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機神幻想Endless 第三話 覚醒者 後編

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irisjoker

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「全く……おめでたい日に限って、おめでたくないのが現れるのは、一体、どういう事なんだろうね」

とある校舎の屋上から、うねりとなって動く人波を眺めながら、不機嫌そうな表情で吐き棄てる男子生徒の姿が一つ。
男子学生――イルクレント学園大学部エーテル工学科所属、君嶋悠。彼が不機嫌な理由は唯一つ。
待ちに待った合同学園祭。その初日にも関わらず、無粋で危険な連中が忍び寄る影を察知したからだ。

「開演まで後三十分程……秒殺して戻ってから、速攻で着替えればOKかな」

学園祭で公演予定の喜劇「彦星と織姫」
とある理由で彦星役に抜擢された悠は、台詞を覚えるために何度、朝日を拝んだかさえも分からない。
今までの苦労を台無しにされては堪った物では無いと、危険物処理のために踵を返すのであった。

悠が危険な気配を察知した場所。それはイルクレント学園の裏門から続く路地裏。
元々、昼でも薄暗く人気の少ない場所なのだが、この日は完全に日の光から遮断され、闇の帳に覆われていた。
そんな限定された闇の世界に、黒のエプロンドレスに身を包み、栗色のポニーテールを赤いリボンで結んだ少女。
そして、黒のロングスカートに、真っ白なシャツを着込んだ黒髪のショートボブの少女の姿があった。

背格好や年の頃からして、学園祭を切り盛りする女学生だと考えるのが妥当なのだが
行き交う人々を瞳に写し、舌なめずりしながら冷笑を浮かべる、その姿は、女学生と形容するにはあまりにも異様で
少女の背後に伸びる影からは、夥しい数の獰猛な双眸が妖しく輝いており、明らかに普通では無い事を窺わせていた。

少女が狂気に満ちた笑顔で腕を振るうと、影の中から異形の群れが飛び出し、学園へと向かって駆け出した。
その姿は様々で、腕から鱗を生やした者や、身の丈程もある巨大な豪腕を振り回す者。顔が無い者。
唇が捲れ上がる程の牙を生やした者、剣の様に鋭い爪を伸ばす者、そのどれもが人間とは似て異なる姿をしており
贔屓目に見ても人間にとって友好的な存在とは到底思えない様相をしていた。

奇声と共に跳躍する異形の群れ――
だが、獰猛な双眸を爛々と輝かせながら侵攻する異形等の行く手を阻むが如く、無数の蒼い閃光が空間を走り抜け、その奇形が宙に縫い止められた。

「八式・縛陣の法――人間以外の来校はお断りでね。消えてもらえるかな?」

光と闇の境界で一人立ちはだかる悠は、自らの力を誇示するかの様に、背中から糸の様に細い、蒼のエーテル光を無数に浮かべいる。
蒼のエーテル光が行き着く先は、空中で動きを止めた異形の群れの身体で、其々が複雑に絡み合い、異形の体躯を雁字搦めにしている。

とは言え、飢えた異形の群れが、いつまでも蜘蛛の巣に捕らわれた羽虫の様に動きを封じられている筈も無く
負けじと全身からエーテルを放ち、戒めとなっている蒼のエーテルを切り裂き、侵攻を再開しようと地を蹴った。

「退く気は無いか……ま、退いたら退いたで、それも吃驚だけどね」

嘲弄染みた口調で呟き、指を弾くと蒼のエーテルが円陣を描く様に走り、文字と数字の羅列が浮かび上げた。

<我は盾。人界に仇為す愚者を阻む巨壁也>

その場に居た者達の眼に移る景色が、水の波紋の様に揺らめき、悠の灰色の瞳が頭髪同様、血の様な紅に染まる。

<限定解除――結界の奇術師>

そして、悠の瞳孔が獣の様に縦に裂け、周囲の景色が押し潰され、何も無い荒野の世界が構築される。

「百八式・隔世の法。見る事も、触れる事も出来ない隔離された世界で、誰からも知られる事無く、看取られる事無く散って行くと良いよ」

言の葉の一つ一つに敵意、殺意、嘲りを含めて語るその表情は、彼を知る者が見れば凍り付きそうになる程の悪意に満ちていた。
君嶋悠――A級エーテル能力者にして、奇術師の力を宿す覚醒者。大崩壊の時より倭国を守護し続けて来た一派、君嶋家の次期当主。
そして、初代君嶋の理念は時代の流れと共に変わりつつあれど、その根底にある守護の二文字だけは歪む事無く引き継がれている。

