創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

球面上の点

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匿名ユーザー

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 およそ、戦場において機動性を発揮できない兵科というものは敵の足を止めるために存在する。

 この日も、ある歩兵小隊が、山地の中の木々に囲まれた道に設けられた陣地を攻撃しようとしていた。
それは小規模なもので、さらにこの地点を射程に収める範囲には砲兵が展開出来る地形が無いことから、
防御火力が弱体であることは明白だった。
しかし、陣地に込もる歩兵の防御力と、計算して配置された火器の火力は、
そう容易く潰されないだけの戦力を形成する。
さらに、ここの陣地が砲兵による支援が受けられないのは、周辺地形による事情である。
つまり当然、攻撃側であるこの歩兵小隊も、砲兵の支援は受けられない。
小隊規模の部隊で攻撃を仕掛ける、というのは、本来、特殊な事情でもない限り考えられないことである。

 しかし、この戦争ではこれはごくありふれた状況だった。
それはひとえにオートマタ、マナにより動作する4m前後のロボットの存在による。

 オートマタは、車両や重装備の歩兵部隊では走破出来ない地形でもやすやすと踏破出来る。
 さらに、それを使役する神子に一定以上の技量があれば、
人が簡単に持ち運びできるサイズの物体を通じてその場に出現させることが出来る。
 この二つは、強力な戦力であるオートマタに、まさに神出鬼没といえる展開能力を与えている。
想像してみてほしい―――オートマタを食い止めろ、と命じられた人間がどれほど頭を悩ませなければならないかを。
オートマタに対抗するためには、歩兵等の通常戦力を集中させるか、こちらも同じくオートマタを繰り出さねばならない。
 だがしかし、一体どこで待ち受けたらいいというのか?
敵を待ち受けるためには、相手が通らざるを得ない地点に陣取らなければならない。
だが、先に述べたとおり、オートマタは他の兵器では考えられないほどの極めて高い展開能力を持つ。
「どこでも通れる」相手に、「どうしてもそこを通らざるを得ない地点」などが存在するか?
オートマタの侵攻経路は、極めて予測しにくい―――およそ事実上不可能といってもいいくらいであることが多い。
 このため、オートマタ相手の防御戦法は、
防御対象地点への通常戦力の張り付けか、練度の高い神子とオートマタの組み合わせによる遊撃となる。
 しかし、オートマタから防御すべき地点など国家内には数多く存在するし、
練度の高い神子とオートマタを数多く揃えるのは容易なことではない。
これは特に対峙する国家間の国力差が大きい場合、国力の小さい側にとって重大な問題となる。
 そこで、当たり前だが重要な事実に焦点が当たってくる―――オートマタだけでは戦争は出来ないのだ。
オートマタ自体には、極めて高い展開能力があり、まさに「道なき道」を通過出来る。
しかし、大きな資機材を必要とする砲兵・工兵部隊、大量の物資を運ばねばならない輜重部隊はそうではない。
それらが進むためには、道が必要である。
 だから、防御側としては、攻撃側がそれら部隊の通過のためにどうしても確保しなければならない道を
自分達の側に保持し続けようとする。
そして、道を確保するために防御側が陣地を構築しても、
その周辺が普通の地形では、攻撃側のオートマタに側背に回り込まれてしまう。
このため、湿地帯や山岳地形等の中にある道が陣地構築の対象に選ばれることになっていく。
また、そういった地形では、攻撃側があまり多くの戦力を展開させられない、という効果もある。
そして同じく、地形上の理由から、そうした陣地を射程に収める範囲には砲兵が展開できないことが多い。
 ゆえに、「山地にある森林に囲まれた道に設けられた、砲兵支援を受けないことが前提の陣地」というのはよくあるものなのだ。

 そして、よくあるものには、当然、対抗手段というものが考え出されているものである。

 その対抗手段の中核が姿を現す。
 それまで見えていた景色の一部を覆い隠すように出現する、武骨な重々しい金属の固まり。
ブルタイプオートマタ、重防御機種の一つである。
 砲兵支援も大兵力も迂回機動も期待出来ない状況における、敵陣地への対抗策。
それは、旧時代に奇しくもオートマタと同様に動物の名を冠された戦車を用いて行われたパンツァーカイルを彷彿とさせる戦法。

