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第十四話 「限界潜行」

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 『Diver's shellⅡ』


 第十四話「限界潜行」



 第二地球暦148年 13月27日 正午 天候晴れ
 Ω33-α遺跡海域



 海はやや荒れ気味で、縦逸さを見せていた。
 高まる水流。速度が上がれば上がるほど、アドレナリンが脳をびしょ濡れにしていく。
 メインスラスターに吸い込まれた海水が、一気に凝縮されて、推進力を生む。電池から供給される電力を元にしているため、推進剤の類は全く必要としない。もし無限電池なるものがあれば、永久に泳ぎ続けられるであろう。
 潜水機の操縦は複雑だが、単に前に進むだけなら操縦桿一本とアクセルペダルだけですむ。車と違ってギアも道路規則もないし、エアバイクのように建物にぶつかる心配(あまり高いところは飛べないため)も無い。
 暗澹たる精神のまま、暗き操縦席にて、漆黒の闇を住まわす海に挑む。
 ジュリアは遥か深海を見据えたまま、口をへの字にして操縦に没頭していた。煙草を吸うわけにもいかず、酒を呑むわけにもいかない。
 答えが出ない……というより答えに恐怖を覚えた反動か、仕事に打ち込むことで時間を稼ごうということにも思えるが、ところが、その内心には悲壮に近いものが漂っていた。
 もしも全てを一挙に解決してくれる存在があったら、たちまち跪き指示を乞うたかもしれない。でも本当に居たとしたら、それは精霊でも天使でもなく悪魔なのだろうが。
 操縦者とうってかわって潜水機クラドセラケは水を得た魚のように生き生きと動く。肉食獣、鮫そのものの形態で、指示された通り素早い反応で海の深みを目指す。
 寂寞で、海水しかない単純な聖域。そこに訪れることを許されるのは、圧に耐えられず命を落とした亡骸、深海生物、単なるモノだけ。
 上にある海水の重みにより、深海はこれ以上なく清められた神聖なる場所となっている。そこに無理に押し入ろうとする無粋なるは、金属製の鮫がたった一匹。
 ――オマエニナニガデキル? 
 深海が矮小なる存在に、ニィ、と歯茎を見せた。
 鮫は言った。
 ――望める限り。
 太陽の光が届かない深みへと到達しても照明は付けず、一目散に潜る。水中で目立ってガードロボがたかってきたら仕事どころではない。だから、受動式のセンサーを活用するのだ。
 受動式は情報量が少ないのが欠点だが、人への負担軽減とステルス性を落とさなくて済む長所がある。能動式は情報量と扱いやすさに定評があるが、見つかりやすい欠点を持つ。
 機体が、光、音、その他反応を機敏に読み取り人に提供する。それを後部座席の補助者が処理する。それを元に操縦者が仕事をする。これが基本となる。
 最も、単なる映像だとかの情報は処理するまでも無いのだが。
 海水温が急激に低下。塩分濃度が上昇。海水に混じる不純物の減少を確認。海は一枚岩ではないことが容易く分かるデータだった。

 「ねぇ、大丈夫なの?」
 「………あ? あぁ、この調子なら見つからないでいけると思うけど」
 「そうじゃなくって、ジュリちゃん。分かってるんでしょ」
 「ジュリっていうな………」
 「………私が言いたいのは」

 声に覇気がなかった。青菜に塩をかけたときだってもう少し張りがある。
 クラウディアはキーを叩く手を止めると、元気40%OFFになってしまったジュリアの頭を眺め、口を開いた。作業画面の光で顔があたかも疲れたように影を映している。

 「思い切ってどーんってすることね。やらないで後悔よりやって後悔した方が、私はいいと思ってる」

 抽象的であいまいな助言にジュリアは閉口して、後ろを振り返りそうになった。
 間違ってはいない。心理学上でもやらないで後悔するよりやって後悔する方が傷口は小さく済むという。だが、それは本当だろうか。本当に、やった方が後悔の度合いは少ないのか。

 「……ふん、もう忘れたね」
 「嘘つきなのねぇ、素直になればいいのにぃ」
 「ウルサイ」

 そんなこと、誰に分かると言うのだ。
 拗ねたジュリアは頭にかかった靄を払うように首を左右に振ると、後ろから来る甘ったるい言葉を反射した。
 今はひとまず仕事に集中せねばなるまい。迷宮入りになりつつある事柄を脳細胞の隅から追い出して、操縦桿を再度握りなおす。クラウディアも目の前を向き直った。
 クラウディアが、胸をぴっちり覆うダイブスーツを指でつまんで位置を直す。平均サイズを遥かに超える双丘が、指を触れただけなのにぷにぷにと形を変える。幸いかな、ジュリアには見えない。
 クラドセラケが尾を振り、ぐん、と深海に潜っていった。






