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グラウンド・ゼロ 第5話

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匿名ユーザー

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 気付いたら朝になっていた。
 ベッドの上で膝を抱え、色々と考えていたら夜が明けていた。
 目を擦る。顔を洗って涙の跡を流さなければ。
 力無い足取りで洗面所へ。
 鏡を見る。二十四時間前に見たときにはこんなクマは無かった。
 深く溜め息をつく。
 それでも腹は減る。
 苦い敗北感。これから毎朝これを味あわされるのか?
 寝癖を直して、昨日アヤカから渡された服に着替える。
 ポケットに何かある。取り出すと『職員専用』と書かれたIDカー
ドだった。
 思わず床に叩きつける。
 ……拾わなければならない。
 惨めだ。
 部屋を出る。昨日、食堂があることをタクヤに教えてもらった。
 しかし、この施設が出すものを体に入れるのか?
 ぞくりとする。食欲は湧かない。だが空腹。
 首輪をつけられ紐を牽かれるような、そんなどうにもできない屈辱が喉を這い
上がってくる。
 また、深い溜め息。
 まだ自分がここに居ることに違和感を覚える。
 今頃、母さんも父さんも、俺の居ない朝を迎えているのか。
 また涙が出そうだ。上を向く。畜生。
 腕時計を見ようとして、無いことに気付いた。
 そういえば、学生服と一緒にとられたんだ。どこにいったんだろう。
 高校の入学祝いだったのに。アヤカさんに訊いてみようか。
 食堂へ。
 広い空間にはまだ誰も居ない。まだ早朝だからか。
 ……そうだよ、早朝だよ。
 今さら気付いたけど、食堂って何時から開いているんだ?
 カウンターにシャッター下りてるんだけど。やばい、早すぎたかもしれない。
ってか絶対早い。ってか俺立ち直り早いな。ってか自分への突っ込みが止まらな
い。何やってんだろ俺。
「意外と朝は早いのね。」
 いきなり声をかけられ、ビクリとする。
 いつの間にかアヤカが後ろに居た。
 彼女は昨日とは違うスーツに身を包んでいる。
 だがその眼差しは昨日と同じで鋭かった。
「おはよう、クロミネくん。早速だけど今日の予定を伝えるわ。朝8時にミーテ
ィングルームに来なさい。そこで昨日出来なかった説明をします。内容は幽霊屋
敷の概要及び主要な業務とその基本的なやり方。終わり次第AACVの基本操作
の講習。まぁほとんどゲーム機と同じなんだけどね、さすがに全部ではないから
。初日だからとりあえずこれだけよ。それと、食堂は7時から20時まで。因み
に今は5時半ね。」
 いきなり捲し立てられて、気圧される。
「目に隈が出来てるけど、昨日は眠れなかった?気持ちは分かるけれど健康管理
はしっかりしなさい。判断力が鈍るのは良くないわ。」
 朝から良く喋るなこの人。
「頭に入った?」
「……すいません、もう一回お願いします。」
「そう、それならもう一度伝えるわね。朝8時に――」
「すいません、やっぱいいです。」
 もう一度聞くと頭が痛くなりそうだ。
「……ふぅん、そう。」
 視線がなんか痛い。信用されてないのが伝わってくる。
 あぁ、そうだ。
「俺の腕時計知りません?昨日、つけてたはずなんですけれど……」
「君の身につけていたものなら全て死体に着せたわよ。でないと不審を抱かせる
可能性があるから。」
「……それ、本当ですか。」
「腕時計が必要?なら適当な物を手配するけれど。」
「いえ、いいです。」
 怒りも湧かない。
 この人に思い入れとか語っても、きっと無駄だろう。会話した量はそんなに多
くないが、そのくらいはわかる。
 会釈をして彼女の前から立ち去る。
 ……腹が減った。



