ゼロとさっちん 04c


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「ユビキタス・デル・ウィンデ」

 ワルドが唱えたのは偏在の呪文だ。
 自らの分身を作り出す魔法。
 風のスクエアスペル。
 解っている。
 この世界では、この魔法の全てを枯らす世界では、この偏在も長らく存在できない。
 三体の分身は十秒と持たずに消滅したではないか。
 だがそれはつまり、十秒以内ならば偏在も存在できるということを示している。
(一体分の偏在に、三体分の力をこめる)
 そんなことが可能なのか解らない。
 解らないが、それをするつもりで精神力を費やした。
 真正面から駆け出したワルドは偏在だった。

 さつきは、それを真正面からデルフリンガーを振りかぶって迎え撃つ。

「相棒!」
「解ってる!」

 偏在は囮だ。
 自分の視界をふさぐためだけに作られた盾にしかすぎない。
 それでもその盾は自律して動き、自動的に攻撃をしかけてくる。
 人が全力で動ける時間というのは、訓練をしている者であっても二分程度であるといわれている。
 勿論、吸血鬼だのなんだのが跋扈する世界においては、そんな常識も崩れ去る。
 世界から、あるいは仲間からの魔力の補給で何時間となく全力を出し続けられる怪物も存在するのがさつきのいた場所だ。
 だが、真剣勝負はそう長引かないというのも事実であった。
 集中力と体力を短時間にどれだけの密度で研ぎ澄ませて発揮できるか――それが戦いの行方を左右するのには違いないのだ。
 故にこの戦いも、長引いてせいぜいが一分。
 全力の死徒と必死のメイジの対決がそれ以上に長引くなどというのは、ありえない。
 この枯渇庭園なる死の世界において、偏在が維持できるのはたかだか十秒にも満たない時間だ。
 だが、戦いの場では一秒とて無駄にできず、十秒ともなればその価値は計り知れない。
 まして相手は〝閃光〟。
 偏在といえども数秒の時間があれば致命の一撃を幾度と繰り出せるであろうことは疑い得ない。
 だから、さつきは迎撃した。
 迎撃する他は無かった。

 レイピア状の剣でさつきの胸を狙って繰り出されたワルドの一撃よりも速くデルフリンガーが打ち下ろされ。

 次の瞬間、さつきは自分の身体に被さった飛鳥の如き影に、背筋を走る冷たい衝撃を感じた!


(上をとられた!)

 刹那に理解した。
 前に出た偏在は盾ではない。いや、盾だけではない。

 踏み台の役割も持っていたのだ。

 すぐ後ろから偏在の後を追い、その背中を足がかりに跳躍――それはさつきが打ち下ろした、まさにその瞬間を狙っていた! 
 そのタイミングこそまさに絶妙。
 やり直しの効かないこの状況下において成功させた〝閃光〟のワルドの凄まじさをこそ知れ。
 マントを広げ、必死の気迫で発動させたフライの魔法の助力は〝閃光〟の名には相応しからぬ微力なものであったが、それでもなお、あるいはそれが故にワルドにとって生涯最高の集中力を発揮しえたのか。
 逆手に構えた剣尖は彼女の脳天めがけ、全体重を、いや、ワルドという男の全てが篭められて落とされたのだ。
 いかに強力な死徒たる弓塚さつきをして、このタイミングで、この一撃を受け止められるはずがなかった。
 彼女がただの死徒だったのなら。

 ガンダールヴでなかったならば!


(嫌だ)

 細く尖った刃を見た。

(死んじゃう)

 恐怖が心臓を鷲掴みにする。

(死にたくない)

 思う。

(負けて、死にたくない)

 そして――

(負けたくない!)

 さつきは思う。

(負けない!)

 さつきは誓う。

(負けてなんか、いられない!)


 ワルドが頭上から死の剣を降らさんとした一瞬、さつきの心は焦燥と恐怖とに同時に揺さぶられた。
 死徒たる彼女の反射神経は、ワルドの剣尖を視野に入れている。
 かわせないと理解するのとその切っ先を見たのはほぼ同時であった。
 半端者で黄昏をおっかなびっくりと歩いているだけの弓塚さつきならば、それだけで諦めていたかもしれない。
 だが、彼女はガンダールヴであった。
 ゼロの使い魔であった。
 動揺が即座に闘志へと変換されたのは、死徒としての破壊衝動もさることながら、間違いなく彼女の左手に刻まれたルーンの力だ。
 彼女の唇を最初に奪った、あの小憎らしくて可愛らしい少女が刻んでくれた主従の証のおかげだ。
 この刻まれた文字は、ルーンは、心の震えを力に変え――

 主のための『使い手』と成すのだ。
 神の盾に。
 ガンダールヴに。

 デルフリンガーを右手に持ったまま、さつきは左手を伸ばす。


 それは――その速さは、〝閃光〟さえも凌駕した!


「………………………!?」
「――――――――――!」

 必勝の機を獲っていたはずの自分の胸を掴む腕に、ワルドは戦慄を感じる暇もなかった。
 腕を伸ばすことによって身を翻したさつきのコメカミの横を、剣は虚しく突きぬけていく。 
 さつきの速さはありえぬ速さであり、さつきの動きはありえぬ動きであった。
 それをなし得たのは吸血鬼としての彼女の底力であり、それを引き出したルーンの力だ。
 ガンダールヴの力だ。


(ああ……)

 腕が伸びきった瞬間、手が届いた刹那、さつきは恍惚と力の充実を感じた。
 これだ。
 この力だ。
 この力がある限り。
 自分は戦える。
 何処までも戦える。
 彼女のために、ルイズのために戦える――
 何処か不自然なところのあるその感情の動きを、しかしさつきは気づいていながらもすでに受け入れていた。
 死徒としての彼女の本能は、このルーンの力の本質を見抜いている。
 主であるルイズを助けるために、刻まれた者の好意を増幅し、その心の揺れを力と変える。
 武器の使い方を知らせるのは、それをより遂げせるための補助機能でしかない。
 人によっては、この想いを偽りのものと呼ぶかもしれない。
 だが、それがどうした。
 この力のおかげで戦えて生き延びられるのなら、感謝もするし受け入れもする。

 弓塚さつきは、諦めることをやめたのだ。

 いつか遠野くんと再会できるのならば。
 この想いを告げることができるのならば。
 自分は何処までも何時までも戦い続け、追い続けよう。


 それが、決して届かない夢であったとしても。


 ワルドの胸元を掴んださつきは、間をおかずに床に投げ捨てるように叩きつけた。
 顔からではなく、背中から落としたのは、あるいは彼女の人の部分がそうさせたのかもしれない。


 同時に、世界は反転した。


 枯渇庭園が消えたニューカッソル城は、すでに戦火の中にあった。





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