 海底に聳え立つ遺跡は、神話に登場する岩に突き刺さった剣のようにも思えたが、同時に墓標のようでもあった。一つの街と同じような領域を占めるそれは、過去に栄華を極めたという超文明の残り香だ。
 過去の何物かの思惑があって遺跡は造られたと推測できるが、こうに違いないと憶測と仮定を立てるだけで、真実に近づくことは出来ていない。
 ちなみに遺跡にはいくつか種類があり、平らに広がったのや地に掘り進む型、自然の地形を埋めるような型、塔のような型などがある。
 もちろん例外は数多くあり、要塞基地のような形状のもあれば、前衛芸術並みの散らかり具合の遺跡もある。つまりよくわかっていないのが現状であったりする。
 今日、二人が潜ったのは塔型。砂鉄を塗り固めたが如く黒で、その周囲を深海魚がのろのろと散歩している。永らく時を経ているのに浸食が見られないのは超文明の技術を示していた。
 ガードロボに発見されぬように、海底を匍匐寸前、もしくしゃみでもすれば激突するほどの低さを進む。スラスター微速。砂煙を上げないように慎重に。
 移動形態は高速移動を可能とすると同時に、じりじり前進するのにも適している。派手な動きをしないのならスラスターのみで事足り、ペダルを踏むだけなので集中できるのだ。
 海色の鮫が、鼻先を遺跡に向けた。
 映像拡大。鮫の虹彩が独楽のように回転し、停止。
 映像を見る限りでは敵影は見当たらず、また同業者の姿も見えない。さほど難易度が高い訳ではないが、油断することなんてできないので、もっと接近してみることにした。
 用意あれば憂いなし。用意し過ぎて困ることは無し。

 「サーチ、一回で」
 「りょーかい」

 キーを叩く。ソナー作動。音波が機体から生じて、見える部分見えない部分含めて満遍なく0と1の情報に変換した。
 操縦席の正面、主画面が更新された。半透明のウィンドウの一つが上から順々に塗り替えられた。三次元測定の結果、地形データと遺跡の一部が取り込まれたが、大きい異物は見当たらない。
 つまりソナーと視界の範囲に敵性となりうる物体は無いということだ。
 ついこの前建造されたこともあってか、機体が軋んで音を立てることはない。このままいけるか、考える。
 クラドセラケは近接格闘を考慮していないため、その手の武器を積んでおらず魚雷の運用に絞っている。
 つまり、敵を捕捉したら一撃を食らわし逃げるのみ。失敗すれば、苦手な近接に持ち込まれる可能性がある。魚雷を至近距離で発射すれば自爆である。
 この場合はどうすればいいのか。
 速力を活かして一気に接近するか、それとも……。

 「行こう。もたもたしても仕方ない」
 「そーね。でも慎重に、クールに行きましょー」

 二人は、いつもの通りに仕事を進めることにした。





 遺跡への侵入は困難を極めた。
 言わばうら若き乙女に接吻をせがむようなもので、さぁ、やれと言われて実行など出来たものじゃない。しかも『彼女(遺跡)』は武道を身につけており、取り巻きには屈強な鉄の兵士を雇っているのだ。
 その乙女を、肉食獣である鮫が口説こうと言うのだから、もはや普通の手段では通じまい。服をはぎ取り押し倒す位のことは必要だ。
 このΩ33-α遺跡は不便な場所と、海が荒れる傾向にあることも手伝ってか、あまりダイバーが寄りつかない。そのせいなのか、侵入出来る場所を探すのに数時間を要した。
 他のダイバーが空けた穴でもあればそこを利用できるのだが、探せど探せど見つからなかった。
 やむを得ず、脆そうな個所を探してプラズマカッターで切断を試みる作業を幾度となく繰り返すやっと、穴を空けられそうな場所を見つけ、静かに素早く穴を穿っていく。
 音を立てればたちどころに居場所が知れてしまうこともあるだけに、手つきは慎重になる。

 「っと、空いた」

 高温に揺らめくプラズマが物質を瞬く間に気化させて水中に淡き泡の柱を建築する。
 人型となったクラドセラケは、モノアイに燐光を宿し、やっとこさ穴を空けることに成功した。切り取られて邪魔な表面を蹴り、内部へと落とす。そして覗きこみ照明をつけた。
 何もなかった。
 塔の内部には地獄に続くかと思われるほど長い縦穴があり、突起があちらこちらから伸びているだけだった。いつまでも外には居られないので、中に進むと、火器管制装置を起動した。
 朱色のシーカーが主画面に出現し、そこに映った物体を片っ端から解析していく。正直どうでもいい情報が数値化、陳列される。
 縦穴の下へと光をやって、それから壁から伸びるよく分からない突起に手を伸ばすと、ごんごん叩いた。鈍い音がした。

