創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

summer brow

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irisjoker

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だれでも歓迎! 編集
世間では既に汗が滲み、コンクリートが熱してじりじりと人々を甚振る、いわゆる真夏と呼ばれる季節となった。
しかし毎日を研究所で過ごしている私にはそんな季節の移り変わりなど関係無い。1年中変わらず、ベージュ色の壁に囲まれているだけだ。
だがそれが良い。ロボット工学の為になら、私は私自身の人生を掛けても良いのだ。今のロボット工学に打ち込める環境は実に素晴らしい。

こう書くとまるで私が世捨て人の様に研究に没頭しているマッドサイエンティストの様だがそれは違う。
一応私自身は嫌々でやっているのだが、非常勤講師の傍ら、こうして大学の研究所を貸して貰っている。
幼少の頃から人付き合いがとても苦手だったが、成長するごとに人並み程度に社交性と謙虚さが付いていったので、今では研究員(というか生徒)数人と助手が1人いる。
とはいえ別に人と付き合うのが好きな訳でも無い。そして用事がある時以外に外には出ない。ずっとロボットロボットロボット漬けの人生だ。

私がこんなロボット狂となった決定的なきっかけは、まだまだ尻も頭の中も青かった、中学時代の頃だった。


窓から眩しい日差しが、私の寝ぼけ眼を鋭く照らしつける。何もかもが懐かしい。
そう言えばあの日も、こんな風に太陽が眩しかったな……。



                                          summer brow



窓の外を覗きこむと、クラスの皆がプールで楽しそうにはしゃいでいる。羨ましいなと思う反面、皆に風邪をうつしちゃいけないなと自嘲する。
そんな皆を尻目に、僕は今日も理科室で作業に励む。先生の監視付きなのが少々気に入らないけど、事故とか起こったら大変だから仕方が無い。
手元に置いている半田ごてを手に取り、針金を折り込んで接合する。単純な作業の様で、僕にはこれがとても楽しい。

小さい頃から、僕はアニメ大好きなお父さんの影響でロボットが出てくるアニメを沢山見せられた。
大きな物から小さな物まで、人が乗る物から人の姿をしている物まで須らく、僕はお父さんの近くでロボットアニメを見てきた。
すると当り前というか、僕は何時しか僕自身のロボットを作ってやるという夢を持つ様になった。
と、同時にそこまで行く道のりが半端ではない事も知ったけど。

けれどそこでへこたれちゃ何にもならない。僕はその夢を叶える為に、色々勉強する事にした。
それはどうやってロボットは動く事が出来るのか、という事だったリ、ロボットの中身はどうなっているのか、という事だったリ。
気付けば僕はお父さんが協力してくれる事も合って、電子回路の研究やモーターといったロボットの原動力となる物の研究に没頭する様になった。
だから自慢では無いけど、皆よりも理科の成績は良いし、先生からもどうしてそんな事を知ってるの? と驚かれる事もある。

代わりに僕は運動が徹底的に出来ないし、体も外にあんまり出ないからガリガリで病気になりやすい。
それに秀でてるのは理科くらいで、他の勉強は中の中、悪い時は下の下だ。だからお母さんには何時も叱られる。
ロボットについて入れ込むのは良い。良いけど、他の事もしっかりしないと、今後好きな事はやらしてあげないと。

それは非常に困る。僕から研究を取ったら、ただのガリガリ君だ。
お父さんはというと、笑いながらも母ちゃん怖いから言う事聞かないと駄目だぞと言いつつ、僕に言う。
自分の好きな事をするのなら、その分の辛い事や苦しい事を乗り越えないと駄目だって。

なら頑張るしかない。僕は研究を続けつつ、成績が落ちない様に中の中ラインで抑える様にしていった。
とは言え運動だけはどうにもならず、中学に進級する頃には1カ月に1週間は必ず風邪になる変な体質になってしまっていた。

今日がその風邪を引いてる日だ。頭は痛くないけど、咳と鼻水が止まらない。1分に3回の割合でポケットティッシュが無くなっていく。
思えば運動会とか出た記憶が無いな、僕。遠足とか修学旅行にはタイミング良く風邪引かなかったけど、運動会やマラソン大会だと丁度よく風邪を引く。
お陰で苦労をせずに済むかと言えばそうでもない。折角運動会の練習とかに参加しても当日参加できなくてどれだけ悔しい思いをしたか。
まぁ、ずっと昔から引きこもって研究ばっかしてたツケが回ってきてるんだと思って、諦めるしかない。もうこういう体質のまま生きていくしかないのだ、僕は。

と、急に尿意を感じて。席から立ち上がり先生に断って、僕はトイレへと足早く向かっていく。
他のクラスはまだ授業中だから足早くと言っても摺り足でだけど。忍者みたいに身を潜めながら、トイレに辿りつく。
用を足し、トイレから出る。休み時間と違って学校全体がしーんとしてて、何だか不気味な感じがする。
早く理科室に戻ろう。そう思って踵を返そうとした、矢先。


