創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki 「第六話 各々に日常を」

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『Robochemist!』


 第六話「各々に日常を」



 アルメリアとシュレーのチームの長を務めるセンジュは、HRK学園島の大学で教鞭をとる教授であり、列記とした科学者である。
 第二地球に移住するにあたって活躍した日本人の血を継承する家に産まれ、とある理由から全身を機械の体となった。年齢は40程度の成人女性であるが、趣味と実益を兼ねて少女の体に“入って”いる。
 脳と脊髄の他、いくつかの臓器や神経を除く全ては人工物。慣れるのに暫くの時間を必要としたが、慣れたら普通の体と大差ない。
 問題はそれに生ずる莫大な整備費であるが、そこに関しても彼女は全て解決している。ポケットマネーでもなく、お金を借りているのでもないが、今は語る必要は無いであろう。
 さて、彼女が専門とする宇宙工学の講義はもうじき終了が近づいていた。
 大きい講堂で空間投影モニターを操作して宇宙船の構造に関して講義していたセンジュは、腕時計を見遣り、丁度時間が来たことを確認すると、マイクに向かって口を開いた。
 それを合図に学生たちが騒ぎ始めたので、声を大きくした。

 「………では、本日の講義はここまで。テキスト50ページから、コジマ氏の提唱した宇宙航行に関する論文に関し各々の思うことを来週までに纏めてこい。量は制限しないが、それが単位に直結することを忘れないように」

 学生たちが『またかよ』とうんざりするのをS気を含んだ笑みで眺め、モニターを切ると荷物を纏め、すたこらさっさと講堂を後にした。
 機械の体故に肉体的な疲れなどは無く、あるのは精神的な疲労のみである。
 センジュは腕時計で時間をしっかりと計り、本日はもう用事が無いことを携帯電話で確認し、大学内のちょっとしたベンチに腰掛けた。
 白衣を着た小学校くらいの子供、しかも髪と瞳の色は紫色という異質な彼女を学生が見ても、あまり不思議がらない。見慣れた光景の一部に違和感を覚える人間はまず居ないのと同じように。
 センジュはベンチに腰掛けたまま、自らの腕を揉んだ。

 「どうもいかんな………違和感が物凄い。やはり、感度を落としたのが悪かったか」

 彼女はそう呟くと指を開いたり閉じたりを繰り返し、動作を確認する。別に手が故障したわけではない。
 彼女がここで言う違和感とは即ち温度や触感といった感覚についてのこと。最近気温が高めなのでその感度を落としてみたところ、まるで気ぐるみを着ているような違和感に囚われ、一日中苛立っていたのだ。
 ここで語ろう、彼女が全身義体で居られる理由を。それは企業に体を借りて実験体となっているからだ。
 実験体と言ったって、怪しげな薬品を使われたり、脳に電子機器を埋め込まれて戦闘用部品とされたりするわけではない。単に、義体を日常生活で使い、そのデータを渡しているだけだ。
 かつての事故で全身を吹き飛ばされた彼女に目を付けたのが企業で、彼女はそれに協力し、現在に至る。
 義体の研究は進んでいると言っても、彼女のように義体に進んでなってくれる人間がおらず、また個人でやろうと考える人間が稀有な為、彼女は貴重な存在であったのだ。
 その一環として体の感度を落としてみたところ我慢ならぬ違和感に襲われた、そんなところだ。
 ついこの前の時、アルメリア達とシャワーに入った時は温かさを感じたが、今は感じない。気温が全く分からない状況下に置かれたので脳が混乱した。
 いくら暑くても冷却用の汗は(純水)出ない、温かい飲み物は味がするだけ、握手してもマネキンにしているよう。冷たいものだって分からない。
 義体の感度などはリモコンで直せるようなものではなく、研究室に戻って数値を弄らなければならない。興味半分で弄るのはもう止めにしようかとごちる。
 センジュは携帯電話を開きとある人物に通話した。

