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グラウンド・ゼロ 第16話

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匿名ユーザー

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 さらに2日が経った。
 パソコンの前のアヤカ・コンドウは険しい顔をして画面を見つめている。
 レーダーには好ましくないものが映っていた。
 歩行要塞が移動しているのだ。シベリアからゆっくりと南下をしている。それ
を知ったアヤカは奴らはさっそく行動を起こしたのだ、と思った。
 グラウンド・ゼロが果たしてこの地球のどこなのかはわからないが、これでこ
の生存競争の決着は時間の問題になったと言っていいだろう。しかし真の問題は
歩行要塞の進行方向には無い。
 ついにきたのだ、決着の時が。
 果たしてジャパンはどう立ち回るべきか、あの老人はどうするのだろう。
 アヤカは何一つ決められない自分の非力さに、わずかに歯噛みした。


「『ゴールデンアイ』?」
 タクヤが聞き返すと、リョウゴはうなずいた。
「そいつについて、何か知りませんか?タカハシさんは情報通だから」
 その言葉を聞いて、タクヤは腕を組みつつ苦笑する。
「そんな頼りにされても困るんだけどなー。」
 リョウゴはタクヤから目をそらさない。タクヤは諦めた風に頭をかいた。
「わかった。教えるからさ、んな目で見んなよ。」
「ありがとうございます。」
 タクヤは真剣な目になる。
「まず、『ゴールデンアイ』っていうのは個人のアダ名じゃない。『ゴールデン
アイ』っていうのは、P物質の波動への完全な耐性を獲得した人間を指す言葉な
のさ。」
「だから2年後も死なない?」
「ああ」
「見分ける方法は?」
「無いな。どうやらそれは後天的みたいで、耐性を獲得する以前にそうだと見分
ける方法は無い。唯一の特徴は――」
「目が金色になる?」
「そのとおり。だから『ゴールデンアイ』さ。」
「そうなるには?」
 タクヤは笑う。
「それが分かってりゃあ、俺たちは今ここに居ねーよ。」
 リョウゴも笑う。言われてみればそのとおりだ。
「タカハシさんの知り合いに『ゴールデンアイ』は?」
「んにゃ、居ねーな。居たかも知れねーけど、殺されちまっただろうな。」
「え?」
「『ゴールデンアイ』になんかなったら、即研究所送りになるに決まってるだろ
。その後は解剖されたり標本にされたりだな。」
「……そう、だよな。」
 リョウゴは心の中で舌打ちする。せっかく希望が見えた気がしたのに。
「……あぁでも、1人だけ、生きてるかもしれない奴が居たな。」
 タクヤの言葉にリョウゴは首をかしげる。
「いやさ、これは俺の先輩から聞いた話なんだけど、俺の入ってくるかなり前に
、幽霊屋敷を逃げ出したゴールデンアイが居たらしいんだよ。」
「幽霊屋敷を逃げ出した?」
 タクヤは頷く。
「どうやったかは知らないけどな。今じゃ伝説になってるぜ。たしか名前は……

「……ハヤタ・ツカサキ?」
「何だ、知ってんじゃねーか。」
 タクヤはわざとらしく口を尖らす。
 ユイが言っていたのはそいつのことか、とリョウゴは思った。
 幽霊屋敷を逃げ出すなんて、一体どういった人だったのだろう。
 伝説のゴールデンアイ、ハヤタ・ツカサキ……


「ゴールデンアイ?」
「はい。」
 通信機の向こうのオカモトは頷いたようだった。
 シンヤはパイロットスーツにヘルメット姿のまま、機体のコクピットハッチを
開けてくつろいでいる。テストルーム内の少し離れた場所ではオカモトも自分の
機体のハッチを開け、同じようにしていた。彼女の機体にはピンク色の塗料が所
々に付着している。
「ナカムラさんからは聞いていない?」
「ああ。っていうか、何かここ最近会わないんだよなー、あいつに。」
「そうなんですか。」
 シンヤは足を組み換える。
「てか、何でこのタイミングで?」ノビをしながら訊いた。
「そのことなんですけれど……」
 オカモトは声をひそめた。
「……その、ハヤタ・ツカサキという人もギフテッドだったらしいんです。」
「へぇ」
「いえそれだけでなく、ゴールデンアイになった人は、全員ギフテッド認定され
ているんです。」
「そうなんだ。」
「……クロミネさん、あなたにもその可能性がある、ということですよ。」
「ふぅん。」
「……クロミネさんは、何も感じないんですか?」
「まぁ、特には。」
 シンヤのその言葉は本当だった。いきなり「君には特別なステキ人間になれる
可能性がある」等と言われたって、真剣に受け止められるものか。
「……そうでしょうね。」
 オカモトもシンヤのそういった感覚を理解できないわけではないようで、重要
性を力説することはしない。シンヤはあくびをした。


