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グラウンド・ゼロ 第20話

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匿名ユーザー

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 ワイヤーを伝ってAACVから降りたリョウゴは、要塞内の様のあまりの変貌
ぶりに驚いた。
 地上に下りるまでは元気に働いていた作業員たちが、みなグロテスクに死んで
いる。
 一体、AACVでコアの発掘作業を行っている間の数時間で、この要塞に何が
起こったのか。
 リョウゴは腰のホルスターに入った拳銃に手をかけた。それはこの要塞に来て
、初めて戦闘を経験してから持ち歩かずにはいられなくなっていたものだった。
 警戒しつつドック内を歩いていく。
 ふと、AACVハンガーに、ツカサキのネイキッドとは違う、奇妙な機体が拘
束されているのが目についた。
 その機体は今までのAACVとは大きく外見を異にしていた。
 その頭部は通常のAACVより大型化し、真ん中にカメラとセンサーのような
ものが追加されている。背後には巨大なカノンが背負われているが、奇妙なこと
に弾倉が見当たらない。
 それに加えて全てのAACV共通の大きな特徴である、両肩の超高出力全方向
スラスターも無い。それは両脚と一体化していて、この機体が『歩く』という機
能を廃して飛行に特化した機体だということを物語っていた。
 代わりに空いた両肩には、片方三枚の、連なった大きな三角形のプレートが装
備されていて、まるで翼かマントのように機体を覆っていた。縁に「A―SHI
ELD」と書かれたその裏側には近接戦闘用の超高熱剣がマウントされている。
 その全体的なシルエットは遠目で見ると、首の長い飛竜のようだ。
 だがあの機体、見たところスラスターが脚にしか無いが、あんなのでバランス
はとれるのだろうか?
 一瞬、そんなことを考えた時だった。
「どーよ、傑作だぜ!」
 突然背後から声をかけられ、ビクリと身構えつつ振り向く。
 そこには崩したスーツ姿のツカサキが居た。彼はタバコをくわえ、笑顔でいる

「傑作……?」
 リョウゴは思わず聞き返した。本当に訊きたいのはこんなことじゃないのに。
「おうよ。『AACVⅡ ワイバーン』。高火力の砲と無敵の防御力を持つ、最
強のAACVだぜ。」
「へ、へぇ。」
「なんだよ、もっと喜べよー。お前のもんなんだからさ。」
「え、は?」
 リョウゴの予想だにしていなかった言葉だった。
「お前のために作ったんだぜ。まごころ込めて夜なべして」
「……はぁ」
「いやつっこめよ」
 そうしてタバコを指に挟んで口から外す。リョウゴは周囲を見渡した。
「それよりこれは、一体、どういう状況ですか」
「歩行要塞中に細菌兵器がばらまかれ、事前にワクチン射ってない人間は全滅し
ちまった状況。」
「細菌兵器!?」
「ああそうさ」
 ツカサキは髪をかきあげる。
「みんなみーんな死んだぜ。でも安心しな、ウイルスはもうとっくの昔に消滅し
てる……」
「生き残ったのは」
「俺と、こいつらだけ」
「“こいつら”?」
 そう問いかけてリョウゴは気づいた。広大なドックの様々な方向から人々が集
まってきている。彼らは服装こそ作業着や私服、パイロットスーツ等と様々だっ
たが、男女共に若者ばかりだという点と、その両の瞳が黄金色に輝いているとい
う点が共通していた。
 彼らが、歩行要塞内の細菌兵器の蔓延をワクチンの提供を受けることで生き延
びた『ゴールデンアイズ』だった。
 ツカサキは集まったゴールデンアイズたちの前に立ち、リョウゴと向き合う。
 彼のブラウンの瞳には力があった。
「リョウゴ」
 ハヤタ・ツカサキは言った。
「俺たちゴールデンアイズは、今から世界中を敵にまわす」
 彼の口調は真剣そのもの。
「それは俺たちのある共通の目的を達成するためで、俺たちはそのために生きて
きたと言っても過言じゃない。両目を失い、顔を捨て、別人に成りきって、いく
つもの死線をくぐり抜けてきたのもそのためだ。」
 しかしその表情はどこか物憂げだった。
「リョウゴ」
 リョウゴは自分が息をするのを忘れていたことに気づく。
「……手伝ってくれ」
 ツカサキの声は静かだった。
 彼はそれ以上は何も言わなかった。ただリョウゴを見つめていた。リョウゴは
唾を飲み込み、震える手を拳にして、真っ直ぐにツカサキを見つめ返して言った