 「アオバ、研究室に行って機器を起こせ。体を調整する」

 今日は整備日和調整日和だと、何か良く分からない理屈を立てたセンジュは、初夏近づく空を窓越しに見上げた。
 青の空に一筋の飛行機雲があった。


 ◆ ◆ ◆ ◆





 授業終了のチャイムと同時に、制服姿のアルメリアは目元を揉み解した。
 数式と睨めっこし続けた苦行はやっと終わり、これからお昼に突入する。食堂のご飯がマズイというまさかの展開と、お金をかけたくないと言う節約からサンドイッチを詰めてきたのだ。
 『弁当』という概念は日本独自のものであり、ネオ・アースにもあることにはあるがいまいち広がっていないため、弁当と言ったらこの程度が普通である。
 昼休みの時間はさほど長くない為、もたもたしているとチャイムが鳴り授業が再開してしまう。
 さっそく両手を合わせると、眼鏡のツルを持ち上げ、鞄を机の上に置き中身を探るとサンドイッチ入りの容器を探す。

 「あ、あれ?」

 無い。教科書の間を探してみるが、無い。何度も探す。慎重に探す。が、無い。
 背筋にひやり冷たい感覚が走る。
 冗談ではない――そもそも無駄なお金は持ってきてないのにお弁当を忘れただなんてドジは踏んでいないはず。慌てて何度も何度も探すが、現実は非情である。無かった。
 がくりと肩を落とし、萎れた様子で教科書をしまうアルメリアに、クラスメイトが不思議そうな顔でどうしたのかと尋ねてきた。

 「いえ、何でも無いです」

 手を蝶のようにひらひら振って何でもないよアピールをして、クラスメイトが他の場所に行くのを見計らい、財布を取り出す。
 どう見積もってもジュース一本しか買えない金額の小銭が計数枚。貧乏な訳ではない。欲しいものがあまりないので、リスクを考慮してお金は持ち歩かない主義なのだ。
 クラスメイトとご飯を一緒に食べようにも、無いものをどう食べればいいのだろうか。
 購入しようにも、買えないものを食べることなんてできない。かといって友達にねだるのはあまりに惨めなので出来そうにない。
 余分にお金を持っておけばよかったと後悔しても、その後悔という気まぐれな彼は己の先には立ってくれないのだ。
 などとしている内に、同じクラスのシュレーが両手を鳥のように広げた体勢でかけ足の速度を利用して視界に滑り込んできた。靴がきゅっと鳴った。

 「ぶーん! アルー、お腹空いたから食堂行こうよ」
 「えー、弁当を忘れお金も無いという状況なんですが……」
 「うう………それは本当?」
 「……はい」
 「えーっとお金お金っと………わぁーん自分の分しか無い! おのれぇ!」

 シュレーが自らのお金を貸さんと財布を開いてみれば、貧弱ゥ貧弱ゥな残高しか無かった。買い食いをしょっちゅうする彼女なのだ、ある意味必然的であった。
 今日の午後は空腹のまま過ごすのかとアルメリアは憂鬱になり、眼鏡のレンズを拭きつつしょんぼり頭を垂れる。食べるものが無いと精神的にがつんと殴られた気分になるのだ、特に学校では。
 お腹の虫を接待しながら授業を受けるなど防壁の無い人型決戦兵器並みに辛い。
 遠い目になって座席で固まったアルメリアは、自分が一体どこで弁当を忘れてきたのかを考えて、やっと玄関に置きっぱなしになっていることを思い出した。
 弁当に、足が生えて歩いてくればいいのに。
 無いものは無い。夢想を振り切り、アルメリアは鞄から飲み物を取り出すと、シュレーの方に向き直った。

 「今日は減量と思って……!」
 「―――……減量は体に悪い。食べないのは、体に良くない」

その時だった。教室の外から涼しい声が響くや、黒髪三つ編みお下げの女性が入室した。
 背中に背負ったリュックサックからは黒猫が周囲を興味深げに見回しており、クラスメイトの数人が可愛いと口にした。
 