 電話が鳴る。
 老人は事務処理を中断して、個人認証後、素早く受話器を拾った。
 耳に当てる。この電話にかけられる相手は限られている。果たして誰からの電
話か――
 老人の心は決まっていた。しかし老人の望む結果を得るには慎重に立ち回らな
ければならない。それは剃刀の上を滑るような行為だ。
 そういう時、老人は不敵に笑うことにしている。相手を笑い、見下すことで何
事にも動じない精神を一時的に得る。彼はこうして、極秘機関である幽霊屋敷の
トップへと上り詰めたのだ。
 受話器を握ったまま、革の背もたれへ身を埋める。
 不敵に笑った。
「こちらはコロニー・ジャパン政府防衛大臣フミオ・キタザワです。そちらは?

「失礼、申し遅れました。こちらはコロニー・東中国中軍委主席のタクトウ・ト
ウです。」
 筋の通った男の声が返ってきた。喋る英語も流暢で、ネイティブのそれともほ
ぼ変わりがない。
「直通回線でお電話くださったということは、重要な用件と考えさせていただい
て構いませんね。」
「もちろんその通りです。ですがその前に……」
「承知しております。では、確認させていただきます。」
 キタザワは息を吸う。
「この直通回線は極秘回線であり、一切の通信内容の記録及び第三者による内容
の把握を認めておりません。これらに反しますと、相手方からの信頼に対する重
大な裏切り行為となることを、ここに改めて確認させていただきます。」
「確認しました。コロニー・東中国はこの通信において、貴国からの信頼を決し
て裏切らないことをここに誓います。」
「深く感謝いたします。こちら、コロニー・ジャパンも貴国からの信頼に決して
背かないことを誓います。では、用件をどうぞ。」
「では、早速用件を述べさせていただきます。貴国は2日前、北米生存同盟の歩
行要塞が新生ロシアの施設を襲撃し、そこで得られたある技術によって示された
地上の位置へ向かって移動していることはご存知でしょうか。」
「存じております。その『ある技術』というものがどういったものかもこちらは
既に把握しております。」
「おお、でしたら話が早い。」
「と、言いますと?」
「歩行要塞の力は貴国も既に十分に承知していらっしゃるでしょう。彼らが本気
になれば我々などはひとたまりもない。これは我が国一国のみではなく、西中国
、インド、統一EU、その他の多くの国々も同じく抱いている意見です。貴国は
どう思われますか。」
「まったくもって正しい意見だと感じます。」
「ええ。そこで我々は連合を結成し、歩行要塞、北米生存同盟に対抗しようと計
画しております。つきましては貴国の連合への参加をお願いしたく、お電話させ
ていただきました。」
 やはりか。キタザワはニヤリとする。彼の心は決まっていた。
「ありがたいお話です。」
 キタザワは言う。
「連合参加の代償は歩行要塞の南下阻止と、『技術』と考えてよろしいですね?

「ええ。もし仮に理想的な形で歩行要塞を止められたらその技術とデータを分配
し、連合は即時解散します。」
「その後は、早い者勝ちで?」
「もちろん。しかしご心配無く。我が国は公平ですので。」
 トウの含み笑いが聞こえる。
「他の参加国は――」
「後程、正式な書類と共にリストを送付させていただきます。参加するかどうか
の決定もその時にお願いします。今回のこの電話はそちらが決定をスムーズに行
えるようにするためのものですから。」
「……わかりました。検討させていただきます。」
「用件は以上です。良い回答を期待しております。お忙しい中ありがとうござい
ました。」
「では、失礼します。」
 キタザワは電話を切る。長く息を吐いた。
 さて、これでカードは揃った。後はサイコロの目にかかっているが……
 キタザワは再び受話器を耳に当てる。
 ダイヤル後、呼び出し音がしばらく続いた。
「はい?」
 青年の声が受話器の向こうから飛んできた。
「そろそろ、例の計画を実行する時だ。」
 キタザワが言うと、相手は嬉しそうな声を上げる。
「状況は想定したとおりになった。あとはコイントスだけだ。詳しく話し合いたい
から、後で私の部屋に来い。ああ、それとコーヒーを頼む。君の淹れるのは美味い
からな。」






