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グラウンド・ゼロ 第9話

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匿名ユーザー

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 清々しい目覚めだった。
 目覚まし時計のベルでたたき起こされるのではなく、自然と目が覚めた。
 カーテンと窓を開け、深く息を吸う。
 冷たい空気が体の隅々まで目覚めさせる。
 ノビ。筋肉が引っ張られて、そして緊張が解かれる。
 欠伸なんて出やしない。最高の朝だった。
 食堂に行き、サンドイッチを口にする。
 何も強制されない日だ。
 二年後の死までの、貴重な1日だ。
 この胡椒がきいたハムの味も、コーヒーの心地よい苦味も、全て二度と無いも
のだ。
「ご馳走さまでした。」
 しっかりと手を合わせて、言う。
 果たして今までの人生で、これほど深く感謝したことがあっただろうか。
 今思うと、罪深いことをしてきたのだなぁ、と思う。
 この世の全てに俺は生かされているんだ。
 『死を思え』だったか。そんな格言があったのを思い出す。
こういうことだろうか。
 食器を片付けて施設内をぶらつく。
 まだ眼を擦りながら歩く者、欠伸をしながら歩く者、楽しく友人とお喋りしな
がら歩く者。
 皆今日を歩いている。死に向かって、日々を素晴らしいものにしようとしてい
る。
 タクヤもこんな気分だったのだろうな。
 と――
「おはよう!」
「うーす、朝からテンションたけーなー」
 タクヤが通路の向こうから歩いてきたので挨拶をした。
いつもの通り小さなキャリーバッグを引きずって、ジーンズにゆったりとしたシャ
ツという格好でいる。彼が結構筋肉質な体をしていることに、シンヤは気づいた。
「タカハシさんも今日は休みなんですか?」
 そう訊くと彼は残念そうな顔をした。
「それがチゲーんだよなー。今日は午後に地上探索の一番メインの奴らが戻って
来っから整備ラッシュだぜ。」
「へぇ、そうなんですか。」
「『平蛇』っていう戦闘用アッシュモービルなんだけどな、これがまたでっかく
てさー。マジ面倒だよ。」
「そうですか、頑張ってください。」
「おう。」
 そしてすれ違う。
 しかしちょっと歩いたところでタクヤが思い出したようにこっちを振り返り、
声を張り上げた。
「シンヤ!今日テンションたけーけど、どうした?」
 シンヤも振り向いて答える。
「多分、タカハシさんと同じです!」
「そっか!悪くないだろ!」
「はい!」
 二人は共に親指を立てた。



 リョウゴはゲームセンターに居た。
 別に遊ぼうという訳では無い。
 今朝、昨日から心に引っ掛かっていたシンヤのデータ消滅について、果たして
こんなことが普通にあることなのか、インターネット上の掲示板で質問してみた
のだ。
 すると、不正行為でもしていなければ、やはり勝手にデータが消されるなんて
ことは無いという書き込みが返ってきた。インターネット上の回答を鵜呑みにす
る気はサラサラ無いが、リョウゴは思い出したのだ。
 シンヤが最後にグラウンド・ゼロをプレイした時、中央端末の電源が切れたこ
とを。
 考えられるのはこれぐらいしか無い。
 そうだ。あれが単なる故障な訳がない。
 端末はあの後正常に動いていたし、そういえば何故か店員も来なかった。とい
うか、冷静に考えればあんなドンピシャで故障するとかどんな確率だよ。
 だとしたら原因はシンヤのプレイにあったんじゃあないか?
 確かあの時アイツは通信対戦をやっていたと言っていた。対戦相手の名前は…

「『テスター』……だったかな。」
 もしかしたらソイツがチートでも使っていたのかも。
 財布からICカードを取り出す。
 なんで、たかがデータ消滅にこんなマジになってんだろう。
 自分でもわからない。
 ただ、気になるのだ。
 平凡な日常に転がり込んできた、ちょっとした陰謀の臭いに心が躍っているの
かも。
 好奇心は猫を殺す。だけど人間なら命までは奪われやしないだろう。
 ネット上で『テスター』を見つけ出して、それとなくカマをかけてみよう。そ
れで相手の不正が発覚したら、俺もスッキリする。
 リョウゴは今までに無いワクワクを感じていた。
 腕時計はもうすっかりリョウゴの手首に馴染んでいた。