「人の世に蔓延る悪意」

目の前にいる非力な人間が仇敵、覚醒者である事を悟った異形は、左右から跳躍し悠の頭上から急襲を仕掛ける。
その瞬間、蒼のエーテル光を纏った瞬拳が異形の頭部を二つ。割れた水風船の様に破砕し、ヘドロの様に黒味を帯びた鮮血を周囲にブチ撒けた。

「人の歴史に刻まれる闘争」

飛び散る残骸の隙間を縫う様に歩を進め、三体目の異形の頭部を振り落とした拳で爆砕。
身を翻しながら繰り出した刀の様に鋭い蹴りが、四体目の異形の頭部を細切れに削ぎ落とす。

「善悪、肯定否定。その全ては人の手によって幕を開け」

悠が歩を進める度に、粘度のある黒い鮮血を撒き散らす噴水の数が増えていく。
背後に回った異形の胸部に手刀を突き入れ、刃の様に研ぎ澄ませたエーテルを放ち、内腑を切り刻むも、更に飛び掛った二体の異形が悠の首と右腕を締め上げる。
悠の動きが止まった事を好機と見て、更にもう一体の異形が飛び付き、左腕に牙を付き立て、一気にその皮膚を引き剥がした。
返り血を浴びた異形が快楽に歪んだ隙に、表皮の無くなった左腕で異形の胸倉を掴み、眼前に引き寄せる。
そして、額にエーテルを纏い、自らの頭を鉄槌の様に振り落とし、異形の頭部を上半身ごと吹き飛ばす。
全身を纏うエーテルを針の形状に加工し、首を絞めていた異形と、絡み付く異形に無数の穴を穿ち、物言わぬ肉袋をこしらえた。

「人の手によって幕を下ろす」

異形の群れは少数で仕掛けても埒が明かないと悠を包囲する。その数は悠がカウントする気を無くす程。

「確かに人間って奴は喚き、妬み、憎み、恨み、騙し、奪い、盗み、壊し、殺し、救いようの無い愚か者なのは事実だけどね。
それでも、必ず負を乗り越え、未来を切り開く光を掴む事が出来る生き物なのさ。そうやって時は人の手によって刻まれて来た」

悠が指を弾くと空間が湾曲し、歪みの中から剛槍の様な蒼い閃光が断続的に放たれ、異形の悉くを貫き、血溜まりに沈める。

「故に君嶋は、人外の人に対する悪意と、干渉を認可しない……って言うか、僕もその愚かな人間なわけだし?
人間ですら無い奴が何、人間様を否定してんだって話。だから、二度と舐めた考えが出来ない様に滅殺する。OK?」

悠は揺らめく空間から閃光の奔流を止め、群れのリーダーであろう少女の様な外見の二体の異形を一瞥すると
再び、拳にエーテルを纏い、ショートボブの異形との間合いを詰めながら、薄ら笑いの浮かぶ顔面に拳を撃ち放つ。

「な……に……?」

悠の拳が異形を捉えるまで後僅か。だが、悠は見えない壁に阻まれたかの様に拳を突き出したまま、目を大きく見開き硬直した。
ショートボブの異形の背後で佇む、ポニーテールの異形の手元には、青みがかった銀髪の少女の姿。
その首にはエーテルの刃が当てられ、薄らと血が滲み出ており、異形は勝ち誇るかのように口の端を大きく釣り上げた。

