創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

十一話:【サルベイション】

最終更新:

ParaBellum

- view
だれでも歓迎! 編集
 人生において、本当に人を憎いと思う事が、一体どれほどあろうか。
 羨望や劣等感からくる憎しみもあるだろう。自分の境遇や、理不尽な世の中の無常さに腹を立てる事もあるだろう。
 だが、本当に、ただただ相手が憎いと思う事が、果たしてあるのだろうか。

 アリサは銃を突き付けられたまま、アンダースに支えられ資料室の奥へと入って行った。
 銃を持つ相手、トライゼンをちらり見て、思う。
 この男は、自分のすべてを奪って行った。自分の祖父を、キースを殺したのだ。自分自身の存在すら揺るがす事すら告げられた。
 憎い――
 祖父の仇。



 十一話:【サルベイション】



 そこは比較的明るい部屋だった。エアコンの音だけがよく響く、静かな空間だった。
 棚には無数のファイルが並べられ、それぞれ種別ごとに別けてあった。
 おそらくはこの会社の企業情報だろう。経営状態や、扱う商品の情報、社員名簿等。どれもよくある物である。

「そのまま奥まで歩け」

 トライゼンの指示に従い、アンダースとアリサは部屋の隅まで移動した。
 無数の棚によって狭く感じるが、中は意外な程に広い。
 奥までは十メートル以上はある。その隅では、一台のパソコンだけが静かに佇んでいた。

「間もなくベリアルがメモリーを奪って帰ってくる。その後でアンダース、君にメモリーの中身を見せよう」

 アンダースは返す。

「俺に見せてどうする? 把握しようが無いぞ」
「解っている。だがプロジェクト参加者が資料に目を通すのは当然の事だ。後でじっくり、少しずつ勉強して行けばいい」
「そもそもお前に付くとも言っていない」
「今は、ね。もし嫌というなら、残念ながら此処から出す訳にも行かない。流石に色々な事を知りすぎた」
「身勝手な野郎だ。自分でベラベラ喋っておいて……。そもそも、このプロジェクトの目的は何なんだ? なぜ……人間をゼロから造ろうと?」
「私にとっては単なるビジネスだ。クローニングを超える新たな技術は、様々な産業を産むだろう。
 もう移植用の臓器を培養する事もない。新薬の開発では人体実験が行える。背徳的な趣味を持つ連中なら、きっとこぞって買うだろうな」

「お前みたいな奴か?」
「残念ながらそんな趣味は無い。だが世の中にはスナッフフィルム収拾家やマンハントのようなブラッドスポーツを嗜む奴も居るのだ」
「胸糞悪い」
「私もだよ。だが、そこに付け込むのもビジネスなのだ。割り切る事が重要なんだよ、アンダース」
「キースはなぜこんな事を……」
「それは私にも知り得ない。だが、キースが始めたプロジェクトというのは間違いない。私は、手助けしたまでなんだ」

 アンダースは床に唾を吐き出す。精一杯の反抗であった。
 だが、現状の絶体絶命という事実を覆すには何の効果もなかった。生き残る手段は二つ。
 トライゼンに屈服し、プロジェクトに参加するか、もしくは、トライゼンを倒し脱出するか。銃を突き付けられている以上、後者を選択するのは余りにも無謀である。
 もし、あの男ならどうするか。今、階下で戦っているはずの、あの元兵士ならば……

「さて」

 思考を遮るように、トライゼンは再び喋り出す。銃のハンマーがカチャリと独特の音を鳴らし、起こされる。数百年以上、基本的なデザインが変わっていないガバメントタイプの銃だった。

