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ヒトが 願う 美しさ

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irisjoker

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僕は男が嫌いだ。
臭いし、汚いし、醜い。
狩猟のため、或いは防衛のために発達させたであろう筋肉も、今の社会ではスポーツや娯楽の中でしか大した意味を成さない。
それでも自分達が未だ社会の上層にいると欲に任せて、女を犯す。

もちろん全ての男が忌むべき存在でないことは、僕も理解している。
けれど未だ原始的な猿モドキから脱却できない男達が世の中に溢れかえっているのは、紛れもない事実だ。
毎年更新され続ける警察の作ったデータが、それを証明している。
そしてその数値の中には、僕の母も含まれているのだ。

僕はそんな下劣な男が存在していることの証で、そんな下劣な男の遺伝子を受け継ぐ――男だ。

だから僕は自分が嫌いでたまらなかった。
きっと僕が育つにつれ、あの男に似ている部分が現れているのだろう。
自分と奴との遺伝子が交わったという事実結果を間近で見せ付けられているのだ。そうだとしたら、母はどんなにつらいだろう。

けれど母は嫌な顔をするどころか、常に笑顔で僕に接してくれた。
それはとても美しかった。その裏にある過去を知らない、小さな子どもの頃でさえ、そう感じていた。
知った後で口にすることなく、自己を激しく憎む僕を、包み込んでくれた笑顔など、言葉に言い表せない。

しかしそんな母も、もういない。
死んだ。
殺された。
辱められた上でのものだった。

まただ。
また男だ。

それが別の男であったことが、余計に男というカテゴリを僕の中で貶めた。
しかし不思議と僕の中で、嫌い以上の気持ちは湧いてこなかった。
きっと自分自身を否定し尽くしてしまわないように、無意識に働きかけているのだろう。
くだらない保身。本当にくだらない。

男は嫌いだ。
男はくだらない。


僕は十五歳になって、機械工学の勉強に勤しんだ。
自分を含んだ男という存在を忘れようとした。
物事をシステムで捉え、合理的に処理しようとした。

それから格好も変えた。
性嗜好でもなく、同一性障害でもなかったが、僕は女の格好をした。
勘違いをして寄ってくる男や女もいたが、それを除けば僕の視界はとてもクリアになった。
その一方で女の格好をする事により浮き彫りになる、肩やあばらや首や手足や、関節や臀部や、顔や皮膚の上などに巣食う僕の男の要素に目を瞑りたくもなった。

あるものは僕を社会不適合者だと笑った。
その通りだ。僕はこの男が蔓延る社会に適合できていない。
だから僕は自分の憂さを晴らすため逃避的に、機械社会に夢を抱いた。
僕の先生は年老いた老人だった。
老人は男だったが、そこには男特有の要素など殆ど残っていなかった。
年を取ってしまえば性別など何の意味もないのだろう。
そこに宿る人格も、とても美しいものだった。
僕は先生の持つ様々な面に憧れを抱き、勉強の原動力にした。


それから一年はあっという間に過ぎ、先生は僕の前から姿を消した。
年を考えれば無理もない、というのは命を落とす理由であって、失踪の理由にはならない。
何故だろう。
僕は明確な意味もなく、先生の家を訪ねた。

「あなたは誰ですか」

先生の家にいたのは、僕より少し若い子どもだった。
子どもというには少し抵抗のある年頃だが、他に言い表す言葉がない。
なぜならその子は、「彼」でもなく「彼女」でもなかったからだ。

はじめに僕の敏感な意識が、その子が男でないことを告げた。
それから先生が消える直前までに話していた言葉ひとつひとつを思い出していった時、女でもないことがわかった。
この子は機械なのだ。

「僕は君の親から、教えを受けていたものだよ」
アルコールで焼けた喉の奥から僕は声を捻り出し、「君の親は何処へいったの?」と続けた。

「私を作り、床に伏しました。それが自分にできる生命としてのできる限りであると」

かつて僕も持っていたソプラノの中に電子的な揺らぎがある。

きっと先生は、人の子が作れない身体である事を嘆き続けていたのだろう。
生命のシステムは世代を重ねることに集約される、と説いていた。
しかしこの子は次の世代を残すことは出来ない。

「結局はこの研究を私は自己満足のために使っているのだ。笑ってくれ」

ある日何気なく聞き流した言葉を思い返し、僕は先生という男の本質に真正面から触れられた気がした。

「私はここで父の最期を看取ります」

ラインを隠すブーツのまま、寝室まであがりこむ僕に、この子は自分に植え付けられた存在理由を示した。
延命のための装置など一切置かれていない真っ白なベッドの上で、先生はとても穏やかに眠っていた。

「その後は、どうするんだい」

「その後はありません。私に与えられた時間はそれだけのものです」

最先端の技術の塊を維持することは困難だった。
先生はそれでも、人の子として生み、人の子として自分の最期を看取らせたかったのだろう。
周りの技術や資金提供者は、あまりの無駄に呆れかえるだろう。

人の模倣をする、その場限りの不完全な命。

けれど男にも女にもなれない僕は、男でも女でもないその子を「生かしてやりたい」と思った。
人が願う美しさだけを詰め込んだ、穏やかな笑顔を見続けたくて。

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