「化物の分際で、人質を取って勝ち誇るな……!」

悠は怒りを隠さずに牙を剥くが、異形は薄ら笑いを止めず、右腕にエーテルを纏い悠の横っ面を殴り付ける。
更に左腕にもエーテルを纏い、よろめく悠の顔面を更に殴り飛ばし、右足を跳ね上げ、悠の鳩尾を貫く。
悠が咳き込み、上体を折り曲げようとすると、異形は悠の髪を掴み、額に肘鉄を叩き込む。
割れた額から噴水もかくやと言わんばかりの勢いで血を吹いた悠は、前のめりになって膝から崩れ落ちた。
ショートボブの異形は笑みを浮かべたまま、呼吸も荒く立ち上がろうとする悠の後頭部を踏み付け、地面へと抉り込む。

「お兄ちゃん!!」

「大丈夫……すぐに助けてあげるからね」

少女の悲痛な叫びに悠は、血塗れになった顔を必死で持ち上げ、優しげな声と笑顔で少女に語りかけるが
異形は余計な口を開くなと言わんばかりに、再び、悠の顔を地面に埋没させて黙らせる。
それだけでは気が納まらないのか、それとも飽いたのか、異形は悠の後頭部から足を退けて、その首を握り締めて持ち上げる。
悠が内包するエーテルは質、量ともに異形達にとって垂涎物の良質な食糧で、簡単に殺すのは勿体無い。
異形は悠の身体を持ち上げている右腕から、じわりじわりとエーテルを吸収する。

「勝ち誇らないでもらいたいね……」

苦痛を無視して、悠は不敵な笑みで吐き捨てるが、異形は嘲りの笑みを消さずに力を吸い取る。
だが、異形達の敗因をあげるとすれば、目と手が届く範囲に助けられる人間が居たら、動けなくなるという悠の気質に捕らわれ過ぎた事。
そして、この男は救うためならば土下座もする、裸で犬の真似もする、足の裏を舐める事も躊躇わないという考えの男であるという事。

――ダレカタスケテ

だから、強者としての矜持を踏み躙り、全くの見ず知らずの他人に見苦しく必死に助けを請う程度、何の痛痒も感じる事が無い。
そして、この不干渉の世界を作り出したのは君嶋悠自身であり、この世界のルールを作り変える事も難しい事では無い。
悠の声は外界で人波に流されているエーテル能力者の元に届けられ、その者に限り、この世界を認識し、触れ、侵入可能とした。

「こういう場合、ガキを人質を取っている方が悪党って事で良いんだよなァッ!!」

突如として叩き付けられる大声。ポニーテールの異形が背後を振り返ると、視界を鉄板で補強された靴裏に塞がれ、顎から上を粉砕される。
治める国も、守るべき民を持たない王――閼伽王。彼の腕の中には人質にされていた少女が、彼の大きな手で目を塞がれた状態で抱えられていた。
突然の闖入者と、変わり果てた同胞の骸を見て、ショートボブの異形の表情が焦りを含んだ物へと変わった。

「大成功……最後の晩餐は終わったかな?」

視界の隅で突然の闖入者と、変わり果てた同胞の骸に気を取られていると、その焦りを見透かしたかの様に悠の優しげな声が投げかけられる。
ショートボブの異形は恐れを含ませた表情で視線を戻すと、異様なまでに血管を脈動させながら、自身の両腕を捻じ曲げていく悠の姿があった。
逆陽を受けて影に覆われた悠の表情を窺い知る事は出来ないが、浮かび上がった真紅の眼光が獲物を狙う獣の様に異形の姿を紅く照らしていた。
そして、異形の両腕が乾いた破砕音と共に握り潰され、戒めから解放された悠は上半身を霞ませ、雷光の如く勢いで額を撃ち落す。
その激しい衝撃に異形は悠から弾き飛ばされ、背中から地面に叩き付けられるも、宙を舞い膝から着地してどうにか踏みとどまる。

