赤い外套のゼロ

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赤い外套のゼロ」(2008/03/17 (月) 09:08:38) の最新版変更点

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「私はね魔術師なんだ……」  その言葉はとても悲しげで切なげでまるで届きそうで届かない星に向かって手を伸ばそうとしているみたい。  私は思う、この人はこんなにも凄い魔法使いなのになんで私のことをそんな風な目で見るのだろうかと。  私は魔法の一つも使えない魔法使いだと言うのに……    ほんの僅かな時間を経てまどろみから醒める、目の前には染みの浮いた見知らぬ天井があった。 「此処は……」 「お目覚めですか? ミスヴァリエール」  隣から掛けられた声に振り向くと、そこには学園で何度か見かけたメイドが居た。確かシエスタと言う名前だったっけ? なんでこんなところに。 「あのミスヴァリエール、ミスタコルネリウスは一体何処に……」  そう言われて唐突に思い出す、ウェールズ様、レコンキスタ、去り際のアイツの笑顔。  私にとって無敵としか思えないアイツが見せた儚げな微笑。 「あの馬鹿っ!?」  その意味に思い当たった時、私は全力でアイツのことを罵倒していた。  去り際にアイツに撫でられた頭が疼く。  召喚した時は平民だと思って随分失礼なことを言ってしまった。  私なんか、いや私が知るどんなメイジも及びもつかない魔法使いだと知った時は恥ずかしくて死にそうだった。  私の使い魔をやってくれるって聞いた時は耳を疑い、その後すごく嬉しい気持ちになったっけ。  教えてくれた異世界の魔法は私に貴族の誇りをくれた。  覚えている、なんで私なんかの使い魔をしてくれるのか?と聞いた時の寂しげなアイツの顔を。  ――何、恐いお姉さんの下から助け出してくれた命の恩人に報いるだけのことさ   覚えている、なんで私なんかの面倒をこんなに見てくれるのか?と聞いた時の怒ったようなアイツの顔を。  ――しょうがないじゃないか、私は君の使い魔なのだから。魔術師として一度結ばれた契約を軽視はできんよ。  覚えている、なんでこうまでして私を助けてくれるのか?と聞いた時の嬉しそうなアイツの顔を。  ――知らなかったのかい? 魔術師と言う人種はね馬鹿みたいに身内にだけは甘いのさ!  そう言って赤いコートを翻しておどけたように笑うアイツの背中は、"眠り”のルーンによって齎らされる強制的な意識の断絶を前にして私の心に焼きついて離れない。 「あの馬鹿……そう簡単に死なせるもんですかっ!」  血が出る程に唇を噛み締めながら、私は呟いた。   ○ ○ ○  それはまさに悪夢だった。  レコンキスタの先鞭を務める竜騎士達が見たのは、ただ草原に一人立ち塞がる赤い外套のメイジであった。所詮一人――と侮りがあったことは否定しない。だが彼らをして悪魔と言わしめるだけの恐ろしさがその赤い外套の青年にはあったのだ。 「Repeat!」  青年が一言唱えるたびに紅蓮の焔が舞い上がる、詠唱の間を突こうとした同僚が火達磨になるのを見て新米の竜騎士である“彼”は全速で逃げ出したくなった。  在り得ない、スクウェアかそれ以上の火力を出していることもそうだが、それだけの威力のある魔法を使いながらもただ一言しか詠唱しないことも、自身を守る弾幕の如く魔法を展開していると言うのに精神力に一切の翳りを見せないことも。 「なんだ、なんだお前はぁぁぁぁ」  自身に迫る炎の波を見つめながら、“彼”は絶叫した。 「私かい? 私はねただのしがない魔術師さ」  帰ってきた声には自嘲と“彼”に対する羨望が入り混じっていたことに、果たして“彼”は気づいたか。  いや気づくまい。  これだけのことを為しながら赤い外套の魔術師がこの上なく“彼”のことを羨ましがっていたなど、絶対に“彼”は気づくはずがない。 