創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

D-gate

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ParaBellum

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「いいか、目標地点到達の七秒前に展開するんだぞ。コンマ一桁台のズレは融通が利くがそれ以上は無理だ。それと今回は魚雷の搭載数が多いが早め早めに使っておけ! 誘爆の危険もそうだが重量の調整に手間がかかる。それから……」
「わーってますってやっさん。ブリーフィングで耳タコの上に実戦でもうやってんだ、そうしくじりやせんよ」
 計器類にまみれた狭苦しいコックピットで、ヘルメットを抱えながら男は返事を返す。
「気持ちは分かるがリョウト、俺ァいつだってだが心配なんだ。海、いや……潜水艦乗りってのはなあ、常に厳格に、畏れを持って臨まにゃあならんもんなんだよ。いつ何が起きるか分からねぇ、注意が足りないことはあってもやり過ぎる事はないんだ」
「わかりましたよ。……サッズワン・ウナズミ、準備オーケイです」

 漁人は海で育ち生きてきた。故にその恐怖脅威は骨の髄まで染み渡っている。
 矢沢もそれを知っているからこそ、“潜水艦乗り”なんて言い回しをしたのだろう。
「取っ組み合いをするような潜水艦がどこにあるか」と返してやろうかとも思ったが、それではただの揚げ足取りだなと留めておくことにした。
 彼の言っている事は正しい。
 伸びをしてヘルメットを装着すると、歯車が重くゆっくりとした音を立て、機体を傾けた。
 それにあわせてシートを倒し、天井までにずらりと並ぶランプの色とりどりをチェック。
 角度調整を終えるまでの余った時間で身体を固定する。
 遅れて重なるのは前面ゲートの開閉音。

「それではサッズワン発進どうぞ」
 一際大きい歯車の音。オレンジ色に光りながら鳴くコックピット。少し遅れてヘルメットの内側から、鼓膜を震わせるハスキーボイス。
 オペレーター向きじゃないよな、などと顔も合わせたことのない相手の声質を品評しながら、パチパチと順にスイッチを上げていく。
 それから手元より少し先のレバーを掴み、力を込めて引く。
「サッズワン、発進」
 火を入れられた動力炉が唸りコックピットまでを揺らすと共に、後方――機体の外部からビィーっとけたたましい電子号笛。
 ……三、二、一。
 漁人が充てたカウントダウンより微妙に遅れながら、機体は飛び立った。深い、深い、奈落の世界へ。

 身体をぐんと引く加速のエネルギーはサッズワンのコードをもつ自身の機体ではなく、外部の射出装置が与えたものであった。
 計算された予測地点に真っ直ぐに、正確に撃ち込む。母艦インベルフォークは、まるで海のスナイパーだ。
 とはいえその対象は、高度な計算結果を乗せた電波を遮る奈落の中、さらにそれが動き回るとなれば百発百中とは程遠い。撃ち込むのがただの弾丸ならば。
 そう、この弾丸は意思がある。弾道御する人の意思が。


 対立する水の流れに当初の勢いを削がれたサッズワンその内部。
 漁人は先ずジャイロと加速度計という少々古典的な、しかし未だ信頼性のある計算結果から座標を確認する。
 それと並行しアクティブソナーをオン。出力は最大。
 潜水艦同士の戦いであればこのように大きな音を発し続けるなど自殺行為以外の何者でもない。しかしそんなものの相手をする事は最初から想定外だ。
 反響した音と"消えた音"をコンピュータに計算させ、目標の現在位置を探る。
 与えられた時間は僅か。これが軌道修正を行える最後のタイミングだ。
 漁人はモニターに小さく表示された時間ギリギリまでにチェックと修正を繰り返した。

「さて、水中ジェットコースターといきますか」
 呟きヘルメットの内側でマウスピースを噛締める。と、コックピットを揺らす振動の幅と数が爆発的に増加した。
 程よく暖められた動力、機体が自らの力で推進を開始したのだ。
 飲み込んだ水を押し出し、機体はぐんぐん加速する。
 一定の速度を超えた時、さらにもう一段階。漁人はシートに磔にされたまま、ただ歯を食いしばる。

 抵抗を最大限に減らすための流線型の外装。だが先端においてその形状を阻害する歪な突起が一つ。
 これが機体を超高速の弾丸に仕立て上げていた。
 突起にぶつかる水流が醜く泡を散らす。ところが速さに比例してそれが増加していくと、いつしか泡は集合し機体を覆う膜になっている。
 水中にありながらその抵抗を打ち消す、空気の防壁。纏う機体の加速度計は時速三百キロメートルの突破を表示。
 その速さを持って討つは一つ。
 漁人は全神経を集中させ、グリップに手をかけた。

