創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

第八話「希望は月にあり」後編(下)

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
「うっ……」
 寝ちゃったか……。
 身体を起こし大きく伸びをする。長時間座っていたせいか、体がとてもだるい。
 目を擦りながらディスプレイを見ると画面にはデータが一致しませんの文字が表示されていた。
「よかったぁ……」
 あれは一明さんじゃなかった。あんなのただの妄想だったんだ。
 そう思うと身体の力がすっと抜けていく。そのまま椅子からずり落ちそうになるが気にしない。
「水原!」
「きゃぁ!」
 安心する奈央の横から突然リーシェンが顔を出した。あまりの事に思わずキーボードを思い切り叩いてしまう。
「バイラムの解析は終わったのか?」
 リーシェンはいつもの調子で見下ろしている。
 一方の奈央は鼓動を抑えようと軽く深呼吸するとリーシェンを鋭く睨みつけた。
「もう、いきなり顔を出さない下さい! ビックリするじゃないですか」
「すまん、そんな事よりバイラムの解析はどうだったんだ?」
 奈央の批判をリーシェンは涼しい顔をしていなす。
「でも私の見当違いだったみたいです」
「そうか、ところでパソコンが動いているんだが……」
 リーシェンがパソコンをほうを指すとなにやらがガタガタと処理音を響かせながら目まぐるしく動いていた。
「あっ! あああああ! まだ報告書に書いてなかったのに……」
 肩を落とす奈央を見ながらリーシェンは頭をかきながらそそくさと部屋を出て行こうとする。
「どこ行くんですか!?」
「嫌、今から訓練をと……」
「何を言ってるんですか! 私の血と汗と涙を今すぐ返してください!」
 奈央はリーシェンの襟元を掴むと思いっきり振る、彼の首がガクガクと震える。
「し、しかし…」
「しかしも何もありません! さぁ、今す――」
 奈央がリーシェンに食って掛かろうとした時だった。突然ディスプレイに解析完了した電子音が響く。
「よ、良かったな。壊れていなくて」
「よくありません! もうリーシェン軍曹、今度はちょっと落ち……」
 ディスプレイの文字を見た奈央は言葉を失った。
「どうしたんだ? 奈央」
「なに、これ?」
 唇を震わせ、額に冷や汗をかいている奈央を一べつするとリーシェンもまたディスプレイの方を見る。
 そこにはこう書いてあった。