「さて幕だ」  寂しげにぽつりと呟いたその言葉と共に、“彼”の体を焼き払う灼熱の炎。  唯一の幸運は熱いと思う間も無く“彼”の体が骨まで消し炭になったことだろう。 「――なんて、無様」  “彼”の遺体を眺めながら、齢五十を越えた魔術師は嘆息する。  まるで当り散らすような魔術師行使、これはアオザキに笑われても仕方が無い。  一面の焼け野原となった草原に足を踏み出し、直前に“彼”が行った奇跡に思いを馳せる。 「こうも容易く成し遂げられては本当に形無しだな……」  風吹くところ何処にでも現れる風のユビキタス。  紛うことなき第二魔法を行った魔法使いの遺体を足蹴に、真紅の魔術師は歩いていく。 「知っているかいミスヴァリエール、私たち魔術師と言う人種は魔法使いの成れの果てなんだ」  かつて桃色の髪の魔法使いに語った言葉を、まるで詩のように呟きながら。 「追い抜かれ、骨董品に成り下がった神秘の担い手。届かないと分かってもかつての奇跡<魔法>に向かって挑み続ける愚か者達」  まるで聖人が海を割るように人の波を真っ二つに切り裂いていく。 「私はねこの世界に来て驚愕したよ、奇跡が神秘によらず成立した魔法使いで溢れたこの世界にね」  けれど…… 「これほど素晴らしい世界なのに、何故これほど私の心は空虚なのだろうね」  今ならば分かる、かつての自分がどれほど奢り、くだらない虚栄に満ち、そして溢れんばかりに充実していたのかと言う事を。  魔術師は思う、きっとあの日あの時あの場所でただがむしゃらに魔術の徒として高みを目指す自分は死んだのだろうと。 「さてと、これで粗方……」  パンとシャンパンの栓でも抜いたような音が鼓膜を叩き、魔術師はゆっくりと自分の胸へと視線を落とした。  そこには冗談のような小さな穴が空いており僅かに血が流れている。  あまりにもちゃちな傷すぎて、最初魔術師はそれが何によって抉られた傷なのか分からなかった。 「あっ、あああ、化け物っ、化け物っ……!」  体の下半分を失った兵士が握り締めた鉄の塊が、真っ黒な煙と硝煙の匂いを吐き出しているのを見るだけは。  そして理解してしまえばあとはもう笑うしかなかった、誰よりも魔術師たろうとしていた自分が魔法が現役の世界で、魔力によらない攻撃によって死ぬなど笑い話でしかない。 「危ないな」  笑いながらそう告げると、自分を撃った兵士の横を悠然と通り過ぎる。  直せない傷ではないし、脈々と受け継いできた魔術刻印が死ぬことを許さないだろうが、しかしもはやなにもかも馬鹿らしくなってしまった。 「嗚呼、アオザキ。こんなことなら君に殺されておけばよかった……」  ○ ○ ○  無人の野となった戦場を私は走る。  土の焦げる匂い、空気の燃える匂い、人の焼ける匂い。  むせ返るような血の匂いと、死体が腐る匂いで吐き気が止まらない。  走って、走って、そして辿りついた先で――私は魔法のように恋に落ちた。    見渡す限り焼け焦げた闇に溶け込む真っ黒な草原で、彼はもとから赤いコートを血で染めながらぼんやりと月を見上げていた。   右手に以前一度だけ見せてくれた写真を掴み、焦点の合わない目で透明で視線で空に浮かぶ二つの月を眺めていた。  でも私には分かってしまったのだ、この人が見ているのは月などではなくもっともっと遠くにいる誰かの影だと言う事に。  どうしようもなくコイツが死に惹かれていると言う事に。 「アルバ……」  私は、どうしようもなくコイツを振り向かせたかった。 「コルネリウス・アルバ!」  叫んでも、喚いても、コイツは私に視線を向けようとはしない、それが本当にどうしようもなく悔しかった。 「こっちを見て! 私をちゃんと見なさいよ! なんで、なんで私のことを見てくれないよ!」  ――私はもう『ゼロ』じゃなくなった筈なのに、師匠であり目標でありもっとも身近な相手である筈の相手一人振り向かせることさえ出来ない。 「いいわ、それなら力づくでも振り向かせて見せるから」  コイツにだけは絶対に私のことを認めさせたい。  心の奥底から沸きあがってくる殺意にも似たこの気持ちは、『恋』以外名付けようがないと思われた。 『空の境界』より『コルネリウス・アルバ』召喚
