創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

<君と刻んでいく 物語>

最終更新:

irisjoker

- view
だれでも歓迎! 編集
海も空も青く、どこまでも澄みきっていて、風は優しく穏やかに私の頬をくすぐる。空に輝く太陽は元気に、私達が居るクルーザーを眩しく照らしている。
私は空を見上げる。遠く遠く、このまま宇宙まで見えるんじゃないかって位、空は綺麗な青色を描いている。
というか空を見ていないと精神衛生上、危ない。

甲板の先端、白く塗装された鉄製の縁に寄りかかり、純白に青い水玉模様がワンポイントなワンピース。
頭をすっぽりと隠す程の、大きな麦わら帽子を風で飛ばない様に両手で押さえ、海を見ていた彼女が、私の方に振り返る。
太陽をバックに、白く透き通った繊細な肌が印象的な彼女は、柔和な微笑みを浮かべて心配そうに、私に言った。

「酔ってない? マキ」

……あぁ、乗り込む前に色んな酔い止め薬を大量に摂取……。
駄目だ、視線を下げるとクルーザーの酔いを感じてしまい、胃から何かが昇って来てしまう。
空を見ている間は船揺れを忘れていられるが、やはり激しく波打つ海を見ていると……駄目だ。何か生理的に、駄目だ。

一年以上の月日が経ったにも関わらず、やはり私はクルーザーが苦手である。むしろ前よりも苦手意識が強くなっているかもしれない。
忘れもしない、ティマと逃げていた時の強制カーチェイスのせいで、私は激しく動く乗り物に対して強固な苦手意識を持ってしまった。
アールスティック社に精神的後遺症で訴訟を起こしたい気分だが、もうアレらと関わりたくは無い。というかティマが戻ってきた手前、関わる理由も無い。

どうにか酔わない様に気を引き締めて正面に目を向けると、目的地である小さな島――――夏風島が、前に来た時と全く変わらない姿を見せてくれた。
あの島で、私達は互いの関係を一歩前進させた。決して忘れる事が出来ない思い出が、あの島にはある。
あの日と同じくフェリーでは無く、船酔い覚悟で同じ会社の往復クルーザーを選んだのも、その一端だ。
データフォンを取り出し、財布機能を引き出す。海を楽しんでいるティマには悪いが、パパッと払ってパパッと降りたい。これ以上居るとホントに吐いてしまいそうだ……。


それにしてもティマの横顔を見ていてふと、思う。
あの夏の日、無邪気に海を眺めては幼い笑みを見せていた君が、今では落ち着き払い、大人っぽい微笑を浮かべて海を眺めている。
ティマ、君は成長して、一人の人間になったんだ。そう、少女が女性への階段を昇って行くのと同じく……。

世界の事を何も知らなかったアンドロイドから、感情を教わり、そして世界の事を知った、一人の人間――――大人の、女性として。



                             君と刻んでいく 物語



操縦士にデータフォンを経由して代金を支払い、私は先にクルーザーのタラップから降りて港に着く。
心地の良い爽やかな風と共に、コンクリートのじわっとした暑さに私の額が汗ばむ。
降りてくるティマの手を軽く握って、丁寧にエスコートする。
風に靡く金色の髪と、白いワンピースと麦わら帽子に身を包んだティマの姿は、何処かの令嬢みたいだ。

私の手を掴んで降りたティマは、くるりと体をクルーザーの方に向けると、操縦士に小さく頭を下げた。
操縦士はティマの会釈に微かに笑うとクルーザーを反転させて帰っていった。

「それじゃあ行こうか、ティマ」
「うん、マキ」

そう言って、ティマは私の手を握った。
何だか学生みたいで、私は気恥ずかしく感じるが、ティマの綻んでいる嬉しそうな顔を見て無粋だなと思い、その考えを打ち消す。
それにしても……照りつける太陽の元、豊かで無遠慮な程に繁えている自然に、夏の訪れを感じる潮の匂い、住人達の活気。

