Zero/stay night 09

何故、こんな事になったのだろう?
周囲を取り囲む生徒たちの歓声にキザったらしくポーズを決めて応えながらも、ギーシュはその実困惑していた。
確かに、女の子にフラれた腹いせで、きっかけを作ったメイドを叱りつけたのは自分が悪い。
それは自覚している。

しかし、だからってアレはマズいだろう。
そう思いつつ見やる先には、虚空より現れる騎影が一騎。
スラリと高い長身、鍛え上げられた体躯。
その総身を覆う青色の軽鎧には、所々にアクセントのように銀色の装身具がちりばめられている。
戦支度にも関わらずの軽装は、まず間違いなくメイジのソレ。

その出現に、ギャラリーとして詰めかけていた観客がどよめく。
「アレと決闘するなんて見直したぜギーシュ!」等と無責任な声援を送ってくる同級生(♂)がいるが、冗談ではない。
(なんでボクがあんなのと決闘しなきゃならないんだ~~~~~!)
そう思いながらも、「命を惜しむな、名を惜しめ」が家訓のグラモン家の男子としては、
手をあげられた上、向うから挑まれた決闘を辞することなど論外だ。
論外、なのだが、
(アレは、不味いよなぁ)
その決闘相手はと言うと、観客も、これから戦う自分すらも無視して、切なげな溜め息など漏らしている。
(ナメられてる、のかな......)

そうして、ギーシュが途方に暮れている時、その決闘をけしかけた張本人であるルイズは、
「はぁ~~~~~......」
これから決闘する二人を取り巻く生徒たちから少し離れた所で、盛大なため息をついていた。
「随分面白そうなコトしてるみたいじゃない、ヴァリエールのくせに」
そんな人混みから離れたルイズに、キュルケが声をかけてくる。
考えてみれば、派手好きなアイツがこんな騒ぎを逃すハズが無い。
「何よ、文句あるの?」
「全然、むしろ逆よ。さっきも言ったでしょ、面白そうだって。
 でもこんな面白そうなイベント、アンタが始めるなんて意外ね」
実に楽しそうに話しかけてくるキュルケ。
それとは対照的にルイズの機嫌は悪くなっていく。
「......別にアナタを面白がらせるためにやってるんじゃないわよ」

そう、キュルケの言うとおり、決闘をふっかけるなんて私がするコトではない。
それでも、あの場を収めるには、当事者どうしで決着をつけさせるのが最善策だっただろう。
あのままでは、周囲の貴族たちとまで揉め事を起こしかねなかった。
アイツは売られた喧嘩は間違いなく買う。
そうなれば数十人単位でケガ人が、下手をすれば死人だって出ていただろう。
だからこその決闘だ。
相手を当事者であるギーシュひとりに限定できる上、場所を変えて仕切り直させることでアイツに言い含める時間も得られた。
それに、アイツのデタラメぶりを見れば、他の子たちも今後アイツと揉め事を起こそうだどとは思うまい。
我ながら咄嗟に考え出したとは思えない妙手。
さすが私、こうしてダメな使い魔を御せてこそのマスターよね。
「ウフフフフ......」
知らず、喜悦が声になって漏れる。
「いやね、何笑ってるのかしらこの子」
「――――」
「フフフフフフ」
ソレをキュルケ(とくっついて来たタバサ)が呆れているのにも気付かず、ルイズは得意絶頂で笑い声を漏らし続ける。


「はぁ~~~~~......」
そうして、主が己の機転に酔っている頃、その使い魔は退屈の極みにあった。
この『決闘』に臨むにあたって、主からはイロイロと説明された。
ココでの『決闘』とは、どちらかが負けを認めた時点で終わりという、実際には命のやり取りをすることは無いモノらしい。
だから、オレも相手を殺さず、適当な所で終わらせろ、と。まぁ、そういうコトらしい。
「くだらねえ......」
そんなモノ、決闘でも何でもない。ただのお遊戯だ。
そのような児戯に付き合わされるために召喚された訳ではない。
だが、それも主命とあらば辞することなど論外だ。
論外、なのだが、
(正直、気が乗らねえわな......)
その決闘相手は、薔薇の造花を手に、魔術回路を励起させている。
あの細工物が魔術礼装ということらしい。
その花弁が一枚、地面へ舞い落ちる。

