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中京芝1200m

背景

1967年から『中京大賞典』の名称で行われていた競走が前身で、1971年に高松宮殿下から優勝杯を賜ったのを機に改称し、『第1回高松宮杯』として行われた。以来、2000mの別定戦として争われてきたが、1996年の短距離競走体系の改善に伴い、その根幹競走として1200mの定量戦に変更されるとともに、GIIからGIに格上げされ、中京競馬場初のGI競走が誕生した。また、1998年に競走名が『高松宮杯』から『高松宮記念』に変更となり、2000年からは施行時期を5月から3月下旬に移して行われている。春の古馬スプリント路線の頂点を決める競走であると同時に、春のGIシリーズの始まりを告げる一戦でもある。

傾向

内目の馬場の荒れやすい時期で、小回りの外差し馬場になりやすいので、
普段来ない馬が来るという特殊なレース事情がある上に、短距離なので荒れ傾向にある。
ペースは5ハロン終始11秒台のワンペースでラスト1はロンは雪崩れ込みになりやすい。勝つ馬はこのパターン。
ただし、時期的に外差し馬場になっていることが多く、外からの差しが2、3着に突っ込んでくるという特徴もある。
また、層の薄いスプリント戦線ということもあり、距離短縮組の好走が目出つ。
「差し馬」「前走からの距離短縮馬」「SS系」「中~外枠」

5、6歳が強い!

高松宮記念に出走した馬を年齢別に分類してみると、5歳馬と6歳馬の成績がとてもよいことがわかる。4歳馬の成績がいまひとつなのは、GIというのは若さだけではなく、それなりの経験が必要であることを示しているのかもしれない。また、7歳以上のベテラン勢も大苦戦。延べ27頭が挑戦して3着以内に入ったのは、2001年のブラックホーク(2着)だけだ。

サクラバクシンオー産駒で読む高松宮記念週の中京芝1200m

 サクラバクシンオー産駒は、今年も芝1200mで最多の5勝。複勝回数は25回と、全体の15%を占める。(異常に2~3着が多いのにも理由があるが、これを詳しく考察すると、それだけで終わってしまうので、別の機会に譲りたい)
 サクラバクシンオー産駒の特徴は、軽快すぎるほどのスピードにある。血統ビームではスピード突出型種牡馬で特徴が明快であり、馬場ビーム(馬場状態)を測るテストホースとしても貴重な存在だ。

 今開催の中京芝1200mは1~3日目と4日目以降で、馬場の特性が微妙に変化している。
 まずは1200mのサクラバクシンオー産駒の成績を見ると、1~3日目は14頭出走して、2勝、3連対、複勝回数6回で複勝率は43%。単勝回収率は145%。複勝回収率は134%だった。ファルコンSもサクラバクシンオー産駒が1~3着を独占したのは記憶に新しいところだ。

 そして4日~6日目は、サクラバクシンオー産駒の成績が急落する。10頭が出走して勝ち馬、連対馬はゼロ。かろうじて3人気以内の2頭が3着に2頭入っただけだ。1人気のサクラバクシンオー産駒も3頭出走したが、3着が1頭だけで、2頭は馬群に沈んだ。
 小倉の芝1200mのコラムでも書いたが、このようなバクシンオーが跳べない、沈む馬場になって浮上するのは、パワーホース、スタミナホースである。

 パワーホース、スタミナホースの定義は、簡単にいえば前走で今回より長い距離(1300m以上)を使っていた馬、血統的には欧州指向、ダート指向の強い血統などが挙げられる。
 今開催の中京・芝1200mで、前走1300m以上を使っていた馬は1~3日目は、36頭出走して1頭しか2着になっていない。
 ところが4~6日目に前走1300m以上を使っていた馬は、41頭が出走して2勝、4連対、複勝数6回。複勝回収率は128%を記録した。

 6日目のメインレース、トリトンSで14人気で2着に激走したコレデイイノダの前走はダート1700m出走馬。5日目のメインレース鈴鹿特別で11人気で3着に激走したナイススマートワンの前走もダート1400m。今回より長い距離、力の要るダートを走っていた、パワー、スタミナホースである。

 月が沈めば、日は昇る。パワー、スタミナホースとバクシンオーは月と太陽の関係。

 今週は最終日に高松宮記念が行われる。もしかすると、最終日に備えて馬場を整備される(スピード指向に多少戻される)かもしれないが、メインレースになれば馬場も消耗されること、またレースレベルが上がるほどスタミナ、パワーホースが走っていることを考えると、高松宮記念も芝1600m実績馬、近走でマイル前後を走っていたスタミナ指向の馬が走りやすい状況になると考えられる。


高松宮記念と相性の良いSS

 高松宮記念(以前は高松宮杯)がG1になったのは1996年のこと。既に11回がG1として行われたが、それを前後半に分けると、決定的な違いがあることに気付く。
 それは、外国産馬が強かったか、そうでないか、という違いだ。

 01年までの6回における連対馬のべ12頭のうち、外国産馬は7頭。97年と98年はマル外のワンツーフィニッシュになっている。
 98~99年あたりはそもそも出走馬に占める外国産馬の割合が高く、98年は出走16頭中10頭(他に取り消し1頭)、99年は16頭中12頭がマル外だった。
 一方、06年におけるマル外は、18頭中2頭のみ。05年は3頭だった。マル外というものが質量ともに低下しており、それが「なんとなくスプリント界のレベルが下がっているような気がする」という感覚に繋がっているようにも思える。

 ちなみに、01年以降の連対馬は1頭を除きすべて4番人気以内なのだが、その唯一の例外もまた、マル外のキーンランドスワンだった。こうして見ると、「機能するマル外」がいるかどうかはこのレースにおいて重要な意味を持つことが分かる。

 さて、ではマル外の退潮と入れ替わりに勢力を増したのは何だったか?普通なら内国産スプリンターの代表血統であるサクラバクシンオーあたりになるはずだが、バクシンオーはなぜか3月の中京最終週芝1200m(高松宮記念だけでなく、全レースが対象)と相性が悪い。実はショウナンカンプ(02年高松宮記念)が唯一の勝ち馬で、総合では(1.3.2.21)となっている。
 マル外の勢いがなくなって得をしたのはサンデーサイレンスだった。父として3勝2着2回、母の父として2着1回の計6連対を高松宮記念で果たしている。
 今回も父、母の父両方の立場から有力馬を送り出しており、SSの血を無視した予想は立てづらいところだ。