 この二つのデータに類似点あり、類似率97.8%

「やったじゃないか! これでバイラムの正体を掴めるぞ!」
 笑顔を見せるリーシェンに対し、奈央はそのままストンとその場に座り込んでしまう。
「こ、こんなの嘘よ……。私、信じたくない!」
 奈央はそう叫ぶと部屋を飛び出していく。
「おい、水原!」
 リーシェンも廊下へ向かい奈央の名前を呼ぶが彼女の姿はどこにもいなかった。
「どうした、軍曹」
 後ろから一人の男が声をかけてきた。リーシェンが振り向くとそこには――
「コウシュン隊長!」
「何があったんだ?」
 リーシェンとデータルームの中を見ながら状況を確認する。
「わかりません、突然、結果を見たとたん叫び声を挙げて……」
 リーシェンの言葉はどうも要領を得ておらず、彼にも何が起きているのさっぱり理解できていないようだ。
「とりあえず中を調べるぞ。水原伍長の事はナタリア大尉にを頼もう」
 コウシュンは携帯通信機の電源を入れると素早くボタンを押し、ナタリアに向けて電波を飛ばす。
「私だ。水原伍長の捜索を頼む。恐らくそう遠くへは行ってないはずだ。……ああ、頼む」
 電源を切ると奈央が残したディスプレイに近付く。表示はずっと点いたままだ。
 一体これが何だと言うのだ?
 コウシュンはキーを軽く叩くと男性の動きのデータとバイラムの戦闘データが表示される。
「森宮一明? この人物は一体何者なんだ?」
 続けてキーを叩くと男性の動きとバイラムの動きが重なった。
 微妙な誤差はあるものの動きや癖といった物がとても一致している。
 剣の降り方、間合いの合わせ方、そして一番似ているのが素手による攻撃方法だった。
「隊長、これは一体……」
 リーシェンが問いかけるがコウシュンにも理解が出来ない。だが、一つだけ理解が出来た。
「分からん。だが、この森宮一明と言う人物はバイラムを何らかの関与していると思う」
 必死で搾り出した言葉にリーシェンの頬を汗が伝う。だがコウシュンの頭の中に何かが引っかかっていた。
 何だ、何が引っかかっている? 私はこれを見て何かがおかしいと感じている。一体なんだ?
 コウシュンは引っかかってる物を探そうともう一度バイラムの戦闘データと森宮一明の武道データを比較する。
 しかし、どこをどう見ても何も思い浮かばない。
 この引っかかりは気のせいだったのか?
 コウシュンは軽くため息を付くとリーシェンの方へを身体を向ける。
「リーシェン、この事は――。」
「内密に、ですか?」
 コウシュンの言葉にリーシェンはそう反応する。水原の事、ヨウシンの言葉と雰囲気。それを察しないほど
このリーシェンという男は鈍感ではない。
「ああ、だが一応ソウ司令には報告をしておく。無論、後は司令の指示に従え」
「了解」
 リーシェンは敬礼をすると回れ右をしてそのままデータルームを去った。
 そしてコウシュンは写されているデータをしばらく見つめた後、そのまま部屋を出て行った。
 コウシュンの”引っかかり”が後に祐一にとって、いや、奈央にとって最も過酷な現実を突きつける結果に
なる事を今はまだ、誰も知らなかった。


「これでどうだ?」
 ケントは最後と言わんばかりに勢い良くキーを叩くとコンピュータの処理が開始された。
 コンピュータはカリカリと処理音を立てながらケントが入力したデータを捌いて行く。
 その間にライオネルが入れてくれたコーヒーを手に取り口に運んだ。
 部屋は完全に汚れており、そこらかしこにメモに使った紙くずやハンバーガーなどの箱が転がっていた。
「少し休んだらどうだ」
 ライオネルが休むよう薦めるがケントは首を横に振った。
 今寝てしまうと二度とと起きられないかもしれないからな。
 しかしケントの体力はすでにピークに達しており、このまま続ければ倒れることは必須だろう。
 だが、彼にも意地がある。結果が出るまで寝ることは決してしたく無い。
 そんな意思を組んでかコンピュータが甲高い電子音と共にバイラムの解析データが表示した。
 ケントは椅子に座りなおしディスプレイをじっと見つめる。・
「これが……バイラム……」

 データを見ながらケントは思わず息を飲む。
「なるほど、確かに似ているな。お前の言った通りに」
 ライオネルもまた、出た結果に目を細めた。
 バイラム。その存在を形にして見ると地球の技術があまりにも時代遅れに感じた。
 剣、共有結合による鉄の剣、仮名称:グラム・ブレード。計算上ではダイヤをカッティング可能。
 銃、小型の強力ビームガン、各部分にアタッチメントを着ける窪みがある。恐らく未だにフルパワーで使用
した事はない。
 装甲、共有結合による装甲板。しかし剣とは違い銅やアルミといった重量が少ない金属で作られている。
 エンジンについては不明。だが地球のエンジンでも十分に対応可能。
 コックピット、無し。頭部にアンテナらしいものがあることから通信データを受信しているもよう。
「パイロットは存在しないのか?」
 かといって無人機にしては人間らしい動きをしている。
 真剣白刃取り、当身、どれをとっても瞬時に行えるものとは到底思えない。若干のタイムラグが存在するはずだ。
 新たな疑問が浮かび上がり、ケントの額や掌から汗が滲み出てくる。
 一方、ライオネルはじっとバイラムのデータを見つめていた。まるで何か思いつめたかのようにその瞳は真
剣そのものだった。
 そしてデータの表示が全て終わった後、すぐさまデータを保存した。手を震わせながらマウスを動かしていく。
 データの保存を完了したという文字と共に二人はそのまま眠ってしまった。ディスプレイの光が二人の寝顔を照らす。
 その寝顔はどこか誇らしげであり、またとない達成感が顔から零れ落ちていた。