「単独潜航? 何のためにですか」
「彼らに黙ってもらうためだ」
 未だ整理されていない艦内、その一角に仮設された作戦会議室。
 一見営倉と見紛うような暗く無機質な部屋の中で、男は安い葉巻を燻らせながらデスクにバッジを叩き置く。
 小鳥とローリエ、地球を象ったそのデザインは、国際軍事連合のエンブレム。
 それ以上は語らずに不機嫌そうに腰掛けるインベルフォーク艦長・諌名田藤四郎の様を見て、漁人は「ああ成る程」と小さく頷く。
 思えば最近、ドック内だけであったのが艦内でも見る数が増えていた。

 巨大潜水艦とその艦載機。時代から頭一つ抜き出たややもすれば空想であると笑われるような技術が、現実に稼動していると証明されれば、彼らが躍起になるのは当然だ。
「いろいろと手を打ってはいたのですがね、どうやら彼ら少し"暇"ができたようで、その間に監視を強化しているらしいのです」
 副官の李が独特の訛りの入った日本語で語る。
「まあこちらには条約という一応の盾がありますから、いきなり接収されるという事はないでしょうが、彼らも随分と焦っているようでして。薄っぺらい技術提供で話をつけましたが、それで納得させるにはこちらの手札をある程度見せてやらねばならないのです」
「この艦と艦載機が軍事兵器としてどれほど不向きかという所をだな。すぐにでも武力行使に出たくなる程に満足されたら困るが、そこら辺の偽装はさじ加減でどうにかなる範囲だ」
 煙を噴きながら諌名田が続ける。
「此方の目的も通さねばならんが後々動きにくくなっても困る。それで落し所が今回の単独潜航というわけだ。他の機体は表面上のデータ取りに使うこともあってどの道出せん」
「サッズは直接転用できそうな部分が殆どないというのは素人でも分かりますからね、どうにか一機分の許可を頂いた次第で。まあ恐らく今回だけでしょう、直に彼らも忙しくなり構っていられなくなる」
 彼らに対しての鬱憤でも溜まっているのだろうか。作戦の理由についてこうまで語ってくれるというのは、元軍人の二人にしては珍しい。

「奴らも星喰いの襲撃を受ければ事の重大さに気づくのでしょうが」
「まあ狭い陸でドンパチやっている間は、って感じでしょうなあ。星を守るのも難儀難儀と」
 皮肉めいた言葉を吐くのは待機を命じられたサッズツー・スリーの二人。
 蔵辺はともかくサモンドのほうは作戦に選ばれなかったことでピリピリしているのが、言葉の端からも伝わってくる。

 狭い作戦会議室に集まる全員が揃いも揃って好き放題に言っているものの、"彼ら"とて信念と正義を持って平和のためにと戦っている。
 それでもどこか見下しているような態度をとるのは、インベルフォーク属する独立軍事組織・GATEの特異な立ち位置が影響していた。

 星喰いと名付けられた生物的異次元存在。カテゴリさえ便宜上のものであり、その殆どが解明されていない謎の塊は、有体に言えば地球への侵略者であった。
 円盤にでも乗って空から攻めてくれればまだ現実味があり、対処も急かれたのだろうが、星喰いの侵略は非常に奇妙なものだ。
 星喰いが漂う空間――次元海は、人類の観測外にある。
 高次元空間、ワームホール、平行ブレーン。諸説あるが現時点で分かっているのは、三次元上で干渉し得ない位置関係にあるこの空間が、何らかの形で繋がった相似する空間と同化してこの世界を侵食しているという事である。
 その相似空間こそが地球とそこに住む生命を生み育んできた海。星喰いは海より現れ万物を、捕食し繁殖し、海を己の物に塗り替え、この星を侵略するのだ。

 初めからここまでの事実が判明していた訳ではない。それでもGATE創立者・澄之江は星喰いの危険性を早くから強く指摘し、対策としての海戦部隊設立を提唱していた。
 だが非日常的な存在の証拠となるのは澄之江の記憶と、新型原潜の残骸のみ。
 いずれも上面の条約のために秘匿抹消された存在、信憑性は地の底だ。
 加えて国際軍事連合は拡大する中東の反連合組織に対し本格的な武力行使を行う準備段階、調査に割かれる予算などたかが知れていた。

 澄之江はそれから様々な組織・国家に足を運んだが、調査まで漕ぎ着けても結果を残すことはできなかった。
 そして数年が経過し、連合と反連合が未だ戦闘を繰り返す最中、彼の話の裏付けそのものが姿を現す。