 リョウゴは夕食を終え、部屋に戻る。ベッドに体を横たえ、天井を眺めた。
 もうすっかり見慣れた天井になってしまった。無機質な天井……。
 リョウゴは考える。果たして自分はどうしてここに居るのか。どこで人生が狂
ったのか。いやもしかしたら人生なんて初めから狂ってなんかいなくて、自分が
今ここに居ることは最初から定められていたことなんじゃないか?そんな気がし
た。
 ……だったら、シンヤと仲良くなったことも?初めから決められていた?運命
だった?いや待て、運命って……
 確かシンヤと仲良くなったのは高校に入って初めての中間テストの時だ。そこ
で確か俺は……
 ――ああそうか。
 そうか、そういうことだったんだ。
 リョウゴの口元には笑みが浮かんだ。
 不思議だった。どうしてあんなに大切だったシンヤが、幽霊屋敷ではどこか疎
ましく感じられるようになったのか。なるほど、そういうことだったのか。
 くだらねぇ。
 リョウゴは奥歯を噛み締める。
 彼の心はどす黒く煮えていた。


 さらに2日が経った。歩行要塞は南下を続け、遂に中国領へと踏み込む。中国
を中心に結成された対北米連合は、中国西部の基地に徐々にその戦力を集めてい
る。その中に、ジャパンの戦力は含まれていなかった。
「何故中国の申し出を断ったのですか。」
 平蛇艦長、タケル・ヤマモトは訊ねた。
 老人――フミオ・キタザワは椅子のひじ掛けに頬杖を突きつつ、タケルを見た

「仮に連合に参加し、目論見が上手くいったとしても、状況は悪くなるだけだ。
我々コロニー・ジャパンに世界を敵に回して勝てるだけの力は無い。」
「しかし成功した場合、我々は大きく出遅れてしまいます。」
「そういった場合にも備えて既に手は打ってある。安心しろ。」
 タケルは沈黙する。
 老人は彼の不満げな目を見て、怪しく目を細めた。
「……ヤマモトくん、君はまさか、あの連合が本当に歩行要塞に勝てると思って
いるのか?」
「は……?」
 老人は笑う。
「連中は自分たちが束になればあの歩行要塞にも勝てると信じきっているようだ
が、私にはどうにもそうとは思えない。見ていろ、連中は後悔する。」


 数日の時間が過ぎる。

 その事件が起こったのは真昼だった。
 突然、ドックに姿を現した老人はフミオ・キタザワだった。
 通常彼の姿を目にするどころか、その存在すらも知らない整備員たちは当然彼
に注目する。
 彼は手近な人間に書類を手渡し、AACVを数機積めるタイプの、高速アッシ
ュモービルを用意させた。
 さらに彼はタクヤ・タカハシを名指しで呼びつけ、耳打ちをする。タカハシは
頷いた。
 するとしばらくして、何人かの整備員やパイロット、職員が老人の周囲に集ま
ってくる。
 彼らはお互いに目配せをし、次々にアッシュモービルへと乗り込み始めた。
 そして大部分が乗り終え、最後にタクヤ・タカハシとフミオ・キタザワを含む
数人が残る。
 瞬間、ドックに声が響いた。
「動くな!」
 叫んだのはアヤカ・コンドウだった。彼女はシンヤ・クロミネとリョウゴ・ナ
カムラ、他大勢を従えて、ドックの扉の近くに立ってキタザワたちを睨みつけて
いる。
 アヤカ・コンドウは怒りを露にしていた。眉間には皺が寄り、拳は固く握られ
ている。その片手には彼女のグロック17が握られていた。
「キタザワ大臣!」
 彼女は老人の名を叫ぶ。
 老人はゆったりと振り向いた。
「何だ?」
「私はアッシュモービルの使用許可を出していません。」
「私が出した。」
 つかつかと早足で歩み寄るアヤカを老人は落ち着いた対応で迎える。
「ならば連絡に不備がありました。キタザワ大臣、どこへ」
「コンドウくん」
 老人は彼女に向かい合った。
「私は亡命する。」
 アヤカは驚きはしなかった。この状況を聞いた時には、すでに予見をしていた

