創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

eXar-Xen――セカイの果てより来るモノ―― Act.5B

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匿名ユーザー

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――かぽーん……


「……………」



 どうしてこうなったのか?
 ……私にも理解出来ない。



「結構広いでしょ?ウチのお風呂。2人ぐらいなら楽々と~ね♪」

 大岩1つを丸ごとくり抜いて作られたらしい湯船。
 床や壁は湯船の脇にある窓を除いて艶やかな白っぽいタイルに覆われ、湯船には白濁色の湯を並々と湛える。
 そこには長い髪をタオルで纏められ口元まで潜り解せぬ表情をしているアリスと、首にタオルを巻き湯船の縁に腰掛け足だけを浸けるベルの姿があった。

「……………」
「滅多と無いのよ?こんな大きなお風呂持ってて、お湯も張れる家なんて。バール様様……まぁ湯船はディーが拾ってきた奴をそのまま使ってるんだけどね。」

 ディー。ディー・リングダム。
 アリスの脳裏に彼の姿と名が浮かぶ。
 黒い短髪に幼さの残るいでたち。他は歳相応にして何処も特別な所は無い。

 ……だが、彼はeXar-Xen――イグザゼンに魅入られた。
 故に、イグザゼンを御せる力を持つ。
 しかし――――

「……?拾ってきた?」

 そこまで考えたところで先程の発言より妙に気になる言葉を拾い、ベルに問うアリス。
 ベルは「おっ食い付いた」という風にちょっと楽しそうに笑うと、快く答えてあげた。

「そ、あいつの仕事はスカベンジャーって言ってジャンクの海から値打ちのありそうな色んなものを拾ってくるみたいな事をしてんのよ。まぁ合間合間にウチの配達なんかも手伝ったりしてるけどね。」
「スカベンジャー……だからあのような所にいたのか。」

 機械の怪物に取り付いていた励起獣を払った際に、すぐ近くにいたマシンダムというらしいロボット。
 確かに言われてみればあの時遭遇したロボットにディーが操縦していた「テツワンオー」は酷似している。そしてバールの「2度も、3度も」という発言……アリスの中で正しく合点がいった。

「……あの時は済まなかった。私の為に余計な心配をかけさせてしまって。」
「あの時?……ああ、ディーをバリードから助けてもらった時の事?いいのいいの!あたしらも好きでやってたんだからね。むしろお礼を言わなきゃいけないぐらいなのに。」

 ベルはそう言って屈託無く笑う。
 対してアリスは面目無さそうに俯いていた。

「ほらほら、前向いて前向いて。そんな暗い顔してると根っこから暗くなっちゃうよ、うん。」
「元からだ。気にしないでくれ。」
「そんな事言われると余計気になっちゃうね~……」

 悪戯っぽい笑みを浮かべてアリスの顔を覗き込むベル。
 そうされた当の本人はどうしていいものか分からず困惑していた。

「ま、いいやぁ……今はゆっくり暖まるのが一番。色々考えるのは後でも遅くはないでしょ。」

 ん~と背伸びした後、目を閉じて湯に浸かるベル。
 2人入ってもわりかし余裕のある湯船。揺れる白濁色の湯が天井の光を淡く照らし返していた。

(……ゆっくり、か。)

 胸の内にて呟くアリス。
 何処か引っかかるモノはあるものの、それは言葉にまでならず解けて消えた。

「!……そーだ!」

 しばし経った後、不意にポンッと右手で左手の手のひらを叩き何かを閃いた様子のベル。
 どうしたかとアリスが問う前に言葉を続けた。

「明日の朝御飯、一緒に食べよ?」
「何を突然……朝御飯?」
「そ!一緒に食べた方が絶対美味しいからね!」

 突然のベルの提案にまたも困惑するアリス。
 ただ断る理由も無いのもまた事実。大体自分の為にそんな誘いをしてくれる事自体感謝するべき事でもある。

「……分かった。」

 それを聞き「よっしゃ!」と満面の笑みなベル。
 そんな姿を見てアリスは何故こんなに喜ぶのだろう?と少々不思議に思っていた。


 リングダム家の朝は早い。
 今日も今日とて持ち込まれた壊れたマシンダムやら不具合を起こした機械製品が窓の向こうに広がる工場に並び、まるで修理されるのを心待ちにしているかのよう。

