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第八話「希望は月にあり」後編(上)

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匿名ユーザー

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 スペースポートを飛び立ったシャトルは一定の速度を保ちながらゆっくりと上昇していった。
 雲を突き抜け、青一色の空に灰色の煙をばら撒いていく。
 成層圏に到達すると後方に着いているバーナーからバチバチと軽く火花が飛んだ後、青い炎が灯る。
 そしてシャトルは機体の先端をまっすぐに黄色く輝く月へと向け、進んでいく。
「Gカウンター、0コンマ21」
 機長が計器を確認するとキャビンアテンダントは立ち上がりバタバタと忙しく走り始めた。
 そしてポーンというベルの音ともに機内放送が入った。
「本機は無事、大気圏を抜けました。シートベルトを解除してください」
 人々は軽くため息を付くと一斉にシートベルトを外す。
「ふぅ……」
 ケントは軽くため息を付いた。
 やっぱり、こういうのは苦手だね。
 別にケントは飛行機やシャトルが苦手と言うわけではない。
 ただ、じっとしているということが無性に我慢できないことと――。
「うっ……」
 ケントは思わずお腹に手を当てる。どうやら思った以上に空腹感を感じているようだ。
 シャトルが大気圏を突破するまで食事らしい食事も出来ないこともまた、苦手な原因の一つである。
「はぁ、規則正しい食事をしないと肥満の原因になるんだぞ」
 ぶつくさ言いながら窓の外を見る。そこには眩いばかりの青き光を携えた星、地球が見えた。
 大地の上からでは全く分からない大気の動きがここからでは良く見える。
「あと数時間で見えなくなるんだな」
 感慨深そうに見つめているとキャビアアテンダントの女性が声をかけてきた。
「あの、お食事をご用意致しますのでご注文をお願いします」
 にこやかに答えるCAにケントは少し戸惑ったがすぐに姿勢を正し注文を言う。
「じゃあフィッシュで」
 ケントの注文を聞いたCAは胸元にある電子手帳のボタンを押した後、次の乗客の注文を取りに行った。

 食事を終えたケントは鞄の中からパソコンを取り出した。
 バイラム以外のこともやっちゃわないとな。
 パソコンを立ち上げると設計用のアプリケーションを起動させるとキーを叩き始めた。
 そろそろ新型ナイツの開発準備をしないと。
 デザインはすでに出来てるが他の部分、エンジンや武装面に関して言えばかなり手詰まり感があった。
 バイラムという名のライバル機に対してどこまでやれるのか、それが今のケントの課題である。
 バイラムのデータ解析が終了した時、恐らく……嫌、確実にナイツの改修に入らなくてはいけないだろう。
 別に今のナイツがバイラムに劣っているわけではない事はちゃんと理解している。ボルスの操縦技術だって
ナイツの性能を十二分に引き出しているだろう。
 かといってボルスに頼りすぎるのも技術者としての名前が傷をつく。僕もナイツもまだまだ上にいけるはずだ。
「うぅん…」
 首を軽く回すと骨の音が鳴る。ほとんど即決で行きを決めたような物だからな。
 軽くため息を付くと艦内放送が響く
「みなさま、あと2時間で目的地である”静かの海”港に到着をします」
 ケントは窓の外を見ると暗い宇宙の真ん中にぽつんと黄色の大地が見えていた。
 あれが月か……。
 暫くの間月を見つめた後、素早くトイレに駆け込む。もうすぐ着陸態勢になるのであらかじめ用を済まして
おいたほうがいいという判断だった。
 シャトルが月の重力圏に到達すると乗客たちは自分の座席に座り、着陸を待つ。
 そしてシャトルが黄色の大地に対し水平を保とうとしたときだった。
「うん?」
 窓の外を見ていると赤いPMがシャトルの周りをくるくると回り始めた。
 赤いPMは緑のカメラアイを顔の真ん中につけており、人間の左耳辺りに棒状のセンサーがついていた。
 腹部の所だけ黒く塗られており、ひし形のパーツが組み込まれていた。ふくらはぎの辺りと背中には翼を思
わせるスラスターとバーニアが備わっており、腕や肩といったところに所々にアタッチメントをつけるような
くぼみが見えている。手には武器を持っていないがどこか不気味な雰囲気を醸し出している。 
 赤いPMは見た事が無いぞ。
 思わず飛んでいるPMに釘付けになる。
 そしてシャトルはゆっくりと月の大地へと降り立った。
 車輪を軋ませ、前面についてる停止用のバーナーを拭かせるとシャトルは所定の位置に止まった。
 停止と同時に艦内放送が響く。
「皆様、お疲れ様でした。目的地の静かの海港に到着いたしました。お忘れ物なきようご注意下さい」
 ケントはバックを手にシャトルの乗り込み口へと向かう。

