ゼロとさっちん 03b


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「結婚式?」

 朝になって唐突にいわれて、ルイズは戸惑った。
 当然である。
 本当にまったく唐突であったし、それが結婚だというのだ。
 結婚というのは人生にとっての大事である。
 そしてここはもうすぐ戦場になるという場所だ。
「誰が? 誰と?」
「ルイズさんが。ワルドさんと」
 ニコニコと笑っている彼女の使い魔であるさつき。
 本当になんというか、喜ばしいなーとかうらまやしいなーとか思っている顔だ。裏に何か隠しているなんてことは絶対にない。それだけは本当にまったくもって確かだった。
「……なんでそういう話になっているのよ」
「ワルドさんが、ルイズさんと結婚したいって」
「……なんでよりにもよって今日なのよ。ここでなのよ」
 いわれてさつきは考える。
「なんか景気付けにやっちゃおうって話だよ」
「…………今適当に考えたでしょ」
「ワルドさんが、あのウェールズ王子様に頼んだんだって」
「ワルドが――」
 ルイズは何かを言いかけて口を開けたが、自分が何を言おうとしたのか解らなくなったのか一度それを閉じ、やがてうつむき加減に自分の使い魔に問うた。
「……サツキは、どう思ってるの?」
「え?」
「私、今ここで結婚なんかしていいの? 私が彼のような立派なメイジと結婚なんかしていいと思っているの!?」
 私は何もできない――ゼロなのに。
 おひめさまの好きな人も救うことも出来ない、本当に出来損ないなのに。
 さつきは「うーん」と首を捻っていたが、やがてルイズを抱き寄せる。
「大丈夫だよ。ルイズさんは、ゼロじゃないよ。だって、私を召喚できたじゃない」
「でも!」
「――メイジの格を知りたくば使い魔を見よ、でしょ」
 さつきはルイズの頭を撫でた。桃色がかった金髪の髪を梳るように指を動かす。なんて細くて柔らかくていい匂いがして、素敵な髪なんだろうと思った。この髪の人が私のご主人様……いとおしくていとおしくて――喉が渇く。

「!――ごめんなさい」
「?」
 急に突き放されて戸惑うルイズ。彼女の両肩を持って俯いているさつきは、荒い息を飲み込みながら、言った。
「私、これでも本当に強いんだよ? こう見えても、あっちじゃ何年に一人の逸材だって言われてるんだから」
「……そりゃ、フーケにも勝ったし、ワルド様とも互角に戦ったけど……」
 吸血鬼にしても、スクエアクラスにしてグリフォン隊の隊長とまともに戦えるなどというのは尋常ではない。
 それは解る。
 解るのだが……。
「そんな私を呼び出せたルイズさんは、ゼロなんかじゃないよ」
「でも……」
「でもはなしだよ」
「……今まで、私は何もしてこれなかったわ」
「これから何かすればいいと思うよ。今までがゼロだとしたも、これからは何でも足せていけるよ」
 ルイズは「うん」と頷き、
「だけど結婚てのはあまりにも急すぎると思うわ」
「うーん……」
 いわれてみたら、そういう気もしてきた。
 確かに女の子にしてみても結婚というのは人生の大事であり、彼女のご主人様のルイズが戸惑って躊躇しててもまあ、仕方ないとは思う。
 しかし、ここで結婚式を挙げるというのはなんとも魅力的にさつきは思えた。
 今朝にウェールズに話を持ち込んだ時に「それは目出度い」と言われた。この城で最後の結婚式を挙げるのが君たちで、それに立ち会える最後の立会人が自分だというのは、なんという幸福だろうと王子さまはいうのだ。
 それを言うとルイズは溜め息を吐く。
「まあ、私もワルド様は憧れていたし、殿下に祝福されての結婚式というのも、確かにいいんだけど……」
 死に行く王子に祝福されて、自分は嬉しいのだろうか。
 こんな状況で、果たして自分は式を挙げて嬉しいのだろうか。
「大丈夫だよ」
 さつきは笑っていた。
「ワルドさん、強くていい人だよ。それで私と約束してくれたもの」
「約束?」
「絶対に、ルイズさんを幸せにしてくれるって」










