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グラウンド・ゼロ 第13話

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匿名ユーザー

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 軽い音と共に、頬に痛みが走る。
 しかし最悪な体調に紛れてさして感じられなかった。
 目の前の青年は振り切った手を後ろに戻して、そのまま電動車椅子に座すヤマ
モトの傍らに移動して、そこに佇む。
 ヤマモトは艦長の証である帽子を被り直した。
「シンヤ・クロミネ」
 彼の語調は重苦しい。
「なぜ、命令を無視した」
 沈黙で返す。
「いいか、お前の命はお前のものだ。何に使おうがお前の勝手だ。だがな、俺た
ちの命は俺たちの命だ。お前に勝手にされるいわれは無い。」
「……はい。」
「お前の馬鹿な行動のせいで4分、戦闘領域からの離脱が遅れた。4分だ。お前
は4分も余計に全員の命を危険にさらしたんだ。」
「……はい。」
「……本当にわかっているのか!」
 単調な受け答えに、声を荒げるヤマモト。
 その真っ直ぐな目から顔を反らし、シンヤは小さく「……はい」と答えた。
 しばらくの間、ヤマモトはシンヤの横顔を睨んでいたが、やがて舌打ちをして
、手を追い払うようにした。
「もういい、行け。」
「……はい。」
 シンヤはヤマモトに背を向け、部屋を出ていった。
 胸の内が麻痺したまま、とにかくこのグラグラ揺れる世界をなんとかしたいと
思って、ふらつく足取りで自分の船室へと向かう。
 重い扉を開けた瞬間だった。
 タクヤをはじめとする複数人の、大きな拍手がシンヤを迎えて、呆気にとられた。
「おめでとう!」
 一番そばのパイロット?がシンヤの背中を叩く。
 よろけそうになって、側の整備員の女の人に腕を掴まれる形で支えられた。
「大丈夫?」
「はぁ、まぁ。」
「いやーお前マジスゲーよ!」
 そう言って前から両肩を叩いてきたのはタクヤ。
 その目はぎらぎらと輝いている。
「あのすいません、ちょっと……」
「ん?気分悪いか?」
「いや、じゃなくて」
 タクヤの手を払い、三段ベッドに近づき、その一番下に腰かける。
 頭を抱えながら訊いた。
「その、なんでこんなことされてるか、わかんないんですけど。」
 部屋の中の空気が妙な具合になる。
「あれ?あの白に赤のラインのAACV墜としたの、お前だよ、な……?」
 タクヤの自信なさげな言葉に頷く。
「やっぱそうじゃねーか!」
 そう大声を上げて隣に腰かけ、シンヤの背中をバンバンと叩くタクヤ。止めろ
もどす。
「いやそうですけど、それがどうかしたんですか」
「お前、自分がどんなやつと戦ってたのか知らなかったのか?」
 シンヤを取り巻く中の1人がそう投げかける。
 頷いた。
「マジかよ……!」
 ざわざわと俄に騒がしくなる船室。
 タクヤがシンヤを見て言った。
「お前が墜としたあの機体は、『雷帝』だよ。」
「は?」
「雷帝は新生ロシアのエースパイロットの1人なんだよ。出てきたのは丁度一年
前で、撃墜数はどんなに少なく見積もっても、既に15。そいつを、まだAAC
Vに乗りはじめて一週間ちょいのお前が、墜としたんだ。」
「はぁ」
「『はぁ』ってお前……例えるなら、今日初めてボールに触ったようなド素人が
ガチのイチローから空振り三振とるようなもんだぞ!?」
「はぁ」
「オイオイ……」
 いきなりそんなこと言われても、実感が湧かない。
「しかもお前は雷帝だけじゃなく、他に2機のAACVを墜としてる。これはマ
ジにスゲーことなんだぜ!あっという間に撃墜数3だ!」
「そうなん、ですか。」
「そうなん、だよ。」
 見渡すと、部屋に集まった仲間たちは皆シンヤに向けて、何かワクワクするも
のでも見つけたかのような眼差しを送っている。
 本来なら彼らに感謝して、礼を述べなければならないのだろうが、どうにも素
直にそうする気分にはなれなかった。
 ヤマモトに頬を叩かれたせいかも知れない。目の前で雷帝に撃ち落とされたシ
マダの機体がまだ脳裏にちらつくせいかもしれない。撃墜数の3という、消せな
い数字のせいかもしれない。単純なAACV酔いのせいかも。
 それでもムカムカする胃を手で押さえつつ、シンヤはなんとか笑顔を浮かべて
、仲間たちに礼を述べた。