「……せめて聞かせてください。その、“目的”を……」


「まさか、そんな……」
 リョウゴは言葉を失っていた。
 工具箱の上に座って彼と相対するツカサキはゆっくりと頷く。
「だけどお前なら分かるはずだ。何せお前は――」
「そのために、多くの人間を犠牲にしたんですか」
「何を犠牲にしても叶えたい願いのひとつも無いのか?だとしたらそれこそ狂っ
てるぜ。お前何のために生きてんだよ。……それに、まだまだ足りねぇ。」
「まだ、人を殺す?」
「可能な限り多く、な。目的達成のためにはそれが欠かせない……ベストは世界
を滅ぼすこと、かな。まぁ無理だろうが」
 ツカサキは短くなったタバコを吸い、身を屈めて床に押し付ける。
 リョウゴは悩んでいた。悩んで、そして決断した。
「……わかりました。」
 ツカサキは顔を上げる。
「……協力します、ツカサキさんに。その目的を、達成するために……」


 暗闇と静寂がそこには満ちている。
 塵で構成された暗い鼠色の雲は空を一分の隙間も無く覆い尽くし、そこから昼
夜を奪った。
 どこからともなく降り続ける灰の粒はかつての人間たちが築いたものの残骸の
上に重なり続ける。
 極寒の大気に揺らぎはなく、世界は完成されてしまっていた。
 ……遠方から耳障りな音が聞こえる。
 凍てつくような大気を吸い込んで爆熱の炎に変え、その推進力で空を飛ぶ鋼鉄
の鳥が一羽、居た。
 戦うために産まれたその鳥は二挺の銃しか持っていない。歩行するための両脚
は与えられなかった。できるのはただ立つことのみ。
 体躯の明るい色合いはその世界の中で異質だった。
「……おかしいな」
 その鳥の胸に抱かれて、シンヤ・クロミネはひとりごちた。
 コクピット内に寝そべる彼は操縦レバーをいじり、機体を空中静止させる。
 そのままの状態に固定してから、指をコンソールに伸ばしてレーダーの画面を
拡大した。そこには何も反応は無い。
 誤反応だろうか。
 今から5分前、コロニー・ジャパンの領空内のこのエリアに目的不明で北米製
造同盟所属の――ということは恐らくゴールデンアイズの――AACVの反応が
あったのだ。
 そこでシンヤはスクランブルの指示を受け、その機体の目的を確かめるべく駆
けつけたのだが、肝心のその機体がどこにも居ない。
 罠を警戒しつつしばらく空中待機したが、何も変化は無かった。
 やはり誤りだったのだろうか。そう思って機体の高度を下げ、ぐるりと大地を
見渡す。
 すると、奇妙なものが地上に落ちていることに気づいた。
 それはこの大地にあって未だ灰に埋もれず、転がっていた。全体は目立つよう
にだろうか、趣味の悪い派手な色に塗られていて、しかも電飾でも巻き付いてい
るのか、様々な色に発光している。そんなコンテナだった。
 なんだあれは。
 カメラをフォーカスし、画像を拡大する。表面に「アヤカ・コンドウ様へ 愛
を込めて ハヤタ・ツカサキより(はぁと」と書かれているのを見つけて、シンヤ
はまずげんなりとした。
 ……拾わなきゃダメ、だよなぁ……。
 シンヤは基地へ連絡を入れた。この機体じゃあ、銃を撃つ以外にできることは
何も無い……。


 シンヤは幽霊屋敷に戻ったあと、以前にも増して大きくなった身体への負担か
ら回復しようと自室のベッドで寝ころんでいたが、通信機のアラームで叩き起こ
されて不機嫌だった。
 嫌な気分のままミーティングルームに向かうと、部屋にはすでに大勢の人間が
集まっている。
 彼らの前にはアヤカ・コンドウがリボンで飾り付けられた箱が乗せられた机の
傍らに立っている。彼女はシンヤが部屋に入ってきたことを認めると、扉を閉め
るように指示した。
「全員揃ったわね」
 彼女はいつものよく通る声で言った。
 どうやらシンヤが最後だったらしい。少しばつの悪い思いをしながらも、彼は
とりあえず扉のそばに立つことにした。
 そして何の気なしにふと横を見て、驚く。
 数人の人間を挟んだ先に杖を携えて立っていたのはユイ・オカモトだった。た
だでさえ痩せていた彼女はますます痩せこけ、眼窩や頬骨が浮き出かけている。
 シンヤは彼女に何か言おうと思ったが、最初の言葉を発する前にアヤカの声に
遮られてしまった。
「今回集まってもらったのは他でもない、例のハヤタ・ツカサキに関することよ
。」
 シンヤは話しかけることを諦める。
「今から一時間前、ゴールデンアイズのものと思われるAACVが領空内に侵入
し、コンテナを落としていきました。」
 自分が発見したあれだ、とシンヤは思った。
「回収したその中に入っていたのが、これ。」
 彼女は机の上の箱を示した。
「中身は今見せるわね……」
 そうしてアヤカ・コンドウは手でリボンを払い、箱の蓋を両手で持ち上げ、中
のものを取り出し、箱をわきに押しやって再び机の上に置く。
 それは奇妙な機械だった。
 大きなデジタル時計が中央にあって、それは頑丈そうなフレームに固定されて
いる。フレーム内には電子回路や、赤や白の配線がぎっしりと詰まっているのが
見えた。全体はアクリルでできた立方体の箱に収められていたが、スピーカーとお
ぼしき部分が接する面にのみ、細かい穴がいくつも空いていた。
「一緒についていたカードにはこう書いてあったわ。『本日昼12時00分に、
世界中の皆様に重要なお知らせがあります。この機械をなるべく多くの人間の前
に置いてください。』……恐らく、この箱からメッセージでも流れるんでしょう
。トラップ等の安全は確認してあるから、皆で時間を待ちましょう。」
 アヤカの言葉を受け、視線が一斉にデジタル時計に集まる。示されている時刻
は11時50分……。
 あと10分だ。
 それからは誰も何も喋らなかった。皆身動ぎもせず、胸にわき上がる疑問を押
し留め、これから流れるであろう裏切り者の言葉を待っている。
 長い10分間だった。
 ――時間になる。
 最初に箱から飛び出したのは軽い調子の電子音だった。部屋中の人間はそれに
反応して再び箱を注視する。
「ハロー、皆さん聞こえてますかー」
 そのすぐ後に飛び出た声には重みが無く、どこかふざけているような印象を受
ける。この声には覚えがあった。
「こちらはハヤタ・ツカサキでーす。」
 アヤカの眉間に、ほんのわずかだが力が篭る。
「今日は皆さんに重要なお知らせがあります。」
 空気が張りつめた。
「歩行要塞に居た人間は、全員死にました☆」
 誰もが耳を疑った。
「いやー細菌兵器ってマジ便利だねー。なんで禁止されてんのコレ?」
 何を言っているんだあいつは。
「生き残ったのは俺たちゴールデンアイズだけ……っつーことで、現在歩行要塞
は俺の手のひらの中って言ってもいいんじゃないかな」
 アヤカは無表情のまま言葉を待つ。
「さらに俺の手の中には既に、あなたたちが欲して止まない小惑星のコアもある
。」
 誰かが唾を飲み込んだ。
「そこでミナサマへ要求する。素直に従えばコアと歩行要塞は引き渡す。」
 口調が変わった。
「俺たちゴールデンアイズは、致死率99%を生き残り、P物質への完全なる耐
性を獲得した、いわば『適合者』だ。」
 一体何の話だ?
「黄金の目を手に入れた俺たちはギフテッド能力からも分かるように総じて身体
能力、頭の回転でお前たちに勝って――『優れて』いる。しかし、そうでない人