「こえー! こえー! ただの頭突きで其処まで出来るか、普通!?」

閼伽王の冷やかす声を無視して、牙を剥く異形を無表情の目線で射抜き、自らの首に人差し指を刺す。

――さっさとかかって来い。

無言の挑発に異形は、奪い取ったエーテルで両腕を再構築し、牙と爪を剥き出しにして地を蹴り、悠の元へと突進した。

「覚醒者を……いや、人間を甘く見ない事だね」

異形の両腕から伸びた爪から繰り出される神速の斬撃が悠を切り裂き、異形は何の自覚も無いまま光と、闇と、命を失った。
だが、それは如何でも良い事だ。足元で弾け飛んだ黒い鮮血の中に見え隠れする、ミンチ状になった赤褐色の肉片や、灰色の骨片になど何の興味も無い。

「全脅威の無力化を確認……限定解除終了。助けてくれて感謝するよ」

悠の瞳が紅から灰に戻り、何も無い荒野に舗装された道路が生まれ、建造物が立ち並び普段の学園都市の薄暗い路地裏が姿を現した。

「ああ! 良いって事よ!」

「お兄ちゃん達、ありがとー!」

地面に下ろした少女が白いワンピースを翻し、同じような髪の色をした少年の元へと走り去っていく様を
閼伽王は手を振りながら見届け、視界から少女の姿が消えるなり、怪訝そうな表情で悠に向き直った。

「ありゃあ、何なんだ? 黒い肉片をぶちまける人間なんざ見た事が無ェ……って、おい!? 大丈夫か!?」

顔面蒼白で額と左腕から夥しい量の血液を流し、笑顔のまま地面に横たわる悠に駆け寄った。

「いやー……不覚不覚。ちょっと血を流しすぎたかな……」

「普通の人間なら、とっくに死んでるぞ……修復出来るか?」

「腐ってもA級だしね……って言っても騎士の能力者程、効率良くは治せないけど」

悠が目を閉じ、蒼のエーテルが放出され身体に付着した血液や肉片を分解し、擬似血液を精製し
余った残骸で擬似的な皮膚を構築し、皮膚を引き剥がされた左腕と、割れた額を塞いで悠は軽く息を吐いて目を開いた。

「充分過ぎる程、完璧に治ってるじゃないか! 俺よか修復の早い奴見たのは初めてだぜ!」

閼伽王は感心した様に悠の左腕を叩くと悠は、まるで全身に電流が流れたかの様な声で悶絶し、肩で息をしながら閼伽王の胸倉を掴んだ。
閼伽王は激昂しかけるが、静かに怒りを露にする悠の目尻には涙が浮かんでおり、閼伽王は鳩が鉄砲を喰らった様な表情を浮かべた。

「まだ止血と……! 表面上の傷口を塞いだだけで……! まだ中身はグチャグチャになったまんまなんだよ……!!
僕は奇術師だぞ……! 騎士みたく効率良く治せるわけが無いだろ……! 命の恩人とは言え、僕だって怒るぞ……!」

「な、泣く事ァねぇだろ……って言うか、その騎士とか奇術師とかって何なんだ?」

悠は閼伽王の胸倉から手を離し、涙を拭いながら呆気に取られたような――例えるなら権威のある学者が子供向けのテキストに苦戦している姿を見てしまったような表情を浮かべた。

「え……? 君、軍人だろ? 何でそんな事も知らないのさ」

「あー……何っつーかな……俺ァ、昨日まで三年間、地図にも載っていないような辺境の島で生活してきたんだがよ。
帝国の人間狩りの襲撃を受けて、バトってたわけなんだがー、エーテル切れ起こして気ぃ失っちまってな。まあ、共和国の軍人さんに助けられてな。
助けられついでに今日から俺も軍人ってわけよ。昨日までそんなだったからよ、能力者の常識なんて物は知らねェんだわ……閼伽王だ」

「閼伽王……か。成る程、通じないのも道理だね。申し遅れたね。月からの留学生、君嶋悠。以後、お見知りおきを。
さて、閼伽王。君が共和国の軍人なら、他の誰かに教わるだろうとは思うけど、君は僕と、あの子の命の恩人だ。
そんな君が、魔弾の能力者を相手にエーテル兵器の銃撃戦なんて無謀やらかして、死なれても目覚めが悪い」

