ゼロの使い魔(サーヴァント) 01

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#navi(ゼロの使い魔(サーヴァント))  ――間桐臓硯は勝利を確信していた。  確かに、企みの全ては潰えたかのように見える。  不完全ながらも用意した擬似聖杯は衛宮の魔術使いによってその機能を破られ。  間桐が二百年かけてこの地に育んだ蟲たちは遠坂の小娘によって根絶やしにされ。  あまつさえ、聖杯戦争の中枢をなす大聖杯をしてすら、たった今、剣の英霊の宝具によって撃ち砕かれた。  全ては終わったかのように、誰もが思うだろう。  しかし、違う。  違うのだ。    勝利とは、相手を全て滅ぼすことではない。勝利の条件を満たしてこその勝利である。それらが果たされてないのならば、例えこの三人の強敵の全てを殺しても意味はない。  この場合に於ける彼の勝利とは、「生き延びること」の一点にのみあったと言ってもいい。  擬似聖杯が失われた?  また作ればいい。  蟲が全て潰された?  また増やせばいい。  大聖杯が壊された?  また、もう一度、作り直せばいい。  困難なことではある。  だが、決してやってやれないことではない。  何故ならば、今この三人の強敵たちは、使命を果たしたという直後に油断しているからだ。いや、油断というには足りないかもしれないが――微かにも緊張の緩みはある。  そこを衝く。  間桐臓硯は勝利を確信していた――  蜘蛛の糸、という短編小説がある。    芥川龍之介の手になるその話は、どうにも誤解されて広まっている節があるが、少なくともちゃんと読めば釈迦はカンダタを試していたなどということはない。  解釈は分かれるだろうが、基本的に釈迦は地獄から一人でも救いたくて、僅かながらでも善行為に対して報いるという形をもってして地獄へと四万里もの長い糸を垂らしたのである。  その時に大空洞の天井から延びた蜘蛛の糸は、その小説を思い出してしまいそうなほどに長かった。  間桐臓硯である。  この大魔術師は、用心に用心を重ねていた。  元より予定外の擬似聖杯の発動によって大幅に前倒ししての今回の計画は、最初から失敗することを前提としているものだ。  第五次聖杯戦争から四年――勝利者である遠坂凛と衛宮士郎は、セイバーを伴って倫敦にいっていた。次の聖杯戦争が起こるとしたらいつごろであるのかは予想はつかないが、それはこの三人のいないところで行われるのが好ましかった。  しかし、そうはならないということも想像がついた。  この三人は、どんな場所でいようとも聖杯戦争の兆候があればすぐさま冬木に舞い戻り、当たり前のように聖杯を壊し、ついでのように彼の野望をも打ち砕くに違いない。  遠坂凛という魔術師はそういう娘であり、衛宮士郎という魔術使いはそういうで男であり、セイバーという英霊はそういう二人にだからこそ現世に留まってまで仕えているのだ。 (最悪、大聖杯までも壊される)  そこまで考えるのは当然だ。  いや。  そうされるのは確実なのだ。  ならばどうする?  大聖杯を壊されてどう望みを果たす?  どうやって不死を得る?  間桐臓硯はそこまで考えた。  自分が彼らを出し抜けるということは、あまり考えなかった。  出し抜けるにしても、自分の望みをここで果たせるなどとまで都合のいいことは考えなかった。  何故ならば、彼らはあの黄金の英雄王を打ち倒した存在だからだ。  最強の最高を打ち倒した、現代の英雄たちなのだ。  生半なことで勝てようはずもない。  それならば。  それならば、考え方を変えよう。  望みを果たすのは、別にここで、今この時でなくてもいいと、そう考えるのだ。  いかに英雄であろうと、定命の存在だ。  彼らが死んでから、改めて大聖杯を構築し、新たに聖杯を用意すればいい。  大聖杯を築くのは自分とアインツベルンの聖女をして単独で成し得なかった大事業であったが、それは後で考えればいい。  時間は幾らでも、とは言えないが、魂が腐り尽くすまでにことをなしたらそれでいいのだ。  焦ることはない。  そう、考えるのだ。  間桐臓硯はそう考えた。  考えてから、しかし大聖杯の構築となると骨が折れるな……とぼやく。  