ゼロの白猫 08

「ゼロの白猫 08」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

ゼロの白猫 08」(2009/01/18 (日) 00:22:52) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

「ご苦労じゃった。よく全員無事に『破壊の杖』を取り戻してきてくれた。しかし、ミス・ロングビルがフーケじゃったとはのう……」  ルイズ達は学院長室にて、今回の件の結果を報告していた。ルイズの足下にはレンも同伴している。  学院に着いた時には、フーケは魘される事はなくなっていた。しかし、それまでの間に全ての力を吸い取られたかのように、人形のようにぐったりとしていた。  フーケの連行は、男性教師共がこぞって申し出たが、結果は女性教師のみで行った。『レビテーション』を使うので、体格や力の有無は関係ない。  なのに何故男性の申し出が多かったのかは、ルイズは考えないことにした。決して、女性に猿轡をかませた上束縛している姿に欲情したからの筈はない。断じてない。 「いったいどのように採用されたのです?」  何故か学院長室にいるコルベールが訪ねる。彼は昨日から学院を離れており、先程戻ってきたところらしい。  院長室へ出向いてみると、彼がオスマンと話している最中だった、と言うわけである  一旦出直そうとしたのだが、何故かコルベールまで報告を聞くことになったのであった。単純にコルベールの事件への関心にオスマンが折れただけかも知れない。 「うむ、彼女と会ったのはとある酒場じゃった。彼女がわしの横を横切ったとき、この手が彼女の尻に悪さをしての」  ぺしっと自分の右手を叩きながら言うオスマン。部屋の中に居る人物の視線が冷たくなった。 「しかし全く怒らんもんじゃから、思わず鷲掴みにしてしまったのじゃ。それでもニコニコしとるんじゃもの。こいつ、わしに惚れとる! とティンと来たのじゃ」  オスマンはうんうんと頷いている。他の面子はじっと冷たい視線を向けるのみだった。 「おまけに魔法まで使えるというんじゃ。こりゃゲッチュせねば、と思うじゃろ?」 「同意を求められても困ります」  コルベールの答えはとてもすげなかった。 「クケーーーッ!!」  オスマンが吼えた。迫力はあったが威厳はなかった。 「思えばあれがフーケの手口じゃったのじゃろう。色仕掛けで相手に近づき、秘宝に近づく。じつにけしからん方法じゃが、まんまと乗せられたという訳じゃ」  もし、視線だけで人を殺せたなら、オスマンは三人と一匹の目力で串刺しにされていたことだろう。  そして、残りの一人はと言うと。 「ま、まあ、そうですな、美しさは罪とはよく言ったものです!」 「じゃろう!?」  あはははは、と乾いた笑いをオスマンへ返していた。その言葉で、こいつも同類か、と三人と一匹は断定したのだった。  ひとしきり笑った後、オスマンがオホンと咳払いをして、ルイズらへ向き直った。 「今回の働きを称えて、諸君らにはシュヴァリエの爵位申請をしておく。ミス・タバサは既にシュヴァリエを授与されておるから、精霊勲章の授与申請をしておこう」  ルイズたちの顔が輝いた。が、その後でルイズの顔が曇る。今回、自分はフーケの捕縛にほとんど役に立っていないのだ。一番働いたのは、彼女の使い魔のレンである。  使い魔の功績は主の功績。それが当然なのであるが、何だかルイズはすっきりしなかった。何かこの猫にあげられるものはないのか、と考えてレンをちらっと見てみると、レンも自分を見上げている。  その目を見て思い出した。あの破壊の杖のことをオスマンに聞かねばならないという事を。訪ねるならば今が絶好のチャンスだ。意を決してルイズはオスマンへ問いかけた。 「オールド・オスマン。お聴きしたい事がございます」 「なんじゃね?」 「その『破壊の杖』とは何なのですか? どう見ても杖には見えないのですが」  質問するルイズを、オスマンの鋭くなった瞳が見つめてくる。萎縮しそうになるルイズだが、彼女も此処で退くわけには行かないのだ。  ほんの数秒、オスマンとルイズは見つめ合っていたが、やがてオスマンの目尻が下がり、髭を撫でながら言った。 「そうじゃのう、これの為に骨を追ってくれた君たちになら話しても良いか。少々長い話になるが良いかね?」  異論などあろうはずもない。その場に居る全員が頷いた。それを確認してオスマンが語りだす。 「今から30年は前の話じゃ。わしは森の中を散策しておった。そこを運悪くワイバーンに襲われてのう」  ワイバーンとは、大きな翼を持ち、高い機動力で空を自在に飛び回り、鉤爪で相手を引き裂く、でかいトカゲのようなモンスターだ。ドラゴンのようにブレスは吐かないものの、凶暴で危険な相手である。  「最早ここまでか、と覚悟したところで、変わった御仁と出会ったんじゃ。その人が『破壊の杖』を向けると、ワイバーンが爆発したのじゃ。それでわしは九死に一生を得ることができた」  一同の顔に驚愕の念が浮かぶ。先程述べたように、ワイバーンはかなりの難敵だ。倒す、と言うだけならともかく、魔法の一撃だけで倒すとなると、相当上位のメイジでなければ不可能だ。 「ワイバーンを倒すと同時に、その人は倒れた。よく見るとその人はひどい怪我を負っておった。恩人を死なせてはならぬとわしも手を尽くしたのじゃが……」 「亡くなられたのですか」  ルイズの質問に、オスマンは目を伏せて頷いた。 「彼はずっと『元の世界に帰りたい』と言っておった。世界、と言う言葉の意味は分からなかったが、故郷へ戻りたがっていた事は理解できた。しかし情けないことに、彼の所属は全く持って掴めずじゃった。結局、亡骸はこのトリステインに葬ることにしたのじゃよ」  もしも、レンの話どおりに『月が一つしかない世界』が実在したとして、そんな異世界からやってきたのだとしたら、手がかりがつかめないというのは当然だろう。 「その人は2本の『破壊の杖』を持っておった。ワイバーンに使用した一本はその人と一緒の墓に入れ、もう一本は恩人の形見の品として宝物庫に保管したのじゃ。『破壊の杖』と名付けて、な」  学院に保管していたのは、『破壊の杖』の危険性を考えただけでなく、恩人の形見を自分の手元に置いておきたい、という意図もあったらしい。 「じゃが、あの杖はどんなにわしが振っても同じ魔法が出せなんだ。もしかすると、あの人だけが使える魔法だったのかもしれん。もう確かめようもないがの」  レンは『破壊の杖』の事を銃と言っていた。それが本当なら、あれはワイバーンをも一撃で倒す銃と言うことになる。その事実にルイズは戦慄した。 