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ビューティフル・ワールド 第十五話 帰宅

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irisjoker

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無菌室を彷彿とさせる、四方を真っ白な壁に囲まれた部屋で、こつん、とチェスの駒を置く音だけが響く。
鉄製のテーブルの上に置いた、透明なチェス盤の上で、半透明の白い駒を動かす老獪な雰囲気の老人。
その老人の警護をする為に、非常に分厚い防弾ガラスの先で老人を見守る研究員と、私設機動隊。

老人の名はレファロ・グレイ。オートマタを主とした複合企業、エンダ―ズステイに所属している、ある種オートマタ開発の権威と言える男、ではあった。
一時間前、レファロはこの実験室――――数日前、機動隊が凄まじい蹂躙の上に、血祭りに挙げられたこの場所で平然と、「それ」とチェスに興じている。

レファロの向かい側、「それ」が器用に作りだした人間の手で、黒い駒をそっと摘まみあげると、チェス盤の上に置いた。
「それ」の一手にレファロはほう、と小さく呟くと、自らの駒を一手、前進させる。前進させると共に顔を上げて、「それ」へと話しかけた。

「先程の話だが」

レファロの声に反応した「それ」、否、機動隊を一人残らず血祭りに上げ、惨殺した兵器――――レギアスが、俯いた頭をゆっくりと上げる。
傍目から見ると自らの意思で動いている人影の様だが、それは違う。近くで見るとそれは、精巧かつ寸分の狂いも無く作られた、人の形を模した彫刻そのものだ。
しかし全身余す所無く黒色であるレギアスの姿は、生物ともロボットとも全く違う、別の次元から来た物体としか思えない。
レギアスには生物やロボットにある「顔」は無い。つるりとした頭部は鏡の様に、レファロの顔を映し出す。

「どうにも信じがたい。お前達が別の次元から来た存在だとはな」

そう投げかけながら、レファロは駒を進める。若干、形勢はレファロに有利な様だ。
レギアスはチェス盤を見つめ数分ほど熟考すると、考えが纏まったのか、駒を一手動かし、レファロに答える。

<我々はこの世界に置けるオートマタ、とは非なる存在。全てにおいてオートマタとは根本から違う>
「その様だな。研究結果が示していたよ。お前達がオートマタとは内部構造から性質に至るまで、何一つ共通する部分は無いという事を」

「ならば、お前達は何処から来た? どの次元から、この世界へと落ちてきた?」

レファロが一手、駒を進める。絶妙な位置のそれは、着実にレギアスを追い詰めており後二・三手で勝負が付く。
レギアスは熟考の末、一手進める。無難ではあるがその位置は、レファロの侵攻を多少は、食い止める事ができそうだ。

<我々の開発、及び運用に至る発端は、不明。データベース、言いかえれば記録ではその部分は欠如しており、修復不可能>
「つまり、思い出せないという事か」
<肯定。しかし、我々はそれ以外の記録はほぼ網羅している、戦闘行動から物質変換能力まで、全て>

一手。レファロがレギアスのキングを刺す手駒――――将棋で言えば、王手を仕掛けた。
レファロの策を防いだ筈なのだが、あっさりと看破された事にレギアスが一ミリ程首を傾げる。

「この世界に限ればだが―――――」

「お前達は、この研究所から数㎞離れた寒冷地で発見された。私、否、エンダ―ズステイは、お前達を新型のオートマタと判断し」
<レファロ・グレイに開発、並びに運用を行う様、命令した>
「そうだ。お前達をエンダ―ズステイは兵器として判断した。今までの兵器の概念を超える、新たなる兵器として」

<この世界における我々の存在意義は、兵器。その認識に過ちは?>
「無い。お前達の存在意義は兵器。それ以外には、無い」

形勢は完全に、レファロに傾いた。後一手、レファロが駒を動かせばチェックメイト。
言わば王手であり、レギアスは詰み、つまりレファロに負ける事になる。それにしても、老人と兵器がチェスをするこの光景は、異様にシュールだ。

<再認識。レファロ・グレイ。我々は兵器。兵器故、命令に応じ、定められた敵を完全に排除する事を、目的とする>

「それで良い。だが、レギアス、一つ質問がある」

駒を持ち、今正にチェックメイトを仕掛けようとした寸前、レファロがレギアスを見据え、そう言い放つ。
レギアスは無言のまま、レファロの顔を頭部に映し出し、レファロの二言を待つ。