新たに宝石翁が協力してくれるという可能性はまずない。  遠坂の魔術師も、アインツベルンも、二度とこの地でこの儀式を再開しようなどとは思わないだろう。  そう思うと、生き延びたからといって再起も望めそうになかった。  ならばやはりこのたびに全てを賭けるべきだろうか――  いやいや。  考え方をもっと変えるのだ。  遠坂の娘は魔法使いにまで届く可能性を秘めている。  衛宮の男は英霊にまで至る可能性を秘めている。  そして、従えている英霊はかつての王であり、未来の王たるアーサー王だ。  この三人を利用すれば、新しい大聖杯を構築することも不可能ではないのでは?    そして考えた末に到達したのが、今の姿だ。  ――蜘蛛となって、衛宮の男にとり憑く。  何故羽虫のような機動性のあるモノにならなかったかといえば、それはエネルギーを消耗しすぎるからである。必要最小限の力で挑まなければならないのであるから、やむを得ずにそうしたのだ。  囮として機能させるためにも、擬似聖杯に残した体にはできるかぎりの力を残しておかねばならないからだ。  そしてどうして遠坂ではなく衛宮を狙ったかといえば、単純に耐魔力の問題である。  遠坂は魔術刻印も持ち、異物である自分が取り付いた途端にそれを排除しようとする魔術が働く可能性も考えられたし、衛宮の方を残したのならば何かの宝具でどうにかされてしまう可能性もあったからだ。  それに、衛宮と遠坂はいずれ閨で睦み合うことだろう。  遠坂にとり憑くのはその時にしてもいい。  この男の体内で淫蟲を育て、精と共にそれを遠坂の胎内に送り込めば――自分は、魔法使いをも手中のモノにできる。  そう考えたのである。  セイバーに至っては論外である。  英霊をも縛る魔術を開発したのは間桐の当主である自分であるし、主たる二人を虜にすればセイバーとても逆らえるものではない。  もしも擬似聖杯の方が成功したのならば、それはそれでいい。  必要なのはただ一瞬の隙。  全てのことが成就したと思わせる瞬間。  勝利した、と思わせたただその刹那、その時にこそ彼らの敗北は決定しているのだ。  ……間桐臓硯の魂は腐敗していた。  だから、気づかない。  勝利したと思われた刹那の心の緩みとは、彼自身にも当てはまるものであると。    セイバーの直感は、未来予知に似ている。    それは例えばあの英霊エミヤの如き数限りない実戦経験により磨きぬかれた戦術眼というよりは、異能の如き認識力と言ってもいい。  異能であるが故にその幅は狭い。  だが、その先鋭は到底エミヤの届くものではない。  だから、彼女は宝具を使用した直後にありながらも、あるいは「だからこそ」それに気づいた。  後ろで見守る衛宮士郎に危機が訪れつつあると。  訳もなく察知した彼女は、だからこそあり得ぬ速度で振り向いた。  唐突な彼女の行動に主たちは一瞬だが硬直したようだった。  なんの反応もできていない。    そして、セイバーはそれを見た。  天井から――遥かに高いこの大空洞で、震動と衝撃に揺れながらも、まっすぐに彼女の主たる衛宮士郎の首筋に降りようとした小さな蜘蛛の姿を。  それが敵だ、という確信は何処から得たのか。  それこそ直感という他はない。  そして剣士の英霊としての判断は、それを絶望と共に認識している。 (この距離では)  間に合わない。  いかに彼女が剣の英霊であるとはいえ、士郎との間には二十メートルはあった。  それは安全な距離をとらせたからであるが、今ここでは絶望の断絶だった。  百メートルスプリンターであるのならば最速で二秒で駆け抜ける距離は、英霊たる彼女には一秒もかかるまい。  だが、それでもなお遅い。  あの蜘蛛は彼女の手が届くまでに士郎にとり憑く。  それは確かな判断だった。  よもや剣士の英霊たる彼女が、間合いという最も重要で基本的なファクターを読み違えようはずもなく――  そして、最上の剣の英霊であるからこそ、彼女がそうするということは誰にも想像がつかなかった。  振り返る勢いのままに、彼女はその手にある聖剣を投擲した。  剣は彼女の宝具である。  宝具は英霊のシンボルであり、同時に誇りでもあった。  それをその手から離すというのは、生半な覚悟でできることではない。  