「さて、湿っぽい話は終わりじゃ。フーケは捕らえ、破壊の杖も戻ってきた。今宵の『フリッグの舞踏会』は予定通りとりおこなおう。今日の主役は諸君らじゃ。楽しんできてくれたまえ」 「そうでした! フーケの騒ぎですっかり忘れるところでした!」  キュルケが応える。年頃の貴族において、舞踏会というものに憧れない者はほとんど居まい。キュルケは微熱を燃え上がらせるチャンスだ、と張り切っている。  三人は一礼すると、今宵の舞踏会に向けて部屋から退室した。 「結局手がかりは無し、か。がっかりね、学院長まであの調子じゃ帰れるのは何時になるのやら」  ルイズの部屋で、人型になったレンがため息を付きながらが言う。  人の姿になったのはルイズがそう命じたためだ。ルイズが命じると、レンは嫌そうな顔――猫の時でも表情は有るものだ――また一瞬で猫から幼女になった。そして開口一番に出た言葉がこれである。   「それで、何の用? 私はご飯食べに行きたいんだけど」 「レン、あんた帰りの馬車で何してたの?」 「あら、何の話ですかマスター?」  不適に微笑んで返してくるレン。ルイズは声を荒げて追求する。 「眠ってるフーケに何かしたでしょ!? すっごく……う、魘されてたじゃない!」  喘いでいた、とはとてもいえない乙女なルイズ。もにょもにょと言葉を濁すルイズに、レンは妖しげな流し目を送る。 「……聞きたいですか?」 「だから言いなさいって言ってるじゃない!」  追求の手を緩めないルイズ。そんなルイズの姿にレンは一層笑みを深くする。だが、その笑いは、 「もう一度お聞きします、マスター。ホ ン ト ウ ニ オ シ リ ニ ナ リ タ イ デ ス カ ?」  にっこりと微笑んでいるレンの顔はとても綺麗なはずのに、ケタケタ笑うその口は、まるで悪魔のようにも感じられた。 「わ、分かったわよ、そんなに言いたくないなら聞かないで上げるわよ」 「お気遣い痛み入ります」  暖かい気温なのに、いつの間にか背筋を濡らす汗。それを極力意識しないようにして会話を切り上げる。  レンは相変わらず笑っているが、先ほどの禍々しい雰囲気は雲散霧消していた。  胸を撫で下ろすルイズだが、もちろんすっきりしない。これでは主人の威厳とか尊厳とかいうものが無いではないか。  そんなルイズを置いてけぼりに、レンが話を振ってくる。 「それじゃ、舞踏会楽しんでらっしゃい」 「あんたはどうするの?」 「ご飯食べて寝るわ。今日は疲れたし」  ぐーっと伸びをしながらレンは言った。 「疲れたのは私もよ……」 「舞踏会は御褒美に近いでしょ。せいぜい素敵なジェントルマンを射止めてきなさいな」  ひらひらとルイズへ手を振るレン。使い魔に見送られながら、ルイズは着替える為に会場へと向かった。 「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢の、おなーーーりーーー!!」  衛士がルイズの到着をホールに居る貴族たちへ告げる。  今回の主役であるルイズは、主役に相応しい格好に着替えていた。真っ白いパーティドレスに、ドレスとおそろいの色の長手袋。自慢のピンクブロンドの髪はバレッタでまとめてある。  肩と胸元が露出しており、そこが寂しくないように、赤いガーネットがあしらわれた首飾りを身に着けた。香水はフローラルのカーネーションを選んだ。  ガーネットは真実・忠実といった事を象徴する宝石。カーネーションの花言葉は『あらゆる試練に耐えた誠実』。どちらも、今回盗賊の事件を解決したルイズにはぴったりだろう。  何処に出ても恥ずかしくない万全の状態で、ルイズはホールへと入場した。  場内がどよめく。普段『ゼロ』と蔑んできたルイズが、見事なレディの姿になっていることに皆驚いたらしい。  男子生徒はこぞってルイズへとダンスの誘いをかけてきた。  キュルケとタバサはも既にホールにやってきていた。  キュルケの方は、黒い派手なパーティードレスに身を包んでいる。しかし、これまた際どい。胸元はおろか、浅黒い色の腹と臍まで見えているではないか。コルセットはどうした。  しかして、男どもの多くはそんなキュルケの野生的な色気に惹かれているらしい。ルイズと同じように多くの男性のダンスの誘いを受けている。  それはまあいい。良くないのは、どの男子もキュルケの顔ではなく剥き出しの谷間を見ている事だ。視線が下を向いていることに気付かない女など居ないぞ、自重しろ。  タバサも同じく黒のパーティードレス。しかしキュルケとは違って、殆ど素のままの簡易なドレスだ。飾りと言えば、胸にアクアマリンが少々付いている程度。  そして振る舞いもキュルケとは対照的で、ダンスの誘いなど全く受けず、テーブルにおかれた料理を食べることに専念している。  タバサが居るテーブルだけ、空の皿が積み上げられていた。恐ろしく苦いはしばみ草のサラダを食べ始めたとき、ルイズは自分の目を疑った。  いつまでも二人の様子を観察している暇はない。目の前の貴族達がこぞってダンスに誘ってきているのだ。  その中の一人の手を取り、ルイズは頭の中で練習していた言の葉を告いだ。 「私と踊っていただけますか、ジェントルマン」  手を取られた一人の男性は微笑み、ルイズをホールの中心へとエスコートする。そして、ルイズにとって初めての『フリッグの舞踏会』が始まったのだった。  数人の男子達と踊り終えた後、一休みするためにバルコニーへ出る。外の空気はホールの熱気に比べると冷えていて、胸に染み渡る。  何故だろう。  貴族の男連中からこぞってダンスの申し込みを受けているのに。オスマンは自分たちにシュヴァリエの爵位を与えると言ってくれたというのに。この場にいる者たち全員が自分を認めている、それなのに。たいして嬉しくない。  自分がゼロと蔑まれず、持て囃されているこの空間において、ルイズが一番大きく感じるのは、虚しさだった。   (……どうして)  男連中が自分の眼鏡にかなわないから? いや、確かに自分が知っている男性に比べれば、学院の生徒連中などお子様だが、それが原因ではない、気がする。  舞台が自分に物足りないから? それも違う。舞踏会のホールは申し分なく煌びやかで、楽士たちが流すメロディーはダンスの動きをより流麗に導いてくれる。  それでは、一体何が足りないというのか。 「……馬鹿みたい」  まるで無いものねだりをしている駄々っ子だ。自分の思考にルイズ自身が呆れる。  舞踏会のために照明がたくさん使われているためか、今日はいつもよりも星が見える量が少ない。それでも星は満天に輝き、天空から地上へと降り注いでいた。  