「お前達はこれから、エンダ―ズステイが所有する兵器として扱われるが――――不満は無いな」
<肯定。我々は兵器。兵器として製造された存在。それ以外の理由は無い>

<しかし>

次の瞬間、レギアスの背部から瞬時に、先端が針の様に鋭く研ぎ澄まされた太い管が数本、伸縮すると、レファロに向かって突きつけられる。
目の前の光景にすぐさま機動隊が室内に飛びこもうとするが、レファロが年に似合わぬ俊敏な動作で片手を上げて、機動隊の突入を制す。
管をレファロに突き付けたまま、レギアスがレファロに、伝える。

<我々は兵器故、敵を排除する事のみを完遂する、それに邪魔が入るのであればエンダ―ズステイであれど、容赦は出来ない>

<それを承認せよ>

レギアスのそれに、レファロは何が可笑しいのか微笑を浮かべながら、答える。

「勿論だ。邪魔する者は何であろうと排除しろ。それがレギアス、お前達の存在意義だ」


勢い良く駒を上げて、叩きつける様に置き、レファロはレギアスに言った。

「チェックメイト」


不快な鉄の匂いに、ノイルは煙草を点ける事で匂いを中和する。何時乗っても、この匂いだけ離れない。

ノイルと、ノイルの警護を担う機動隊は今、巨大な昇降機に乗り込み、地下に着くのをしばらく待っている。
暗闇で点滅する、赤いヘッドライトと昇降機が降りていく重圧で無機質、それでいて耳をつんざく、ゴウンゴウンという音だけが場を支配する。

この昇降機は人間だけが乗るにはあまりにも大きく、それでいて広い。
軽自動車なら五、六台入るほどにスペースが広く、尚且つちょっとやそっとではビクともしない強度と耐久性を誇る。
何故この昇降機がこんな作りになっているのかは、目的地に着いてから分かる。

どうやら目的地に着いた様だ。昇降機が動きを止め、目の前で二重三重と、幾層にも守れているシャッターが次々と開いていく。
全てのシャッターは開いた瞬間、ノイルと機動隊の目の前に広がる光景は―――――。

地盤を支える巨大な柱の合間合間を縫う様に、ぎっしりと配置されているカプセル。その群は薄暗い灯の光の中で、不気味な光沢を放っている。
機動隊が銃火器を構えて消火器から降りていく。その様子を冷めた目で見つめながら、ノイルは煙草を口から離した。

この場所は、レギアスの発掘、並びに保管の為だけにエンダ―ズステイが地下に製造した巨大な格納庫だ。
発掘されたレギアス、及びレギアスが収納されているカプセルはこの場所へと運ばれ厳重なセキュリティの元、管理されている。
昇降機の設計は、カプセルの運輸を念頭に作られている為、あの様なオーバーな作りになっているのだ。現状、昇降機には最大、カプセルを八基乗せられる。

ちなみに、カプセルの輸送経由はこの昇降機を使うしかない。今の、所は。

二本目の煙草に火を点け昇降機から降りると、ノイルは近くのカプセルに手を触れた。

「オートマタに変わる新たな力……」


今、ノイルの脳内では色彩豊かな世界地図が広げられる。調和を描く様な、美しい地図だ。

が、その地図が瞬く間に真っ黒く、隙間無く染め上げられていく。まるでレギアスに寄生されて黒くなっていくオートマタ達の様に。
やがてその地図から火が噴き出し、世界ごと焼け焦げていく。そこまで想像し、ノイルは煙草を地面に落とし、乱暴に踏み付けた。


意地の悪い笑顔をニタつかせながら、ノイルはボソリと、呟いた。


「最高に……楽しそうだな」








                            ビューティフル・ワールド


                        the gun with the knight and the rabbit

「お姉ちゃん!」


――――大丈夫だよ、レイン。今回の実験さえ終われば……。


「でも……お姉ちゃん……」


――――あの人が言うにはね。次の実験で、神威が実践で使えるかどうかがはっきりするんだって。それさえ分かれば、もう、実験はおしまい。


「おしまいって……私達、国に……国に、帰れるの?」


――――うん。あの人から一杯お金を貰って、それで国に……ううん、お家に帰ろう。


「帰ったら……二人で」


――――うん。二人で一緒に、お父さんとお母さんのお店――――。




――――夢? ハッとして、マシェリ―は閉じていた目を開く。決して愉快な夢では無い。寧ろ見たくも無い、残酷な程に優しい、過去の夢だった。

さっきまで心地が良かったシャワーの冷水が、今は夢から覚めろと冷や水を掛けられている様でマシェリ―は些か不機嫌になる。
すぐさまシャワーを止めて、嫌な湿気に満ちた浴室から出る。籠に放り投げたタオルで全身を拭き、何時もの服装に着替える
とは言え今日はやけに暑く汗が滲む為、被さるスーツとコートは着る気にはならない。この部屋に置いておく事にしよう。