 翌日、ケントはバイラムの解析データが入ったディスクを鞄の中に入れた。ただ鞄に入れたわけではない、
何重にも詰め物をし、バックアップとしてポケットには小型メモリー、衣服の中にチップを縫いこむという徹
底振りだ。
「それでは教授、お元気で」
「ああ、お前もな」
 玄関の扉を開け外へと踏み出そうとした、そんな時だった。
 突然玄関の扉を叩く音が聞こえてくる。その音はとても激しく扉を壊すような勢いだった。
「一体何が……」
「月面保安部のものだ、開けろ」
 再び扉を強く叩く。月面軍の諜報機関のようだ。
「ど、どうします?」
 うろたえるケントに比べライオネルはかなり冷静だった。まるでこの時を知っていたかのようにケントに指
示を与える。
「ケント、裏口に有る車のエンジンをかけておけ。ここから逃げるぞ」
「え?」
 転転とする状況にケントの頭は少し回らなかったが今やるべき事を理解するとライオネルの言った通り、裏
口へと向かう。裏口の鍵を外し、辺りの様子を見る。何事も無い事を確認するとすぐさま運転席へと乗り込む。
「全く、一体なんだっていうんだ?」
 エンジンのスタートボタンを押しエンジンをかけた。軽快なモーター音が狭いガレージの中に響いている。
「教授、次はどうします?」
 運転席からの家のほうへ叫ぶとライオネルは大き目のジェラルミンケースを手に飛び出してきた。
「そのまま突っ切れ!」
 彼の言葉に反応してケントは思いっきりペダルを踏み込む。二人を乗せた車はガレージを突き破り、ロケッ
トのように外へと飛び出していった。
「逃がすな、追え!」
 二台のジープが二人を乗せた車を追ってくる。舗装された道ではないためお互いの距離はそんなに縮まない。
 激しい振動が車の中に伝わり、見ている景色を歪ませる。
「一体なんなんだ? なんで僕たちが……」
 突然の事ばかりでケントには理解が出来なかった。
「私の責任だ」
 ライオネルは小さく呟いた。思いつめている様子ではなく逆に何かを確信したようだった。
「どういうことですか?」
 ケントは運転しながらライオネルに問い質した。
「お前がいっていただろう? この月面での出来事はお前の解析したデータ、バイラムに似ていると」
「はい」
「もしも、もしもだ。この月面にいる”奴ら”とバイラムが何か関係しているとしたらどうする?」
「関係?」
 ケントは考える。確かに彼らとバイラムは似ているが……。
「私は仮説を確証する為にあえて解析したデータを奴らに送ってやった。結果は――」