「邪魔さえ入らなければそこのアリサを経過観察するつもりだったが、多少気が変わった」

 トライゼンは銃口をアリサへと向ける。

「そのアリアは処分する。細胞のサンプルさえあれば十分だ」

 トライゼンは指に力を込める。あと少しでシアが外れ、ハンマーが落ち、ファイアリングピンを叩く。
 その刹那。

「うおぁ!」

 振動が襲って来た。棚がぐらぐらと揺れ、トライゼンはバランスを崩してよろける。そして、周りを見渡した。
 彼らが知り得るはずもないが、この時、階下で戦闘中のベリアルというアンドロイドが壁に突進したのだ。その振動は建物を伝い、この資料室すら揺らす程だった。
 そして、即座に行動を起こしたのはアンダースである。
 一瞬の隙。まさに千載一遇のチャンスだった。トライゼンが逡巡しているのを確認すると、そのままタックルを行い、トライゼンを床に倒す。
 体格差はほぼ無かったが、体力差では有意に立っていた。
 馬乗りになり、トライゼンの顔面を拳で殴打する。
 普段は喧嘩とは程遠いタイプではあったが、体力は比較的にある。そのままノックアウトしてしまうつもりで、アンダースは拳を振り下ろした。
 トライゼンも黙っては居なかった。手にした銃のグリップで、アンダースの頭部を叩く。金属製のグリップはパワーが足りなくても十分にダメージを与える。
 一撃で、アンダースのこめかみから流血。そして、その隙を狙い銃を突き付ける。だが、即座に手でそれを払い退けられ、床へと抑え付けられる。
 衝撃で、銃はトライゼンの手を離れ、カラカラと床を擦りながら遠くへと滑って行った。
 このまま倒せる。そう確信したアンダースだが、左の太股に突如痛みが走り、叫び声をあげる。トライゼンが隠し持っていた小さなナイフで突き刺したのだ。
 その隙に体勢を入れ替えられる。だが、トライゼンは馬乗りにはならず、這うように移動した。自身の手から離れた銃を拾う為だ。
 格闘では若いアンダースには敵わない。ならば、距離を取り銃を向けたほうが有利である。アンダースは太股を刺されて満足には動けないはずだ。
 トライゼンは這って、弾かれた銃の元へと向かった。
 這って、這って。あと少し。あと少し。

 間もなく手が届く。トライゼンは手を伸ばす。少し足りない。身体全体を伸ばすように思い切り手を伸ばす。這ったまま。必死で。
 そして、あと数センチといった所で、拾うべき銃は何者かに先に奪われた。
 トライゼンは這ったまま見上げた。銃口は確かに自身へと向けられていた。
 がたがたと震えている。それを持つ者は、怒りとも悲しみとも付かぬ表情で、後退りしながら両手で銃を握っていた。
 トライゼンの銃を拾った者は、アリサ。

「よくも……よくも!」
「……私を撃つのかね?」
「……お前は……。おじいちゃんを殺した!」
「ああそうだ。だが君の祖父じゃない。君に肉親など居ないのだから」
「黙れ……」
「例え私を殺してもキースは生き返らない。仮に生き返ったとて、君が帰る場所はキースの所ではなくここの試験官の中だ」
「黙れ!」
「撃ちたければ撃つがいい。何も変わらない。どう足掻いても君は半年後には死ぬ」

「死……ぬ……」
「そうだ。君は死ぬ」

 トライゼンは立ち上がった。ゆっくりとした動きだったが、それが逆に警戒感を和らげたのか、アリサは撃たなかった。その銃口は、ガタガタ震えていた。
 トライゼンは一歩、また一歩と踏み出す。

「……撃たないのかね?」
「来るな」
「解っているぞ。君は人を殺すのが怖いんだ。例えそれが誰であろうと」
「やめてよ……」
「君には撃てない。私と同じになるのが怖いから。そうだろうアリサ」
「来ないで!」
「なら早く撃つがいい」

 アリサは引き金を絞ろうとした。しかし、少しばかり悩み過ぎたようだった。
 向けた銃を鷲掴みにされ、瞬時に奪われる。手から銃が離れると、平手打ちが放たれ、アリサは倒れる。
 トライゼンは銃を握り直し、ゆっくり銃口を向ける。

「残念だったね。君は『いい子』にデザインされている。撃てなくて当然かもしれないな」

 今度は邪魔する者は居ないはずだった。確実に心臓に狙いを定める。
 アリサを殺したら、次はアンダースを始末するつもりだった。先程の攻防で、既にこちら側には付かないだろうと思っていたのだ。
 トライゼンは引き金に掛ける指に力を込めた。その時。

