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「Epilogue.」

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 『Diver's shellⅡ』


 「Epilogue.」



 例えば自分そっくりのナニカがそこに座っていると仮定して……いや、まどろっこしいことは抜きにした方がよいだろう。
 つまり、自分そっくりのガノロイドが、あろうことかゴスロリ系の服を着て目の前に座っている、そんな状況だった。髪や耳、瞳を除外した、身長体格顔つきがそっくりなのだ。
 ブロンドの毛を左右で少しずつ結んだ髪型、銀フレーム眼鏡、リクルートスーツ。社長姿のアイリーンが、両手を気持ち悪く組み合わせた後、傍らのガノロイドの肩をぽんと叩いて見せる。

 「君を呼んだのは他でもない!」
 「売るなよ!」
 「何故分かった!」
 「分からない奴が馬鹿なんだ!」

 合わせた手を解除するや否や、身を乗り出してくるアイリーン。ジュリアはその顔をむんずと押しのけ、首をぶんぶん左右に振った。
 一方、ジュリアそっくりの顔に、機械的な耳、キツイ黄緑色のショートカットのガノロイドは、木製椅子に深く腰掛けたままぴくりとも反応しなかった。否、擬似的な呼吸をしているので、穏やかに膨らんだ胸が上下しているが。
 アイリーン、ガノロイドの肩を気味の悪い手つきで撫でる。変態度全開の笑みが顔面を支配している。

 「見てくれ、実にすばらしい完成度………肌は新開発の柔らか人造皮膚! 関節は摩耗を考慮した頑丈な品! 動力に高性能電池! 体温を再現するヒーター! 声は人工声帯を使用することで本物に近い音程を再現! 人工知能は従来のを参考に改良型を搭載! そして可愛い! 売れる!」
 「売らんでいい! 売ったらコロス!」

 自分そっくりのガノロイドが発売されるなど、死んでも御免だった。
 契約成立だと、握手を求めてくるアイリーンの手を払い落し、腕を組み頑として認めない態度をとる。
 アイリーンは残念無念、肩の辺りで手を竦める演技臭い動作をした。場所が応接室だけに、いかにも商売人な雰囲気だった。いや、実際そうなのだが。
 アイリーンが、ジュリア型ガノロイドの頭をくしゃくしゃにした。

 「仕方の無い子だ……では逆に、売ってはならない理由を述べよ!」
 「…………ア?」

 ぴきっ。漫画風表現が現実ならば、きっとジュリアのこめかみでひび割れに近い音がしたであろう。表情が硬化した。
 このクソッタレ師匠は、ナニを言っているのだ。本人が嫌だと言っているのに売るつもりなのか。ガノロイドの頭を撫でる手つきがいちいちいやらしい。
 もし引き下がれば発売決定の汚点を残すことは確実であり、一気に攻勢に移らなければならぬ。わざわざ本社に本人を呼び寄せたのだから、意見を聞くため以外に考えられない。つまり、止められる可能性がある。
 ジュリアが机を叩き、迫らん。

 「私が嫌だから!」
 「ふふん、それは論理的ではないな」
 「肖像権とか、ロボット基本法は知ってるよな、師匠?」
 「面倒なことを言うんだなぁ、私が儲かり君も儲かる。購入者はウハウハ。どうだい、素晴らしいとはおも」
 「わねぇよ。とっとと止めろ」

 そう言い、自分そっくりな面持ちのガノロイドを見遣る。瞬きをし、視線が合う。瓜二つで、双子のようにも見えた。
 アイリーンは大仰に手を振り、これまた大げさに机に突っ伏した。顔面を机の表面に乗せて、しかし眼鏡に力をかけないようにしているあたり、全て面白くてやっているのだろうか。
 ぶつぶつ、呟く声。

 「いくらかかったことか……残念」

 ここまで釘を刺せばいいだろう。
 ジュリアはアイリーンの姿を視界の端で捉えつつジャケットを羽織ると、ドアの方に歩き、途中で振り返った。そして人差し指を伸ばし、左右に振った。