間は身体を患い、最終的に死に至る。……この構造、何かに似てないか?」
 シンヤにはわからない。
「『進化』だよ。突然変異と、自然淘汰の構造そのものだ。P物質起因性障害を
患った人間は、進化に失敗した、生物として誤ったものなんだ。」
 部屋の空気が揺らぐ。困惑だ。
「P物質の生じる波動は生物の遺伝子に干渉し、構造を変化させる。これが障害
の正体だ。P物質は生物の進化を促すものだ。そしてゴールデンアイズは、その
進化に成功した、お前たち『劣等種』とは違う『優良種』なんだよ。」
 胸中に大きな波がたつ。
「そこでお前たちに要求する。」
 ツカサキの声はさらに力強くなる。
「世界中の全ての地下都市に住む、全ての人間にP物質の波動を当てろ。」
 理解が追い付かない。
「現在の世界の総人口は約17億人……充分だ。99パーセントが死んでも、1
700万人残る。そこにあるのはゴールデンアイのみの世界だ。」
「なっ……!」
 思わず声が出た。
「『劣等種』を一掃し、『優良種』のみの世界を作ること。……それが俺たちゴ
ールデンアイズの目的だ。」
 馬鹿げてる。それが素直な感想だった。
「タイムリミットは12時間以内。それまでに俺たちの要求の実現に向けた何ら
かの行動を起こさない国が一国でもあれば、俺たちは、コアを破壊する。」
 何が楽しいのか、彼はそこで大きく笑ったようだった。
「あーでもそうなってもいいかもなぁ。一世紀前の悲劇の再来だ!地上は今度こ
そ再生不可能になって、しかも希望が残らない!マジ最高だなー、それ。」
 ケケケ、という声がする。なんだこいつ。
「つまりはそういうこと。各国の皆さんはガンバってくださいよー。そんじゃ、
スタート!」
 唐突にホイッスルの音が響き、そして機械は停止した。
 と同時に動き出したのはアヤカ・コンドウだった。
 彼女は素早く解散と戦闘配置につくことを全員に指示し、それから通信機を取
り出してどこか様々なところと次々に連絡をとり始める。
 その合間の一瞬に彼女が大声で呼びつけたのはシンヤ・クロミネと平蛇艦長の
タケル・ヤマモトだった。
 ヤマモトの車椅子のそばに2人は立つ。
 まずはアヤカが鋭い口調で言った。
「ヤマモトくん、例の作戦を行うわ。」
 そう言われたヤマモトは驚いた風に彼女を見上げる。
「まさか、冗談では?」
 アヤカはそれには答えず、シンヤに出撃を予告する。
 ヤマモトは身をわずかに乗り出した。
「成功率が低すぎます。考えなおすことは……」
「どうせコア入手の宣言があったら実行するつもりだったし。言ったでしょう、
ギャンブルだって。今回はスピード勝負だから、できることはどんなに外れる可
能性が高くともしなければ。」
「スピード勝負?」
 シンヤが口を挟む。
 アヤカはシンヤを一瞥。
「コアは歩行要塞にあり、しかもその中にいるのはゴールデンアイズと名乗るテ
ロリストたちのみ。しかもあの箱の音声が世界中同時に流れたのだとしたなら、
動き出すのは皆同時。となれば、『一番先にこの歩行要塞におこるテロを鎮圧し
たものが、コアを手に入れることになる』。この状況ははっきり言って好都合よ
。」
「あ、そうか」
「後は余計な問題が起こらないように『どういった順番で各国がテロの解決に挑
むのか』が問題になるけれど、そのために今外務省に各国への足止めをするよう
要請したわ。ただハヤタ・ツカサキが日本人だから、その責任を主張すれば優先
される可能性もあるけれど、やはり、一番最初に手をつけた国となるべきね。事
実に勝る武器は無いわ。」
 そうして彼女は手元のファイルから一枚の紙を取り出す。
「これは今回の作戦説明。頭に叩き込んで30分後に2番ドックのアッシュモー
ビルへ集合して。」
「しかし!」
 それでもヤマモトは食い下がる。
「“あの役目”は!誰がやるのか決まっているのですか!?」
 アヤカは頷いた。
 ヤマモトはしかしどこか悔しそうに歯噛みしている。
 アヤカはそんな彼ではなく、シンヤを見た。
「早く行きなさい。……おそらく、これが私たちの最後の戦いになるから。」