 ところが初めの一年、星喰いの侵略はなかった。いや、侵略は文字通り水面下で防がれていたのだ。
 GATE――世界全域で「星喰い」殲滅一点だけを目的とする独立軍事組織、その活動によって。
 澄之江が如何にして支援者を、資本を、技術を集め、これを設立したのかは伏せられている。
 恐らく現在、中東戦争で疲弊した連合が圧力を掛けているこの事態を見越してのものだろう。背後を取られるのを防ぐためか。

 捕虜、亡命者、戦犯。
 時に非人道的な方法をも使って掻き集められたインベルフォークのクルーには設立者の顔も声も、臨む機会はない。
 自分達が属する組織、その上に立つ者達がなんであるか、分からない。
 自分達が戦う星喰い、それが一体どのような存在なのか、分からない。
 不安そのものであるように周囲を闇で閉ざされた地に足つかぬ世界で、それでも生きて来られたのは「星を守る」という義があったからだ。
 極めて単純で極めて崇高なこの目的はクルーの支えとなった。
 いや、支えにすることで自己を保っていたと言うべきか。
 世界から物理的にも社会的にも隔離され、明日も見えない戦いを強いられる日々。
 使命に溺れることで少しでもそれを紛らわそうとしていた。

 そんなクルーからすれば、地球規模の危機その訴えをまともに取り合わず、人類同士の争いにかまけ、挙句こちらに力があると分かれば掌を返す連合は非常に下劣な存在であった。
 無論クルーとて多くが軍に携わっていた者、人類が一致団結することの難しさや苦労も分かる。
 戦いを続ける人々の殆どが望まずして命を賭け、望まずして命を奪っていることも分かる。
 だがそれを理解した上でも他者を蔑み自分の居場所を上に置かずにはいられない。
 それ程にまで、クルーは無意識のうち追いやられていた。

「……とにかく作戦自体はいつも通りに雑魚を散らしてくるだけだ。初めの頃を思えばそう無理な部分もないだろう。以上だ」
「了解です」
 サモンドとソリの合わない漁人は、待っていましたと言わんばかりに礼をして作戦会議室を後にする。
 遅れて当のサモンドと蔵辺も去り、窮屈だった部屋にはインベルフォークのトップとして現場指揮執る二人が残る。
 金属の床とで響く足音が遠くへ消える。ゆっくりと波に揺られ、重心移動の音を鳴らす艦、それに合わせるように体傾け、諌名田は一服。

「……彼らは忙しくなる、と言ったな」
 唸る換気扇に紫煙を吸わせながら、口を開く。
「ええ」
 瞼と前頭骨との窪みに中指を突っ込みながら李が返す。
「反連合が動くのか」
「ええ」
 表情変えぬ機械的な返しに、しばし沈黙が流れる。

「噛んでいるのだな、澄之江が」再び口を開いたのは諌名田。
「愚問ですね。お陰で我々の自由が利く。手間が掛かったとはいえ資金も増えた。うまくやりましたよ」
 呆れるように肯定する李の口調は非常に流暢。先の訛りは完全に身を潜めている。
「連中は賢い。此方に牙を剥くのは明日かもしれんのだぞ」
「真に賢ければ剣の納め時も知るはずですよ。今どちらかが倒れるほうが、余程危険だ」
「そうか……」
 傲慢だなと諌名田は、煙交じりのため息をつく。
 澄之江は事が自分の掌の上にあると思っているのか。人如きのそれにどれ程の嵩があるというのだ。
 オートパイロットが舵を取り、艦を静かに揺らす。
 テーブルの上のバッジが僅かに滑り、灰皿にぶつかった。

「今更誰も戻ることは出来ませんよ。種となる燻りなど其処彼処にあった。誰が焚き付けるでもなく争いは起こったでしょう」
「だが燃え広がった火の手は我々の後ろまで来ているのだ。油を注いで人類諸共星喰いを焼き殺すか?」
「人は火の中でも生きますよ。澄之江のやっている事は有り触れた先人の真似事です」
 両手を後に組み、わざとらしく靴音を立てながら狭いその場歩き回る。
 それから思い出したように、「かのサカモトリョーマ・カイエンタイと同じようなものでしょう?」と付け足した。
 星喰いを討ち滅ぼしたとて未来が肯定するだろうか。だがたとえ非難されようと、一度起きた事を否定することは不可能だ。
 インベルフォークとそのクルーはただ兵として現状を見、やれる事、命じられた事をやる。当たり前の選択しか初めから存在しない。
 その事は艦を預かる身、百も承知だ。
 しかし今現在ならば誰かがそれを否定する事は可能。諌名田は内側から来る崩壊を懸念していた。
「やはり人の最高の敵は、己を含む人そのものか」
 二人きりの室内で独り言を響かせ、灰皿の上に置いた消える葉巻の火を見つめた。