「初めて人を殺した気分はどう?」
 平蛇が幽霊屋敷トウホク第5ブロックのドックに入り、各種補給や修理を受け
ている間の自由時間に、医務室で寝ていたシンヤにかかってきた電話の第一声が
それだった。
「コンドウさん……ですよね。」
 シンヤは無機質な天井を眺めつつ、額に手の甲を置く。
「別に。特に無いです。」
「君、殺し屋の素質があるわね。」
 笑えねーよ。
「それで、何ですか?」
 この不愉快な会話をさっさと終わらせたい。
「別に。『おめでとう』って言いたかっただけよ。」
「……雷帝ですか」
「意外、知ってたの?」
「他の人に教えてもらいました。」
「そう。掘り出し物を見つけたみたいで嬉しいわ。」
「掘り出し物?」
「君のことよ。」
「そうですか」
「君は嬉しくない?」
「あまり。」
「そうでしょうね。」
「それだけですか」
「いいえ、本題はこれから。」
 やっぱり違うじゃないか。
「君は『ギフテッド』に認定されるかもしれません。」
 アヤカの口調は事務的だった。
「なんですか、それ」
 聞き返す。
 彼女は少し間を置いた。
「『ギフテッド』とは、『直感的又は無意識的にその状況における最善の行動を
選択し、実現することができる能力のある人間』のこと。平たく言えば……そう、
『天才』、もしくは『センスのある人間』のことね。時々出るのよ、個人で操る
兵器――戦闘機とか、AACVには。」
 どこか苦々しげに彼女は言う。
「ギフテッドに認定されれば、専用にAACVを割り当てられます。君が倒した
雷帝も、新生ロシアのギフテッドだった可能性があるわ。」
 言われて、雷帝の動きを思い返す。
 そういえば雷帝は最後の一撃以外、こちらからのダメージを貰っている様子は
無かった。
 単純に操縦テクニックの差かと思っていたが、あれはギフテッドという要素が
為せる技だったのかも。
 そして、自分にもそれが出来る可能性がある……。
 アホくせ。
「俺はそんなんじゃないですよ。」
「私も、そうあるべきだと思うわ。じゃ。」
 いきなり電話は切られた。




 携帯電話を折り畳んで内ポケットにしまい、アヤカは再び視線をモニターに向
けた。
 画面にはテストルーム内の、リョウゴが乗った重装型AACVが映っている。
 マイクを引き寄せて彼に話しかけた。
「そろそろ分かってきた?」
 声にに反応してAACVの動きが止まる。
 機体の手には木製のブロックが握られていた。
「いつまでこんなことをさせるんすか。」
 リョウゴの不機嫌な声。
「まだイメージ通りに機体を動かせていないようだから、その訓練よ」
「もう4時間ですよ」
「積み木は嫌い?」
「幼稚園以来でした」
 そうしてモニターの向こうの巨人はブロックを放る。
 さすがに飽きるか。
「疲れてない?」
 アヤカは訊く。
「精神的には限界近いっす。今、右腕の剣でそっちが覗いてるカメラをぶっこわ
したい衝動を抑えるのに必死で。」
「そう、やらないでね。」
「……で、なんすか?」
「クロミネ君のことで」
「アイツに何かあったんですか」
 その反応は冷静なものだった。
 クロミネ君への信頼からくるものだろうか。
「既に撃墜数が3になったそうよ。しかも、その内1人は敵のエースらしいわ。」
「……え?」
「ナカムラ君も負けてられないわね」
「だったら!」
 マイクに何か硬いものを殴り付ける音が入る。
「早く俺にオーケーを出せ!」
「じゃあ、積み木でお城は作れた?」
 リョウゴは言葉に詰まったようだ。
 作業が停滞しているので刺激を与えてみたが……。
「……わかりましたよ。やってやりますよ。畜生……!」
 上手くいったようだ。
「君なら落ち着いてやればすぐ出来るわ。焦らないこと。」
「……はい。」