 そして透明のチューブを通りながらスペースポートへ向かおうとするが途中、思わず足を止めてしまう。
 彼の視線の先にあるもの、赤いPMである。赤いPMはシャトルの様子を監視するかのように見つめている。
 そしてしばらくすると何所かに飛び去って入った。
 一体なんなんだ?
 そんな疑問を抱えながらゲートへと向かおうとするがどうもおかしな雰囲気だった。
「何だ? この物々しさは……」
 そう、どこと無く嫌な空気だった。月面特有の華やかな雰囲気がどこにも見えない。どこへ行っても聞こえ
てくる工事の音が聞こえてこない。ネオン街を髣髴させる蛍光灯の光もあまり見えなかった。
 月面は人類の開拓地と呼ばれた場所じゃないのか?
 入国管理官にパスポートを見せると少ししぶい顔をされた。
「観光ですか? それとも仕事ですか?」
 言葉の端々から見え隠れする疑念や悪意を感じる。
「か、観光です」
 仕事と答えるとかなりの手間が掛かるという理由で観光を選択したのだがなにかまずかったか。
 感じの悪さに戸惑いながら答えると入国管理官はすぐさまパスポートをケントに渡した。
「では、良い旅を」
 パスポートを受け取るとゲートに向かおうとする。そんな時だった。
「!?」
 突然後ろから激しい閃光と爆発音が起きた。振り向くとそこにはあの赤いPMの姿があった。
 PMの手には大砲と思われる武器を持っており、用が済んだのかそれを背負うとどこかへと飛び去った。
 恐らく先ほどの爆発はあの赤いPMによるものだろう。
「一体どういうつもりなんだ!?」
 困惑するケントにノイズが混じった感情の無い声が港内に響く。
「ミナサマ、ゲツメンヘヨウコソ。ザンネンデスガアナタガタガノッテキタシャトルハタッタイマ、ワレワレ
ガハカイシマシタ」
 突然の事実に辺りは騒然となる。
 一体何者なんだ?
 額に冷や汗が零れ落ちる。落ち着いて周りを見渡すとそこにはすでに銃器を持った兵士が規定の配置がこち
らを睨んでいる。彼らは月面軍特有の白の制服を着ておりフルフェイスのマスクを被っていた。そして全く微
動だにせずケントたちに銃口を向けている。
「ふざけるな! いきなりシャトルを破壊するだなんて何を考えているんだ!」
 一人の男性が身近な兵士に食って掛かかろうとするが兵士は無言で男性の腕を掴みそのまま床へと叩きつけた。
「!?」
 ケントは三つ驚いた。一つ目は兵士が起こした行動、二つ目は兵士の身体能力、そして――
「女性?」
 そう、目の前の兵士はなんと女性だったのだ。一見すると普通の兵士に見えるが良く見ると体つきはケント
よりも華奢でとても男を投げ飛ばすなどと言う事は出来そうに見えなかった。
 一体どういうことなんだ?
 混乱しているケントにさらに冷水をかけるようなことが起こった。
「アナタガタハコノゲツメンニシバラクタイザイシテモライマス。モチロン、イ、ショク、ジュウハホショウ
サセテモライマスヨ」
 ノイズが混じった声になんとも言えない不安がこみ上げてくる。
 親は子供を抱き、恋人同士はお互いに身を寄せ合い、多くの人々が放送を聞き入った。
「タダシ、ワレワレニハンコウノイシヲモツモノハ」
 突然、兵士達がケントたちに銃器を突きつけてきた。
「ひっ……」
「うっ……」
 思わずたじろぐ人々。


