創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

例のブツ

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ParaBellum

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だれでも歓迎! 編集
空港のロビーは大勢の人で溢れていた。さすが世界に名だたる技術大国だけあって、あらゆる国から様々な人種が集まっていた。
 ここならば自分でも目立たないだろうな、と、そこに立つ男は思った。

 日本に来るのは始めてだった。
 その男は手荷物を受け取り、さっさと出口へと向かう。だが、世界でも指折りの発着数を誇る巨大な空港。いきなり迷う。
 日本語を学んでいなかったら恐らくはしばらく空港内部を観光して回るハメになっただろう。それほどまでに、この国の玄関口は広かった。

 出口を聞いた男は今度こそ迷う事なく外へ。季節は秋だと聞いていたが、実際は暑くて堪らない。着ていたサマージャケットは即座にバッグの中へ入れらる。駐留しているタクシーに乗り込み、行き先を告げる。ここでも日本語が活躍した。
 携帯電話がなる。今回の仕事を依頼した、さる人物から。

《着いたようだな。フライトはどうだった?》
「最悪だな。ファーストクラスでないと満足出来ない」
《残念だが予算が限られている。ただでさえ報酬がボッタクリだというのに……》
「引き受けただけ有り難く思え。本当はお前等なんて二度と関わりたくはなかったんだ」
《君も変わったな。前はそれほど口は悪くなかったが……》
「……目が醒めたのさ」
《……。では、仕事の内容をおさらいだ。君ならうまくやれる》
「なぜ自分の部下を使わない?」
《君が優秀過ぎたんだ。ヘンヨ》
「ふん。まぁいい。それより、仕事の確認だ――」




 ――――――【kind of LOST GIRL】―――――――




 その日はいつものように定時で仕事を終えた。疲れというと語弊があるかも知れないが、少なくともそれに似た感情は覚える。仕事が終われば開放感に包まれる物なのだ。
 彼女はいつものようにスーパーへと入る。
 今日の夕食は何を作ろうか。それに思考回路を働かせる。本来ならばそれはプログラムの使用に他ならず、基本的には負担となる。
 それでも、彼女は――ティマはその時間が好きだった。
 明らかに自分の為の行動ではない。たとえそう行動せよとプログラムされていても、それは機能にとっては負担。
 だが、それでもなお。

「最近野菜足りないかな?」
「この前カレーだったし……」
「あ、大根安い」

 家に帰れば、自分の愛する者が居る。その為に、ティマはここに居る。
 それは純粋な、喜び。

「……そういえば、最近胃の調子がどうどか言ってた」

 極ぼ……ゴホン。
 マキ・シゲルはロボット修理工である。三十を超えれば若い頃の体力は当然衰え始める。そして、たいがい胃痛を経験する。中年への階段はエスカレーターの如く自動で登っていくのだ。
 ティマはキャベツとブロッコリーをカゴに入れ、特売のウインナーも手に取る。
 キャベツは胃に優しく、ブロッコリーは活力の源となる。それだけでは寂しいので、ウインナーあたりも入れてコンソメで煮込めばあっさり味の優しいスープの出来上がり。
 ちなみにトレーニング愛好者の間ではブロッコリーを食べるとムキムキになると言われている。活力源として古くから珍重されており、実際元気が出るらしい。
 ティマがブロコを取ったのは偶然か、それとも知識を得る為にたまたま開いたネット掲示板で見掛けたのか。
 それはどちらでもいいだろう。

 清算を済ませ、買物袋を揺らして外へと飛び出した。夕方になっていたが、気温はまだ高い。地面に熱が篭っているのだ。
 街頭では政治家が額に汗して演説を行っていた。ニュースで見た事がある顔だった。外交政策の見直しや、今だ政治的に中途半端な日本の軍事組織を改革すべしという右傾化政策をうたっている。
 内容こそ右傾だが、実績はあるらしくそれなりに支持者も多い。もっともティマには何の興味もなかったが。それよりも、やらなくてはいけない事がある。

「はやく帰って晩ゴハンの支度しなくちゃ」





※ ※ ※




「持ち込めたのか」
「いや、国内で流れてるのを拾った。以外とあるものだ」

 某所の観光ホテル。
 そこは割と広い部屋だった。客層はほとんどが外国人旅行者。もちろんヘンヨのような男が居ても目立たない。

「……道具はそれだけでいいのか?」
「ああ。ヘタに偽装するつもりはない。後処理はこの国がうまくやってくれるさ」
「うまく行くのかよ?」
「もちろんだ。この手の事件はこの国じゃあってはならない。報道規制はほっといてもやってくれる」
「そこじゃなくてな……。一人でやれるのかって言ってんだ」

 ヘンヨと共にいる男は、今回の仕事を依頼した人物から派遣された男。
 ヘンヨの「仕事」のサポートを命令されたらしい。

「一人が基本だ。チームで動く時は戦争の下準備になる」
「その分静かに……って所か」
「そうだな。ともあれ、戦争なんざする気は無いから俺が寄越された訳だろ」「さぁな。それは政治家の判断だ」

 ヘンヨに渡された道具。それは、ロシア製の自動小銃。
 大口径で、かつ重い弾体を使用するそれは、超音速以下で銃弾が発射される。つまりはソニックブームが発生しないという事であり、消音機との相性がよい。
 弾薬は全部で二十発。これでも多過ぎるくらいだとヘンヨは思っている。
 それほど使用する事は無いと思っていたからだ。

「マトの今日の行動は?」
「スケジュール通り。午前中で公務を終えて、あとは演説周りだ」
「なら今夜中に終わらせる。」
「了解した。あと必要な物はあるか?」
「そうだな……。オレンジジュースをくれ」
「はぁ?」




※ ※ ※




 カチッ、ボッ……

 ガスコンロの音。赤いホーローの鍋は底が傷だらけで一部は黒ずんでいる。使い込んだ証だ。
 コンソメで煮込まれたキャベツはしんなりと、ブロッコリーは美しく緑色を発色している。ウインナーからは肉汁が染み出して、コンソメと混ざる。
 食欲をそそる、優しい香り。残念ながら食欲が元から存在しないティマには理解しようも無いが、それを食べさせる相手はきっと喜ぶだろう。
 それは十分理解出来た。

「うまそうな匂いだ」

 そう聞こえた。
 彼はお世辞にも綺麗な格好とは言えなかった。着ているツナギは機械油と粉塵でシミだらけ。顔も同様に見事に煤けていた。
 汗が染み込んだツナギは適度に乾き、特有のなんとも言えない悪夢的芳香を滲ませる。

「……今すぐシャワー浴びて」

 ティマは言った。マキの姿はいかにも仕事を終えた男そのものだった。それ事態はむしろいい事である。外で稼ぐは男のサダメ。
 だが、汗まみれ粉塵まみれ油まみれで家の中に居られるのはちょっと困り物。

「洗濯物はちゃんと別けてよ」

 ちくりと一言。普段着と仕事着を一緒に洗うのは憚られる。ただでさえマキの仕事柄、その汚れはガンコなのだ。休日に着るシャツとは洗えない。
 その判断は、ティマが主婦業にすっかり慣れている事でもある。

 マキがシャワーを浴びている間にテーブルに食器を並べる。真ん中にはホーロー鍋に入った優しいスープ。一人分だけだが、それで十分。
 すぐにさっぱりした表情のマキが食卓へ。一目散に席に着き、ティマはスープを皿へと注ぐ。

「いただきます」
「どうぞ」

 一口。また一口。

「おいしい?」
「うん。おいしい」

 なんて事ない、いつも通りの一日が終わろうとしている。




※ ※ ※




 日は落ちかけだった。ヘンヨは受け取った道具を持って、時間を待っていた。
 予定まで結構な時間があった。ホテルから出て、近くのファストフードの店で時間を潰していた。
 本国で発祥したチェーン店だが、この国にしか無いメニューが気になったらしく、とりあえずそれを注文。ここでも日本語が役に立つ。

「……うまいな」

 それは「テリヤキ」という焼き方でパティを調理したハンバーガー。子供の頃から世話になった店だが、本国に無い物なので当然初めて味。
 変わり種は好まない方だったが、これは気に入ったようだ。

 道具は大きめのリュックサックに入れておいた。
 割と目立つが、まさか自動小銃が入っているとは思われないだろう。この国では銃はそれほど馴染みの無い道具なのだ。
 ハンバーガーを食べ終わると携帯電話を取り出しスポーツサイトをチェックする。贔屓の野球チームの日本人プレイヤーがリリーフで活躍したらしい。少し嬉しかった。
 仕事前はいつもこうしてリラックスしている。
 それはただ単にのんびりしている訳ではなく、一般人として目立たぬようにするにはと考えた末の行動だった。
 そして、今の姿は単なる外国人旅行者その物だった。

「そろそろ日が落ちるな」

 外を見てそう言った。日が落ちて、人々が静かになりはじめた時が、仕事の時間。
 晴れていた。今夜はきっと星が出るだろう。

※ ※ ※




 夜風が涼しかった。
 地面はいまだに昼に蓄えた熱を放射していたが、吹いてくる風は秋の物。
虫達が大合唱を始める日も遠くない。既に一部のせっかちな奴は鳴きはじめている。

「綺麗な星空だなぁ」
「そうだね」

 二人で空を見上げていた。雲は無かった。おかげではっきりと星の輝きを堪能出来る。
 何と無く窓を開けたら、この星空が目に飛び込んで来た。
 マキがぼーっとそれを見ていたら、ティマもいつの間にか横に来ていた。

「じっくり空を眺めるなんてあんまり無いなぁ」
「そうだね」
「最近は夜も涼しくなって来たし。もう暑い日々ともおさらばだよ」
「私はあんまり変わらないけど」
「え? ああ、そうか。そうだよね」
「ねぇマキ」
「ん? なんだい?」
「……ううん。やっぱり何でもない」
「なんだ? 気になるだろ?」
「いや……ただ……。他の人も見てるのかなぁって」
「他の人?」
「うん。私達みたいに、この星を見てる人が他にもいるのかな、って。私達が見ているのと同じ物を」
「うーん……居るさきっとどこかに。この星空は一つしかないんだ。もし空を見ている人が居たら、私達が見る物と同じ物だよ」
「……うん」




※ ※ ※




 周りには何も無かった。そして、静かだった。
 比較的裕福な住宅街ではあったが、家々は小さく感じられる。国土が狭い日本ならではの高級住宅地だ。各住宅の間もかなり近い。
 となれば、身を隠すには十分だった。
 ヘンヨは家の間の死角へと身を潜めた。皮の手袋は使い捨て。被っている目出し帽も仕事が終われば速やかにゴミ箱行きである。

 侵入は簡単だった。
 マイナスドライバーとガムテープで事足りた。出来る限り音を出さず、小さく穴を開けたら、あとはドライバーを差し込み窓の鍵を外す。
 警報システムは一番最初に切断してある。もはやこの家で何があっても、警備会社からは「異常無し」にしかうつらない。

 もちろん、他の在中SPも居たが、ほとんどが油断しきっていた。
 最初に居た一人は背後から首を締め、速やかに眠って貰う。もう一人は勢いに任せ正面へと飛び出て、素早く喉、金的、側頭部を打ちノックアウト。

 倒れるSPを受け止め、とどめに素早く締め落とし、静かに床に寝かせる。
 そして訪れるは、何事も無かったような静謐な空気。

 ヘンヨは道具を取り出して階段を登って行く。次からは先程のようには行かないだろう。案の定、目的の部屋の前にはさらに二人の歩哨が居た。

 ――ぷしゅっ

 空気が狭い隙間から吹きでたような音。同時に、一人のSPが倒れた。何事かと横を見たもう一人は状況を確認する前に太股を撃たれ転倒。
 よく見ると、もう一人も脚を撃たれてうめき声を出していた。

 ヘンヨは銃口を向けたままつかつかとその場へ近づき、スプレーを噴射。
 催涙ガスの一種だった。一度受ければ、目も口も開かなくなる。屈強なSPも、狙撃されて、さらにそれを喰らえば無力となる。

 さっさと目的の部屋のドアを開ける。
 ジャージ姿のターゲットが居た。寝る前の運動でもしていたのだろうか。汗だくの壮年男性がブランド物のジャージを着ている姿は中々に滑稽な物だった。
 これならガウンを羽織ってブランデーグラスでも傾けていたほうがまだ違和感が無い。

「誰だお前は!?」

 ターゲットの声。そしてそれは、その人物の最後の言葉となる。
 また空気が漏れる音がした。それは二回鳴った。
 次に聞こえたのは、人が倒れる音だった。




※ ※ ※




「朝だよ! 寝坊しちゃうよ!」
「う~ん……。あと五分……」

 マキの口からベタなフレーズが飛び出す。
 布団を丸めて抱え込み、怠惰な朝の一時を過ごしたいのは人類共通の願いだろうか。しかし、ここで二度寝をするとたいがい痛い目を見る。