 シンヤはアヤカに渡された紙を読んでいた。
 ……正直、無謀な作戦だとは思う。しかし見たところ、一体何があそこまでヤ
マモトを躊躇わせるのか、自分にはわからない。
 ただ……
 この作戦、大切なのは『時間』と『度胸』だ、ということはわかる。
 シンヤは腕時計をしていくことにした。
 緊張で鼓動が早くなる……。


 空を被う雲からは灰が絶えることはない。
 だから地上を歩くときはうっかり灰を吸い込んだりしてしまわないよう、防塵
マスクくらいは最低でもしなければならないのだが、リョウゴ・ナカムラはそれ
を不便だとは感じていなかった。
 顔を隠すと、落ち着く。
 顔が隠されている間は、自分以外の誰かになれるような気がするのだ。
 歩行要塞上部、いくつかあるヘリポートの内の1つにひとり、防寒用の分厚い
コートに身を包んで立ちつくす彼はそんなことを思っていた。
 彼はヘリポートに大の字に寝そべり、かつての親友のことを考えている。
 ツカサキは、最初にやってくるのは彼ら――コロニー・ジャパン――だと言っ
ていた。
 きっと、彼が言うならそうなんだろう。リョウゴはそう感じていた。
 あいつは、来るのだろうか。
 ……俺を殺しに。
 別に戦いたくないとか、怖じ気づいたとか、そういうわけではない。むしろ殺
せるチャンスができて嬉しいくらいだ。
 一度も他人に殺意を抱いたことの無い人間は居ないだろう。その矛先は誰でも
関係ない。
 自分以外の人間は皆他人なんだ。打ち倒すべきものなんだ。そんな基本的なこ
とに、今さらになって気づいた。
 ……正直、自分でも醜く、勝手な考えだと思う。
 だが、それがどうした。
 人間は悪なんだ。人間は隙あらば怠け、暴力に心惹かれ、それで他者を引きず
り落とそうとし、その物欲食欲性欲には際限が無い。だが、それが人間の本質な
らば、そういった風な利己的な生きかたこそが、真に人間らしい生き方なんじゃ
ないのか?人間も所詮動物の一種だ。
 聖人のような、道徳的な『正しい』生き方は、間違っているんだ。
 ……だから俺は、シンヤへの殺意を誤魔化さず、そのままに表す。
 ウゼーものは、排除できればハッピーに違いない。
 強い風が吹き抜ける。
 身を切るような寒さだった。


 コロニー・ジャパンカントウ第1ブロックを、平蛇を中心としたアッシュモー
ビルの一団が出発してから既に2時間が経っていた。
 そのアッシュモービルの内の一隻で、一団の後方につくAACV輸送艦にシン
ヤは搭乗していた。
 彼は船室で、手元にあるあるものを見ていた。
 それは腕時計だった。文字盤のガラスには大きなヒビが入っているが、指す時
刻は正確なままの。
 これはリョウゴがシンヤの形見として受け取り、そして再会した時に再びシン
ヤに渡したものだ。
 シンヤが父から贈られ、親友――そう、親友――の手を経て、また手にしたも
のだ。
 シンヤの手にある、地下都市の、『生』の世界の記憶はこれだけしか無かった
のだ。
 あのときはリョウゴと敵対するなんて思っていなかった。
 ……一言、言ってくれれば良かったのに。
 俺はあいつを撃てるだろうか。
 あいつは俺を撃ってくるのか。
 殺意と共に銃を向けてくる相手には容赦しないと決めた。しかし、それは顔も
名前も知らない他人に限った話だ。
 リョウゴとは、笑いあった時間が長すぎる。
 仮に撃ったとして――
 ――涙を流して、それで終わってしまうのか。
 シンヤは腕時計を巻く。
 ……雑念は捨てなければ。これから行う作戦は、絶対に失敗できないんだ……