「言わなくてもいいです。十分理解してますよ」
 ケントも確証が出来た。バイラムには何らかの組織がバックアップとしてついている。
 その組織は未だに姿を表さないことからかなり大きな組織だと仮定できる。
 物資や整備といった問題はその巨大な組織による隠ぺい工作が効いているのだろう。
 月面を完全に占領できることから所属している人間は恐らく数万を超え、世界各地に存在している。
 そして、ケントが持っているデータからこれは彼らのアドバンテージの一つなのだろう。
 この優位性が崩れ去れば地球の、人類の勝ち、とまでは行かなくてもかなりの痛手になるはずだ。
「お前に何の相談もなく、送った事は反省しているだが――」
「うわ!」
 突然、車の横を銃弾が掠めた。バックミラーで後ろを見ると軍人達がアサルトマシンガンをこちらに向けている。
 どうやら意地でも僕らを止めたいらしい。だけど――。
「これで僕は止まらないよ!」
 ケントは素早くハンドルを切り、街の中に飛び込む。対向車線なんて気にせず道行く車を次々にかわしていく。
 二台のジープも道路を突っ走るが運悪く横から飛び出してきたトレーラーに一台ぶつかり、そのまま二転三
転と横転する。乗車していた軍人達は衝突の衝撃で多く飛び上がり、そのまま思いきり地面に叩きつけられた。
「教授、どこへ行きます!?」
 追ってくるもう一台のジープを見ながら車を走らせる。
「スペースポートへ迎え、あそこには地球行きのシャトルが停泊している!」
「了解!」
 ケントはハンドルを切り、車をスペースポートへと向かわせようとする。
 ジープもケントたちを追う。しかしケントの車はスピードをどんどん上げて、差を開いていく。
 そして小さな路地が幾つもあるダウンタウンへとやってきた。
 今度は車の通りが少ないため、徐々に差が縮まっていく。
「くっ」
 ケントは軽く歯軋りをしながら後ろの様子を確認する。
 ジープの方では巨大なロケットランチャーを構えていた。
 あんなのを喰らったらひとたまりも無いぞ!
 ロケットランチャーのサイトを出し、ケントたちの車に照準を合わせる。
「どうしますか!?」
「お前に任せる」
 額に汗を流しているケントに対し、ライオネルは涼しい顔をして後ろの様子を見ている。
 こうなったら一か八かだ!
 覚悟を決めると同時に、ついにトリガーが引かれる。
「ここだ!」
 ケントは思い切りハンドルを左に切ると小さな道に車を突っ込ませた。
 飛んできたロケット弾はそのまま道路にぶつかり大きな穴を開ける。
「ぐぅぅぅぅ!」
「ぬぅぐ!」
 車と壁とが激しい火花を出しながら車に傷をつける。
 そして、車のエンジンから煙を噴出すとボンネットが勢い良く開いた。
 道路に綺麗な一直線の後を付けながらケントたちが乗った車は止まった。
「はぁはぁはぁ……」
 ケントは肩で息をしながら生きていることに感謝した。
「ふぅ、大丈夫か?」
 疲れ果てているケントに比べライオネルの顔には疲労の色は何一つ見えない。
 先ほどの事は全く堪えてないのか? こっちは疲労困憊だというのに……。
 完全に呆れてしまうケント。ライオネルは辺りを見渡すと再び車へと乗り込む。
「さて、追っ手はまけた様だな。よし、スペースポートへ向かうぞ」
「は、はい……」
 ストレスで寿命が十年縮まったぞ。と文句を言いたかったが今という状況下では何も言えないケントだった。


「なるほど、これなら誰も気づかないはずだ」
 スペースポートにやってきたケントはその様子を見ながら呟いた。
 鋭い眼光のサラリーマン、やたらと姿勢が正しい観光客の女性、そして歩き方に隙が無い係員。
 そう、このスペースポートにいる人間は全て軍人だった。
 上を見るとスペースシャトルが飛んでいる。恐らくその中には民間人、いや普通の人間は誰一人いないだろう。
 確かに定刻通りにシャトルが飛んでいけば誰もおかしいとは思わない。恐らく物資なども何事も無く流通し
ているのだろう。破壊したシャトルは別のものに偽装をし、何事もなかったかのように装っている。
「それだけではない、あれを見てみろ」