「……君」


呼び掛けられて思わず肩がビクッと上がる。女の子の声だ。
振り返ると、黒くておかっぱ頭の、目が丸くてくりっとした女の子が僕の前に立っていた。制服を着てるから部外者じゃない。
部外者じゃないだろうけど何だろう……妙に制服の感じが古臭いというか、薄汚れているようだ。スカートが茶色味がかってるし。
それにしてもどこのクラスの子だろう。他のクラスのも合わせて皆の顔は大体覚えてるけど、この子の事は失礼だけどどうにも思い出せない。

女の子は僕の顔をじっと見つめたまま、何も言おうとしない。
僕も言葉が出てこないから、ただ女の子の顔を見てる。可愛い子とだとは思うけど、別にドキドキはしない。
というかこんな所につっ立ってて先生に見つかったら何してんだと怒られてしまう。女の子には悪いけど、理科室に戻らなくちゃ。

「じゃ、じゃあごめん。僕、戻らなきゃ」

くるっと体を回転させて歩き出そうとした途端、きゅっと、制服の裾を掴まれた。


「リ……」


力の無い、か細くて直ぐに振り払える女の子のその手を、何故だか僕は振り払えなかった。
足を止めて、自然に耳が、女の子の声を聞き入れる。リ……?


「リコーダー……知らない?」」

「……は?」


僕は思わず間抜け面で振り返ってしまった。リコーダーとはどういう事なのだろうか。
さっきまで無表情に見えた女の子の顔から、次第に目から涙が溜まっている事に気づく。
そして女の子は両腕で涙を拭いながら、僕にこう言った。


「リコーダー……忘れちゃったの。どこかに……どこかに、あるのに……私……」

困ったな……いきなり知らない女の子に出会った挙句、その女の子はリコーダーが見つからないと言いだした。
そんな君の名前さえ知らないのに僕が君のリコーダーを知ってる訳無いじゃないか。そう言おうとしたけど、女の子は俯いて泣きだした。言い出せない。
それもそのリコーダーが凄く大事な物みたいで、女の子は声には出さないものの激しく泣いており、制服の裾がべったりと湿っている。

そんなに泣かれちゃ僕もこのまま理科室に帰る事なんて出来ない。
あんまり女の子と喋った事は無いけど、僕は勇気を振り絞って手を上げて、女の子の髪の毛に手を当てて、撫でる。
僕の行動に女の子は少しづつ、泣きやむのを止めて、僕の顔を見上げた。僕は言う。

「そのリコーダーの場所に、心当たりはあるの? 一緒に探そうよ」

僕がそう言うと、女の子は僕の目をじっと見て、こくん、と頷いた。てかこの子を職員室に連れて行かなきゃ。
薄々気づいてはいるけど、どうにも可笑しい。転校生が来るだなんて先生からも、友達からも聞いてないし。他校の生徒が来るなんて話も聞いてない。
けれど女の子が困っているのを見過ごすのも、どうにも居心地が悪い。という訳で僕は女の子の案内で、その場所へと歩いていく。


「ここ……」


二度見、僕は女の子の顔を見た。いや、これはちょっと……冗談でしょ? 冗談だよね?
そう思いながらも僕は再度、女の子の方を向いた。けど女の子は冗談じゃないと言わんがばかりに、僕の顔を凝視している。
正面を向くとそこには、紛れもなく女子トイレが立ち構えている。男には絶対に入れない、ある種の聖域だ。

授業中な為廊下には誰も無いが、今の僕は客観的に見て明らかに変態に見えると思う。
誰も見てないから女子トイレに入ろうとしている男子なんて誰が見たって変態じゃないか……。
が、後ろから見ている女の子の藁をもすがる様な助けを求める目に、僕は逃げる事が出来ない。

「それで……どうしたの?」

女の子は女子トイレに指を向けて、僕に言い放った。

「多分……ここ……」

「ホントに、ここ? ホントに?」

僕が何度かそう聞くと、女の子は力強く頷いた。けど目が泣きそうなのが妙に説得感を感じる。
何だろう、凄く時間が長く長く感じる。だけど女の子がここにリコーダーを忘れたというのなら、多分そうなのだろう。

息を飲んで僕は覚悟を決め、女子トイレの前に仁王立ちし、正面を見据えた。


「じゃあ、行ってくる」


にしても一体どこに忘れたんだか。取りあえず誰も入ってないみたいだな……。とほっと胸を撫で下ろす。
まぁ授業中だし……いや、授業中なら尚更今の僕は変態じゃないか。先生が見回りで入って来ない事を祈りながらドアを開けていく。
隅々まで覗いてみるけど、リコーダー本体はともかく、リコーダーが入っている袋さえも見当たらない。
恐る恐る次のドアを開ける。隅々まで目を凝らすが、やっぱりリコーダーの姿は影も形も見えない。

女の子にそのリコーダーを落とした? 場所を聞こうと振り返る。が、あれ?
何故か女の子がその場から居なくなっている。さっきまで僕の事を入り口でずっと見てたのに、何処に行ったんだ。
おいおい……勘弁してくれよ。もし今の状態でトイレに来た女子なり先生に見つかったら、僕は一生日なたの道を歩けなくなる!