悠が知る由も無いが、その無謀な真似をやった結果が現在に繋がっている。

騎士の能力者が魔弾の能力者に飛び道具を使うのは無謀――

セブンスでのベアトリスとの直接戦闘の際、彼女が閼伽王に向けて言い放った言葉を、今も閼伽王は忘れていない。
魔弾の能力者を相手に銃撃戦やっちゃったぜー! HAHAHAHA!などと言える筈も無く、閼伽王は無言で頷き返した。

「エーテル能力ってのは結局の所、破壊と殺戮に特化した究極の暴力手段さ。その手段や対象には何の制限も制約も無い。
だけど、暴力の体現者たるエーテル能力者は違う。元を辿れば所詮は人間。その矮躯では膨大な暴力手段を持て余すのが道理さ。
其処でエーテル能力は三つの能力に区分され、其々の能力者の律に応じて注ぎ込まれ、効率良く暴を振るえる様に作られたのさ」

悠は指を三つ立てて言葉を続けた。

「一度振るわれた剣戟から放たれる剣閃は十を数え、百の軍勢を屠殺し、千の暴に晒されて尚、立ち上がり更なる暴を司る騎士の能力。
ありとあらゆる障害を蹂躙し、狙った対象を嗅ぎ分け、その姿を見通し、魂を喰らい尽くす弾丸を鋳造する魔弾の能力。
そして、精神世界を拡大し外界のエーテルを干渉し、支配する奇術師の能力。
……って大袈裟な言い方をしたけど、分かり易く、身も蓋も無い言い方をすれば、チャンバラと自己再生と肉体強化に特化したのが騎士。
弾丸ぶっ放したり、五感や認識能力の強化に特化したのが魔弾で、大気や物質に含まれるエーテルの吸収行使に特化しているのが奇術師ってわけ」

「身も蓋もねェな。俺を襲った帝国兵は俺の事を騎士の能力者だと言ったんだがよ、何か区別を付ける手段はあるのか?」

「エーテルを放出すれば一目瞭然だよ」

そう言って、悠は右腕から蒼のエーテルを放出し、閼伽王もそれに促されたかの様に右腕から白のエーテルを放出する。

「色が違ェな……」

「能力者が放出するエーテルには能力に応じた色が混ざるんだ。白なら騎士、蒼なら奇術師、深緑なら魔弾。
無色ならC級以下ってね。だけど、騎士の能力者だからと言って、奇術師や魔弾の能力が使えないわけじゃないんだ。
騎士の能力者は騎士の能力で壊したり、殺したりする事を得意としていると言うだけの事さ」

事実、先程の結界内の戦闘では悠が直接攻撃で使用していた能力は身体強化、騎士の能力を使用していた。
更に閼伽王が農作物を異常成長させていた能力も、外部生命への干渉。つまりは奇術師の能力を使用していた。
君嶋悠というエーテル能力者を例にすると固有能力である結界操作を十とすると、象徴能力の奇術師は八。
騎士と魔弾は精々、四か五。本来の能力の半分も発揮出来るか出来ない程度である。

「だから、アイツは撃ち合いになった時に魔弾相手に飛び道具は不利なんて言ったのか……ッて!?」

先の戦いで生まれた疑問が氷解し、閼伽王は得心がいったかのように手を打った瞬間、余計な事を喋ってしまったと
弾かれた様に悠の方を見やると、呆れているいような、無理矢理、笑いを押し殺しているような、そんな表情をしていた。

「知らなかったとは言え、魔弾の能力者を相手に魔弾の能力で挑むなんて随分と無謀な真似をしたものだね」

取りあえず、悠は閼伽王から視線を外して肩を震わせながら、極めて平坦な口調で語るも、閼伽王は憮然とした表情を作った。

「いっそ笑えよ……」

「いやいや、魔弾の能力者を相手にエーテル切れ起こす程の撃ち合いが出来たんだよね?
流石は騎士の能力者だね。生存能力の高さは随一と言われるだけの事はあるよ」

実際には撃ち合いなどと大層な勝負が出来ていたわけでも無く、一方的に撃たれた挙句
やっとこ撃ち返せた一発も相殺を通り越して、打ち消されるという清々しい負けっぷりだったのだが
閼伽王は憮然とした表情の裏で今度こそ、余計な口を開くまいと決意した。