 「……なんだこれ」
 「こんな感じのお菓子あったわよねー、ホラチョコのやつ」

 クラウディアは、手と手の間に何かを挟む感じの仕草をした。ジュリアは首を振った。版権的にマズイだろう……じゃなくて。

 「そんなことより、売れるかどうか」
 「売れないと思うわよん?」
 「同意だ」

 ほぼ地形そのものに近いものが売れるとは考えにくいし、大きさ数mあろうかという巨棒を抱えて泳ぐのは余りに難しく危険だ。
 機体をぐるり反転、棒に脚を引っ掛けて蹴り飛ばし下に。機体を移動形態に変形。両脚が引っ込み、両腕がぐいっと形を変えヒレになる。そして尾が突き出た。
 ペダルを踏む。
 どんっ。体が座席に押さえつけられるほどの加速。一匹の鮫が瞳を輝かせ、暗闇を切り裂き進んでいく。
 見る見るうちに深度を示す数値が増えていく。余りすいすい潜っていけるので、シュミレーション・カプセルに炭酸飲料片手に乗っているかと錯覚するほどであった。
 そう、ガードロボ一匹見えず、像を結ぶものすら無し。光源が無い為漆黒ですら生温く感じる、究極の真黒。暗闇を恐れるヒトの本能が、傷口から膿が染み出るように気持ち悪いと囁いている。
 罠かと、ジュリアとクラウディアは思った。ジュリアはカメラアイで周囲を警戒して、クラウディアはスキャンされた情報に目を通し、探る。
 だが、一向に異変は起こらず、まるで廃棄された要塞島に踏み込んだようで。基本的に遺跡の内部に動植物は入らないので、視界に映るのは全て非生物だ。
 主を失った建築物は大抵自然に管理者の座を明け渡すが、遺跡の場合は違う。完全自動化された機械群が維持を続け、必要なら修理まで行う。だというのに、それも見られない。
 時が死んだ場所で、命有る二人が押し黙る。無生物の腹の中に居るはずだが、肌を愛撫する気味悪さが払拭出来ない。 またそれとは逆に、刻一刻と活動可能な時間は切り取られているのに、耽美さすら感じてくる。死ぬかもしれない環境でのんびりできるなんて、と。
 快と不快が同時に脳にパルスとなって届き、意味無き行動を起こしそうになる。
 厳しい環境下で働いているときに心の平均を崩せば、たちまちパニックになって自殺に等しいことを平気でやるようになる。常に冷静で、正確なドンブリ勘定が出来てこそ、遺跡を理解し、お金を得られる。
 電子機器が発するヴーンという、虫が飛ぶような音色がやけに大きく感じられた。

 「………」
 「………」

 ジュリアはごくりと唾を飲み込み、魚雷発射装置の安全装置を解除した。小型ランプが点灯した。
 スラスター出力を絞り、機体を水平に戻す。鮫状機体の腹を下にして空気抵抗ならぬ水中抵抗を大きくすることで、下降速度を落とし。
 サブライトを点灯。光の帯が四方に伸ばされ、遺跡の空洞内部を克明に照らしだす。相変わらず突起状の何かが壁から生えているだけの、変わり映えの無い映像が撮れただけであった。

 「おっ」

 と、壁の一部に丸い穴があるのが見えた。
 機体を止めると、その方向に頭部を向ける。ざっと測って直径20~30mはあるだろう。余りに綺麗な丸なので、騙し絵を鑑賞した時のようでもあった。

 「穴……かしら。おいでなさいって言わんばかりねぇ」

 クラウディアが感想を述べた。
 確かに、そのようにも見える。
 時に数kmを超えるという遺跡の内部にある巨大な縦穴は、三文映画に登場するワーム状の化け物そのものに見えて。 そこから分岐するこの穴は、毛細血管かなにかか。
 そう、二人は遺跡と言う未知なる怪物の口の中に飛び込もうとしているのだ。しかもいかにもといった風に空けられた、その横穴に。行く先は落とし穴か、それとも。」
 だというのに恐怖を感じるでもなく、むしろ楽しげな表情すら浮かべた二人。何度も潜った経験がそれをさせる。

