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八話:【無価値な者共 3】

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ParaBellum

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 時刻はちょうど七時を過ぎた頃だった。
 フリオ・アンダースは時計をちらりと見て、すぐに興味を別の物へと移した。時刻にあまり意味が無かったからだ。
 どうせ今日も家に帰れずここに缶詰だ。押し付けられた作業は一向にうまく行かなかった。フレックスで働く彼にとっては、定時や残業といった概念が欠如していた。


 八話:【無価値な者共 ③】



「キースめ。一体どこへ行ったんだ……」

 その場に居ない者へと悪態をついた。彼はモニターを注視し、自分が用意したナノマシン達が働く様子をつぶさに観察していた。
 彼の専門はそれだった。
 ナノマシンを用いて、遺伝子を物理的に操作する。それが彼の仕事だったのだ。

「……ああクソ。難解な書き方だな。もっと素人にも解りやすく書けないのかキースは」

 また文句を垂れた。机の上にあった大量の資料は全て、遺伝子操作に関する物ばかりだった。彼は資料とモニターの両方に目を配りながら、両手はキーボードを叩き続けていた。
 こんな事をもう何日も続けていた。会社のロッカールームにある簡単なシャワーと、食堂と研究室を行ったり来たりする生活のせいか、頬はどこかやつれた印象を得ていた。日の光を浴びる時間も激減し、食事もおよそ簡単な物ばかりだったので顔色も悪い。
 稀に頼むデリバリーのピザだけが現在の唯一の楽しみと化していた。

 彼はモニターを注視していた。
 ところが、突然にその作業を中断した。キーボードのエンターキーを押し、モニターを見るのを止めた。
 彼はキーボードを投げ捨てたい衝動に耐えながら、スクリーンセーバーが作動したのも気付かずにしばらくぼーっとしていた。また失敗したのだ。

「トライゼンの狸親父め……。俺一人でどうしろってんだ……」

 彼は両手で顔を擦りながら言った。指先に目やにがついた。
 元々は精悍な顔立ちで、体格も立派であったが、今の姿はそれに陰りが見えていた。すっかり「研究にのめり込む科学者」と言った容貌だった。

「キース……。どこに行ったんだ……」


 彼は言った。彼もまた、キースの行方を知りたがっている一人だった。
 彼はキースを求めている。彼のナノマシン達は指示通りに様々な仕事を忠実にやり遂げるが、指示の出し方を知らなければどうにもならなかった。
 そして、あくまでそれの専門家である彼はキースが居なければどうにもならなと喘いでいる。
 どうしても必要だったのだ。遺伝子工学の専門家の知識が。

「あの狸親父は何をやらせたいんだ。素人め……。それにこの遺伝子は一体何なんだ……?」

 不満は積もりに積もっていた。一向に進まぬ作業。狭い室内での閉塞感。ビタミンミネラルが不足した食生活は、彼の思考を負の感情で埋め尽くさんと躍起になる。いわゆるストレスだ。
 ここではろくにストレス解消も出来ない。それ自体もまた、さらなるストレスを呼び込んだ。

 彼はキースの事を思い出していた。
 自分ではいいコンビだと思っていた。老獪で実績を携えた科学者と、好奇心と活力に満ち溢れた若い科学者。お互い足りない物を補い合える関係だと思っていた。
 そして皮肉にも、片方が欠けてそれが正しかった事を証明してくれた。

 突然の失踪は彼に二人分の負担を与える結果となる。それだけならまだしも、自分の手に余る事まで押し付けられる。そこは完全に彼の領分では無かったのだ。
 それを押し付けた者に憎しみさえ抱いた。素人め。商売人が知った面をするなと。

 もはやあの探偵を語る男だけが頼りだった。
 あの恐るべき技能を有する元兵士ならば、或は。そんな希望を抱いていた。何より、隠された経歴がその探偵への期待を増長させたのだ。
 ただの兵士では無い。表に出せないような作戦をこなす秘密の存在だったはずだ。おそらくは、スパイやそれに近い者ではないか。そんな事を考えていた。

「俺も軍に入ってたほうが楽だったかもな」

 そうは言ってみたが、すぐに改めた。一日中走り回り上官に怒鳴られ続ける生活を想像して嫌気がさしたのだ。

 そして、アリサの事も思い出した。先日ここへ訪れた時に初めてその姿を確認したが、少なからず驚きだった。


 アリサの事はキースから聞かされていたので存在はよく知っていた。
 孫の事となるとキースは饒舌だったのだ。もういいと言いたくなるほどに語ってくれた。
 だが、その時のキースが妙な雰囲気を持っていた事も印象に残っていた。
 あれだけ溺愛していた孫の事を語るのに、その表情はどこか悲しさを携えていた。どこか、孫に対して後ろめたい何かがあるのかと思わせる顔だった。
 そしていつも、語った後は恐るべき集中力で研究にのめり込むのだ。

「気持ち悪かったなあれは……」

 そう言った。
 最後にまた、アリサの事を思い出した。そして、沸き上がるストレスは彼を衝動的な行動に走らせようとする。
 頭に雑念が沸き起こる。それは脳内を縦横無尽に駆け回り、彼は我慢が効かなくなって行く。
 やがてそれは一つの行動への欲求となって彼を襲った。
 我慢の限界だった。もはや彼の心はこのストレスを抱えるだけのキャパシティが残されていなかった。
 そして彼は、数日ぶりにストレスを解消する事にした。



※ ※ ※



《……今どこだ?》
「倉庫だ。仕事道具を揃えないと……」

 ほぼ同時刻。
 ヘンヨはスラムにある自分の借りている倉庫へ来ていた。

「大丈夫なのか? あまり無理は……」
《大丈夫だ。気絶させられただけだ。それより、お前が言ってた連中、ある程度調べがついたぞ》
「聞かせてくれ。スレッジ」

 ヘンヨは携帯電話を片手に倉庫の中を漁っていた。
 中はおびただしい数の物々しい道具で溢れ反っていた。銃口を上に縦に並べられた小銃、壁にかけられた対物ライフル。やたらと大きい木箱には「M61」と書かれていた。これに関しては完全にコレクションだったが。

 その中から、いくつかの道具を選び出す。
 その中にはどう言い訳しても逃れられないような非合法な道具まであった。この場面を見たら、ここは軍の倉庫か、銃火器の博物館かと思わせる。
 しかし、実態はすべて個人の所有物なのだ。いくつかの趣味を除き、それらはすべて個人が使う為にそこへ集められていた。ヘンヨは急がなければならないが、準備不足は避けたかった。


「……で、何が解った?」
《トライゼン・B&M・インダストリー。中小企業だが相当稼いでる。やはりキースの影響だろうな。
 社長のトライゼンも相当なやり手だ。バイオ表皮の他にも金属製のアンドロイドのパーツを多数開発してる。生産は別の大手の下請に一任しているが、開発元としてはかなり幅を効かせている》
「そこは知ってる。あまり新しい情報は無いな」
《ああ。トライゼンはどこまでも商売人だ。多少はマフィア連中と付き合いがあるらしいが、別におかしくはねぇしな》
「この件は最初から金の臭いがする。どこまでも商売人というなら、やはりそいつが黒幕で間違いないだろうな。簡単な事だったんだ。」
《おそらくな。キースの失踪に関与しているのも多分……》
「直接聞くだけだ。まずはアリサだ」
《そうだな。ああ。アンダースについても調べたら、ちょいと面白い事が解ったぞ》
「なんだ?」
《一部のコミュニティじゃ有名人だ。
 フリオ・アンダース。三十三歳。学生の頃は成績優秀。品行方正。勉学とスポーツに励む好青年。お前と真逆だ》
「どうでもいい。で?」
《社会に出てからも変わらなかった。が、逮捕歴が一度だけある》
「なんだ? ドラッグか何かか?」
《買春だ》
「買春? 登録すりゃ合法だろう? 未登録の女を買っても逮捕なんて聞いた事が……」
《普通はな。だが相手が未成年なら話は別だ。売春を合法化する代わりにそこら辺の線引きは厳しい。
 奴はそういったサークルやコミュニティでは結構知られている。ティーンエイジャー専門だったんだよ》
「……なるほどね。アリサには二重の危機か」
《まぁ今回の件に絡んでいればな。それに真人間である事も間違いない。それ以外で悪い噂もない。アリサを連れ去ったのが奴とは考えられない》
「まぁいい。どちらにせよ今から殴り込むんだからな」
《死ぬなよ。KKをやった奴はハンパじゃねぇぞ》
「解ってる」