「それではこの幽霊屋敷について、詳しく説明するわね。質問があれば手を上げ
て。」
 広い部屋に並ぶ机に座った自分と、その前方のスクリーンの前でファイルを広
げるアヤカ。
 なんだか学校で授業を受けているみたいだ。リョウゴとかは居ないけれど。
「まずこの幽霊屋敷の正式名称だけれど
『地上探査及び小惑星落下地点特定のためのあらゆる法的束縛を受けない、特殊
機動兵器の軍事的運用及びそれに関わる必要人材の強制確保のための極秘機関』よ。
昨日も言った通り覚える必要は無いわ。」
 すげぇ、息継ぎせずに言い切った。
「そして私たちの主な目的はその名の通り『地上探査』と『小惑星落下地点特定
』の二つ。始めにこの二点を詳しく説明するわね。」
 アヤカさん教鞭とか似合いそうだな。
「とりあえず約一世紀前、地上に直径20キロメートルの小惑星が衝突したのは知
っているわよね?」
「はい」
 リョウゴにミートボールを盗られたことを思い出す。
「当時各国の首脳はユーラシア大陸に直撃するであろうこの小惑星を退けるため
にあらゆる方法を模索し、そして最終的にミサイルの一斉射で小惑星を破壊、被
害を分散させる作戦を立て、実行したの。」
「でも、失敗した?」
「残念だけれど、作戦は全く予想外の結果に終わったわ。」
 アヤカはリモコンをいじる。
 部屋が薄暗くなって、スクリーンに何やら青白い石ころの画像が投影された。
「小惑星はただの金属の塊ではなかったのよ。今出ている画像は小惑星の内部を
構成していた、当時ではまだ未知だった物質で、私たちは『プレゼンテッドマテリアル』
と呼んでいるわ。略して『P物質』ね。」
 『提示された物質』……?
「『贈られた物質』、ね。はっきり言って、今私たちがこうして地下で生きてい
られるのはこの物質のおかげよ。この物質からは僅か1センチ四方の大きさで、
電力に換算して毎時約80万キロワットのエネルギーを得られるわ。AACVの
動力もこれ。」
「凄い。」
「ミサイルの攻撃による爆発と小惑星内部のこのプレゼンテッドマテリアルの一
部が反応して大爆発が起こり、小惑星はバラバラになったわ。直撃した場合の予
想の数倍の規模の被害をもたらして。」
 画像が変わる。
 なんだこれは。
「……これは、真昼の地上よ。」
 地上が荒野になったとは聞いていた。だけど、これは――
「まるで地獄だ。」
 広がる大地には草木は無い。地面はどこまでも灰色に変色している。空から降
っているのは、灰か?
 空は分厚い雲に覆われ、日の光は完全に遮られている。真昼なのに夜中のよう
に暗い。
 この世の果てという言葉が似合う、時間が止まっているような光景。
 生き物が住める環境でないことは一目瞭然だった。
「小惑星爆発と落下に伴う津波、プレートを刺激したことによる大地震、それと
連鎖して噴火した世界中の活火山……恐竜も滅ぶわね。」
 アヤカは勢い良く机に両手をつく。
「だけど、私たちは生き残った。」
 シンヤは彼女のいつにもまして真剣な眼差しに、貫かれたような気分になる。
「幽霊屋敷はAACVを用いて、小惑星衝突によって大きく様を変えた地上を探査
し、1グラムでも多くのプレゼンテッドマテリアルを手に入れるために設立され
た機関であり、その最終目標は、小惑星の中心が落下した地点『グラウンド・ゼ
ロ』を見つけ出すことにある。
 私たちが業務を怠れば地下都市は直ぐ様エネルギー不足になり、コロニー・ジャ
パンに住む三千万の人間は全て、生命の危機にさらされることになるわ。」
 シンヤは手のひらに汗をかいていることに気づいた。
 幽霊屋敷の目的は分かった。
 今まで毎日何も考えずに暮らしてきたが、それが出来たのはこの組織のおかげだっ
たのか。
 ならば、この組織で働くということは母さんや父さん、リョウゴや他の友達を
守ることになるということになるのだろうか。
 そう考えれば、ここで働くのも悪くないかもしれない。
 しかし待て。
「何か質問が?」
 シンヤは手を下ろす。
「本当にそれだけが目的なら、なんでわざわざ俺みたいな奴を拉致しているんで
すか。」
「……雰囲気には流されないのね。君、裁判官とか向いているわよ。」
 それは彼女なりのジョークだったのか。
「理由は、やはりP物質。今のところ言えるのはこれだけね。」
「どうして勿体ぶるんですか。」
「君のためよ。」
 意外な答えだった。
「君なら全て言わなくても理解するでしょうし、どうせAACVに乗っていれば
そのうち解ることだから。」
「それが何で俺のためになるんですか。」
「少しは自分で考えなさい。私が言えるのは本当にギリギリここまで。」
「本当かよ。」
「私、嘘は嫌いなの。一応、君みたいなのを納得させるためのダミーシナリオも
あるんだけれどね。」
 彼女は書類をヒラヒラとさせる。
 その言葉、信用すべきだろうか。
 アヤカは微笑んだ。
「私は君の敵じゃないわよ。」
 ……その通りだ。
「じゃあ、別の質問を」
「どうぞ。」
「『グラウンド・ゼロ』には何があるんですか?」
「いい質問ね。」
 アヤカは画像を切り替える。先程とは別のプレゼンテッドマテリアルが映し出
された。
「これは断面よ。中心を良く見てくれる?」
 目を凝らす。
 さっき表示されたのより大きいP物質の中心は透き通っていた。
「これはP物質の結晶。この状態のP物質は通常の状態より断然長持ちする上、得
られるエネルギーも段違いなの。」
 なるほど。
「理解したようね。」
「小惑星の中心には巨大な結晶があるはずだ、と?」
「正解。P物質の燃料としての優秀さはもう説明したし、地下都市との関係、そ
して結晶の特性についても説明したわ。後は分かるわね?」
 ピンときた。
「まさか、地上じゃあ、プレゼンテッドマテリアルの奪い合いが起こっているん
ですか?」
「ご名答。」
 また彼女は微笑んだ。
 もしかして、これが幽霊屋敷が極秘機関である理由なのだろうか。
 しかしまだ、何かが足りない気もする。
「ついでにAACVの重要性も理解できたかしら?」
 とりあえず、頷く。