空を眺めて星の光を追って地上へ目を向けると、星明りと学院の照明に照らされて、白い物が動いているのが見えた。 「レン……?」  ちらりとしか見えなかったが、間違いなく彼女の使い魔のレンだった。  時間からしてもう食事は終えたはずだ。なのに何故とことこと外を出歩いているのか。食事をしたらすぐ寝るといっていたのに? 「……」  気が付くと、自分でも何がしたいのか分からぬまま、ルイズはバルコニーから階下へと続く階段を下りていた。  外に出た時には、もうレンの姿は見当たらなかった。確か、中庭の方へ向かっていたはずだ。そちらへ向かって一人で歩いていく。  一体何をしているのだろう、とルイズは自問する。せっかくの舞踏会だというのに、途中で抜け出して自分の使い魔を追いかけるなんて。  中庭の入り口までたどり着いた時、ルイズは息を呑んだ。 「―――」  そこは、舞踏会場だった。  照らすのはきらきらと輝かしい照明ではなく、優しく穏やかな星明り。  音楽は風にそよぐ草の音、虫の声、そしてかすかに聞こえるホールからの旋律。  中庭の中心では、静かな調べにのって、レンが両腕を広げて、何かを祝福するようにくるくると回っていた。  お伽噺の中から抜け出た妖精のように優雅なステップを刻む。その様はまるで周りの自然が祝福しているようだった。  ようやく気が付いた。あのホールに足りなかったのは、たった一つ、しかし絶対に欠いてはならないもの。  主役だ。フーケ討伐において誰よりも活躍した立役者である、レンが居なかったのだ。  今この場には、彼女を照らす明かりがあり、彼女を導く音楽があり、彼女を見つめる観客がある。舞台は完全に整い、そこで主役が踊っている。ならばこの場が本当の舞踏会場ではないか―――。  ルイズが益体もない考えにふけっていると、曲が終わり、レンのステップも止まった。   「何してるのルイズ」  その声に、心臓が飛び出るほど驚いた。いつの間にかレンがルイズの方へ向き直っているのだ。まあ中庭入り口に隠れもせずに突っ立っているのだから見つかるのは当たり前だ。 「あ、あんたが食事の後はすぐ寝るとか言ってたのにうろうろしてるから見に来たんじゃない」 「舞踏会はどうしたのよ? 音楽が聞こえるし、まだ終わってないんでしょ?」  当然の疑問にルイズの受け答えが詰まる。素直に『あんたを見かけたから追いかけてきた』等とは言えない。 「禄な男性が居ないんだもの。抜けてきたわ」 「ふーん。中世と言えど本当の紳士というのは少ないのかしらね?」  あまり興味がなさそうに呟くレン。ルイズはそんなレンを見て、なんだか分からないけどちょっと腹が立ってきた。 「あんたこそこんなところで何してんのよ。誰かに見られたらどうする気?」 「ちょっと踊ってただけじゃない。誰かに見られるような失敗はしないわよ」 「私には見つかったじゃない」 「あら、使い魔の私がマスターの接近に気づかないとでも?」  減らず口の減らない使い魔である。だからこそ減らず口と言うのだろうが。 「……レン、あんた踊れるのね」 「淑女の嗜みというものですわ」  得意げに言うレン。ルイズは、顔が紅くならないように注意しながら、レンへ命令した。 「じゃあ、わ、私と踊りなさい」  ちょっとだけどもってしまったが、割と自然に言えたとルイズは思った。しかしレンは怪訝な顔。 「ルイズ、男性パートなんて踊れるの?」 「そんなわけないでしょ。男役はあんたよ」 「……自分より小さい同性の相手に男役を勤めろと?」 「ごちゃごちゃ言わないの! 私の使い魔ならそれくらいやって見せなさいよ!!」  理屈の合わない、我侭な命令だということはルイズ自身も理解している。だが、今ルイズはここを離れたくなかった。レンと離れたくなかった。ここで開かれている舞踏会に、どうしても参加してみたくなったのだ。  主の無茶苦茶な命令に、レンは髪を書き上げてため息をひとつ。   「全く、我侭っぷりはあいつといい勝負ね……」  そう言うと、レンはルイズの手をとって、お辞儀をしてきた。 「では、私と踊っていただけますか、マドモアゼル」  表情は相変わらず、格好に不相応な不適な笑顔。しかし礼節に則った、完璧なお誘いだった。  自分の使い魔のお誘いに、ルイズもにやりと微笑んだ。 「ええ、喜んで」  そして、二人だけの舞踏会が幕を開けた。 「あんた、男性役もうまいじゃない……」  ルイズは素直に驚いていた。レンのステップは軽やかで優雅だ。全くルイズの足を踏むようなこともなく、むしろこちらの動きを読んでいるように体全体をリードしてきて、すごく踊りやすい。社交会に慣れていない学生貴族とは雲泥の差だ。  微かに聞こえる旋律に乗って二人は踊る。次第に熱は高まっていき、ルイズの視界にはレンしか映らなくなる。 「人生経験の賜物というものですわ」  自分よりも見た目で5つ以上は離れていそうな幼女に人生を語られるのは、非常に複雑な気分だった。 「そういえば、あんた何歳なの? 見た目どおりの年齢じゃないんでしょ?」 「マスター、女性に年齢を聞くなど野暮ですわよ?」  そうレンが言うと、ルイズは行き成り落下した。 「ひゃ――!?」  瞬きの内に落下感は収まる。ぐるんと回った視界に写るのは、一面の星空と、レンの妖しい笑顔だった。  なんてことはない、要するに思いっきりレンがルイズの背中を仰け反らせたらしい。レンがしっかり支えていたので倒れることはなかったが。 「な、んてことすんのよこのバカ!?」 「ダンスの終焉ですのよ? 締めは派手な方が喜ばれますわ、ねえ?」  そういってレンは広場の入り口へ視線を転じた。どうじに、ぱちぱちぱちと拍手が帰ってくる。  ぎょっとしてルイズもレンの視線を追う。そこには、ドレス姿のままのキュルケとタバサがいた。 「まさか使い魔と二人だけの舞踏会をしてるなんて思わなかったわー」  拍手しながらキュルケが言ってきた。 「あんたたち!? どうしてこんな所にいるのよ!?」 「いや、いい加減男連中の相手も飽きてきてさー、気がついたらあなたがいないじゃない。気分転換に探しに来てあげたのよ」 「タバサは付き添い? 貴女も割りと付き合いが良いのね」  タバサはキュルケが引っ張ってきたのである。料理が乗せられたテーブルから彼女を引き剥がすのはなかなかの重労働だった。結局今は手に持った大皿いっぱいに盛られたはしばみ草のサラダをもくもくと食べている。  キュルケは体制を立て直している二人へ近寄ると、ルイズを強引に抱き寄せた。 「ちょ、ちょっと何よキュルケ!?」 「せっかくの舞踏会、今度は私と踊ってくださらない、ミス?」 「はぁ!? なんで私がツェルプストーの女と踊らなきゃ、ってあんた話し聞きなさいよー!?」  