 ヘンヨは電話を切る。選んだ道具を持ち、クーペのエンジンを回す。
 爆音が響いた。急がなければならない。



※ ※ ※



 アンダースはまだぼーっとしていた。久々にストレスを解消してみたものの、おかげでやる気まで放出してしまった。


 おかげで作業は中断されたままだった。
 彼のナノマシン達は、ずっと指示を待ち続けていた。もっとも、急いだ所で成果が上がるとも思っていなかったので、アンダースはここぞとばかりに徹底して思考を止めていた。

 その彼を叩き起こしたのは内線の呼び出し音だった。
 緑色の発光と共に鳴るそれは外線音ようなの強烈な目覚まし効果は無く、むしろ不快な程に穏やかだった。
 彼はそれを取るべきか迷ったが、頭の片隅にある仕事という概念が働き無意識にそれを取る。
 そして、今一番聞きたくない声がそこから聞こえて来た。

《……調子はどうだ?》
「トライゼン……。電話してくるなんてどういう風の吹きまわしだ?」
《当然だ。出資しているのは私なんだ。で、どうなんだ》
「何度も言わせるな。俺じゃどうにもならない。ベリアルから聞いているはずだ」
《そうか。まぁいい。その仕事は止めだ》
「……何だって?」

 アンダースはにわかに目が覚めた。

「どういう事だ? あれだけ無理難題を吹っかけて今更中止とは……」
《別の仕事が出来た。そっちを先にして貰いたい。もちろん、今の研究を続けたいなら構わんが、新しい仕事の方を優先して貰う》
「さすがの身勝手だな。人の苦労を何だと思ってやがる……」
《君は雇い主に敬意を払う事を覚えたほうがいいな》
「おかげさまでイライラしてるのさ。で、新しい仕事ってなんだ?」
《社長室に来てくれ。見せたい物がある》
「なんだ? 電話じゃダメなのか?」
《見たほうが早い。君も興味があるとは思う事だ》
「いいだろう。今からそっちに行く」



※ ※ ※



 ヘンヨのクーペは幹線道路をひた走っていた。
 速度は裕に百キロは超えていたが、ネズミ取りは居ないはずだったので迷う事なくアクセルを踏み込んでいた。
 もっとも、そのクーペは本来であれば最大で三百キロ以上まで加速出来る性能を有していたが、周りの車の流れがそれを押さえ付ける。百キロ前後で限界だった。
 おかげでいらいらするハメになっていた。


 急がなければと思う半面、ヘタに事故など起こそう物なら元も子もない。それもまた、車の加速を妨害している。ヘンヨはイラ立っている。

 いざという場合、トライゼンを殺害する可能性をヘンヨは考えていた。また、最悪のケースとしてアリサが殺害される可能性もだ。
 そうなればトライゼンを殺害しようが例のチタンコートを破壊しようが、例えキースを発見しようが意味が無くなってしまう。それだけは避けなければならない。

 速く到達しなければ。
 そう思っていたが、クーペは思うように進んではくれなかった。周りから見れば十分に暴走運転と呼べる物だったが、それでもまだ不十分。
 ヘリコプターでもあればこんな煩わしい道路など無視出来るのだが。そんな事すら考えた。
 もっとも、直線の最大速度ならヘンヨのクーペのほうが速いのだ。

 集めた道具が助手席でがたがたと揺れていた。もし今、警察に止められたら一発で逮捕されるだろう。トランクの中身まで見られたらテロリストと思われかねない。実際、これから似たような事をするのだから。

 たどり着いたら、まずは派手に挨拶をしなければならない。事前の情報が少な過ぎて細かいプランを立てられなかったのだ。
 力で押し進むしかない。そして、うまくトライゼンを捕らえる事が出来ればキースの居場所もすぐに解るかも知れない。
 あくまで可能性だが、期待は出来る。そして、逆にトライゼンを殺害する事になったら。

「もうウンザリだ」

 そう漏らした。彼にとってはもう飽き飽きしていたのだ。あまりに多くの死を見てきたのだ。そして、自分がそれを振り撒く存在だと思い知った時、彼は自分の手が汚れ過ぎている事も知った。
 それだけは避けなければ。そう思っていたが、必要ならば自分は躊躇なくそれを行うだろうとも思っていた。

 自分の感情と行動はちぐはぐな関係だった。そして急ぐ思いとは裏腹に思うように進まないクーペもまた、ヘンヨとはちぐはぐな関係と化していた。
 それでもなお、ヘンヨは目的地へと急いだ。