 大抵の兵器では撃破出来ない重防御オートマタを楔の先端として敵陣に穴を穿つ突破である。

 歩兵小隊の古参兵、パウロ・カービン伍長は、ブルタイプオートマタを見上げていた。

 これから、オートマタと自分達歩兵の火力支援の下、小隊に分派された突撃工兵分隊が突入経路を開き、
その後、オートマタを先頭に敵陣を突破する。
 いつも通りの手順だ。
敵には機甲猟兵(パンツァーイェーガー)―――オートマタ駆逐部隊がいるだろうが、
ブルタイプのような重防御オートマタ相手では、有効な攻撃を与え得る装備はパイルバンカー等の接触兵器くらいのものである。
であれば、敵機甲猟兵に取り付かれなければオートマタは撃破されない。
そして、自分達歩兵が見張って状況に応じて制圧射撃を加えれば、敵機甲猟兵はオートマタに近付けない。
 いつものように、敵陣は突破されるはずだ。

 パウロは視線をブルタイプの神子に移した。
 欺瞞のため自分達と同じ歩兵の格好をしているので、普段は特別な人間であるという感情は無い相手ではあるが、
いつもこの突破の前は、非常に力強い味方に感じられる。
 我ながらげんきんなものだな、とパウロは思う。
だが同時に、突破をしかけるのはいつものことながら、その前の恐怖に慣れることが無いというのは、
人間としてごく当たり前のことなのかも知れないとも思う。
 そろそろ小隊長が合図を出すな、そうしてあの神子もオートマタに射撃開始を命じる、
そう思ってパウロは神子から視線を外そうとし―――パウロの視界の隅で赤い何かが飛び散った。
それは神子がいた場所、パウロは反射的に再びそちらに視線を戻した―――あの神子が宙に舞い、地面に落ちた。
いや正確には、宙に舞って落ちたのは神子の上半身だけだった。下半身はその場に崩れ落ちていた。
地面が赤黒く染まっていく。

「狙撃兵だ!」
 誰かが叫んだ。
この場にいる全員の声を聞き慣れているはずなのに、その声が完全に上ずっているのと、恐怖と混乱のせいで、
誰が叫んだのか分からない。
 遮蔽物の陰に隠れろと、そして小銃も機関銃も迫撃砲もとにかく全力で叩き込めと、命じている大声が聞こえる。
これは誰だかわかる。スリング曹長だ。やや落ち着いてきたのか? もっとも、わかったのは言葉の内容のおかげでもあるが。
 ともかく木陰に飛び込みつつも、古参兵であるパウロには分かっていた。
 恐らく、遮蔽物に隠れるのも、集中射撃を加えるのも、どちらも無駄になる。
 普通の狙撃兵なら、神子は狙わない。
 狙撃兵にとっては、発砲するときは発見されるときである。
そして、オートマタは、自らの意思を持ち自律行動しており、神子は単に命令を下しているだけで操縦しているわけではなく、
また、コンデンサにマナを貯蔵していて、神子がいなくなっても即燃料切れにはならない。
このため、オートマタは、神子がやられても少なくともその場では戦闘は可能である。
ゆえに、神子への狙撃が成功しても、優れたセンサーと機動性を持つオートマタに反撃を受ける恐れが高い。
 だから普通の狙撃兵が神子を狙って撃つことは無い。
 それが、オートマタを呼び出しあの人間が神子だとわかる状況になってから狙撃してきた。

 つまり、撃ってきたのは―――

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パラべラム! 二次創作作品

                         軽機甲猟兵記

                          球面上の点

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 木々に覆われた斜面を、二人の男が駆け下る。
前を行く男は細長い箱のような形の金属の固まりを、それに続く男は細長い筒状の金属の固まりを、それぞれ抱えている。