そんな事を思いながら、マシェリ―は洗面台を見、ネクタイを締め直す。安値にしては中々上等な宿屋だとは思う。
本来ならば今日、リヒト・エンフィールドに依頼する為にやおよろずに出向く予定だったが、まさか道に迷った揚句に、エンフィールドに出会えるとは思わなかった。
故、やおよろずに行く理由は無く、今日一日空白が出来てしまった。思いもよらず、有給日となってしまった訳だ。

正直に言えば、エンダ―ズステイに戻る気にはならない。もっと言えばノイル、何よりレファ……。
……止めておこう。余計な事を考えた所で事態が変わる訳ではあるまい。思考を張り巡らしただけ、時間の無駄だ。
今はそう、ライオネル。奴を排除して、リシェルと神威を奪い返す。全てはそれからだ。

まだ乾き切っていない髪の毛をドライヤーで乾かしながら、備え付けられた窓を少しだけ開く。
夜明けを伝える様な眩しい日差しが窓から入り込み、下を見ると何時もの日常を謳歌する、町の人々の活気と熱気が混然となっている。
そう言えばエンフィールドは既に宿屋から出たのだろうか。携帯端末を取り出して連絡してみようかと思うが、別に今の時点で連絡を取るほどの事は無いと思い止めておく。
代わりに、リヒト・エンフィールドという男について少しばかり、思考を張り巡らせてみようと思う。

リヒト・エンフィールド。「壊し屋」なる異名を持ち、傭兵達の間では最強の男として実しやかに囁かれる、赤毛の男。
あくまで聞いた話ではあるが、人間離れした腕力と瞬発力、敏捷力を持ち、尚且つオートマタでさえ破壊する程の戦闘能力を所有し、悪人達にとって対峙した時点で敗北する、と言われているらしい。
彼の相方であるヴァイス・ヘ―シェンも、そこらのオートマタでは相手にならない強さだという。実際にその目で見ない事にはその強さは実感できないが。

だが実際会ってみると、マシェリ―は少々拍子抜けした。それほどの男だからさぞ、強者としてのオーラに満ちているかと思いきや。
弱そうには見えないが、とても「壊し屋」という異名が付けられるような男には見えなかった。気の良さそうで人懐こい、少々軽い若い男、という印象しか無かった。
だが時折見せる鋭い眼光には、その片鱗を感じる事が出来る。それに銃弾を無意識に掌で防ぐなんて芸当、よほどの修羅場をくぐってでもければ会得出来ないであろう。
エンフィールドが本当に「壊し屋」であるかどうかは、ライオネルとの再戦で遅かれ早かれ、明らかになりそうだ。

エンフィールドにライオネル討伐を依頼したのは、エンフィールドが「壊し屋」なだけではない。
リヒト・エンフィールドには、ライオネルとの因縁がある。正確には、ライオネルの過去に、リヒト・エンフィールド、そしてやおよろずが関わっているからだ。

だが、この点でもマシェリ―は疑問符を浮かべた。エンフィールドはライオネルに対しての記憶が何も無い様だった。まるでその部分だけすっぽりと、抜けているかの様に。
しかし、エンフィールドとやおよろず、それとライオネル・オルバ―とレインボウズ、いや……。
ジャック・トラインとレインボウズは、エンフィールドとやおよろずに数年前……。

……駄目だ、思考が散漫してる。こんな状態で思考を張り巡らせても仕方が無い。それより今は明日に備え休んでおくべきであろう。
エンフィードは言った。ライオネルは場所を指定してきた上に再戦を仕掛けてきたと。その日時は明日。無論マシェリ―もエンフィールドとライオネルの戦闘に加勢させて貰う。
確実に罠だとしても、ヘ―シェンを人質に取られている手前乗らない訳にはいかない。と、リヒトは付け足した。
ヘ―シェン自体は特に気にも掛けないが、エンフィールドの戦意を刺激するのなら、それはそれで良いだろう。

