新たに宝石翁が協力してくれるという可能性はまずない。
 遠坂の魔術師も、アインツベルンも、二度とこの地でこの儀式を再開しようなどとは思わないだろう。
 そう思うと、生き延びたからといって再起も望めそうになかった。
 ならばやはりこのたびに全てを賭けるべきだろうか――
 いやいや。
 考え方をもっと変えるのだ。
 遠坂の娘は魔法使いにまで届く可能性を秘めている。
 衛宮の男は英霊にまで至る可能性を秘めている。
 そして、従えている英霊はかつての王であり、未来の王たるアーサー王だ。
 この三人を利用すれば、新しい大聖杯を構築することも不可能ではないのでは?

 そして考えた末に到達したのが、今の姿だ。

 ――蜘蛛となって、衛宮の男にとり憑く。

 何故羽虫のような機動性のあるモノにならなかったかといえば、それはエネルギーを消耗しすぎるからである。必要最小限の力で挑まなければならないのであるから、やむを得ずにそうしたのだ。
 囮として機能させるためにも、擬似聖杯に残した体にはできるかぎりの力を残しておかねばならないからだ。
 そしてどうして遠坂ではなく衛宮を狙ったかといえば、単純に耐魔力の問題である。
 遠坂は魔術刻印も持ち、異物である自分が取り付いた途端にそれを排除しようとする魔術が働く可能性も考えられたし、衛宮の方を残したのならば何かの宝具でどうにかされてしまう可能性もあったからだ。
 それに、衛宮と遠坂はいずれ閨で睦み合うことだろう。
 遠坂にとり憑くのはその時にしてもいい。
 この男の体内で淫蟲を育て、精と共にそれを遠坂の胎内に送り込めば――自分は、魔法使いをも手中のモノにできる。
 そう考えたのである。
 セイバーに至っては論外である。
 英霊をも縛る魔術を開発したのは間桐の当主である自分であるし、主たる二人を虜にすればセイバーとても逆らえるものではない。
 もしも擬似聖杯の方が成功したのならば、それはそれでいい。
 必要なのはただ一瞬の隙。
 全てのことが成就したと思わせる瞬間。
 勝利した、と思わせたただその刹那、その時にこそ彼らの敗北は決定しているのだ。

 ……間桐臓硯の魂は腐敗していた。
 だから、気づかない。
 勝利したと思われた刹那の心の緩みとは、彼自身にも当てはまるものであると。


 セイバーの直感は、未来予知に似ている。

 それは例えばあの英霊エミヤの如き数限りない実戦経験により磨きぬかれた戦術眼というよりは、異能の如き認識力と言ってもいい。
 異能であるが故にその幅は狭い。
 だが、その先鋭は到底エミヤの届くものではない。
 だから、彼女は宝具を使用した直後にありながらも、あるいは「だからこそ」それに気づいた。
 後ろで見守る衛宮士郎に危機が訪れつつあると。
 訳もなく察知した彼女は、だからこそあり得ぬ速度で振り向いた。
 唐突な彼女の行動に主たちは一瞬だが硬直したようだった。
 なんの反応もできていない。

 そして、セイバーはそれを見た。

 天井から――遥かに高いこの大空洞で、震動と衝撃に揺れながらも、まっすぐに彼女の主たる衛宮士郎の首筋に降りようとした小さな蜘蛛の姿を。
 それが敵だ、という確信は何処から得たのか。
 それこそ直感という他はない。
 そして剣士の英霊としての判断は、それを絶望と共に認識している。
(この距離では)
 間に合わない。
 いかに彼女が剣の英霊であるとはいえ、士郎との間には二十メートルはあった。
 それは安全な距離をとらせたからであるが、今ここでは絶望の断絶だった。
 百メートルスプリンターであるのならば最速で二秒で駆け抜ける距離は、英霊たる彼女には一秒もかかるまい。
 だが、それでもなお遅い。
 あの蜘蛛は彼女の手が届くまでに士郎にとり憑く。
 それは確かな判断だった。
 よもや剣士の英霊たる彼女が、間合いという最も重要で基本的なファクターを読み違えようはずもなく――