「どこへ」
「北米生存同盟へ」
「歩行要塞に?」
「手土産を持ってな。」
 キタザワはブリーフケースを見せつけた。
「機密情報ですか。」
「ああ」
「貴方は行かせません!」
 アヤカは銃を構えた。照準は正確に老人の頭に合わされている。この距離なら
ば外す可能性も無いだろう。しかしキタザワは眉ひとつ動かさない。
「大臣、あなたを拘束します。」
「させねーよ。」
 口を挟んだのはタクヤ・タカハシだった。彼はキタザワのそばに佇み、アヤカ
と彼の間を遮るように腕をのばしている。
 アヤカは一瞬、彼を見た。
「下がっていなさい、怪我するわ。」
「その銃で?」
 近付くタカハシに、アヤカは銃口を向け直す。
 タクヤは笑みを浮かべた。
「撃ってみなよ。その瞬間、そっちの手が吹き飛ぶ。」
「何?」
「その銃、机の中にしまっていたヤツだろ?……しかも、随分長い間撃っていな
い。」
「……!まさか、君!」
 伝えるのはそれだけで充分だった。アヤカは引き金にかかる指を緩める。
「迂闊っすね。そんなだから彼氏できないんすよ。」
 タクヤは手をアヤカの銃に置き、銃口を逸らした。
 その様子を遠巻きに眺めていたシンヤは、目の前の青年がタクヤ・タカハシで
あることが信じられなくなっていた。
 だってあんなの……いつものタクヤじゃあ、ない。
「タカハシくん……君は、一体……?」
 アヤカが半ば呆然とした風に訊く。その言葉は発話しようとして発せられたも
なでなく、自然と口から溢れたもののようだった。
 タカハシはニヤリとする。
「ぶっちゃけると、タクヤ・タカハシは偽名さ。本名は、ツカサキ……」
「――ハヤタ・ツカサキ!?」
 ツカサキは指を鳴らす。
「いえす。」
「ハヤタ・ツカサキって!」
 シンヤの隣のリョウゴが大声を上げた。
「伝説のゴールデンアイ!」
 ツカサキは片手をあげて応える。
「よう、サインやろうか?」
「だけど確か、ハヤタ・ツカサキは――」
 ツカサキは完全にリョウゴの方に体を向けた。と同時に鼻のチューブを抜いて
床にボンベごと投げ出す。
「脱走した後に、眼球移植と整形をうけて戻ってきたのさ。」
「それを私が見抜いて、部下にした。」
 キタザワが言った。
「既に乗り込んだ人間たちの中にも、君が知らないゴールデンアイが居る。手土
産は彼らも含めてだ。あれだけ居ればギフテッドたちだけの部隊が作れる。」
「そんなことをしたら……!」
「寄るならば大樹の影がいい。ならば一足先に行って良い場所をとっておきたい
と思うのは当然だろう?……何なら、君も来るか?」
「え……」
「他の者でも、誰でもいい!」
 キタザワはアヤカから顔を背け、彼女の後方で遠巻きに眺めている人々――シ
ンヤや、リョウゴたちに向かって声を張り上げた。
「間もなく歩行要塞は小惑星の『コア』を手に入れ、世界の覇権を握る!そうし
たら、コロニー・ジャパンを含む他の全ての国家は皆叩き潰される!お前たちは
それで良いのか!叩き潰す側に回って、生き延びようとは思わないのか!」
 彼の叫びは、シンヤには不快なものとして感じられた。
 薄汚い。そんなの、ただの裏切りじゃないか。今まで共に戦ってきた仲間を撃
って、それで生き延びて満足なのか。恥ずかしいとは感じないのか。
 十数秒の間があった。
 すると、シンヤたちの中からひとり、ふたりと次々に、キタザワ側に向かって
歩みを進める者たちが現れてくる。
 アヤカは大声で制したが、彼らは聞かなかった。
 信じられないままシンヤはその光景を眺めていたが、不意にすぐそばで足音が
してそっちに顔を向ける。
 目を疑った。同時に叫んだ。
「リョウゴッ!」
 リョウゴ・ナカムラはシンヤに背を向け、キタザワたちに向けて歩きはじめて
いた。
 彼の背中にシンヤは叫ぶ。
「待てよ!」
 リョウゴは足を止め、振り返る。彼の表情は、無かった。
「なんだよ。」
「お前、裏切るのかよ!」
「ああ。」
 リョウゴの返事は無感情だった。
 シンヤは全身が熱くなるのを感じる。
「なんで!」
「……俺さぁ、不思議だったんだよ。」
 リョウゴはポケットに手を突っ込む。
「ここに来てから、どーにも楽しくないんだ。最初はワクワクしてたのにさ。」
「お前、いきなり何言って……」
「んで、色々考えてさ、気づいたんだ。」
「……何にだよ。」
 リョウゴは頭をかく。
「俺、お前嫌いだわ。」
「え……」
 何を言ってるんだ、こいつ……?
「俺たちが仲良くなった理由、思い返してみろよ。」
 言われたが、シンヤは戸惑っていた。
 リョウゴはそんな様子を見てとって、残念そうに軽く息を吐く。
「すぐには無理か?まぁいいや――俺さ、幽霊屋敷に来てから、お前が気にくわ
なくて仕方がなかったよ。」
「だから、なんで……」
「お前が俺より活躍してるから。」
 シンヤは顔を上げ、リョウゴの目を見た。
 リョウゴは続ける。
「俺がお前を好きだった理由はさ、お前が俺より劣ってたからなんだよ。勉強も
運動も、いっつも俺より下に居る。だから、お前が好きだったんだ。」
 シンヤの思考は停止していた。
「だけど、お前は幽霊屋敷では俺よりも活躍した。雷帝落とすわ、撃墜数もうな
ぎ登りだわ――その頃から、俺、お前に興味が失せてったよ。」
 何か言おうとする。声が出ない。
「シンヤ……お前は『シンヤ・クロミネ』を殺したんだ。だから――」
 ――やめろ。
「――俺はお前に敵対する。お前が憎いからな。」
「――やめろ!」
 気づいたら地面を蹴っていた。地面を蹴って、そのままリョウゴに飛びかかる
。シンヤは怒りに任せてリョウゴを殴ろうとした。
 だが拳は弾かれた。それはリョウゴによってではなく、二人の間に、驚異的な
瞬発力で割り込んだツカサキによってだった。
 予期せぬ乱入者にシンヤが驚いたその瞬間には、すでにシンヤは腹にツカサキ
の掌底を叩き込まれ、吹き飛ばされていた。
 硬く冷たい床にシンヤは背中から倒れこむ。顔を上げてリョウゴを見ると、彼
は既にツカサキに促されて歩みを再開していた。
 叫ぼうとするシンヤに、ツカサキは笑いかける。
「そんな痛くねーだろ?」
 そういうことじゃない。
 シンヤは立ち上がった。
 リョウゴはもうすっかり遠くにいる。
 シンヤの頬を熱いものが伝った。それは止めどなく目から溢れ、足から力を奪
い、シンヤをその場にへたりこませる。
 そんなシンヤを見て、ツカサキは彼に呼び掛けた。
「シンヤ、いいこと教えてやるよ。」
 ツカサキは言った。
「『涙を流す』って行為は、現状を受け入れた証なんだぜ。」