何にせよ明日、明日で必ずライオネルとの決着を付ける。そして神威を、リシェルを取り戻す。ドライヤーを止めると、乾かし過ぎたのか髪の毛がほんのりと熱い。
入って来る日差しが鬱陶しくなり窓を閉める。ドライヤーを洗面台に戻し、身なりを整える。

「留守番頼んだぞ、アンシェイル」

アンシェイルを取り出し、マシェリ―は幾分穏やかな声でそう言い伝えると、アンシェイルをベッドに置いた。
何故だか妙に腹が減って仕方が無い。どうせ今日一日、する事も無い。適当にぶらついていれば一日なんて直ぐに経つだろう。

マシェリーは軽い足取りで宿屋を出、人ごみの中へと消えていった。



肩凝りが酷い。どれだけ揉んでも肩に圧し掛かっている重りは取れそうにない。

それに妙に体も重い。怪我自体は大した事も無いし疲れもしっかり取れている、取れている筈だ。
だが悪い意味で不思議な事に、肩は凝っているわ体は水の中の様に重いわ、それにまだ掌はジンジンと鈍く痛むわで非常に良くない。
何でこんな爺さんみたいな体になってんだ俺、と自嘲してみるが何故だか、偉く虚しく感じる。


<柄にもなく落ち込んじゃってきもちわるいです。明日隕石でも降るんじゃないですか?>



「ヘ―シェン?」

思わず立ち止りその声の持ち主を探す。が、周りは伸び切った雑草達が風に吹かれているだけで、誰もいない。

リヒトは目元を覆って頭を何度か振ると、前を真っ直ぐ向いた。本当にいかん。精神的な痛手がどうしようもない所まで来ている。
まだ自分自身を自嘲できるほど……それも虚しくなり止めるほど、リヒトは精神的に参っていた。精神を病むなんて何十年振りだろうか。
ヘ―シェンと離れる事は多々あった。多々あったが、こんな形で別れるのは情けないが、正直に言うとかなり凹んでいる。

マシェリ―と話していた時は、マシェリ―の素性が知れない為、主導権を取られぬ様に気丈に振る舞う必要がある事と。
ヘ―シェンを奪われた事を口実に妙な事を突っ込ませない様に、敢えて精神的には痛手を負っていない様、強気になっていた。

実際さっきまでそんな精神状態ではあったが、やおよろずに近づいていく内、リヒトの心の中を段々黒い積乱雲が覆っていった。
それはヘ―シェンを奪われた事と、その事でやおよろずの皆に嘘を付いてしまった事、そしてその事を謝りながら、ヘ―シェンが何故奪われたかを……といった。
様々な要因がリヒトの中で渦巻き、その度にリヒトは精神だけでなく、肉体にも痛手を負い始めている。

何でヘ―シェンがいないだけで、こんな事になってんだろう、とリヒトは自分自身を不思議がっている。
間違いなく、ここが帰る場所なのに、どうしてこうも入りにくい……いや、入りづらいんだろう。
足が一歩、前に出ない。リヒトは頭の中でヘ―シェンを奪われた理由を考えている自分に気づく。いや、これは理由じゃない。

俺は……言い訳を付こうとしている? 自分は悪くないと、そんな感じの言葉を。
あいつらに……どう、説明すれば良い。素直にヘ―シェンを奪われた、と言えば良いのか。だが……。

一先ず帰ろう。そう思い、リヒトは前を向いてドアノブに手を掛けた、瞬間。


ドアが内側から開いた。リヒトは軽く驚き、ドアノブから手を離す。
ドアが開いた先には、まるでリヒトが帰って来るのを待ちかねていた様にファンシーでポップな絵柄のエプロンを付けたルガ―が立っていた。
玄関口で二人の男が向き合う。言葉も交わさずに玄関口で向かい合う二人の男。何と言えない、妙な光景だ、

リヒトはルガ―に何か言おうとするが、上手く言葉が出てこず、口火を切りだせない。
何時もなら暑苦しいと笑ってやれるルガ―の笑顔が眩しく見えて、目を背けたくなる。どうしてだ、どうしてこうも、後ろめたくなる。
ルガ―はリヒトの言葉を待っているのか、優しげに微笑んでいる。リヒトは言葉に迷った末、単純な、しかし他には思いつかない。

そんな言葉を、ルガ―に伝えた。


「……ただいま」


ルガ―は笑顔のまま、明るい声で、答える。


「おかえり、リヒト。朝食、出来てるよ」




                                 第 15 話




                                   帰宅



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