 「ハマってなんぼだろ、潜水士は」
 「いつでもどうぞ~」

 いざ往かん。
 ―――……しかしクラドセラケが入るや否や、その横穴が海水を僅かに吸い込んだことを、二人は知らない。






 ここまでざっくざっくと物資を拾えたのは久しぶりではないか。
 横穴の壁を爆砕して中に押し入れば、箱状の特殊金属があちらこちらに転がっており、濡れ手に粟状態。
 『βキューブ』と称されるそれは、常温で電気抵抗が皆無という夢の金属で、高値で取引されている。ちなみに『αキューブ』は超硬度を誇る金属で、これを応用して今日の潜水機がある。
 『キューブ』は時にとんでもないところに転がっていることもあれば、ガードロボが大事そうに抱えていることもある。製造目的、用途、いずれも不明。どこで作られているのかも不明。
 拾ったそれを収納スペースに押し込むと、体をかがめ、また一つ拾う。まさに入れ食い。ダイバー稼業をやっているとたまにこんな大当たりを引くことがあるから、止められない。

 「ウハウハだわー、いいね、もっとあれば♪」
 「これだけあったらしばらくいけちゃうわねぇ。神様のおぼしめしかしら」

 二日酔いの影響を感じさせぬ爽やか笑顔を浮かべたジュリアは、片っ端からキューブを拾い集めては収納していく。全部回収するのにさほど時間はかからなかった。
 がらんどうになったその空間をざっと見回すと、元の横穴に戻るべく地を蹴りするりと抜け出す。
 横穴は光の届かぬほどに伸び、あたかも永遠が居座っているかのようであった。深度は一般的な海底並みは潜っているというのに、狭い場所に居るせいで実感が薄い。深度計だけでは感覚的につかみにくい。
 両脚スラスター作動。海水を吸引凝縮高速で噴出、10mに近い鮫をふわりと浮かばせ。
 作動音が響かぬようにスラスターの形状が工夫されているとは言っても、直接フレームを伝ってくる分はどうしようもない。ウォォーン、とも、ウィーン、ともつかぬ響きが体に触れてくる。
 ずっと聞いていると、そのスラスター音ですら心地よくなってくるから、人間の対応能力は結構素晴らしい。
 僅かに尾を揺らしつつ、暗闇の洞穴の奥へと進んでいく。
 沈黙の殺気が機体を包み込んでいる。じわり、汗が滲むか。

 「……なぁ、オカルトって信じる?」
 「神様はそれぞれのヒトの中に居るって、私は思ってるけど……どうして?」

 当然の話振りに、クラウディアはぽかんと口を開いたが、答えた。
 ジュリアはカメラアイの照明を一段階引き上げた。

 「私の直感が、……というか、……ニゲロってお告げっぽいのを感じるんだけど」
 「……うーん」

 クラウディアが相棒の要領得ない口ぶりに、首を傾げた。オカルトから直感に、更にお告げときたら、何が何だか分からないが、とにかく、『危険だ』と言いたいらしい。
 一向に出現しないガードロボ。罠のように待ち受ける横穴。そして、全身を鳥肌にさせる、コールタールのように粘つく寒気。
 ジュリアがこういったことを口にするのは珍しいが、その勘が全く違っているかと言えば、そんなことはない。
 二人が身構えた、その時。
 遺跡に金属を擦り合わせるような、厭らしい音がした。黒板を引っ掻くより尚不快で、センサー越しに聞いてもぞっとする。海水と言う媒体を経ても衰えない音量は、つまり音源が大型である可能性を示唆する。
 最初は喘ぐように、そしてすり寄るように、最後に消えかけながら懇願する。
 二人は、悪魔召喚を目撃した聖職者並みに顔を強張らせた。
 海水が、確かに揺らめいた。

 「ちっ」

 ジュリア、舌打ち。
 センサーが反応。警告の文字が主画面に躍り出るや、赤いランプが点灯。朱色のシーカーが前方から押し寄せてくるそれらを捉え、情報を提示。電子音が能天気に鳴る。

 「来るぞ!」
 「了解!」

 その敵は、触手だった。
例えば触手の餌食がうら若い乙女なら一部の人間に受けただろうが、相手は潜水機でしかもここは深海。万が一引きずり出されれば水圧で血反吐を吐きながら死すること必至である。
 謎素材の触手が幾本もの群れを成して、横穴の果てからどっと来る。右に左に無駄な動きを見せつけて、しかし、すさまじい速度でクラドセラケの方に向かって来る。
 各種センサーをつけ、照明を前に向けて最大光量に。