『決闘』と言いつつ不意打ちか?と、僅か体を緊張させる。
この魔術回路の状態は、先程の授業での女性教師のソレとほぼ同一。
とすれば――――
「『錬金』か」
予想に過たず、花弁の落ちた地面が隆起したかと思うと、その土はヒトガタを取る。
やがて、ランサーよりやや小さいくらいの大きさになる。と、次の瞬間、全体が銀色の輝鋼に包まれる。
瞬く間に、土塊だったモノは、甲冑も、ソレを纏うヒトガタも、全てが白銀に輝く金属で作られたゴーレムとなった。
白銀の表面には、木目が波打つような独特の紋様が浮かんでいて、一種芸術品のような美しささえ感じられる。
その変化に、周囲のギャラリーが小さく歓声をあげる。
「ほぉ......」
その魔術行使に、ランサーも感嘆の声を漏らす。
「ボクの二つ名は『青銅』。『青銅』のギーシュだ。
 従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するが、構わないね?」
『決闘』相手の坊主が声をかけてくる。

構わないか、だと?
「いいや、むしろ有り難ェ」
「は?」
元より、魔術師相手にマトモな太刀打ちなど期待してはいなかった。
加えて、『決闘』とは名ばかりの、単なるお遊戯とあっては尚更だった。
だが、これほどの人形使いというならば話は別だ。
「思ったより、楽しめそうじゃねえか――――!」
応えて、己も愛槍を手に執る。
その喜悦と戦意に応えるように、左手のルーンが輝きを放つ。


「不味い......」
さっきまでの得意満面は何処へやら、渋面をつくるルイズ。
ソレを見て、キュルケがちょっかいをかけてくる。
「マズいって、何が?ギーシュのワルキューレを見て、今さら決闘なんか吹っかけたのを後悔してるの?」
「まさか。あんな青銅細工相手にアイツが遅れをとるワケないじゃない」
「あら。今朝といい、随分と使い魔のカレの強さに自信があるみたいね。
 それはそうと、アレって青銅?『青』銅って言うぐらいだから、あの微妙なカンジの青っぽい色じゃないの?」
「アナタ、本当にモノを知らないわね。もう少し土系統の勉強もしたら?」
そんなキュルケの頓狂な問いに、ルイズは渋面をさらに険しくする。
「あら、まともに魔法を使えなくって頭でっかちの人よりはマシよ」
「......何ですって」
「何よ」
何時の間にやら口喧嘩を始めてしまう二人。


すると、黙々と手にした本を読んでいたタバサが、突如として顔を上げて喋り始める。
「一般に『青銅色』と呼ばれるのは、緑青と呼ばれる青銅に発生した錆の色を指す。
 青銅とは銅とスズの混合物で、錆びる前の色は一般に黄金色。含有するスズの量が一定以上になると、白銀色になる。
 現在のような鏡ができる以前は、そのような白銀色の青銅を研磨して鏡として使用していたといわれている」

突然の長広舌に、ケンカしていた二人も、唖然としてその矛を収める。
「アナタって本当に物知りねタバサ。じゃあ、あの青銅はスズをたくさん含んでいるってワケ?」
そんなキュルケの問いに、思案顔でルイズが答える。
「多分、ソレは無いわね」
「何よルイズ、この子の言う事にケチつけるの?」
「違うわよ。スズの含有量が多い青銅は強度が下がるの。そんなモノ、わざわざ戦闘用のゴーレムに使わないでしょ」
「ふ~ん。ならやっぱりアレって青銅じゃないんじゃない?」
キュルケの言葉に、今度はタバサが答える。
「――――恐らく、銅とスズ以外の金属も含んでいる。亜鉛やニッケルを含んだ銅はあのような色になる」
だが、とタバサは思う。単に含有する金属の種類を増やしただけとは思われない。
あの紋様、単なる装飾とも考えられるが、わざわざ戦闘で使いつぶすゴーレムにあんな複雑な装飾を施すとは考えにくい。
(何か、まだ秘密がある)