 「あぁ、最後に。自分用で使ったりしたら、師匠と言えど……」

 突如椅子を押しのけたアイリーンは、両手を揉み解しながらジュリアの方に顔を向け、立ち上がった。気持ち悪い。気持ち悪い。すごく、気持ち悪い。
 脅しをかけたつもりだったが、まるで効果がなかった。いっそのこと、首を絞め落とした方がよっぽど楽で時間がかからなかったかもしれないが、流石にそれを実行する度胸はジュリアにない。
 アイリーンは両手を広げると、唇を赤い舌でちろりと舐め、妖艶な――不審者な――笑みを浮かべた。
 なぜそんなに笑えるのか不思議でたまらない。

 「お見通しか。じゃあ、本物であるキミと熱い夜を!」
 「断る! 私はノーマルだ!」

 幽霊も真っ青な滑らかさですり寄ってくるアイリーン。純粋な子供だったら泣いて母親を求めるであろう、邪悪な気配を纏っており、爪の先まで紫で染まりきっているようだった。
 一歩退けば、一歩前に出る。アイリーンの目が猛禽類のように爛々と光り、ジュリアはげっそりとした顔を浮かべる。
 レズビアンなのを咎める気はジュリアに無かったが、好みと見るや迫ってくるのはなんとかすべきだ。酒を呑んだように妖気……陽気な師匠から逃げるためドアに駆け、危ないところで閉める。

 「うぐっ」

 ドアの向こう側で、勢い余って顔をぶつけたような音がしたが、構うものか。秘書の女性に頭を下げて、豪勢なビルから逃げる。
 秘書もそうだが、受付の人や社員に女性が多いのは、性癖……ではなく好みで決めているのかもしれない。現にビルを出るまでに会った社員の男女比率は女性の方が高かった。
 ガラスドアを開けば、冷たき風と暖かい暖房の空気が奔流となり、渦を巻く。鼻先を叩いた流れが、頬額喉に衝突して、髪を乱暴に揺さぶり、徐々に消えて。
 石段を一歩一歩下っていく。手袋をはめようと思ったが、面倒なのでジャケットのポケットに入れて体温を保持する。
 ジュリアが歩いていく先、オルカが路上で待っていた。

 「終わったか?」
 「大丈夫……と信じたい」

 手をひらりと挙げてその横を通過すれば、オルカが横に並ぶように歩き始める。
 新都市区の比較的賑やかな場所に建ったビルを離れ、喧騒の中を歩いていく。つかず離れずの距離で、速くも無く、のんびりとした歩調の二人。
 傍から見れば、恋人に見えたかもしれない。でも、二人はその仲ではなかった。しかし友達にしては、近過ぎる。かといって友達以上恋人未満かと言ったら、陳腐過ぎる。
 太陽は真上に。雲は散り散りに。日射は程よく。太陽にかかる雲はなく。
 ジュリアとオルカは、あれこれと話をしながら歩いていく。別にどこに行くわけではない。目的なら、さきほど済ました。目的なしの散歩も乙なものではないか。
 ジュリアが一歩先に進んでしまうと、途中で気が付き足の進みを停滞させる。オルカが遅れれば、自ら調整する。取り決めなんてない。ただ横に居たいだけ。

 「お昼どうしようかー」

 そう言えば、もうじきお腹がすき始める時間だった。ただぶらぶらしていただけなのに、時間の経過がやけに早い。
 ジュリアが口にして、オルカがポケットに手をやった。財布を確認しているらしい。損得勘定抜きで計算して、二人分の食事代を計上する。

 「え? あぁ、俺がおごるからなんでも好きなのをさ」
 「いや、私がおごる。おごられっぱなしじゃないと財布が持たないほど貧乏人じゃないから」
 「え、でもやっぱ俺がおご……」

 なおも食い下がろうとするオルカに対し、ジュリアがその背中を叩き黙らせる。げほっ、と痛々しい咳があがった。
 ジュリアが、だんっ、と強く地面を踏み、オルカに詰め寄る。

 「おごられるんだよ、OK?」
 「お、オーケー」

 ジュリアは主に打撃を使って慎重かつ丁寧に口説き落とした。デジャヴーを感じるワンシーンであった。人間としての根本が流されやすいオルカと、芯の強いジュリアでは当然と言えば当然かもしれないが。
 びくびくしてしまったオルカにジュリアがにんまりと笑ってみせた。清涼な印象のあるジュリアが屈託も無く笑うのは、珍しいことで。

 「それとも、私が作ろうか?」

 思いついたことをポンと提案してみれば、受けた相手は何が何だか分からないというふうに口を開く。呆気にとられた、そんな感じだった。

 「……えっ」
 「前にも作ったじゃん」
 「あっ、そうか」
 「忘れてた?」
 「…………い、いや、俺は忘れてない。でも悪いじゃんか」
 「いいもなにも、食べたそうな顔してる。作ってやるよ」

 以前、ジュリアがパスタを作った事があった。
 もちろんオルカは憶えていたのだが、咄嗟に出てこなかっただけ。でも、憶えていたのを口にするのが恥ずかしくて、一拍時間をおいた。
 口が裂けても、『あの味が忘れられない』なんて言えない。もしも言ったとしたら、本人と聞いている方の双方見境なしに混乱の渦に叩きこまれ、意味の通じる 会話が復旧するのにしばらく時間を要するであろう。
 心を読む能力などないジュリアは、あっさりと信じて、作ってやろうと決心していた。オルカの肩をぽんぽん叩いて、孤児院の方向に足を向けて。
 丁度、繁華街に差し掛かった。無秩序に並ぶ店や看板、人ごみ、出店、客引き。そこは新都市区であるというのに、旧都市区の様相を呈していた。
 ムッとするほど濃い料理の匂いが漂っており、客を引きこもうと必死で。
 客引きをさらりとあしらったジュリアは、ポケットから手を抜いて、外気を直に感じていた。

 「話変わるけどクーちゃんって孤児院に居るけど住んでんの?」
 「いいや。あの子は野生のままがいいんだと」

 重要でもなければ、約束事の会話をするでもない。世間話。興味のあることから繋がる、無駄な話。内容は最初、クーという自由少女。次に潜水機。自在に変化する。形の歪なボールを地面に叩きつけたように。
 二人の手が一瞬触れ合って、すぐに離れる。でも、またくっ付く。存在を確認して、また離れて。オルカとジュリアは、手を自分の服のポケットに突っ込んだ。
 露店で売っている中華まんから純白の湯気が二人にむわりと寄せた。柔らかくてぷりぷりで美味しそうだった。思わず唾を飲み込むオルカを、ジュリアがど付く。

 「……我慢しろよな」
 「もちろん。ジュリアのが食べられるなら、いくらでも」
 「……ッ……。バカヤロウ、作ってあげないぞ!」
 「それは困る!」

 そんな二人の様子を、母乳並みに生温かい視線で周囲の人が見つめる。しかも酔った一人の中年オヤジが手拍子をし始めた。恥ずかしくなった二人は、いつぞやのようにその地帯を抜けださんとして、駆けだした。
 人ごみにぶつからないように、ひらりひらりと身をかわしつつも、相手を見失わないようにする。なんという素晴らしき足さばき。急いでいるときに発動する一種の特技なのか。
 二人はあっという間に街の中に紛れていった。




 この後、二人がどうなったのか。
 どんなことが起きるのか。
 それは、それを知る者しか知らない。
 物語はここで幕を閉じるが、彼らの物語が終わったわけではない。
 第三者が目を離したとしても、その間、観察対象が存在と行動を放棄してしまっているわけではないのだから。
 それでは最後にいくつか報告をしよう。

 ジュリアの手料理をオルカが食べる回数が大幅に増えた。
 クラウディアは毎日気侭に生きている。
 メリッサのお腹の子がすくすく育っていて、ユトがお腹に向かって喋りかけ始めた。
 ニコラスが最近、悪事を働く連中の前に仮面をかぶって登場し、正義の鉄拳を浴びせることに味をしめた。
 エリアーヌが独立して店を出しそう。
 クーがアイリーンに拾われた。
 チェルヴィ姉妹は、何も変わっていない。
 オヤジさんも、何も変わっていない。
 タナカとウィスティリアは……分からない。
 そのほかの人も、結局大きい変革に巻き込まれることなく暮らしている。
  そんな感じだ。



  【~Fin~】





          【終】

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