 二人が抱えているのは、機関部と銃身部に分解された対物狙撃銃である。
先の神子を両断したのはこの対物狙撃銃。撃ったのは後を行く男、フランツ・ミル。ミルは軽機甲猟兵である。
 では、前を行く男は? 彼も狙撃技能を有する観測手なのであろうか? 答えは否である。
 彼らの属する国家の側は、有体に言って追い込まれた状態にあり、狙撃技能を有する人間はとにかく撃つ方に回され、
狙撃技能を有する人間を観測手に付ける、などという“贅沢極まりない”行為は、想像するだけ虚しいことだった。
だから、ミルはこの人間から狙撃技能を持つ人間にしかわからない情報を得ることは出来ない。
ましてや、状況に応じて射撃役を替わる、など出来るはずもない。
 それでは何のためにこの男はいるのか?
無論、いかに狙撃技能を持たない人間とはいえ、周辺監視、敵歩兵に接近されてしまった時の戦闘などの役に立つ。
しかしそれは主たる理由ではない。そしてその主たる理由こそ、彼ら二人が今、まさに一目散に走っている理由でもある。

 その敵にとっては極めて厄介な存在であるオートマタ。
オートマタを以て迎え撃てればよいが、それは攻撃・防御の両方の任務に十分な数を供給できるものではない。
であれば、その展開能力を活かすべく、攻撃任務にオートマタが優先的に割り当てられるのは当然のこと。
追い込まれた国家の側ともなれば、防御任務にオートマタが割り当てられるのは、機動防御の際にあれば僥倖、というもの。
つまり、少なくとも固定的な防御戦闘では、オートマタを使わずにオートマタに対抗しなければならない。
その対抗手段の一つが、各種対オートマタ兵器を装備する機甲猟兵なのだが、
それらを以てしても、歩兵の支援を受ける重防御オートマタ相手には手の打ちようが無いことが多い。

 ではどうする。そこでクローズアップされるのが、神子に対する狙撃である。

 その場ではオートマタを止め得ないが、貴重な重防御オートマタと契約した神子の損害は、じわじわと戦力を奪っていく。
敵がそれを防ぐため、神子に護衛を付けたり、狙撃兵が周囲に潜み得ない地形のみに重防御オートマタを投入したりといった
対策を採れば、結果それは敵の行動の自由、運用の柔軟性を奪い、侵攻を遅らせることになる。
だが、通常の狙撃銃の射程では、優れたセンサーを持つオートマタに狙撃前に発見されてしまう恐れがある。
さらに、狙撃に成功したとしても、発砲によりほぼ確実に位置を特定され、
高い機動性を持つオートマタの反撃を受ける可能性が高い。
 この事態に対して導き出された回答、
それは「通常の狙撃銃のそれを大きく上回る射程を持つ火器による大遠距離からの狙撃」である。
そしてこの回答を実行するために求められる条件を満たすのが、旧時代、対物狙撃銃と呼ばれた火器であった。
その大質量により十分な殺傷能力を維持したまま遠距離まで到達する弾丸を放つそれらの火器はしかし、旧時代においては、
戦場で「己の政府に従ったまでで個人として罪を犯しているわけではない」敵兵に対して使用することにコンセンサスが得られず、
だからこそ「対物」狙撃銃と名付けられた存在だ。
だが、他の多くの有形無形の存在と同じく、ジュネーブ条約も大災厄を乗り越えることは無かった。

 対物狙撃銃を装備し、重防御オートマタと契約した神子の狙撃、ほぼそのただ一つの目的のためだけに存在する兵科。

 軽機甲猟兵はこうして誕生した。

 オートマタ無しに重防御オートマタに対抗する術は生み出されたもののしかし、
それはあくまで戦争全体を見る視線の立場からの話である。
実際にそれを行う立場からすれば、神子の狙撃は身の安全を保証しない。むしろ悪化する。
先にも述べたように、神子を失っても即戦闘不能とはならないオートマタに発見され反撃を受ける恐れが出てくるからで、
そのため、逃げる余裕を稼ぐため大遠距離からの狙撃を行うわけであるが、
その大遠距離狙撃を可能にする対物狙撃銃という重くて大きい火器が、軽機甲猟兵の移動速度を削ぐのである。
火器を放棄するのであれば話は違うが、それでは貴重な対物狙撃銃を使い捨てにすることになる。
また、火器というものには、一つ一つ固有の癖というものがある。それをつかまないうちは、狙撃など出来ない。
つまり、一旦対物狙撃銃を放棄してしまうと、次に与えられた対物狙撃銃に慣れるまで、
その軽機甲猟兵の活動にブランクが出来てしまう。
これは、戦力―――ひいては国力でもあるのだが―――に劣る側がアテにする、
軽機甲猟兵という兵科にとっては重大な問題となり得る。
 軽機甲猟兵が、狙撃技能を持つわけでもない人間と行動を共にするのは、これが理由である。
対物狙撃銃の運搬を二人で―――可能な限り迅速に分解できるものを装備品に選んで手分けして―――行うのだ。