「おはよぉ~」
「ふぁ~~……」

 欠伸をしつつ階段を降りてきたベルと後ろについてくるディー。
 ディーの方は叩き起こされたようで若干不機嫌気味。

「あ、おはよ。にいちゃん、ねえちゃん。」

 いつも通りの定位置にて新聞に目を通しているバールと、ピンクのエプロン姿のウェル。両手で盆を持ち、その上には朝食が湯気を立てている。

「うむ、おはよう。」
「バール、昨日の事新聞に何か載ってる?」

 バールの傍までやってきて新聞を後ろから覗き込みつつそう問うベル。
 自分も関わった事だ。気になるのは当然と言える。

「多分これじゃろうな。ほれ、一面に載っとるよ。」
「多分?ふむふむ……『87番区にてポッドを用いた強盗事件発生。自警団のギアズガード部隊にて鎮圧。』……ん?あれ?あの怪物やアリスちゃんの事については全然触れてないのね?」

 渡された新聞を手にどういう事かと首を傾げる。
 確かにポッドを用いた強盗という事自体も珍しいと言えば珍しいが、あの黒い怪物の事について一切触れていないというのは奇妙な話。アレがいなければ被害はもっと軽微に収まったというのに、である。
 アリス――銀のロボットのほうも、彼らからすれば特ダネと言えるのにそうみすみす逃すものだろうか?

「だから多分と言ったのじゃよ。」
「う~む……」

「……大方、情報規制か何かが掛かっているのだろう。理由はともかく、奴らの事を公にしたくない者達によってな。」

 声のした方に集中する視線。それは遅れて降りてきたアリスのものだった。
服装はいつものピッチリとしたパイロットスーツではなく、ウェルのお下がりである青いオーバーオールに白いシャツ。銀の長い髪は後ろで纏められ、いわゆるポニーテールといった状態になっていた。
ちなみに服のサイズはぴったりであり、着心地はそう悪くない様子。

「ジョウホウキセイ?」
「何かしら大きな力が働いているとも言える。ここの政府にそのような権限はあるのか?」
「ん~……あるかもしれないけど、今までそんな事一度も無かったしなぁ……っと、所で。」
「?」

 階段の下の方で立ち止まったアリスを見つめるディー。
 何事かと見つめ返すアリス。
 素直におしゃべり出来ないわけではないが、1拍の静寂を置いて

「……ベル、もうちょい良いの無かったのかよ?」
「悪かったわねー。今あるのでサイズが一番近かったのがこんなのだっただけよ。」
「…………………」

 小柄なアリスに合う服なんてベルのものは当の昔にお役御免となっている。
 故にまだ体格が近いウェルのものが選ばれたわけなのだが……

「ゴメン。そんなのしか無くて……」
「いや、感謝している。機動服が洗濯に出されたというものだからな……まぁ、何も無くとも私は別に構わんのだが。」
「ダメよ!ローブ1枚とか色々問題ありすぎ――」
「そういうものか?分から「ろ、ローブ1枚!?」」

 ディーの脳裏に衝撃走る。
 ウェルの方を見るとこっち見んなという風な表情をされた。お前も考えてるくせに。

「………………」

 更に脇より強者の冷たい視線。
 感じた時には既に遅かったらしい。

「イ、 イヤ……イヤラシイ事ナド断ジテ考エテマセンヨ?考エテマセンヨ――」
「お前、ヘッドロックでボコるわ……」
「で、ですよねぇええええええええええっ!?」

 朝も朝から騒がしいリングダム家。
 頭蓋骨の間接を悉く有効活用し脳を直接攻撃され絶叫するディーにうりゃうりゃと楽しげにそれをかけてるベル。
慣れた様子でほどほどにしとけよとだけ言っておくバール。
更には素知らぬ顔で優雅に紅茶に口をつけてるウェル。

(……まったくもって不思議な者達だな。)

 そんな光景を目にして、首を傾げ内心純粋にそんな事を考えるアリスであった。

 工場の脇より飛び出したベランダに腰掛け、遠く見える空は灰色。
 近く聞こえる音は騒がしく、直に触れる空気は生暖かい。
 眼下に広がる町並みは昨日と変わらず――いや、密集した建物の間より覗く昨日や一昨日の件で崩落した現場が嫌に目立っていた。

