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「第一話 海辺の少女」

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irisjoker

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 『Robochemist!』


 第一話「海辺の少女」


 第二地球暦164年 4月28日 晴れ
 新都市区ベイエリア

 港。
 上を見上げると空に小さい点が浮かんでおり、それは徐々に空を移動していくのが分かる。あれは、衛星基地なのだろうと見当をつける。最近は宇宙開発事業が活発になっているとか。
 汽笛が喧しく鳴った。
 海風がどっと殺到するや、明るい茶色の髪をたなびかせる。光を反射してうねるそれは頭の後ろから突き出て、緩く歪曲しながら下に垂れている。
 瞳は白磁に鋭利な刃物で切りぬかれたような強さを持ちつつも、どこかお嬢様然とした優の字を内包している。どちらも測られたような位置に収まり、眉毛は凛と長い。顔に乗った眼鏡が花を添える。
 その髪の房から垣間見える首筋を辿れば、春らしい軽装の洋服が見えてくる。女性らしさを強調するでもなく、むしろ機能性を重視したその服は、しかし、彼女の身体の造形の細さを伝える。
 服を押して形を見せるのは、女性であることを的確に表現する胸元。大きい方でもないが、道行く男が見たならば記憶の永久保存情報に選ぶに違いないほど、その膨らみの構造は美しく。
 服の袖から顔を覗かせるのは、一点の曇りすら見受けられない絹肌。触れば手に吸いつくような、
 歳は人生で最も美しく気力に満ちているという、ティーンエイジャー程。
 彼女は海の彼方からようやく姿を見せた船を見ると、飾り気の少ないリュックサックを背負いなおした。
 周囲には同年代の少年少女がおり、みなある程度の荷物を持っている。両親と思しき人物や友人たちと語り合っているのもいれば、一人寂しく文庫本に没頭しているのもいる。
 その少女は前者であった。

 「お母さん、お父さん、船が来たみたい」

 少女は言うと、自分と同じ髪型の母親と、眼鏡をかけた父親に声をかけた。年齢は40近いと言うのに、仲睦まじく寄りそう両親は大学生位のカップルの雰囲気を纏っていた。
 父親が母親の肩に手を置いていて、母親はその手を指先で擽るように撫でている。
 もういい歳なのに朝っぱらからあれとかこれとかやっているのを度々目撃して顔を真っ赤にした経験のある彼女にとって、父親が母親の肩に手を置いていることなど日常茶飯事の光景であった。
 彼女―――アルメリア=シーゼンコード=ファルシオンは、母親のメリッサと父親のユトの隣に立つと、時間通りにやってきた船を見るべく眼を細めた。

 「なぁ、アルメリア。寂しかったら電話するんだぞ。手紙も寄越すんだぞ。体には気をつけるんだぞ?」
 「心配性だなぁお父さん。私は大丈夫」

 ユトがこのまま『俺も向こうに行く』と言い始める勢いで心配し始めたので、アルメリアは手をひらひら振ってみせた。

 「大丈夫、アルメリアなら砂漠でも北極でも行けるわよ」
一方のメリッサは大して心配もしていないのか、微笑してユトに言った。かつてはもっとドキツイ感じだったのが、年月の経過なのか母親になったことなのか、随分と丸い。
 だがメリッサは今でも深海に潜る仕事をしていたりするのだから、トンでもない。

 「ぇー? 流石にそんな極地は無理だよー」
 「案外楽かもしれないじゃない」
 「楽どころか死んじゃうよ」

 話が妙な方向に流れてきた。ユトは流石に歳を食っているように見えるのだが、動作や口調雰囲気は若いままだった。

 「まぁとにかく。体に気をつけて、しっかり勉強してくるんだぞ」
 「はーい。お父さんとお母さんもね」

 アルメリアはそう言うと、みるみるうちに近寄ってきた船を見つめた。
 自然にメリッサが抱擁した。ユトは寄ると頭を撫でる。スキンシップというやつだ。子供を親二人が包むように。

 「お母さん、お兄ちゃんはどうしてるの?」
 「あの子はちゃんとやってるみたいよ。手紙も電話も寄越さないけど」
 「あぁ、それに関してなんだけど」

 二人の会話に、渋い顔のユトが片手を挙げて参加する。手を降ろし愛娘の頭をくしゃくしゃにするかと思いきや、髪繊維を傷つけまいとするように撫でた。

 「兄貴がさ……ニコラス兄貴がさ、ジャックと一緒に行動してたって友達が言ってたんだ……」
 「うわぁ……」
 「うわぁ……」

 その人物名が出るや、メリッサとアルメリアは双子のように似通ったうめき声を漏らした。ちなみにジャックとはアルメリアの兄である。今この場には居ない。
 ニコラスとはユトの兄貴であり、定職にもつかずあちこちを放浪し続ける変態である。コスプレは当たり前。電飾を纏い乱舞するなど日常茶飯事。基本的に帰ってこないので、ユトは心配していない。
 問題は、仕事の休暇で旅行に出ているはずのジャックが、変態であるニコラスと共に行動していたというのだ。これはきな臭いどころか汗臭いというか騒動の臭いがする。
 だが、唯でさえどこにいるかも分からぬニコラスを、どう追尾せよというのだ?
 船に乗る予定の連中が興味津々といったように一斉に顔を向けて観察し始めた。中には携帯電話で写真を撮る者や、両親らと別れを惜しんで抱き合う姿も見られる。
 そう、これから彼ら彼女らはとある場所に行くのだ。今まで住んでいたこの島を出て、学びの校舎に。当然、長期休暇などが無いと戻ってはこれない。だからこうしてみんなが自分の友人や両親を連れているのだ。
 アルメリアは、両親と話しているが為に近寄るのに躊躇していた女友達らの元に歩み寄った。今までの事。世間話。ちょっとしたプレゼント交換。
 などとしている間に船が到着して、着岸。船員らしき男と、スーツを着こんだ生真面目そうな職員達が出てくると、大きめの旗を取り出して乗る対象者を呼びこみ始めた。
 その旗には『HRK学園』と印刷されており、歯車をモチーフにしたエンブレムが端に見えた。
 アルメリアが口を開く。

 「もう行かなくちゃ」

 すると、ユトがそわそわしながら言葉を選ぶ。

 「行ってらっしゃい。気をつけて行って来るんだぞ。手紙を……」
 「はーいはい、分かりましたお父様」

 最後に、メリッサがアルメリアの頬にキスをする。濡らさずに唇を触れさせる簡単なものだが、温かかった。

 「行ってらっしゃい、アルメリア」
 「行ってきます、お母さん」

 アルメリアが、ふっと、両親の腕から離れる。
 メリッサよりユトの方が名残惜しそうだった。不安でたまらないらしく、ユトは落ちつかないように両腕をいらいら動かしている。
 アルメリアはポニーテールを揺らしながら歩いて行くと、ユトとメリッサ、そして女友達数人を背に、暗証番号と顔写真を見せて自分が入学対象者であることを職員に照合させた。
 港と船の間の足場を他の入学予定者と共に渡っていき、外から見える位置につく。手すりに寄りかかると、まだ肩を組んだままでこっちを見てくる両親と、女友達に視線を送った。
 アルメリアの後からどんどんと人が乗り込んでいく。お別れ会的なことはする予定にないらしく、全員が乗り込んだことを確認すると足場が撤去されて、船はするすると岸から離れ始めた。
 我が子を、友人と暫く会えなくなることを惜しむように、別れの言葉や言葉にならない大声が飛び交う。いつ用意したのか、紙テープを投げる人もいた。
 船が動いたのを察知した海鳥たちが集まってくると、ぎゃあぎゃあ喚きながら船の上で円を描くように舞う。汽笛が鳴る。鳥が一旦散って、また集まる。