 斜面を駆け下り終えるまでもう少し、フランツの目に、斜面の終わりとなっている路肩に停めた車が見えてきた。
オープントップで、さらに受領後ドアを取り外してあるので、そのまま飛び乗ることが出来る。
フランツの先を走っていた男が、抱えてきた対物狙撃銃の機関部を素早く後部座席に乗せ運転席に飛び込みエンジンを始動させる。
エンジンがかかり切る前にフランツも後部座席に飛び込み、そこに置かれた対物狙撃銃の機関部を左手で押さえる。
右手は銃身を抱えたままだ。
エンジンがかかり、クラッチがつながれ、二人を乗せた車は動き出す。
アクセルが踏み込まれ、抱えた銃身がフランツに重くのしかかる。
 オートマタに捉まらないため、軽機甲猟兵には車は必須のものだ。
ただし、車が走れるような場所、もしくはその近くから狙撃しようとするならば、
優れたセンサーを持つオートマタからはおろか、注意深い歩兵から発見されるのも免れ得ないだろう。
どうしても狙撃を行うのは車を停めた場所からある程度以上離れたところにならざるを得ない。
だから狙撃を行った後、脱兎の如く自分の脚で走って車のところに戻らなければならない。
もっとも、車を使ったからといってオートマタから逃げ切れるとは限らないのだが、使わなければまず確実に追い付かれる。
 戦場では、生き死にというものは確率論から出られない。
ならば、その確率論の中で、少しでも望ましい結果となる確率が高くなるようにしていくしかない。
 フランツはそう考えている。重防御オートマタに抗し得る貴重な戦力たる自分と対物狙撃銃を失わせないために。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 車で狙撃地点から離れたフランツは、そのまま基地に戻っていた。
次の任務のためにはそこで情報を得ねばならなかったし、また、休養と補給が必要だった。
もっともそこは、基地とはいえど、逼迫した戦況の反映もあって集結地と呼んだ方がいいようなものである。
 フランツがその中を歩いていると、にわかに周囲が騒がしくなってきた。
その騒がしさを生み出している元があるらしい方へ向ってみる。
おおよそ見当は付いていたが、だんだんと、周囲の様子、聞こえてくる声等から、
どうやらあの陣地から負傷兵等を後送してきたので間違いは無さそうだとわかっていった。
 その一団が見えるところまで来る、
するとその中にいた一人の機甲猟兵がまるでずしずしと一歩一歩を踏み締めるようにして近付いてきた。