「私はね魔術師なんだ……」  その言葉はとても悲しげで切なげでまるで届きそうで届かない星に向かって手を伸ばそうとしているみたい。  私は思う、この人はこんなにも凄い魔法使いなのになんで私のことをそんな風な目で見るのだろうかと。  私は魔法の一つも使えない魔法使いだと言うのに……    ほんの僅かな時間を経てまどろみから醒める、目の前には染みの浮いた見知らぬ天井があった。 「此処は……」 「お目覚めですか? ミスヴァリエール」  隣から掛けられた声に振り向くと、そこには学園で何度か見かけたメイドが居た。確かシエスタと言う名前だったっけ? なんでこんなところに。 「あのミスヴァリエール、ミスタコルネリウスは一体何処に……」  そう言われて唐突に思い出す、ウェールズ様、レコンキスタ、去り際のアイツの笑顔。  私にとって無敵としか思えないアイツが見せた儚げな微笑。 「あの馬鹿っ!?」  その意味に思い当たった時、私は全力でアイツのことを罵倒していた。  去り際にアイツに撫でられた頭が疼く。  召喚した時は平民だと思って随分失礼なことを言ってしまった。  私なんか、いや私が知るどんなメイジも及びもつかない魔法使いだと知った時は恥ずかしくて死にそうだった。  私の使い魔をやってくれるって聞いた時は耳を疑い、その後すごく嬉しい気持ちになったっけ。  教えてくれた異世界の魔法は私に貴族の誇りをくれた。  覚えている、なんで私なんかの使い魔をしてくれるのか?と聞いた時の寂しげなアイツの顔を。  ――何、恐いお姉さんの下から助け出してくれた命の恩人に報いるだけのことさ   覚えている、なんで私なんかの面倒をこんなに見てくれるのか?と聞いた時の怒ったようなアイツの顔を。  ――しょうがないじゃないか、私は君の使い魔なのだから。魔術師として一度結ばれた契約を軽視はできんよ。  覚えている、なんでこうまでして私を助けてくれるのか?と聞いた時の嬉しそうなアイツの顔を。  ――知らなかったのかい? 魔術師と言う人種はね馬鹿みたいに身内にだけは甘いのさ!  そう言って赤いコートを翻しておどけたように笑うアイツの背中は、"眠り”のルーンによって齎らされる強制的な意識の断絶を前にして私の心に焼きついて離れない。 「あの馬鹿……そう簡単に死なせるもんですかっ!」  血が出る程に唇を噛み締めながら、私は呟いた。   ○ ○ ○  それはまさに悪夢だった。  レコンキスタの先鞭を務める竜騎士達が見たのは、ただ草原に一人立ち塞がる赤い外套のメイジであった。所詮一人――と侮りがあったことは否定しない。だが彼らをして悪魔と言わしめるだけの恐ろしさがその赤い外套の青年にはあったのだ。 「Repeat!」  青年が一言唱えるたびに紅蓮の焔が舞い上がる、詠唱の間を突こうとした同僚が火達磨になるのを見て新米の竜騎士である“彼”は全速で逃げ出したくなった。  在り得ない、スクウェアかそれ以上の火力を出していることもそうだが、それだけの威力のある魔法を使いながらもただ一言しか詠唱しないことも、自身を守る弾幕の如く魔法を展開していると言うのに精神力に一切の翳りを見せないことも。 「なんだ、なんだお前はぁぁぁぁ」  自身に迫る炎の波を見つめながら、“彼”は絶叫した。 「私かい? 私はねただのしがない魔術師さ」  帰ってきた声には自嘲と“彼”に対する羨望が入り混じっていたことに、果たして“彼”は気づいたか。  いや気づくまい。  これだけのことを為しながら赤い外套の魔術師がこの上なく“彼”のことを羨ましがっていたなど、絶対に“彼”は気づくはずがない。 「さて幕だ」  寂しげにぽつりと呟いたその言葉と共に、“彼”の体を焼き払う灼熱の炎。  唯一の幸運は熱いと思う間も無く“彼”の体が骨まで消し炭になったことだろう。 「――なんて、無様」  “彼”の遺体を眺めながら、齢五十を越えた魔術師は嘆息する。  