不思議な事にトイレの仲中が凄く寒く感じる。
冷凍庫みたいに寒い。外は初夏が差しかかっていてじわっと熱いのにどうし・・・・・やべ、鼻が……。


「へあっくしょんっっっ!」


僕は思いっきり鼻を噛んだ。肌が寒くて止まらない上に、くしゃみ鼻水が止まらない。
壊れたテープレコーダーみたいに、僕は咳とくしゃみをしまくった。目が赤くなって涙が止まらない。

そうなのだ。僕はあまりにも寒い所にいると自動的に風邪のスイッチが入る、これまた困った体質を持っているのだ。
寒い所というか、急激に温度が変わると体が感じると、途端に調子が悪くなるというか。
冷凍庫はオーバーだけど墓場みたいにひんやりとした寒気に、僕の体はすでに限界に達していた。
このままだと熱が出て最悪三日三晩寝こむ事になる。女の子には悪いけど、捜索は一旦打ち切らせてもらおう。

そう思って入り口を振り向くと、さっき姿を消していた女の子が再び姿を現していた。
その顔は何故か酷く驚いていて、本人は小声のつもりなのかもしれないけど、ハッキリと嘘……嘘でしょと言っている、様に聞こえる。


「ご、ごめん……僕か、風邪引いちゃってて……」


涙と鼻水でぐずぐずになった顔を隠しながら、僕は女の子へと近づく。が。


女の子は顔を引きつらせたまま僕から後ずさると、そのまま走り去ってしまった。


どういう……事なの?


廊下を出ると、女の子は煙の様に姿を消していた。最初から居なかったみたいに。
外に出ると肌寒さを嘘みたいに感じなくなって、太陽の日差しでじわっとした熱さを感じ汗が滲んだ。
前後を見るけど誰も居なく、どうやら見られてはいないみたいだ。ホッと胸を撫で下ろす。

丁度よく、チャイムが校内に鳴り響いた。皆が授業から帰って来る頃だ。
どうしてここにいるのかを聞かれたらめんどくさい事になる。ダッシュで理科室へと急ぐ。
にしてもあの女の子は一体誰なんだろう。リコーダーを探してたり古臭い恰好をしてたり、とにかく変な女の子だった。

多分もう会う事も無いだろう。そう思いながら理科室のドアを開ける。
やけに長いトイレだなと先生に言われたけど、僕は笑顔ではぐらかすとそれ以上言及されなかった。

そういやどこまで作業が進んだっけ。全然進んでないか。
道具を片づけながら、僕は今作っている物を見てみる。まだ何も形になっていない半導体。
取りあえず作ってはいるけど、これを何に付けて動かすかはまだ何も浮かんでない。
空き箱を使って牛みたいに動かしてみるとか、車輪を付けてミニ四駆みたいに走らせてみるとか色々案はある。

あるけど、何かそれじゃつまらない。もっと何というか、何でこんな物がロボに? って感じの物が良い。
そんな事を思っていると、次の授業のチャイムが鳴った。いけない、次の授業に遅れてしまう。
全て片づけ終わり、僕は理科室を出て自分のクラスの教室へと向かう、その間際。


廊下であの女の子が、僕の事をじっと眺めていた。
直立して首だけ動かして僕を見るその姿は、どこか不自然でまるで……止めておこう。


午前中の授業が終わり、給食の時間になった。
机を動かして卓を組む。パクつきながら皆と談話してると、僕の向かい側に座る聡が、ある話題を出した。


「そういやお前ら聞いた事あるか?」


「出るらしいぜ、アレが」


アレって何だ? と僕が言うよりも先に、聞かれてしまった。

「アレって?」


「お前夏でアレって言ったら幽霊に決まってるだろ? 先輩から聞いた話なんだけどさ」

思わず持っている箸が止まった。どうして止まったのか、その理由は言うまでも無い。
僕の戸惑いなど知らずに、聡はその幽霊とやらの噂を話しはじめた。

「何かその幽霊って女の子みたいでさ、昔の戦争で学校から逃げ遅れる途中で死んじゃったらしいんだよ。
 で、その逃げ遅れた理由がトイレで隠れてて、逃げようと思った時に大切にしてたリコーダーを落としちゃってさ」

「……それで? 早く聞かせてくれ」

自然に、僕の口は聡にその続きを催促していた。

「ん、お前が聞きたがるなんて珍しいな、天馬。何時も俺らの話を頷いて聞いてるのに」
「良いから早く、聡」

「お、おう。それでリコーダーを探してる時に上からほら……爆弾が落ちてきて壁とかが崩れてきてさ……。
 後は言わなくても分かると思うけどその女の子、今でも学校内をうろついてるらしいぜ」

