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第十二話 「相思?」

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 『Diver's shellⅡ』


 第十二話「相思?」


 第二地球暦148年 13月25日



 ―――……フロートを履いた航空機が行き交う水上飛行場。ウミネコが寒空で乱舞し、レシプロ式の飛行機がエンジンをぶんぶん鳴らしながら元気に離陸していく。
 燃費や整備の手間の関係上、レシプロ飛行機は第二地球においても現役であった。抗重力機関(宇宙船用の大型機関)や浮力技術(エアバイクの浮力発生機構等)が確立した今でも、レシプロの燃費の良さは群を抜いているとか。
 飛行機を追いかけるように海鳥たちが白翼を羽ばたかせ空に舞い上がったのを見つつ、溜息をつく。ジュリアは唐突だが誰かに相談したくなった。
 自分の本心というものは、本人にですら分からない時があるらしい。
 深層心理というのだろうか、なんとなくや、意識しないものは理解もせずに、心の内に仕舞われてしまう。それは例えば、些細な悩み事。例えば、ちょっとした癖。
 自分で自分が分からないことを恥じることはないが、気になる人は気になるわけで。
 それはジュリア=ブルーストリートに当てはまった。
 彼女は、自分は近頃何か釈然としない靄を胸に抱えていると自覚しつつ、生活していた。理解できない焦燥感と、にじみ出る欲求、そしてまたよくわからない何か。どれも理解不能でしかない。
 その原因に気がつく為に、休日を一つ潰して筋トレしてみたり、食べ歩いてみたり、仕事に没頭してみたりしたが、一向に解消される気がしない。明白に分かっているならいいのにと思う。
 そして本日、彼女は普段ならまず着ない服を身にまとって、飛行場の端にある建物の傍に立っていた。
 ミリタリー風ジャケット。女物の飾りつきホットパンツに、黒タイツ。男物のブーツに、地味な帽子を斜めにかぶる。いつもと比べたら格段の進歩ではないだろうか。
 細身のジュリアをひきたてる服装は、誰に教わったでもなく彼女自身が決めた。悩まないで適当に決めたのだが、これが大当たりであった。
 ただ、そこに煙草『月光』を口で燻らせ、威圧的な目つきをしているので、周囲の人間が近寄りがたい雰囲気を醸し出してしまっている。
 季節は冬なのに余り寒くないため、コートを着なくてもいいし、黒タイツで耐えられる。晴れていて風も少ないことが、薄手でも十分にさせる。
 ジュリアは、虚空を見上げつつ煙草を吸気し、煙を肺の中に導くと灰を携帯灰皿に落とす。喫煙者としてのマナーは心得ているし、ポイ捨てはプライドが許さない。
 指に挟まれた煙草から生じる白煙が、空中に広がり、秒ごとに溶けて見えなくなる。
 体に悪いことなんてわかっているのだが、どうしても止めることが出来ない現実。
 前髪を手でかきあげると、生え際から後ろに撫で押す。一時的にオールバック。普段触らない頭皮に触れて、こそばゆい。
 背後の壁に背中を預け、片足に重心をかけてもう一方の片足は折り曲げてつま先を地に触れさせる。意図せずモデルのような立ち方になった。ボーイッシュなジュリアがこの姿勢になると、本人には絶対理解できない可愛さが際立つ。
 彼女の赤い目が、周囲をきょろりと見回すと、腕時計を見て約束の時間のずいぶん前に来てしまったことを少々後悔した。
 きっかけは一本のメールからだった。
 仕事を終えてベッドに寝転がってメールを打っていると、幼馴染のオルカから着信があった。開いて読む。そこには他愛もない世間話が並んでいるだけ。
 一通り読み終わり、最後に一文があるのに気がつく。

 『もしよければちょっとした旅行をしませんか?』

 送るのに何度も失敗したのだろう。
 きっと、この一文を挿入する為に前半の世間話を書いたのだろうと容易に想像がついた。でも、なんでそう思ったかが分からなかった。
 分かっているはずなのに、ちっとも分かってやしない。これが潜水機に関することなら楽なのにな、と思う。
 何をやってるんだろうなぁ。
 ジュリアは途方に暮れて青い空を見上げると、雲と同じ色の紫煙を吐いた。温度差で溶け込めなくなった水分が白く嘆き、冬に吸い込まれていく。
 『月光』は、悩みを解決してくれそうになかった。
 永遠に続かと思われた考の連鎖は、その青年の訪問によって破られる。腕時計を見て、それからふと眼を前にやると、普段より格好のついた服装の彼が居た。
 服装の知識に疎いジュリアに彼の服装の名称は分からなかったが、オルカらしいなぁと、主観で単純に思った。片手を上げると、月光を携帯灰皿にねじ込み、重心を戻す。