「うおおおお!」

 アンダースが背後から襲い掛かる。脚の痛みを堪え、決死のタックルだった。おかげで、アリサはまたすんでの所で命をつなぎ止める。
 縺れ合ったまま倒れ込み、再び拳を繰り出す。脚が思うように動かない為か、先程のような馬乗りの体勢へはなれなかった。
 だが、今度こそ仕留める。そのつもりでの攻撃だった。だが――
 一発の銃声と共に、それは終わった。

「――……!」
「手間をかかせる男だ。君は……!」

 アンダースは腹部を押さえた。温かい液体が手を濡らした。血だ。呼吸がしづらかった。
 腹部を至近距離から撃たれたアンダースは、その場へと崩れ落ちた。
 撃たれた場所が急所かどうかも解らない。もしかすれば致命傷ではなく、処置すれば助かるかもしれない。だが、現実は意識が朦朧とし始め、痛みで声も出ない。
 床に広がる自身の温かい血液の感触だけ、感じていた。

「惜しい人材だったが……。残念だよアンダース」

 トライゼンは返り血を浴びつつ、そこから距離を取った。
 止めを刺すつもりなのだ。そして、次はアリサを撃つだろう。
 狙いを絞る。

「さよならだ。アンダース」

 別れの言葉。それは自身の死を意味している。
 続いて聞こえて来た言葉は、予想外の言葉。

「やめておくんだな」

 誰かが言った。朦朧としたアンダースの視界が捕らえたのは、黄金色の物体がトライゼンの頭部を直撃した物だった。
 その様子を見ていたアリサは、ついに来たその男の名前を呼ぶ。
 何かをぶつけられ倒れたトライゼンは、一瞬だけ状況が理解出来ずにいたが、その名前を聞いて驚愕の表情になる。


「……ヘンヨ……!」
「少し遅れたか? 迎えに来た」

 ヘンヨは迷う事なく中へと突き進む。手には、倒したアンドロイド、ベリアルの頭部を持って。
 室内を見回し、状況を把握する。
 今、ベリアルのから奪った前腕をぶつけた相手がトライゼン。そして、腰砕けで座っているアリサに、腹部から出血しているアンダース。
 遅かったか。そう思ったが、最悪の事態は免れたとほっとしていた。
 最悪の事態とは、つまり依頼人であるアリサの死である。
 この状況から察するに、かなりぎりぎりではあったのだが。そして、トライゼンは驚きの声で叫ぶ。

「バカな! ベリアルが……! 奴はどうした!」
「これか? すまんが叩き壊した。なかなか面白い設計だったぞ」
「有り得ない! 奴が負けるなど……!」
「そもそも勝負になっていない。あれよりトラクターのほうが手ごわいな」

 ヘンヨはアリサの元へと歩み寄り、大丈夫かと声をかけた。無言で首を振ったアリサではあったが、無傷な様子なのを確認した。

「戻るぞ。ここに居ても始まらない。トライゼンに少し話を聞いて、またキースを捜そう」
「……もういいの」
「何?」
「もう、死んじゃったから。私も……もうすぐ死ぬって……」
「何の事だ?」
「殺して……」
「どうしたんだ?」
「あいつを殺して!!」

 アリサはトライゼンを指差し叫んだ。
 自分には殺せなかった。憎くて憎くて堪らないのに、最後の一線を超えられなかった。だが、ヘンヨなら。この男なら――!

「断る」
「……え」
「殺す理由が無い。切り札が無い以上は無力だ。聞きたい事もある」
「そんな……!」
「それに、殺しはうんざりだ。必要無いなら、やらない」
「前に言ったじゃない! 『言いたい事があれば言え』って! 依頼した私がボスなんでしょ! ならあいつを――」
「殺しの仕事はしないとも言ったな」
「そんな……。おじいちゃん……」
「何があったかは知らないが、殺したら終わると思ったら大間違いだ。何も変わらない。それ以上復讐が出来なくなるだけだ」

 ヘンヨは立ち上がり、先程投げ付けたベリアルの前腕を拾い上げ、トライゼンの前に立った。
 手には銃。トライゼンも同様に銃を持っていたが、刃向かおうとはしなかった。切り札を破壊され、さらに自身より遥かに銃の扱いに長けた相手を前にして、下手な行動は出来ない。
 トライゼンは馬鹿ではなかった。