「理解が早くて助かるわ。それじゃあ次に通常業務の説明に移るわね。」
 そしてアヤカは話を続けた。




 友人は箱に収まっていた。
 一昨日駅で別れたのが最後だった。
 突然すぎる。
 現実味が無い。
 右手の携帯電話を開いて電話をかければ、きっと出てくれる。
 そうだろう、シンヤ。
 そうであってくれ。
 リョウゴは棺に近寄る。
 遺体の損傷が激しく、直に見るのは止めたほうが良いと言われたが、我慢でき
なかった。
 見て、そして衝撃と吐き気。
 棺から離れ、崩れ落ちる。
 熱い涙が頬を伝う。一滴、また一滴。
 やがてリョウゴは泣き崩れた。大声をあげ、鼻水も涎も拭かず、とにかく泣い
た。
 泣いて、泣いて、涙も枯れてきたころに、自分に声がかかる。
 シンヤの父だった。
 彼は来てくれた友人に感謝の言葉を述べ、背中をさすってやる。
 やっと落ち着いてきたリョウゴは彼にシンヤとの思い出を語った。
 高校に入って、初めて出来た友人だったということ。
 文化祭で一緒にヒーローのコスプレをしたこと。
 毎日一緒に遊んだこと。
 課外授業でのシンヤの失敗。
 些細なことから喧嘩したこと。
 一昨日、シンヤと駅で別れたこと。
 嗚咽が止まらないままにリョウゴはシンヤの父にそれらを語った。
 シンヤの父は目を細め、「本気で泣いてくれる友達がいて、あいつも幸せだっ
たろう」と語る。
 また涙が溢れそうになるのをリョウゴは堪えた。
 堪えて、言った。
「何か……形見に、なるものを、いただけ、ませんか」
 シンヤの父は快く了承し、あるものを差し出す。
 それは腕時計だった。
 シンヤが高校に入学した祝いに買ってもらったものらしい。文字盤の硝子には
ヒビが入っているが、まだそれはしっかりと動いている。
 その針の動きが生きていた頃の友人の姿に重なって、リョウゴはまた込み上げ
るものを感じる。
 腕時計を抱きしめ、堪えきれずにリョウゴはまた泣いた。

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