 そう考えて彼は自分の血の冷たさに震えた。


 アッシュモービルの一団は歩行要塞から約1000キロメートル程離れた盆地
に入る。
 ここでシンヤたちの乗るアッシュモービル数隻は足を止めた。
 彼らに見送られて、平蛇中心で構成された戦闘用アッシュモービルの一団はさ
らに山を越えて行く。
 アヤカの指示だ。作戦は既に始まっていた。
 盆地に残ったアッシュモービルの一隻が、そのハッチを開く。
 無限軌道についた板に乗せられてその中から出てきたのは、AACVが1機だ
け輸送できる垂直離着陸飛行機だった。AACVの肩についているもののような
、超高出力全方向スラスターが四基、翼とは別についている。
 シンヤの乗機はそれに固定されていた。それだけでなく、機体の各部スラスタ
ーにある吸気口にもカバーがつけられている。
 彼はその中のコクピットにあって、周りの風景を眺めていた。
 この地上にはどこをとっても同じような風景が広がっている。
 鼠色の雲と、そこから降り続ける灰によって覆われた大地。
 その様はどこか地下都市に似ている。
 だから当たり前すぎて、気づかなかった。
 雲の上には空があるのだということを。
 今回決行する、アヤカが歩行要塞攻略のために温めていた作戦は、簡潔に言え
ば、ある一定の高度にて世界中を覆う塵の雲の層を突破し、さらにその上空から
歩行要塞へのトップアタックを仕掛ける、というものだった。
 歩行要塞はミサイル、戦艦、AACV等の『横』から来る敵には万全の対策を
施しているが、直上からの攻撃に対しては対策を施していない。
 それは現代戦においては当然のことだ、とアヤカは言っていた。
 そもそも何故小惑星が衝突してから、弾道ミサイル、衛星兵器等の超長距離を
旨とする兵器が居場所を失い、代わりに歩行要塞やAACV等の近距離戦闘を中
心に行う兵器が発達したのか?その原因のひとつには、あの雲の層がある。
 あの分厚い雲は、ただの火山から巻き上げられた灰と塵の集まりではない。
 その内部に想像を絶する強さの雷と電磁波、パルスの嵐を内包した、『電子の
壁』なのだ。
 今まで世界が打ち上げていた人工衛星はそれで全てが無力化され、同時にそれ
らを利用するあらゆる行動もできなくなった。
 通信の主流はいくつもの中継地点を介した地を這うものになり、敵基地がどの
ような場所にあるのか?そういったことも容易にはわからなくなった。
 だから、AACVやアッシュモービルのような、使い道の無かった兵器が活躍
するようになったのだ。
 もちろん、今までに雲の層を貫いた通信を復活させようとした人間が居なかっ
たわけではない。彼らは様々な方法を試した。
 P物質とソーラーで半永久的に浮遊し続け、雲を貫いて垂らした長大なアンテ
ナで通信の中継を行う飛行ロボット、使い捨ての通信ロケット、爆弾で雲を吹き
飛ばすアイデア……
 全て駄目だった。
 飛行ロボットは塵と灰で上昇のためのスラスターをやられて雲を突破できず、
通信ロケットは雲内部に吹き荒れる暴風のために軌道の正確さがまるで得られな
かったこと、爆弾云々はそもそも半ば駄目元の作戦だった。
 今回、シンヤはその、誰も達成できなかったことをしようとしている。
 だが当然に無策ではない。
 アヤカが提案したのは、宇宙に飛び出すスペースシャトルよろしく途中までは
輸送機の推力のみで上昇して雲に突入、そしてスラスターが限界を迎える直前に
AACVを切り離し、その後はAACVのみで上昇、雲の層を突破する、という
ものだった。
 AACVのスラスターをカバーで覆った上でのこの方法なら暴風に押し負ける
こともなく、精密機械であるAACVをパルスや電磁波にやられずに雲の上へあ
げられる。莫大なコストがかかるという問題点があるが。
 シンヤはそこまで考えて、不安に身を震わせた。
 気をまぎらわすためにシンヤは指を伸ばし、スイッチをいじった。画面には「
クロミネさんへ」と名付けられた、一枚の音声ファイルが現れる。
 これは出発直前にユイ・オカモトから渡されたものだった。
 彼女はこれの中身を、雲の層を突破した後、空で聴いて欲しいと、そう言った。
 シンヤが内容に関して訊くと、彼女は少し微笑んで、その時の楽しみにしてほ
しいと答えた。
 正直気にはなるが、そこは約束を守るべきだろう。シンヤはアイコンに合わせ
たカーソルを外した。
 操縦レバーを握りなおす。深く息を吐いた。
 あとは待つのだ、その時を。

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