まるで当り散らすような魔術師行使、これはアオザキに笑われても仕方が無い。  一面の焼け野原となった草原に足を踏み出し、直前に“彼”が行った奇跡に思いを馳せる。 「こうも容易く成し遂げられては本当に形無しだな……」  風吹くところ何処にでも現れる風のユビキタス。  紛うことなき第二魔法を行った魔法使いの遺体を足蹴に、真紅の魔術師は歩いていく。 「知っているかいミスヴァリエール、私たち魔術師と言う人種は魔法使いの成れの果てなんだ」  かつて桃色の髪の魔法使いに語った言葉を、まるで詩のように呟きながら。 「追い抜かれ、骨董品に成り下がった神秘の担い手。届かないと分かってもかつての奇跡<魔法>に向かって挑み続ける愚か者達」  まるで聖人が海を割るように人の波を真っ二つに切り裂いていく。 「私はねこの世界に来て驚愕したよ、奇跡が神秘によらず成立した魔法使いで溢れたこの世界にね」  けれど…… 「これほど素晴らしい世界なのに、何故これほど私の心は空虚なのだろうね」  今ならば分かる、かつての自分がどれほど奢り、くだらない虚栄に満ち、そして溢れんばかりに充実していたのかと言う事を。  魔術師は思う、きっとあの日あの時あの場所でただがむしゃらに魔術の徒として高みを目指す自分は死んだのだろうと。 「さてと、これで粗方……」  パンとシャンパンの栓でも抜いたような音が鼓膜を叩き、魔術師はゆっくりと自分の胸へと視線を落とした。  そこには冗談のような小さな穴が空いており僅かに血が流れている。  あまりにもちゃちな傷すぎて、最初魔術師はそれが何によって抉られた傷なのか分からなかった。 「あっ、あああ、化け物っ、化け物っ……!」  体の下半分を失った兵士が握り締めた鉄の塊が、真っ黒な煙と硝煙の匂いを吐き出しているのを見るだけは。  そして理解してしまえばあとはもう笑うしかなかった、誰よりも魔術師たろうとしていた自分が魔法が現役の世界で、魔力によらない攻撃によって死ぬなど笑い話でしかない。 「危ないな」  笑いながらそう告げると、自分を撃った兵士の横を悠然と通り過ぎる。  直せない傷ではないし、脈々と受け継いできた魔術刻印が死ぬことを許さないだろうが、しかしもはやなにもかも馬鹿らしくなってしまった。 「嗚呼、アオザキ。こんなことなら君に殺されておけばよかった……」  ○ ○ ○  無人の野となった戦場を私は走る。  土の焦げる匂い、空気の燃える匂い、人の焼ける匂い。  むせ返るような血の匂いと、死体が腐る匂いで吐き気が止まらない。  走って、走って、そして辿りついた先で――私は魔法のように恋に落ちた。    見渡す限り焼け焦げた闇に溶け込む真っ黒な草原で、彼はもとから赤いコートを血で染めながらぼんやりと月を見上げていた。   右手に以前一度だけ見せてくれた写真を掴み、焦点の合わない目で透明で視線で空に浮かぶ二つの月を眺めていた。  でも私には分かってしまったのだ、この人が見ているのは月などではなくもっともっと遠くにいる誰かの影だと言う事に。  どうしようもなくコイツが死に惹かれていると言う事に。 「アルバ……」  私は、どうしようもなくコイツを振り向かせたかった。 「コルネリウス・アルバ!」  叫んでも、喚いても、コイツは私に視線を向けようとはしない、それが本当にどうしようもなく悔しかった。 「こっちを見て! 私をちゃんと見なさいよ! なんで、なんで私のことを見てくれないよ!」  ――私はもう『ゼロ』じゃなくなった筈なのに、師匠であり目標でありもっとも身近な相手である筈の相手一人振り向かせることさえ出来ない。 「いいわ、それなら力づくでも振り向かせて見せるから」  コイツにだけは絶対に私のことを認めさせたい。  心の奥底から沸きあがってくる殺意にも似たこの気持ちは、『恋』以外名付けようがないと思われた。 『空の境界』より『コルネリウス・アルバ』召喚 ----

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