「サツショブントスル」


 そう言うと先ほど、投げられた男性に銃口を向ける。
「ま、待て……」
 静止の言葉を言う男に対し彼女は冷たい瞳でゆっくりとトリガーを指をかける。
「あ、あぁぁぁ……」
 男性は後退りをしその場から逃げようとするが足に力が入らないらしくバタバタするだけであった。
 そして鋭い破裂音がした後、赤い血しぶきを撒き散らしながら男は仰向けに倒れた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
 布を裂くような悲鳴が港の中に響き渡る。ケントもまた突然の事にただ呆然とするしかなかった。
 一体何なんだ、この状況は?
 目の前の行為に対し恐怖を覚えながら、この異常な事態に対し誰かに問い掛けたかった。
 しかし、それが出来なかったのは彼が仮にも軍人だからであろうか?
 それともただ単にその問いに答えてくる人間はいないという事を理解していたのからだろうか?
 どちらかは分からない、だがケントは取り乱すことは無く事態の観察を行った。
「デハ、ゴユックリドウゾ」
 そう言って放送が切れると軍人たちは銃を下げ、日常的な雰囲気を醸し出しながら歩いていく。
 だが、残された人々の中で動けるものは誰もいなかった。
 多くの人間が先ほどの光景が目に焼きついているせいなのか恐怖で動くことが出来ずにいる。
 こんなところで止まっている事は出来ない。
 そう思ったケントは呼吸を整え、自分が行くべき場所へ足を向ける。足取りはかなり重く、とても息苦しか
ったが今ここで出来る事は何一つないという強い意志で出口へと向かった。
 するとケントに誘われるようにゲートに居た人々はゆっくりとだが歩き始める。
 そして出口へ向かう頃になるといつものスペースポートへと早変わりしていった。誰もが先ほどの行為に対
し恐怖と嫌悪を胸に抱きながら。
 これは一体、どういうことなんだ?
 ケントは街を歩きながら現在の状況を考えていた。
 謎の赤いPM、明らかに人間なのかと疑問を持つ兵士。そして――。
「この町の様子は一体なんなんだ?」
 ケントは近くのコンビニ入ると新聞を買い、バス停へと向かう。
 バスはまだ来てなかったので先ほど買った新聞を読んでみる。
 書かれていた記事は芸能人の熱愛、政治家の批判、株式市場の情報など、何のことも無いごく普通のことし
か書かれていなかった。軍に関することは何も書かれておらず、地球と同じような記事ばかりが目立っていた。
 一体どういうことなんだ?
 その疑問に答えを与える為にケントはもう一度ゆっくりと新聞を読み返し始める。
 書いてある記事にも出ている広告にも、おかしな点は見えない。
 ケントはため息を付くと新聞をしまおうとした時だった。
「な!?」
 新聞の隅に書かれている一文、これが目に付いた。その一文とは――。
 昨日の処刑人数、十人。
 これはいったいなんなんだ?
 それを考える前にバスが到着した。ケントはバスに乗り込むと一番奥の座席に座った。
 バスの外から見える風景は何事もなく、人の流れが見えている。
 しかし、人々の顔には生気がない。まるでマネキンのように見える。
 それだけじゃない、町のいたるところに軍人がいるのせいで嫌な焦燥感ばかり募っている。
「まるで旧共産圏みたいだ」
 ケントは映画とかでよくある閉鎖的な国家のイメージした。
 ふと車内の方に目をやると不気味な視線がこちらの方へ向かってきた。悪意とも物珍しさとも違う、あえて
言うなら慈悲深い目だ。若干の好奇心も含んではいるが。
 ケントは姿勢を正し座りなおすと目的地への到着を待った。