 「誘導なし、発射!」
 「あいあいさー!」

 魚雷を照準、誘導をつけることなく、引き金を落とし一射。通路を埋め尽くすほどあるなら、照準も何もあったものではないのだから。
 ぼしゅん。案外マヌケな発射音と共に鮫から魚雷が飛び出す。
 水中に一条の気体を曳きながら魚雷は推進し、魚雷の群れの先端で信管を作動させた。火薬が通路に紅い華を咲かせ、触手を一気に薙ぎ払う。遺跡が揺れた。
 濛々と上がる埃等の膜に向かって、更にもう一発。魚雷ランチャーが回転。魚雷を所定の位置に送り、モーターを作動、推進。魚雷は膜に突っ込み、また爆発した。
 攻撃しておいて確認もせずに『やったか!?』などとのたまうより、とりあえず攻撃しておくのが戦闘での基本だ。音波視界が使えない今、これが最善なのだ。
 轟々と爆発が水中を伝わり、クラドセラケをごんごんと叩く。
 水中に火炎の円が出来たのをみつつ、ジュリアはじりじりと後退し始めていた。そしてその方向を絶えず観察しながら、呟いた。

 「これはやってないな……」
 「でしょうねー……だって、触手だもん……ホラきた!」
 「今は逃げる!」

 追加で魚雷を発射。ランチャーが空になり、弾倉から新しい魚雷を自動で装填開始。この間発射は出来ないので、逃げる。
 触手たちは怒り狂い、鮫を締め殺そうと迫ったが、またもや飛びこむ魚雷に痛い足止めを食らう羽目になった。触手達は憐れにも爆発にかけられ破片と化した。
 だが、代えはいくらでもあるらしい。切れば増えるヒュドラの如く、奥から奥から触手が鎌首もたげて出現して、襲い来る。
 これらを全部相手取るなんて馬鹿げていると、ジュリアは鼻を鳴らした。逃げるが勝ちだ。クラドセラケが一瞬で移動形態をとると、スラスター全開で元来た道を逃げ始める。

 「やーん!!」
 「しつこいな!」
 「もっと撃ってよ!」
 「装填中だろ!」

 触手が何かは分からなかったが、少なくとも和気あいあいのパジャマパーティーでもおっぱじめようとしてはいないだろう。
 むしろ火花散り血肉躍る武道会(舞踏ではない)を開こうと言う魂胆の方があっている。その会でこちらを愉快で奇天烈なオブジェに変えて鑑賞する予定なのだろう。悪趣味め。
 もしもハルキゲニアだったら逃げられなかった可能性があるが、幸い新型機クラドセラケはそうならない。移動形態時の速度は従来のそれを凌駕していた。触手は追いつくことが出来なかった。
 身を擦り合わせやかましく蠢く触手の群れだったが、物理的に接触していない以上どうしようもない。みるみる内に遠ざかるクラドセラケに対し、自らの破片を押しのけてでも進もうとする。
 人を喰らう植物―――……そう、絵本に登場するような、悪夢そのもの。無機質なてかりが非生物さをより強調し、一本十本百本はあろうかという物量が、現実を主張する。
 そのうち一本が、まるでそのことが事前に決定されていたとでも言わんばかりの俊敏さを見せ、クラドセラケに迫った。

 「捕まるかよっ」

 一瞬変形、すぐさま移動形態。水の抵抗を上昇させることにより、ぐるりと時計回りに一回転して瞬時に機体をぶれさせる。追いすがる触手が数cmの地点を虚しく打つ。
 変形機構を戦闘に利用するという発想は、実戦をもって実用的であると証明された。作業と移動の両立の為に組み込んだはずだが、変形による急制動も可能だったのだ。
 しかし、想定していないことをすれば無理が出るのは当たり前。スラスターのついた両脚関節部の負荷を示す数値が急上昇し、更にはフレームの一部が悲鳴を上げた。
 だがそんな些細な問題に構っている時間など無い。
 すぐ傍で蠢く触手の群れに冷や汗を流しつつも、背面部帰還用スラスターを起動。全推力を使用して、横穴を抜けようとする。横穴に障害物が無いことが幸いした。
 水中を疾駆する鮫一匹を執拗なまでに追いかける触手。外敵を排除せんとしているのか、それとも単に分解して資源化せんとしているのかは、誰にも分らぬ。
 照明に光を与えられた視界中央部に、洞穴の出口が映った。
 ジュリアは叫んでいた。

 「残念だったなーッ!」

 抜けた。180度反転後、敵を見遣る。
 横穴を区切りに触手は出られないのか、悔しげに身をしならせるだけ。鮫は悠々と横穴にカメラアイを向ける。いつまでたっても襲いかかってこなかった。
 ほっ、とクラウディアが溜息をついた。

 「あの穴から出られないなんて、不思議ね」
 「ひょっとして長さの限界かもよ。ほら、掃除機の電源コードみたいにさ」
 「電源コード………あれの元、根元はどうなってるのか興味あるわぁ」

 ジュリアは手を振り首を振り、苦虫を噛み潰したような顔をする。

「どーせロクでもない代物があるだけじゃん。どっちにしろ、あいつらが通路にぎっしりじゃ通れっこない。まさか魚雷で押し通れなんて言うなよな?」
 「流石の私でもそれはないわぁ~……強引なのねジュリちゃん♪」

 クラウディアは両手をぱむと打ち合わせ、ニコニコと微笑み。
 ジュリアはうんざりしたように手をひらひらさせ、汗で張りついた黒の前髪を退けると、操縦桿を握りなおした。

 「ジュリちゃんと呼ぶなと何べん言ったらいいんだ?」
 「百万回っ」
 「お前は小学生か!」
 「お姉さんの心は常に若いままですが何か」
 「早々に老けこめ、コンチクショウ……」

 様子のおかしかったジュリアだって、敵に追撃されるという事態に遭遇すれば、いつものに戻らざるを得ない。頭をひっぱ叩いてやりたかったが、嫌な予感がしたので止めておいた。
 収獲はあったので帰ってもいい。このまま仕事を続行してもいい。ジュリアは横穴でうねうねと動き続けている触手を無視、更なる深き場所に繋がっているであろう真下を見た。
 突起状のそれがあちらこちらから突き出しており、人の小腸大腸のよう。進むか進まないかを決断しなくてはならない。操縦者にはその権利と責務がある。
 ジュリアが指を合わせパチンと鳴らした。

 「行こう。今日は調子がいいから、じゃんじゃん引き上げられる気がする」
 「本当に、調子がいいの?」
 「……うん」

 念を押すかのような相棒の言葉に、小さく頷く。機体を下に進めんと、ぐいと体勢を下に。
 出力上昇指令を受けたスラスターが愉悦の音色を奏で海水を押し出し、鮫がゆるやかに下降していった。機体から剥がれた気泡が大気を求め、反対の方向に昇っていった。






 敵から逃げたがまだ心配なので距離を取る意味でも潜っていく。各部に問題は発生しておらず、このまま地上に帰れたら完璧な仕事だったと言えるだろう。そう、その段階までは。
 触手から逃げた数十分後、ジュリアは自分の失策を悟り、クラウディアに向かって呟いていた。その顔は逆に清々しいものさえ含んでいた。
 撒いたはずの触手が突如現れた。縦穴の奥に進んでいって、遭遇したと気がついた段階で触手が機体をがんじがらめに絡めていたのだ。がくん、と動きが止まる。
 一度撒いたからといって油断したが為に起こった事である。
 そう、触手の主がどこにいるかをよく考えなかったのだ。横穴に居たからといって、その奥にいるとは限らない。

 「ごめん、しくじった」

 死の領域に引かれ始めた鮫が、苦痛に呻いた。
 一日の幕引きはまだ遠来であるらしかった。
 触手が俄かにしなった。轟、と引く力が増して。
 ジュリアに深度計の故障は数回ほど経験があったが、今はその故障時よりも酷い勢いで数値が変動していた。想定してない速度で深度値が増え、しかしそれは故障ではない。
 縦穴の奥に潜む何かの触手にまんまと捕まったクラドセラケが、みるみるうちに深くに牽引されていく。スラスターを全開にして、両手足をばたつかせて脱出を目論むが、一向に抜けだせない。
 クラドセラケ操縦席の主画面が赤に染まった。人型のシルエットに矢印が殺到しているアイコンが出る。これは言うまでも無く、耐圧警告だ。
 合成音声が冷たく不自然なアクセントで言う。

 『警告 深度に注意してください』

 深度七千mを超えた。深度八千mを超えた。九千、一万、一万二百……。
 鮫は突起の減少した縦穴を、落ちるように沈んでいく。触手は突起の無い中央を引っ張っていく。もし突起のある壁面付近で引っ張られたら、圧壊されていた。
 否、そうでなくともこのまま沈み続ければ顔面殴打して鼻血が流れるのと同じかそれ以上の確率で死ぬ。そして水圧に握りつぶされ見るも無残な肉の欠片とスクラップが出来上がる。葬式の騒ぎではない。
 ジュリアは触手を振りほどかんと必死で声を張り上げた。スリルではなく、焦燥感と恐怖がべとつく汗を流させて。サウナに籠っているようだった。