 隣にいるライオネルが何かを指す。指した方向には一人の男性が電話で話をしていた。
「あれは地球に向けて発進する特殊回線電話だ。ああやって定期的に地球に向けて通信を送っているようだ」
 外見だけはきっちりとしているってことか……。
「ケント、これからお前は奴らに成り済ましここから地球に向かえ。いいな」
「それはいいんですけど、大丈夫なんですか?」
 ケントは胸に手を当てる。心臓は高鳴り上手く行くのかという疑問が渦巻いていた。
「大丈夫とはどういうことだ?」
「例えば途中でばれたりとか…」
「そこは問題ない。なぜなら……」
 ライオネルに促されるようにしてスペースポート内を見る。良く見るとあるはずの物が無い。それは――。
「ボディチェッカーが無い」
「そうだ、それだけではないぞ」
 意外にも警備を担当する軍人が思ったより少ない、銃を持っているのは数名で残りは偽装の為か。
「警備が杜撰だ」
「杜撰というより重要性が無いのだろう。たかが一人や二人脱走したとしても誰が信じる? 月は謎の組織に
占領されたなどと言っても単なる夢遊病者か、妄想癖がある変人とされるだけだ」
 もっとも、脱出したとて地球にいるスパイに殺されるのだろうがな。
 ライオネルは自身の懐を探っているとケントから刺す様な視線を感じた。
「ところで教授はどうするおつもりですか?」
 真剣な表情からはライオネルを労わる気持ちが伝わってくる。
「前に言ったはずだぞ、私はお前のサポートに回る」
 そう言ってケントにの何かを渡す。黒くて小さい機械のようだった。
「これは?」
「小型通信機だ。少なくとも私が騒ぎを起こせば向こうも何らかのアクションを引き起こすからな」
 ライオネルが通信機を胸につけると件ともそれを真似をして胸につける。
「さて、そろそろ開始するぞ、時間をあわせるぞ」
「はい」
 二人は時計の秒針を合わせると早速、それぞれの場所へと向かっていった。

 ケントは冷静に辺りを見渡した。動き、仕草、話し方や内容などを注意深く観察する。
 そしてある程度、”彼ら”を理解をすると覚悟を決めて歩きだした。足を鳴らしながら一定のテンポで前に
進んでいく。下手をすれば捕まり、僕は二度と地球の土を踏めないだろう。
 嫌な緊張感が頭の中によぎる。だがここでくじけてなんて居られない。
 思わず歩く歩調を少し早くなる。ここから出て行く事だけを考えているせいだろうか。
 電光掲示板の近くまで来ると顔を上げて書かれているものを見る。書かれている文字は英語である事を確か
めるとケントは少し安堵した。もしここでおかしな文字がかかれていたらもうお手上げだったよ。
 でもここからが本番なんだ。決意を新に掲示板を見る。
 月面発、ステイツ行き、十四時二十三分、7番ゲートより。 
 ケントは地震の時計を見る。現在は十三時五十一分、飛行機が飛ぶまでまだ三十分以上もある。
 この三十分をどう使う? 観察? それとも早めに乗り込む?
 どれを取ってもリスクはある事は理解している。だが、だからと言って何もしないのは――。
 ケントの考えを読んでいたのか、突然胸が震え始めた。ライオネルからの通信のようだ。
「ケント、どうだ? もう乗り込んだか?」
 不思議な事に耳に当てているわけではないのに聞こえてくる。しかもかなり感度や音質が良い。
「いえ、出発まで三十分のロスがあります。その間どうしますか?」
「それなら、まずチケットを買っておけ。シャトルに乗る以上、チケットが無いのはおかしい」
 再び辺りを見渡しチケットを売っているところを探す。良く見ると一角に大勢の人々が列を組んでいる。
 あそこがチケット売り場なのか?
 ケントは列を組んでいる場所に近付く。列の先には一人の女性が何かを渡している。
 あれは……チケットだ。
 手の影で少し見えないが青と銀の紙切れはスペースポートでいつも使われている乗機券であった。
 どうやらここがチケット発行所のようだ。
 ケントは焦ることなく同じように列に並ぶ。列はゆっくりと進み。そしてケントの番になった。
「すみません、ステイツ行きのチケットをお願いします」
「ではIDカードをお願いします」
「IDカード?」
 そんなの聞いてないぞ!?
 心の中では慌てふためきながら身体のポケットをまさぐる。
 もしここでバレたら元も子もない!
 ポケットをまさぐる指先に何かが当たった。これか? ケントは神に祈りながらそれを取り出す。