※ ※ ※


 アンダースはエレベーターに乗り、三階まで上がる。
 ドアが開くと一直線に廊下が見えた。
 その左右には透明な仕切りで区切られたオフィスが見えた。それが四部屋、正方形を作るように並んでいた。
 その廊下のまっすぐ先には社長室の扉が見える。透明な仕切りではなく、きっちりと塗り固められた壁の向こうにそれはある。
 いかにも重厚な造りのドアが、回りのオフィスとの差別化を成していた。おそらく上空から見れば、このフロアは長方形となっているはずだ。

 アンダースはつかつかとそのドアの前まで進んだ。
 この時間まで仕事をしている者は居なかった。おかげでこのフロアに似つかわしくない白衣姿のアンダースに目を止める者は居なかった。
 ドアの前まで来ると、脇にあるカードリーダーに付け加えられたインターホンを押した。社長室の扉を開けるカードキーを持たないので、中から開けて貰わなければならないのだ。

「アンダースだ。開けてくれ」
《分かった。少し待て》

 ドアからカチと音が鳴る。それを聞いたアンダースはドアノブに手をかけて中へと侵入していく。
 中は、大きなデスクと棚があるだけの、広いオフィスだった。

「来てやったぞ。見せたい物って何だ?」
「急かすんじゃない。まずは楽にしろ。休んで居ないだろう」

 トライゼンはそう言って大きな体格を椅子から離した。スーツ姿がよく映える風貌だった。五十を過ぎたはずだが、若々しいエネルギッシュなイメージがある。だが、それはすべて虚構だろうというのがアンダースの印象だった。
 解りやすいまでの営業マンにしか見えていなかった。アンダースは立ったままそれを見ていた。

「例の研究はどうだ?」
「いまさら聞く事か? キースの指示が無ければ何もできやしない。そもそも、あの遺伝子は異常だ。キースですら手に負えなかった物を、俺にどうしろと?」
「そうか。仕方ないな。無理な要求だった事は謝ろう」
「一つ答えろ。あれはキースの開発した無個性遺伝子なのか?」
「そうだ。例の人種の特徴を再現する為の」
「ウソを付くな」
「どういう意味だ?」
「あれは無個性遺伝子ではないだろう。あれは……間違いなく何者かのクローンだ」


「ほう。君でも気付いたか」
「当たり前だ。無個性遺伝子だけなら山ほど見てきたんだ。あれは絶対に違う物だ。キースが開発したとは思えない。お前の差し金か?」
「確かに私が主導で開発を進めた物だ。だが、あれは間違いなくキースが開発した遺伝子だ」
「バカな……。キースはクローンなんて興味が無かった。ではあれは何処の誰の物なんだ」
「まず勘違いを正そう。あれはクローン遺伝子ではない。間違いなく、キースが無個性遺伝子から発展させた物だ。君は気付かなかったか? あれの異常性に」
「……寿命が異様に短い。その反面、すぐさま細胞をガン化してしまうという特性もある。すぐ死ぬ上に、そんな特性を持っていたら、生物として成り立たない。ましてや人間の細胞なら」
「その通りだ。そして、それの克服こそがキースが目指していた物だ。残念ながら途中で離脱してしまったがね。
 君にやって貰おうとも思ったが、いくら遺伝子を自在に操れたとてどんな形にしていいか解らなければやはり無意味だった」
「あれは何だ。俺に何をさせていた? キースは何をしたんだ?」
「焦るな。順に説明してやろう……」

 トライゼンはデスクの上にある真新しい電話のボタンを押した。そして一言、「連れて来い」と言う。
 その直後、さらに奥の部屋へと続くドアが開かれ、同時に必死に息をする音が聞こえて来た。
 そして、チタンの塊がゆっくり姿を表した。肩に担がれているのは、さるぐつわをされた――

「アリサ!?」

 アンダースは驚愕の声をあげる。
 チタンの塊は縛り上げたアリサを椅子に座らせ、デスクの前までそれを押してきた。

「……あの遺伝子はアリサのだというのか?」
「半分は正解だ。このアリサとは少しバージョンが違うがね」
「何だと?」
「最新のバージョン、つまりこのアリサの設計図はキースが持ち去った。そして今はあの元兵士が持っているらしい。仕方なくだが、まずは手元に見本を置いておこうと思ってね」
「何を言っている? アリサのクローンでも作るつもりか?!」
「落ち着け。説明しよう。クローンではない」
「では一体……!? キースは何をした!?」
「驚くべき事だ。キースは、およそ究極と呼べるアンドロイドを開発したのだ。……人間を造ったんだ。」


続く――


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