「やっぱり駄目」






「――そうか」
 声は静かだった。
 結婚式の最中に「ごめんなさい」をくらってしまったワルドであったが、その反応は傍で見ているさつきがあたふたしているのとは逆に、奇妙に落ち着いて見えた。
 ウェールズも「残念だが」と慰めるように肩を叩いた時。
 さつきは気づいた。
 さつきだけが気づいていた。
 ワルドのその眼差しの向こうに見えた光が、あの遠野志貴の目の奥にも感じていた危うい何かがルイズではなくて、自分の傍にいたウェールズへと向けられたことを。
 反射的に飛び出ていたのはどうしてなのか、彼女自身にも説明できまい。
 彼女はワルドを信じていたのだ。同情していたのだ。わがままなことをいうご主人様に半ば「そりゃいきなりは確かに」と同意しつつも、半ばは「かわいそうなワルドさん」と憐憫を向けていたのだ。
 それなのに彼女は、弓塚さつきは動いていた。
 吸血鬼の本当であったとしか言いようがない。

「エアニードル」

 静かに紡がれた呪文が完成したのと、さつきがウェールズに体当たりしたのとは同時であった。
「サツキ!」
 ルイズが叫ぶ。
 彼女は自分の使い魔の肩を掠めて空気の針が通過したのを見たのだ。
 それはさつきの制服の右肩の上を裂いただけに留まったが。
「――子爵、君は――」
 跳ね飛ばされたウェールズは、しかし態勢をすぐに取り戻して状況をすぐさま把握する。
「私の目的は二つ――いや、三つあった」
「……ワルド?」
 ウェールズの視線が、さつきの眼差しが、ルイズの瞳が向けられる中で、ワルドの表情は穏やかなままであった。静かな声のままであった。
「手紙の回収と、ウェールズの命……そして、君を手に入れることだ」
「わ、たし、を……」
 カツン、とワルドは一歩進む。
「そうだ。君には力がある。ずっとそう思っていた。そして、先日、君の使い魔と戦って確信した。君は強力な、歴史に残るメイジになると。その威勢はかの〝烈風〟にも勝り、その名声は始祖にも届くかのような」
 カツン、とワルドは一歩進む。
「何故ならばその使い魔の手に刻まれたルーンこそはガンダールヴ。虚無の使い魔の印。そして虚無を使いえる者こそは始祖の再来である証拠。
「……だから、私と結婚をしたいと思ったの?」
 そこで彼は足を止めた。
 何かを逡巡したかのようにも見えた。だが、何を逡巡しているのかは誰にも解らない。あるいは、当人にもわからないのかもしれない。
 どうしてか瞼を伏せて。

「そうだ」

 突然、だった。
 本当に、まったくの突然に、それは生じた。
 ワルドのその言葉の直後に、それは生じた。
 ウェールズはこの緊急事態でありながらもソレへと顔を向けてしまった。
 ルイズさえ目の前の危険な婚約者から目を離してそちらを見てしまった。
 ワルドは――瞼を開け、獰猛とも言える光を湛えた瞳で彼女を。

 伝説の使い魔にして異界の吸血鬼を見た。

「約束、したのに」

 弓塚さつきがそこにいるはずだった。

「幸せにするって、約束したのに」

 いなかった。

「したの、に――」
「そうだな、ガンダールヴ。そうだ。ガンダールブ。私は約束したよ。確かにルイズを幸せにすると約束したよ。そしてそれを違えるつもりなどないよ。ガンダールヴ。私は彼女を幸せにできるよ」
「……おうじさまをころそうとして」
「それが、私の本当の使命だからだ。ガンダールヴよ。伝説の使い魔にして吸血鬼よ。私は、嘘をついているつもりはないよ。しかし――」
 聞いてはくれないようだな。
 笑う。