 「遅かった……ですか?」

 オルカは歩み寄ると、遠慮しがちに言葉をかけた。ジュリアが腕時計を見せるようにした。

 「いや、約束の時間より早い」

 二機の飛行機がのろのろと速度を上げると、水の飛沫を飛ばしながら離陸していく。
 時刻はお昼よりずっと前。
 二人して約束の時間よりずっと早く来てしまっていたのだった。
 ごめーんまったー? ううん、今来たとこ は無かった。






 オルカが提案した『旅行』とは、近場の島にちょっと出かけることだった。
 普段から船に乗ったり潜水機を操縦したりして鍛えられていたジュリアと、車どころかエアバイクにすら乗らないオルカ。そう、乗り物酔いだ。どっちが酔ったかなど、言うまでもあるまい。
 もう乗りたくないな、と心の底から誓うオルカだが、どうしても帰りで乗らなければならないと気がついて憂鬱になった。
 乗り物酔いになると最初に唾液が多くなり、頭がくらくらして、胃がムカムカし悪化すれば吐く。まさに、彼の状況はそれだった。
 数時間でげっそりやつれたオルカと、けろりとしているジュリアの二人組は、何はともあれその場所についた。男がやつれ女が元気溌溂。いやしいことを考えてはならぬ。
 ―――……アース・アイランド。
 古き良き地球の街や建築物を再現した島で、人気の旅行先となっている。さほど遠くないこともあってオルカはここを選んだのである。
 二人は、人のごった返す水上飛行場に降り立つと、並んで歩き始めた。
 コンクリートの地面は程よく汚れ、眼前に広がるは人の群れと、かつて地球にあった様式の建物や、服を着た人達。和風の建物があるかと思えば、西洋の凱旋門らしき建築物まである。
 ジュリアは手をポケットに突っ込むと、物珍しそうにキョロキョロと視線をふらつかせる。国と言う概念が消失して固有の文化がごっちゃに融合しつつあった街に生きる彼女にとってこれらは興味の対象になりうるのだ。
 子供もいれば大人もいる。手を繋いでいる男女もいる。道端で茶を嗜む老人もいる。
 観光地であるとともに、アース・アイランドは生活の場でもあるのだ。

 「気分は治った?」
 「……ええ、だいぶ良くなりました」
 「そう、良かったな、吐かなくて」
 「ええ、本当に良かった。後数分遅かったら朝食を胃袋から巻き戻すところでした」
 「……っていうかさぁ」
 「はい」

 人ごみで紛れないように、肩と肩を合わせるように歩く。歩調はまちまちなので、歩くたびにお互いの肩がごつごつぶつかる。
 お昼に差し掛かった街は俄かに活気づき、お客を招きいれようと店員が声を張り上げ、観光客は品を買ったり写真を撮ったり。通りを曲がり、やや狭い道に入ってもそうだった。
 ジュリアは、ポケットから出した手をオルカの肩にぽむと置いた。肩が緊張で震えあがった。

 「なんで丁寧なまんまなわけ? わざと?」
 「えっ、だってそれは……ねぇ?」
 「ねぇじゃねーよ。ホラ、これは命令だ」

 肩に置かれた手を見、顔を見、俯く。頬を膨らませ、赤い目で見つめてくるなんて。嗚呼なんたることか。
 ジュリアの顔を見られなくて下に目を落としていた為、彼は前から迫って来ていた危機に注意を向けていなかった。電柱。激突。目が回る。頭を抱えて座り込む。
 ぐぅの一言も出ず、額に痛覚の五寸釘に悶絶する。
 ジュリアは呆れたような顔をしたが、さっと手を差し出した。

 「あちゃー。お前、今日何か変だぞ」
 「で、でしょうね。いてて……」

 これでは丸っきり逆ではないかと自嘲し、ジュリアの手を借りてオルカが立ち上がる。額は赤くなっており、あれ幸いかな、頬の赤さが隠蔽される。
 周囲の人達がこちらを見てクスクスと笑っている気がするというか、間違いなく笑っている。他人の不幸は蜜の味という感じでなく、微笑ましいという風に。なんであれ恥ずかしいことに変わりない。