「さて、お前が知っている事、全て話してもらおうか。知ってる事全部だ」
「……まだキースを捜すつもりなのか?」
「当然だ。それが仕事だ」
「無駄だよ。奴は死んだ。私の目の前でね。全ての記録がワークステーションに残っている。持っていけばいい」
「懸命な判断だ。次にナメた真似をしたら、俺が自発的に殺しに来る。解ったか?
「……ああ」

 ヘンヨは結局、トライゼンを殺さずに済んだ。それによって何かが変わる訳でもないのだが。
 ヘンヨはアンダースの応急処置を行い、救急車を呼ぶ。
 待つ間にトライゼンにワークステーションのデータをコピーさせた。膨大なデータ量なので、新品のメモリーを使った。
 それを見ていたアンダースは寝そべりながら、ヘンヨに言った。

「……キースがお前に渡したというメモリー、俺に預けてくれないか?」
「どうするんだ?」
「考えがある。出来るかは解らないが……」
「信じていいのか?」
「もちろんだ」
「いいだろう。もし裏切ったら……」
「解ってるさ。逆らおうとも思わないよ」

 じきに救急車が来る。
 警察もやって来るだろうが、多少は顔が利く。スレッジにも協力して貰い、力技で言い訳せねばなるまい。
 ともあれ、拉致監禁、ならびに殺人未遂のトライゼンには、刑務所暮らしか、もしくは莫大な保釈金が課せられるだろう。

「行こう。アリサ」

 ヘンヨは言った。

「もういいよ……」
「何がだ」
「だって、もうおじいちゃんを探しても居ないんだよ? 何処にも居ない。何処にも……」
「お前は生きてる」
「私、もうすぐ死んじゃうんだってさ。おじいちゃん手紙で言ってたよね。『半年預かれ』って。つまり、死ぬのを見届けろって事かな?」
「さぁな」
「もう……終わったんだよ。全部」
「だがまだ生きている。今はそれでいい。後の事は、後で考えろ」
「でも……」
「ヘタに慰めるつもりもない。今は生きてる。まずそれが重要だ」
「……」
「さぁ。行こう」





※ ※ ※





 二週間後――

「アンダースの容態は?」
「問題ない。とっくに退院して仕事している。さっき電話で聞いた」

 スレッジのアジト。襲撃の後はまだ生々しいが、機能はすっかりと改善していた。
 生首と化したKKも、今は新型ボディの完成を心待ちにしている。

「お前が持ってきたジェットトーチ、本当にKKに付けていいのか?」
「いいよ別に。KKなら欲しがるだろうなと思って拾って来たんだ」

 スレッジはすっかり回復し、さっそく元の生活に戻るべく奮闘していた。
 最初にやるべき事は唯一の相棒兼ボディガード、KKの修復作業。ヘンヨのお土産も取り付ける予定だ。
 一方のヘンヨは、スレッジのアジトにてずっと手に入れた資料を調べていた。
 解ったのは、キースの恐るべき新技術と、その末路。それと、アリサの運命。
 何分、量が膨大なので、一つずつ見ているだけでも時間がかかる。さらにその映像や画像からは、違和感が滲み出ていた。なので、何度も何度も繰り返し見ていた。
 その違和感は、キースの邸宅の写真から感じた物に似ていた。
 結果、ある結論にたどり着くまでに二週間も要したのだ。
 それは、この事件の本当の黒幕の尻尾を掴む物だ。
 丁度よく、メモリーを預けたアンダースからも吉報が届いたばかりであった。一番違和感を覚えた映像は、キースがまさに殺害される、その一部始終。

「さて、と」
「どこ行くんだ?」
「最後の一仕事だ」
「最後? キースは死んだし、トライゼンは裁判待ちだろ? もう終わったじゃないか」
「スレッジ」
「なんだ?」
「まだ終わってない」

 本当の黒幕。ヘンヨの中で、噛み合わなかったパズルのピースは、きっちりはまっていた。存在しないように思われたパズルの枠は、殺害されたキースそのもの。
 そして、それらがはまった時、ヘンヨが感じた違和感も消えた。


続く――


 ↓ 感想をどうぞ(クリックすると開きます)
+ ...

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー