創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

<the Pinocchio Girl> 後

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irisjoker

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……ちょっと待って。何でダルマなの? というかクリスタルなのは謝罪のつもり? もう一回言うけど、何でダルマなの?
そういう疑問がふつふつと沸いてきて口に出そうになるけど、マキがクリスタルのだるまってのも面白いだろ? と私に言ってきた。
しかもあの、ユキハラさんと話している時の嬉しそうな笑顔で。私が仏頂面のままポカンとしていると、ユキハラさんは言った。

「その……マキさんから聞いたんですけど、ティマさん、日本の物とかに興味があるんですよね?
 それで工芸品でも面白い物、インパクトが強い物が良いんじゃないかなって話になって。で、お店でクリスタルのが……」

ユキハラさんの説明を聞いている時の、私の顔は、とっても、冷たいと思う。
というかマキ、あの彫像って私達の大切な思い出だよね。それがダルマになってても、何とも思わないんだ。ふーん。

「あの……ティマさん……」

私は表情筋となる部分を無理やりにでも動かして、笑って見せる。頭の中で笑えって、私自身に命令する。

「ありがとう、ユキハラさん。とっても、嬉しいわ」

私が平坦な声でそう言うと、ユキハラさんの顔がパッと明るくなって、笑顔のままマキに振り向いた。

「ティマさん喜んでくれましたよ、マキさん!」
「あ、あぁ……良かったな」
「気に入ってもらえて、良かったです!」

流石に私が機嫌を損ねているのに気付いているのか、マキは気まずい顔で私にアイコンタクトを送る。私はそれを黙って顔を背けて拒否する。
しかしこのユキハラという子はどこまで能天気というか、馬鹿に明るいんだろう。それに何でもかんでも、マキに同意を求めようとするし。
それも私に対して意地悪してやろうって感じは全然しなくて、本当に私に対して善意でやってるみたいでそれが逆に嫌だ。
寧ろ意地悪でやってくれるなら気が楽なのに。はっきりモノ言えるから。

そうそう……思い起こせば一週間、こんな感じだった。

私がご飯を作って運んでくる前と、ご飯を食べた後、マキとユキハラさんは仕事の一環なのか大量の本を持ち込んできて読みこんだり。
大きな何かの設計図? をテーブルに広げて、真面目な顔で話しあっている。どんな話をしてるのかは分からない。
分からないけど、マキはユキハラさんを褒めたり、珍しく厳しい顔で叱咤したりする。でも二人がそんな事をしてる間、私は蚊帳の外。
それにユキハラさんとの諸々が終わると、マキはごめん、疲れてるんだとか言ってすぐ寝ちゃうし。朝ご飯を食べたらすぐ出かけちゃうし。

普段なら、マキと今日の一日だったリ、社会の事だったリ近所の野良猫の事だったリ、色んな事を話してるのに。
今はユキハラさんがマキと仕事と言うかなんかしてる、そんな時間は無い。だって、二人とも真面目な顔して話してるからその間を割って入るなんて空気読めない事、出来ないでしょ?
まるで私、マキの家政婦さんみたい。時間がある時に掃除して、ご飯を作って。

こんな一週間が続いて、私の日常は無味乾燥になってきた。マキの事を思う事もあるけど、家路を帰る時には大概、その思いは冷めて、途切れる。
毎日職場と家を行き来して、あの二人の為に料理を作ってあげる毎日。マキは私とは話してくれないし、私も話す気が起きない。
これならまだ、派手な喧嘩してた方が良かった。私の心は、マキから離れ離れ。多分ユキハラさんがいる限り、ずっと。

「まだ値下がりしない……」

ショッピングカートを進めながら、私はあの二人の為の食材を探している。ハナコじゃないけど、肩が凝るというかここ一週間肩が凄く重い。
正直もう、料理作るのがしんどいし、レトルト商品で済ませようかな。どっちにしろ私は食事なんか取らないし。もう……良いか。それで。
そんな事を思いながらレトルトコーナーへと行こうと角に差しかかった所で、意外な人と出会った。互いに、あっと小さく驚いた声を出して。

「何や、アンタも買い物に来てたんかい。あたしはマスターのご飯、買いに来たんやけど」
「……私も、同じ」

ハナコの見るとカートには一週間分だろうか、どっさりと買い物が積まれている。
私達は外で話そうと言う事になり、買い物を済まして近くの公園へと向かった。買い物袋を置いて、寂れてるベンチに座る。

「ふぅ~流石に重い荷物を持つと、肩が凝るわ、ホント」

と言いながら肩を揉むハナコ。私はいつも通りの突っ込みをする。

「だから私達は肩凝らないでしょ。アンドロイドだから」
「そやったそやった、ごめんな、突っ込ませて。近くで珈琲でも買ってくるわ。飲む?」
「あぁ、ありが……って飲み物も飲めないでしょ、私達」

一々疲れる様な事言わせないでほしいと言いたいが、ハナコは私の突っ込みが面白いのか、怪しげに笑う。
笑い終わると、ハナコはもう陽が落ちてきて、一番星が光っている、薄暗くなった空を見上げながら、珍しくシリアスな口調で話し始めた。

「あんたに前、あたしを作りだしたマスターの事話したやろ?
 そのマスターのおっさんな、ほんまに阿呆やねん。あたしが普段、あんたにボケかますやん? そのボケを五分に一回はかましてくるんや」

それは……凄く過酷な環境ね。私ならとてもじゃないけど、耐えられそうにない。
空を見上げるハナコの横顔は切なげで、こんな表情もするんだ、って私はハナコの知らなかった一面を見ているみたいでドキッとする。

「何かもうね、阿呆っつうかどうしようもない構ってちゃんっていうんかな。
 どんな真面目な場面だろうと、笑いを取らないといかん、誰かに笑って貰わないと耐えられん、そんなおっさんや」

口調はいつもと同じだけど、シリアスな面持ちで話すハナコの表情は、ちょっと色っぽい。ハナコも、こんな表情するんだ……。

「けど、無駄に頭が良くて、尚且つ開発者としてもすこぶる優秀やった。それで真面目やったら良かったんやけど、それ以外の部分がホントお馬鹿で。
 子供の頃からの夢だったお笑い芸人になりたかったんやけど、おっさん、コンビを組める様な人がいなかった。それで」

そこでハナコはふふっと笑った。その笑い方は寂しそうで、自虐的にも思えた。

「これからは、アンドロイドと人間の漫才だ! なんて思い立った瞬間会社を辞めて。それで今まで積み重ねてきた資産であたしを作って。
 こんな馬鹿な旦那には付き合いきれへんわって、奥さんが娘を連れて家出て行っちゃってな。互いに良い年だって事で、強制的に離婚されて。
 本当は復縁したい筈なのに、俺は夢を追う! あいつらには二度と会わん! なんて意地を張って、あたしとコンビを組んでお笑い界に挑んだんやけど……」

ハナコが一旦、喋るのを止めた。視線を宙に漂わせて、何かを考えている様な。決心したのか、再び話し始める。

「おっさんには、アンドロイドというかロボットを作る技術や才能はあったけど、笑いの才能は何一つ無かった。
 で、残ったなけなしの貯金と、必死こいて朝昼晩バイトしたお金で、あたしをFWにする為に頑張ってくれたんや。自分が一番、辛い筈やのにね」

私はじっと、ハナコの話を聞く。と、同時に何でハナコが私にあれほど突っかかって来たのかの理由が何となく、分かる気がする。

「おっさんな、長く勤めてきた会社を突発的に辞めるわ、奥さんから見放されるわどうしようもない阿呆なんや。
 阿呆で構ってちゃんで空気読めへん、開発者としては優秀でも、人間としては駄目駄目な人だけど……それも全部、寂しがり屋だからやねん。
 誰からも嫌われたくない、笑っていて欲しい、笑顔でいて欲しい……そんな人なん。いつも、空回りしてるけど」

私には、ハナコが今どんな事を考えてるのかは分からない。分からないけど、想像はできる。
ハナコにとってその人は――――マスターは、口では阿呆とは言ってるけど、とても大切な人なんだろうなって。
私がハナコの横顔を眺めていると、ハナコは真面目に語った事が恥ずかしくなったのかぷいっと、私から顔を背けて言う。

「たくっ、柄にも無い事何言わせんなや、全く恥ずかしいったらありゃしない。あーあ、アホらし。先に帰ってるわ」

買い物袋を元気良く持ち上げて、ハナコは帰っていく。段々小さくなっていく背中には、もう寂しさとかそういうのは感じなかった。
私も……帰ろう。何だかハナコと話していると少しばかり重くなっていた肩が軽くなった気がする。あくまで気のせいだろうけど。
公園から数数十分程歩いて、アパートが見えてきた。階段を昇って行き、家に……。

と、家、というか部屋のドアの前に誰か立っている事に気付く。私は立ち止ま
って、それが誰なのかを見定める。


……ユキハラ、さん? 何でユキハラさんが一人で、私のウチの前に居るの? ユキハラさんがいるなら、マキも居る筈なんだけど……。
色んな疑問が浮かんでは消えていき、また浮かんでくる。と、目を細めてみる。ユキハラさんが手元に何か持っている。
……データフォンかな? データフォンを握って、誰かと喋っているのが聞こえる。

誰と、何を喋ってるかまでは聞き取れない。けど、不思議な事に最後の一言だけ、何故か、聞きとれた。

「―――――――――それでは明日、宜しくお願いします。マキさん」

マキと……話してたんだ……。私は最近あんまり喋ってないのに、電話を使ってまでマキと喋ってるんだ。羨ましいな。とっても羨ましい。
私の足は自然に歩き出していた。それも変に大きな歩幅で。部屋――――その前に立つ、ユキハラさんの方に向かって歩いていく。
私に気付いたのか、ユキハラさんは私の方を向いた。その表情はビクッとしていて、驚いている様に見える。

「こんばんわ、ユキハラさん」
「あ、こ、こんばんわ、ティマさん」
「ご飯だったら直ぐに作るから。今、家開けるから中に入ってて」

そう言いつつ、私はカードを取り出して、キ―に通す。ロックが外れる音がして、私はドアノブを回して、ユキハラさんを引きいれる。

「さ、お先にどうぞ」

ハナコと話していて、だいぶ気分が和らいだのか今の私はそれほど、ユキハラさんに対して嫌な気分は抱いてない。
とはいえ親しく喋る気にはならないけど、ご飯を作る位なら全然苦じゃない。