 「行くぞ!」
 「ああ!」

 二人は顔を真っ赤にして駆けだした。
 行く先なんて考えてすらいなかった。







 ばたばたと騒動があっても、人間お腹は減るものだ。
 例えばホラーモノ。幽霊が隣の部屋に出るとしても、お腹は空くし、体の代謝が止まるなんてことはありえない。
 例えばロボットモノ。ロリコンが出ようが巨大ロボと殴り合おうが並行世界の果てに行こうが、ヒトである以上バッテリーではなく食べ物と水分を摂取しなくてはならない。
 つまり、ジュリアとオルカの二人は一緒に食事をしたのだ。
 食事の時に一悶着あったかと言えば残念ながら無かった。あれがどうのこうのと会話をしながらもぐもぐむしゃむしゃと済ました。
 旅行ならしょっちゅうしている(仕事であるが)ジュリアは、怠惰に時を過ごす以外ののんびりを余り知らず、和風建築の根元にひっそりある日本庭園で抹茶ケーキを突きながら暇そうにしていた。
 日本風カフェ。和服を着たアジア系の従業員が数多く働いていて、メニューも日本に関連するものが大多数。微風に乗って聞こえるは、これまた日本の歌。
 第二地球になって人類の混血が進んでもなお、こうして文化を守り通そうとして、心のよりどころを求める。分からなくもないが、結局、自分の親も知らぬジュリアに完全に理解は出来ない。
 でも抹茶ケーキは美味しい。
 妙に落ち着きがなくそわそわしているオルカをちらりと見、ケーキにフォークを刺して、一欠片を口に放り込む。濃厚な抹茶味と甘味が広がった。
 冬と言ってもさほど寒くも無く、むしろ暖かみすら感じる今日。
 こじんまりとした日本庭園の端に店を構える喫茶店の、軒先の机に二人が腰掛けている。おこぼれを期待したのか、雀が物欲しそうに足元をぴょんぴょん跳ねている。
 ジュリアは砂糖だけ入れたコーヒーを一口飲むと、片手を頬に当て机にぐったりと寄りかかった。オルカもコーヒーを一口飲むと、携帯電話を見て情報を検索する。

 「次どこ行こうか」
 「そうですねぇ……」
 「だからぁ……口調をな、戻せってば。昔はもっと俺がどうのこうのって感じだったじゃん」
 「でも、クセなんですよ」
 「その割に焦ると元に戻るっぽいけどな。ということは……焦らせればいいんじゃないのかな。オルカが一番動揺することってなんだ?」
 「それを、本人に聞きますか普通は」

 動揺の原因は目の前にありますよという言葉をコーヒーと共に飲み込み、携帯電話でアース・アイランドの見どころを探す。でも止めた。ぶらぶら歩くだけの旅行でもいいではないかと思ったのだ。
 ぱちんと携帯電話を閉じて机の上に乗せ、じりじりと眼を前に向けると、あろうことか机の向こうに座ったジュリアが抹茶ケーキをフォークに刺して差し出してきていた。
 一口で完食可能な大きさの緑色のかけら。

 「食べろよ」
 「えっ……!」

 しれっとした顔で、しかしニヤニヤと赤い目で笑む彼女。余り長くないはずの黒髪とまつ毛が長く感じられた。
 動揺したか。した。心臓は鞭を打たれたように早鐘を打ち、脳味噌がぐつぐつと煮え立ったかと錯覚するほど、首筋がカーッと熱くなった。
 足元が崩れ去り、周囲の音がフィルターにかけられたように消え失せる。否、むしろ聴覚その他の感覚はより研ぎ澄まされているのかもしれない。全ては心の持ちようだ。
 かぽーん。水を限界まで注がれた竹が物理法則に従って傾き、鳴る。日本庭園お馴染みの光景。

 「……遠慮します」

 やっと振り絞った言葉は酷く震えていた。裏返りそうになったのを必死で堪えた。
 ジュリアは残念そうに口を尖らせると、フォークに刺さったケーキをぱくりと食べ、またコーヒーを飲んだ。

 「動揺した?」
 「してない! これっぽっちも!」
 「してんじゃん。思い切りしてんじゃん。つーか、なんで必死で否定するかな。私は昔の喋り方でいいと思うんだけどさ。あ、すいませんお代わり」

 話の途中で通りかかった和服の女性店員に手を上げてコーヒーのお代わりを頼む。店員は、ハイ、と快く受けてくれ、熱いコーヒーを二人のカップに注いでくれた。
 コーヒーの水面を擦るようにするすると飲んだジュリアは、机の中央の角砂糖入れから一つとってコーヒーに投入した。とぽん。黒々とした水面が飛びあがった。