間桐臓硯はそのことも範疇には考えていた。  だからこそ、もっとも二人が距離をとるだろうこの瞬間を選んだのである。  彼の誤りは、剣士の英霊が最上のさらに上、極上とも言える存在であったということだ。  戦場を駆け抜けた王であったことだ。    アーサー・ペンドラゴン――ペンドラゴンとは、「戦の王」を意味するという。  それがもっとも必要であるとするのなら、彼女は自分の命さえも投げ捨てて戦ったのだ。  それが最高の聖剣であろうと、そうすることを厭うはずもない。  剣は、光となって士郎の首の上を通過した。  微かな断末魔の響きが轟音の中に聞こえた。  それが間桐臓硯の本当の最期であると、衛宮士郎と遠坂凛は、この時に知った。  そう。  この日に、永らく続いていた聖杯戦争は本当の意味で終わりを告げたのだ――  そして、その日のうちに、唐突にセイバーの新たな戦いが始まったのである。  ◆ ◆ ◆  &italic(){我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール} 「……なんだ、これ?」  漸く、最後の敵を討ち果たせたという喜びもつかの間、衛宮士郎は目の前に突然現れたそれを見て眉をひそめた。  高さは二メートルほど、幅は一メートルほどの楕円形だ。よく見ると少し浮いているようだった。  それは、光る鏡のように見えた。  どう考えても、自然現象ではあり得ない。 「士郎! 下がって!」  その時、遠坂凛は前にいた士郎を蹴り飛ばし、右手の指をそれに向けた。  ガント――彼女の得意の魔術だ。  &italic(){五つの力を司るペンタゴンよ} 「――――効かない!?」  というよりも、吸い込まれていったように見えた。  フィンの一撃と言うに足る彼女のガントが、その鏡(らしきもの)を貫通することもできずにいるのだ。 「投影、開始!」  身を翻しながら士郎がその手に投影したのは、騎士王の聖剣――カリバーンだ。  余力はほとんど残っていない。  だが、少しはある。  その少しの力の全てをここに集約して作り出したのである。  だが。 「どいてください、シロウ!」  聖剣を振り上げた士郎をさらに押し退け、セイバーがそれに突っ込んだ。 (宝具は壁に突き刺さったままだが――私の対魔術があれば)  なんとか、かき消せる。  事実上、人間の魔術では彼女を傷つけることはできない。  セイバーはそう判断した。  例えこれが英霊の身であっても滅ぼす罠であろうとも構わない。  自分の主たちが助かるのならば。  彼女は覚悟を決めていたのだ。  そして――  そのままセイバーは、鏡(らしきもの)の中に消えた。  &italic(){我が運命に従いし、〝使い魔〟を召喚せよ!}  ………。   「問おう」  その人は、突然の嵐を巻き起こし、現れた。  この瞬間の光景を、私は例え地獄に落ちても忘れないと思う。  青銀の鎧、金紗で作られたかのような髪、翠の瞳。  その存在そのものがひとつの奇跡のようだった。  例えようもなく、美しかった。  そして、その人は私を見下ろし、輝く風のような声で言ったのだ。 「貴方が私のマスターか?」  ゼロの使い魔(サーヴァント) プロローグ 了   #navi(ゼロの使い魔(サーヴァント))
#navi(ゼロの使い魔(サーヴァント)) 「あなたは……誰?」  いつの間にか真っ青な空の下で、自分を見上げならそう訪ねられ、セイバーは目を細めた。  目の前で腰を抜かしたようにしゃがみ込んでいる女の子がいる。桃色がかった金髪の、鳶色の眼をしていた。  年のころは13歳か14歳か。あるいはもっと年下なのか年上のか。セイバーにもすぐには分別がつかない。多分、そう外れてはいないと思うのだけれど。 (あなたこそ誰なんです?)  逆に問い返したくなったのだが、もう少し観察してみることにする。  女の子は黒いマントの下に白いブラウス、グレーのプリーツスカートを着ていた。  なかなか、よく似合っている。手に持っている棒のようなものは、多分、武器ではない。  何かの指揮棒に似ていたが、そうでもないような気がする。 (黄色人種ではない、か)  見ている範囲で確実に解るのはその程度だ。  セイバーは少女からは目を離さず――周辺の情報を集めるために耳をすませ、静かに息を吸い、吐く。  ざわついている。 「おい……ゼロのルイズが成功させたぞ……」 「成功なのか? 成功っていうのかアレ?」 「どう見ても身分のありそうな騎士だぞ」 「いや、まだ通りがかりの騎士が落下してきたという可能性も……」  総じて、声は若い。  多分、目の前の少女とそんなに変わらない年頃の少年少女たちだと感じた。それ以外にも獣の唸り声のようなものも複数聞こえたが、警戒しているという以上のことは解らない。  セイバーは呼吸を静かに整えながら、情報を分析する。 (どうもここは、冬木からは遠く離れた場所のようですね……)  落胆も失望も、なかったといえば嘘になるが。  なんとなく、こんなことになるような気はしていたのだ。  セイバーはサーヴァントである。  サーヴァントとは書いてそのまま下僕とかであるといえばそうなのだが、正しくは彼女は人間ではない。  英霊、という存在だ。  英霊とは人類の歴史上に存在したとされる英雄たちのことである。死後、信仰の対象にまでいたったような彼らは英霊となる。  その英霊を召喚魔術で呼び出して使役するという無茶な儀式魔術が冬木の聖杯戦争で、呼び出された英霊はサーヴァントと呼ばれる。  これはセイバー、アーチャー、ランサー、キャスター、アサシン、バーサーカー、ライダーなどのクラスに縛りつけられた存在なので、厳密には英霊当人とは違うものである。  とはいえ、人格はバーサーカーにでもならない限りは変容することもないし、能力制限はあるが、生前とそんなに違和感はセイバーも感じたことはない。  彼女は聖杯戦争に参加していたのだが、ある事情で五次聖杯戦争の後も現世にとどまり続けた。  そして第六次聖杯戦争……は起こらなかったが、ある魔術師の野望を阻むために大聖杯を破壊したばかりだった。  それが、彼女の認識ではつい数分前の出来事だ。  破壊した直後に魔術が姿を変じた蜘蛛を、宝具を投げ飛ばして殺したのだ。  そしてさらにその後に突然現れたのが、あの鏡(のようなもの)だ。  一瞥ではさすがにそれが何なのかというのは彼女にも解らなかったが、元より、あの場所、あのタイミングで現れたものが何かの罠でないはずがない。そう思ったのは無理もない話である。  それゆえに彼女はそれに突っ込んだ。  無謀であるといえばそうだが、剣はその時に手放したばかりで、すぐさまできる手というのがそれしか思い浮かばなかった。  もっといえば、何かを考えている暇もあまりなかった。自身の対魔力を過信していたといえばそうであるし、万が一ここで命を失っても構わないとも思っていた。  で、だ。  突っ込んだ瞬間に、痺れにも似た感覚が全身に広がった。 (この感覚には覚えがある)  過去に二度。  現世に召喚された時に、似ている。 (ああ、そうか)  彼女は理解した。    これは――召喚の魔術だ。  彼女は自分の身に何が起きたのか理解した。  おそらくはあの鏡(らしきもの)をくぐったモノは召喚のゲートなのだろう。あるいは、空間転移のための魔術か。  いずれにせよそれは空間を繋げて別の場所に呼び出すというのだから魔法の域だ。行った魔術師は相当な人間に違いない。もっといえば人間ですらないのかも知れない。  だが。  理解はしたが、納得がいった訳ではない。  なんで自分なのだ? 自分だけがここにいるのだ?  セイバーは、自身とマスターを繋げているレイラインが絶たれていることに気づいていた。  あのゲートが空間移動用のものであるにしても、一人の通過しかもたないような不安定なものだったのか、最初から一人のためのものなのか、それは解らないが、どっちにしてもここには士郎も凛もいないのは確かなようだった。 (いや、私の後を追ってシロウとリンがきていないのなら、それはそれでいい)  こんな、得体の知れない状況にマスターをおいやるようでは、それこそサーヴァント失格だ。  だが、魔力の補給のない状態での現界はそういつまでもできないだろう。  そして、それもいいかとセイバーは思った。  二度とあの二人に会えないというのは寂しい限りのことだったが、覚悟はしていたことだ。  何処か心地よい諦観が彼女の胸に溢れ――  唐突に気づいた。  