けど、ユキハラさんは家に入らず一回頭を横に振ると、言った。

「あの……仕事の間際に食べてきたんで、ご飯は大丈夫です。有難うございます!」
「……そう」
「あ、それとマキさんも同じく食べてきたので……」

そっか……食べてきたんだ。途端に、肩の重みがまた、蘇ってきた。酷く、肩が重い。

「えっと……それでマキさんから伝言です。明日の三日間、仕事で遠出するので、帰ってこれないそうです」
「……それは、貴方も行くんだよね?」
「……はい、明日、出発します」

私に直接、電話して来ないんだ。電話してくれれば良いのに、ユキハラさんを介してくるなんて、マキ……。
別に今日食べてくるって、それで明日から遠出するって、そう電話してくれればいいのに。段々、両肩に掛けて重みが増してくる。
何にせよご飯を食べてきたのなら、ユキハラさんを家に入れる理由は無いよね。適当に言葉を交わして、帰って貰おう。

そう思ったけど、一つだけ、気になる事がある。遠出してるって事自体は良い。それほど仕事が忙しいんだろう。
でも――――あのさ、ユキハラさん。さっき――――。

「ねぇ、ユキハラさん」

私はユキハラさんの方を見ずに俯いたまま、ユキハラさんに、聞く。

「さっきの電話で――――マキと、何を喋ってたの?」

目だけを動かして、ユキハラさんがどんな反応を示すかを見る。ユキハラさんの表情は、強張っている。緊張、してるのかな。
拳を見ると、固く握っていてプルプルと震えている。あぁ、緊張してんだ。……何で緊張するの? 普通に何話してるのかだけ、答えてくれれば良いのに。

もしかして話せないとか言わないよね。マキとやましい事とか、悪い事してないよね。
何惑ってるの? 迷う事なんて、何も無いんでしょ? ねぇ、早く答えて。早く答えてってば。早く答えなさいよ。
数秒くらい、ユキハラさんは深く俯いてそうしていると、顔を上げて――――答えた。

「……ご、ご、めんなさい……ひ、秘密、です」


「え?」


ユキハラさんは私に言った。
マキとの会話の内容を、私には言えない。秘密、って。どういうつもり? 秘密って、どういう事なの?
私、貴方よりもずっと、マキより長く付き合ってるんだよ。その私が知らない事を、貴方が知ってるってどういうことなの?

おもちゃ箱をひっくり返したみたいに色んな思いが錯乱して、全く纏まらない。何が何だか、分からない。

「……帰って」

私の口からごく自然に、そんな言葉が出てきた。

「ご飯いらないんだよね。帰ってくれる?」

「……ごめんなさい、ティマさん。でもどうしても、マキさんが」

「聞こえないの?」

貴方が何を言っても、もう、私には聞こえない。聞きたくないし、聞く気も無い。

「帰ってって、言ってるんだけど」

帰れって言ってるのに、まだ居る。
私はユキハラさんの声も聞かず顔も見ずに、ドアを閉じた。電気を付けてない家は真っ暗闇で、何にも見えない。
でも、それで良い。私はドアに背を付けて、データフォンを取り出しマキに連絡してみる。ずるずると、腰が下りていく。

モニターを見ると、現在通信できませんと表示された。恐らく今のマキは――――データフォンを切ってるか、通信が掛からない場所にいるかの、どっちか。
それでユキハラさんには居場所が分かっていて、私は何も分かってなくて。せめて……何処にいるかだけでも、教えてくれればいいのに。
データフォンを投げ出して、私は膝を抱えた。何にも無い暗闇が、今の私には不思議な事に心地が良い。

もう……もう、何も分かんないよ、マキ。
マキにとって、私は何なの? マキには私よりも、ユキハラさんが重要なの?
マキにとっての私は……何なの? 本当にただの、家政婦でしか無いの?

もし私が人間なら今、涙を流してると思う。けど私には、涙を流せない。人間じゃ、ないから。


翌日からずっと三日間、私は仕事に浸かりっきりになっている。あっち側の都合じゃなくて、私自身が仕事量を増やしているのだ。
局長に申請して、勤務時間を伸ばして貰う。ついでに、休暇や、事情があって(修理中だったりメンテナンスだったり)休んでいる人の分まで担わせて貰う。
他の人の分まで担当するだけあって情報量が半端じゃない。休憩なんて取れないほど忙しいけど、逆にそれが良かった。

三日前からマキからも、そして一応電話番号を教えてあげたユキハラさんからも、連絡はこない。
殆ど険悪なまま別れてしまったユキハラさんはともかく、マキからも連絡が来ない事に、私は辟易していた。けど、もう諦めてはいる。
二人とも、仲良く何処で何してるんでしょうね。私には全く、関係ないけど。

今は只、私はロボットでありたい。指示されたとおりに動いて何も考えずに課せられた事だけを繰り返す。
そんな単純作業をしている時だけ、私は何もかも忘れる事が出来る。それ以外の事は何も、考えたくない。
人間みたいに愛だとか記憶だとか馬鹿みたい。そんなのは全部空虚。全部、絵空……。

あれ……? この件は処理した筈なのに、何でまだウイルスの警告が出てるの?
え、未処理が八件? そんな、ちゃんと全部に目を通して……頭が、熱い……。
視界にモザイク? 処理が……追いつかない……。
駄目……。このままじゃ、私……。



マ……キ……。




               ――――――――――――――――――――――――――――――――――-


「おっはよー。目、覚めたん?」

ハナコの声が、私の耳に遠く響く。私は少しづつ、目を開く。

くっ……眩しい。眼球機能を少しづつ、蛍光灯の光に慣れさせていく。だから光を押えて欲しいって……。どうしようもないけど。
動こうとして動けない。後ろに手を伸ばして頭を触ると、太いチューブとごつごつした何か。あぁ、多分充電器型のベッドだ。仕事中にエネルギーを使いきってしまったらしい。
ベッドに腰掛けたハナコが、いつもの笑みを浮かべながらも心配そうに私の顔を見下ろしながら、話す。

「監察官がさ、あんたのカプセルの電気が消えてる事に気付いたんや。そんで慌てて蓋を開けたら、中でぐったりしてるあんたがいてな。
 ほら、アンタここ三日間、過剰な位仕事してたやん? 他の人が休んだ分までカバーして。仕事熱心なのはええ事や。けどな。
 無理はしちゃあかん。もう少しであんた、情報を処理しきれなくなって脳味噌が焼け焦げた揚句、死んでまうとこやったで」

……馬鹿だな、私。あの二人の事を忘れようとして必死に仕事してたけど、危うく全てを忘れてしまう所だった。
もしあのまま仕事してたらハナコが言う様に、私のAIは処理能力の限界を超えて、焼き焦げていたかもしれない。そうなる寸前でセーフティ機能が作動したのは本当に良かった。
人間で例えれば疲労困憊のまま、何時間も徹夜で精密作業をする様なものだ。そんな事をすればどれだけ危険なのか、分かっている筈なのに。

私は……そんな簡単な事さえ分からなかった位、馬鹿だった。それくらい、あの二人の事を忘れようとしてた。

そうだ……私の中でその時即座に、忘れたかったけど、一番会いたかった彼の顔が浮かんできて、反射的に私はハナコに聞いた。

「あのさ、ハナコ……私のパートナーから連絡って来てる?」
「もう連絡してあるわ。残念ながら迎えに来るのは、アンタのパートナーじゃなくて、アンタのパートナーの助手さんやけど」

助手って事は……ユキハラ、さん? 何で……ユキハラさんなの? マキじゃなくて……。
私は猛烈に帰りたい衝動に駆られる。今でさえ病んでるのに、もし彼女に会ったらまた病んでしまいそうだ。
起き上がようとするが、まだ充電中な為だろう、身動きが出来ない。悔しい。

「駄目駄目動いちゃ。もうちょい休んどきや」

そう言ってハナコが私を諌める。けど、やっぱ帰りたい。ユキハラさんとはあんな事があったから気まずいってレベルじゃないし。
とは言えまだ充電完了まで数十分掛かる。どっちにしろ休んでるしかないみたい。私は渋々、ベッドに身を委ねる。
ハナコは窓の外の、もうすぐ陽が落ちそうな夕方の空に目を向けながら、話し始める。

「それにしても……世間は狭いもんやね。まさかあの子が、アンタのパートナーの助手になるなんて、びっくらこいたわ」

……え? まるでハナコは、ユキハラさんの事を知っているかのようだ。
ユキハラさんとハナコに接点とか全然見出せないんだけど……どういう事なんだろう。

「あたしのマスターのオッサンが、自分の夢の為にあたしを作って、それに愛想尽くした奥さんが娘を連れだして離婚した――――って話、したやろ。
 でな、その離婚した奥さんが連れ出した娘が、今はアンタのマスターの助手をやってる――――ユキハラ・テンマやんね」

私の口はぽっかりと、驚きのあまり開いていた。まさか、ハナコを作りだした開発者さんの子供が、ユキハラさんとは思いもしなかったからだ。
しかも、今までのハナコの話を思い出すと、ハナコのマスターはハナコを作る為に離婚して、家を出ていった奥さんの子供はユキハラさんという事に……。
という事はユキハラさんはハナコさんの関係は……うぅ、駄目だ。上手く話が繋がらない。混乱してる私を見て、ハナコがニヤニヤしながら言う。

「あの子、つかテンマ、確実にあんたのマスターと……あんたに迷惑、掛けてたと思う。どうせだれも聞いてへん。正直に言うてみ」

全部……見透かされてるみたいだ。敵わないな、この人には。
もうこうなったら誤魔化せない、けど口に出せば悪口になるのは明白だから、私は答える代りに、大きく頷いた。ハナコはやっぱりな、とケラケラ笑う。
けど、とハナコは最初に付け足して、言う。

「けど、テンマのそういう所、全部オッサン譲りというか、遺伝なんや。オッサンにとっての笑いは、あの子の場合は善意。
 他人の為に何が出来るか、どうすれば喜んでもらえるかを考えるんやけど、どこかピントがずれてて空回るんよ。あの子」

言われてみれば、彼女自身は本当に自分が何が出来るのかを、考えている様だった。そこには見返りだとか、そういうモノを求めている様子もない。
自分から野菜を切ろうと、自分からコップとフォークを運ぼうと、自分から掃除をしようと、それでクリスタルのだるまを渡してきた時も……。
その全てが可哀相な位、空回りしてた。けど、それでも彼女は、マキ……ううん、私達の為に、一生懸命だった。それに。

笑顔だ。ユキハラさんは失敗をして凹んでも、すぐに前向きな笑顔に戻る。けどそれは……。

「おっさんがどんなにギャグが滑っててもへこたれない様に、あの子にとっちゃ失敗した事を引きずるって事は、しちゃいけないんや。
 それにな、テンマって緊張する時挙動が変になるなろ? でもテンマは別に、大勢の前だとか、プレゼンテーションをする時には全然緊張はせん。
 尊敬してる人との初対面だったリ、信頼してる人に何か隠してる時には、緊張してまうんや。だからテンマは、そういう人達には嘘や隠し事がでけへん」

「もし、そうなる場面があるとしたらよっぽどの事やな。うーん……例えるならそう、誕生日のサプライズを、本人にだけ隠す時とか、な」

その時、頭の中でユキハラさんのあの様子が浮かんできた。拳を震わして、言葉を詰まらせながら私に秘密、と言った、ユキハラさんの表情。。
本当はユキハラさん自身が一番、苦しかったんじゃないかなと、思う。私にそうやって本当の事を、隠す事が。私は……そんなユキハラさんに……。

充電完了を知らせるブザーが鳴った。自動的に、後頭部に繋がれている充電器が外れる。
私はベッドから起き上がって、降りる。今は家に帰りたいとかは思わない。それより別の理由で、ここから離れたい。
……私、謝らなきゃいけない。私の勝手のせいで傷ついたあの子に、私は心から謝らないといけない。

「そういやアンタ、三年目のジンクスの意味調べたん?」
「……ごめん、頭からすっぽり抜けてた」

私がそう言うと、ハナコはワザとらしい大げさな溜息を付きながら頭を振ると、言う。

「ええか? よく聞いとき。3年目ってのは色んな意味で節目になる年でな。仕事のみならず恋愛やら人生において使われる言葉、それが三年目のジンクスや。。
 一年、二年目ときて三年目となると色々と安定してくるやろ? けど、その安定感にかまけてると勘違いや油断やらが出てきて失敗するかもしれへん。
 だから謙虚に、そして慎重に進んで行かないといかんよ、っつー言葉やねん。分かった?」

もしも……もしも私が、ハナコの言う通りにその言葉を前もって調べていたら、こんな事にはならなかったかもしれない。
私は勝手だった。マキと親しいって事だけで、ユキハラさんの事を勘違いして、嫌悪感を抱いて。ユキハラさん自身は私に、好意を持ってくれていたのに。
思い出した……嫉妬、嫉妬だ。私はユキハラさんに嫉妬、してた。勝手な嫉妬心を燃やして、ユキハラさんの事を敵視して……。

それでいて……マキの事も、疑っていた。マキは私の事を信じてた。信じてたからこそ、ユキハラさんの分のご飯を作って欲しいと頼んだんだ、私に。
私……どうすればいいんだろう。両手で顔を覆う。マキとの仲を悪くしたのはマキでも、ユキハラさんでも無い。私自身だったんだ。

「ハナコ、私……」

ハナコは何も言わずに、私の私物が入ったバックと、私服を渡して来た。
私も何も言わず、けど、ハナコに深く頷いてそれらを受け取る。更衣室で制服から私服に着替えて、私は外へと向かう。
ユキハラさんはロビーには来ていない。つまり……。


統合通信局を出た瞬間、私はばったりと、ユキハラさんと出会った。
私もユキハラさんも、第一声が思い浮かばずにその場で立ち尽くす。どう切り出せばいいんだろう。と、言うものの、ここはもう素直に謝るしかない。
勝手な思い込みで彼女を傷つけたのは、私の方だ。だから、私が先に切りだそう。覚悟を決め、私は頭を下げながら――――。

「ごめんなさい、ユキハラさん」
「ご、ごご、ごめんなさい!」

何故か、ユキハラさんが私に謝って来た。悪いのは殆ど私なのに、何でだろう。
そう思っていると、緊張を押える様に息を吸ったり、吐いたりしながら、ユキハラさんが私の目をしっかりと見ながら、口火を切る。

「私……私、昔から人の役に立つ事をしようと考えると、後先考えずに行動しちゃう……そんな、悪い癖があるんです。
 それで私、ティマさんが喜んでくれる事をしようって考えてみたけど、実際は……」

「実際は……大事な彫像を割ったり、部屋を汚したり……センスの悪い置き物を送ったりで……ティマさんの迷惑になる事、ばっかりで……」

それからユキハラさんは、深く頭を下げて、言う。その声には、誠意とか、素直さを、ひしひしと感じる。

「本当に、ごめんなさい! ティマさんの役に立つ所か、私は」


「もう、良いよ」

私は、そう一言。ユキハラさんの謝罪を止めさせる。

「顔、上げてくれる?」

私のその言葉に、ユキハラさんが恐る恐る、顔を上げた。その表情はどんよりと曇っていて、明るさが微塵も無かった。
――――こんな顔、ユキハラさんらしくない。私はユキハラさんの両手を温める様に握って、言う。

「正直に言わせてもらうと、ホントに迷惑だった。手間も時間も掛かっちゃったし……だけどね、ユキハラさん。
 そういう貴方の行動は全部、私とマキを思っての事だって分かったの。貴方の思いやり、優しさ――――そういう、善意なんだって」

私がそういうと、ユキハラさんは俯いて、泣きそうになっている。私は、言葉を紡げる。

「だけど私は、貴方のその善意を無下にしていた。心の奥底で、貴方の事を侮蔑していた。貴方がどんな人なのかを、全く理解しないで。
 ごめんなさい。謝るべきなのは、私の方。ごめんなさい、ユキハラさん」 

どこか浮ついてると思う。けど、これが今の私の、精一杯のユキハラさんへの謝罪だった。
許してくれなくても、構わないと思う。私はユキハラさんにそれほど、酷い事をしたのだから。そう思っていると、ユキハラさんは首をブンブンと横に振って、言う。

「ティマさんは全然悪くないです。元は言えば、私が勝手にした事で……私、何でもします。ですから……」

……本当はこの子、弱い子なんだな、と思う。あの底抜けみたいな明るさは、こういう所が表に出ない様に、必死に堪えてるんだと思う。
涙をほろり、ほろりと流しながら、泣きじゃくっているユキハラさんの手を、私はさっきよりも強く、包み込む様に握ってあげる。
こういう時にユキハラさんが聞きたい言葉……よし、これにしよう。

「何でもしてくれるのね? だったら……」

私はユキハラさんの目を見つめながら、言う。

「今度――――私と一緒に、カレー作ってくれる? 野菜の切り方とか教えてあげるから、美味しいカレー、作ろう」

私はそうして――――ユキハラさんに、笑い掛ける。何だか偉く久しぶりな気がする、心の底からの、笑顔で。
ユキハラさんは私の顔を見上げていたけど、やがて涙をほろほろと流しながら、裏表の無い、太陽みたいな元気一杯の笑顔で、答える。

「はい!」

「それで、教えてくれるかな。貴方とマキが私に隠してた、秘密の事」

私がそう聞くと、ユキハラさんはこくん、と頷いて私に言った。

「ついてきて下さい」

何だろう? と思いつつ、私はユキハラさんが歩いていく後をついていく。何故か家とは逆方向を、ユキハラさんは歩いていく。
どこに向かっているんだろうと首を捻っていると、ユキハラさんが立ち止まった。そして履いているスカートのポケットから何かを取り出すと、振り返って私の手に握らせた。

……鍵? それも、家とかの鍵じゃなくて、車に乗る時の鍵。持ち手の部分にボタンがある。
ユキハラさんは不思議そうに鍵を見つめている私に、言った。

「そのボタン、押してみてください」

ユキハラさんに言われるがまま、私は鍵に付いているボタンをぽちっと押してみた。すると遠方からこっちに向かって何かが向かってくる。
遠く、小さく見えていたそれが段々近く、大きく見え……てきた。……自動車? でも、只の自動車じゃない。

その全貌が見えた途端、私は思わず、息を飲んだ。
私達の前に姿を現したその自動車は――――忘れもしない、ずっと昔にマキが乗っていた、あの自動車だった。
私を図書館と公園、それに動物園に……色々な所に連れていってくれて、そして私達を最後まで守って、大破した、あの自動車だった。

どうしてあの自動車が……? と思っていると、自動車に目を向けながら、ユキハラさんがちょっぴり自慢げな様子で話しだした。

「前々から、色々あって壊れちゃった昔の愛車を復元したいってマキさん、思っていたらしいんですよ。
 それで学生時代から友達っていう、自動車会社の人が面白い企画だなって事で協力してくれて進めてたんですけど、思う様にいかずに難航してたらしいんです。
 で、私、その話をマキさんから聞いて是非とも携わってみたいなと思って。丁度、私の実力をマキさんに見せるのにも丁度良いかなって」

マキがそんな事を考えてたなんて全然知らなかった。ちょっとだけ、ショック。

「既に生産が終了してたり、今の規格じゃ使用できないパーツがあったり、色々苦労したんです。
 けど、当時の図面を何度も確かめたり、自動車雑誌を調べたりして、出来るだけマキさんの当時の記憶を再現出来る様に頑張ったんです」

ユキハラさんの口調が大分元気に、元の調子に戻ってきた。やっぱり、こういう事を話してるとテンションが上がるみたい。

「それに、マキさんからティマさんとの思い出を聞く度に私思うんです。絶対に、復元してやるって
 ティマさんと出会って、それでティマさんと色んな困難を乗り越えて……ホントに二人の絆って凄いなって」

何だか……妙に気恥かしい。つかマキ、どこまで話したんだろう。アールスティック社に関する部分とか……まぁ、あの人はそういううっかりはしないから大丈夫だとは思うが。

車に近づいてみる。こうして見ると、あの当時の記憶、そのまんまだ。形状も色も、それに……雰囲気も。
中を覗いてみると、仲のシートやハンドルまで、出来る限りまで復元されている事に気づく。凄い……あの時完全に大破したのに、綺麗に修理されてるみたい。
まるであの時のマキの愛車がそのまんま、三年後にタイムスリップしてきたかのようにある。

「一週間位、工場の人を説得したり、パーツを集める為に出かけたりしてどうにか形に出来る位、素材が集まって。
 それで三日間、工場に籠ってマキさんと自動車会社の人と一緒に、この子の復元作業に付きっきりになってしました。それでマキさんから完成するまで」
「秘密に……と?」
「はい。ティマさんにずっと隠してたのは、完成した姿を見せて、驚かせたかったからって」

じゃあ……あの一週間と三日は、マキもユキハラさんも、この車を復元する為にずっと、頑張ってたって……事、なんだ。


「マキさん、私にいつも言ってました」

「ティマに秘密を作るなんて、私は最低な男だ。だけど、この車が完成するまでは、ティマには秘密にしていよう。
 それでティマを驚かして――――笑顔にさせたい、喜ばしたい、って」



私の意思とは関係無く、私の手は、私の口元を、覆っていた。言葉が、出てこない。
マキ、ごめんなさい。私……少しでも、マキの事を疑った事、凄く、謝りたい。ううん、謝ろう。それで……。

「目的地は設定されてます。自動運転なので、待ってるだけで勝手に着きますよ。
 あ、それとあくまで出来る限り復元したって事なんで、ナンバープレートもついてるしその他違反パーツとか使ってません、ので、警察の心配はないですよ」

そ、そうなんだ。正直改造車じゃないかと思ってたけど、自動車会社の人が協力してるし、そんな事無いよね、うん。
ユキハラさんが助手席を開いて私を引き入れる。私は頷いて、乗り込む。

ユキハラさんが隣の運転席に座って、ナビゲーションシステムとか色々調整して、実行する。
シートの感触も、覚えている限りの感触だ。流石に、マキが当時飾ってたキーホルダーとかまでは再現できてないけど、これだけ復元されてればもう十分。
エンジンが音を鳴らし始めて、再び車が走り出す。……って。

「テンマちゃん、運転免許持ってるの?」
「私、こういう外見ですけど、実は二十歳、過ぎてるんですよ? 今年で二十一歳になります」

……え? 私は思わず驚きのあまり、テンマちゃんを呆然と見つめてしまった。二十歳過ぎてるとは、ぶっちゃけ全然思えない。

「だからこうやって車を持ってこれた訳で。というか皆私の事、中学生みたいな感じで見てますけどすっごい憤慨です」

と、頬を膨らまして怒っているテンマちゃんは、どう見ても中学生くらいの女の子にしか見えない。
しかし考えてみれば専修学校は高校の上、大学と同じ様な物だから、二十歳を過ぎていても全く不思議じゃない。

「この車を弄るのは無茶苦茶面白かったです。全然アンドロイドというか、ロボットとは仕様が違うから最初は戸惑ったけど……。
 同じ機械だからやれない事もないなって思ったら、凄く面白くなってきて」

全然どころか全く違うと思うけど、それでもユキハラさんはこうして、マキの愛車を想像以上に復元させて見せた。
マキが言ってた、ユキハラさんは機械弄りに関しては天才って意味が何となく、分かった気がする。

「それに私、マキさんが言った言葉に凄く、感銘を受けまして」
「どんな言葉?」

「修理士にとって、物を直す事だけが本質じゃない。
 その人にとって大切な物に纏わる――――大切な思い出を取り返す事が、修理士の本質だって」

「って、マキさん、そう言ってました」

あの人……そんな事、ユキハラさんに教えてたんだ。何か……惚れ直しそう。

「ティマさんとマキさんにとってこの車が、マキさんがいう思い出なんですよね。きっと」
「……うん」
「あっちでマキさん、待ってますよ」

「あ、後ティマさんってアンドロイドなんですね。今更知って地味にビックリしてます」
「……私の事、人だと思ってたの?」
「はい、さっきハナコさんから連絡頂くまでは。それで……大丈夫なんですか? その、お体は」
「貧血みたいなモノだから大丈夫。それよりユキハラさん……ううん、ユキハラさんって呼びにくいから、テンマちゃんって呼んで良い?」
「良いですよ。じゃあ私はティマさんの事、お姉ちゃんって呼んで良いですか? 私にとってマキさんって……お兄ちゃん、みたいだから」
「え? う、うん……」

車は1時間位、街中や山道を走りながら、やがて目的地にたどり着いた。

すっかり陽は落ちていて、星空が広がっていた。寄せては返す、波の音。ここは……海、なのかな。
車は砂浜の真ん中までゆっくりと動いていき、やがて止まった。この海……記憶を思い起こしていくと、この海は……。

「それじゃ私はここまでです。マキさんが来るので、待っていて下さい」

そう言ってテンマちゃんは私にウインクをすると、運転席から出ていった。
車内には、私一人ポツンと。誰もいない夜の海に、聞こえてくるのは小波の音だけ。寂しい。
マキが来るまで少し休んでようかな。私は目を閉じてスリープモードに入り、シートを倒して身を預けた。


「ティマ」

「起きてくれ、ティマ」

私はうっすらと、瞳を開ける。あの人の顔が、ぼんやりと滲んで、見える。


「随分寂しい思いをさせてしまったね。すまない」
「キス」
「ん?」
「ごめんなさいのキス、して」

私の我儘を、あの人は聞き入れる。あの人の唇が、私の唇に触れる。あったかくて、やわらかくて、やさしい、感触。
あの人が唇を離した。私は起き上がりながら、あの人の背中に腕を回して、胸に顔を埋める。
心臓の音が、子守歌みたいに、聞こえる。

「ごめんなさい、マキ。私、マキと……テンマちゃんの事、誤解してた」
「いや、君にそうさせたのは、私が君を寂しくさせたからだ。ごめん、ティマ」
「ううん。私が……」

あの人の腕が、私の背中に回って、私を抱き寄せる。狭い車内の中で、私とあの人は、一つになる様に密着する。

「あの子は、君が思うほど弱い子じゃないさ。心配しなくても大丈夫だよ」
「でも……」
「私の弟子になる子だ。強いよ、彼女は。それよりもさ、ティマ」

「今日は何の日なのか、覚えてるかい?」


「何の……日? えっと……」


「私が君を、妻と認めた日だ」

「……そっか、あの日、だったんだ」

「ティマ、私は改めて、君に言うよ」


「私と結婚してくれ、ティマ。これからも私の妻として、私と共に、生き続けてくれ。この命が、ある限り」

そう言ってマキは、私に光る何か――――指輪を、私の指に優しく、嵌めた。

「あの日、君に渡せなかった指輪を――――受け取ってくれ、ティマ」

……視界が急に歪んできて、滲んできて、私はマキの顔が、まともに見れない。
嬉しい、嬉しい。けど、苦しい。苦しくて、切なくて、息が詰まりそう。

私は詰まる息を押え、ながら、マキに、言う。


「お願い、マキ……」

「ぎゅっと、抱きしめて」



「愛してる、ティマ」
「私も、大好き、シゲル」

――――――――――――――――――――-



二人が愛し合っている車を遠く見つめながら、テンマは懐から電子タバコを取り出して一本取り出し、一服する。
と、後ろから誰かに肩を叩かれた。電子タバコを咥えながら、テンマは振り向き、笑う。

「あれ、ハナコ姉さん。来るなら連絡してくれればいいのに」
「丁度仕事終わったし、面白そうやと思ってあんたとティマの後、つけさせて貰ってたんや。んでんで、あの二人の会話は撮ってあるんか?」
「そんな趣味の悪い事する訳ないじゃないですか。姉さんじゃあるまいし」
「やかましいわ」

そう言って二人は笑う。こうしていると、容姿はまるで違うがまるで姉妹の様に感じる。
あ、そうそうこれをあんたに渡さにゃ、とハナコがテンマに何かを手渡した。

「何ですか?」
「オッサン、つかアンタの親父からのプレゼント。新型電子タバコのカートリッジや。害はないけど中毒なるからあんま吸いすぎんなよ。ま、もう遅いけど」
「ありがとうございます。何時か暇になったら会いに行きますよ」

「つーか、ホンマもんの煙草、吸わないんか?」
「吸いませんよ。ヤンチャしてた頃とは違うんですから」
「おーおー言うねえ。ま、電子なだけマシか」

そうだ、姉さんこんな話知ってます? と、テンマは電子タバコを口から離して、その話とやらを語り始める。

「私、あの二人を見てると修理士の間で流行ってる、ある都市伝説を思い出すんです」
「なんや?」
「ピノキオ・ガ―ルって都市伝説なんですけど、ゴミ捨て場で捨てられた女の子のアンドロイドってのがいるんですよ」

「そのアンドロイドが、修理士の男の人に拾われて、修理されるんです。それでその男の人が、アンドロイドと暮らしていく内に愛情を持ち始めて。
 アンドロイドの方も、男の人に対する愛が芽生えてきて、やがてアンドロイドは人間に」
「かー馬鹿馬鹿しい! そんなへったくそな都市伝説どこのアホが考えたんや。大体ピノキオのモチーフをそのまんま持ってきててオリジナリティの欠片もあらへん」
「でもロマンティックで素敵じゃないですか―」

テンマの話を一蹴してハナコは笑いながら、車の中にいる二人に目を向ける。
しかし考えてみればあれほどティマを、アンドロイドを愛しているマスターと言うのも、あんまり居ない気がする。
と、同時に、あれほどマスターに尽くすアンドロイドというのも……。……まさか。いや、まさかな。

「あー、私もあんな風に誰かに愛されたいですよー。ハナコ姉さん、誰か良い人居ませんか?」
「アンドロイドならええのがいるで」
「私そういう趣味は無いんで―」

テンマの返答に笑いながら、ハナコはもう一度二人に目を向けて、小さく呟く。




「……まさかね」








end


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