 バスが停留所に止まるとケントは手荷物を片手に素早く外へ飛び出していった。
 バスの中の重苦しい雰囲気に耐えられそうになかった事もあるがそれよりも早くこのデータを教授に見せて
あげたかった。このデータ、すなわちバイラムのデータを。
「えーっと、確か……」
 教授の家はここから約八分くらい離れた場所にあったな。
 辺りを見渡すととても月には見えない風景が広がっていた。どことなくだがステイツにある片田舎を髣髴さ
せる。立っている場所にはすすきが生えており、道はアスファルトで舗装はしてあるがひび割れや小さな凹凸
がいくつもあり、一度外れれば砂利道に足を取られるだろう。
 空にはハリが網目模様のように幾つも張り巡らされており、その間には透明の板が幾つも敷き詰められている。
透明の板の向こうには無限なる黒、宇宙がみえていた。
 ケントは地図を片手に目的の家を探し始めた。表札を見たり、看板を眺め、地図を交互に見、そして歩き、さ
迷いながら目的の家を求める。途中、石につまずき盛大に転んだり、飲み物の自動販売機にコインを入れたのに
出てこないことに腹を立てたり、行く方向を間違え同じ場所を行ったり来たりするものの歩みだけは止めなかった。
「ここか」
 歩き始めて二十分、ついに目的の家を発見した。
「表札は……」
 ケントは表札を見る。そこにはライオネルと書かれた文字があった。

「よし、早速呼んでみよう」
 深呼吸をし、気持ちを整えると呼び鈴のボタンをそっと押した。鐘の音が家の中に響き渡る。
 いよいよ、教授との再会だ。
 気持ちは落ち着かせようとするが逸る気持ちや緊張感がそれを邪魔をしてくる。
「あれ?」
 しかし、教授は一向に出てこなかった。家の中から物音らしい物は何一つ聞こえない。
 いないのか?
 そう思い再び呼び鈴のボタンを押そうしたときだった。
「誰だ?」
 玄関の扉が開くと初老の男性が現れた。長い白髪、鋭い瞳、猫背気味の背中、そしてしゃくれたアゴ。
 彼がケントとセルの師匠、ボーガン・ライオネル教授である。
「お久しぶりです、教授。覚えていますか? ケント・ベルガンです」
 ケントはそう言って教授に握手を求める。教授はそれに素直に答えた。
「何のようだ?」
 教授は難しい顔をしてケントを見ている。その瞳はまるで自身が本物であるかどうかを聞いているようだった。
「その……実は少々お話が……」
「話ならここでも出来るだろう?」
「いや、しかし……」
 ケントは言葉を濁す。取り付く島も無く、ただ一方的に捲くし立てられている気分だった。
 ライオネルは腕を組み、少し唸るとケントの方を向いた。
「ふむ、ではお前に聞こう。ヨーロッパ西部に位置する国、スイスの国花は何だ?」
 突然の問題に思わず首を捻るケントだったがすぐさま答えた。
「エーデルワイスです。ですが野生のエーデルワイスはすでに絶滅してしまい、今現在は見れるエーデルワイ
スは国が管理する特別農園でしか見られません」
 答えを聞いたライオネルはしばらく黙りこんだ。
 答えは間違ったか? 首筋に冷や汗が噴出してくる。唇が乾く。いったいどうなんだ?
「正解だ、入って良いぞ」
 ライオネルはニヤっと笑うとケントは安堵した。

「へぇ、相変わらずアンティークな趣味をしていますね」
 ケントは玄関を見渡しながらゆっくりと歩みを進める。
 玄関にはネジ巻き式の振り子時計と大きなラッパを思わせる年代物の蓄音機、天井にはヨーロッパの宮殿に
ありそうなシャンデリア、そして木で出来た棚にはダイヤル式ではない黒電話がポツンとそこに座っていた。
「ふん、単なるゴミ拾いとでもいいたいのか?」
「いや、そう言うわけでは……」
 教授がぶっきらぼうに言うとケントは少し慌ててでそれをたしなめる。
「さて、お前の用件を聞こうか」
 リビングにあるソファーに勢い良く座ると部屋の中を観察しているケントのほうへ視線を向けた。
「実は、研究が行き詰ってしまって……」
「研究? 新しいエンジンが出来ないのか? それとも機体構造に何か欠点でも見つかったか?」
 ライオネルは皮肉なのか冗談なのか分からない底意地の悪い笑みを浮かべる。
「いえ、違いますよ。僕の名誉に誓ってそんな事はありません」
「では、なんだ?」
「これです」
 ケントは鞄の中に手を入れると手探りで目当ての物を探す。
 確かこの辺に……あったあった。
 取り出したのは一枚のデータディスクであった。
「データディスクか。それがどうかしたのか?」
 ライオネルはケントが取り出した黒いディスクを見ながら頬づえを付いている。
「これが僕が行き詰っている理由です」
 身近にあるコンピュータに差込むとキーを素早く叩く。
 数秒の読み込み音とともに大きなスクリーンに黒のPM、バイラムの姿が映し出される。
「これは……パンツァーモービルか?」
「はい、今地球ではこのPMが大暴れをしていまして」
 概要を軽く説明するとライオネルは少し眉間に皺を寄せる。
「なるほど、お前は解析を頼まれたが行き詰まり私のところへ来たと言うことか」
「はい……」
 ケントは申し訳なさそうな顔をするとライオネルはふんっと鼻を鳴らした。
「いいだろう、手伝ってやる。ただし、解析するのはお前だ。私はそれのサポートに徹するぞ」
 教授の言葉に顔をほころぶ。快く、とは行かなかったが協力はしてくれるらしい。

「あ、ありがとうございます!」
 頭を下げるとライオネルは少し気難しい顔をしながらコンピュータのあるデスクにドンと座った。
「礼を言わなくて良い。どうせ隠居の身だ、それに金はあってもやることが無いと人の頭は溶けるからな」
 キーを叩き解析の準備を進めるライオネル。だが解析を始める前にケントはどうしても気になることがあった。
「教授、一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「赤いPM、アレはなんなんですか? それにスペースポートでの軍人、とてもここの住人とは思えない……」
 そう、あの一つ目のPM。あれはどこと無く不気味だった。月面政府の新兵器なのかすらわからない。
 いきなりシャトルを破壊し、民間人を平気で射殺をする。あまりにも異常事態過ぎる。
 月面政府は一体何を考えているんだ? 下手をしたら戦争になるぞ。
 把握が出来てないことへの苛立ちや恐怖が混ざり、思わず歯軋りをしてしまう。
「そうか、お前もアレを見たんだな」
 ライオネルはケントの観察眼に少し感心したようだ。普通ならこの異常事態に対し精神を揺さぶられたり呆
気に取られて細部の記憶を忘れてしまう。
 しかし、ケントは目に付いた物を注意深く見ている。特に専門分野に関して言えば目ざといくらいだった。
「教授、彼らは一体なんなんですか?」
「分からん」
「わ、わからん?」
 ライオネルの答えにケントは呆気に取られてしまう。
「そうだ、奴らについては私も、いや月に住んでいる住人全てが理解していない」
 ライオネルはゆっくりと月の事を話し始めた。

 今から一年半ほど前、三機ほどのPMが月の近くを漂っていた。最初は漂流物のように見えたが月面の近付
くにつれ、徐々に動き始めた。そして三機のPMはそのまま月の大地に降り立ち、各都市部にその姿を見せた。
 無論月面政府はこの三機のPMにコンタクトを取ったが応答は全く無かった。信号をしているわけでも無け
れば、通信機に繋がる様子もない。ただそこに立っているだけだった。
 議会では破壊を主張する強硬派と事態を静観しようとする穏健派との対立が始まり、事態は泥沼化するかに見えた。
 だが、この事態を打開したのは他ならぬPMたちの行いだった。彼らは突如月に、人間に対し牙を剥いたのだ。
 政府は当然のように軍を派遣する、だがこのPMの強さはあまりにも異常過ぎた。
 ありとあらゆる攻撃が通用しない、圧倒的に機動性と火力。そして強大すぎる残酷性と凶暴性。
 たった三機のPMに月面軍は壊滅寸前に追い込まれてしまったのだ。
 打つ手が無くなった政府は地球に救援要請を求めようとするが”彼ら”のジャミングにより通信は使えなくなっ
ており、直接地球へ向かおうとすれば”彼ら”になぶり殺しにされた。
 月にいる人々は恐怖と絶望に嘆き、悲しみ、そしておののいた。
 そして数日後、”使者”と名乗る人物から会談を申し込まれる。
 手段らしい手段はすでに無い政府にとって相手からの申し出は受けざる得なかった。
 会談で”使者”は月面政府に対し3つの要求を突き尽きてきた。
 一つは月面政府の政権委任。二つ目は物資製造の規制。三つ目は月面都市に住む人々の出国禁止だった。
 使者の要求に月面政府は顔を見合わせ、否定の言葉を言うしかなかった。
 二つ目、三つ目はともかくとして一つ目は月面の権利を明け渡せをも同意である。
 だが結局、月面政府はこの要求に対し従うしかなかった。従わなければあの三機の鬼が月を滅ぼすのだから。
 無論、民衆とて臆病者ばかりではない。使者に対し反抗の意思を唱える者も多数いた。
 しかし彼らの圧倒的な力の前にどうすることも出来ず、ただ骸を積み重ねるだけだった。