魔力の補給はないのに、まったくなんの脱力も感じない。呼吸しているだけで体内で生成されている魔力が溢れてくるようであった。 (これは……大気の魔力が桁外れなのか)  かつて生きた古代の時代ですらもこんなものではなかった。ギルガメッシュが生きていたような神世の時代でならあるいはともかく、現代の地球上でこんな場所があるだなどとは信じがたい。  というより、どんな細工をすれば空間を転移させただけでマスターとサーヴァントの繋がりを絶てるのだ?  そこまでに思い至り、改めて目の前の少女を注視する。  後ろの方からざわつきながら聞こえる声からして、彼女が多分、ルイズという娘なのだろう。そして、おそらく彼女が自分をここへと呼び寄せたあのゲートを作った魔術師だ。  鳶色の目は、脅えたような、それでも精一杯の勇気がこめられてセイバーへと向けられている。 (邪悪な感じはしない……)  いかなる意図があってあんな魔術を使ったのか、それを問いたかった。  なのに、どうしてか彼女の口はかつてと同じ、似たような構図で自分が出した言葉を紡ぎだしていた。 「問おう」  もっと別のことを言った方がいいのだろうか。  いや。  状況に納得はしてない。  納得はしていないが、この場でもっとも相応しい言葉がある。  ならばそういうべきなのだろう。  契約を結ぶかどうかは、その時に決めればいいことだ。 「貴方が私のマスターか?」 ◆ ◆ ◆  ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは貴族である。  貴族ではあるがメイジではない。  近頃は金だのを積み重ねることによって所領を賜り、それで爵位を得ているような平民出の貴族も増えてはいるようだが、彼女のケースはそうではない。彼女の父と母は立派なメイジで貴族で、そして姉たちもまたメイジであった。  ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、メイジの子でありながらも魔法が使えない貴族だった。  厳密に言えば魔法がまったく使えない訳ではない。何をやっても爆発させてしまうという失敗をしてしまうというだけのことである。  平民のように魔法の素養がまったくないというわけではないのだ。  だから、なのだろう。  彼女を見るたいがいのメイジの目は、そこらの平民を見るよりも冷ややかで、かつ嘲笑に満ちていた。彼女の実家が公爵家という身分の高い家柄であることも余計にそれを助長させているようであった。  それでも、あるいはそれだからこそ彼女は誇り高く振舞っている。  魔法のひとつも満足に使えない身だけれど、いつか使えるときがくると、ただいまの自分は努力が足りないだけなのだと。  彼女はメイジではないが貴族であった。  しかし、どっちにしてもメイジとしての勉強のために魔法学院にきているわけで。  使い魔召喚の儀式というのは伝統のあるもので、この儀式で使い魔を召喚することによって、メイジはやっと一人前の入り口にたつ。  使い魔は、その主人と一心同体の存在であり、その主人は使い魔を見ることによって己の属性を確定する。  ルイズはこの日こそは失敗すまいと心に決めていた。  いつだって失敗したくないとおもっいていたが、この火のこの儀式だけはとにかく失敗したくなかったのだ。  もしもこの儀式で、自分は使い魔も呼べなかったら――  それは、彼女の魔法使いとしての将来は本当に暗黒に閉ざされたものになるというのが確定してしまうからだ。  とにかくそういうわけで呪文を唱えて呼び出してみたのだが――   「あなたは……誰?」  現れた女騎士に対し、ルイズはそれだけをいうのが精一杯だった。 「貴方が私のマスターか?」  質問に質問で返されたが、ルイズはそれに腹を立てる訳でもなく、改めて目の前の女騎士を見る。  今更だが、そう聞かれて、彼女はやっと目の前の女騎士が自分の使い魔召喚の儀式でやってきたのだと気づいた。  すぐに気付かなかったのは、使い魔として人間がやってくるだなんてことはありえない――そういう先入観があったからだ。  通常、召喚のゲートを通過してやってくるのはだいたいにおいて魔獣だの幻獣だのであり、そうでなければ梟とか蛙とか鼠とかだ。  