 「またね!」

 アルメリアは、風と汽笛に負けないように大声を張り上げると、右手がもぎれるまで振り続けていた。



 ◆  ◆  ◆  ◆



 公立『HRK学園』。
 名前の由来は創立者から来ているというその学園は、未来に役立つ最先端技術を学ぶことが出来る小中高大までを一つにした巨大な教育機関であり、先端のロボット技術を持つことで有名でもあった。最近では宇宙の分野に手を出している。
 ロボット技術の発展著しい近年では、ロボットの様々な場所での応用が進められており、宇宙開発の分野で引っ張りだこなのだ。
 もともと高度なロボット技術を持つHRK学園が手を出したのも納得と言えよう。
 さて、アルメリアがそこに入学を望んだ理由は何かと言ったら、両親の影響が大きい。
 アルメリアの両親、ユトとメリッサは潜水士という職を生業としている。潜水機というロボットを駆り、先史文明の遺跡を調査して金目の物を引きあげる職業で、彼女はその姿を見て育ったのだ。
 女の子は人形や絵にしか興味が無いなんて嘘である。両親がロボットを仕事で使い、また日常にロボットがあったせいか、いつの間にかアルメリアはロボットが好きになっていた。
 これから発展の望める分野で、しかも好き。ここまでくれば、あとは入学先は決まっていたようなものだ。猛勉強の末、彼女はHRK学園の試験に合格し、入学手続きをしていた。
 そして今現在に至る。
 アルメリアは、フェリーの中でぼんやり時間を過ごすのがもったいなくて、バックパックを置いてぶらぶらと散歩していた。
 惑星改造技術すら所有する人類とて、効率や物理限界は超えられない。なんだかんだでローテクは未だに健在なのだ。エンジン効率はあがったが、他は昔と大差ない。
 HRK学園直通のこの船には、入学する生徒がたんまりと乗っている。今の内から友人を作ると言う手もある。それも含め考えるために歩きまわっているのだ。
 潮風が心地よい。海が遊びの場に等しいアルメリアには、潮の香りは何よりの香水だ。
 船が波で動揺するのだって、楽しい。両親に連れられて釣りに行くなんてしょっちゅうだった。海にボートで一人漕ぎ出したことだってあるのだ……こっぴどく怒られたが。遭難しかけたから当然かもしれないが。
 春の暖かさをじわりと滲ませる海をうっとり眺める。
 太陽の放射が、自然の生み出す乱雑でありながら整合のとれた海面にぶつかり乱反射、煌めく粒子となり眼に映る。自由な海鳥達がフェリーを取り囲むように飛び、疲れたときは船のアンテナや人の居ない場所に止まる。
 気がつかない程度に優雅な円を描く地平線をざっと視線でなぞったアルメリアは、なんて美しいのだろうと溜息をついた。
 自然とは言え、元あった水を溶かす様に誘導して、動植物を移植したに過ぎない。ある意味でこの光景は人工だが、ヒトの手を離れた今は既に自然なのだろう。
 まぁ、どっちだって構うものかとアルメリアは思う。美しいものを美しいと感じることの何が悪い。
 地平線を見つめて、ほう、と溜息を吐く。悩みのある女性は美しいと言うが、うっとりとしている女性も男性の心にグッとくるに違いない。
 風で乱れた髪を手でかきあげ頭を振れば、彼女を特徴付けるポニーテールがふわりふわり揺れる。
 アルメリアは、気になっていた船の一番前に行こうとして、その男性がこっちを見ているのに気がついた。半身捻ったまま、ズリ落ちた眼鏡を直す。
 青年が良く通る低音を発した。

 「ヨー、お嬢さん(フロイライン)。今はお暇だろ?」
 「はぁ………?」

 いつの間にやらブロンド髪でガタイのいい同年代の青年が柵にゆったり寄りかかったままこちらを見ていた。ぼんやりしていたので接近に気がつけなかったようだ。
 あっけにとられ生返事をするアルメリアに、その青年は爽やかな笑みを浮かべてみせた。ただ筋肉が多いので、どちらかというと暑苦しい。逞しいというか逞し過ぎる。筋肉が足りないの騒ぎではない。
 これはひょっとしてこれはナンパというものなのか。フロイラインなどと気取った単語を使って声をかけてきたのだから間違いなかろう。
 アルメリアには何度か男に声をかけられた経験があった。故、こういった状況は初めてではなかった。
 逃げるか。否。船上では逃げ場など無い。
 あしらう。素晴らしい。無視を決め込んでもいい。
 アルメリア、両手の指先までしっかり伸ばし、両足をそろえると、頭を下げた。最初からきっぱりと御断りしておけば諦めてくれると踏んだのだ。

 「ごめんなさい」
 「あぁ……あ? えっ、ちょっ!」

頭を上げて相手を見るより前に腰を捻り体を起こし、早足で退却する。ここら辺の対応は主に母親から学んだ。
 すたこらさっさと逃げて行くという予想外の行動をとったアルメリアに、青年は慌てて後をつけた。するとアルメリアはますます足を速めて逃げて行く。
 埒が明かないと、船内に入る扉を開き、目一杯に閉じて時間を稼ぐ。青年がもたついている間に、アルメリアは逃亡に成功した。鉄製の扉だ、開くのには手間がかかる。

 「ふぅ。なんなの」

 船内に入ると談笑する女子数人が居た。やたらと慣れ親しみのあるように話していることから、恐らくこの船に乗る前から既に友達同士だったのだろう。
 話しかけようと思ったが、あまりに楽しそうに話しているので入れずにその前を通るだけにした。
 友達を作るどころか、妙なナンパ男から逃げなくちゃいけないなんて、どうしてこうなった。逃げきったと言えば逃げ切ったが、出鼻をくじかれた思いだ。
 もうなんだか面倒になったアルメリアは、リュックサックから冷たいミネラルウォーターのは言ったペットボトルを取り出すと、蓋を開けて一口二口飲んでまた仕舞った。
 何、無理して誰かと話をしなくてはならないわけじゃない。のんびりしていても誰に咎められるわけでもなく、いっそのこと船が到着するまで眠り続けていてもよいのだ。
 アルメリアは船内の丸い窓の汚れを指で払うと、ぽかりと浮かんだ大きい雲をみつめた。入道雲かくやという巨大なそれは、春とも夏ともつかぬ景観を作り上げている。
 詩的表現を脳内で構成しようとしてみたアルメリアであったが、絶望的なので中断した。
 元より、文学の才能なんてありゃしなかった。