 翌日。
「それではぁーシンヤ・クロミネの偉大な功績を讃えぇー」
 マイク越しに喋るタクヤ。
「讃えぇー!」
 それに全員で返す、部屋に集まった平蛇搭乗員一同。
「カラオケパーティーだバッキャロー!!」
「ヒャッハー!」
 一斉に沸き起こる拍手。
 ステージに用意された特別席に無理矢理座らされたシンヤは恥ずかしくって仕
方がなかった。
 朝起きて、さて今日このトウホクでの休みをどう過ごそうかと食堂で考えこん
でいた時に、タクヤに強引に連れてこられた部屋。
 そこに待っていたのは大量のスナック菓子&炭酸飲料+酒と、平蛇に乗ってい
たメンバーほぼ全員だった。
 というか、なんでカラオケセットがある。
「司会はこの俺タクヤ・タカハシ!そして今回の主役はぁー……」
 腕を掴まれ、立たされる。
「シンンンヤァアアアアッ!・クルウオオミネェエエッ!!」
 K-1風の紹介と共に襲いくる拍手に、とりあえず頭を下げた。
「でわ!ここで一言いっちゃいな!」
 いきなりマイクを突き付けられる。戸惑いながらも受けとる。
「ど、ども。」
 また拍手の波。
「ありがと、その……」
 鼻から息を強く吐いて、気は進まないながらも、シンヤはこの状況を楽しむこ
とに決めた。
「みんな!今日は騒ごう!」
 マイクを介さず、大声で直接そう叫んだ。
 返ってくる歓声。
 誰かが叫ぶ。
「んじゃあ、トップバッターは頼んだ!」
「え、俺!?」
 マイクで返す。
「クーロ、ミネ!クーロ、ミネ!クーロ、ミネ!」
 他の仲間と煽り始めるタクヤ。
 本当は嫌だけど……
「おっしゃやってやんよ!」
 誰かの指笛が飛ぶ。
「んじゃあ初っぱな!いきものがかり!言っとくが期待すんなよお前ら!」

 全力でじょいふるを歌いきり、ステージから観客側へと席を移したシンヤは、隣
のタクヤに声をかける。
「なぁ、これ企画したのって誰?」
「ん?俺おれ。」
 タクヤはビールを卓に置きつつそう言った。
「ああ、そうなんだ。」
「何よ?」
「いや、一言お礼言おうと……」
「あー要らね要らね。」
 彼は顔をしかめ、更にその前で強く手を振った。
「皆騒ぎてーだけだよ。お前のことは単なる口実。」
「そうなんですか。」
「時々皆でやんだよ。楽しむ為にさ。」
「楽しむために……」
「いつ死んでも、『あー楽しかった』って思えるようにさ。」
 そう、なのか。
 そう思うと、このパーティーが急に色褪せてみえる。所詮刹那的な快楽に身を
委ねてるだけの、未来の無い騒ぎ……。
「おい次入れたの誰だー?」
「ん、それ俺!」
 誰かの言葉に返事をして、席を立つタクヤ。
 ステージに立つ彼をシンヤは冷めた気持ちで眺めていた。
「そんっじゃ行くぜぇ!冬もマシンガン!分かるやつは合いの手よろしくぅ!」
 イントロが流れる。シンヤはビールのコップに手を伸ばした。