ルイズの言葉を聞き流してステップを踏む。先ほどのレンの踊りよりも激しく、より情熱的に。  キュルケは、レンに言われた『自分は何もできなかった』ということが、あれからずっと引っかかっていたのだ。  おかげでダンスの最中も上の空。あろうことかダンスパートナーの足を踏んづけてしまった。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーにあるまじき失態である。  調子が狂っている、と自覚して休憩していると、いつの間にかルイズが消えていた。  その時、思い浮かんだのはあの白い幼女と、護送中にあられもない声をあげていたフーケ。 (まさか……ルイズまで!?)  男性経験が豊富なキュルケ嬢。脳裏に生々しいイメージが浮かんだ。  両手は拘束具で固定され、衣服は無惨に引き裂かれている。体中に鬱血の痕があり、乳房の辺りは特に多く、なだらかだった胸は先端に引っ張られるように全体が膨れ上がっていた。  だらしなく開いた口から涎を垂らし、鳶色の瞳は人形のように光がない。両足が投げ出されている所為で隠すところは丸見えで、くぱぁと開いた桜色の火所からごぽりと溢れ、水溜まりになり、鼻を覆いたくなるほど強い臭気を発する白濁――。  激烈に嫌な予感に襲われたキュルケが学院を探した結果、すぐにルイズは見つかった。なんと使い魔と仲良く踊っていたというオチである。予感は大外れだった。  しかし、その光景を見て、キュルケの中で何かが燃え上がった。恋の微熱とは違う、しかし負けぬほどに熱い何か。それは単純に言うと、この使い魔への対抗心。複雑に言えば、嫉妬のようなものも混じっていたかも知れない。  そんなわけで、使い魔からルイズのダンスパートナーを奪っていたわけである。ルイズも渋々ながら、キュルケと共に踊っていた。 「なかなかダンスがお上手ね、ルイズ?」 「ヴァリエール家の娘としてこれ位当たり前よ。あんたはさっき、パートナーを踏んでたけどね。私の足は踏まないでよ」  気付かれていたのか。キュルケの笑みが少し引き攣る。  だが、言葉くらいで今のキュルケは止まらない。より一層ダンスの動きを激しく、熱くさせていく。飛び散る珠のような汗は、明かりを反射して宝石のように輝いていた。 (どうよ)  ちらりとレンの様子を横目で伺ってみる。  その時、キュルケは自分が信じがたい物を眼にしたのだった。 「キュルケは何やってるのかしらね」  隣に来たルイズの使い魔が呟いているが、タバサにとってはどうでも良いことだ。舞踏会の事も、中庭に連れてこられたことにも興味はない。  今考えていることと言えば、会場に戻って料理を追加したいことくらいだ。そろそろ持ってきたはしばみ草が尽きそうなのである。  もしゃもしゃとはしばみ草を租借していると、レンがタバサへ話しかけてきた。 「せっかくだし、私と踊っていただけませんか、ミス・タバサ」  レンの誘いを無視するタバサ。どうでも良い。この使い魔の事にはもう興味はないし、踊ってやる義理も義務も無いのだから。  だが、続いたレンの言葉にはしばみ草を噛む口の動きが止まった。 「それとも、貴女も自分の使い魔と踊るの?」  思わずレンの顔を見てしまう。それがこの使い魔の思うつぼだったと気付くが、もう遅い。レンはニマニマと嫌らしい笑いを浮かべている。 「こう言うときは踊るものよ、さあ」  手を差し伸べてくるレンの意図は全く掴めない。一体自分を踊らせて何をしたいというのか。  しかし、もし自分の使い魔の秘密に気付いているのなら、放置しておくのはまずいかも知れない。仕方なく、タバサはレンの手を取るのだった。 「貴女は女性役で良いわ」  そう言うと、先程ルイズと踊ったときのように、優雅に踊り出すレン。  タバサはちょっと不思議な気分だった。自分は同年代の女性と比べると小柄だ。そんな自分よりも背が低く小柄な幼女がしっかりと自分を導き、リードしてくる。今まで味わったことがない感覚である。   「……何が望み」  ともあれ、この白い幼女が自分の使い魔の正体に気付いているなら、何らかの形で口を封じねばならない。  慎重に相手の動向を探ろうとするタバサに対して、レンは一言。 「別に何も。貴女一人だけ突っ立ってられても目障りだっただけよ」  そう言いながら、くるりとタバサをターンさせる。 「……シルフィードのことは」 「何のことか分からないわね。けど、私は相手の秘密を徒に広めるようなことはしないし、また広められるような立場でもないわよ」  そう言うと今度はレンがターン。男性役がターンするのは珍しいがこの場では咎める物は居ない。;y=ーでターンしようとしていたら止めるかも知れないが。  ふと、タバサは自分に向けられている視線を感じた。しかも複数。  一つはキュルケだ。レンと踊っている自分を見て、なにやら激しい視線を送ってきている。  もう一つは、この場からかなり離れた木の上から。どうしてそんなことが分かるのかと言えば、視線の主が彼女の使い魔だからだ。タバサと、タバサと踊っているレンをじーっとうらやましそうに見ているのが分かる。  これは後で二人ともあやさなねばならないだろう。タバサはため息を吐いた。  そして、曲が止まる。ダンスが終わると、すぐにキュルケはルイズから離れ、レンと踊っていたタバサを抱き寄せた。 「全く、ダンスパートナーにため息を吐かせるなんて駄目ねえ。タバサ、今度は私が踊ったげるわ」  キュルケはそういって、タバサの返事も待たずに踊りだす。その踊りの激しさは、何度も踊ってきたにもかかわらず、今日一番のものだった。  呆然としているルイズにレンが傍にやってくる。 「ご満足いただけましたか、マスター?」  そういって微笑むレン。頷きそうになるルイズだが、キュルケとタバサの踊りをみて気が変わった。何より、まだ音楽は続いている。舞踏会は終わっていない。 「なに言ってるのよ。私と踊りなさいって最初に言ったでしょ。あんた主人を壁の花にする気?」 「そうですか。私でよければ勤めさせていただきますわ」  慇懃無礼に一礼すると、レンは再度ルイズの手をとった。レンは3度目のダンスも男性役。優雅に踊る幼女がルイズのステップをより華麗にする。 「レン。私、しっかりあんたの世話もしてあげる。それから、もっともっと立派なメイジになるから」    じっとレンの紅い瞳を見て、告げる。   「だから、あんたもちゃんと私の使い魔の仕事を果たしなさいよ」  そう言われたレンは、にっこりと微笑んでルイズへ返した。 「向こうへの行き方の捜索も忘れないでね?」  くすくすと笑うレンにつられて、ルイズにも微笑みが漏れた。  笑いながら踊りは続く。この一晩はルイズのみならず、4人にとって大切な思い出となったのだった。 ---- [[back>ゼロの白猫 07]] / [[ゼロの白猫]]