 海を裂く風、一体となるのは鋼の弾丸サッズワン。
 その内にて舵柄握り締める漁人は、突入の瞬間を待つ。
 超高速の世界にいながらも、いやいるからこそなのか、全身の筋肉と血管が打つ一つ一つの動きを拾い上げてしまえそうな程、その時間は長く感じられた。
 超高速の世界まで高めた精神のままに、ゆっくりと流れる原子時間を眺める漁人、今の状況にウラシマタロウを重ねてみる。
――まあ的外れだな。
 視界を確保するための光届かぬ深淵奈落、そこで目前に迫る目的地を音と計算記録とで知り、そして今まで以上に己を奮わせた。

 境海。地球と次元海とを隔てる薄皮。そこへ、いざ。モニター上で塗り分けられた緑に自身を指すマーカーが重なる。
 物質的な壁があるわけではない。機体の駆動音とあわせ、突入の成功を確認する。
 次元海は海と相似である。それが異空間である事を最も色濃く表すのは、次元海を包む領域ここにある。
 水、空気。今まで纏わり付いていた物は今や混じりあい、薄く均一化され、境海の構成物質と成り果てている。
 侵入する全てを取り込む貪欲な怪物。消えたソナーの振動波もすでにこの中で拡散しきっていた。
 だがその胃袋は無限ではない。事象の地平線がここに存在するのならば、それは内と外とを喰らい尽くしているはずだ。

 定刻よりマイナス七秒、ジャスト。握る舵柄の先端に、さっさと喰らえよと念じながら親指を押し込む。
 空間時間をも引き延ばし、悠久を強制しようとする魔の領域。
 その体内に一発、サッズワンの超高速から切り離された土産物が、激しく炸裂した。
 光が世界を一瞬にして塗り替える。
 放たれたそれと衝撃からなる波動がコーヒーに混じるミルクのように、渦巻きながら境海を覆っていく。
 実際にこれがどういう物で、どういう原理を使っているのか。
 民間上がりの漁人に対しその詳細は伏せられていたが、一時的に許容量以上の負荷を与えているのだろう。
 後方の爆発を帆で受けたかのように速度を取り戻した機体内で、適当に見当を付ける。

 目標到達予測からコンマ四秒遅れで、機体は境海を突破した。
 なれば先に広がるのは海。似て非なる、侵略者の巣窟。
 運も味方し計算通り、見事に巨大な球状空間その中心へ向かう角度で突入――するや否や。
「ぬん!」
 一瞬たりと閉じるものかと、計器睨み続けていた目を、今まで以上に見開いてレバーを引く。
 それにより引き起こされたカラクリが、機体に激しい衝撃を与える。

 機体が持つ、抵抗を抑え境海突破に至るまでの超高速を得るためのシルエット。それが今形を変える。
 正確に言えば、直進し続ける弾丸の外装は不変。変わったのは"機体が持つシルエット"だ。
 進行方向と正反対に噴射を掛けながら、分離した外装を見送るサッズワン。
 機体としての主導権を握る内臓機械が姿を現した瞬間であった。
 人と動きを同じくする、四肢を備えた重装機械。
 一連の動作に発生した僅かな光が照らし出す姿は、鎧に身を包む巨神が如く。海の秩序を守るもの、なればギリシャのポセイドーンか。

「ぬぐおあーッ!!」
 超高速からのブレーキング、その代償とも言うべきか生まれた衝撃が全身を圧迫する。
 初めの内は声も出たが、直にその余裕すら失われる。
 血流を確保すべく下半身を圧迫するスーツの働きすら認識し難い。
 しかし一瞬たりとも気を抜くことはできない。
 増幅した自重を精神で支えきる。
「はあ……はあ……」
 新たな外装となった機体の外にある制御装置、それが有効に使えるまでに速度が落ち着く。
 減速時の挙動の違いから、改めて今回の重武装ぶりを確認。
 ヘルメットと一体の酸素マスクを曇らせ、漁人は息を整えた。
 さてようやくと取り戻した身体の自由で、計器に表示された遠く先行く脱け殻を見据える。
 ベストと行かないがそれに近い。僅かにブレを生じながらもインベルフォークの狙撃がここにきて完了、群がる敵に巨大弾丸の先制攻撃を加えた。