「だけど、生存能力に優れるとは言え一対一では太刀打ち出来ない相手だっている。それが同系統の上位能力者。そして、覚醒者さ」

「同系統の上位能力者には太刀打ち出来ないってのは何と無く分かるけどよ、覚醒者ってのは何だ?」

「A級以上のエーテル能力者にのみ宿る、第二の暴力手段。固有能力を一点特化させる限定解除の力を持つ能力者の事だよ。
覚醒者の総数は六六六人。その人数に満たなくなった時、無作為に選ばれたA級以上の能力者に、その力が宿ると言われている。
例えば僕の限定能力<結界の奇術師>は、結界構築能力のみに限ればS級の奇術師と同格か、それ以上の能力を宿す事が出来る。
それ以外の能力は普通のA級の能力者と変わらないし、万能無敵には程遠いし、制約も多いんだけどね」

先程の戦いで悠は、隔世の法という空間に存在する僅かな隙間に結界を構築し、箱庭世界を生み出す能力を使っていた。
一対多の戦闘時における敵の逃走防止、自身の戦闘による周囲への混乱等の弊害を防ぐために編み出した能力なのだが
箱庭とは言え、一個の世界を構築するだけの能力を使用する事に対する制約はあまりにも大きく、能力使用の代償として
結界操作系の奇術師でありながら、自分自身を守るための結界を出来ないばかりか、奇術師の能力すらも使用を制限され
結果として、本来の能力の半分すらも発揮する事の出来ない騎士や魔弾の能力での戦闘を強要される形となる。

「その結果がこのザマだったりするんだけどね」

そう言いながら、悠は苦笑しながら見た目は無傷、中身を輪切りにされた左腕を振った。
如何にA級能力者と言えど、本来の能力を制限されて騎士や魔弾の能力で戦うとなると、B級、最悪の場合、C級程度の能力しか発揮する事が出来ず
今日の様な手傷を負う事など然程、珍しくない事で、綺麗な顔や皮膚の下には数えるのも馬鹿馬鹿しくなる程の夥しい古傷が刻まれている。

「そのザマなぁ……」

「僕だって純粋な格闘戦じゃ騎士に劣るし、長距離戦じゃ魔弾に太刀打ち出来ない。
下位の能力者だって数が揃えば十二分の脅威になる。人質なんて取られたら完全にお手上げだ。つまり、付け入る隙は幾らでもあるってわけさ」

上位能力者を相手に数の暴力で対応するというのには、閼伽王にも何と無くだが頷けるものだった。
セブンスでの戦いでは閼伽王の不慣れというのもあったが、三人のC級能力者が駆る陸戦騎を相手に苦戦する場面もあり
相手の機先を制し、即座に一機撃破した後に一対二へ持ち込み、辛うじて勝利を拾う事に成功していたのだが
もしも、セブンスに派遣された陸戦騎がもう一~二機多かったら、流石の閼伽王もどうなっていたかは分からない。

「覚醒者の一番の特徴っていうのは戦闘能力じゃない。さっきの化物共の臭いを嗅ぎ分け、その姿を見つけ出す事にある」

「やっぱり、人間じゃねェのか……一体、地球はどうなっていやがるんだ?」

太陽系における非常識の代表とも言うべき、エーテル能力者。
実の所、精神面は普通の人間と比較して若干、非常識な出来事に対する耐性が強い程度だ。
閼伽王自身、どんな非常識に直面したとしても、やり過ごせる自信があった。
だが、その非常識というのは、人の手によって起こされるものであればの話だ。
人によく似た、人ならざる者の存在。寧ろ、何処ぞの国の生物兵器とでも言われれば、動揺する事も無かっただろう。

「そうだね……もっと色々な事を教えてあげたいのは山々だけど、時間切れのようだね」

そう言って、悠はイルクレント学園の校庭に設置されたスピーカーに視線を移すと、怒声混じりで悠を呼び出す女学生の声が鳴り響いていた。

「そろそろ、書生に戻るとしようかな……だけど、次に会う時まで、忘れずに覚えておいて欲しい。
あの化物達は、エーテル能力者が居る所なら何処にでも、蝕み喰らうためだけに現れるって事を。
その牙が向かう矛先に年齢、性別、人種、国籍、生まれ育った星は関係が無いって事を」