 取り出したのは一枚のカードだった。青と白の模様が書かれたカードをそのまま受付嬢は受け取った。
「はい、確かに」
 カードを機械に読み込ませると素早くキーを叩く。そして数秒後にはIDカードが乗機券と一緒にケントの手
へと戻ってきた。
「どうぞ、ステイツ行きのチケットです」
「ありがとう」
 ケントはカードと券をポケットにしまうとそそくさとその場を去った。
 そしてゲートの近くまで来ると自身のIDカードを見る。
 いつの間にこんな物が……。
 ケントの疑問に答えるかのように通信機が震える。
「どうだ、チケットは買えたか?」
「買えたか? じゃないですよ、買うときにIDカードを要求されましたよ。」
 誰かに聞かれるのはまずいと思い、窓の近くへと歩いていく。
「カードならお前のポケットに入れておいたぞ」
「知ってます、それを出して無事チケットは買えましたよ。でもそういうのはあらかじめ教えておいて下さい」
「ふん、教えておいてもお前は何故、どうしてと聞いてくるのだろう?」
「うっ……」
 確かにそうだけど……でもせめてこういう重要な情報は教えておいて欲しかったなぁ。
「それよりもチケットを買ったのなら早くシャトルに乗り込んでおけ、誰かに感づかれたら今までの苦労が無
駄になるぞ」
「了解」
 ケントはそう呟くとチケットを七番ゲートへと向かう。途中、警備を担当している軍人に数回質問を受けたが
慌てることなく冷静に答えた。
 ゲートを抜けてシャトルに繋がるチューブを通りシャトルへと向かおうとする。
 もうすぐここともお別れか……。
 思わず窓の外を見てしまう。自分の記憶を思い返して見ると以前の月面が懐かしく感じる。
 華やかなネオンの光、月の鉱山を掘り起こして生活をしている工夫たち、そしてどこからでも見られた流星。
 だがそれを見る暇もなく自分は帰ろうとしている。観光できたわけではないことは十重に理解しているし事
態の重要性も分かっている。
 ケントは思わず握り拳を作る。自分は何も出来ずに逃げ帰ることが無性に腹立たしかった。
 その怒りを抑えながらシャトルの乗降口まで行くと窓際にある自分の座席に座り、出発を待った。
 窓の外にはあの赤いPMが不気味そうにシャトルを一つずつ見つめている。
 思わずケントとPMの視線が交差する。がPMのほうは再び別のシャトルの方に視線を移した。
 あれもバイラムの仲間なのか?
 そんな問いが頭の中で駆け回るものの首を振ってその問いを追い出す。
 今やらなきゃいけないことはここからの脱出だ。
 ケントは時計に視線を移す。後二分で出発するようだ。
 秒針が時を刻み続ける間ケントはシートベルトの準備をする。
 そして出発の時間になるとシャトルは出発のアナウンスをすることなく青の星を目指し飛び立った。
 ケントは思わず身体を捻らせ月を見る。そこには黄色の大地が見えた。
 だが、見えたのは黄色の大地だけではなかった。
「!?」
 ケントは自身の目を疑った。こちらに赤い点が向かってきた。速度を上げてぐんぐんシャトルへと向かって
きてる。赤い点の小隊はあの一つ目のPM。月を焼いた赤い鬼だった。
 それと同時にアナウンスが入った
「ミナサン、コノシャトルニスパイガイラッシャイマス」
 アナウンスの声は月で聞いたあのノイズ交じりの声だった。
 放送が流れると誰もが黙ったままだった。喋るものは誰一人としてない。
「コノママデストワレワレノソンザイガチキュウニモレテシマイマス。ヨッテ」
 軽いためを入れた後、アナウンスは平然と言い放った。
「シャトルヲハカイサセテモライマス」
 その言葉と共に赤いPMが背中に備え付けてあった銃器を手に取り、シャトルのほうへと向けた。
 冗談じゃないぞ!? ここには君たちの仲間が乗っているんじゃないのか!?
 ケントは思わず肘掛を強く握り締めた。掌に汗が滲んでおり、呼吸はかなり激しかった。
 そしてPMの指がトリガーに掛かりそうになった時、一機の小型艇がPMの後ろからやってきた。
 小型艇がそのまま体当たりをするとPMはバランスを崩し、銃器を離してしまう。
 一体誰なんだ?
 ケントは小型艇をじっと見ている。その時、通信機が震えた。
「ケントか?」
「教授!」