 「お弁当忘れてたから届けにきた」

 クーは目を瞬かせると、片手に持った弁当箱をひょいと掲げ、教室に入って来てそれをアルメリアの机に置くと、くるり踵を返し三つ編みを悠々揺らしながら出て行った。
 漆黒の髪に蒼穹の瞳のクーは制服を着ている着ていない以前にとても目立ち、また全身を張り詰めた弦のように使いきりきり歩むので何気ない動き一つ一つが目を引く。
 しかし男に声をかけられるかと言ったら答えは否で、ミステリアスな雰囲気と冷静な性格がそれらを全て反射するとか。
 シュレーは溜息をつくと、自分が今カメラを持っていないことを後悔しつつ呟いた。一方アルメリアはほくほく顔でサンドイッチ入りの弁当箱を抱えている。
 
 「オトコマエですなぁ」
 「気味の悪いこと言わないでください」
 「クーちゃんカッコイイじゃん。私あんな人好きだなぁ。絵になる人ってなっかなか居ないし」
 「そりゃあカッコイイですけど、昔よく遊んでたんでそこまで気にしないです」
 「へぇ~。あ、委員長ご飯一緒に食べる?」

 アルメリアとクーの関係について話が及びそうになったところで、教室の入り口の方に熱っぽい目を送る人物が歩み寄ってきた。
 若葉色の髪は葉っぱのようなリボンで結われ、その瞳に湛えられているのも若葉色。肌の白さと相成って儚げな印象を与えるが、毅然と結ばれた目じりがそれをはじき返している。
 彼女は委員長と呼ばれており、妙に熱のある雰囲気でクーが去った方を凝視している。
 別に見つめるだけならよかった。問題は、委員長が片手を胸に置き、もう片手を机に触れさせつつ呟いた言葉がまずかった。

 「素敵な方……」
 「えっ」
 「えっ」

 流石のシュレーも理解が及ばなかったのか口を半開きにして硬直し、アルメリアと言えば一万年ほど前に氷漬けになりましたと言わんばかりに弁当箱に手を添えたまま動かない。
 そこでようやく委員長も失言をしたことに気がついたのか、顔を赤くしてこほんと咳払いをした。
 周囲のクラスメイトが微かにざわめいた。

 「わ、私は人間的に、同性から見ても素敵……と言ったまでです。男性が好きですから勘違いなさらぬよう………」
 「さすが、天然スキル持ちの委員長。私たちとはレベルが違うそこに痺れる憧れるゥ!」
 
 シュレーの拍手混じりの茶々に委員長は腕を組むとぷいとそっぽを向いた。
 そう、実は委員長はレズでもなんでもなくノーマルな人種なのだが、いつも相手を勘違いさせるセリフや行動をしてしまう致命的な弱点があった。
 例を上げると初対面のアルメリアに「これから長いお付き合いになるわね」と頬を染めて手を差し出し、勉学の苦手な男子に「勉強を教えてあげるから私の部屋に泊りに来なさい」と意味深な表情で言ってのけるなどである。
 いつの間にか天然で残念な子というイメージが定着してしまったことを挽回すべくメタルナイツを始めたようなのだが、本人曰くチームの連中が上手過ぎて試合に出られそうにないとか。
 
 「あの子はクーって名前です、委員長。フリーらしいですよ?」
 「だから私はノーマルなのですからねっ!」
 「またまた御冗談を♪」
 「抱きしめたいなぁ、委員長♪」
 「あ・な・た・た・ちぃぃぃぃ!」

 顔が沸騰寸前の委員長だったが、シュレーとアルメリアに諭されて昼食を一緒に摂ることになった。彼女らはなんだかんだで仲が良かったのであった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「――、――~~、――――、――、――――♪」

 歌を、紡ぐ。
 親友に等しい関係であり泊っている部屋の主であるアルメリアに忘れ物を届け終わったクーは、両手を振りながら気侭に道を歩んでいた。
 声帯に空気を通しただけの適当な音色はしかし、細く白い喉から出力されるたびに風に揺れて大気に溶けて眠りについていくよう。
 春から夏に役を交代しつつある空には雲が一つ、二つ、三つ、薄らかかるは飛行機雲。学園のどこからか離陸したエアバイクがあっという間に舞い上がり、頭上を越えて飛び去った。
 リュックサックをそっと背負いなおし、街路樹の陰を踏むと、日光当たらぬように進路を取る。
 島そのものは確かに大きいのだが、行動範囲が限られる現在、彼女が遠出をすると言ったら必ず用事があるということに他ならない。
 と言っても散歩の一つ二つくらいはする。
 最近めっきり老いてきたクロは散歩を嫌がるようになってきたので、リュックに入れてでも連れて出さなければならない。運動しなくなると人でも動物でも衰えがあっという間に進行するのだから。
 それに、一緒に居たかった。
 猫に精通していない知識も無い人でも、今のクロを見たならば歳をとっているのだと簡単に理解するほど、今の姿はみすぼらしい。
 リュックの中で蠢いたその黒い体を腕に抱きながら出し、耳から頭頂までの匂いを嗅ぐ。
 ――にゃあ。
 クロが鳴いた。クーは毛皮を撫でると、ソラを見上げて足をはたりと止めた。
 蒼穹色の瞳に映るは天空。黒毛の一人と一匹が寄りそうと、まるで一心同体であるかのよう。

 「―――――♪」

 クロを地面に降ろしたクーは、軽くスキップしてくるりと一回転した。黒の三つ編みお下げが追従して揺れて、余力で体の反対側に回りこむようにしなり、また元の左右に戻り落ちつく。
 クーはクロの方に片手を水平に広げ、誘うように歩み始めた。
 歌に乗せて鳴き声が一つ、流れて。
 しなやかな足取りの黒髪の女性の後を、黒毛の猫が付き添って街並みに消えた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「………くっ……、よいしょっ……うむむむむむっ……ぐっ」

 部屋で必死に腹筋する女の子一人。
 空間投影された映像を食らいつかんばかりに見つめ、体を伸ばした状態から腹筋を使って屈折させるの繰り返し。額にはじっとり汗が浮かび、半ズボンとシャツだけの体の表面も湿っている。
 アルメリアは本日何回目になるかも分からぬ筋力増強運動をしつつ、映像の中で赤黒の機体と白に塗装された機体が猛攻を繰り出すのを見ていた。
 その二機は学園最強と謳われ、また世界での戦いで優秀な成績を収め大会では幾とどなく優勝を収めてきたチームに所属している。片方は『ヌヴィエム』、そしてもう片方が『ヴァイス・シュトラール』という名称である。
 その試合内容と言ったらあまりに一方的で、赤子の手をダンプカーで轢き倒す並みであった。
 チームとしての連携はちくはぐなのだが、弾幕の真っただ中に飛び込み神掛かり的回避で接近して斬りかかったり、相手の近接攻撃をはじき返した挙句関節を的確に破壊して追い詰めたり、挙句ロケット弾を単射で撃ち落とすなど常軌を逸している。
 予定され、なお且つ予測されていた勝利は間もなく訪れ、パイプ型フィールドでの一方的な試合はあっさりと幕を下ろした。
 これに比べて――。
 アルメリアは上半身を持ち上げつつ自嘲した。センジュには気にするなと言われていたが、どうしても自分の実力不足が頭から離れなかった。
 だからせめて体力や経験で埋めんと筋肉増強、シミュレーター や実機での訓練を行っているのだが、同じチームのシュレーや、初戦のブランらの実力に及ばない。
 試合では援護に徹してみるも、それだけではシュレー一人に頼りっきりになってしまう。かといって前に出て戦えるだけの腕前もなく、結局前衛一人が全ての攻撃をしなくてはならなくなる。
 彼女の乗機プロトファスマのコンセプトが動ける射撃戦機故、どうしても射撃の為に動かなければならない。元々射撃の才能が無いと自覚しているのに射撃機を操る難しさ。
 動かぬ相手を銃撃で射止めるのは出来るようになったが、動かれると命中率が大幅に下落する。全砲門開けばなんとかなるが、それでは銃弾の消費が激し過ぎる。
 シュレーに勧められて普段からかけるようにし始めた眼鏡を持ち上げ、瞳に乗った汗粒を爪先に染み込ませて払い、両手を組み頭の後ろにやると、腹筋をぐっと力を込めて上半身を起こし、降ろす。
 運動をしていると頭がぼーっと霞んできて、まるで研ぎ澄まされた刃物のように思考が鋭利になっていく。
 息を大きく吸い込むと、腹に力を込める。筋繊維が震えた。

 「……よっ、と!」

 折りたたみ式ベッドを重石代わりにそこに足を入れているので体勢は安定しているのだが、肝心のベッドが腹筋時に両足を上げることによりぎしぎし不穏な音を立てる。
 試合が終わってしまったのでテレビに戻すと、ニュースをやっていた。どうやら近年活発になってきた宇宙開発事業の特集らしい。
 地球から逃げ出す時に大急ぎで恒星船を造ってなんとか移住したが、実際のところ技術面はまだ未熟なのだ。コスト度外視で人類の全てを湯水のごとく注ぎ込めば、そりゃあ船の一隻二隻造れる。
 それでも宇宙に人工基地を造り上げてそこから深宇宙へ手を伸ばそうとする人類の根性は素晴らしい。
 そういえばHRK学園は宇宙の方面にも進出していた気がするが、今は筋力トレーニングが先決だ。
 上半身を起こせば腹筋が俄かに隆起して、呼吸が止まる。一定のリズムを刻むように、無理はしないように、腹筋を続ける。
 しかしいつまでも出来る訳も無く、乳酸の蓄積に伴う倦怠感と疲労感がじわじわと体力を奪い動作を阻害していく。呼吸も荒くなってきて、汗の量も増えていく。
 あまり続けても疲れて効率が悪くなるだけなので、その辺にして止める。腹筋の前に柔軟やら腕立て伏せやらいろいろとやっていたのだから、全身が疲労しているのがわかる。
 ばたんと倒れ込むと両足をベッドの上に跳ね乗せて両腕を広げ大の字になった。生温い空気の中で体温が熱いとまるでサウナにいるようだった。
 運動後の余韻と湯のように滾る疲労感に目を瞑って呼吸を整える。ポニーテールが邪魔なので解き放つと、眼鏡も汗で滑るので取ってしまって床にそっと置いた。


「……疲れた」

 薄い布地に包まれた双丘は呼吸に同調して上下に動き、筋肉の動きと共に形を変える。頬は赤らみ、体はしっとりと汗に濡れ、運動直後でぐったりと寝ている様子は何か別のことを彷彿とさせる。
 数分後、呼吸を整えて目を開けると寝たまま軽くストレッチをして立ちあがって、伸びをした。
 と、それを見計らったかのようなタイミングのよさでドアがノックされて、黒髪の女性が顔を覗かせた。エプロン姿のクーだった。

 「ご飯出来た。お風呂入ってきて」
 「はーい……なんかお母さんみたいですね」

 エプロン姿のクーを見遣ったアルメリアは、なんとなしに感想を言ってみた。するとクーは粉雪が葉から落ちるような動きで首を傾げた。
 ふわり香るはクーの手料理の匂いで、扉を開けたことでそれが室内にじわり広がり、疲れた体の食欲を呼び覚ます。運動していたせいで気がつかなかったが、アルメリアの胃袋は空っぽだった。
 クーは言われた意味がいまいち理解できないのか、きょとんと目を瞬かせた。空を圧縮したような青がぱちり、ぱちり。