 散る、散る。モニター上を埋め尽くす反応。大量の星喰いだ。
 これだけの数ならば、狙いを付ける意味すらない。
「生存競争なんだ、悪く思うなっ!」
 自分の正義を口に出すことで神経伝達物質を呼び込みながら、外装の内に封じられていた全身を塞ぐほどの魚雷に火を点けた。
 かつての外装を見てくれそのままに縮小したような弾丸が、白煙代わりに空気の線を引き、それぞれに直進する。
 時間差をつけながら休む間もなく放たれる六本もの対潜兵器が、爆炎とバブルパルスを膨らませていく。
 光の世界に引きずり出された星喰いは、収斂進化か魚類に似た姿を見せるが、限定的すぎる視覚情報を拾うための装置も、今は内部に収納されている。

 撃ち尽くした取り付けと手持ちの発射装置を破棄しながら、漁人は圧力波の球に中心点を取り、外周をぐるり泳がせる。
 ゆっくりと時間をかけ、巻き起こした大振動の治まりを待つと、二種のソナーをフルに使い残る星喰いを調べ上げる。
 遠距離でアクティブが使えるのも緊急時を除けばこれが最後か。
 人類の技術を凌ぐ暗視能力を持つとはいえ、海中の基本情報はやはり音。環境が近しいなら星喰いとてそれを利用する。
 通常の深度に次元海用の係数を掛け、観測数値を修正した。

「いい感じじゃないか」
 突入場所もそうだが、使い捨ての外装をぶちかませたことも、爆撃で大部分を潰せたことも、四散した残りの固まり具合も、なかなかに良い結果。
 運気の波が来ているか。ならばそのまま乗らせてもらおう。
 漁人視覚情報に代わり、観測数値と蓄積されたデータを合わせ、星喰いの大きさ速さを確認。
 群単位でマーカーが割り当てられる。一つ一つの詳細を取れば、その数は百未満といった所か。
 群れ同士が接近する箇所を捉え、誘導魚雷の発射と離脱。

 しかし数が多ければ、それだけ隙を突かれやすい。機械と人とを併せても処理できる範囲には限りがある。
 側面から突撃する振動源。あえて狙ったか此方が間に合ったか、装甲表面を掠め取った。
 「ちい」と舌打ちし直ぐ様旋回する。同時にスラスタを使い分け、音源を誤魔化しながら三次元に位置をずらす。
 その間一匹が標的を直接捉えたことで、その動きをヒントに幾らかの群れも集まってくる。

「なれば好都合!」
 慣性だけを使って静かに標的見下ろしながら、投網装置から換装した肩部ハッチを開く。
 その動きに星喰いが反応する前に、足裏の推進装置を派手に吹かし後方へ。
 回りこもうと拡散する群れとの距離を離し、お見舞いするのは投射爆雷。
 威力射程こそ魚雷に及ばないが、散弾銃のようにこちらも拡がる。
 小型を潰すには打って付け、一があたれば全が誘爆する面制圧型の武装だ。
 飛び込む星喰いを焼き尽くす。

 だが当然、こちらの動ける面も減る。
 背面から回り込むのは遠方にいた別のグループ。
 次から次へと沸いて出るも、それに慌てる漁人ではない。「ほれ旨そうなエサだぜ」と大げさに動いて煽る。
 数に物を言わせる、カミカゼ染みた突進を正面に迎え――
 再び投射。
 一度全ての推進装置を切った上で、残る爆雷を出し尽くす。
 出涸らしではたかが知れた威力、しかし投射が生み出す反動をわざとそのまま受けることで、サッズワン回転。
 同時に姿勢制御装置のうち非固定のものを総動員して、一方向に推力を集める。
 消費の大きい緊急時専用の離脱法だ。

 空いた肩部に注水した、地球のそれと微妙に異なる液体の重量を調整しながら、残る魚雷だけで駆逐しきる算段を立てる。
 有線式の精密爆撃魚雷が内蔵で二本。汎用の音響誘導式がランチャーで二本と、瞬発力の高い高速魚雷一本。
 前者は後片付け用に取っておきたい所と、漁人はランチャーを展開した。
 よくもまあこれだけの火力を搭載しきったものだとパイロットながらに感心する。その時。

 探知。反応。警告。操作。回避運動。
 そこに割り込む形で横殴りの衝撃が機体を揺らし軋ませる。
「何で今の今まで気付かん!」
 自分に対しての怒号と損傷の警報が重なる。
 機を伺っていたのは、音の影に隠れきれると思えない程の巨大な星喰いであった。
 上から三番目、モサ級に該当するこの個体は、語源と異なるはずの猛者の当て字がしっくりくる程に荒く優れた力を持つ。
 尾の一撃は直撃を免れてなお装甲を陥没させ、機体を深くに叩き落とした。