#navi(ゼロの白猫) 「ご苦労じゃった。よく全員無事に『破壊の杖』を取り戻してきてくれた。しかし、ミス・ロングビルがフーケじゃったとはのう……」  ルイズ達は学院長室にて、今回の件の結果を報告していた。ルイズの足下にはレンも同伴している。  学院に着いた時には、フーケは魘される事はなくなっていた。しかし、それまでの間に全ての力を吸い取られたかのように、人形のようにぐったりとしていた。  フーケの連行は、男性教師共がこぞって申し出たが、結果は女性教師のみで行った。『レビテーション』を使うので、体格や力の有無は関係ない。  なのに何故男性の申し出が多かったのかは、ルイズは考えないことにした。決して、女性に猿轡をかませた上束縛している姿に欲情したからの筈はない。断じてない。 「いったいどのように採用されたのです?」  何故か学院長室にいるコルベールが訪ねる。彼は昨日から学院を離れており、先程戻ってきたところらしい。  院長室へ出向いてみると、彼がオスマンと話している最中だった、と言うわけである  一旦出直そうとしたのだが、何故かコルベールまで報告を聞くことになったのであった。単純にコルベールの事件への関心にオスマンが折れただけかも知れない。 「うむ、彼女と会ったのはとある酒場じゃった。彼女がわしの横を横切ったとき、この手が彼女の尻に悪さをしての」  ぺしっと自分の右手を叩きながら言うオスマン。部屋の中に居る人物の視線が冷たくなった。 「しかし全く怒らんもんじゃから、思わず鷲掴みにしてしまったのじゃ。それでもニコニコしとるんじゃもの。こいつ、わしに惚れとる! とティンと来たのじゃ」  オスマンはうんうんと頷いている。他の面子はじっと冷たい視線を向けるのみだった。 「おまけに魔法まで使えるというんじゃ。こりゃゲッチュせねば、と思うじゃろ?」 「同意を求められても困ります」  コルベールの答えはとてもすげなかった。 「クケーーーッ!!」  オスマンが吼えた。迫力はあったが威厳はなかった。 「思えばあれがフーケの手口じゃったのじゃろう。色仕掛けで相手に近づき、秘宝に近づく。じつにけしからん方法じゃが、まんまと乗せられたという訳じゃ」  もし、視線だけで人を殺せたなら、オスマンは三人と一匹の目力で串刺しにされていたことだろう。  そして、残りの一人はと言うと。 「ま、まあ、そうですな、美しさは罪とはよく言ったものです!」 「じゃろう!?」  あはははは、と乾いた笑いをオスマンへ返していた。その言葉で、こいつも同類か、と三人と一匹は断定したのだった。  ひとしきり笑った後、オスマンがオホンと咳払いをして、ルイズらへ向き直った。 「今回の働きを称えて、諸君らにはシュヴァリエの爵位申請をしておく。ミス・タバサは既にシュヴァリエを授与されておるから、精霊勲章の授与申請をしておこう」  ルイズたちの顔が輝いた。が、その後でルイズの顔が曇る。今回、自分はフーケの捕縛にほとんど役に立っていないのだ。一番働いたのは、彼女の使い魔のレンである。  使い魔の功績は主の功績。それが当然なのであるが、何だかルイズはすっきりしなかった。何かこの猫にあげられるものはないのか、と考えてレンをちらっと見てみると、レンも自分を見上げている。  その目を見て思い出した。あの破壊の杖のことをオスマンに聞かねばならないという事を。訪ねるならば今が絶好のチャンスだ。意を決してルイズはオスマンへ問いかけた。 「オールド・オスマン。お聴きしたい事がございます」 「なんじゃね?」 「その『破壊の杖』とは何なのですか? どう見ても杖には見えないのですが」  質問するルイズを、オスマンの鋭くなった瞳が見つめてくる。萎縮しそうになるルイズだが、彼女も此処で退くわけには行かないのだ。  ほんの数秒、オスマンとルイズは見つめ合っていたが、やがてオスマンの目尻が下がり、髭を撫でながら言った。 「そうじゃのう、これの為に骨を追ってくれた君たちになら話しても良いか。少々長い話になるが良いかね?」  異論などあろうはずもない。その場に居る全員が頷いた。それを確認してオスマンが語りだす。 「今から30年は前の話じゃ。わしは森の中を散策しておった。そこを運悪くワイバーンに襲われてのう」  ワイバーンとは、大きな翼を持ち、高い機動力で空を自在に飛び回り、鉤爪で相手を引き裂く、でかいトカゲのようなモンスターだ。ドラゴンのようにブレスは吐かないものの、凶暴で危険な相手である。  「最早ここまでか、と覚悟したところで、変わった御仁と出会ったんじゃ。その人が『破壊の杖』を向けると、ワイバーンが爆発したのじゃ。それでわしは九死に一生を得ることができた」  一同の顔に驚愕の念が浮かぶ。先程述べたように、ワイバーンはかなりの難敵だ。倒す、と言うだけならともかく、魔法の一撃だけで倒すとなると、相当上位のメイジでなければ不可能だ。 「ワイバーンを倒すと同時に、その人は倒れた。よく見るとその人はひどい怪我を負っておった。恩人を死なせてはならぬとわしも手を尽くしたのじゃが……」 「亡くなられたのですか」  ルイズの質問に、オスマンは目を伏せて頷いた。 「彼はずっと『元の世界に帰りたい』と言っておった。世界、と言う言葉の意味は分からなかったが、故郷へ戻りたがっていた事は理解できた。しかし情けないことに、彼の所属は全く持って掴めずじゃった。結局、亡骸はこのトリステインに葬ることにしたのじゃよ」  もしも、レンの話どおりに『月が一つしかない世界』が実在したとして、そんな異世界からやってきたのだとしたら、手がかりがつかめないというのは当然だろう。 「その人は2本の『破壊の杖』を持っておった。ワイバーンに使用した一本はその人と一緒の墓に入れ、もう一本は恩人の形見の品として宝物庫に保管したのじゃ。『破壊の杖』と名付けて、な」  学院に保管していたのは、『破壊の杖』の危険性を考えただけでなく、恩人の形見を自分の手元に置いておきたい、という意図もあったらしい。 「じゃが、あの杖はどんなにわしが振っても同じ魔法が出せなんだ。もしかすると、あの人だけが使える魔法だったのかもしれん。もう確かめようもないがの」  レンは『破壊の杖』の事を銃と言っていた。それが本当なら、あれはワイバーンをも一撃で倒す銃と言うことになる。その事実にルイズは戦慄した。 「さて、湿っぽい話は終わりじゃ。フーケは捕らえ、破壊の杖も戻ってきた。今宵の『フリッグの舞踏会』は予定通りとりおこなおう。今日の主役は諸君らじゃ。