タバサが考え込む間に、その解説を聞いたルイズがまたも口を開く
「そう言えば、聞いたことがあるわ。
 グラモンの直系のメイジは、鋼鉄よりも丈夫で、より少ない魔力で『錬金』できる金属を使うって。
 何代か前の当主がソレの製法を発明して、それからグラモン家は武門として有名になったとか......」
「へぇ~。だったらアナタの使い魔やっぱりマズいんじゃないの?
 いくらギーシュがドットとはいえ、少ない魔力でも『錬金』できるってコトは、あのゴーレム相当強いんじゃないの?」
キュルケの再びの指摘も、しかしルイズは否定する。
「だから、それが不味いんだってば。
 キリのいい所で終わらせろって言っていたけど、あのバカ、ちょっと本気になっちゃってるじゃないの」

むしろ相手のギーシュを案じるような態度をみせるルイズ。
その様子からは、真実あの使い魔の勝利を、カケラも疑っていないのが解る。
そこで始めて、キュルケはルイズの使い魔に興味を向ける。
よくよく見れば、随分とイイ男ではないか。
「へえ......それで?あのカレってどのくらい強いの?」
「そうね、大体――――アレと同じ位ね。素手で」
「アレ?」
ルイズの視線の先を追うと、青色の鱗もまぶしい若いドラゴンが一頭、こちらを窺っている。
「あら、アレってアナタの使い魔じゃない?」
そう言ってタバサを振り返る。
何時の間にやら読書を再開していた友人は、それでも私の声を聞いて顔を上げると、自分の使い魔へと視線を送る。
すると、使い魔である風竜は、きゅいきゅいと鳴き声をあげつつ、
その成竜とそう変わらない大きな体を揺らしながら、ドスドスと足音を響かせながら近寄って来た。
「あれ?やっぱりこのドラゴン、アナタの使い魔だったの?」
急に、ルイズがタバサに声をかける。
突然、大して親しくもないルイズに声をかけられて、それでもタバサは首肯を返す。
「さっきはゴメンなさい、アナタの使い魔に......」
「いい」

(珍しいわね、この子が......)
普段のタバサなら、他人に話しかけられても黙殺することがしばしばである。
それが、ルイズとの間にコミュニケーションが成立している。
「アナタたちって知り合いだったの?」
疑問をそのまま口にする。すると、
「え~と、それは、その――――」
明らかに狼狽した様子を見せるルイズ。
相変わらず、面白い位に態度に出る子だ。

「さっき、私の使い魔が『お世話』になった」
まともに意味の通る答えを返さないルイズに代わってタバサが答える。
他のコなら聞き逃す様な微妙なイントネーションの違いだが、
親友を自負する私や、当事者であるルイズには『お世話』が字義通りの意味でない事が判った。


「へ~え、『お世話』ねぇ......」
「な、何よ!ちゃんと彼女にはあやまったじゃない!
 そうだ、アナタもゴメンなさいね、イルククゥ」
私のイジワルに強がりを返して、ルイズはタバサの風竜に声をかける。
どうやら『お世話』について謝っているらしい。でも――――
「いるくくぅ?そのコの名前はシルフィードよ」
「え?でも、だって――――んむむっ!」
続けて何事か喋ろうとしていたルイズだったが、急に口を塞がれる。
ルイズの傍らに立って口を塞いでいるのは、
短く切りそろえられた青い髪、
身長を大きく上回る杖、
他のコには何を考えているか解らない瞳。
間違いなく、タバサである。
何時の間に立ち上がって移動したのか、まったく気付かなかった。
「こっち」
「む~!」
その友人は、広場から校舎の方へ向ってルイズを引きずっていく。
無論、口はふさいだまま。
あの体勢はつらそうである。
「ま、大丈夫でしょ」
別に、タバサは怒っていた訳でもさなそうだし。連れてったからってどうというコトもあるまい。

