創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

<蒼色花火>

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irisjoker

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彼女には悪い事をしていると思いながら、私は彼女が間違った知識を披露する事を楽しんでいる。後でミスだと分かった時の彼女のリアクションが可愛くて仕方がない。
とはいえ、別に彼女を馬鹿にしている訳ではもちろん無い。ちゃんとその後、何が間違っているのか教える事で、彼女が同じミスを二度としない様と記憶させる為だ。
彼女の成長には成功と失敗、その二つが必要不可欠だ。彼女は失敗を知り、その失敗を乗り越える事で人間に近づく。失敗しない人間など、この世にいないのだから。

と、しょうもない自己擁護をしながら自宅に到着する。行く時と同じ様にエスコート的な感じでドアを開け、彼女を家に通す。

彼女が浴衣が映える様に、髪の毛を少し整えてくると洗面台に向かう。次は着付けを間違えちゃ駄目だよと言うと、彼女が大きなお世話だという感じで大きく舌を出した。
やはり弧島に旅行に行ってから彼女の成長スピードが恐ろしい事になっていると思う。あっかんべーなんて、以前の彼女じゃ出来なかった動作だ。

今の彼女を成型しているAIはどんな事になっているのか、私は一技術者として激しく興味を抱く。彼女の挙動や性格は、もはやアンドロイドの枠を超えようとしている。
前々から挙動が人間に近くなっていることは承知していたが、恥ずかしがったり舌を出したり、交渉を持ちかけたりと最早人間のそれと変わりが無い。
つまりこれが何を意味するかと言えば、何時か彼女が人間なのかアンドロイドなのか、区別が付かなくなる日が来るかもしれないという事だ。
これは恐ろしい、実に恐ろしい。正直に言えばもし彼女が少しでも迫ってきたら、私は私に課した一線をひょいっと超えてしまいそうだから。

そんな事を思っているとお待たせーと、彼女が洗面台から戻って来る。彼女の髪型、いや、何時もと全く違う彼女の姿に、私は息を飲んだ。

彼女は麗しい金色の髪を髪留めで纏め上げて、お団子頭……確かシニョンと呼ばれる髪型にしていた。それと色気を漂わせる、朱色の浴衣。
何時もお淑やかで慎ましい雰囲気の彼女だが、今回はとても大人っぽく、それでいてゾクリと来る様な……上手く表現できないが、綺麗で、美しい雰囲気を纏っている。
似合うかな? と彼女が聞いてきた。呆然としていたが、私はハッとして大きく頷いた。

それじゃあ祭り、行く? と彼女が聞いてきたので壁に掛けられた時計を見ると、まだ昼真っ盛りだ。外は丁度太陽が暴れる時間帯で、日照るような暑さに歩く気も失せる。
私は彼女に夕方頃に行こうと提案した。彼女はうん、と返事をして私の隣に座り、そっと、私の肩に寄り掛かる。
目下に髪を整えた為、普段はあまり見る機会の無い、彼女のうなじが見えた。私はそのうなじを指でつーっと、なぞってみたい衝動に駆られるがギリギリ踏み留まる。

どうせだから節電するねと、彼女が静かに目を閉じる。少しでもバッテリーの消費を抑える為に、スリープモードに入った様だ。
両足を抱えて持ち上げ、後ろのソファーに丁寧に寝かせてあげる。彼女はくの字になって、本格的に眠りだす。
眠っている横顔に優しく触れると、ロボットらしい、独特のヒンヤリとした冷たさを感じて、自分自身が課している一線を再認識する。
出かける時間になるまで私も昼食を取っておこう。そう思い、立ちあがった瞬間。


彼女が、私の名を呼んだ気がした。マキ、と。


驚いて反射的に振り返るが、彼女の口は固く閉じており、声を発した様子は全く無い。恐らく気のせいだろう。
どうも最近、彼女の挙動が人間に近づき過ぎて戸惑う事が多々ある。それは彼女が人間に近づいているという、喜ばしい事である筈なのだが。
しかし時折、私は迷ってしまう。もし本当に彼女が(生物のシステムである排泄や食事が出来なくとも)人間と全く同じ思考と感情を、持ってしまったらと。

適当に見繕った昼食を食べながら、データフォンを起動させて今日のニュースの中でもピックアップされているニュースを読む。

ふむ……アンドロイドを人間の幼女と間違えて誘拐し、逮捕された四人組か。この犯人は人間とアンドロイドの区別が付かない、よっぽどの慌てん坊かお馬鹿さんの様だ。
まぁ、今の社会ではアンドロイドは人間に近づける様に、限りなく精巧に作られているから、一見すると間違えても仕方あるまい。
にしても誘拐されたアンドロイドは無事に帰って来た様で何より。技師の一人というか、幾らアンドロイドでも子供が傷つく事件は見るに堪えない。
ふっ、と先程思っていた、人間とアンドロイドの何やかんやが頭を過ぎるが、すぐに打ち消す。

昼食を食べ終わったが、まだ夕刻になるには一時間もある。彼女がスリープモードに入っているし、私も少し昼寝をする事にしよう。
ソファーの下で寝転がって、私は目を閉じた。それにしても浴衣は良いな。風通しが良くて動きやすい。これを発明した日本人はやはり素晴らしい民族だなと変に誇りに思う。
それにしても……瞼の奥で彼女の浴衣姿が、浮かんできては離れない、流れる様なうなじにシニョン、それに浴衣。
アンドロイドというか見た目は外国人の女性その者なんだが、あそこまで純日本的な物が似合う……とは……。

遠くから誰かが、私の名を何度も呼んでいる。私は寝ぼけている眼を開ける。うっすらと、彼女の顔が浮かんできた。

同時に、私の頬を小さくつねる、冷たい感覚。私が中々起きない為か、彼女が私の頬をつねっていた様だ。
体を起こすと、彼女がそろそろ行く? と聞いてきた。壁時計に目を向けると丁度夕刻時だ。良いタイミングに起こしてくれた。

起き上がって立ち上がる。彼女が私の手を握って、行こ、と微笑んだ。雰囲気は変わっても、この頬笑みで何時もの彼女だと脳が認識する。
私は彼女が繋いだ手を離さない様に、しかし傷つけないように優しく握り返す。彼女を守る様に前に出て、ドアを開ける。
彼女の歩くペースに合わせてゆっくりと、繋いでいる手の感触を味わう様に、私は彼女と一緒に祭りの会場へと向かう。

件の祭りの会場は、私達の自宅から大分離れたアーケード街で行われている。御神輿等といったイベントは無いが、地元民主催の為、賑やかな祭りではある。
中々長い歴史を持つ祭りらしいが、別に私はそういう所に関心は無いので、彼女と楽しめれば良いと思う。入口に着くと、祭りの名前を刻んだ煌びやかなアーチが私達を出迎えた。
街路沿いにずらりと並んでいる屋台に、屋台の上で地元民が一生懸命飾り付けたであろう、彩色豊かで愉しげな装飾、そして活気。
彼女は自分の目で見る祭りに、口を開けてポカンと、いや、感動のあまり、惚けている様だ。そんな彼女の手を引き、祭りに参加する。

早速彼女に、何をしてみたい? と聞いてみる。すると彼女は軒を連ねる屋台の中から、一店を指差した。あれは……金魚すくいか。
色々あるが、如何して金魚すくいを? と聞くと、彼女は言いづらそうにこの前のアトム……と。あぁ、ペットが欲しいのか。
私達の自宅は犬猫と言った動物は駄目だが、金魚みたいな熱帯魚なら大丈夫であろう、多分。故に彼女は最初に、金魚すくいを選んだのか。

合点了解。私は彼女と共に金魚すくいの屋台に向かう。
着くと先客である子供達が夢中になって、金魚をすくおうとあのテニスラケットみたいな小さい道具……ポイというらしい。そのポイを動かしては破って悔しがっている。

恰幅の良い、気前の良さそうな店主に代金を支払い、彼女がポイを片手に浴衣の裾を捲りあげる。一体どこでそんな事を覚えたのだろうと気になる。
ポイを持ったは良いが、何時金魚をすくえばいいかのタイミングが掴めず彼女は中々ポイを水の中に入れられない。入れようとするが、金魚が逃げるとすぐ引っ込める。
そんな感じでしばらくタイミングを伺っていると、飽きた子供達がぞろぞろと去っていく。しかし彼女はポイを水の中に入れようとしない。
一人でずっとタイミングを図っている彼女に、店主がそろそろ金魚、すくってくれないかと言いたげな苦笑を浮かべている。

何だか見ていられなくなり、私は彼女に交代する様に進言する。彼女は私に横槍を入れられイラッと来たのかもう少し頑張ると突っぱねる。だが私は敢えて強気に行く。
必ず金魚を取ってあげるから、私に任せなさいと彼女の両手を握り、まっすぐに目を見て説得する。今、私は自分自身の行動をかなり恥ずかしいと思っているが、致し方ない。
彼女は私の真剣な説得に根負けしたのか、私にポイを渡した。見ていてくれ、と彼女に言い残し、私は目の前の金魚達が動き回る水の中と対峙する。

もしここで外せば、私は彼女に顔向けが出来なくなる。彼女の楽しみを無理やり奪ったんだ。ここは絶対に、絶対に釣りあげなければ。
気を集中させて、ポイを持つ手に力を込める。力を込めると言ってもそのまんまの意味では無く、すくいあげる一瞬に全てを掛けるためだ。
こういうのは拾って上げるという、タイミングが勝負を分ける。つまり金魚が射程圏内に入ったら、すぐさまポイを入れて、上げる。これだ。
カウントダウンを打つ。三……二……一。そぉい!

水の中に入れた瞬間に、ポイを象徴する紙の網が音も無く破れた。どうやら……力を入れ過ぎたようだ。
私の戦いは始まって一秒も経たずに終わった。まさか入れた瞬間に敗れるとは神でさえ予想出来なかったであろう。彼女の顔が、怖くて見えない。
しかし私の愚かなる過ちが店主のツボに嵌ったらしく、店主はガハハハと豪快に笑った。人の失敗を笑うとは、何時も草食動物並に大人しい私でもムッときた。
が、店主は笑って悪かったな。と、笑顔で謝りながら金魚を二匹、専用の袋の中に入れて、私達にくれた。お詫びとは言え二匹くれるとは、なんと懐の広い店主か。

店主に何度かお礼をして、私達は金魚すくいを後にした。それにしても雨降って地固まる……か?

袋に入りパクパクと口を開けている、赤色と黒色の金魚を見ながら彼女はこの子たちの名前、何にする? と私に聞いた。
そうだなぁ……名前か……まぁ、まだ決めなくても家に帰ってからのんびり決めようじゃないか。と、彼女に返す。
彼女は軽く頷いた。それじゃあ何処に行こうかと言いかけた矢先、私の目にふとある屋台が映った。あの見覚えのある屋台は……!

その屋台の名は射的屋。ゴムを利用した作った弾丸を、おもちゃのライフルで撃ち、目の前の玩具やらお菓子やらを落とす……まぁ、そんな屋台だ。

ずっとずっと昔、子供の頃、近所で町内会主催のお祭りがある度、私は射的のマックと呼ばれて限定的に人気者になっていた思い出がある。
何かと地味で平均以下にも以上にもならない私ではあるが、この射的だけは常に百発百中、パーフェクトであった。何故かは自分でも分からない。
とは言えそう呼ばれたのも数十年前。今日になるまで祭りなんて行く事が無かった故、確実に腕は錆ついているであろう。だがそれでも、男にはやらねばやらない時がある。

彼女は特に興味はなさそうだったが、私がやるという事で一緒にやってみる様だ。
店主からライフルを受け取って、私はとりあえず目の前、二メートル先で立っているグリオの箱を狙ってみる。
この感覚……何と久しい事やら。こう、狙いを定めて捉えた標的を定める緊張感、そして標的を捉えたと確信した時の、言い知れぬ充足感。
私は頭の中に少しの刺激で切れてしまう、集中力と言う名の繊細な糸を張る。ピリピリとした肌を刺す感覚に、私の中の眠っていた魂が燃え始める。
よし……落ち付け……後は狙いをセンターに定めて、引き金を引くだ……。


誰かがくしゃみをした、瞬間、私の張っていた糸がいとも簡単にプチンと切れた。


ライフルから放たれた銃弾は明後日の方へと飛んでいき、屋台の屋根を直撃すると、私を嘲笑う様に私の目の前にポトッと、落ちてきた。
誰のくしゃみだ? 店主はくしゃみをした様子は無い。後ろを振り返るが、誰かがくしゃみをした様子も無い。
……まさか、いやまさか。そんなまさか。そう思いながら私は横にいる彼女の方を、見る。

彼女は上手く狙っていた物が落とせたらしく、無邪気に嬉しがった後、私の方を向いて一言。

くしゃみしてごめん、と言った。

くしゃみ……くしゃみ、だって? あり得ない、君はアンドロイドな筈だ。この前のバレンタインの時の様に演技でもしているのだろうかと思ったが、それは無い。
何故ならアンドロイドが、否、ロボットがくしゃみなんてプログラミングでもされてない限り……いや、だがくしゃみ……やろうと思って出来る動作ではあるまい。
彼女が起こした行動に、私の頭は些か混乱状態に陥った。もしかしたら私はまだソファーの下で、夢を見ているのかもしれない。

店主にライフルを返し、私は強く自分の頬をつねってみる。そういえば先程から妙に視界が朧げな気がする。
夢なら早く醒めたまえ。早く目覚めなければ、あのロリ・コンの悪夢の二の舞になるぞ。そう私は私自身に強く警告を出しながら頬を捻り続ける。
だが、鈍い痛みだけを感じるだけで、一向に目が醒める様子が無い。くそっ、どういう……。

……何してるの? と、景品である熊っぽいけど熊じゃないぬいぐるみを抱えた彼女が、私を心配そうに見上げている。
いや、今目の前にいる彼女も恐らく、私の脳が作りだす幻惑であろう。悪いが私は幻惑に惑わされる程、か弱い人種ではない。
おかしい……何故だ、何故目覚める事が出来ない? 目覚められない夢、つまり何らかのトラブルで私はもしや、永遠の眠りに……。

その時、彼女が俯き、ぬいぐるみを片手で抱えると突き刺す様な低い声で一言、来てと言って私の腕を掴んで引っ張る。
とても細い腕に反して異様に強い力で彼女は私を引っ張ってしばらく歩くと、私の腕から手を離し、私に振り返ると俯いたまま、言う。

さっきのくしゃみ、本当にごめんなさい、と。

彼女は言う。自分でも分からないが、最近くしゃみ、という本来人、というか生物だけが行える行為が出来る様になった、と。
この前の小旅行で、彼女は自分自身が以前より増して、人間に近づいている事に驚きと不安を抱えている事を私に話してくれた。
同時に、私に気にする事は無いと言われた事を嬉しいと思う、嬉しいと思うが自分がこれからどうなっていくのかが、想像付かない、と。

その前兆が、彼女が生物でしか行えない、筈のくしゃみと言う動作、らしい。彼女自身、どうして自分が人間と同じくくしゃみが出来るのかが、全く分からない。


しかし彼女はもしかしたらこれが、人間に大きく近づいている一歩なのかもしれないと、複雑ながらも喜んでいる様だった。

私自身、彼女がくしゃみをした事に今も驚きを禁じえない。無論鼻水だとかそういうのは出ていないが、彼女はあの時確実に、くしゃみをした。
この事象はつまり、彼女が人間となる為の次のステップを踏んだ、という事になる。これから彼女は更に、人間でしか行えなかった事が、出来るようになるだろう。

だが、それで本当に良いのだろうか。自身に起こる急激な変化に、彼女の心は、体は、耐えられるのであろうか。
そんな思いが頭の中を過ぎるが、一先ずこの場ではその考えを置いておく。自分の手で楽しい場に水を差してどうする。

私は彼女を抱きよせて、私も妙な事をして済まない、と謝る。驚きのあまり、突拍子も無い奇行に走ってしまったと。
彼女は何も言わずに、私の胸元に体を預けているがふっと、その視線を何処かを向いている事に気づく。

その視線の先を追うと、一組の若いカップルが見えた。私達と同じく、浴衣姿だ。
場も弁えずにその二人は、抱き合って唇を何度も交わす。全く通行の妨げになるし、実にはしたないと苦言を呈し……。
……ん? 私を見上げている彼女に視線を移すと、彼女は何も言わずに、私を見上げる。何を言いたいのかが分かってしまい、嬉しいやら、困るやら。

馬鹿な事を聞くと思ってはいるが、私は彼女に何をしたいかを聞いた。が、彼女は何も答えず私を潤む瞳で見つめるだけだ。
……そういう事? と聞くと、彼女はこっくりと頷いた。私はそろそろ良い年になるのだが……。
あのカップルの様に人目をはばからずに行動できるほど若くないんだ。悪いが年相応の……と言いかけたが、彼女の無垢で透明な瞳は、私の言い訳を許さない。

だが……と言いかけた瞬間、彼女が私の服の裾をキュッと掴んで一言。

やってくれないと、許さないから。

と言った。そうか……許してくれないのか。許してくれないのなら、許してもらう為の行動をしなくてはな。
彼女は体をギュッと密着させており、私を逃がさない様にしている様だ。これが夢でなかったら、どれだけ幸せな事であろうか。
周りの目が気になる。しかし私達の様なカップルは結構いるんじゃないか? そう思うと、妙に勇気が出てきた。
ええい、夢でも現実でも構いやしない、成すがままだ!

私は少しだけ、彼女を体から離して彼女の顔を正面から見据える。彼女の目と、私の目が、重なる。私はそのまま自分の唇を、彼女の唇に重ねた。
触れた唇はキメ細やかで柔らかく、どんなアイスよりも冷たく、美味しい。自然に腕が動いて、彼女を離さない様に手繰り寄せる。
私達はしばし、接吻を交わした。ちょっとずつ、彼女の唇から離れていくと、氷の様に凍っていた時間がゆっくりと溶け始めていく。

やっぱり……恥ずかしいね、と私から気恥ずかしそうに目をそむけながら彼女はそう言った。なら、どうしてこんな事を? と聞くと。
たまにはこう……大胆な事もして見たかった、と彼女は照れ臭そうながらも計算した通りと言った感じの笑みを浮かべている
私達は歩き出す。しかし彼女は何処に行きたいかを言わず、私も何だか、彼女に何処に行くかと聞きにくく感じ、何も言えない。

清涼感を感じさせるカラカラとした音を出しながら、一面に並べられた風車が夜風に吹かれて鮮やかな彩色を作りだす。
彼女はそんな幻想的な光景を足を止めて眺めている。私は一個、風車を買って彼女に手渡す。
彼女は私から無言で受け取ると、ふぅ、と風車に息を吹いた。風車がクルクルと回っては、彼女は微笑する。

互いに言葉を交わさず、私達は祭りの活気から逃れる様に出口へと歩いていく。段々、人の流れがまばらになっていく。
気付けば私達は祭りから離れ、アーケード街を抜けた先の、ガランとして誰もいない寂れた神社まで来ていた。祭りの賑やかさとは正反対の無を思わせるほどの静寂。
何となくというか、涼しいというより肌寒くなってきた為、彼女に祭りに戻ろうと言いかけた、時。

彼女がゆっくりと振り向き、私に、言った。


マキは、これからも私を愛してくれる? 私が……私がこれから、成長していっても。


再度、私は頬をつねる。夢、じゃない。紛れも無く、現実だ。

私は至極冷静、である筈の頭を回転させながら、彼女の目を見据える。
真っ暗闇の筈だが、今の私にはこれ以上無いほど、彼女の姿が鮮明に見える。
彼女は私の返答を、静かに待つ。私は彼女の耳に届くように、しっかりと、答える。


変わらないさ。今も、そしてこれからも、君を愛し続ける。


私の返答に、彼女は求めていた答えと違う、といった感じに私から大きく目を逸らして俯く。
彼女のその姿に私はハッキリと戸惑う。君は、私に何が言いたいんだ、と口から出そうになるが、無意識にセーブが掛かる。
彼女は私から背を向けて、星の見えない夜空を見上げながら、一語一句、噛みしめる様に、話す。


あの日から、私自身感じてるの。私はこれから、私自身が予測できない所まで、人間らしくなるって。成長、するんだって。

でも……本当に、それで良いのかな、って凄く不安になる。だって……だってマキは、私の間に壁を作ってるんでしょ?


……壁? 私が壁を作る?、
正直に首を捻っていると、彼女が私に微かに横顔を見せて、言いたい事が上手く伝えられない。
そんな、もどかしそうな感じで、再び話し始める。

ずっと……前から気付いてた。私がアンドロイドだから、マキがそれ以上の事を、してくれないって事に。

マキは……優しいん、だよね。私との……関係を崩さない為に、人は人、アンドロイドはアンドロイドって事で、それ以上の事を、しない様にって。

マキの優しさは凄い感じてる。感じてるけど……辛いよ。何時までも、こんな関係じゃ。


君の口からそんな台詞が出てくるなんて、と、私は両頬をつねるが、馬鹿馬鹿しくなって振り払う。
というか気付かせない様にしてたが、やっぱり君は気付いていたんだな。私がその境界線を超えまいとしている事を。
君には本当に悪い、悪いと思うが、私には技術者として、男として、そして何より人間として守らねばならないモラルがある。
そのモラルに準ずるからこそ、私は君を愛し、今の関係を築く事が出来たんだ。そう言おうとしたが、驚きのあまりか、言葉が出てこない。


私は……私は、良いの。

マキと、今以上の関係になりたいって何時も思ってる。けどそれは……叶っちゃいけない、願い、だよね


……違う。そうじゃない、そうじゃないんだ。
私達は今のニュートラルな仲で生きていくのが一番良いんだ。私達はそれ以上の境界線を超えたら……超え、たら……。
……言葉じゃ上手く言えない。けど分かってくれ。君が前よりずっと人間に近くなっていて、だからこそ、惑っているのは分かる。けど……。

もし……と、彼女は小さく、苦しそうに、切なそうに、か細い声で、言う。


もし……私が人間だったら、マキは私をこれ以上、愛してくれる? ううん、もし私がアンドロイドじゃなかったら、今以上に、愛してくれるの?

これから私、多分今以上に人間らしくなっていくと思う。だけどマキ……辛いよね。 私がアンドロイドだから……そういう事が、出来ないって事に。

私も、凄く辛い。辛いし、苦しいよ。だけど分かってる。超えちゃ、いけないんだよね。私達……超えちゃ……。


暑い。肌寒かった筈なのに、今は額と背中から汗が止まらない。とてつもなく、暑い。
今度は爪を立てて頬をつねるが、泣きそうな痛みだけしか感じない。さっきまで悪夢であれば良いと思っていた自分を殴りたい。これは紛れも無く、現実だ。
いままで良識派を気取って、真実に触れる事を避けていた。そのツケが、今になって回ってきたのかもしれない。内臓がキリキリと痛んで悲痛な叫び声を上げる。
知らず知らずに、彼女が私と距離を取っている様に感じる。というか、彼女が私を、初めて本気で、拒絶している様に感じる。

どう答えれば良い。というか、小旅行で君がアンドロイドでも関係無いと強く言ったのになぜ迷うのだ、私は。
しかしこう、彼女の口から今まで触れない様にしていた部分に触れられると、狼狽せざるおえない。ここで正直に答えれば私は自分から垣根を壊す事になる。
それだけは……絶対に避けたい、というか避けねばならない。どうすればいいんだ、どう答えれば正解なんだ。
夜空を仰ぐが星は何も言わずに、私を見下ろしているだけだ。無情だなぁ、あぁ、無常だ。こうやってすぐはぐらかすから、私は駄目な男なんだ。

おいで、と私は彼女を呼び掛ける。しかし彼女は、無言で首を振る。どうしても、らしい。

私は一息吐いて、持っている二匹の金魚に目を向けた。
二匹の金魚は私が置かれている状況も知らず、呑気に口をパクパクさせている。全く、君達は楽そうで良いなぁ。
悩みも無く生きていけて。今ほど私は君達になりたいと、思った事は無いよ。


悩みも無く、か。考え過ぎていないか、私。
昔からの性分で物事に対して凝り性になるが、裏を返せばただ単に考え過ぎと言わないか?
もう少し楽に考えてみても良いんじゃないか。そう、私はいつも彼女に――――ティマに、言っているじゃないか。
成長を受け入れるのは悪い事じゃない。だから君は私を愛してくれていい。私も、君を――――愛すと。

私は深く深呼吸して、ティマの姿を両目に捉える。そして、今、私が言うべき事を、ティマに伝える。

「好きだ」
ティマは振り向かない。この言葉、じゃない?

「私は君が好きだ、ティマ。アンドロイドだろうと人間であろうと私は……」

やはり、ティマは振り向かない。違う、彼女が今聞きたい言葉は……。

「けれどやはり、その……人とアンドロイドの垣根はあってしかるべき物なんだ」

「……違う」

「君の事は好きだ。好きだからこそ、私は」

「だから……そうじゃない! 私が……私が、マキから聞きたいのは……聞きたい、言葉は……」

「ティマ……」

ティマが私から聞きたい言葉はこれじゃない。これじゃないのなら、なんだ。
私は必死に、例えオーバーヒートしても構わない、それほどに頭を回転させる。しかし、どれだけ考えても、ティマを振り向かす言葉が浮かばない。
滲んでいく汗、薄らいでいく視界、体中の力が抜けていく。―――――-もう、君に伝えたい事は、これしかない。


「私が……貴方から聞きたい言葉は」
「俺が……俺が、君に言いたい事は」



「アンドロイドとか人間じゃなくてもとかじゃなくて……私自身を好きって言ってよ、マキ!」
「アンドロイドでも人間でも構わない!君その者を強く抱きしめたいんだ!好きだ、ティマ!」


星の無い夜空を大きな花火が、パァっと開いて、彩った。その花火はまるで、向日葵の様だった。

今の今まですっかり忘れていたが、今日は祭りと同時に花火大会の日だった。丁度9時から、祭りの現場の近くでやっている様だ。
まるで今の瞬間を見計らったかのように良いタイミングで上がった花火に、俺もティマも、同時に夜空を見上げていた。

ティマが何と言ったかは、互いの言葉が重なって良く聞こえなかった。
けど、今まで険しかったティマの顔が幾分穏やかになっているのを見ると、もしかしたら俺の言葉は聞こえていたのかもしれない。
いや、聞こえていなかったかもしれない。けど、どっちでも構わない。俺はこれからもティマを愛し続ける。それだけは、変わらない事だから。

私達を見守る様に、空に花火が上がり続ける。偶然だろうが、ここだと花火が良く見えて、浴衣や祭りと同じく、数十年ぶりに見る花火の美しさに、俺はしばし見惚れる。

お……俺? いや、私だ。あまりに興奮しすぎて、若かった頃に一時的に戻っていた様だ。それにしても俺なんて使ったのは何十年ぶりだ……。
と、ティマの方を向くと、ティマは何も言わず、私の元にトコトコ歩いてくる。そして私の胸を両手を握って叩く。しかし痛くは無い。
何度かティマは私の胸を叩くと、私の胸に深く顔をうずめた。何時の間にか私の体を、ティマが両腕で抱きしめている。

「ティマ……?」

ティマは私の胸から少しだけ顔を離すと、照れを隠し、ながらもホントは嬉しそうに、私に言った。


「……馬鹿」

そしてティマは強引に私に有無を言わさずキスをすると、そのまま地面に私を押し倒した。
バレンタインの時よりも、ティマは強く、私を抑えつけながら、私の口を塞ぐ。時間が止まっていた。
私も負けずにティマを強く、強く抱きしめた。砂だらけになりながらも構わず、私達は花火が上がる中で、獣の様に愛し合った。


唇を離し、ティマが私に、言う。

「恥ずかしい事……言わせないで」


「ごめん、ティマ。けど」
「分かってる」

「ずっとずっと、愛してる、マキ」
「私はそれ以上に、君を愛してる。ティマ」

~~――……


目の奥で、光が点いたり、消えたりする。
何だか頭の中で飛行機が飛んでいる様な、キ―ンという鈍く低い痛みを感じ、歯を食いしばる。
どうも妙な夢を見ていた様だ。頭を何度か叩いて、頭痛を少しづつ和らげていく。

カーテンを開くと、既に夜は明けていて無遠慮な太陽が、私の顔を眩しく照らす。


「おはよう、マキ」

呼び掛けられて声の方を向くと、寝癖だろうか髪の毛がくるんと丸まっているティマが、ささやかなな笑顔を浮かべていた。
何だか妙な夢を見ていた様だ。一欠伸すると、大分目が覚めてきた。やけに鮮明な夢、だった気がする。
いや、鮮明なのは当たり前かもしれない。やけにリアルと言うか、今さっき体験してきた様な、そんな感触でもある。

「ハルとデイブのご飯、何時に買いに行く?」
「もうちょっとしたら行こうか。まだお店、開いてないだろうし」

店主から貰った二匹の金魚の名前だが、新教育テレビでやっている子供向けの人形劇に出てくる二人組から取った。
ティマが私と一緒になったころから親しんでいる番組と言う事で、親しみがあるのと名前を呼びやすいという理由からだ。
これからティマが金魚、いや、ハルとデイブからどんな事を学んでいくのか、これから楽しみだ。


「朝食、今から作るけど、何食べたい?」
「そうだなぁ……君、って言ったら?」
「……変な冗談」


そう言って、ティマは私の額にキスをした。



「もう少し、私が熟したら、ね?」


「楽しみにしてるよ」




                  ROST GORL                                 

                   蒼色花火


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