「いい気なもんだな」
 あの陣地にいた機甲猟兵だ、狙撃前の移動中に見ている。
相手の方も自分達のいる陣地の近くを通っていった軽機甲猟兵のことを覚えていたのだろう。
「オートマタは他人に押し付けて自分だけトンズラか。
 味方を盾に利用して逃げるような奴らは機甲猟兵と名乗らないでもらいたいものだな」
 あの後、ブルタイプが他の者の指揮に従って戦闘を行ったにせよ、契約者を殺された怒りに任せて暴れまわったにせよ、
それへの直接的対処を行ったのは彼らあの陣地にいた機甲猟兵だったことは想像に難くない。
それが苛烈極まる戦闘だったことも。
 機甲猟兵の側から見れば、軽機甲猟兵に自分が逃げるためのオートマタの足止めに利用された、
と感じられても無理からぬところはあった。
「対物狙撃銃を抱えていては敵を探して動き回ることは出来ない。オートマタが確実に来るところで待ち伏せるしかない。
 狙撃を行うのが陣地の近くになるのはやむを得ない」
「だったら神子がオートマタを呼び出す前に狙撃すればいいだろう!」
「敵も馬鹿ではない。神子がすぐに神子と分かってしまわないようにしている。
 少なくともあの時は実際にオートマタが呼び出されるまで誰が神子かわからなかった。
 仮に間違って神子以外の人間を狙撃していれば、発見されて神子を狙撃することが不可能になり、
 結果としてより不利な状況になっていた」
「なら普段から相手を付け回して誰が神子か突き止めてどこかの物陰ででもナイフか何かで殺せよ―――
 それが仕事なんだからやれよ、何しろお前らは―――」
 機甲猟兵は少し姿勢を変えて言った。
「殺し屋なんだからな」
 一瞬、フランツの呼吸が止まる。眉間、こぶしに力が入る。
 だが、彼は何も言わなかった。
 狙撃兵というものは忌み嫌われている。
 戦争は人間同士の殺し合いとはいえ、通常の兵士は相手を殺そうという明確な意思の下に行動はしていない。
撃つとは言っても、誰かに狙いを定めて撃つのではなく、敵のいるだいたいの方向に向かって弾をばら撒いているのが、
さらに言えば、それでも出来れば当たらないように的をずらして撃っているのが普通なのである。
戦時によくなされる、敵側の人間をことさら貶めたカリカチュアは、
対峙している相手が自分達と同じ人間であるという意識を薄めることで、そうした心理的規制を外すのが目的なのだ。
だから戦場であっても、普通の人間は、相手がどういう人間か、ということを正確に把握した上で撃つことは出来ない。
そこへ、狙撃兵は明確に個人を識別して相手を殺傷するという明白な意思の下に撃つ。
その上、軽機甲猟兵は、
その場で具体的な戦力を潰すことも無く、特定の人間を殺傷して敵陣営に損耗を強いるために行動している。
 軽機甲猟兵であるフランツが卑劣な殺し屋と忌み嫌われ蔑まれるのはいつものことだった。
 彼はあえて何も言わない。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 数ヵ月後、戦況はさらに悪化していた。
不具合を起こした車を修理出来なくなり、それでも軽機甲猟兵を投入せねばならないほどに。

 フランツは一人で狙撃位置についていた。

 ここに来る前に誰が残った車を使うかについて軽機甲猟兵同士で話し合ったときのことを思い起こす。
くじ引きを提案した者がいて、フランツは真っ先にそれに賛同した。

「そんな運だけで決まるやり方をすべきじゃない。
 フランツ、お前はこの中で一番狙撃の腕がいい。俺は、お前は少なくとも一番最後まで生き残るべきだと―――」
 そのときそう言われて、フランツはこう返した。

「戦場で生きるか死ぬかなんて、とどのつまり運だ。
 俺達が殺してきた相手だって、
 戦争をやっている時代に生まれて、神子に生まれ付いて、契約した相手が普通の装備じゃ歯が立たないオートマタで、
 そして俺達が待ち構えているところへいくよう命じられてしまった。
 それだけだ。
 そうだろう?
 俺は、自分だけ生き死にが運で決まるという事態から逃げようとは思わない」

 そしてフランツは運が強くなかったことがわかった。少なくともくじ運は。

 それにしても、こんなに押し込まれた状況で、
軽機甲猟兵を使うという、相手の戦力をじわじわと削るだけの手段に意味があるのだろうか?
 いやそもそも、フランツ達の国は敵国より国力で劣っていた。
その自分達の側が、相手の戦力を削るなどという、我慢比べのようなことをするのは妥当だったのか?

 フランツに答えが出せるはずも無かった。
 彼には教官や上官から言われたことをそうなんだろうと納得するしかなかった。
軍に入るまで政治や軍事についてなんてついぞ考えたことがなかったのだから。
 フランツは徴兵されるまでは猟師をしていた。獲物についてのことばかり考えていた。

 もう獲物を求めて木々の中を歩き回る日を送ることは二度と無い。

 そう思うと少し寂しい気持ちになった。

 わからないと言えば、死後の世界というものがあるのかもフランツにはわからなかった。
そこに来た他の者に謝ることが出来るのかが。

 フランツの目は神子を捉えた。
特別に神子だと見分けにくいということも無いし、こちらに気付いている様子も全く無い。
三文小説じゃあるまいし、最後の相手だからといって格別の敵が出てくるわけも無かった。
いつも通りだ。
 今まで俺が殺してきた相手も、
戦場でのいつも通りの日を過ごしていて、特別な何かが起こるなんて意識もしないままに死んだんだろう。

 戦場で誰かが死ぬのなんていつも通りの日常だ。ただ、それが自分かそうでないかだけ。



 そしてフランツはいつも通りに引き金を絞った。


                                                               ―――了―――

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