「…………」

 励起獣。
 両方の事件の起因となったこの世ならざるモノ。一昨日の個体は私が生んだ「歪み」よりこのセカイに紛れ込んだようだが、昨日の個体はそうではなかった。
 要はピンポイントで機体の内部より溢れ出て、侵食していたのだ。まるで予めそう仕組まれていたかのように――何らかの意図が見え隠れするように感じるが、いかんせん情報が少なすぎる……故に確信に至るのはまだ時期早々。
 おまけに今はその前に優先してやる事もある。

 おもむろに空を見上げた。
 曇天の更に先、いつも通り「彼ら」によって防衛されている「歪み」。あれを正すのが先決だ。放っておいても自然消滅する――と今までは経験則により考えていたのだが、規模が縮小するどころか、何故か昨日よりも更に拡大している有様。
 理由はともかく、放っておいては危険すぎる。歪みが大きくなるという事は励起獣がこのセカイに侵入できる機会も増えると言う事。早くなんとかしないといけないのだが、ただ――

(……歯痒いな。)

 まったくもって歯痒い。
 こうも脆く弱い自分の身体が憎らしく、疎ましい。
 蓄積したダメージは馬鹿にならず、満足な戦闘機動も行えはしない。昨日の賊との戦闘も、ソートアーマーとしての戦闘力をフルに活用できれば相手に悟られる前に全機無力化する事も出来ただろう。
 励起獣との戦闘も、ソートアーマー以外の「解」が用いられればあのような失態を犯す事もなかった。

「……………」

 ああ、歯痒い。
 これ以上無く歯痒い。自身の力の無さを呪い、届きそうで届かぬその座を指して拳は空を切る。

「――――」

 ダメージの回復を待っていては更なる奴らの脅威にこの街を晒す事になるが、後手後手になるのはどうしても避けたい。
 時間を無闇に経過させる事は、励起獣だけではなく、あの紅い怪異のような存在まで招きよせる結果になるからだ。

――ならば、どうすればいい?

 ……この状況を打破する為にどうすればいいか、など当の昔に分かり切ってはいる。
 だが私はその一歩を踏み出せないでいたのだ。

「……よう。」

 ほんの僅かな――ひと握りの躊躇の念と言う、どうしようもない箍によって。


「――ディー、か。」

 今日の依頼品はわりと多く、家の手伝いを優先してやる事にしていた。それもある程度落ち着いたところで、俺は何時間もベランダの隅にある柱の前で座り込んでいたあの子に声を掛けてみる事にした。

「ん、ああ。邪魔……だったかな。」

 理由なんて特に無い。
 ただ声を掛けたかったから掛けただけ。強いて言うならその背中が酷く寂しそうだったから――とでも言っておくか。

「いや、構わない。」
「じゃあ……隣いいか?」
「ああ。」

 彼女の隣に足を投げ出し座り込む。
 昼休みに入った為に工場の喧騒は鳴りを潜め、床を覆う打ちっ放しのコンクリートの温度が汗ばんだ身体に気持ちいい。

「………………」
「………………」

 それきり互いに一言も喋らない。一体何しに来たんだか……
 どう声をかけたものかと考え込んでいるような、あるいは牽制しあっているような――何とも言えない雰囲気。ひょっとしたらどちらでもあったのかもしれないが、まぁその辺はどうでもいい。

「………………」
「………………」

 ただこの重たい空気をどうにかしてくれと声を大にして叫びたい。
 いや、叫べばこんな空気どうにでもなるんだろうけどその勇気もまるで足りない。
 我ながら情けないな。

「……ディー。」
「……ん?」

 そんな息苦しい沈黙を先に破ってくれたのは意外にもアリスの方だった。
 その淡々とした無感情な声で、底の見えない蒼い瞳でこちらを見つめて。特にどうという事はない動作だったのだか何故か酷く印象深いものだった。

「……いや、何でもない。」

 表情に出さなくても何でもあるのは目に見えている。
 ただ俺はそれ以上深く問う事は無かった。

「そうか。」

 何故だろう?
 聞くのが怖かった?聞きたくなかった?聞くまでも無かった?
 ひょっとしたら全部だったかもしれないし、全部違ったかもしれない。

「………………」

彼女が自分から俺に話しかけてきたのだ。何かあるのは違いない。そして十中八九内容はあの怪物の事についてだろう。そしてあの怪物と俺との接点と言えば

――貴方は私の力の行使者。「破壊」のロストフェノメオン「イグザゼン」を駆る者だ。

 あの言葉が脳裏を過ぎる。
 「破壊」のロストフェノメオン「イグザゼン」……それを俺が駆る者だと言う。正直ワケが分からないが、それだけで済ませられる問題でもないだろう。
 事実俺はあの銀の装甲を纏い、夢中だったものの真っ黒いタールのような怪物を倒したのだ。これで関係がないという方がおかしな話。
 ただ、それ以上俺はそれについて考える事をやめてしまった。出来なかったのか、やれたのにしなかったのか、その答えは有耶無耶になって宙へと消えていく。

「………………」
「………………」

 結局それっきり互いに何も言わず、ぼうっと遠く街の方を眺めていた。
 遠く工場群より鳴り渡る音、後ろからなにやら聞こえる声。そのどちらも聞こえているのかいないのか、真っ白な頭に何も詰まらず、何も満ちず……

――ゴッ

「!?」

 唐突に頭にクリーンヒットした何か。加えて襲い来る鈍い痛み。

「ッ~!なんだよいきなり!殺す気か!」

 地面に転がったレンチを拾いつつ痛む頭を片手で抑え、それが飛んできた方を見ると、両手を腰に回して膨れっ面を作っているベルがいた。

「なんだよじゃないでしょ!昼ご飯出来たから何度も呼んでたってのにぼーっとしちゃって!自業自得よ!」

 ちょっと過激すぎやしないかと思わざるを得ないが、まぁ確かに呼ばれていて無視したのはこっちが悪い。

「へいへい、わぁーったよ……んじゃ、行こうぜ?」

 立ち上がると同時に隣に座るアリスに手を伸ばす、彼女はその手をまじまじと見つめた後、その意図を理解したらしく手を取った。

「……ああ。」

 冷たくも無く暑くも無く、絹のように白く、極め細やかで柔らかな感触が何とも言えず心地よい。

「……?」

 気付けばアリスの身体を引き上げた後も、そのまま手を繋いだままにしていたり……

「……顔、赤いぞ?」
「!」

 向こう側からの視線を痛く感じた時には既に遅く、ただ自分の失策も呪うに呪えず……

――ゴッ

「~~~~~!!!」

 無言でもう1本レンチが飛んできて、またも両手で頭を抑える事と相成った。
 ちなみに2発目のほうが痛かったのはここだけの話。俺がお前に何をしたかと……

「ほら、頭抑えてないで昼飯食べに来なさいよ!まだ仕事も残ってるんだから。」
「ッ~……」

 ベルの後を追っていくディーと、その後ろをついて行くアリス。

「――――」

 そんな中、ふと彼女は後ろを振り返った。
 ベランダの向こうに広がる曇天の空に更に向こうに広がる「歪み」。

(……躊躇、か。)

 それだけ見終わると、2人の後を追ってゆっくりと歩んでいった。
 拭いに拭えぬ、その如何とも得ぬ想いを胸に。


 時は彼女が天を見上げた時より3日後。陽は翳り、月は昇り、紅い空も既に薄暗く、闇夜の帳が下りようとする鉛色の雲の更に上――――


「歪み」


 虚空に顎を開いたそれは日に日に規模が大きくなり、周囲を囲う汎用スレイヴも数が足りず追加の上に追加を重ねて幾重にも連なり、なんとか現状を保っている状況。
 だがいずれ保たなくなるのは目に見えており、彼らの内にも焦りが見えていた。

「スレイヴ2から20まで交換、さらに30機再配備が必要か……芳しくないな。」

 「歪み」の規模が何らかの外的要因により一時的に大きくなる事は稀にあるにはあるものの、これは明らかに異常な事態。
 イグザゼンが生じさせたモノゆえか、あるいはもっと別の何かが絡んでか……ともかく、彼らはその脅威を封じる事に傾倒していた――が