「……で?」

「休み時間とかにさ、一人でいる奴の所に忍び寄ってきてさ。
 リコーダーが無いって言って女子トイレに連れ込もうとするんだと。それで女子トイレに入った所を……」


ふと、入口に目を向け、僕の体は固まった。


その女の子が、僕の事を覗きこんでいる。

しかもその目は、僕の事を睨んでいる様にも、恨んでいる様にも見えた。


「天馬?」


ハッとして我に帰る。聡が牛乳を飲みかけて口が半開きになっている僕を心配そうに見ている。
一気に牛乳を飲み干して、僕は軽く頭を振る。もう一度入り口を見ると、女の子の姿は消えていた。
変だ変だと思ってたけど、やっぱりそう言う事なのか。肝が急激に冷えていくのを感じる。
僕は例の女の子から恨みを買ってしまった様だ。だけど僕は只単に大きなくしゃみをしただけだ。恨みを買う様な事はしてない。

してない……筈だ。何度も僕は僕自身にそう問いかける。

一先ずもう気にしない様にしよう。何か変な物を見ても絶対に気にしない。
そう、決めた。のに。


あの日以来から、僕は女の子にずうっと付きまとわれている。
ちょっと窓に目を向けると確実に女の子は僕の事を見ている。
ちょっとドアに目を向けると確実に女の子は僕の事を覗いている。
ちょっと下駄箱を開けると、確実に女の子は後ろに立っている。

普通なら怖くてまともな生活が出来なくなりそうだけど、あまりにもしつこくて慣れてしまった。
話しかけてくれればどうしてそんな事をするのかを問えるんだけど、何にも言わないで付きまとって来るだけだから困る。
そんなに脅せなかった事が悔しかったのかな。でも怖くなかったモノは怖くなかったんだから、仕方ないじゃないか。

女の子につきまとわれながら僕の生活は淡々と進んでいく。
そろそろ理科室で進めていた半導体が完成しつつある。しかし未だに、何に組み込むかが思い浮かばない。
こう、意表を突くみたいなのが浮かばないのだ。これロボにする意味があるの? ってくらいのものが。


数日経ちプールの日、何時もと同じく僕はプールを休んで理科室。
空がやけに青くて、何だか変に哀しい気分になる。もう少し僕の体が丈夫だったら、皆と遊べてるのかって。
先生がちょっとした用事で場を離れる。監視(というと言葉が悪いけど)の目が離れて少しばかり空気が軽くなる。
背をぐっと伸ばした。と、視線を感じて振り返る。


立っていた。勿論、あの子だ。


「何してるの?」


僕がそう聞くと、女の子は小さく首を傾げて僕を見つめる、だけだ。


「いい加減、僕に付きまとうのを止めてくれないかな。気になって仕方ないんだ」

「私は君が気になって仕方ないの。どうして?」

女の子が初めて、僕にまともに話しかけてきた。
あの日の様な、今思い返すと誘い込んでくる様なゾクゾクする声じゃなくて、普通の声で。


「何時も成功してたのに。皆私に脅かされて、すっごい泣いたり怖がったりして、面白かったのに。
 どうして君は怖がらないの? それが気になってしょうがないの? ねぇ、どうして?」
「怖くないものは怖くないだけだよ。それに僕には君が、只の女の子にしか見えない」

「これでも?」


気付けば女の子が、僕のすぐ近くに来ていた。僕の顔をまっすぐに見る、女の子。
その顔は真っ赤に染まっていて……左目が、真っ黒い穴になっていた。けど……怖がらせてるつもりなんだろうけど。
僕は女の子が怖く感じる事が出来ない。逆に、僕は女の子が凄く、悲しそうに見えた。

「怖がらないの?」

僕は何も言わずに、女の子を見つめ返す。
どうしてこの子はこんな事をしているんだろう。人を脅かす事を、この子は本当に楽しんでいるのだろうか。

僕の手は、初めて会った時の様に、女の子の髪を撫でていた。

「怖がって……怖、がってよ……」

女の子の顔が元に戻って、同時に女の子が、泣きそうな声で僕にそう言う。
それに目も潤んでいるみたいだ。それは僕を誘いこんでいた時の嘘泣きじゃなくて、本当に悲しくて、泣いているみたいだ。

「私……分かんないの」
「分から……ない?」
「私……見て分かるけど、死んじゃったの。ずっとずっと長い間、ここで私……」

女の子が僕から離れて、僕に背中を向けた。そして、話しだす。

「最初は不安で、苦しくて、仕方が無かった。でも、私気付いたの。私――――人を驚かせられるって」

僕は黙って、女の子の話を聞き入る。

「自分でも馬鹿な事してるって、分かってる。でもこんな事をしてないと私……押し潰されそうで」

「だけど僕は驚かなかった。怖がりもしなかった」

女の子が頷く。

「初めてだった。風邪を引いてるって君は言ったけど、只風を引いてるだけで、私の脅かしから逃れるなんて出来ない。
 君は私の脅かしをくしゃみをする事で、完全に遮断していた。君みたいな人……会った事、無い」