そりゃ下半身が蛸のスキュラだの、亜人というべきモノもいないでもないが。  この人はどう見ても人間だ。そしてさらにいうのなら騎士だ。騎士ということはメイジであるということであり、貴族であるということである。  ハルケギニアでは、戦いは貴族の役目であった。勿論、平民出の兵士もいるし、メイジを相手にしてなお打倒できる〝メイジ殺し〟といわれる凄腕の戦士だって、いる。  そして彼女は、どう見てもそういう類の〝メイジ殺し〟とも違う。  なんというか、品格というか王気(オーラ)と言うか――そのようなものがあるのだ。  いずれ高貴な血筋に連なる人であるに違いない。  なのに。 (マスターか、と聞いた――それはつまり、私の使い魔になることを了承してゲートをくぐってきてくれたって訳?)  まさか父か母の差し金ではないか、と一瞬疑ったが、それはないかと思い直す。  使い魔召喚のゲートがどういう基準で使い魔の前に現れるのかというメカニズムは、いまだ解明されていないのである。  解っているのは術者の属性に関係するということであり、メイジは使い魔を召喚することによって己の属性を確定する。  当然のことではあるが、使い魔を呼ぶまでもなく属性を知ることは可能ではある。しかし、いまだにまともに魔法を成功させたことのないルイズのそれは誰にも解らない。つまり、どういう使い魔がくるのかも解らないということだ。  いかに彼女の両親が凄腕のメイジで名門貴族であったとしても、それらの難関をくぐりぬけた上に、仮にもメイジ一人を娘の使い魔としてしまおうなどということができるはずがない。  そういうわけでその可能性を除外したルイズではあるが。 (どんな事情があってゲートをくぐったのかしら)  考えはしたが、結局、結論はでなかった。  でなかったのだが、「そうよ」と彼女は答えていた。 「私が、貴方のマスターである、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」  轟然と、そう名乗る。  ルイズは家名を出して相手を平伏させようと考える性根の持ち主ではない。だが、この時は目の前の女騎士に気圧されている反動で家名を出した。それとこの女騎士がどの程度の貴族であるのかを確かめようともしている。  少なくともハルケギニアに生きる貴族ならばヴァリエールの名を出せば平然とはしていられまい。その度合いでどの程度の家格の者かも解るというものである――とルイズは自分に言い訳するように考えた。自分の中の脅えには彼女だって気付いているのだ。  しかし、女騎士の反応は彼女のどんな予想とも違っていた。 「るいずふらんそわーず……」  と呟いたのが聞こえたが。  軽く溜め息のようなものを吐き出し、肩を落としたのである。  そして。 「ああ、やはり貴方がマスターでしたか、メイガス」  どこかぼやくようなものがその声には混じっていた。  ルイズは敏感にもそれを察した。 「何よ! 私があなたの主人であることになんの不満があるっていうのよ!」  叫ぶ。  叫びながらもルイズには解っていた。  この人は、自分のような生まれた家の他にはなんの取り柄もないような駄目なメイジの使い魔であるのは相応しくないのだと。どういう事情なのかは知らないけど、きっときっとゲートの先には立派で素晴らしい魔法使いが待っていると思っていたに違いないのだと。  そう思ったのだ。  怒りと劣等感が彼女の視野を狭めている。  そもそもこれほどの威容を持った女騎士を使い魔にしようなどということが普通のメイジの考えではありえないのである。学院の長であるオールド・オスマンにだって無理だ。もっといえば、ゲートを好き好んでくぐるメイジというのがあり得ない。  いきなりの癇癪に女騎士は微かに戸惑ったようであったが、「落ち着きなさい、メイガス」と静かに言う。  それで落ち着いたら世話はないのだが、凛としたその声にルイズはきょとんとして顔を上げた。  気付けば、自分よりほんの少しだけ背丈のある女騎士の目線がすぐ前にあった。  僅かに膝を曲げたのである。 「別に、貴方に不満があるとかそういうのではないのですよ」 「……じゃあ、何なの?」 「それは――」  言いかけて、女騎士は振り向く。 