そして、悠は立ち上がり閼伽王に背を向けて学園の方へと歩を進めながら、言葉を続けた。

「そうそう。今日の出来事は誰にも口外しない事を強く勧めるよ。君が共和国の軍人ならば尚更ね。
ヴィルゲスト共和国、スクレイル帝国、神聖国家連合、各国の政府は奴等の存在を認識している。
奴等を認識した上で、その被害を全て戦争による被害として処理し、存在を黙認しているんだ。その理由は――」

悠の後を追うのを阻むかの様に強い突風が吹き荒れ、閼伽王はきつく目を瞑り、風が止んだ時は既に、その姿は風に掻き消されたかの様に消え失せていた。

「勿体付ける所じゃねぇだろ……ま、続きはまた今度だな」


※ ※ ※


閼伽王の前から消え失せた悠は、既にイルクレント学園の舞台裏で織姫役の女子生徒に急かされながら、衣装に着替えていた。

「君嶋君、何処に行ってたのよ!?」

「ヒーローは遅れてやってくる。何時の時代、何処の星でも同じ事だよね? それを実践してみただけだよ」

「開幕まで後二百秒!!」

「OKOK! 後九十秒で支度する!」

イルクレント学園の催し物の大目玉となっている劇、彦星と織姫が今正に開幕しようとする中、ギリギリになって現れた主演のせいで
安堵感から来る妙なハイテンションで生徒たちが慌しく、舞台裏で動き回る中、悠は一人、劇とは関係の無い事を考えていた。

(閼伽王……君嶋、守屋を初めとする守護者を統率して来た守護王……今や、その血統は完全に潰えている。
十中八九、彼はあの閼伽王では無い筈だ……で無ければ、あの化物達の事を知らない事の説明も付かない。
彼の近くに閼伽王の縁者が存在している。もしくは、存在していたのか? いや、過度な期待をしても仕方が無い。
彼が命の恩人である事には変わりが無いのだから……寧ろ、この妙縁……何かの予兆だとでも言うのか……?)

「君嶋君!!」

「OKOK! 難しい事は後回し……今は地球の学園祭を目一杯、楽しむとしようかな」

悠は笑みを浮かべて、ステージへと向かった。

「ベガ組若頭、ウルトゥル・カデンス!!その首貰ったァッ!!」

ステージの上で、叫び声と共に彦星扮する悠の飛び蹴りが、ウルトゥル・カデンスに扮する男子生徒の背中に炸裂する。
そして、飛び蹴りの勢いを背中に受けた男子生徒は勢い良く、アクリル板で作られた熱湯風呂の中に叩き落とされ
激しいリアクションで、もがき苦しみ、水面へと浮かんだ所で、幕が下りた。

彼等の演じる「彦星と織姫」は、全七幕一幕七十七分で構成されており、漸く、三幕目が無事に幕を下ろした形となっていた。
因みに劇で使う大道具や小道具には、熱湯風呂よりも危険で、性質の悪い代物がごまんと揃っているのだが
熱湯風呂に蹴り落とされた男子生徒を初めとする、ステージの上で彦星に叩きのめされる役柄の生徒達は全くの無傷。
まさに結界の奇術師たる悠にとって一番の腕の見せ所である。

アクションシーンで演技する生徒は、悠が構築した結界によって守られており、そう簡単にはかすり傷一つ負う事は無い。
それ故に彼等の演出は、スタントマンが食い扶持を無くす程、危険度の高いアクションを取り入れては軽々とこなしていた。
尤も、結界の常時展開が出来ないため、常にステージ上に出て結界構築のタイミングを図れる彦星役までやらねばならず
他の生徒達は、結界が構築されるタイミングを知らされていないため、演技では無く本気で、その死に様を観客に披露していた。