 漁人は矢沢の言った通りになってしまったと、離れるランチャーを見送り墜ちる中で、自らの精神の綻びを省みる。
 今回のおおよそ戦略と呼べない名前だけの作戦は、小型から中型の掃討。一方的な蹂躙を可能にする重火力装備もその目的に沿ったものだった。
 星喰いの大きさは次元海の大きさに比例する。大型が発生する条件は次元海が相応の大きさに拡大していった時だ。
 星喰いを生物として考えれば当然だが、だとすれば例外となる個体が発生するのも生物。
 爆撃の中に自分から突っ込んだ上で固まっていたのか? そうだとしたら大した根性骨だ。それらを考慮していなかったのは、己の甘さ。
 損傷とそのリカバリによって活動時間の半分以上を削り取られている。
 危険色の赤で染まるコックピット内で漁人は静かに肝を据えた。渋ってなどいられん、目の前の敵をただ獲る。

 激しい戦闘に次元海が渦巻く。その球状エリアから遠心力で弾き出される運動エネルギーが境海へ飲み込まれていく。
 星喰いは流れを全身で読み取り、逆らわずして自在に泳ぐ。縄張りへの侵入者サッズワン。地球と同一方向に働く重力に引き摺られ、墜ちる金属塊を追う。
 食物連鎖のピラミッドを持つ大小の星喰いだが、まるで一つの意志であるかのように今は一丸となり排除に急いた。
 モサ級を中心に、生存者達が編隊を組む。

「ほうれこっちだ……」
 先頭が水中を伝う振動に違和感を覚える。ゆらりと揺れたかと思えば、消える何か。
 幻ではない。もう一つ。
 振動源は墜ちる機体であるはず。しかし音はそれぞれ、三つ叉に分かれて消えた。
 星喰いはすぐさま隊列を変え、ソナー同様の仕組みであるエコーロケーションを用いる。
 完全に静止することがない限り、音を消し去ることなど出来ない。
 空気中を遥に凌ぐ速度で到達する高周波は即座に小さな動きを感知した。

 が、まるでそれを待っていたかのように、観測物の動きは急激に変化する。
 それぞれがバラバラに高速運動を開始した。

 大小の判別を付け、サッズワン本体のみに狙いを定める星喰い。
 しかしそれを行う一瞬の間、反射的に移動した事がその首を絞める。
 星喰いが合流する進路をさらに狭める形で迫る小さな二つの振動。サッズワンを追うはずの星喰いが左右より挟撃の形で追われる。
 切り離されたワイヤーを引きジグザグに走る魚雷であった。一本が命中すればそれに二本目が引き寄せられ――「爆ぜろ雑魚共」――水中爆発再び。

 格子上に並んだ隊列は衝撃を分散する防壁となっていた。奇跡的に成功したとはいえ、直撃には遠い。
 言葉通りに落とせたのは周りの"雑魚"だけだろう。
 轟音が静まる前から漁人は唇を噛む。

 流線型を棄てたサッズワンの航行速度はそう速くない。
 以前変わりなく驀進するモサとその他少数との距離は、どんどん縮まっていった。
 だがこちらには二本の脚を始めとした可動スラスタによる運動性能で分がある。
 漁人は側面からのGを受けながらクイックターンをきめた。
 そこからさらに上下左右に振れながら星喰いを撹乱。
 重心移動の連続が、パイロットの脳をシェイク。海が揺れる。

――活動残時間危険領域。推進剤残量十五パーセント。
 警告を受け計器をチェック。不味い。
 機体が取る今の動きは明らかに効率が悪い。最大までに出力を上げられないとあれば、追いつかれるのも時間の問題。
 そしてその時間も、一呼吸と間を置かず訪れた。

「クソッタレ!」
 先陣を切る小型が噛み付きに掛かる所、他に術はないと腕でその口を塞ぐ。
 即座に旋回しながら振りほどくが、後続が待ち受けている。
 やむを得んと、漁人は空の肩部と共に激しく損傷した腕部装甲を切り離す。そんなに喰いたいなら喰わせてやると。
 その思惑を汲んでか、有難くないことに後方より控える大型、モサが一撃で粉砕。
 もっと喰わせろと言わんばかりに迫り続ける。