「お話の途中、失礼します」  つるっぱけの頭に眼鏡の中年――コルベールが跪きつつもそう言った。  左の膝を落として右手を前に、そして左手を腰の後に廻した前屈姿勢である。右手の前には杖が置かれている。  それは貴人に対する礼に見えたが、むしろ自分が敵意のないことを示すための所作であった。  なのに女騎士が目を細めたのは、その眼鏡の奥の眼差しに隠しようのない鋭さを見て取ったからであろう。 「……御身は?」 「私は当トリステイン魔法学院で教師を務めております『炎蛇』のコルベールと申します」  恭しくはあるがその声はいつもどおりのはずである。はずなのに、何処か重くのしかかるような気がルイズにはした。  女騎士は「はい」と答え、どうしてか右手を見てから少し戸惑ったような顔をしてみせ、コルベールと同様の姿勢をとってみせた。 「ご丁寧に名乗っていただき、ありがとうございます。私は――」 「いえ、お名乗りは結構です」  コルベールは右手をあげて女騎士の言葉を遮った。  言いながら、このメイジの教師の頭の中では、状況からあらゆる推論が積み重ねられ、かなり蓋然性の高いと思われるストーリーがくみ上げられつつあった。 (いずれ名のある名家に連なるお方とお見受けするが……使い魔の召喚ゲートをくぐられるというのは、相当なご事情があってのことだ)  女騎士の言葉と装束から、コルベールはついさっきまで彼女が何か危地に陥っていたのだと考えた。  戦闘に携わっていた者としての勘としかいいようがないが、この人はゲートをくぐる直線まで戦っていたのだと判断している。雰囲気というか、空気がそういうようなものなのだ。  そして現れてから「マスターか」と聞いた。  それはつまり、彼女はそれと承知でここにきた……ということであろうか。 (いや、それはありえない。こんな立派な身なりの騎士が、戦いの最中で召喚ゲートをくぐるなどという判断を下すというのはありえない)  いやいや。  逆に考えるのだ。 (あるいは……そういう判断を下す他はない状況であったということか)  戦いのに敗北寸前であったとか。  逃げ延びようとしている途中であったとか。  それで追い詰められる中で現れたゲートに、一縷の望みをかけて飛び込んだ――ということなら、あるかもしれない。  いやいやいや。  それも何か違う。  違うと思った。  この女騎士は、この人は……。 (敗北が似合わない)  そう感じたのだ。  どういう種類の根拠もなく、それは直観としか言いようがなかったが。  この女騎士は、敗残者とか逃亡者などという言葉はどうあっても当てはまらない存在だ。  勝利を約束された戦場の王。  勇気をもって突き進む英雄。  それはあるいは、ハルケギニアに平和を齎せた新しきイーヴァルディの勇者の如き……。  微かに首を振り、それも打ち消す。 (あるいは、ゲートと知らずにくぐったのかもしれない)  召喚ゲートを知らないメイジというのはありえないが、使い魔の前にどういう風に現れるのかということは知られてない。というか観測された事実がない。  もしかしたら、こちらとは違う形態で現れて、それでちょっと試しに手を突っ込むとかしてみたらここにいて。  そして状況から判断して自分が使い魔として呼ばれたのだと知った――ということはどうか。 (……いや、それこそありえないか)  しかしまあ、だいたいそういう感じなのだろうと推測した。予断ではあるが。  どちらにしろ、彼女がもしも名のある騎士なり王族であるのなら、ここで皆の前で名乗られるのは拙い、とコルベールは判断したのである。 「ご事情については、詳しいことはいずれミス・ヴァリエールを同伴の上で、学院長様のところで」  ――自分では責任を取りきれませんから、という言葉は口にしなかった。  そして残る事案は、彼女がルイズと契約をするか否かということだけになった。 「構いません」  と女騎士はわりとあっさりと承諾した。  これには。 「いいの!?」  とルイズも驚いたし、コルベールも目を丸くした。  それは確かに、彼女に使い魔になって貰わなくてはルイズのメイジとしての将来が困ったことになるが――彼女に使い魔になってもらうということは、ルイズの人生に深刻な影響があるように思えてならなかった。 