女の子が力無く、ぺたんと座った。そして僕を見上げる。女の子の目は、幽霊でも何でもない。
泣きだしそうな位、不安に怯えている、ただの女の子に他ならなかった。

「私、如何すればいいの? 人を脅かせられないんじゃ、もう、私………」
「もう、脅かすなんて事しなくて良いんじゃないかな」

ポカンと、女の子が口を開けて顔を上げる。
僕自身、何を言ってるのかが分からない。けど、女の子を見ているとそう言いたくて堪らなかった。
無意識に、言葉が口から出てくる。

「だ、だからさ! もう人を怖がらせるなんて酷い事、しなくて良いんだよ。代わりに」

「代わりにそう、僕とい、一緒にいれば良いと思う。僕の研究に一緒に付き合ってくれれば」

「君の、研究?」

僕は女の子に見える様に、席を退かす。女の子が不思議そうに、机を見る。
まだ何にもない、只の半導体が転がっている。けど、これから何かの形になるんだ、多分。
何か女の子(幽霊だけど)に自分のやっている事が見られるのが初めてで、妙に気恥かしく感じる。

「これからこれで、小さな……何と言うんだろう、ロボットを作ろうと思うんだ」
「ロボット?」
「そう。これを組み込んで、何か動く物を作ろうって思うんだ。けど、その動く物が思い浮かばな……」

頭に電球がピコーンと弾けた。一瞬それは幾らなんでも無いと思う所も無い事は無い。
けど偉大な科学者は常にそんなあり得ないと思う所から発想を転換したりして、大きな発明と発見をしてきた。
僕のそれはその人達の足元に及ぶ以前に同じラインにも立っちゃいないけど、そういう発想でやってみようと思う。

「リコーダーロボットとかどうかな? どう動くかはこれから考えるけど、凄く新しい気がする」
「けど……リコーダーなんてどう動かすの?」
「それは今から考えるんだよ。だからさ」

「そのリコーダーロボットが出来るまで、一緒に見ててよ。横から口出したりさ。
 もう、トイレとか行かなくて良いから」

「……怒ってないの?」
「怒るって?」
「だから……私が君を、脅かそうとした事」

何で怒る必要があるんだ、と僕は思う。
そりゃあ、今まで脅された人からすれば、ふざけるなと怒りたくもなるんだろう。けど、僕は別に驚きも恐がりもしなかった。
だから女子トイレに連れ込まれたのは少し困ったけど、君を怒る理由なんて何も無いんだ。

と、説明すると、女の子はますます驚いた顔を見せる。

「その代わりに、僕と付き合って貰うよ。これから人を脅かしたりしたら、許さないからね」

ちょっと凄んでそう言うと、女の子は小さく頷いた。
こうしていると幽霊でも何でもない、本当に普通の女の子でしかない。

ガラッとドアを開ける音。事情を終えた先生が戻ってきた。
誰と喋ってんだと軽く笑いながら先生が僕に聞いたけど、僕はいえ、一人ごとですと笑ってごまかす。
女の子は居なくなっていた。こんな簡単に居なくなってしまうのを見ると、やっぱり僕は幽霊と喋ってたんだなとしみじみ思う。
思っちゃいけない気がするけど。

――――それから僕と女の子は、リコーダーロボットを作る為にプールや放課後を使って、研究に勤しんだ。
女の子は自分の名前を小鳥と言った。僕も自分の名前、天馬を教える。

まず難航したのはリコーダーをどう動かしたいかだ。何故ならあんな造形の物を、どう動かすかなんて今まで生きてきて考えた事も無かったから。
だけど小鳥が、リコーダーの口って小鳥の口みたいって言った事から電球がピコーンと。
半導体を切って、細長くしながらリコーダーの左右の側面をそーっと切り離す。

「これでどうするの?」
「これを、羽にするんだ」

そう説明しながら、内部に半導体を組み込み、切り離した側面にチューブを繋いでいく。
後ろにボタンを取り付けて押すと反応する様・……っと。

「出来た!」

僕はリコーダーを小鳥に見せる様に持って、凹んでいるボタンを押してみる。

するとリコーダーの側面が大きく左右に開いては閉じて開いて閉じて鳥の羽……。
鳥の羽には正直見えないけど、鳥の羽という事にしておく。後は色々工夫して、少しは鳥っぽくしなければ。

と、小鳥の反応が無いんで目を向けると、小鳥はリコーダー鳥、名付けてトリコーダー(適当に命名)をじっと見つめていた。
それも凄く目がきらきらと輝いていて、まるで興奮を抑えきれないみたいにその両手は握りこぶしを作っている。
開いてみる。閉じてみる。するとトリコーダーがその動作をする度に、小鳥はおぉ…・・おぉ! と、感嘆する。

「凄い……凄いよ、君。 こんなの、私見た事無い」
「本当のロボットに比べるとおもちゃにもならないけどね、こんなの」
「ううん。こんなのを作れるなんて、ホントに凄いと思う。けど、鳥というより……」

「左右がパカパカする……」
「リコ…・…ダ―?」
「鳥でも何でもないね、それ」

そう言って、僕達は何がおかしいのか分からないけど、笑った。
小鳥ははにかんでいる様で、照れている様で、どちらとも思える顔で笑っていて、初めて僕はその時。
小鳥を心から可愛いと、思った。こんな表情が出来るんだって。

「笑えるんだ」

僕がそう言うと、小鳥は自分が笑っているのに気付いたのか、段々いつもの無表情になっていく。
いや、無表情というか、自分が笑った顔を僕に見られたのが恥ずかしいのか、ちょっとだけ頬を染めて俯く。
僕は小鳥のその姿に、何故だか分からない、分からないけど、胸が痛くなる。痛くなると言っても、苦痛とかじゃない。
こう……苦しいというか、何だかドキッとする。時間がある限り、この子と話してたい。最初の出会いは酷かった。

酷かったけど、今はこうして出会えた事が、本当に良かったと思う。


――――それから僕と女の子は、リコーダーロボットを作る為にプールや放課後を使って、研究に勤しんだ。
女の子は自分の名前を小鳥と言った。僕も自分の名前、天馬を教える。

まず難航したのはリコーダーをどう動かしたいかだ。何故ならあんな造形の物を、どう動かすかなんて今まで生きてきて考えた事も無かったから。
だけど小鳥が、リコーダーの口って小鳥の口みたいって言った事から電球がピコーンと。
半導体を切って、細長くしながらリコーダーの左右の側面をそーっと切り離す。

「これでどうするの?」
「これを、羽にするんだ」

そう説明しながら、内部に半導体を組み込み、切り離した側面にチューブを繋いでいく。
後ろにボタンを取り付けて押すと反応する様・……っと。

「出来た!」

僕はリコーダーを小鳥に見せる様に持って、凹んでいるボタンを押してみる。

するとリコーダーの側面が大きく左右に開いては閉じて開いて閉じて鳥の羽……。
鳥の羽には正直見えないけど、鳥の羽という事にしておく。後は色々工夫して、少しは鳥っぽくしなければ。

と、小鳥の反応が無いんで目を向けると、小鳥はリコーダー鳥、名付けてトリコーダー(適当に命名)をじっと見つめていた。
それも凄く目がきらきらと輝いていて、まるで興奮を抑えきれないみたいにその両手は握りこぶしを作っている。
開いてみる。閉じてみる。するとトリコーダーがその動作をする度に、小鳥はおぉ…・・おぉ! と、感嘆する。

「凄い……凄いよ、君。 こんなの、私見た事無い」
「本当のロボットに比べるとおもちゃにもならないけどね、こんなの」
「ううん。こんなのを作れるなんて、ホントに凄いと思う。けど、鳥というより……」

「左右がパカパカする……」
「リコ…・…ダ―?」
「鳥でも何でもないね、それ」

そう言って、僕達は何がおかしいのか分からないけど、笑った。
小鳥ははにかんでいる様で、照れている様で、どちらとも思える顔で笑っていて、初めて僕はその時。
小鳥を心から可愛いと、思った。こんな表情が出来るんだって。

「笑えるんだ」

僕がそう言うと、小鳥は自分が笑っているのに気付いたのか、段々いつもの無表情になっていく。
いや、無表情というか、自分が笑った顔を僕に見られたのが恥ずかしいのか、ちょっとだけ頬を染めて俯く。
僕は小鳥のその姿に、何故だか分からない、分からないけど、胸が痛くなる。痛くなると言っても、苦痛とかじゃない。
こう……苦しいというか、何だかドキッとする。時間がある限り、この子と話してたい。最初の出会いは酷かった。

酷かったけど、今はこうして出会えた事が、本当に良かったと思う。


「君を、というか人を誘い込む時に私、リコーダーを探してるって言ったでしょ?」

トリコーダーを作りだして一週間くらい経って、色々やってきてトリコーダーが鳥っぽくなってきた頃。
隣に座って、空を見上げている小鳥が、語り始めた。何時もの口調より少し、重い感じがする。

「アレ……嘘じゃないの。私……あのトイレの何処かに、リコーダーを忘れてる。
 けど、それがどこなのかが思い出せない。もし見つかれば……」
「見つかれば?」

小鳥の言葉が、止まった。僕は何で小鳥が言葉を止めたのか、不思議に思う。

「小鳥?」

「……何でも無い。早く出来ると良いね。トリコーダー」

僕は小鳥に大きく頷いた。小鳥は僕に微笑み返す。窓から太陽が照らしてるせいか、その笑顔が僕には、眩しく、見えた。


朝から妙に学校が騒がしい。それにガタイの良い人達……というか、工事現場の作業員みたいな人達が入り込んでいる。
何だと思って、僕は聡に学校で何を起こっているのかを聞いてみる。トリコーダーを作るのに夢中になってて遅刻してしまった。

左右に開く羽を二段に折り畳めるようにして、レンズを付けたりして目を動く様にした。
それに後のボタンに触れると自分から羽を広げながら、口から小鳥の声……みたいなモーター音を出す様に。
一番時間が掛かったのは、鳥っぽい色にする事だ。美的センスに掛けてる僕には中々手間がかかる作業だった。

でもこれでトリコーダーを作る事が出来た。小鳥がどんな反応を見せてくれるか、凄く楽しみだ。


で、僕の質問に聡が言った一言。僕は思わず聞き返した。

「あぁ、らしいぜ。前々から老朽化が激しいらしいし、男女どっちのトイレも取り壊すってさ」

聡が言うには、数十年前からちょくちょく生徒から文句は出ていたが、資金難な為に中々トイレの工事に着手出来なかったとか。
しかし校長が変わってから思いきって生徒の安全の為に、この期にトイレを丸ごと取り壊すらしい。
取りあえず最初は、建てられて一番古いトイレを取り壊すとか。それでそのトイレの場所は4階の……。

「理科室の近くの、あの昼間でもやけに暗いトイレあるだろ? あそこを壊すんだってさ」

「それ……で?」

「そのトイレってさ、この前話した女の子の幽霊が出るって噂のトイレで」


聡の話を聞くまでも無く、僕の手はトリコーダーを持って、僕の足は走り出していた。
どうしようもない胸騒ぎを感じる。どうしてこんな胸が締め付けられるような感覚に襲われるんだろう。
運動が得意でない為すぐに息が上がる。息が上がるけど、足を止める気は無い。
胸を押えて動機を押えながら4階に着き、トイレへと歩いていく。耳をつんざく、工事の音。

一歩一歩歩く度に、空気がどんよりと、沈んでいくのを感じる。胸も痛い。とても、痛い。

入口に差しかかると、鉄筋を担いだりスコップを持った男の人達と、危険という文字が刻まれているテープが幾つも張られているのが見えた。
トイレが見える所まで歩いていくと、かなり工事は進んでいるみたいで至る所がガリガリに削られていたり、補強されているみたい……だ?
僕の目はある一点に、瞬時に注目した。剥がされていく床下から、見覚えのあるあの物が、今にも崩れそうなくらいボロボロな状態で出てきた。

それは……リコーダー、だった。

間違いなく……そのリコーダーは、小鳥の、リコーダーだ。


僕の目に薄く、小鳥が見えた。薄く……なっている?

小鳥は僕から目を背けるように背を向けると、何処かへと消えていく。

「こ……小鳥!」

僕は叫んだ。何だと男の人達が振りむいたり歩いてた生徒の人達が僕の方を向く。けど、僕は叫ばずにはいられなかった。
小鳥が何処に行くのか、体が自然に分かっている。僕は5階に上がり、小鳥が通る場所を追いかける、ひたすら、追いかける。
小鳥は僕から逃げる様に、教室という教室を移動する。だけど皆気付かない。僕だけが見えている。

小鳥の姿が次第に透けていくのを見て、僕の胸は更に、締め付けられて行くのを感じる。


小鳥が最後に通ったのは、屋上に向かうドア、だった。


ドアノブを開けようと回すが、数年前から屋上へのドアは封じられていてうんともすんとも言わない。
僕は悔しさのあまりドアを蹴るが、ドアは僕を嘲け笑うように、開く様子は無い。


「来ないで」


小鳥の、今にも消えそうなくらい、か細い声が聞こえた。


「お願い……来ないで。私が消えるのを……天馬に、見られたくないから」

「小鳥……どうして・……どうして消えるんだよ、小鳥!」


「前に……話そうと思ったけど、話せなかった。だって天馬が、一生懸命だったから……」

「もしリコーダーが見つかったら私、この世界に……未練が無くなっちゃうから……消え、ちゃうって」



「未練……未練って、リコーダーの事なのか!?」

「やっと……やっと、見つかったんだ。これで……私・……」

小鳥の声が、だんだん小さく、遠くなって行く。
嫌だ。嫌だ、いやだ! 僕はドアを叩いて、小鳥に言う。言わないと、いけないと思う。

「聞いてよ小鳥! 今日、今日トリコーダーが完成したんだ! ほら!」

そう言いながらトリコーダーを見せ……駄目だ、ドアが挟んでて、これじゃあ小鳥に……見せられない。

「畜生……開いてくれ! 開いてくれよ、クソっ!」
「天馬、ありがとう」

「え?」
「天馬に出会わなかったら……私、怖いお化けのまま、消えていったと思う」

「けど、天馬のお陰で女の子に戻れた。楽しかった、嬉しかった」

届かない。このドアを開ければ、小鳥に逢えるのに。どうして、ドアが開かないんだ。
悔しい、悔しいけど、僕には、ドアを開ける力も、鍵も無い。

「だからね、天馬。私、悔いは無いよ。今まで皆に迷惑掛けて……本当に、ごめんなさい」

誰かが……いや、僕の奇行を止めようと、先生が走って来る音が聞こえる。
これで全部終わり? 折角……折角完成させたのに、それで小鳥を喜ばせようと意気込んだのに、こんな、終わり……。
僕はトリコーダーのボタンを押した。小鳥の声が、響く。