――ああ、なるほど――
 その言葉に、リョウゴはひとり頷いた。


 アヤカが要請していた武装兵士たちが息巻いて到着した頃には、既にキタザワ
とツカサキ、リョウゴとゴールデンアイたちはアッシュモービルで歩行要塞へ向
かって出発してしまっていた。
 AACVで追いかけようという案も兵士たちの間からは出たが、通常のパイロ
ットではいくら繰り出そうが勝ち目が薄いだろうということと、唯一対抗できそ
うなシンヤがとても出撃できるような精神状態では無いことを考慮して、追跡は
断念せざるを得なかった。
 アヤカは異常の無かったグロックを机にもどして、頭を抱える。
 なぜ気づかなかったのだ。
 彼――キタザワが中国からの誘いを断ったあたりで気づくべきだった。
 国際緊張が高まるこの状況、国のレベルでは、中立を守ることが一番損をする
のだ。漁夫の利を期待するにはあまりにも双方の規模が大きすぎる。ならば連合
を断ったら北米側にしか居ようがない。考えてみれば当たり前のことだった。
 彼は機密とゴールデンアイたちを手土産に亡命した。恐らくその目的は、効率
的にコロニー・ジャパンを北米生存同盟に統合するため――わかりやすく言えば
、歩行要塞が『コア』を手に入れたあと、『最も速やかにコロニー・ジャパンと
いう国を崩壊させるための算段を立てるため』だ。
 やられた。
 歩行要塞に亡命しているのはキタザワ大臣だけではないだろう。きっと、中立
を保っていた世界中の国の、似通った地位の人間も同じことをしているはずだ。
 敵対しようとする者たち以外は皆、歩行要塞の勝利にベットしている。
 彼らは気づいていないのか?どういう結果になろうが、賭けで勝つのはいつも
胴元だ。北米が勝てばコロニー・ジャパンは吸収され、連合が勝てば国際世論は
丸ごと北米側の敵になる。
 北米に味方することで得られる利益はキタザワの個人レベルに留まる。国家に
未来は無いのだ。
 奴は売国奴だ。この国を売って、自分の保身だけを求めた。
 クズめ。裏切り者め。
 私はあんな風にはならない。
 私はコロニー・ジャパンの暗部を預かるアヤカ・コンドウだ。
 私は日の丸に忠誠を誓っている。それを裏切ることは、私を裏切ることになる

 ……もう、誰かに裏切られるのは嫌だ……

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