「確かに私も主を持つ者ですが」  そのつながりも途切れてしまった、というと、ルイズの顔が泣きそうに歪んだ。責任を感じているのだ。  女騎士は安心させるように微笑んで見せる。 「いつか主のもとに還ることがあるかも知れませんが、そのためにも存在し続けねばいけません」 「そうなの……」  その言葉をどう受け止めたのか、ルイズの表情は晴れないままだ。  女騎士は改めて跪き、ルイズに顔を寄せた。 「小さなメイガスよ。この召喚は確かに私にとっては不本意なものでしたが、ここに私がいることには意味があるはずです」  不本意、という言葉にびくりと身体を振るわせたルイズだが、女騎士は少し思案してから。 「もう一度いいます。私がここにいることには意味があるはずです」 「だけど……使い魔よ? 貴方みたいな立派な騎士さまがすることではないわよ! ご主人様がいるのなら、召喚なんかなかったことにして帰ればいいじゃないの!」 「そのつながりは絶たれてしまいましたので――」 「ミス・ヴァリエール」  見かねたのか、コルベールが横合いから口を挟んだ。  ちなみ生徒たちは先に帰らせている。 「使い魔召喚の儀式は神聖なものだ」 「え、ええ」 「本来ならば、人間が召喚されるという事態はまるで想定外のことだが」 「はい……」 「やはり、ルールは守らねばならない」 「――――」  このはげ、とんでもないこといいやがる、とでもいいたげな顔で教師を見上げたルイズは、「解りました」と投げやりにはき捨て。  跪いたままの女騎士の顔を両手で挟み込んだ。 「言っておくけど」 「はい」 「使い魔なんてやっぱりいやなんて言っても、契約した後では遅いんだから!」 「――もとより私はサーヴァントである身です」 「ふん! たいした覚悟じゃないの!」  なんだか微妙にかみ合ってない会話だなあとコルベールは傍目に思ったが、コントラクト・サーヴァントは大切な儀式だ。静かに見守ることにする。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ……」  そして唇を寄せる。  女騎士が目を見開いたのに、コルベールは僅かに眉を寄せた。  それも、その二つの唇が合わされた時までだ。  少女も騎士も美形といって申し分のない容姿である。その二人の口付けというのは独身者の身にはいささか以上の刺激であったらしい。  女騎士はルイズの顔が離れてもしばし戸惑っていたが、やがて訝しげな顔をして左手を見た。 「これは――令呪、ではないのか」  その呟きをどう受け取ったらいいものか解らず、コルベールは「ふむ」とその手に顔寄せる。 「コントラクト・サーヴァントは成功したようですな。篭手の下、左手にルーンも刻まれたようですし。あとで確認させていただきますので、よろしくお願いします」  それから一通りの指示をルイズにした教師は、それでは、と一礼して宙に舞う。  しばしそれを見送った女騎士は、改めてルイズに向き直り。 「サーヴァント、セイバー。召喚に応じ馳せ参上した。  これより我が剣は貴方と共にあり、運命は貴方と共にある。  ―――ここに契約は完了した。」  それは宣言であり、誓約の言葉だ。  たがえることのない絶対の契約だと、主従であると。  この女騎士、いや、セイバーはそう言ったのだ。  ルイズは呆然とセイバーを見上げていたが、やがて「ふん」と顔を逸らし歩き出す。 「ついてきなさい」  セイバーは頷き、その後ろを従った。  やがてすぐに足を止めたのに気付き、ルイズは振り向く。 「どうしたの?」 「いえ」  セイバーを空を見上げていたのだ。  ルイズもつられてそこをみたが、あるのは何の変哲もない月が二つあるだけだ。そういえば、もうそんな時間になっていたのかと彼女はようやく気付いた。  そして。 「どうやら、本当に遠い場所にきたようです」  そんなことを彼女の使い魔が言った。  果たしてセイバーの言葉にどういう意味があるのかも解らず、彼女は首を傾げるのだった。  ゼロの使い魔(サーヴァント) 第一話 了  #navi(ゼロの使い魔(サーヴァント))

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