楽しんできてくれたまえ」 「そうでした! フーケの騒ぎですっかり忘れるところでした!」  キュルケが応える。年頃の貴族において、舞踏会というものに憧れない者はほとんど居まい。キュルケは微熱を燃え上がらせるチャンスだ、と張り切っている。  三人は一礼すると、今宵の舞踏会に向けて部屋から退室した。 「結局手がかりは無し、か。がっかりね、学院長まであの調子じゃ帰れるのは何時になるのやら」  ルイズの部屋で、人型になったレンがため息を付きながらが言う。  人の姿になったのはルイズがそう命じたためだ。ルイズが命じると、レンは嫌そうな顔――猫の時でも表情は有るものだ――また一瞬で猫から幼女になった。そして開口一番に出た言葉がこれである。   「それで、何の用? 私はご飯食べに行きたいんだけど」 「レン、あんた帰りの馬車で何してたの?」 「あら、何の話ですかマスター?」  不適に微笑んで返してくるレン。ルイズは声を荒げて追求する。 「眠ってるフーケに何かしたでしょ!? すっごく……う、魘されてたじゃない!」  喘いでいた、とはとてもいえない乙女なルイズ。もにょもにょと言葉を濁すルイズに、レンは妖しげな流し目を送る。 「……聞きたいですか?」 「だから言いなさいって言ってるじゃない!」  追求の手を緩めないルイズ。そんなルイズの姿にレンは一層笑みを深くする。だが、その笑いは、 「もう一度お聞きします、マスター。ホ ン ト ウ ニ オ シ リ ニ ナ リ タ イ デ ス カ ?」  にっこりと微笑んでいるレンの顔はとても綺麗なはずのに、ケタケタ笑うその口は、まるで悪魔のようにも感じられた。 「わ、分かったわよ、そんなに言いたくないなら聞かないで上げるわよ」 「お気遣い痛み入ります」  暖かい気温なのに、いつの間にか背筋を濡らす汗。それを極力意識しないようにして会話を切り上げる。  レンは相変わらず笑っているが、先ほどの禍々しい雰囲気は雲散霧消していた。  胸を撫で下ろすルイズだが、もちろんすっきりしない。これでは主人の威厳とか尊厳とかいうものが無いではないか。  そんなルイズを置いてけぼりに、レンが話を振ってくる。 「それじゃ、舞踏会楽しんでらっしゃい」 「あんたはどうするの?」 「ご飯食べて寝るわ。今日は疲れたし」  ぐーっと伸びをしながらレンは言った。 「疲れたのは私もよ……」 「舞踏会は御褒美に近いでしょ。せいぜい素敵なジェントルマンを射止めてきなさいな」  ひらひらとルイズへ手を振るレン。使い魔に見送られながら、ルイズは着替える為に会場へと向かった。 「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢の、おなーーーりーーー!!」  衛士がルイズの到着をホールに居る貴族たちへ告げる。  今回の主役であるルイズは、主役に相応しい格好に着替えていた。真っ白いパーティドレスに、ドレスとおそろいの色の長手袋。自慢のピンクブロンドの髪はバレッタでまとめてある。  肩と胸元が露出しており、そこが寂しくないように、赤いガーネットがあしらわれた首飾りを身に着けた。香水はフローラルのカーネーションを選んだ。  ガーネットは真実・忠実といった事を象徴する宝石。カーネーションの花言葉は『あらゆる試練に耐えた誠実』。どちらも、今回盗賊の事件を解決したルイズにはぴったりだろう。  何処に出ても恥ずかしくない万全の状態で、ルイズはホールへと入場した。  場内がどよめく。普段『ゼロ』と蔑んできたルイズが、見事なレディの姿になっていることに皆驚いたらしい。  男子生徒はこぞってルイズへとダンスの誘いをかけてきた。  キュルケとタバサはも既にホールにやってきていた。  キュルケの方は、黒い派手なパーティードレスに身を包んでいる。しかし、これまた際どい。胸元はおろか、浅黒い色の腹と臍まで見えているではないか。コルセットはどうした。  しかして、男どもの多くはそんなキュルケの野生的な色気に惹かれているらしい。ルイズと同じように多くの男性のダンスの誘いを受けている。  それはまあいい。良くないのは、どの男子もキュルケの顔ではなく剥き出しの谷間を見ている事だ。視線が下を向いていることに気付かない女など居ないぞ、自重しろ。  タバサも同じく黒のパーティードレス。しかしキュルケとは違って、殆ど素のままの簡易なドレスだ。飾りと言えば、胸にアクアマリンが少々付いている程度。  そして振る舞いもキュルケとは対照的で、ダンスの誘いなど全く受けず、テーブルにおかれた料理を食べることに専念している。  タバサが居るテーブルだけ、空の皿が積み上げられていた。恐ろしく苦いはしばみ草のサラダを食べ始めたとき、ルイズは自分の目を疑った。  いつまでも二人の様子を観察している暇はない。目の前の貴族達がこぞってダンスに誘ってきているのだ。  その中の一人の手を取り、ルイズは頭の中で練習していた言の葉を告いだ。 「私と踊っていただけますか、ジェントルマン」  手を取られた一人の男性は微笑み、ルイズをホールの中心へとエスコートする。そして、ルイズにとって初めての『フリッグの舞踏会』が始まったのだった。  数人の男子達と踊り終えた後、一休みするためにバルコニーへ出る。外の空気はホールの熱気に比べると冷えていて、胸に染み渡る。  何故だろう。  貴族の男連中からこぞってダンスの申し込みを受けているのに。オスマンは自分たちにシュヴァリエの爵位を与えると言ってくれたというのに。この場にいる者たち全員が自分を認めている、それなのに。たいして嬉しくない。  自分がゼロと蔑まれず、持て囃されているこの空間において、ルイズが一番大きく感じるのは、虚しさだった。   (……どうして)  男連中が自分の眼鏡にかなわないから? いや、確かに自分が知っている男性に比べれば、学院の生徒連中などお子様だが、それが原因ではない、気がする。  舞台が自分に物足りないから? それも違う。舞踏会のホールは申し分なく煌びやかで、楽士たちが流すメロディーはダンスの動きをより流麗に導いてくれる。  それでは、一体何が足りないというのか。 「……馬鹿みたい」  まるで無いものねだりをしている駄々っ子だ。自分の思考にルイズ自身が呆れる。  舞踏会のために照明がたくさん使われているためか、今日はいつもよりも星が見える量が少ない。それでも星は満天に輝き、天空から地上へと降り注いでいた。  空を眺めて星の光を追って地上へ目を向けると、星明りと学院の照明に照らされて、白い物が動いているのが見えた。 「レン……?」  ちらりとしか見えなかったが、間違いなく彼女の使い魔のレンだった。  時間からしてもう食事は終えたはずだ。