私達が大きく変化していても、この島は何一つ、変わっていない。何時でも変わらぬ空気と安心感が、この島が観光名所たる所以だと思う。
ティマといえば、時折挨拶してくる人々に笑顔で挨拶を返したり、呑気に欠伸をしている野良猫の頭を、しゃがんで優しく撫でたりと動作の一つ一つに歓喜しているのを感じる。
これほど感情豊かに、表情豊かに自分を表現できるほど、ティマは内面も外見も、人間に近づいている。

「子供達、楽しそうだね」

路地裏の道路で缶ジュースを飲みながら談笑し、はしゃいでいる子供達を見てティマがそう呟いた。

そう言えば……この前の母の日の事で結局、私達は子犬を、というかアトムは買わなかった、否、買えなかった。
私達は動物を飼う事に夢中になりすぎていて、今住んでいる場所は動物を飼えないという事をすっかり忘れていたのだ。
その時のティマは至極残念そうだったが、決まりじゃ仕方無いよねと、苦笑いして諦めた。ティマ本人も、浮かれていたからしょうがないと。
もしも昔のティマだったら……と思う。泣く事は出来ないけど、それに近い状態で凄く落ち込むんじゃないかなと。この辺でも、私は彼女が成長してるんだなとひしひし思う。

「私も前は、あの子達みたいだったのかな」
「外見はともかく、性格は君はもう少し落ち着いてたと思う。ただ、ちょっとだけ……」
「ちょっとだけ、何?」

ティマが興味深々といった感じで、上目遣いに私の顔を覗きこむ。ティマ自身は無意識の行動なんだろうが、こう言う仕草に私は一々年甲斐も無くドキッとしてしまう。
上手く言葉が出てこない。何か上手い事を言おうとしていたが、彼女がこういう動作を取る時、大体浮かんだ言葉は空気の中に消えてしまう。
ティマ自身はあくまで自然体なんだろうが、日に日に人間らしくなっていく彼女の進化に、私は感嘆せざるおえない。

「マキ……?」
「すまない、ちょっと考え事を……そうだ、ティマ。写真を撮ろうか」

私はそう言って彼女から手を優しく離して、掲げているバックを開け、古ぼけてはいるが頼れる、数十年来の相棒であるカメラを取り出す。
あの夏の日、私は一枚も写真を撮っていない故、今回撮れるだけ写真を撮るつもりだ。と言っても意識してないと忘れてしまいそうだが。
ティマは私に言葉をはぐらかされ、不満げに小さく頬を膨らました。が、直ぐに笑顔になると麦わら帽子を両手でちょこんと掴んで、カメラの前に立った。
ワンピースの上からでも分かる、すらりとしたボディラインと、太陽にも負けない、満面の笑顔。ティマ、美しいよ、ティマ。

写真を一枚撮り、私達はこの島にある唯一のホテルへと向かう、道路に伸びている私達の影法師が重なって、一緒に寄り添っている様に見える。
ティマの横顔を見ると、何を考えているんだろうと探りたくなる。どんな事を今考え、そしてどんな思いを抱いているのかな。
――――気のせいだろうか、ティマの顔が曇った様に見えた。何か悩みごとでもあるのだろうか。心に若干のもやもやを残しながらも、私は歩く。

長い坂道をヒィヒィ言いながら……まぁ私だけだが、数十分ほど歩き、ホテルに着いた。ドアが開くと島と同じく、内装も何もかも何一つ変わっていない。
ロビーを見ると、あの夏の日、担当していたフロントの女性はいない様だ。阿呆らしいとは思うが少しばかりホッとする。
あの女性が当時、ティマの妻です発言を聞いた時の全く笑っていない目元は軽くトラウマになっている。まぁ、今のティマなら大丈夫だろうが。

「マキ・シゲル様ですね。ご確認しました。それでは同伴者のクラスカテゴリーをお教え下さい」

「えっと妻……いえ、ごめんなさい、ファミリーです」

私が答えるよりもずっと早く、ティマがそう、フロントの女性に答えた。女性はえ? と聞き返したが、特に言及せずにそのまま手続きを済ましてくれた。
……一瞬心臓が止まった気がした。ティマを見ると、そんなドキリとした私から体を背けている。肩が震えてるのを見ると……笑っている?
この子、少し成長しすぎてないか? それも芳しくない方向に……と、いかんいかん。ティマを疑ってどうする。気のせいだ、気のせい。
ティマはフロントの女性からカードキーを受け取ると、早く部屋に入りたいのか早足になった。こういう所は、まだまだ子供だな。

「凄い……」

カードキーを通して部屋に入った途端、ティマが感嘆の息を漏らした。部屋は海側に面していて、大きな窓ガラスにはパノラマみたいな大海原が広がっていた。
ティマは窓ガラスに駆け寄ると、身を乗り出して海を見つめている。こういう嬉しそうな表情を見ると、ホントに連れてきてよかったと思う。
そうだ、今の一瞬もカメラに捉えよう。そう思い、仕舞っていたカメラを取り出そうとした時、こちらを振り返ったティマが、私に声を掛けた。

「マキ、来て」
「ん?」

呼ばれて行かない理由は何一つ無い。私はカメラを置き、すぐさまティマの元へと近寄る。ティマは両手を後ろに回して、私の前に立つ。

「何だい、ティマ?」
私がそう聞くと、ティマは何も言わずに目を閉じると、私を見上げて唇をちょっとだけ突き出した。……ムム?
ティマは一体、何を伝えたいのだろう。私はわざと疑問に思っている振りをして、ティマを見つめる。
しばらく眺めていると、ティマは自分では怒っているんだろうが、可愛らしい目で私を見上げたまま、小さく呟いた。

「……意地悪」

分かってはいる。君が何をしたいかは分かってはいるが、どうもこうやって君が豊かな表情を見せてくれると意地悪して見たくなるんだ。
私は苦笑しながらティマの額にごめんとキスをする。ティマは頬を膨らましていたが、溜息を吐いて呆れてはいるが嬉しそうに良いよと言ってくれた。
さて……この島に来たという事は、目的は只一つ。私は早速、その目的を成す目的地の名を、ティマに告げた。

「それじゃあ海に行こうか、ティマ」
「うん」



ホテルから出て、私達は海へと歩く。ホテルへと行く上りは苦労したが、海に行く下りは坂道だから幾分楽だ。どうせ帰りで疲れるのだが……。
海へと向かう間、ティマも私も何も話さない。けれど、手を強く固く繋ぎ合って、お互いの体温と、存在を認識しあう。
こうしていると、私はティマが近くに居るってと、ティマの心を感じる事が出来る。そしてティマに手を結んで貰う事で、私自身の存在を感じれる。

海に着いた。砂浜に散らばっている流木と漂着物と、光が反射して眩い輝きを見せる海の対比は、まるで絵画の中みたいだ。そして青空と合わせる様な蒼い海。
あの夏と、何も変わってない。私達は靴を脱ぎ、砂浜を直に感じる。じゃりじゃりとした音が、夏が歩いてくる足音みたいだ。
幸福な事に私達の他に観光客は数人しかいない。まだ夏は愚か雨季にも入っていない5月だからだが、この季節に来てよかったと思う。熱くも無く寒くも無く涼しいし。

ティマは砂浜と海の境界線へと近づいた。ワンピースを濡れない様に両手で掴み上げて、ピシャピシャと水を蹴り上げては、楽しそうに笑う。
顔こそは大人の女性だが、そうやって海と戯れるティマはまだ、少女の面影がある。外見と内面のアンバランスさに、私はこう……上手く言えないが、素敵な気分になる。
残念ながら水着は持ってきていないが、それでもティマは海を堪能している様だ。海の綺麗さ、冷たさ、その魅力を十二分に味わっている。

「マキもこっち来て遊ぼうよ」

ティマが私にそう言って、砂浜を走りだした。私もズボンの裾を上げて、逃げるティマを追いかける。
私から逃げるティマは、明るく活発な笑顔と笑い声を見せてくれる。昔の彼女ではこんな顔も声も出来なかっただろうな。
というか砂浜で追いかけっこなんて一体どこの青春ドラマだと自嘲しながらも、私はティマに追い付く。

私はティマを押える為に右腕を掴んだ、瞬間。ティマは私が掴んでいる手というか腕を引いた。バランスを崩し、私達は砂浜に倒れる。

「掴まえた……って、え?」

ティマの上に覆い被さる様に、私は砂浜に四つん這いに倒れた。下でティマが、私の事を切なげな眼でじっと、見つめている。
私の鼓動が徐々に早くなっていく。ティマのこんな艶っぽい表情を見るのは、久しぶりだ。

「……ティマ、ワザと倒れたな」
「……だってさっき、キスしてくれなかったから」


そう言ってティマは私の頬に触れると、手を上げて私の髪を掻き上げた。その潤んだ目と唇に、私は吸い込まれる様にティマの唇に自分の唇を重ねた。
ティマは何も言わず、私の抱擁と接吻を受け止める。この熱さは砂浜でも太陽では無く、ティマの体温だと、思う。
聞こえてくるのは、海の穏便な小波の音と、ティマの息遣い。
多分誰も見ていないとは思うが……冷静に我に帰ると今のシチュエーションは、かなり恥ずかしい。

唇を離して呼吸を整え、私はティマに聞いた。

「何処で……こういう事を学んだ?」
「図書館で……借りた小説。何か素敵だなって」
「……悪い子だな、君は」

そう言って私は起き上がり、ティマの手を掴んで起き上がらせる。にしてもティマ……背中が砂だらけじゃないか。
一応着替えはあるが……そういや出発前夜を思い出すと、ティマは何故か余分に自分の分と私の分を一着ずつ、着替えを入れていた気がする。
その時はどうしてそんな事を? と不思議に思っていたが……ははぁ、なるほど。

そうか、それはこういう事か。ホントにこの子、成長しすぎじゃないか? さっき抱いていた一抹の不安が一抹じゃないんじゃないかと思い始める。
ティマは私の自分でも阿呆だと思う不安などどこ吹く風で、軽い足取りで歩きだす。その一瞬の横顔に、私はティマが計算高い笑みが浮かべた様な気がして不安でしょうがない。

砂だらけの私達は、従業員やお客さんに不思議というか怪訝というか結構痛い視線を感じながらも部屋に戻った。
私達の仲はとても絆が強いと自信を持てるが、流石に着替える場所は違うというか別々だ。私はベッドの方で着替え、ティマはバスルールで着替える。
にしてもロビーにしても砂浜にしても、ティマは私の事を試しているようでならない。こう、私の男としての判断を。
固く固く胸に誓っていた、絶対に超えない様にしていた境界線を、かるーく超えてしまいそうで凄く怖い。ティマの行動はその境界線でおっとっとと爪先立ちしてる様なものだ。。

「ごめん、マキ。ちょっと良い?」

ん? とティマが声を掛けてきて振り向く……と、鼻の神経が一本、プチンと切れた音がした。
ティマは壁際から恥ずかしそうに下着姿で、私を覗いている。隠れているとはいえ、私の目にはティマの柔らかいクリーム色の下着が見える。
今さっき考えてたのに遥かに予想を超えるティマのその行動に、私は驚きのあまり少々鼻血を出してしまった。情けなさすぎる故、直ぐに掌で拭う。

「間違えてパジャマ持って来ちゃった……バックから予備の服、出してくれる?」

恥ずかしそうに頬を染めて(いる様に見える)俯くその表情と相まって、今のティマは私の理性を激しくサンドバックにする。
もう何というかKOして今すぐ……いや駄目だ、それは絶対に駄目だ! 自分自身で固く誓ったじゃないか、このバカタレめ。
とはいえ下着姿で恥ずかしそうにするティマ、これは……私は両頬を強く叩いて理性を正し、バッグからガサゴソと予備の服を取り出して、なるべく見ない様に下を向いて手渡す。

「ありがと、マキ」

と手を差し伸ばして受け取る、ティマ。その時の横顔は……笑って、いた? 恥ずかしがりそうにしておきながらも、ティマの口の端々は上がっていた様に見えた。
敢えて間違った使い方をするが、ティマは確信犯で私を困らしている様に感じる。それも相当、擦れ擦れを行くラインを。
もしかしたらティマは自分から、その境界を超えようとしているのか? ……いかん、いかんいかん。それだけはいかん!
私は如何するべきだ? ここは夫では無く父親としてティマを注意するべきか? いや、だがティマは今正に進化しているんだ。それを阻む様な……。


「お待たせ、マキ。……まだ着替えてないの?」

ティマに言われてハッとする。ティマは既に予備の服である上は明色のワイシャツに下はジーンズとカジュアルな服装に着替え終わっているが、私はまだ下着のままだ。
ついつい考え事をしていて着替える事を忘れていた。ティマは後ろを向いていてくれるが、どんな表情を浮かべているかが想像できない。怖くて。
着替え終わって、遅めの昼食を取る為にティマと共に下に降りる。ティマは食事は出来ないが、一応同伴は認められている。

南国料理専門店なる、良く分からないがトロピカルなイメージの店に入り、特に食欲がある訳ではないが肉料理を頼む。
向かいにはティマが座っており、メニューを読んでいる。生憎食べる事は出来ないが、ティマ自身は勉強として知識を得る為に、読んでいるのだろう。
ティマはメニューを一通り読み終わって仕舞うと、運ばれてきた料理を食べている私に聞いてきた。

「ねぇねえ、マキ。ずっと前……私達が出会って間もない頃に言った事なんだけど」
「うん、何だい?」
「私、何で人間って食事なんて物を取らなきゃいけないの? って聞いたと思う。時間と効率の無駄だって」
「うむ……思い返すと、確かにそう言ってた……気がする」

ティマは髪の毛を指に絡ませながら、言葉を紡ぐ。その時のティマの目は、今までに無い位、知的で、何故だか冷たく感じる。

「けれどね、マキ。私、マキと一緒に暮らしていく中で分かったの。
 私……私を含むアンドロイドは、食事という手段が必要無くなって、エネルギーの効率を良くした代わりに、決して得る事が出来ない物があるんだって事に」

私は黙って、ティマの考えを聞く。ティマは私から目を逸らさず、まっすぐに見据えたまま、言った。

「それは……五感であり、感情であり、魂。私達は、食事という手段で得られる……なんて言えば良いんだろう、幸福感とか、充実感を感じ取れないんだよね。
 だから……私が私として話している、今の私は……あくまで今まで積み重なったデータが作りだしている、プログラムに過ぎない」

違う、ティマの目に映るのは冷たさじゃなくて、悲しみ。ティマは自分自信について考え、答えの出ない、出しようの無い疑問にぶつかっている。
自分がアンドロイドである事を自覚し、だからこそ人間との違いを考え、自分のアイデンティティについて、ティマは苦悩しているんだ。
自分はアンドロイドで人間じゃない。けれど人間みたいになりたい。その二律の板挟みで、ティマは……。

「マキ……私ね? 叶わないと思ってはいる。いるけど、人間になりたいってずっと思ってる。
 人間になればもっとマキと深く愛し合えて……喜びとか、悲しみとかを共有できるから」

「だけどそれは……夢。私はアンドロイドで、それ以外にはなれない。なまじ理解してるから、私は……私……」

「ティマ、手を出して」

私の言葉にキョトンと、ティマはテーブルの上に手を置く。私は自分の手を、そのティマの手に重ねた。
ティマが私を真っ直ぐ見詰めてくれたように、私もティマを正面からまっすぐ、見返す。そして、言う。

「ティマ、確かに君はアンドロイドだ。君を成型しているのは、幾多のメモリーとデータによって構築されている、プログラムの一種だろう」

ティマの目の瞳孔が大きくなる。辛い。辛いけど、私は君の。

「だけどティマ、そんな事はどうでもいいんだ。そんな事実は、これから生きていく上で何の意味も持たない
 君は私の妻であり、大事な存在、ただそれだけで良いんだ。もし君が悩んで、苦しんで、悲しくなるなら、私を遠慮無く頼ってくれ。私は、君の為に」

ティマが私の手を掴んだ。細く冷たく、小さいその手には、しっかりとした意思があり、そして感情があった。ティマ、君は決して冷たい機械なんかじゃない。
自分自身を確立し、自分自身の人生を歩む、一人の人間、それで、良いんだ。

「なら……これからもずっと、私と一緒に居てね、マキ。これからもずっと……手を、繋いでいて」
「約束するよ。さ、小指を出して」

私達は誓いを立てる。嘘を付いたら針を千本飲ます。けど私達の間で嘘は無い。あったとして、エイプリルフールの、愉快な嘘だけだ。
小指を結んでいる時のティマの顔は、朗らかで幸せに満ちていた。だけどやっぱり、ティマの目は何処か、悲しみの色が映っている。ティマ……。
レストランから出ると、既に日は暮れていて窓の外は大分暗くなっていた。と、ティマが腕を組んできた。
そしてそそそと、体を寄せてくる。豊かではないが綺麗な二つの膨らみが腕に当たって、私の頭は軽く沸騰する。

「こうしてると恋人みたいだね、マキ」
「恋人じゃなくて夫婦だ、ティマ」

私の取るに足らない突っ込みに、ティマはくすくすと、悪戯っぽく笑った。
そうだ……確かこのホテルには開放されている屋上があって、晴れた日には夜空が見えるんだったな。
この島は空気が澄んでいて都会のごちゃごちゃしたモノが無いから、それは素晴らしいモノが見えるんだろうな。

そう思っていると、何故かティマは腕を解き、私の掌を握った。そしてニコッと笑って、私に言った。

「星、見に行こうよ」


屋上に通じるエレベーターを昇り、屋上に着いた私達を出迎えたのは、暗い夜空を輝きで彩る、無数の煌めいた星達だった。
一つ一つの星が大きかったり小さかったりしながらも、しっかりと輝いて夜空を美しく彩っている。
ティマの目はその星達に負けないくらいにキラキラと輝く。夜空を見上げながら、両手を広げてティマはワルツを踊る様にクルクルと回って、呟いた。

「綺麗……凄いよ、マキ。凄い凄い!」

その言葉と表情を見て聞くだけで、私は嬉しいよ、ティマ。
そう言えば一緒に世界を周っていた時にも色々な夜空を見てきたが、ここまで綺麗な夜空は初めてだ。プラネタリウム以上だと思う。
ティマはしばらく夜空を見上げていると、顔を俯かせて、私に背を向けたまま、口を開いた。

「――――マキ」

「ん?」

「もし……もし、何時かマキと離れ離れになっても、私は――――」

私の体は私の意志よりも早く歩きだし、ティマの背中を抱きしめた。ティマの鼓動を、感じる。

「言ったじゃないか、ティマ」

「私はずっと、君を離さない。例え何が起きても――――私は、君と一緒だ」

ティマは私の言葉を無言で聞く。ティマは何も言わず、私は只、ティマを抱きしめる。――――と、ティマが私の手に触れながら、言った。

「でも――――でもマキは……年を、取っちゃうんだよ? 私は……中のチップさえあれば、生き続けられるけど」

私は何も言わない。けど、耳だけはティマの言葉を聞く。一字一句、離さない様に。

「さっき……レストランでずっとって誓ったよね。だけど……だけど私、マキには悪いと思ってても、どうしても……。
 私……何、言ってるんだろうって思ってた。ううん、ホントは島に来た時からずっと……」

ティマの声が、涙声の様に震え、か細くなる。多分ティマは、人間みたいに泣きたいって思ってるんだろうなと思う。

「ねぇ、マキ。……ホントは私達……何時か、離れ離れになっちゃうんだよね。
 だって何時か……物は壊れちゃうし、生物は……死んじゃうから。私……マキと離れたくない、一緒に居たいよ。けれど……」