 「ふーんふーんふーんふん、ふーんふーんふーんふんふん♪」

 脳裏に唐突に浮かび上がった曲を小唄に乗せる。
 なにはともわれ、船の一番前を目指す。
 ゲーム機で遊ぶ男二人の横を通り、既に開かれている鉄の扉をくぐる。お世辞にも綺麗とは言えない通路を、案内板の通りに進んでいけば、船の前デッキに出ることが出来た。

 「そーいえば、大昔の映画でこんなシーンがあったような」

 ふと思い出すのは、既に著作権が切れて無料で観ることが出来る昔の映画のワンシーンであった。立場の違う男女が恋に落ち、しかし船が沈没して悲劇的な別れをする映画だった。その中で、船首で二人が抱き合いながら立つ場面があった。
 夕日に染まった船の上、美系の男女が愛を語らう……。
 悲しいかな、アルメリアは女友達とばかり遊ぶ暮らしをしていたがために、男友達も彼氏も作らず今の今まで来てしまっていた。男性とキスどころか手をつないだことも無い。
 なんとなく、脳が描き出す白のキャンパスに、遠き理想(もうそう)の男女を船の先端に括りつけて遊んでみた。虚しくなった。縄が切れて落ちた。
 これまたなんとなく船首のほうに歩いて行くと、柵から上半身を出す様にして下を覗きこむ。駄目だ、見えない。安全策として身を乗り出して落ちても海面に叩きつけられないようになっているのだ。
 むー、などと呟きつつ、くるりと反転してその柵に体重をかける。

 「これで男がいれば完璧じゃないの!」

 そんな時に、変人全開の声がした。
 うんざりしつつ前を探してみれば、片膝ついた女の子が大仰な大きさのカメラを持ってこっちにレンズを向けていた。いつそこに居たのかは定かではないが、とりあえず、妙な人物だと思うほかなく。
 咄嗟に手で顔を隠す。カシャ。古風なカメラがフラッシュを焚いた。
 その妙な女はあからさまに悔しそうな顔をして指をぱチんと鳴らしてカメラを下げた。手でピントを合わせる型で、どう考えても趣味の品なのだろう。最近はデジタル式が市場を独占しており、その手のは自分で作るか骨董品を引っ張りだすかのどちらかに限られる。
 アルメリアは、その無粋な輩につかつかとにじり寄った。

 「何をするんですか!」

 しかしその金髪シニョンの少女は愉快そうにけらけら笑うと、手を蝶々のように開いたり閉じたりしただけの反応だけ。同年代のはずだが、余りに楽しげにかつ純粋に笑うので、小学生かなにかを相手にしているように感じられた。
 その少女は口元を緩めたまま、親しげにアルメリアの肩に手を置いた。

 「いや、可愛いじゃん? 撮りたくなるのも当たり前じゃんよ」
 「意味分かんないです」
 「ピース!」
 「お断りします!」

 執拗に写真を撮りたがるので、地平線の方向を睨むことで撮らせない。カメラを持った少女は素晴らしい反復横とびでアルメリアの正面を取ろうとするが、させまいと腕で押さえる。
 結果、二進も三進も身動きできない訳のわからない状況が船の上、爽やかな海風が吹くこの場所で展開されることになった。具体的に言うとアルメリアが少女の頭を両腕で締めている状況だ。
 少女がもごもご息を漏らす。

 「うわーん、離してよぅ!」
 「撮らないで下さい!」
 「もう、強情だなぁ。分かったよ。撮らなければいいんだろぃ!」

 何故撮られるのが嫌なのかは分からなかったが、とにかく、カメラ小僧ならぬカメラ尼が撮らないと言ったので、首を締めあげていた手を離してあげた。
 金髪シニョン少女は首をこきこき廻すと、カメラのレンズに蓋をして、首から下げた。
 その動作一つ一つに、両親の仕事仲間の青いクセッ毛の女性に通じる何かを感じたが、今はおいておくことにした。まさか知り合いだったとか、そんな偶然があってたまるものか。