 1日かけて整備と補給を終えた平蛇はトウホク第5ブロックを出発し、夕方に
はカントウ第1ブロックに戻っていた。
 帰り道では特に何も無く、快適な地上の旅を楽しむことが出来た。
 帰還後の集会やら何やらを終えて、やることの無くなったシンヤは一人部屋で
休息をとってのだが、P物質の影響か、妙に体がだるい。
 ベッドに寝転ぶ以外に何もする気が起きなかった。わぁ駄目人間。
 そうして夕飯も食べずにうつぶせのままボーっと過ごしていると、不意に部屋
の扉がノックされた。慌てて飛び起き、涎を袖で拭って、「どうぞ」と言う。
 数秒の間の後、扉を開けたのは白い杖をついた少女だった。
 なんの用だろうか。そう思いつつベッドの上で胡座をかく。
 彼女は軽く会釈をしてくれた。
「こんばんは。」
 同じ挨拶を返す。
「今ちょっと、お時間ありますか。」
 頷いた。って、またやってしまった。
「大丈夫だけど」
 キチンと声に出す。
「そうですね……」
 落ち着かない様子のまま立ち続けているユイを見て、やっとシンヤはベッドか
ら下り、彼女の近くに椅子を用意してやる。
「あ、すいません。」
「いやいいんだけどさ。」
 ベッドに座り、彼女が椅子に腰かけるのを待つ。待ってから用件を訊ねた。
 すると彼女は何故か言いづらそうに、膝の上に置いた両こぶしを固くする。
「あの、実は相談で……」
「相談?」
「はい。あの、ナカムラさんの事なんですけれど……」
「リョウゴがどうかしたのか?」
「私、クロミネさんが出ていた間、あの人と模擬戦闘をやらせてもらっていたん
ですが……」
 彼女は一息置いた。
「怖いんです、彼が。」
「……怖い?」
 ユイは頷く。
「模擬戦の最中、ずっと鬼気迫るような感じで……私、今まで色んな人の相手を
させてもらっていましたけれど、あそこまでは……」
「……それ、ただ単にリョウゴが一生懸命だっただけじゃないか?」
「違うんです。アレは……そう、失礼ですが、敢えて言うなら――」
 ユイが言いかけた時だった。
 気配を感じて入り口を見る。
 扉が開いていた。
「リョウゴ……」
 そこに立っていたのはリョウゴ・ナカムラだった。シャワーでも浴びてきたのか、
タオルを首にかけ、赤みがかった髪はまだ湿っている。
 シンヤはカントウ第1ブロックに戻ってから、リョウゴにはたまたま会えてい
なかった。
 だがリョウゴと会わなかったのはたった2日だ。
 それだけに、彼の変わり様に驚いた。
 目の下には濃い隈が出来、その視線には力が無い。皮膚の色もかつての健康そ
うなものではなくなっていて、心なしか頬の肉も減っているように見える。腕は
だらりと下がっていた。
「俺の名前が聞こえた気がしたけど、何話してたんだ?」
 リョウゴは扉の枠に寄りかかりながら訊く。
「いえ、その……」
「リョウゴの上達が凄いって、オカモトさんが教えてくれたんだよ。」
 シンヤはオカモトを庇う。
 リョウゴは「へぇ」とどこか無気力な声を出した。
「そんなことより」
 リョウゴは枠から離れ、こちらに近づいてくる。
「シンヤ、お前大活躍したんだって?」
 頷くのは憚られたので、首を振る。
「謙遜すんなよ。」
 そうしてリョウゴはシンヤの隣に腰を下ろす。
「マジスゲーよ、お前。」
「止めろよ、そういうの。」
 軽くリョウゴの腕に拳を押し付ける。
 彼は微かに笑った。
「一週間でエース撃墜だぜ?天才だよ、お前。」
「そんなこと無いって。俺にできたならリョウゴにもできるよ。」
「そうだと良いな」
「リョウゴの方が勉強も運動も出来るんだし、すぐに俺なんか追い抜くさ。」
 きっとそうだ。
「そうですよ。ナカムラさんも上達は早い方ですから、後2、3練習すれば乗り
こなせるようになります。」
 オカモトの言葉に礼を返すリョウゴ。
「でもAACV操縦って難しくね?なんかふわふわしてる感じでさ」
「あー分かる。一々内臓が浮くよね。」
「だからパイロットスーツがあんなにキツく出来てるんですよ。それにあの圧迫
のおかげで、ブラックアウトやレッドアウトが無いんです。」
「へぇ、気づかなかったな。」
「そのせいでよく中身が口から出かかるけどな」
「そういや空想科学読本?だったっけ?でマジン○ーZに乗ると酔いまくるとか
なんとか書いてあったけど」
「マ○ンガーZって何ですか?」
「ロマンの塊。」
「ロケットパンチ位は知ってるっしょ?」
「あぁ、はい。アレですか。」
「そうそう。こう、敵の機械獣がだなー……」
 どんどんと繋がる会話の連鎖。
 全員で笑いこけた頃にはオカモトが何か言おうとしたことなど、すっかりシン
ヤの頭からは消えていた。

「私は反対です」
 タケルは力強くそう言った。
 アヤカは彼から視線を逸らし、肘をついたまま眉間を押さえる。
「――私もよ。」
 アヤカはそう言った。
 ヤマモトは電動車椅子のレバーを指で軽く倒し、アヤカのデスクに接近する。
「また、上からの命令ですか。」
「相変わらず、勘が良いわね……」
 張りの無い声でそう言いながら彼女が机の中から抜き取った書類を、ヤマモト
は受けとる。
 目を通すヤマモトの眉間の皺はますます深くなり、下唇は噛みしめられた。
「……コンドウさんの前ですが……」
「『ふざけてる』……でしょ」
「相変わらず、勘が良いですね。」
 疲れた風に笑い合う。
「確かにシンヤ・クロミネの戦積は異常です。これが続くようなら、ギフテッド
と考えて間違いは無いでしょう。それは認めます。」
 ヤマモトは書類を机上に放る。
「しかしそれで命令無視が不問にされるなんて、あってはならない。あってたま
るか。」
「君は」
 アヤカは背もたれに身を委ねる。
「どういった処分を考えていたの?」
「とりあえず、しばらくの間AACVには触れさせないつもりでした。それと反
省文を。」
「なるほど。」
「まぁ、屈服させられればなんでもいいんですが。」
「君、サディスト?」
「攻撃的じゃなければ勝てませんから。」
「それはともかく」
 身をのり出す。
「あの老人が何を考えているか知らないけれど、納得いかないわ。」
「ええ。」
「だから、シンヤ・クロミネはしばらく前線には出さないことにしたい。」
「老人の意向に沿いつつ罰を与えるには、それが良いですかね。」
「希少なギフテッドを手に入れたから最大限に活用したいのは解るけれど、やは
り、ね。」
「たしかコンドウさんは……」
「信じてないわよ、ギフテッドなんて。」
「まぁ、それもいいと思いますよ。」
 ヤマモトはそう言って机から離れる。
 その間にアヤカは席を立った。
 壁の資料棚の鍵を外し、目的のファイルから必要な資料を取り出す。
 しっかりとファイルを棚に戻し、資料をヤマモトに渡してから椅子へと戻った