 「全部全開! リミッターだのどうでもいいから!!」
 「もうやってるのよ!」
 「クソッ」

 クラウディアは電池の寿命や残電力を脳内から除外して、全てを出力に回していたのだが、抜け出せる気配が無かった。気合いで出力が上昇する訳も無く、また下降することも無い。
 両手で触手を掴み引きはがそうとしても、次から次へと代用の触手が巻き付き意味を成さない。近接武器を搭載してないが故の悲劇か。
 深度、更に下降。一万一千。遺跡は果てしなく続く。
 締め付けられている状態から酷使していた腕の関節が異常を訴え始めた。ランプが点灯。主画面に異常を伝える文章が並んだ。
 力技で離れないのなら、やることは一つ。頭を使うのだ。搭載武器を巧く使う必要がある。機会を逃せば、死ぬ。失敗すれば、死ぬ。
 強制的に引かれ縦軸横軸滅茶苦茶に振り回されているので吐き気を催しそうだったが、それで下降が止まる訳も無く。

 「魚雷で触手をブッ飛ばして脱出する!」
 「無茶よ!」
 「無茶でもやるんだよ、じゃないと死んじまう!」
 「……OK、コースを指定して」
 「二発。一旦遠ざかって戻って、機体の下で爆発させろ!」

 指先が踊りキーボードと画面に走る。
 魚雷ランチャーは構造上連続三発が限度。つまり二回発射して、一度機体から離し、Uターンして一点で爆発させろというのだ。短時間でやるには、時間が不足している。
 だからジュリアは時間を稼ぐべく魚雷を一発射出、まだ見えてこない底に向かわせた。可憐な紅蓮が咲き、触手の数十本を半ばから爆ぜ切った。
 触手達は一瞬動揺したかに見えたが、余計にクラドセラケに絡みついてくる。うっとおしい。腕で掴み、引きちぎれないかと試したが、強度が高すぎて切れない。
 深度、一万四千超。海溝と呼ばれる場所に匹敵する超深海。景色こそ変わって無くとも、水圧は機体を締め殺さんと身構えている。
 触手達は巧みな動きで機体を運ぶ。丁度穴の中央を抜けるように、穴が右に曲がっても左に曲がっても中央を維持し続ける。それは、獲物を無傷で捕獲せんとしているようであった。
 深度一万五千を超えた。信じられないほどの速度。ジェットコースターに乗っている時だったら愉快だったろうが、少なくとも安全な環境と危険な環境とでは地獄と天国ほども違いがある。
 一部の油圧機構が動作しなくなったことが表示された。

 『警告 危険です 危険です 被害が拡大しています』
 「分かってるから黙っとけ!」

 言葉遣いが荒くなる。苛立ち、主画面を殴りたくなったが、止めた。
 両脚でバタ足をして僅かでも推力を稼ぐも、沈む速度は一向に陰りを見せない。
 かたん、とキーを叩く。ジュリアの頭をクラウディアがやや強めに小突き、やるべきことを完璧に終えたと伝える。あとは、機体を駆るものの仕事であり、機会を見計らうのみだ。
 深度、更に下降。潜水殻が軋み、どこかで部品がはじけ飛んだ。圧力は容赦なく機体の体力を削ぎ取っていく。待てと言って待ってくれる相手などではない。
 ジュリアが叫んだ。脳裏に何故かオルカの顔が浮かび、溶け消えた。

 「届け!」

 魚雷ランチャーを、触手に引っかからぬように向きと位置を手早く修正、引き金を躊躇いなく引いた。魚雷が続けざまに二発飛びだし、無駄に広い通路の端に瞬時に到達した。
 発射直後にクラドセラケがくるりと向きを変えさせられ、ますます強く引っ張られた。渦潮に弄ばれる観光船よりも惨めであった。
 魚雷が目標に向かって鼻先を向けると、凶暴性を剥き出しにする。狩犬がウサギを追いつめるように、蝙蝠が音で対象を識別するように、水中に微かな痕跡を残留させながら、二方向から突貫をかける。
 それは、クラドセラケを戒める謎の触手群の、やや下を的確に狙ったものであった。
 ―――……爆発、衝撃波が海水を媒体に伝播拡散。

 「………ぐっ………」
 「きゃっ……!?」

 二人の体が、固定されているにもかかわらず激しく揺さぶられた。
 海の神ですら眠気を飛ばすと表現したくなるほどの火球が誕生、威力で触手をぶつりと断絶。クラドセラケの体が解き放たれ、即座に触手を手で払いのけ、移動形態になり地上を目指さんと。
 ジュリアは奥歯を食いしばり、スラスターをこれでもかと踏み込み、逃げる。もしも次同じように捕まったら逃げ切れる自信も無ければ、確信も運も無い。逃げ時を逃してはならない。
 三十六計逃げるに如かず。
 ジュリアとクラウディアの乗った潜水機クラドセラケは、ややふらふらしながらも危険地帯から逃げて行った。
 触手は、その様子をグロテスクな動きで見送った。






 『月光』の箱をトンと叩き端に寄せた後、傾けて一本を口に咥えると、ポケットに入れる。ライターに火を灯し、それを煙草の先端に移植。赤と朱の中間色が息づくことを許される。
 ふんわり、綿菓子を真似たような紫煙が煙草の先に咲き、室内に撒かれる。
 ジュリアは、既に暗黒に包まれた海を一瞥すると、倦怠感疲労感を隠そうともせず大きく欠伸をして、目を瞬き滲む涙を手で拭った。
 あの後、触手は追撃をかけてこなかった。理由は分からない。今重要なのは、生きて帰ることが出来たという一点なのだ。
 ダイブスーツを脱ぐことすら面倒になった二人は、船室の椅子でのんびりと時を過ごしていた。ジュリアは首を落として煙草を吸い、クラウディアは今にも寝てしまいそうに目をとろんと垂らしている。
 船は自宅への帰路を順調に進んでいる。自動操縦にしてあれば、恙無く航路を辿ってくれる。
 ジュリアはタイブスーツ前のチャックを下げて、煙草を一気に吸い込んだ。

 「今日は死ぬかと思ったわ……」
 「………」

 クラウディアから返事がなかった。よく見れば、薄く目を開き、座ったまま寝ていた。怖い。
 机を叩いて起こしてやろうと思ったが、面倒なのでやめた。煙草を吸うのは面倒じゃないのに起こすのは面倒だった。いいではないか、寝ているのだから。
 ダイブスーツの電池が残っていれば、体温調節機能が働くので風邪をひきはしないだろう。
 疲れていると体は動かないのに、頭だけは妙に働いてくれる。といっても無駄な映像が蛇口開けっ放しに流れ、意味無き文字列が踊り狂うような、魔女の鍋状態だが。
 疲れ過ぎて目のピントを合わせるのも億劫で、ぼーっと一点を見つめつつも煙草は吸う。ニコチン等の成分を欲する体がそうさせたに違いない。
 それにしても、と前置きをして考える。
 煙草を口から離して白を吐き、目の前で火を見つめた。

 「……どーして、あんな」

 危険が迫った時にオルカの顔が浮かんだのは、どうしてなんだろうか。
 ヒトは死を目の前にすると今までの人生を走馬灯で観ることが出来るそうだが、何故、オルカのみだったのだろう。
 突如、オルカの顔が変化して、夜の公園へと移り変わった。オルカが自身の手を握り、顔を真っ赤にして、何かを言ってきている。その内容は……。
 顔に血が昇って赤くなったが、相棒は座ったまま寝息を立てているので目撃者は事実上の零だった。
 誰かに見られている気がしたので咳払い一つ、それから煙草を唇に挟み吸引。朧だった記憶が、記憶に焼きつけられて忘れられなくなっているのにようやく気がつく。
 仕事をすれば無かったことになるなどと都合のいい夢想をしていたジュリアであったが、夢想は夢想で、現実はすぐそこで正座して待ち受けている。幼馴染が自分を好いていた事実は変化しない。
 煙草の火に答えが書いてあるように見つめ続け、先端から昇る煙に鼻をすんすん鳴らす。赤い目が弱く窄まった。

 「私は……」

 アイツが好きなのか?
 その言葉を飲み込み、反芻する。本当に自分が抱いている靄は好意なのか、比較検証して、なんとか解析せんと試みるも一向に解らない。
 遺跡について人類が無知なように、彼女も無知だった。考えもしないことを突き付けられて逃げたのがそれを象徴するようで。
 丸一分の沈黙の後、煙草を灰皿にねじ込み、腕を組む。
 今日は命を落とすかもしれなかったのに、なんで幼馴染について考えているのだろう。ぐるぐると廻る。理解が出来なくて、悩みが回り続けて止まらない。

 「…………」

 口を閉ざしたジュリアは、そのまま寝た。座ったまま首を下に向けてなので起きた時に痛くなっているであろうことは確定だった。
 船は行く。
 プログラムされたままに海を行く。日付が変わる頃には帰還せよと命じられていたために船脚が勝手に速くなった。





          【終】

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