「……ッ!」
 紙一重、重量の変動で水流の影響を大きく受けた機体が、闘牛士のようにその身翻し回避。
 そのままの勢いで推進剤を消費し海中を飛翔する。これだけの速度が使えるのは恐らく後一度。そして残る魚雷もこの一本。
 まさか全ての火薬を使い切る事になるとは。苦笑しながら、漁人はスイッチカバーを開いた。
「当たれぇぇ!!!」
 星喰いを討つシルバーバレットとなる事を願い、言霊を込めて放つ。

 曲線運動を行いながら撃つ弾道は、星喰いへ向かう。
 曲線運動を追う星喰いは、機体へ向かい昇る。
 刹那の遅れ。両者は擦れ違った。

 星喰いに人語を理解する知能と、受け取る術があるのだろうか。
 漁人は考える。もしそうであれば、こう言い放つだろう。
「お前は俺に、釣られたんだよ」と。

 この場所に覚えがあるか。全方位を取り囲むのは水。指針となるのは音のみ。記憶する術も意味もないだろう。少なくともお前には。
 一度受けた屈辱を忘れるものか。この場所は一撃を叩き込まれた忌まわしき場所だ。
 猛獣と俺とを閉じ込めるこのコロッセウム、そのどこいつで貰ったのか。
 座標は頭の中にある。時間も頭の中にある。
 それを統合し、海流の動きと合わせシミュレートするのは機械の役目。
 あとはジグザグに場所を変えながら、標的の位置をソナーで確定させる。
 無駄な動きなどしていたと思うな。この場所を探り当て、この場所に引き寄せるために払った必要経費、今返してもらう。

 後方で起こる最後の爆発が、従者を飲み込み、モサ級の巨体を弾き飛ばした。
 漁人が狙撃したのは、奇襲により射手とはぐれ漂う、二本の弾こめた魚雷ランチャーであった。


 近距離での爆発、余波に巻き込まれ損傷を引き金とする警告がけたたましく鳴り響く。
 その音に包まれながら見つめる二点は、ソナーが拾う振動と、爆発のシミュレーション。
 ただ流れに身を任せ揺れるコックピットにて、必死の形相で漁人は計器を見つめる。
 そこに映るのは一つの可能性。

――この場で潰した百を超える大量の星喰い、その全てをサッズワンのソナーが拾うことはない。
 跡形もなく消し飛んだものもあるだろうが、死した星喰いは海月のように海に帰す。
 研究が進まない要因の一つである。
 つまり逆を言えば、ソナーが拾う限り星喰いは生存しているという事に他ならない。


 再び海が静まり返った時、そこに残る振動源は、僅かに二つであった。
 内一つ、機械の巨神を御する精神は冷静さを持ちながらも大きな昂りを見せた。
 怒りでも憎しみでもない。絶望とは真逆。それは勝利ではなく勝負に対する感情。
 満身創痍にあって掻き立てられる闘争本能は、漁人に快さを与えていた。
「だが……終わらせる」
 対峙する巨大なもう一つの振動源、星喰いはモサ級も同じ思いだろうか、二つの座標が程なくして接近する。


 手持ちの火薬は使い果たした。だがこの機体には二つ人の手がある。
 何故か。
 サッズワンの本領はそこにある。
 背部に収納されていた装備を展開、損傷の激しい右を庇うようにして握りしめる。
 近接戦闘兵装、マルチハープーン。
 機械兵器の中にあって、対艦ミサイルから再び本来の意味を取り戻した長柄を構え、泳ぐ。
 "取っ組み合いをするような潜水艦"なのだ、この機体は。

 向かう星喰い、古代の爬虫類に喩えられた個体が猛進。
 死の間際にあってなお、一切臆することなく排除に徹する。
 鋼鉄を容易く砕く、必死の牙が襲い掛かる。
「もらってやれるかッ」
 動きにあわせ回転、先のモーションの再現を試みる。
 生きている推進装置の数が減れば当然、完全な回避は不可能。
 だが致命的な損傷だけは確実にはずせる。
 肉薄した距離のまま、損傷に反応する警告より速く、星喰いの背に刃を突き立てた。
 激痛に悶えるのか、星喰いが巨体を大きくうねらせ、ハープーンを押さえる機体を振り回す。破損した装甲と片足がバラバラに弾ける。
 そのまま突き進み、引き剥がさんとする星喰い。それを察知し離れる漁人。
 ただしエモノまで手放すことはない。刃を残しワイヤーが伸びる。