「そして、人々の顔から生気と希望が消え、現在に至るというわけだ」
 ライオネルの話を聞き終えたケントは小さく呟いた。
「同じだ……バイラムと」
 姿を見せた後に突然牙を剥く。しかもコンタクトをとることも出来ずに一方的に攻撃を始める。
 数の違いや行動の差異はあれどやってることはバイラムと変わらないじゃないか!
「それだけではない、お前が見た赤いPMはその三機のうちの一機だ」
 ライオネルはディスプレイのほうに視線を向ける。解析の準備は整ったようだ。
「それよりもこいつだ。お前が手間とっているというデータを優先させるぞ」
「はい」
 ケントは部屋にあるもう一つのコンピュータの電源を入れると心の中で気合を入れなおした。
 友との約束を果たす為、人類に希望を与える為に。



 ケントとライオネルが解析に入ろうとしている頃、ゴトランド基地からさらに西に行った海域ではファルと
アジャムによる模擬戦が開始されようとしていた。
 北極が近いらしく海の上には無数の流氷が流れており、青い海に白の水玉模様を敷き詰めているようだった。
 ファルのビスマルクとアジャムのグライドアが一定の距離感を保つ。
 ファルは最終チェックをし始めた。パネルをいじりながらどこも異常が無い事を確認する。
 思わず背面にある大きな大型剣をちらりと見た。接近戦用のSパーツを選んだけど……。
 言いようのない不安と共に目の前の相手を見る。
 相手のアジャムの方はというとだらけた顔でぼうっとしていた。時たまあくびが出ることからやる気はほと
んどないらしい。
「二人とも準備は良い?」
 通信ウィンドウからファルの声が聞こえてくる。
「ええ、問題ないわ」
「いつでもいいぜ」
 二人の準備が整った事を確認するとマールは開始の合図を出した。
「それじゃ、はじめ!」
「でぇぇぇい!」
 先に仕掛けたのはファルだった。ビスマルクを急加速させ、アジャムのグライドアへと向かっていく。
 一定の間合いに入ると同時に腰から剣を引き抜き、グライドアを横切りにしようをする。
 しかしアジャムは素早くレバーを倒しビスマルクの下へ飛ぶ。
「かわした!?」
 避けられたことに動揺を隠せないファルに対しアジャムのほうは余裕綽々で返す。
「行儀の良い闘い方じゃやっていけねぇぞ!」
 ビスマルクの股に思いっきり蹴りを叩き込み、そのまま足を掴んで思い切り振り回した。
 放り投げられた時の凄まじい振動がコックピットに伝わってくる。
 この人、強い!
 ビスマルクはバランスを崩し、きりもみ回転をしながら海の方へと落下していく。
 落ちていくビスマルクを見ながら鼻で笑うアジャム。
「これで、終わりって所か?」
「まだまだ!」
 素早くレバーを起こすと海面ギリギリの所で体勢を立て直し、再びグライドアの高度へとやって来る。
「へぇ、ちったぁやるじゃねぇか……」
 先ほどのようなやる気の無さはないがまだまだファルを甘く見ている節があった。
「もう一回!」
 バーニアを光らせ、再びグライドアへと向かっていく。
「また同じ戦法か?」
 フェイントもあるわけでもなく蛇行飛行をしているわけでもない。真っ直ぐに進んでくる。
「そっちこそ、相手を甘く見すぎ!」
 今度は背面のパーツ部分からワイヤーが飛び出しグライドアをがんじ絡めにする。
「おっ!?」
 そしてそのまま一気に引き寄せると顔面に向けて拳を繰り出した。
 激しい轟音とともにグライドアの顔が歪む。
「んぐ! へへ、こうじゃねえと面白くねぇよなぁ!」
 殴られた衝撃が振動となってコックピットに伝わる。危険を知らせるアラートが鳴り響くがアジャムは久々
の得物に舌なめずりをした。



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