成長するが故の、自我の芽生え。それに伴う、思考の進化。ティマは世界を知ると共に、その世界に存在し、避けられようが無い痛みを同時に知ってしまった。
いや、自分自身は嫌でも、無理やり知ってしまう。物は何時か壊れて、生物は土に還る。そして存在その物が何時か、この世界から綺麗に無くなってしまう。

その真実に、ティマは怯えている。自分が消えてしまうんじゃないか、そして私が――――。
私が――――先に居なくなってしまうかもしれないという事に。……だけど、ティマ。だけどね。

私は考える事無く、ティマに話す。考えている事は全て、口から勝手に言葉となって飛んでいく。

「良いかい、ティマ? 確かに君が言う通り、私は何時か死んでしまうだろう。それが何時かは、私自身分からない。
 何十年後かもしれないし、もしかしたら明日か明後日かもしれない。君が思っているよりずっと、世界は残酷だ」

「だけどさ、ティマ。そんな残酷な世界でも消えずに生きていける、そんな方法があるんだ」

私の言葉に、ティマの顔が少しだけ、明るくなる。明るくなるというより、ハッとする、と言った方が正しいかもしれない。

「物であれ生物であれ、それに関わった人がその物や生物と関わった事を忘れなければ、それらはこの世界からは消える事は無いんだよ。
 思い出……記憶という名の物語として、刻まれていくんだ。そしてこの瞬間も、私の物語と、君の物語の一ページとしてそれぞれ刻まれている」

「ティマ、私は君の事を忘れない様に、その物語のページを沢山、沢山刻むよ。私の存在が何時か、この世界から居なくなっても悔いが無い様に。
 だからティマ、君も私との物語を沢山刻んでくれ。そうすれば私は君とずっと、一緒になれる」

ティマは私の顔をじっと見つめると、私の胸に顔をうずめた。私は抱きしめる。大人への階段を昇り始めた、この女の子の全てを。
ふと、胸に冷たい感触を感じた。ティマを抱いている手を動かして、ティマの目元を拭うと――――水?
ティマが顔を上げると、ティマの目元に、つーっと伝う筋が。その筋は紛れも無く、涙の――――。

「……このままじゃマキ、風邪、引いちゃうね。部屋、戻ろっか」

そう言ってティマは優しく、私の胸元から離れると、出入り口の方へ歩いていく。
ティマ……君自身は、気付いていないのか? いや、私自身信じられない。けれどアレは紛れも無く――――。

「マキ―、先行くよ―!」
「あ、あぁ」

明るく私の名前を呼ぶティマに、さっきまでの暗い影は既に無かった。
しかしティマ、君は……。本当に君は人間として……。


あれから部屋に戻り、私達はそれぞれ床に着いた。まぁティマはスリープモードだが。この時夢とはいえ、私は非常にとんでもない夢を見てしまったのだが色んな意味で割愛する。
仕事の都合で一泊二日、二日をのんびり過ごす筈だったが、ちょっとしたお得意様から急な仕事の依頼が入った為、ティマには悪いが直ぐに帰らなきゃいけない。
まぁティマは素直に許諾してくれた上に気遣ってくれたのだが。ホント大好きだよ、ティマ。

クルーザーに乗って、小さくなっていく島を甲板からティマと共に眺める。アレだけ飲んだんだ、持ってくれよ酔い止め薬。

「ごめんな、ティマ。もう少しゆっくり過ごしたかったが……」
「ううん。マキの大事なお仕事に、私が穴開ける訳にはいかないもん。気にしないで」
「ホント済まない。この分は……」

言いかけた瞬間、ティマが私の唇を塞いだ。私の呼吸も、時間もその一瞬、止まった。
ティマの唇が、私の唇から離れる。今まで生きてきた中でも一番、その瞬間が幸せだと思う。
ティマは私の眼を真っ直ぐ見つめたまま、言った。

「私からの――――キス」

「刻んで、おいてね」




The story continues.


 ↓ 感想をどうぞ(クリックすると開きます)
+ ...

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー