嶋清一


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藤村と同じく1大会57奪三振の快投をやってのけたのが、海草中の嶋清一だった。

嶋は1年生から5番を打ち、運動能力の高い投手だったが、気の弱さから後半に崩れることがあって期待を裏切っていた。しかし5年生になってから発奮。血のにじむような努力が実って昭和14年夏に出てきたときは見違えるようにたくましくなっていた。

3試合を完封、その左腕からの剛速球と大きく落ちるカーブが冴えわたり、準決勝の島田商も8-0と全く寄せ付けなかった。4四球を与えたが毎回の17三振を奪い、ノーヒットノーランを達成。下関商との決勝ではさらに凄みを増し、2四球の走者を許したのみ。それも二盗死と併殺に仕留めて無残塁。2試合連続のノーヒットノーラン、8奪三振という震えがくるような快投をやってのけたのだ。5試合で154人の打者に対して許したヒットはわずかに8本。奪った三振は57個。

当時の中堅手・古角俊郎は、「5試合で外野に飛んだのはわずか12本。私のところには2個だけ。特にドロップは鋭く、センターから見ていると、一度止まって、それが戻ってくるような感じだった」という。学業も優秀で級長も務めたほど。明大に進み、昭和19年に出征、ベトナム沖で戦死した。

<参考資料:高校野球 忘れじのヒーロー>
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