 「日本風のお店でコーヒーってのも中々いいと思わない?」
 「えっ? うーん。僕自身はあんまり」
 「そっか。素直でよろしい」

 こうしている間にも、貴重な時間は指の隙間から零れ落ちていく。
 時刻は昼を過ぎ、夕方に縮まりつつあった。太陽は陰りを見せ始め、鳥たちは寝床を頭の中で描き出す。肌寒さが帰ってきた。
 観光に来たはずなのに、雑談が花開き。あーだこーだと時間を食みつつ、ケーキを食む。時間は瞬く間に過ぎ去り、太陽は朱色の化粧をしていた。
 海面が青とは違う色を見せ、フロートを抱いた飛行機が飛ぶと水飛沫が煌めく粒子となり落ちていく。ジュリアは、見慣れているのはずの世界に双眸を細めた。
 流石に夜に帰る訳にもいかないので、二人は飛行場に戻って来ていた。
 よく考えると観光よりのんびりしていた時間の方が長かったのだが、楽しめればいいではないか。
 二人は、アース・アイランドに来る際に利用した同じ飛行機に乗って帰った。サングラスを顔に引っ掛けたヒゲ面パイロットにお二人さんは仲がいいなと茶化された。






 飛行機で帰って、お酒を呑んだ……という展開にはならなかった。次の日に響くから、二人は夜景の見える公園に行くことで我慢したのだった。
 太陽はとうの昔に地平線の彼方に身を沈ませ、光を失った空には幾千の星々が現れており、青、蒼、藍、黒の海に飲み込まれてしまうほど頼りない船の光が浮かんでいる。
 島の中央は光に満ち溢れ、島から出たら暗黒が広がる。地平線の優美な輪郭は見えず、あたかも海と空が同化してしまっているようだった。
 街の一角を剣で切り取ったような小さい公園。展望台と分類するのが憚れる大きさのそこに飾り気の無いベンチが幾つかあり、その一つに黒髪赤目の女性と、優男風貌が腰掛けている。
 冬をやっと実感させる風が吹き始めて、潮の香りと共に体温を吸収して去っていく。

 「どうぞ」
 「……? あー、コーヒー。気がきくな、ありがと」

 近くの自動販売機からコーヒーを二本購入したオルカは、身を縮めて夜景に魅入る彼女に一本を渡し、蓋を開けて一口飲むと、ベンチに腰掛けた。45cmの間隔をとって座り、また一口。
 ほろ苦いコーヒーが体を温めるのに、熱を片っ端から風に取られてしまう。
 ジュリアはぶるりと身震いすると、急いでコーヒーを飲んで、手と口を密着して息で暖めて。
 本日二杯目のコーヒーは、どうにも味が薄かった。

 「綺麗だけど、……寒いな」
 「そうですね……寒い」

 オルカは、口を開き、また閉じ、開き、俯いた。コーヒーを飲み、水分を欲する喉を潤して、また口を開いたが、閉じてしまった。
 言いたいことは、言いきれないほどあるのに。
 たった一言も言葉に出来ない自分が腹立たしくて、唇をぎゅっと噛むと、夜景に見惚れるジュリアに見惚れる。
 子供の頃から余り変わらない顔立ち。ボーイッシュでも時々見せる女性的な部分がたまらなく心を刺す。伝わらない。どうして、伝えられないのか。
 たった一言。文章に起こすと数十文字。時間にすれば、下手すれば数秒だけで済んでしまう。でも、それですら、出来ない。
 自分を第三者視点で見ることが出来るのなら、持てる力の全てを出し切る勢いでぶん殴っている違いなかったが、自分である以上不可能である。

 「寒い………な」
 「………そうですね」
 「すごく、寒い」
 「確かに」

 大気は厳格な温度と湿度で肌を拒絶している。
 45cmの距離が、44cm位になったと錯覚してしまう。
 遠過ぎず近過ぎずの間隔。安物のドラマでも滅多にお目にかかれない、ありきたりさ。そのありきたりさが惑星級の障壁としてそびえ立つ。
 オルカは自身の舌を咥内で噛み締め、彼女を見遣った。手の中で冷めつつあるコーヒーを、一気飲みして公園のごみ箱に投げる。缶は放物線を描き、カゴの中に収まった。
 突然の行動に、ジュリアは目を見開き。
 オルカが言った。

 「―――……ずっと言いたかったことがある」

 普段の柔らかな物腰が消えた。丁寧な口調が、昔のそれに戻った。
 心臓が暴走する。耳に聞こえるのは、脈拍の音と、必要最低限な環境音のみ。外に居るのに音楽室か何かに閉じ込められたようだった。
 ジュリアがコーヒー缶をベンチの横に置いた。
 真正面から向き合い視線を合わす。