その声が僕には、とてつもなく、悲痛な泣き声に、感じた。例えそれが、モーター音と言われても、僕にはそれ以外には聞こえない。

「綺麗な鳴き声……頑張ったね、天馬」


「それじゃあもう……行くね」

「小鳥!」


一瞬、小鳥がドアから浮き出て、僕の額に、口を付けた。


見上げると、潤んだ目の小鳥が、僕に、言い残した。


「――――これからも、沢山ロボット作って、皆を喜ばしてね」


「ありがとう」


それから先は覚えてない。気付けば私は、保健室のベットで寝かされていた。
後で友人である聡に聞いた話だが、私はあの日、聡にトイレの取り壊しを聞いた瞬間、トリコーダーを持ち出して突如として走りした。
聡が私の事を先生に話し、先生が私が走っていった屋上のドアに向かうと、そこでトリコーダーを握った呆然としていた私を見つけたという話だ。

あの時の私はまるで魂が抜けていたかのように、茫然としていたらしい。
あの後、先生に真面目に病気かどうかを心配されたり、母親を呼ばれてこっぴどく叱られたりと散々だった。
しかしそれから、私は一層真面目に学業に、そしてロボット……に関わる勉強に取り組むようになった。

それまでの過程は話す必要が無いから省くが、こうして非常勤講師という傍らではあるが、ロボット工学に好きに携われるほど、私は成長できた。
それもこれも、小鳥が遺したあの一言が大きな原動力になっている。小鳥と出会わなかったら、私は今ほど、頑張れていなかったかもしれない。

大学生になって知った事だが、私が出会った小鳥という少女は本名を柳小鳥という。
小鳥は友人がトイレに行きたいという事でついていった所を、空襲に襲われて壁が崩落していく中、友人を庇う為に・……と、親族を伺った際に、教えてもらった。
自らも逃げようとした瞬間にリコーダーを落としてしまい、不幸に出会ってしまったという、その際に、リコーダーと一緒に……。

小鳥はリコーダーで音楽を奏でる事が、とても好きだったという。
故に落としたリコーダーをほおっておけず、どうしても持っていきたかったが意地の悪い神は、彼女を生かそうとはしなかった。

それから小鳥はずっと、リコーダーを探して幽霊として生き(矛盾を感じるが)続けていた。
最初はリコーダーがどこにあるかを探している内に、気付けば彼女は半ば悪霊となっていたのだ。いや、地縛霊というべきか。

そんな時、私に出会った。独特の虚弱体質を持つ私には、彼女の脅かしは全く効かなかったのだ。
小鳥は脅かしが効かない私を不思議がり、興味を持って近づいてきた。私も超常現象そのモノである彼女の神秘性に、知らず知らず惹かれていった。

そしてそれが、私の初恋である事に、長い月日が経った今、ようやく気付く。


「おいで、リリィ」

指先に、現在開発中の小鳥を模したマルチロイドを止まらせる。

このマルチロイド――――リリィは将来、災害時、災害状況をカメラアイを通してレスキュー部隊に知らせる為にモニター上で映しだしたり。
老人ホームに、老人達のペットとして触れ合わせたりと様々な用途で使える正に便利なロボットとして役に立って貰う、予定だ。
まだまだ開発途上ではあるが、もし完成した暁には、リリィが人々の助けとなり、親しまれる存在になっていると良いな、と思う。

トリコーダーは色々あってもう動く事は出来ない。出来ないけど、大事に保管している。
小鳥と過ごした、短すぎるあの日の全てを記録しているとリコーダーを、私は一生、手放す事は無いだろう。


と、ドアを開く音がした。どうやら助手が、出勤してきたようだ。

「お早うございます、天馬さん」

礼儀正しく私に頭を下げて、バックを机に置いた、おかっぱ頭に近いショートカットが印象的な彼女の名は、柳昴。
小鳥の曾孫に当たる、私の助手だ。

「何だか寝不足の様だが、大丈夫か?」
「ちょっと調べごとに夢中になっちゃって……ごめんなさい」
「いや良いんだ。ただ、無理はしないでくれ。君は私の、大事な部下だからね」
「……努力します」

そう言って切なげな微笑みを浮かべる昴は、小鳥にそっくりだ。

見てるかい、小鳥。君の曾孫と一緒に、私は君が託してくれた夢を、必ず叶えるよ。



また、季節は巡る。






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  • と - 名無しさん 2010-11-26 15:22:54

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