安全なシーンでは大根役者宛らの演技で、手作りの小道具、大道具は何とも不細工で安っぽい作りをしているにも関わらず
アクションシーンに限れば無駄に派手で、セットは一々、役者を殺す気満々の作りで、死ぬ演技だけはやたらと上手い。
そんなあべこべな劇は、彼等が思い描いていた物とは違うにせよ、大盛況であると言えた。

「良い!? 一旦、休憩だけど絶対に五分前には戻って来てよね!?」

織姫役の女学生は、何度も何度も念を押すかのように悠に詰め寄った。
「彦星と織姫」の上演時間は長い。兎に角、無駄に長い。その為、一幕を終える度に二十分の休憩が挟まれる。
そして、休憩の度に悠が劇場から出て行こうとする度に、織姫役の女学生は、悠の肩を掴んでは激しく揺さぶり、言い含めていた。

「この格好だし、そんなに遠くまでには行かないよ。今の所は特にフラ付く用事も無いっぽいしさー。
って言うか、そんなにくどいと遅れて来いってネタ振りみたいに聞こえるから不思議だよねー、あははは」

肩を掴まれた悠はヒラヒラと手を振るものの、目線は完全に明後日の方向へと向いている。

「ネタ振りじゃねぇっての!! って言うか、彦星役は代役が立てれるから良いとして、君嶋君抜きで劇を始めたらどうなるか分かるよね?
言っておくけど、君島君抜きでも全舞台装置を使うからね? アレのために何回、徹夜したかも分かったもんじゃないんだから!」

悠抜きで数々のアレを使おうものなら、軽く数十人は死ねる程の大惨事となり催し物が喜劇と言うよりも、殺戮劇となりかねない。
そして、彼女達は連日の徹夜の影響でノリと勢いだけで、やりかねないくらいには正常な判断力を失っていた。

「お、おーけーおーけー……僕としても人死には勘弁だから、ちゃんと開始五秒前には戻るよ」

「五分前だっつってんだろ!! あーもー!! 誰か首輪と紐持ってこーい!!」

「そういう事をやる趣味はあっても、やられる趣味は無いからご勘弁!! まーた後でねー!!」

このまま、この場に留まり続けると本当にやりかねない勢いで興奮気味に叫ぶ織姫役を見て
悠は舞台裏の天井へと跳躍し、猿も顔負けと言わんばかりの速さで天井に張り巡らされた鉄骨を駆け抜け、外へと走り去った。

「はー……女性が怖いのは、地球も月も同じだねぇ……イテテテ」

人気の無い劇場の裏で上半身をはだけ、先程の戦いで受けた傷の具合を確かめるかの様に動かしながら一人ごちていると
その裸身を照らす陽光を阻み、覆い被さるかの様に人影が伸び、悠は不審気な表情で視線を影の主へと向けた。

「懐かしき異能の気配がすると思っておったが君嶋の。矢張り、主であったか」

悠に声をかけた影の主は若草色の陣羽織に身を包み、後頭部の辺りで長い銀髪を結った美丈夫であった。
その青年が長い銀髪を揺らしながら、足音も無く歩を進めるごとに、悠の口が開いていき、肩を震わせて
驚いているような、呆気に取られているような、喜んでいるような、そんな表情を浮かべて青年に指を差した。

「刀十狼……? サイガ筆頭、守屋刀十狼じゃないか!!」

「如何にも……三年ぶりよの君嶋の」


【次回予告】
盟友との三年ぶりの再開に喜びを分かち合う君嶋悠と、守屋刀十狼。
だが、突如として文教都市に空襲を仕掛けるスクレイル帝国の空戦騎隊。
大きな混乱がうねりとなる中、空戦騎を迎え撃つべく出撃する閼伽王と、ワーグナルド。
その最中、混乱に乗じて出現した異形の群れが力無き人々へと不吉な牙を剥き出した。
ただ人だけを守るという思想の元、異能の力を手に立ち向かう悠と、刀十狼。
人対人の天。人対魔の地。混沌と化した天地の戦場で、戦士達の想いが錯綜する。

機神幻想Endless 第四話 戦う者


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