 暴れ怒り狂う星喰いは瞬く間に硬線を張り切り、サッズワンを引き摺りながら突き進む。
 先を行く尾を境に、収束する激流。それを再び割りながら、漁人は情報を必死に拾い上げる。
 機体の腕に巻きつけたワイヤー、そこからさらにマニュピレータ入出力装置を介し、伝わる星喰いの動きを探る。
 感度最大。自らの腕に直接流れ込む痛覚を帯びた電気信号と、計測数値を合成。
 人機さらには星喰いと一体となった漁人は、アドレナリンと共に駆け巡る大量の情報、その中の僅かな変化から、相手の"呼吸"を読む。
 時に押し時に引く、正真正銘の、命の駆け引き。
 残る僅かなエネルギーとワイヤーの巻上げを操り、自分の"呼吸"と重ね合わせる。
 そして星喰いが旋回に入る、一瞬の予備動作に対し――
 ぎゅるん。
 ワイヤーが弛みを作り、星喰いに自由を与える。引き離そうとした力が余り、大回りの半径を描く。
 横滑り気味に方向を変える星喰いが、曲線の終着点に着けば逆回転。
 慣性を誘導され、高速で引き込まれる巨体。それに向かいオーバーシュートを故意にかけ矢の如く迫る巨神。
 漁人は役目を終えたワイヤー切り離し、握りそのままに手首を回転させ、ハープーン第二の刃を震わせる。
 そして、交差。

 サッズワンの下半身を衝撃で飲みこみ、圧壊させたのは星喰い。だが。
「お前はとんだ大物だったよ」
 流線型の先端を僅かに掠めた一筋。
 小さな小さな切れこみが、自ら進むエネルギーの反作用――向かう水の抵抗により一瞬にして押し広げられる。
 モニター上で光る点が、二つに両断され、そして消失した。
――損傷率七十五パーセント超。活動残時間、マイナス十二秒。強制稼動モード解除、システムスリープ。
 星喰いの殲滅、作戦完了。

 外と同じに暗闇に包まれるコックピット。全てを終えた戦士は、まぶたをゆっくりと閉じた。
 生物のいない海中を金属塊が、静かに沈んでいく。
 楔を失った次元海は星喰いの亡骸と同じように薄らぎ、消えた。
 周りにあるのはただの海。一時だが、守り抜いた、いつもの海。
 ここが地球である証、生命の源泉。
 今までの死闘など始めからなかったかのように、穏やかに揺れる。
 漁人は生命維持に必要な酸素量その他を確認することも放って、しばし達成感に酔いしれた。
 それは強敵とあいまみえた喜びであり、それを打ち倒し、今自分が生存している事への喜び。
 侵略者、星の危機。
 そんな大きすぎるものは、どうでもよいと感じた。

 落ち続けて何分が経つただろうか、生命の源泉の中で、漁人は声を聞きふと現実にかえった。
 骨伝導により鋼に響く信号。直接機体をノックする。

――正義のヒーローを待たせんなよ、馬鹿。
 腕を固定したままの装置で指の欠けたマニュピレータを動かし、漁人は奈落に垂らされた蜘蛛の糸を掴んだ。
 のぼるにつれ差し込む光が装甲と海面とで反射する。
 そんな中、彼が考えるのは矢沢に合わせる顔がない、という事だった。




――――終





設定

【星喰い】
他所の宇宙に住んでいる謎の魚。ただしこっちの宇宙で言う生物の定義に当てはまらない可能性もある。
そもそも他所の宇宙という保証もない。放っておくとすぐに増えるので雑魚しかいない内に倒したいのだが、次元海を探すのが大変。
おまけ→http://dl8.getuploader.com/g/sousakurobo/872/TerraEater.jpg

【次元海・境海】
中の星喰いが増えると広がる。星喰いがいなくなると消える。深い海にポツポツと、不定期に発生する。
しかも微妙に動く。
境海は次元海のガワ。侵入するエネルギーを吸収してゆっくりと分散させる謎領域。
これのせいで外から直接星喰いを潰すのが大変。
強いエネルギーから分散させようとするので、ちょっとアレな爆発を起こしてやると他に対しての働きが弱くなる。

【GATE】
Global ado hoc "Terra eater" eliminator。いわゆる秘密組織。
軍事企業などに大きなパイプを持ち、黒い噂が絶えない。創立者澄之江が本当に存在するかすら謎。
人型で一人乗りの水中兵器をはじめとするトチ狂った技術を持つ。

【サッズ】
different dimension diving system。頭文字DDDSが3D-sとなり最終的にこの呼称で落ち着いた、つまり俗称。
例によって一番機は近接仕様だが、今回は重火力装備で出撃。
SSCと呼ばれる使い捨てユニットで次元海に突入する。大気圏突入装備みたいなモン。
これに核弾頭詰め込んで撃ちまくれば倒せなくもないが、さすがに各国が黙っていない。

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