 机の上の目薬を手にとる。
「もうひとつ訊きたいことがあるのだけれど」
 目薬を注しながらアヤカは言った。
「その雷帝が乗ってた新生ロシアのアッシュモービルについて、君はどう思う?

「不可解ですね」
 ヤマモトはズパッと言った。
「そう、私も同じ……」
 アヤカは言いながらぎゅっと目をつぶり、ちり紙に手をのばす。
 ヤマモトは資料をチラ見してから膝の上に置き、両手を頭の後ろにやった。
「目的がP物質の調査だとしたらAACVをもっと積むはずですし、目的が威嚇
ならわざわざあんなところでやる必要は無い。目的が妨害行為なら何日も目立つ
ところに留まらないし、目的が亡命等ならこちらからの通信に応じるはず。」
「目的はそのどれでもなかった、と。」
「恐らく。」
「そこでもう一度、今の資料を見てくれると嬉しいのだけれど。」
 アヤカの言葉にヤマモトはまた膝の資料を持ち上げる。
 資料の写真には灰の降り積もった、見慣れた地面に何やら大きな真円の孔がぽ
っかりと開いているのが写っていた。日付は昨日。平蛇が1日かけたメンテナン
スを行っていた日だ。
 アヤカに訊く。
「その穴は例のアッシュモービルが去った後にあったものよ。埋もれてなかった
のは中にパイプが入っているおかげね。」
「直径2.5メートルですか」
 ヤマモトは顎に手をやり、資料に目を走らせている。
「途中で崩れてるみたいで深さの正確な数値は出ていないけれど、積もった灰と、
旧地上都市建造物の残骸の層を貫いて地面に達しているのは間違いないみたい。」
「地下都市にドリルでも撃ち込むつもりだったんでしょうか」
 冗談めかしてそう言った直後に「ロシアならやりかねない」という恐ろしい考
えが頭を過った。
「ドリル……」
 真剣な顔をして考えこむアヤカに、少し焦る。
「コ、コンドウさんはこの穴をどう考えているのですか?」
「私?」
 彼女は顔を上げた。
「私は地質調査の跡だと考えているけれど」
「地質調査……ですか。しかし何の為に?」
「これは私の勝手極まりないただの仮説だけれど――」
 そう前置きをした。
「コロニー・新生ロシアは、土の成分からP物質の位置を探る方法を見つけたの
かもしれない……」
 その言葉を聞き、ヤマモトは考える。
 なるほど資料の穴はどことなくボーリング調査の跡に似ている。
 あの艦にボーリングマシンを代わりに積んでいたのなら、AACVの数が少な
く、しかし雷帝という強力なカードを積んでいたのも頷けるかも。
 だが別の場所では駄目だったのだろうか。いや、駄目だったから危険を犯して
まであそこに留まっていたのか。

 コンドウさんがこの若さで幽霊屋敷の重要な部分をまるごと任されているのは
、このよく回る頭のためであるところも少なくないのだろう。
「もし本当にそうなら、早急に対策を練る必要がありますね。」
 ヤマモトはアヤカの机に資料を返す。
「ええ。新生ロシアのメンバー、捕まえて確かめましょう。」
「尋問ですか?拷問ですか?」
「拷問にかけなさい。」
「わかりました。じゃあ、捕まえられる機会があれば。」
「それ、明日はどう?」
 ヤマモトはアヤカを見る。
 彼女はキーボードを素早く叩き、出てきた画面を読み上げた。
「明日午後、新生ロシアが旧北海道東部――今は新生ロシアの領土だけど――
の基地に輸送艦を移動させるという情報があるわ。それを襲撃しなさい。作戦は
任せるわ。」
 そして女は微笑んだ。

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