 さつきの二束に括られた髪が逆立った。

「嘘つきー!」

さつきは叫んだ。
 叫びながらワルドへと右手を振るう。
 単純でありながら――それは吸血鬼の身体能力を駆使した絶命の破壊力がある一撃だ。
 それが彼以外の相手ならば。
 閃光のワルド以外のメイジであったのならば!
「さすがだガンダールヴ!」
「―――――!?」
 さつきが驚愕に目を見開いたのは、その打撃を防がれたからではない。
 否、彼女の拳はワルドの体を貫いた。
 もう一人の、仮面の男の体をだ。
「相棒! それが遍在だ!」
 左の腰からデルフリンガーの声がかかる。だが、それに彼女が反応する前に、真上から呪文が降り注がれた。
「ライトニングクラウド――ッ!」
 雷撃の魔法。
 いかなる彼女をして、雷よりも速く動くということは不可能だ。
 だが、発動する前ならば。
 声に反応する前に、貫いた右手をそのままに左手で咄嗟に魔剣を逆手に抜き放っていた。
 逆手抜刀の技は天真正伝香取神道流などで見られるが、当然のことながらそのような経験がさつきにあろうはずがない。だから、それはガンダールヴのルーンの力であり、そしてそれを雷撃に向けたのは死徒としての本能からだった。
「おおおおおおッ」
 続いて叫ぶ声はデルフリンガーが上げた。
 無理やりの態勢ではあったが、魔剣はその時、本来の機能と姿を取り戻したのだ!
 吸い込まれるように消えていく稲妻――いや、それはまさに吸収だ。
「そうだぜ相棒! 忘れていたぜ! これが俺の本当の姿だ! 俺の本当の力だ!」
「デルフさん!?」
 またたくうちにその姿を変える魔剣を一瞥したさつきは、しかしその場を飛びのきながら逆手に持ったデルフリンガーを順手に持ち直し、自分の今までいた位置に杖を振り下ろしたワルドへと振り下ろす。
 それを杖で受け。
 恐るべきことに、このスクエアメイジは絶妙の体捌きで右足を後ろに引きながらの半身からの手首の返しで、さつきの一撃を床へと流し落としたのである。
 彼女が続いての攻撃を加えるよりも先に。
「エアハンマー!」
 真横からの声。
 空気の塊が叩きつけられ――

 弓塚さつきの体は、吹き飛ばされた。

「サツキ!」
「ミス・ヴァリエール、危ない」
 使い魔の危機に叫ぶことしかできないルイズは、駆けつけようとしてウェールズの手に体を抱き上げられて戦いの場から引き離される。
「殿下、御放しください!」
「駄目だ。この戦いは君では――いや、私たちでは、とても」
 手が出せない。
 ウェールズは唇を噛んだ。
 自身、風のトライアングルメイジにして王国の軍を率いる者として訓練は受けている。だから解る。
 あの戦いは、自分たちのようなものが介入できるようなものではないと。
 ワルドの言が正しいのだとしたら、あのサツキはまさに伝説の存在であり、大剣と槍を手に千人の敵を屠り、始祖を守ったという使い魔だ。
 そしてワルドもまたトリスティン王国のグリフォン隊の隊長を務める優秀なメイジである。
 その名声は伝説とまでは及ばずとも、実力のほどは当代随一といっても差し支えはあるまい。
 伝説と現役最高峰クラスのメイジの対決――。
 まさに見物と言っていいだろう。
 そしてそれ以上に、危険で恐ろしい組み合わせであるように思えた。
「風の偏在……どういうこと?」
 さつきが立ち上がり、しかし低く沈んだ声でデルフリンガーに問うていた。
 それに答えたのはワルド――のうちの一人だ。
「風のユビキタス。風は偏在する」
「風の吹くところ何処となくさ迷い現れ」
「その距離は意思の力に比例する」

「私は五人の偏在を生み出せる。これこさが風魔法の最強たる証だ」

「なんて反則――」
 さつきは唸るように吐き捨て、しかしそれでも闘志を失った様子はない。
 デルフリンガーを右袈裟に持ち上げ、真正面に立つワルドへと向き直る。
 一人を失い、最初のワルド以外の残り三人は舞うようにさつきの背後と左右へと回り込んだ。
「ははあ。やるもんだ。相棒よ。風のスクエアったって、これほど見事に偏在を使いこなすやつあそうそういないぜ。というか、これほどの力を持ちながらも、まだ嬢ちゃんの力を求めているのかよ」
 デルフリンガーの声は、この期に及んでさえも軽い。
 真正面のワルドは目を細めた。
「確かにこの力は強力だ。現代に於いて、この布陣を敗れるメイジなどはいないだろう。かの〝烈風〟ならば、あるいは。しかしな、たかが五人だ。たった五人だぞ。スクエアとは言え、ただの五人だ。ガンダールヴよ。千人のメイジに勝るといわれた伝説の力を見せてみろ」