 「? ルームシェア代金の代わりだから気にしなくてもいい」
 「あらら、そうじゃなくって」
 「…………?」
 「やっぱりいいです。お風呂ちゃちゃっと入って汗流してきます!」
 「分かった」

 アルメリアは髪をくしゃくしゃっと掻き上げ、クーの横を通過してシャワーを浴びにいった。クーは部屋の照明を切ると、キッチンのほうへ歩いて行った。
 その日は、そんな感じで終わった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


夜。
 春と夏が同居する今日は空気の濁りが少なく、海風がHRK学園の島を優しく包んでいた。
 満点の星空は天の川どころか天の大河を形成して、星明かりで地上物に影を作るほど。月明かりはそこにはなく、星屑達が形成する光の幕が空を覆い尽くしている。
 ネオ・アースは衛星をもっておらず、地球でいう月に相当する星が無い。もしもあったらあったらで潮の満ち引きが発生してただでさえ少なく狭い土地が更に狭くなっただろう。
 その為中継基地として月に基地を作るということが出来ないらしいのだが、今はその話は関係の無いことである。
 皆が寝静まった街を出歩く影一つ。
 名前をシュレー=エイプリルといった。
 シャッターを切ると、手動でピントを合わせ、構図を取りまた撮る。フラッシュ。
 カメラのレンズが捉えるは、空だ。果て無く続く暗き空に向けて写真をとる。構図も何も対象が大き過ぎて考えるまでも無いのだが、その人物は気にしなかった。
 ―――キキキキキ ッ。
 電子音かと錯覚するようでありながら不協和音の鳴き声が空を横切った。すわ何事かと目を凝らして見れば、星空の壁紙にちらりと映る黒き羽。蝙蝠だ。
 超音波は聞こえないと言うが、キィキィ鳴き声が聞こえるのはどういったことなのか分からないが、探査波と通常波があるのだろうと見当をつける。
 カメラのレンズを向けて撮影を試みるシュレーだが、いかんせん対象の動きが素早く不規則なので追従できずに諦めた。
 カメラを首に提げると息を吸う。清らかな酸素が潮香りと共に肺を満たす。
 無国籍というか多様な文化が混じり合った学園は何度見ても面白く、写真の撮りがいがある。東洋その他の影響があちらこちらにあり、そのいずれにも分類されない奇妙奇天烈な建築様式や、近代的な無機質な建物もある。
 シュレーという少女は空も好きだったが、写真を撮ることも好きだった。今時手動で動かすカメラは完全に骨董品で博物館に飾ってある程度だという事実から、これが趣味の品であることが簡単に分かるであろう。
 と、シュレーは足音と気配を感ずるや道端のゴミ箱の裏に身を隠した。数秒後、巡回の警察官が自転車で現れ、周囲を懐中電灯で照らしながら去って行った。道端の電灯がじりりと鳴った。
 シュレーはほっと溜息を吐くと、警察官が消えた方にべーっと舌を出しつつ立ちあがってお尻を叩いた。
 言うまでも無く夜間に学生が出歩くと補導対象である。だが分かってはいるが止められない。夜の散歩ほど孤独な愉悦に浸れる遊びは無いのだ。
 耳に痛いほどの静寂がしんと鳴り、鼓膜の奥底に自らの足音と呼吸を音楽として再生する。平素なら他愛もない音が静寂の中で相対的に大きくなり、ときめきを感じる。
 ありきたりな表現を使うのなら、深夜で気分がハイになってるとでも言おうか。
 とにかく、シュレーの気分はまさしく上々で、顔も夜とは思えぬ溌溂な光がある。次の日が休みという事実が足を進ませて、スリルが慎重な行動を求めると同時に逆に大胆な行動を取らせる。
 満天の空の下、カメラを真上に掲げると、写真を撮影する。
 カシャッと小気味いいシャッター音が幾つか響く。

 「明日晴れるかなぁ~……?」

 空に雲が無くても言ってみたくなるときは、ある。
 シュレーはカメラ片手に早朝までうろつき続けたとか。



        【終】

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