「あらあら、大変そうねぇ~……でももうその必要も無いわ。ご苦労様。」

 唐突にその奮闘は終わる事となった。
 前触れ無く雲海上空に現れた紅い影。美麗なドレスに風に流された紅い艶やかな髪、瞳は藍緑色にして肌は純白。その身にこの世ならざる気配を纏い、有り得ざる位置にさも当たり前のように佇む。

「……ビュトスか。一体それはどういう事だ?」
「言った通りよ。もう必要無い――ってね。」

 だが応対する黒き騎士を御する者は何の感情の揺らぎも無く、ただ淡々とその紅い影に向けて声を掛ける。受けた怪異も頭に手を回し、くるりと一回転しつつそっけもなくその問いに答えた。

「分からんな。真意は何だ?」
「真意も何もアレーティア様のご命令よ。アタシじゃ駄目でも雇い主の言う事なら貴方も従うんじゃなくて?」

 クスクスと笑い、楽しげに黒き騎士の燃ゆる瞳を覗き込みつつそう言う。

「……………」

 対する騎士はそれを聞いた後、周囲の部下を連れ後方へと下がっていった。

「よろしい!やっぱ飼い犬は従順じゃないとね、うんうん。」

 満足げに頷き、「歪み」の真正面に相対する紅い怪異。そして左手を突き出し、外辺を覆う電磁フィールドに触れた。
 猛烈な勢いで弾ける火花。瞬時に燃え上がる左手――だが怪異はまるでそれらを意に介さず――

「そぉ~~れ!」

 無造作に、「引きちぎった」。
 過負荷により次々と炸裂するスレイヴ郡。そして外気に晒される「歪み」。
 何事も無かったように手を振るい、腕にて燃え上がる炎を消す怪異。ドレスの袖は焦げてなくなったものの、怪異の細く白い腕には火傷など微塵もありはしなかった。

「――――」

 後方で騎士の部下達が唖然とするのを他所に、紅い怪異は甘美に呟く。

「……悪くは無いわね。テストケースには十分かしら?」
「テストケース?」

 その言葉に浮かぶ疑問を怪異に向け投げかける騎士。

「そ、テストケース。貴方達にここを守備してもらったのも他でもない、その為よ。そうでないならこんな事させるはずないじゃな~い?」
「………………」

 それだけ聞くとそれ以上は興味が無いように騎士は下がった。
 対する怪異は「歪み」に目を向け――

「セカイに仇なす事象励起の獣ども!あんた達にグッドなニュースをプレゼントするわ!」

 その向こう側にいるであろう励起獣に対し声をかける。ふざける様な、楽しむ様な、明るい口調で軽々と。

「今なら漏れなくイリーガルコードの破片をプレゼント!」

 その声に呼応するかの如く揺らぐ「歪み」。
 その反応を楽しむように悦楽に歪む藍緑色の瞳。そして

「よいしょっと。」

 おもむろに左の手首を右手で掴み「引き抜いた」。
 だが人らしい体液の類は一切見られず、傷口の向こう側にはぽっかりと冥い闇が広がるのみ。それはこれ以上無くその者の本質を代弁していると言ってもいいだろう。

――オオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ……

 歓喜によるものか、恍惚によるものか――あるいはもっと単純な欲望――本能によるものか。脅威の声は狂おしく、重低に、故におぞましく歪み、吼える。

「さぁ、早い者勝ちよ?誰がどれだけ欠片を食らうか……頑張ってね~♪」

 紅い怪異はその言葉と共に自身の腕だったモノを放り投げた。
 同時に赤く燃え上がるそれ。フィールドとの接触でも火傷ひとつ負わなかったそれが瞬く間に灰となりて夜風に流され広がり、分厚い雲の更に下、スチームヒルの街へと吸い込まれる様に落ちていく。

 それを追う様に「歪み」より現れ糸引く脅威の群れ、群れ、群れ。
 数限りなく溢れ出たそれらは一目散にその灰を追い、街へと下っていった。

「……ま、精々頑張んなさいよ。アタシ達の為、イグザゼンの為、そして「アレ」の顕現の為に、ね。あっはははははははははは……!」

 紅い怪異は瞬く間に再生した腕を胸元で組み、派手派手しく、高らかに嗤う。
 それは冥き闇夜の高き空よりどこまでも、どこまでも広がっていった……
                                                                  Act.5_end                                                 

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