「エアハンマー」

 後ろのワルドが唱えるのと同時に。

「ライトニングクラウド」

 真正面のワルドが杖を掲げ。

「エアニードル」

 左右のワルドが手を振った。

 さつきの動きは誰にも見えなかった。
 いや、四人のワルドの八つの目だけは捉えている。
 真正面に走りながらライトニングクラウドを切り裂くように刃を奔らせて魔法を打ち消し、そこから間をおかずに背中にあたる寸前だったエアハンマーを振り向きながら叩き消す。
 最初の位置を突き抜けた二つのエアニードルは、それぞれのワルドの足元に突き刺さる。
 そして。
 再び床を蹴ったさつきは、エアハンマーを放ったワルドに体当たりするようにデルフリンガーを突き刺した。
 その速さは閃光にも勝ったか。
 それでもなお驚愕に停止するという愚をワルドは犯さない。閃光のワルドは戦いに於いて間違えない。
 一人のワルドを仕留めた瞬間を狙って、三人のワルドはライトニングクラウドを放った。
 誰か一人が破れたのならば、すぐさま残りでフォローを入れる。
 最初にさつきと戦った時からシミュレーションを重ねていた戦法だ。
 ワルドは決してさつきを侮らない。伝説の使い魔である以前に、異界の吸血鬼としてこの少女は危険な存在であると見抜いている。
 一人で勝つのは困難だ。
 二人でなお危険を伴う。
 三人であろとも。
 四人であっても。
 五人そろってさえ、必勝は約束されない。
 それでもなお。
 思う。
 勝つと。
 勝ってみせると。
 彼は誓ったのだ。
 誰にも負けぬと。
 母に、そして自分に誓ったのだ――。

「きゃああああ!?」

 無様な悲鳴をあげながらも、黒こげにもならずに立ち上がるさつき。
 あのインテリジェンスソードの力か、とワルドは冷静に判断しつつも一人のワルドはもう一度ライトニングクラウドの呪文を唱えつつレイピアのような杖で切り込み、さつきの動きをその場にとどめる。
 残り三人のワルドは同時に呪文を唱えたが――
「いかん! トルネードカッターか!」
 この場所でやるとは――ウェールズは出口に向かってルイズを抱えて走る。
「殿下! ウェールズ殿下!」
「駄目だ。ミス・ヴァリエール。子爵は三人でトルネードカッターを使うつもりだ。最大規模の風のスクエアスペルを使うつもりだ。三人でだ。正気とは思えない。いくらこの礼拝堂が広いとは言え、そんなことをされたら――」
「さすがの吸血鬼とても原形も残るまい」
「――!」
「――!」
 出口に待ち構えていたのは、やはりワルドであった。

「最初から偏在だったのか!」

 やはり、という口ぶりだった。
 そう。
 ウェールズも気づいたのだ。
 この礼拝堂でトルネードカッターなどの広域殲滅呪文などを使えば、術者自身もただではすまない。風の刃は遍く全てを切り裂くのだ。それは術者の体であっても例外ではない。
 そして。
「いつまでたっても兵たちがこないのも……」
「まさか――」
 ワルドは二人の顔色が変わるのを見て、笑う。
「さすがに、この周辺の者たちだけだ。せいぜいが二十人。不意をうてたとしても、一人ではとても」
「ワルド――!」
 怒りのあまりに腕を振り上げたルイズだが、ウェールズにぎゅっと抱きしめられて拳のままに振り回さずに歯を食いしばって耐えた。
「偏在が五人というのも……!」
「それは本当だ。五人の偏在に本体が一人の六人だ」
 もっとも、完全にコントロールできるのは偏在四体までだがね、と呟き。
「もう呪文は完成する。さよならだ。王子よ。そして可愛いルイズ」



「だめ! 体が、弾けて……!」



 さつきの声は、しかし悲鳴ではなかった。

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