 思わず胸の通信機に向かって叫ぶ。周りの乗客がケントを見ているがケントは気にせずそのまま叫ぶ。
 もうどうなろうと知ったことじゃない。
「そうか、無事にシャトルに乗れたんだな。ここは私が引き受けるからお前はそのまま地球に……」
 赤いPMは体当たりしてきた小型艇を目標に移すとそのまま向かってきた。
「くぅ!」
 操縦桿を捻りかわそうとする。しかし所詮は小型艇、PMに翼を掴まれるとそのまま力任せに折られる。
「教授、脱出を!」
 ケントは脱出を促すが彼は首を横に振る。
「ダメだ、もしここで脱出をすればお前の方に照準を向けられる。それだけは……」
 ライオネルは思いっきりペダルを踏み込み、赤いPMへと艦首を向ける。
 赤いPMは先ほど手放した銃器を手に取り小型艇へ照準を合わせる。
「……ケント、最後にお前とこうやって話が出来てとても嬉しかったよ、お前――」
 通信機にノイズが走り、何を言っているのかもうわからない。
「教授!僕はまだ……」
 シャトルが地球に近付くたびに小さな宇宙艇から火花が飛び散る。
「さらばだ、ケント・ベルガン」
 最後の通信が途絶えた。
「ライオネル教授ぅぅぅぅぅぅぅ!!」
 ケントの叫びも空しく、ライオネルはこの広い宇宙の閃光となった。
「教授、バイラムは必ず倒します。必ず……くぅぅぅ……」
 ケントは泣いた。そして自分に道を示してくれた師にただただ祈った。
 彼を乗せたシャトルは無事、地球へと降りていった。

 一週間後、ケントは国連の会議場に居た。
 ライオネルが残した解析データを公表するためだった。
「以上でバイラムに対する解析成果の発表を終了します」
 ケントが議場で頭を下げると一斉に拍手が送られた。最も拍手の量はまばらであり、話を聞いていた者の中
には腕を組んでいたり隣の者と話をしている者も居た。
 当然だろうな、今の今までバイラムに有効な攻撃なんて見つからなかったんだから。これが有効である確証
もどこにもない。でも、僕は……。
 ケントは議場から降りると後ろの方にある自分の席に座った。
 だが、理解できる人間はきちんと理解しているのだ。

「なるほど、共有結合ですか……」
 ヨウシンは静かに頷いた。
 それであの堅牢さを誇っているならビーム兵器の対処法はそれに伴うコーティングなのでしょう。
 原理さえ分かればこちらのものです。
「早速、技術試験部に連絡をしておきましょう、例え、それが無駄だとしても……ね」
 ヨウシンはどこと無く確信をしていた。バイラムを倒しても次の”敵”が現れるだろう。
 根を絶たねば戦いに終わりは来ない。だがその”根”に対するデータがあまりにも少なすぎる。
「まあ、今は目の前を覆う物を取り払いましょう」
 彼は不敵な笑みを浮かべた。鷹は天に昇り始めたのだ。

「変更?」
 突然の仕様変更に戸惑うファル。彼女は顔をしかめながらマニュアルを見る。
 暫くの間、マニュアルとにらみ合いをした後、彼女の顔に笑みが浮ぶ。
「上等じゃない、使いこなしてやるわ」
 挑戦的な瞳のままマニュアルを閉じた。
 仕様変更を告げられたのは”Xパーツ”ビスマルクの最終兵器だった。

 ケントが行った発表は全世界に広まった。
 ある者は希望が出てきた事を喜び、ある者はこの理論に懐疑的であり、またある者は見せかけの希望である
事を非難した。
 しかし、これにすがるしかない国連はこの理論を元にバイラム破壊計画、通称「プロジェクト・メキド」を
立案。各国から腕利きのパイロットを集め、バイラム攻撃部隊を結成しバイラムに備えた。
 そして、計画が最終段階に進んだ時、バイラムと人類。この二つの対立は決着の時を迎える 

第9話「メキド・フレア」につづく



 ↓ 感想をどうぞ(クリックすると開きます)
+ ...

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー