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グラウンド・ゼロ 第11話

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匿名ユーザー

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 守るべきアッシュモービルは四日前に見た箱亀の子供のようなデザインだった

 親より二回りほど小さく、平べったい。
 そしてその各部からは黒煙が上がっていた。
 その煙の原因の、何発もの砲弾を打ち込んだ敵のアッシュモービルからは「長
い触覚が頭に二本新たに生えたナマコ」といった印象を受けた。
 灰を巻き上げながら動く、その敵艦のまるっこい巨体からは何本もの大小さま
ざまな砲や機銃が飛び出している。前に飛び出した一番大きい二本が主砲だろう。
 そしてシンヤたちより早く接近していたキタとシマダの相手をしながら、その
周りを飛び回っているのが敵のAACV。こっちのものとデザインが大きく違う
のでどういう機体かはわからない。先輩に任せよう。
 高度を低く、時速600キロメートルで、シンヤはアッシュモービルへ向かっ
ていく。
 警告音がうるさい。舌打ちをした。ロックされてるなんて分かってるんだよ!
 シンヤは敵のアッシュモービルの側面から接近していく。敵の機銃が数門こっ
ちを向いて、シンヤの前方からこちらに逆上る形で銃撃を浴びせてきた。
 反射的に各部スラスターを横に向けて、減速せずほぼ直角に軌道を変える。脳
味噌がシェイクされそう。
 一瞬眩んだ目で無理矢理に敵艦を凝視して、接近を続ける。
 敵の艦は想像以上に大きい。遠近感が狂いそうだ。
 砲が一つこちらを向くのが見える。危険を感じて機銃と同じように回避すると、
直後に連続した衝撃が襲ってきた。
 わけもわからずとにかく最大速度まで加速して逃げる。それからやっと、砲を
避けた先にさっきの機銃が待ち構えていて、自分はその射撃を受けていたのだとい
うことを理解した。
 アナウンスが機体の損傷箇所を報告してくれる。だがシステム自体に大きな問
題は無いようだ。
 高速で敵艦の裏にまわるコースをとりつつ、両手でライフルを向ける。そこで
ロックオンが効かなくなっていることに気づいた。頭部へのダメージのせいで火
気管制の一部に機能障害が起こっているというコンピュータのアナウンスで状況
を理解する。
 さっきの機銃はまだこちらを捉えようとしていた。さらに艦後方の、別の機銃
もこちらを向く。とても敵艦に接近なんてできそうにない。
 ロックオンはできていないが、取り敢えずライフルを撃ってみる。弾丸の列は
すべて敵艦の装甲に直撃したが、ダメージがあるようには見えなかった。
 続く一手を出せないままにとにかく敵の攻撃を避けることに集中していると、
自分を狙っていた機銃の一つが突然爆発、炎上する。弾丸の川に切れ目が生じた。
 その上空にキタかシマダかは判らないが、黒煙を切り裂いて飛ぶこちらのAA
CVの姿が見えた。
 感謝する間も惜しんで方向転換し、その切れ目に自らの機体を捩じ込む。シン
ヤは弾丸の滝の裏に入り込んだ。
 フルスピード。一直線に敵艦へ!
 飛びながらライフルを構えて、よく狙い、撃つ。
 数発の、AACV用の巨大な徹甲弾を撃ち込まれた機銃は炎と煙を吹き出した

 やった――
 つい、その感動に浸ってしまった。
 その時間は僅か3秒にも満たない。しかし死神がシンヤの首に鎌をかけるのに
は十分な時間だった。
 強い警告音を聞き逃す。
 そして爆発音と共に大きく揺れるコクピット。
 完全に脳が止まっていたために、叫び声すらあげられない。
 混乱して、レバーを滅茶苦茶に動かす。当然、AACVはバランスを崩して地
面に倒れた。
 シンヤはもがき、絶叫しながらやたらめったらに操作機器を叩く。
 怖い、怖い怖い怖いぃい!
 今まで義務感と興奮、そして悪い体調に誤魔化されていた恐怖が爆発していた

 まだ敵艦と、シンヤのAACVの右肩のスラスターを吹き飛ばしてこの状況に
追いやった、コロニー・東中国の丸っこいフォルムのAACVは生きているのに

 シンヤの頭は真っ白になっていた。
 その時だった。
「しっかりしやがれ!」
 鼓膜が震えるのがはっきり感じられる程の大声が通信機から飛び出す。キタの
声だった。
「嫌だ!助けてくれ!出せ!出せよ!」
「黙れ!」
 萎縮するシンヤ。
「助けてやるから!さっさと逃げろよ!」
 通信は切れた。
 シンヤはしばらく放心していたが、やがてゆっくりとAACVを立ち上がらせ
た。
 いつの間にかアッシュモービルたちは移動し、遠く離れてしまっている。
 シンヤに出来るのは彼らの姿が小さくなっていくのを眺め続けることだけだっ
た。



 シンヤはパイロットスーツから着替えもせずに、船室のベッドに腰かけてぼん
やりと中空を見ていた。
 結局敵の艦はキタとシマダが二人で追い払い、AACVもキタが撃墜したらしい。
 自らの命と引き換えに。
 安全を確保されたアッシュモービルが戻ってきてシンヤの機体を回収したが、
震えるシンヤを操縦席から引きずり出してくれたのはシマダだけだった。
 キタは敵のAACVと相討ちになったそうだった。彼はそう伝えてくれた。
 シンヤはキタの顔を知らない。食堂で見かけたこともあったかもしれないが、
言葉を交わした記憶は無い。
 出撃の時の挨拶が最初の会話だったのだ。
 しかし、彼は……
「……それでも『助けてやる』って……」
 そう言ってくれた。
 自分の油断で機体を大破させ、その上パニックになった俺を、見捨てなかった。
 すいません、キタさん。俺、あなたの死を悲しめるだけの思い出がありません。
 だけど、感謝してます。それで許してください。
 シンヤは深く頭を下げた。
 俺は非情だろうか。



 幽霊屋敷に戻ると、すぐにアヤカに呼び出される。服を着替えて彼女の執務室
に行くと、彼女はいつものようにパソコンと向き合っていた。
 部屋に少し入ったところで立ったまま、彼女の指が止まるのを待つ。
 しかしアヤカは指を止めず、キーボードを打ち続けながら口を開いた。
「ご苦労様、クロミネ君。」
 適当に返事をする。
「いくつか聞きたいことがあるんだけれど、良い?」
 拒否権なんて与えてないくせに。
「まず一つ目。何故志願したの?」
 彼女はこちらを見もしない。
「……強くなりたかったからです。」
 気は進まないが、答えてやる。
「へぇ」
 意外そうな声。
「君はそんなに好戦的な性格ではないと思っていたけれど。」
 アヤカの口端がわずかにつり上がる。
「きっとリョウゴならすぐにAACV操縦が上手くなって、活躍できるようにな
ります。その時に、アイツに迷惑をかけないように、強くなろうと思って……」
「なるほど?」
 タン!と彼女は指を止め、椅子を回転させて体をこちらに向けた。
「では二つ目。」
 机の上に両肘を突き、手を組む。
「AACVの右肩を吹き飛ばして、君を恐慌状態に陥れた敵のパイロットに
ついて、どう思う?」
 質問の意味がわからない。
 きょとんとしていると、アヤカは今度は頬杖をついて微笑んだ。
「何でも良いの。思ったことを言ってみて。」
 空いた方の手でシンヤに発言を促す。
 シンヤは心拍数の上昇を感じていた。
 奥歯を噛みしめ、目をつぶり、眉間にシワを寄せ、拳に力を込めながら、絞り
出すように、とうとうシンヤは言った。
「『殺してやる』……って、思いました。」
「ふぅん?」
 彼女の笑顔は顔一杯に広がる。
 背もたれに身を投げ出した。
「では最後に三つ目。」
 彼女は楽しそうだ。
「君を助けて死んだキタ君に対して何か感じることは?」
 シンヤは暴れだしそうな自分を抑えることに必死だった。
「……『特に何も。』」
「よろしい。」
 彼女は再びキーボードに手を伸ばす。
「PTSDも心配したけれど、大丈夫そうだし、君の『強くなりたい』という願
いを叶えてあげましょう。」
 シンヤは彼女を見た。
 彼女のパソコンの横にあるプリンターが動き出して、書類を吐き出した。
 それをアヤカは指でつまんで、わざわざ椅子を立ち、シンヤに近づいて手渡す。
「二日後に平蛇が出るわ。それに乗りなさい。」
「え……?」
「『平蛇』は私たちが持つ最大の戦闘艦よ。主要な任務としては、敵の勢力圏へ
踏み込んでP物質を探すこと。つまり、一番激しい戦闘を行う艦ということよ。

「それに乗れって……!」
「強くなりたいんでしょう?大丈夫よ。今回はこっちの勢力圏を侵してきたコロ
ニー・新生ロシアを追い払うだけだから、一週間もしないで戻ってこれるわ。」
 アヤカはそう言って、シンヤの肩をポンと叩き、椅子に戻ろうとする。
 渡された書類が握りつぶされ、皺だらけになった。
「ああ、そうそう。」
 彼女は足を止め、振り向いた。
「初めての出撃で敵の機銃を潰した成果は立派よ。普通なら最初はただ右往左往
しているだけで終わるわ。その点は誇りなさい。」
 口の中に苦いものが広がる。
「でも、AACVの命である肩のスラスターをやられたことは反省すること。あ
れ高いんだから」
「……はい。」
「じゃあ、戻っていいわよ。」



 部屋を出て、すっきりしない気分で廊下を歩いていると、リョウゴとばったり
出会った。
 ぎこちなく挨拶を交わし、すれ違おうとするシンヤをリョウゴは呼び止める。
 正直、軽い話ができる気分ではなかったが、精一杯明るく振る舞ってみせる。
 いつもと違う様子に、リョウゴはシンヤに気分でも悪いのかと尋ねた。
 首を振る。
「初めての出撃で、ちょっと疲れただけだよ。」
 大袈裟に肩をすくめてみせた。
「へぇ、今日が初めての……」
「ああ。敵艦の機銃を潰してさ、コンドウさんに誉められたよ。」
 笑ってみせる。なるべく心配させるようなことは言わない方が良い。
「そう、か」
 リョウゴの笑顔に違和感。
「どうした?」
 訊いてみる。
 リョウゴは大きく顔の前で手を振った。
「いや、お前スゲーなって。」
「え?」
「お前、まだここに来て一週間も経ってないのに活躍してんだもん。」
「そんな……」
「謙遜すんなよ。羨ましいぜ。」
 ショックだ。
 リョウゴにだけは、そんなこと言われたくない。
「……リョウゴは」
「あ?」
「リョウゴは、家に帰りたくないのか」
「……ああ。」
「何で」
「別に。どうでもいいだろ、んなこと。」
「良くねーよ、おかしいって!」
「何でおかしいと思うんだよ。」
 ハッとした。
 リョウゴはこっちを睨み付けていた。
 体が冷えるこの感じは、もう何回も経験した。
 敵意だ。
 彼は敵意をこっちに向けていた。
 しかしそれはほんの一瞬のことで、その後すぐにリョウゴは両手を上げて「ご
めん、言い過ぎた」と謝った。
 まだ心が落ち着かないが、頷く。
 リョウゴの笑顔は寂しそうだった。
「俺、退屈だったんだよ。」
 彼は目を逸らす。
「毎日同じことばっかでさ。何か起きねーかなーって、ずっと思ってた。」
「でも……」
「不謹慎かもしれないけれど、俺は正直、ワクワクしてる。リアル国家の陰謀だ
ぜ?中々体験できねーよ、こんなの。」
「……そーかも、な」
「わかってくれて……ねーよな、やっぱ。」
「ああ」
「まぁ、いいや。んじゃ、これから講習らしいんで。」
 立ち去ろうとするリョウゴ。
「講習って、AACVのか?」
「おう。」
「じゃあ一つアドバイス!」
 シンヤは遠ざかっていく背中に叫ぶ。
「酔い止めはちゃんと飲んどけよ!」
「ははっ!必要ねーよ!」
 彼はこちらを振り向き、後ろ歩きのままそう叫び返した。

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