なのに何故とことこと外を出歩いているのか。食事をしたらすぐ寝るといっていたのに? 「……」  気が付くと、自分でも何がしたいのか分からぬまま、ルイズはバルコニーから階下へと続く階段を下りていた。  外に出た時には、もうレンの姿は見当たらなかった。確か、中庭の方へ向かっていたはずだ。そちらへ向かって一人で歩いていく。  一体何をしているのだろう、とルイズは自問する。せっかくの舞踏会だというのに、途中で抜け出して自分の使い魔を追いかけるなんて。  中庭の入り口までたどり着いた時、ルイズは息を呑んだ。 「―――」  そこは、舞踏会場だった。  照らすのはきらきらと輝かしい照明ではなく、優しく穏やかな星明り。  音楽は風にそよぐ草の音、虫の声、そしてかすかに聞こえるホールからの旋律。  中庭の中心では、静かな調べにのって、レンが両腕を広げて、何かを祝福するようにくるくると回っていた。  お伽噺の中から抜け出た妖精のように優雅なステップを刻む。その様はまるで周りの自然が祝福しているようだった。  ようやく気が付いた。あのホールに足りなかったのは、たった一つ、しかし絶対に欠いてはならないもの。  主役だ。フーケ討伐において誰よりも活躍した立役者である、レンが居なかったのだ。  今この場には、彼女を照らす明かりがあり、彼女を導く音楽があり、彼女を見つめる観客がある。舞台は完全に整い、そこで主役が踊っている。ならばこの場が本当の舞踏会場ではないか―――。  ルイズが益体もない考えにふけっていると、曲が終わり、レンのステップも止まった。   「何してるのルイズ」  その声に、心臓が飛び出るほど驚いた。いつの間にかレンがルイズの方へ向き直っているのだ。まあ中庭入り口に隠れもせずに突っ立っているのだから見つかるのは当たり前だ。 「あ、あんたが食事の後はすぐ寝るとか言ってたのにうろうろしてるから見に来たんじゃない」 「舞踏会はどうしたのよ? 音楽が聞こえるし、まだ終わってないんでしょ?」  当然の疑問にルイズの受け答えが詰まる。素直に『あんたを見かけたから追いかけてきた』等とは言えない。 「禄な男性が居ないんだもの。抜けてきたわ」 「ふーん。中世と言えど本当の紳士というのは少ないのかしらね?」  あまり興味がなさそうに呟くレン。ルイズはそんなレンを見て、なんだか分からないけどちょっと腹が立ってきた。 「あんたこそこんなところで何してんのよ。誰かに見られたらどうする気?」 「ちょっと踊ってただけじゃない。誰かに見られるような失敗はしないわよ」 「私には見つかったじゃない」 「あら、使い魔の私がマスターの接近に気づかないとでも?」  減らず口の減らない使い魔である。だからこそ減らず口と言うのだろうが。 「……レン、あんた踊れるのね」 「淑女の嗜みというものですわ」  得意げに言うレン。ルイズは、顔が紅くならないように注意しながら、レンへ命令した。 「じゃあ、わ、私と踊りなさい」  ちょっとだけどもってしまったが、割と自然に言えたとルイズは思った。しかしレンは怪訝な顔。 「ルイズ、男性パートなんて踊れるの?」 「そんなわけないでしょ。男役はあんたよ」 「……自分より小さい同性の相手に男役を勤めろと?」 「ごちゃごちゃ言わないの! 私の使い魔ならそれくらいやって見せなさいよ!!」  理屈の合わない、我侭な命令だということはルイズ自身も理解している。だが、今ルイズはここを離れたくなかった。レンと離れたくなかった。ここで開かれている舞踏会に、どうしても参加してみたくなったのだ。  主の無茶苦茶な命令に、レンは髪を書き上げてため息をひとつ。   「全く、我侭っぷりはあいつといい勝負ね……」  そう言うと、レンはルイズの手をとって、お辞儀をしてきた。 「では、私と踊っていただけますか、マドモアゼル」  表情は相変わらず、格好に不相応な不適な笑顔。しかし礼節に則った、完璧なお誘いだった。  自分の使い魔のお誘いに、ルイズもにやりと微笑んだ。 「ええ、喜んで」  そして、二人だけの舞踏会が幕を開けた。 「あんた、男性役もうまいじゃない……」  ルイズは素直に驚いていた。レンのステップは軽やかで優雅だ。全くルイズの足を踏むようなこともなく、むしろこちらの動きを読んでいるように体全体をリードしてきて、すごく踊りやすい。社交会に慣れていない学生貴族とは雲泥の差だ。  微かに聞こえる旋律に乗って二人は踊る。次第に熱は高まっていき、ルイズの視界にはレンしか映らなくなる。 「人生経験の賜物というものですわ」  自分よりも見た目で5つ以上は離れていそうな幼女に人生を語られるのは、非常に複雑な気分だった。 「そういえば、あんた何歳なの? 見た目どおりの年齢じゃないんでしょ?」 「マスター、女性に年齢を聞くなど野暮ですわよ?」  そうレンが言うと、ルイズは行き成り落下した。 「ひゃ――!?」  瞬きの内に落下感は収まる。ぐるんと回った視界に写るのは、一面の星空と、レンの妖しい笑顔だった。  なんてことはない、要するに思いっきりレンがルイズの背中を仰け反らせたらしい。レンがしっかり支えていたので倒れることはなかったが。 「な、んてことすんのよこのバカ!?」 「ダンスの終焉ですのよ? 締めは派手な方が喜ばれますわ、ねえ?」  そういってレンは広場の入り口へ視線を転じた。どうじに、ぱちぱちぱちと拍手が帰ってくる。  ぎょっとしてルイズもレンの視線を追う。そこには、ドレス姿のままのキュルケとタバサがいた。 「まさか使い魔と二人だけの舞踏会をしてるなんて思わなかったわー」  拍手しながらキュルケが言ってきた。 「あんたたち!? どうしてこんな所にいるのよ!?」 「いや、いい加減男連中の相手も飽きてきてさー、気がついたらあなたがいないじゃない。気分転換に探しに来てあげたのよ」 「タバサは付き添い? 貴女も割りと付き合いが良いのね」  タバサはキュルケが引っ張ってきたのである。料理が乗せられたテーブルから彼女を引き剥がすのはなかなかの重労働だった。結局今は手に持った大皿いっぱいに盛られたはしばみ草のサラダをもくもくと食べている。  キュルケは体制を立て直している二人へ近寄ると、ルイズを強引に抱き寄せた。 「ちょ、ちょっと何よキュルケ!?」 「せっかくの舞踏会、今度は私と踊ってくださらない、ミス?」 「はぁ!? なんで私がツェルプストーの女と踊らなきゃ、ってあんた話し聞きなさいよー!?」  ルイズの言葉を聞き流してステップを踏む。先ほどのレンの踊りよりも激しく、より情熱的に。  キュルケは、レンに言われた『自分は何もできなかった』ということが、あれからずっと引っかかっていたのだ。  