 「私の名前はシュレー=エイプリル!」

 少女はそう名乗ると、にこにこ笑顔のまま右手を差し出してきた。アルメリアがその手を見れば、ふんふん囁きながら握手を促してくる。握らないといけない雰囲気だった。
 一体全体何が嬉しいのか皆目見当もつかなかったが、断る理由も無いので握っておく。するとその手をシュレーの両手が包み、握り、大きく上下に振る。肩ががっくんがっくん揺れる。

 「私の名前はアルメリア=シーゼンコード=ファルシオンです」
 「長いからアルね!」
 「ちょっと、それは男の子のじゃないですか!」
 「ぇー? そんなことないよ? アルでも」
 「……もういいです。アルでいいです」

 話している最中だが、まだ握手は解除されていない。シュレーは本当に楽しそうに握手を続けており、アルメリアは離すに離せず振られるがまま。
 ふと気がつくと名前をアルに略されていた。もう諦める以外の選択肢が無くなったアルメリアが諦めの顔をした。それを見ていたシュレーはくすくす笑ったかと思えば、次の瞬間にはまたカメラに手を伸ばしていた。
 とりあえず、アルメリアはデコピンを食らわしておいた。ぱっしーんといい音がした。シュレーが痛そうな悲鳴を上げた。
 手と手が離れる。アルメリアは片手を腰に置いた。

 「あだだ……暴力ハンターイ」
 「無断撮影ハンターイ」
 「むむむ、いいセンスをお持ちのようですな」
 「いいから、撮らないで下さい」
 「べっつに丁寧に話さなくてもいいのになぁ」

 いつまでも他人行儀なアルメリアを見かねたシュレーが、もっと仲良くなろうよアピールをしたが、首を振られてしまった。なおそんな彼女の額は赤き痕が残っており、デコピンの強さが窺える。

 「やっぱり学園に入学するんですか?」
 「つれないなぁ。いいか。うん、私もHRK学園に入学するんだよね。ロボの方」
 「私もロボット工学の方です」
 「運命だね!」

 シュレーが両手をぱしんと合わせた。アルメリアは片足に体重を乗せる。
 同じ学科ということは、同級生になるかもしれない。

 「偶然ですよ」

 元気なのは結構なのだが、初対面でぐいぐい前に出てくるシュレーに、アルメリアは若干押され気味だった。父親譲りの物腰の弱さ故か。
 ぴょんぴょん跳ねたり、腕を組んで見せたり、シュレーはいちいち動作が面白い。相手をからかおうだとか、馬鹿にしようだとか、そう言うの抜きに体が動くのかもしれなかった。
 頭の中まで春模様(エイプリル)などと失礼なことを考えていたのは秘密だ。
 前のめりのシュレーと、引き気味アルメリアの二人の間に涼しい風が吹き抜けて。海鳥のが嘶き、風の音色の中に鋭い痕跡をまき散らす。船がほんの少しだけ揺れれば、海面に白い波が立つ。
 と、さっきまで元気溌溂だったシュレーが一羽の海鳥をぽけーっと見つめたままで停止していた。目は遠く。ううん、と悩ましい溜息。
 アルメリアも同じ方向を見遣れば、その海鳥は羽ばたく訳でもなく、風に乗り空高く舞い上がる。一枚の羽根がちぎれ、後ろに流されていった。
 鳥は地べたを速く走れないが、人よりよほど速く、自由に飛んでいける。
 突然纏う雰囲気が変貌したシュレーに、アルメリアはそっと声をかけた。

 「どうしたの?」
 「……ぁ。ごめんねぇ、鳥を見てて、飛びたいなぁって思って」
 「ところでロボット工学を選んだ理由は?」
 「かっこいいじゃん!」
 「ふーん……」

 アルメリアはちょっと感心してふんふん頷くと、その白き鳥の行方を眼で追いかけた。見る見るうちに高く高く、虚空の一点に成り、しかして船の上空を維持したまま飛ぶ。
 シュレーは唯の変な子なのかと思いきや、案外ロマンチストでもあるらしかった。空を自由に飛びたい。子供じみた願いだが、馬鹿になんてできない。空を越えて、海を越えて、そう願い事が悪いだなんて思えない。
 では何故ロボット工学なんだと突っ込むべきなのだろうが、空気の読めるアルメリアには出来ない。
 正直、友達にはなれなそうだなと思っていたが、仲良く出来そうだと感じたアルメリアは、やんわりと頬を緩ませシュレーの横顔に口を開いた。

 「よろしくね、シュレー」

 こういうとき、丁寧に言うべきなのか普通なのかは判断できなかった。


    【終】

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