「早くしないと。朝ゴハン冷めちゃうよ?」
「う~ん。わかったよぉ」

 寝癖の頭をぼりぼり掻きながら、マキはようやく寝床からはい上がり洗面所へ。歯を磨きながら、半分眠った頭はぼけっとしたまま。

「私、今日早出だからもう行くよ。ちゃんとゴハン食べてよ」
「わかった」
「食べたら、ちゃんと流しにお茶碗入れておいてよ」
「うん」
「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけていくんだよ」
「うん」

 寝ぼけたマキに言い残し、ティマは勢いよく外へ。
 今日は月に何度かの早出当番なのだ。当直番の皆が集まる前にいろいろと下準備をしなければならない。
 少しばかり急いでいた。予定より遅れて家を出たからだ。おかげで少しばかり注意が散漫になったようで――

「きゃ!!」
「うをッ!?」

 誰かと思い切りぶつかる。相手と一緒に派手に転倒し、手荷物のバッグから中身が飛び出てしまった。

「……あ、あ! ご……ごめんなさい! 急いでたもので……」

 相手は体格のいい男性だった。
 見た限りでは外国人。思わず日本語で誤ったティマは少し失敗したかな? と思った。
 男性は転倒した際に腰を打ったらしい。手を当てプルプルしていた。

「あ……ご……ごめんなさい! いや、あの……」
「いてて……。いや、気にしなくていい。俺も油断してた……。いてぇ……」

 意外な事に男性は日本語で話した。赤い髪の毛が特徴的な人物だった。

「鞄の中身が飛び出たな。すまない。ぼけっとしていた」
「あ……いえ、こちらこそ……」

 ティマはそそくさと荷物を広い集め、バッグへ押し込む。中身がぐちゃぐちゃになったが、急いでいるのでどうでもいい。

「あの……本当にごめんなさい。あの……急いでたもので……」
「気にしなくていい。急いでるんだろ? 早く行くといい。……いてて」
「あ、すみません! じゃ、あの、これで……」
「ああ。気をつけてな」

 ティマは走り去った。おかげでさらに予定より遅れるハメになっただろう。
 一人残された男性――ヘンヨは、しこたま打ち付けた腰をさすりながら自らも目的地へ。

「……今のアンドロイドか?」

 二人の出会いは一瞬。それが何を意味するか、当然ながら二人が理解する事は永遠に無いはずだ。
 だが、ほんの一瞬、そして、いずれ彼女達の記憶から消え去るであろう瑣末な出来事は、重大な意味を持っている。

 世界は、一つなのだ。




※ ※ ※




「ああ、大変!」

 職場へ着いたティマは時計を見て大騒ぎ。危うく遅刻寸前。
 急いで始業前の準備を行う。

 ちょうどその頃、定時から出勤の同僚達もぞろぞろと集まって来た。めずらしく慌てるティマに驚きつつ、結局お手伝い。
 ちょっとしたアクシデントはあったものの、うまくいつもの日常へと戻って行く。
 休憩所のテレビは朝のニュースを垂れ流していた。有名な政治家が突然倒れ、搬送先の病院で息を引き取ったらしい。残念ながら、ティマ達はそれを見ている余裕など無かったが。

「ふう……。ああ大変だった」

 そして、一日が始まるのだ。いつもと変わらぬ。優しい日々。




※ ※ ※




《本日はご搭乗頂きまことに有難うございます。当機は間もなく離陸致します。
 目的地、ロサンゼルス国際空港まで役三時間のフライトとなります。なお、当機は……》

 機内アナウンスが丁寧に案内を言っていた。シートに座るヘンヨは既に寝るつもりでいたので正直いらっとした。
 サービスのお茶を飲み干し、アイマスクを付けて背もたれに身体を預けていたが、視界を封じた為か聴覚が鋭敏になったらしい。さまざまな音を無意識に聞き分け、眠気どころか精神が集中する有様だった。

「……もういいや」

 アイマスクを外し、コーヒーを一つ頼んだ。
 紙のカップに注がれたそれに砂糖を混ぜ、ゆっくり啜りながら窓の外を見る。
 また日本に来る機会はあるのだろうか?
 そんな事を考えた。数時間もすれば見慣れぬ異国は遥か彼方となり、いつもの風景が待っている。
 また妙な仕事がたくさん待っているだろう。
 そして、飛行機は飛び立つ。それぞれの物語を紡いで行く為に、彼らはまた途方もない距離で隔てられる。
 少し経てば、距離以上に重要な物でさらに線が引かれるだろう。



 それでも、世界はたった一つ。


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