おかげでダンスの最中も上の空。あろうことかダンスパートナーの足を踏んづけてしまった。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーにあるまじき失態である。  調子が狂っている、と自覚して休憩していると、いつの間にかルイズが消えていた。  その時、思い浮かんだのはあの白い幼女と、護送中にあられもない声をあげていたフーケ。 (まさか……ルイズまで!?)  男性経験が豊富なキュルケ嬢。脳裏に生々しいイメージが浮かんだ。  両手は拘束具で固定され、衣服は無惨に引き裂かれている。体中に鬱血の痕があり、乳房の辺りは特に多く、なだらかだった胸は先端に引っ張られるように全体が膨れ上がっていた。  だらしなく開いた口から涎を垂らし、鳶色の瞳は人形のように光がない。両足が投げ出されている所為で隠すところは丸見えで、くぱぁと開いた桜色の火所からごぽりと溢れ、水溜まりになり、鼻を覆いたくなるほど強い臭気を発する白濁――。  激烈に嫌な予感に襲われたキュルケが学院を探した結果、すぐにルイズは見つかった。なんと使い魔と仲良く踊っていたというオチである。予感は大外れだった。  しかし、その光景を見て、キュルケの中で何かが燃え上がった。恋の微熱とは違う、しかし負けぬほどに熱い何か。それは単純に言うと、この使い魔への対抗心。複雑に言えば、嫉妬のようなものも混じっていたかも知れない。  そんなわけで、使い魔からルイズのダンスパートナーを奪っていたわけである。ルイズも渋々ながら、キュルケと共に踊っていた。 「なかなかダンスがお上手ね、ルイズ?」 「ヴァリエール家の娘としてこれ位当たり前よ。あんたはさっき、パートナーを踏んでたけどね。私の足は踏まないでよ」  気付かれていたのか。キュルケの笑みが少し引き攣る。  だが、言葉くらいで今のキュルケは止まらない。より一層ダンスの動きを激しく、熱くさせていく。飛び散る珠のような汗は、明かりを反射して宝石のように輝いていた。 (どうよ)  ちらりとレンの様子を横目で伺ってみる。  その時、キュルケは自分が信じがたい物を眼にしたのだった。 「キュルケは何やってるのかしらね」  隣に来たルイズの使い魔が呟いているが、タバサにとってはどうでも良いことだ。舞踏会の事も、中庭に連れてこられたことにも興味はない。  今考えていることと言えば、会場に戻って料理を追加したいことくらいだ。そろそろ持ってきたはしばみ草が尽きそうなのである。  もしゃもしゃとはしばみ草を租借していると、レンがタバサへ話しかけてきた。 「せっかくだし、私と踊っていただけませんか、ミス・タバサ」  レンの誘いを無視するタバサ。どうでも良い。この使い魔の事にはもう興味はないし、踊ってやる義理も義務も無いのだから。  だが、続いたレンの言葉にはしばみ草を噛む口の動きが止まった。 「それとも、貴女も自分の使い魔と踊るの?」  思わずレンの顔を見てしまう。それがこの使い魔の思うつぼだったと気付くが、もう遅い。レンはニマニマと嫌らしい笑いを浮かべている。 「こう言うときは踊るものよ、さあ」  手を差し伸べてくるレンの意図は全く掴めない。一体自分を踊らせて何をしたいというのか。  しかし、もし自分の使い魔の秘密に気付いているのなら、放置しておくのはまずいかも知れない。仕方なく、タバサはレンの手を取るのだった。 「貴女は女性役で良いわ」  そう言うと、先程ルイズと踊ったときのように、優雅に踊り出すレン。  タバサはちょっと不思議な気分だった。自分は同年代の女性と比べると小柄だ。そんな自分よりも背が低く小柄な幼女がしっかりと自分を導き、リードしてくる。今まで味わったことがない感覚である。   「……何が望み」  ともあれ、この白い幼女が自分の使い魔の正体に気付いているなら、何らかの形で口を封じねばならない。  慎重に相手の動向を探ろうとするタバサに対して、レンは一言。 「別に何も。貴女一人だけ突っ立ってられても目障りだっただけよ」  そう言いながら、くるりとタバサをターンさせる。 「……シルフィードのことは」 「何のことか分からないわね。けど、私は相手の秘密を徒に広めるようなことはしないし、また広められるような立場でもないわよ」  そう言うと今度はレンがターン。男性役がターンするのは珍しいがこの場では咎める物は居ない。;y=ーでターンしようとしていたら止めるかも知れないが。  ふと、タバサは自分に向けられている視線を感じた。しかも複数。  一つはキュルケだ。レンと踊っている自分を見て、なにやら激しい視線を送ってきている。  もう一つは、この場からかなり離れた木の上から。どうしてそんなことが分かるのかと言えば、視線の主が彼女の使い魔だからだ。タバサと、タバサと踊っているレンをじーっとうらやましそうに見ているのが分かる。  これは後で二人ともあやさなねばならないだろう。タバサはため息を吐いた。  そして、曲が止まる。ダンスが終わると、すぐにキュルケはルイズから離れ、レンと踊っていたタバサを抱き寄せた。 「全く、ダンスパートナーにため息を吐かせるなんて駄目ねえ。タバサ、今度は私が踊ったげるわ」  キュルケはそういって、タバサの返事も待たずに踊りだす。その踊りの激しさは、何度も踊ってきたにもかかわらず、今日一番のものだった。  呆然としているルイズにレンが傍にやってくる。 「ご満足いただけましたか、マスター?」  そういって微笑むレン。頷きそうになるルイズだが、キュルケとタバサの踊りをみて気が変わった。何より、まだ音楽は続いている。舞踏会は終わっていない。 「なに言ってるのよ。私と踊りなさいって最初に言ったでしょ。あんた主人を壁の花にする気?」 「そうですか。私でよければ勤めさせていただきますわ」  慇懃無礼に一礼すると、レンは再度ルイズの手をとった。レンは3度目のダンスも男性役。優雅に踊る幼女がルイズのステップをより華麗にする。 「レン。私、しっかりあんたの世話もしてあげる。それから、もっともっと立派なメイジになるから」    じっとレンの紅い瞳を見て、告げる。   「だから、あんたもちゃんと私の使い魔の仕事を果たしなさいよ」  そう言われたレンは、にっこりと微笑んでルイズへ返した。 「向こうへの行き方の捜索も忘れないでね?」  くすくすと笑うレンにつられて、ルイズにも微笑みが漏れた。  笑いながら踊りは続く。この一晩はルイズのみならず、4人にとって大切な思い出となったのだった。 #navi(ゼロの白猫)

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。