 黄色い警告灯が輝く。
 地鳴りのような音もする。これはリフトの下りてくる音だ。
「ドック、地上ゲート開きます。作業員は退避してください。」
 アナウンスされるまでもない。
 タクヤは既に整備員用の、歩道橋のような、大きな通路からドックを見下ろし
ていた。
 ここにはAACVやら何やらは無い。今から入ってくるものの、完全な専用ド
ックだ。
 そしてこのドックの主は今、巨大なゲートが開くのを待っている。
 油圧ロックが外れ、ゲートが重い音をたてながら左右に開いていく。
 やがて姿を現したのは、平べったい蛇だった。
 幽霊屋敷カントウ第1ブロックが所有する最大の戦闘用アッシュモービル『平
蛇』が、轟音と共に灰をドック内に撒き散らしながら入ってきた。
 平蛇は例えるなら巨大な板状の電車のおもちゃだ。
 無限軌道とスキーが付いた板で、沢山の砲塔を上に乗せているのが先頭車両。
それに一列になって、分厚い装甲の船室車両がジョイントで後ろに繋がっている
。さらにその後ろには前の二両に比べたらかなり分厚い輸送車両がくっついてい
る。
 その他目的に応じて車両を繋げたり減らしたりして、汎用性を持たせているの
だ。さらにいざとなったら各車両単体でも動ける。
 平蛇はゆっくりと減速し、所定位置で停止。エンジンを止める。警告灯が消え
た。
 すぐに整備員達が駆け寄って、損傷、消耗箇所のチェックを始めていく。
 タクヤもその中に居た。
 リフトで下に降り、自分の所属する整備チームの担当する先頭車両右後方へ早
足で行く。
 平蛇には戦闘の形跡があった。各部には弾が掠めた痕がいくつも残っている。
。大きさから見てAACVのライフルか、戦車の主砲だろう。
 その程度なら直撃しない限り脅威ではない。タクヤが改めて感心したのは、敵
のAACVを、確実に装甲を貫く超高熱ナイフや超振動剣を使われる距離に近づ
けさせなかった艦長の手腕だ。
 特にAACVの機動力ならば装甲の薄い背面に回ることは容易いはずなのに。
 敵わねーな、アイツにゃ。
 そうして、マニュアル通りに各部チェックと必要な修理のまとめを行っていった。


 ユイ・オカモトはノックをする。
 少しの間があって、扉が空いた音がする。
「こんにちは、クロミネさん。」
 黒いぼんやりとした影としか見えない彼は挨拶をした。
 用件を訊かれる。
 部屋でうっかりペットボトルを倒してしまい、床にこぼれてしまった水を拭く
のを手伝って欲しい、とそう答えた。
 彼は快く引き受けてくれた。
 自分の部屋に招き入れる。
 雑巾のある場所に案内すると、「全部俺がやるよ」と彼が言ったので、その言
葉に甘えた。
 ゆっくりと部屋の、全員に支給されている机と対の椅子を引いて、そこに座る

 クロミネの足音は一度離れて消えて、そしてまたフェードインしてきた。
 床に膝をつく鈍い音。片膝をついているのかな。
「ありがとうございます。」
 そう言うと彼は「視力が弱いと色々大変だろ?」と返してくる。
「毎日二回、手伝いの人が来てくれるんですけれど……今日はもう帰ってしまっ
て。」
「へぇ、そうなんだ」
「はい。」
 会話が途切れそうになる。
「……そ、そういえばさ」
 クロミネが無理矢理に話題を繋いだ。
「オカモトさんって前は何やっていたの?」
「え……」
 返答に詰まる。
「あ、嫌だったら言わなくても――」
「……本当なら、高校生だったの、かな。」
 気づいたらそう答えていた。言うつもりは無かったのに。
「……“本当なら”?」
「私……」
 もう、いいや。
「私のお母さんは、とても教育熱心な人で、私を有名な私立高校へ進学させよう
としていたんです」
 別に隠すようなことでもないし。
「だけど中学生だった私はそれに反発して、兄と一緒に遊んでばかりいました。

「兄妹がいるんだ。」
「……兄は、決して誉められないような人でしたけれど。高校を退学になって、
その後すぐに『子供が出来た』と言って反対を押しきり結婚して、それから先は
わかりません」
「へぇ、意外だな、色々と」
 少し微笑む。「よく言われます。」と言う。
「今思うと、お母さんには申し訳ないことをしたと思います。だけど、その時の
私は勉強もせずに毎日ゲームセンター通いでした。兄と一緒に。」
「もしかしてグラウンド・ゼロもお兄さんの影響で?」
 頷く。「兄よりも上手くなってしまいましたけどね。」
 笑顔を浮かべる。
「……オカモトさん」
 クロミネの言葉。
「オカモトさんは、この幽霊屋敷から出たいとは、そうは思わないのか?」
 ゆっくり、首を振る。
「やっぱそうか。」クロミネの安心したような声。
「私は、もう幽霊ですから……お母さんに会ったら、また、悲しませなければな
りません。」
 私を愛してくれた母に、二度も娘を失わせるべきじゃない。
「でも、やっぱり……」
 言いにくそうなクロミネの声。
「会えるなら、会いたいですよ。もちろん……」
 引き受けてあげる。
 声のする方向へ、影がうごめく方向へ顔を向けた。
「……クロミネさんだって、そうでしょう……?」
 彼が頷いたのが感じられた。



 翌日。
 シンヤはAACVのコクピットに寝そべっていた。
 通信機からタクヤの声。
 それに明るく返事をして、地上ゲートへ向けて鋼鉄の足を歩ませていく。
 今日も長時間の哨戒任務だ。
 一昨日と違うのは、一人だということ。
 アヤカさんの話によると、これからしばらくは「地上慣れ」するためにこの任
務があてがわれるそうだ。
 戦闘に出るのはもう少し、後。
 殺人を犯すことになるのだろうか。
 でも、地上に出ている人間なら、皆いつ死のうが後悔は無いだろう。
 最大で二年。その短い残り時間を知ったら、あの世まで持っていけない物は全
て無価値なものに思える。
 いつどこで死のうが関係無い。
 幽霊はすでに死んでいるのだから。
 地上にシンヤのAACVが出る。
 灰の降り続く地上に佇むその巨人からは、およそ生命など感じられない。
 死の大地を、死の巨人は飛んでいく。
 操る幽霊はわずかに笑っていた。

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