 「………ああ」

 冗談っ気の無い様子に思わず押し黙った。真面目な話の時に口を挟むのはしない。もしそれが重要なことだったら、取り返しがつかないのだから。
 オルカは一拍置いて、声帯に命じた。

 「逢った時からずっと、俺は君が好きだった。もしよければ、俺と付き合って欲しい……!」
 「え? えっ? えええッ!?」

 時が止まったかと思われたがそんなことはなかった。
 文字通り告白された。そう、告白。男性にそんなことを、しかも幼馴染に言われるなど、誰が想像できたのか。他に人ならともかくジュリアには不可能だった。
 嬉しいやびっくりしたを超えて頭が混乱する。思考の枝が分岐を止めて堂々巡り。ジュリアは、前のめりになるオルカにどうしていいのか分からず両手を交差して二の腕を撫でた。
 オルカは手をベンチに置くと、更に前のめりになった。

 「俺は、決して冗談で言ってるわけじゃない。子供の頃は分からなかったけど、最近やっと分かった。俺は、君が好きだ。ずっと言えなかったけど、好きだ!」
 「あ………え………?」

 一度決心すればあとはさらさら流れるのみ。
 思いの丈を、声を張り上げて伝えんとする男と、曖昧な声を漏らし顔を白黒させる女。
 オルカはぐっと近くに寄ると、その両手を握り、顔が真正面に来るようにする。彼女の手は冷たかったが、細くて絹のような手触りだった。
 両手を握られた。背筋に怖気とは違った電流が走り抜け、首筋を通り目に達する。公園の街灯に照らされたオルカの顔は噴火直前の火山並みに赤かった。
 お前の親は私だと宿敵に言われたら、こんな顔と反応なんだろうかという、唖然呆然にも似た表情を、ジュリアは浮かべた。
 両手を握って顔を近づけてくる幼馴染の男に対し、首を縦に振ることも横に振ることもできなくて。指がぞわぞわする。胸元に熱さが顕現する。

 「えっ……え、冗談とか、嘘とか、酔ってるとか……」
 「俺は本気だ」

 男性の広い手が女性の手をしっかりと抱擁すれば引こうに引けず。
 やっと頭が普段を取り戻してきた。考える。オルカに、告白された。好きだと、告白された。
 ボンッ。
 ジュリアの顔が真っ赤に爆発した。
 気がつけば、顔と顔の距離は30cmも無かった。白の吐息が別の吐息と合流、ふわりと逃げる。
 ジュリアが震える唇を制動しながら、溜息を吐くような静かさで言葉を紡ぐ。

 「私は―――……」

 好き、なのだろうか。
 幼馴染で、小さい頃はそこらを駆け回り悪戯戦争を仕掛け合い、お風呂にだって一緒に入った。成長して二人は別れ、それぞれが自分の進みたい道を選んだ。
 オルカは幼少を過ごした孤児院で働くことを決意し、ジュリアは大海への浪漫を追い求めてアイリーンの元に師事した。再会した時、何も変わっていないと思っていた。少なくともジュリアは。
 体も心も成長すれば、自然と相手が女性だと気がつく。
人は絶えず変化するからこそ、人なのだろう。
成長は、彼も彼女も例外ではなかったということだ。
 苦悶する。顔の赤みが消えない。すぐ傍にいる幼馴染に目を合わせないように、あさっての方向を虚ろに見る。歯がカタカタ鳴りそうになった。

 「私は……っ…………違う、……わ、……私は……っ」
 「ジュリア!」

 ジュリアは、手をぱしんと払いのけた。そして踵を返し背を向け逃げる。二、三度地面に躓きながら夜の公園をひたすら駆けて、背中に投じられる言葉に振り返らぬように、全力で逃げた。
 私は何をしているのだろう。私は何をしていているのだろう。禅問答が頭の中で始まりと終わりを接続した無限の円を描写し。
 想いの女性(ヒト)が去った夜の公園で、男性(カレ)は右手を掲げたまま立ち尽くした。必死の想いは、答えを得られぬままに夜に閉ざされる。
 自己解決など、出来やしない。
 錯綜する思考線が乱雑に混合し、過去の記憶を白と共に脳裏に浮かばせる。

 「………俺は」

 呟いた途端、轟。
 冷たい風が頬を殴りつけて、長めの髪の毛を嬲った。夜景に呟いてみても、答えはなかった。オルカが空を見ると、空を横切るように流れ星が光った。
 稀少な流れ星は、心象風景に浮かんだ涙のようだった。





          【終】

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