 そして、最上の剣の英霊であるからこそ、彼女がそうするということは誰にも想像がつかなかった。

 振り返る勢いのままに、彼女はその手にある聖剣を投擲した。
 剣は彼女の宝具である。
 宝具は英霊のシンボルであり、同時に誇りでもあった。
 それをその手から離すというのは、生半な覚悟でできることではない。
 間桐臓硯はそのことも範疇には考えていた。
 だからこそ、もっとも二人が距離をとるだろうこの瞬間を選んだのである。
 彼の誤りは、剣士の英霊が最上のさらに上、極上とも言える存在であったということだ。
 戦場を駆け抜けた王であったことだ。

 アーサー・ペンドラゴン――ペンドラゴンとは、「戦の王」を意味するという。

 それがもっとも必要であるとするのなら、彼女は自分の命さえも投げ捨てて戦ったのだ。
 それが最高の聖剣であろうと、そうすることを厭うはずもない。
 剣は、光となって士郎の首の上を通過した。
 微かな断末魔の響きが轟音の中に聞こえた。
 それが間桐臓硯の本当の最期であると、衛宮士郎と遠坂凛は、この時に知った。

 そう。
 この日に、永らく続いていた聖杯戦争は本当の意味で終わりを告げたのだ――

 そして、その日のうちに、唐突にセイバーの新たな戦いが始まったのである。


 ◆ ◆ ◆


 我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール


「……なんだ、これ?」
 漸く、最後の敵を討ち果たせたという喜びもつかの間、衛宮士郎は目の前に突然現れたそれを見て眉をひそめた。
 高さは二メートルほど、幅は一メートルほどの楕円形だ。よく見ると少し浮いているようだった。
 それは、光る鏡のように見えた。
 どう考えても、自然現象ではあり得ない。
「士郎! 下がって!」
 その時、遠坂凛は前にいた士郎を蹴り飛ばし、右手の指をそれに向けた。
 ガント――彼女の得意の魔術だ。


 五つの力を司るペンタゴンよ


「――――効かない!?」
 というよりも、吸い込まれていったように見えた。
 フィンの一撃と言うに足る彼女のガントが、その鏡(らしきもの)を貫通することもできずにいるのだ。
「投影、開始!」
 身を翻しながら士郎がその手に投影したのは、騎士王の聖剣――カリバーンだ。
 余力はほとんど残っていない。
 だが、少しはある。
 その少しの力の全てをここに集約して作り出したのである。
 だが。
「どいてください、シロウ!」
 聖剣を振り上げた士郎をさらに押し退け、セイバーがそれに突っ込んだ。
(宝具は壁に突き刺さったままだが――私の対魔術があれば)
 なんとか、かき消せる。
 事実上、人間の魔術では彼女を傷つけることはできない。
 セイバーはそう判断した。
 例えこれが英霊の身であっても滅ぼす罠であろうとも構わない。
 自分の主たちが助かるのならば。
 彼女は覚悟を決めていたのだ。
 そして――

 そのままセイバーは、鏡(らしきもの)の中に消えた。


 我が運命に従いし、〝使い魔〟を召喚せよ!


 ………。


「問おう」

 その人は、突然の嵐を巻き起こし、現れた。
 この瞬間の光景を、私は例え地獄に落ちても忘れないと思う。
 青銀の鎧、金紗で作られたかのような髪、翠の瞳。
 その存在そのものがひとつの奇跡のようだった。
 例えようもなく、美しかった。
 そして、その人は私を見下ろし、輝く風のような声で言ったのだ。

「貴方が私のマスターか?」


 ゼロの使い魔(サーヴァント) プロローグ 了




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