一方、引きずられていったルイズは、広場から会話が聞かれないくらい遠く離れて、ようやく解放される。
「ーーーーっ、ぷはぁ!
 な、何なのよアナタ、イキナリ―――」
「あのコの名前はシルフィード」
ワタシの扱いに対して文句を言おうとしたのを遮って、キュルケの友達はそう口にする。
「え?でも、だって」
「あのコの名前はシルフィード」
「いや、だから」
「あのコの名前はシルフィード」
「その」
「あのコの名前はシルフィード」
「―――」
「―――」

全く私の話は聞いて貰えない。
ただただ、全く同じ抑揚で同じセリフを繰り返す相手に、私が口を噤むと、彼女も口を閉じる。
「ええっと、あのコの名前は―――」
「シルフィード」
「わ、解ったわ。シルフィードね」
そう私が口にすると、先程と同様にただ一度、コクンとうなずく。
何だかよく解らないが、深く追求すべきではないだろう。
誰しも人に訊かれたくないコトの一つや二つあるものだ。
トリステイン貴族はそんなコトをいちいち根掘り葉掘り訊かないものである。

そう考えて、うんうんと私が納得していると、タバサの方から私に声をかけてくる。
「どうして」
「え?」
「名前」
「ああ、何で名前を間違えたのかって?」
また、首肯をひとつ返してくる。
どうやら、もともとこういう会話の仕方をする娘であるらしい。


「ああ、それは――――」
と、私が答えようとした時だった。
頭上で、ズガァン!と、何か硬いモノ同士がもの凄い勢いでぶつかったような爆音が響く。
「な、何なの?!」
咄嗟に音のした上方を振り仰ごうとした私の体が、横に引っ張られる。
位置から考えて、すぐ側に居たあのタバサという娘だろう。
何を、と文句を言おうとしたワタシの、すでに上へ向けてかけていた視界が、人間大の何かが落っこちて来るのを捉える。
「っひゃあ!」
引っ張られるがままに体を動かして回避すると、さっきまで私たちがいた場所にソレは落下した。
ズゥン、と重々しい音と振動とともに落着したソレは、原型が何であったのか判らないくらいに、酷くひしゃげていた
それでも、その銀色の表面に浮かんだ波打つ様な独特な紋様は、見間違えようもない――――
「ギーシュの『ワルキューレ』?」

しかし、アレは私のバカ使い魔と戦っていたハズだ。
それが、何で私たちの頭上から降ってくるのだろう?
視線を広場へ転ずると、私たちの方へ注目しながら呆然とする観客たちと、
腰を抜かして地面にお尻からへたりこんでいるギーシュと、
「やっちまった」という顔でコッチを見ている、バカ使い魔の姿があった。


話はほんの少し前へ遡る。
ルイズたちがタバサの使い魔の話をしている頃、ギーシュは目前の『敵』を注視したまま、視線を動かせなくなっていた。
ゴクリ、と口に溜まった唾を嚥下する。
先程、かの騎士が槍とおぼしきモノを中空より取り出してから、ギーシュは極度の緊張を強いられていた。

この緊張感には覚えがある。
まだ自分が今よりもっともっと未熟だった頃、
父や歳の離れた兄に魔法を使った戦い方を教えられていた時だ。
グラモンの家は、その、アレな風聞のせいでユルく見られているようだが、
武門の名に恥じず、魔法の訓練、とりわけ戦闘におけるソレは他家より格段に厳しい。
ギーシュも物心ついた頃には、父や年長の兄たちからビシビシとしごかれていた。
その時の、自分が何をしても通用しない者に挑んでいる時と同じ感覚を、今ギーシュは味わっていた。

コレは、本物だ。
ウワサだけではない。彼の口先だけでもない。
この相手は、強い。
今の自分では、手も足も出ないくらいに。
その直感を裏付けるように、先程から瞬きもせず注視しているというのに、
(打ち込む隙が、見当たらない......!)

相手の騎士はというと、ギーシュと同じく、瞬きもせず、その視線は目前に立つ自分のワルキューレに注がれている。
槍の穂先を僅か下げた構えのまま、微動だにしない。
このまま、ただ闇雲に打ち込んでも、通じるとは到底思えない。

(だけど)
意を決して、ギーシュは手にした杖を握りしめる。
このまま睨み合っても、先に集中が切れるのは自分だろう。
ならば、玉砕覚悟。
自分が作れるワルキューレは、7体が限度。
1体やられただけで、戦力は大きく削がれる
それでも、たとえ1体ムダにしたとしても、相手の対応を見る。
その上で、残り6体でどうにかする作戦を練る。
一斉に攻撃させるか、それとも一体ずつ繰り出しての持久戦か――――
その判断のためにも、まずは相手の対応傾向が知りたい。
その為なら、1体を使いつぶすのも止む無しだ。


(よし!)
ワルキューレを、じりじりと槍の間合いギリギリまで近づける。
「――――行くぞ!」
一声、気合いとともにワルキューレを突進させる。
突きが来るなら、ワザと喰らって、槍の動きを止める。
薙ぎ払われたら、体で受け止めて武器を掴み取る。
狙いは、あの槍。
ワザと武器の直撃を喰らって、相手の武器を奪い取る。
痛みを感じないワルキューレだから可能となる戦法である。
平民の兵隊を相手にすることを前提とした運用だが、決闘においては有効な戦法だ。
このような決闘の場合、相手の杖を落とさせれば勝利である。
あの槍が杖を兼ねたモノであるのは間違いあるまい。
ならば、ソレを奪った時点で自分の勝ちだ。
もっとも、そんなに上手くいくとはギーシュも思っていない。
相手も自分の獲物を奪われる事は、当然警戒しているハズである。
だからこそ、その防御法を見させてもらう。そのための一撃目。

(さあ、どう出る!)

しかし、騎士は間合いに入られても、依然微動だにしない。
予想外の事態に一瞬、躊躇を覚えるギーシュ。
もしや、何らかの罠?既に何か魔法を唱えていたのか?

(ままよ―――!)
だが、それならそれで、対応を見せて貰う。
そのままワルキューレを突進させて、硬い金属の拳で殴りかかる。
それを、騎士は成す術無く受け入れた――――様に、見えた。

ズシン、と重い音がする。
周囲の女生徒から、小さい悲鳴が上がる。
ワルキューレの拳が直撃したものと思ったらしい。

――――だが、
「中々やるじゃねえか、坊主」
余裕たっぷりの、飄々とした男の声が聞こえてくる。
「速さもそこそこ、力もなかなかにあるじゃねえか」
言って、ニヤリと微笑む男は、ワルキューレの拳を、掌で受け止めていた。
人間に倍する重量を持つゴーレムの、金属の拳を。
片手で、完全に。

そんな常識の埒外にある真似をやっておきながら、騎士はあくまで涼しげに答える。
「方法としても間違っちゃいねえ。
 放出系の魔術じゃあ、オレにはトライアングル以下は無効化されちまう。
 かといって、オレは霊体だからな。何の魔力も籠ってない武器は通じねえ。
 だから、魔力の通ったゴーレムでの直接戦闘って選択は剴切だ。だがな......」
喋りながらも、騎士はワルキューレの拳を掴んで、その金属の腕をひねり上げる。
普通の人間では到底敵わない程にパワーのあるハズのワルキューレが、なす術無く騎士の力に屈してその体勢を崩される。
そこへ――――
「オレの相手をするにゃあ、力不足だぜ――――!」
セリフとともに、騎士はワルキューレの横腹めがけて、あろうことか『蹴り』を叩き込んだ。

一説によれば。
かの英雄を象徴する宝具『ゲイ・ボルク』とは、槍の名前ではなく、その投擲法の名であるという。
それは、槍を足によって投擲するという、特殊な投擲法であった、と。
無論、ランサーは宝具『突き穿つ死翔の槍《ゲイ・ボルク》』の運用にあたっては、手による投擲を行う。
しかし、人々の祈り、尊崇の念によってその存在を編まれる英霊である以上、ランサーにもそのような『要素』は含まれる。
自然、その足が尋常のモノである筈が無い。
さらに、今は契約のルーンによってその力は倍加されている。
その蹴りは、一撃で青銅の木偶人形を叩き折る、ハズ、だった。

――――先程、ルイズはグラモン家の『錬金』についての風聞を口にした。

『グラモンの直系のメイジは、鋼鉄よりも丈夫で、より少ない魔力で『錬金』できる金属を使うって。
 何代か前の当主がソレの製法を発明して、それからグラモン家は武門として有名になったとか......』
この内容は、大筋で間違っていない。
実際、グラモンの貴族は、その特殊な金属により作り出されたゴレームを使って威名を轟かせた。
その金属の製法について訊けば、ルイズの説明と同じ内容の返事が返ってくることだろう。
しかし、ソレは外部の貴族に向けた説明であり、事実は多少異なっている。

何代か前、その『錬金』法を発明したとされる当主は、その実自分で件の金属を発明したのではない。
彼は、召喚術に失敗した結果、偶然に一振りの刀剣を召喚したのだ。
その刀は、縞模様の波打つ様な不思議な紋様で、錆びず、折れず、どんなモノでも切り裂くことができた。
それでいて刃こぼれ一つせず、柳の枝の様にしなる柔軟性をも備えていた。
その特性に着目した当時のグラモンの当主は、その金属を『錬金』により再現しようと試みた。

その刀剣に使われた素材は、こちら側ではダマスカス鋼と呼ばれている。
現代科学においても完全再現が不可能な、まさしく『場違いな工芸品《オーパーツ》』。
もっとも、現在ではかなり本物に近い合金の再現がなされている。
つい最近まで、その製法はもはやロスト・テクノロジーでは無いとされていた。
しかし、近年、本物のダマスカス鋼には、ある特殊な素材が使用されている事が判明する。
その素材の名は、カーボンナノチューブ。
鋼の20倍の強度を持ちながら、それでいて弾力性を持ち、非常な軽量であるという、未だ実用段階にない最先端素材。
ソレを鍛造過程で生成するなど、現代の技術ではおよそ不可能である。

だが、『錬金』という魔法はソレを可能にした。
元となる物質が現存しさえすれば、詳細な構成や含有される元素の種類など知らずとも再現できてしまう。
まさしく、『魔法』と呼ぶに足るデタラメである。
そうして、グラモンのメイジは、ソレが実際に何であるのか解らないままに、その製法を得た。
『錬金』の容易な卑金属を複数組み合わせることで機械的強度を倍加させる組成変化の方法。
そして、その中にカーボンナノチューブを内包する方法をも。
結果、彼らの『錬金』する合金は、ハルケギニアの技術水準を遥かに上回る硬度・靭性を得るに至った。

ランサーの蹴りを受けたのは、そんな金属で作られたワルキューレであった。
衝突によるダメージとは、衝突する物体の質量と速度が大きければ大きいほど、衝突した時間が小さければ小さいほど大きくなる。
そして、金属は変形することによって、衝撃を受けても構造材自体の破壊を免れる。
その高い靭性ゆえに、ワルキューレはランサーの蹴りを受けながらも、全体の破壊だけは免れた。
しかし、そのロスト・テクノロジーをもってしても、その衝撃は強大に過ぎた。
弾性限界を超えた衝撃に、ワルキューレの体が大きくひしゃげる。
それが、この場合災いする。
変形によって衝突時間が長くなれば、確かに破壊へと作用するエネルギーは小さくなる。
しかし、衝突時間が長くなるということは、衝突された物体自体に大きなエネルギーが伝わることを意味している。
つまり、ランサーの蹴りを辛うじて原型を保ったまま受けきったワルキューレは、
通常の物質ならば四分五裂してしかるべき膨大な衝撃力を、運動エネルギーとして受け取った。

結果、

「あ」
蹴りの感触から、0、1秒後の未来を予測したランサーだったが、今更振り抜いた足を止められるハズもなく。
金属の体が持つ重量をも遥かに凌駕する運動エネルギーを加えられたワルキューレは、
轟音をその場に置き去りにして、遥か遠くの、学院の塔の一つに激突した。

ブ厚い石壁、しかも『固定化』の魔法がかけられたソレに衝突した衝撃で、今度こそワルキューレは原型を留めず折れ曲がる。
そして、その下にはタバサに口止めされているルイズがいた、と。


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最終更新:2010年07月17日 20:03
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