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「放浪少女クー」

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『Diver's shellⅡ』


「放浪少女クー」



 旧市街の某所、廃倉庫がクーの寝床であり家である。
 その倉庫には引っ切り無しに猫が出入りし、地面から伸びる植物に囲まれているせいか、人が寄り付かぬ閉所となっていた。屋根に通じる階段は日光が差し込む関係上猫が固まって、もこもこの絨毯を敷いている。
 彼女の一日は、太陽が昇りきっていない早朝から始まる。
 倉庫内部で無防備に眠る猫の一角で、一人の少女がぱちりと目を覚ます。割れた窓から差す曙の光が、猫達の体に注いで、一さじの暖かみを与え始めた。
 親も無く世話をしてくれる人間も居ない彼女が、朝にすべきことは何か。それは当然、今日一日活動し命を繋ぐための食料調達である。うだうだ寝続けていては食料を得ることは難しくなってくるのだ。
 すぐ傍で体を丸め寝ていた黒猫が、クーが目を覚ますと片耳をぴくぴく動かし、眠たげな瞼を瞬かせ、にゃーん、と鳴いた。尻尾はとんとん地面を叩く。
 他の猫達は起きる素振りすら見せず、平和な惰眠に浸っている。猫は一日の大半を寝て過ごすこともあるというのだから、仕方が無いのかもしれなかった。
 黒猫と少女は見つめあった。少女が黒猫の髭を引っ張れば、黒猫が少女の三つ編みに猫パンチ。あたかも人間の姉妹のようにじゃれあう。猫と人の間に無言の会話が成立しているようだった。
 少女は黒猫の前足を掴むと地面に横たわらせ、お腹を撫でて立ち上がると、三つ編みを翻し倉庫を出て行った。黒猫は片手を上げそのまま目を閉じ眠りについた。


 猫の運動能力が人間のと考えた場合、その人間は超人であると言って差し支えない。
 自分の身長の数倍もある壁を駆け上がり、木に登り、獲物を捕らえる為なら数日飲まず食わずで待ち、全力疾走すれば人よりずっと速い。
 しかし、クーは人間である。木登りくらいは出来るが、身体能力は同年代の女の子と比較してちょっと高くて体が丈夫な程度なのだ。猫のように魚を捕獲したり鳥を獲ったりは現実的ではない。
 ではどうするかと言えば、誰かから貰うか拾うかだ。
 今現在、彼女に食料をくれるのは「おじさん」「お兄さん」「レストランの人」、そしてジュリア達。といってもジュリア達の場合クーはついていって半ば強引に頂いているようなものなのだが。
 今日は、お店の残飯を探すよりも簡単に食料が手に入る。何故なら、「おじさん」が来るからだ。
 倉庫を出てすぐにある階段に腰掛けると、空を仰ぎ見た。何一つ遮るもののない蒼穹が、彼女の蒼瞳に映る。申し訳ない程度に白い雲が浮いている。
 こつん、こつん、こつん……。
 聞き慣れた足音に耳を澄ませば、物陰から青い目が印象的な一人の中年男性が姿を表した。その腕には紙袋があり、ほんわかといい匂いが漂ってきている。男性は無精ひげを一撫でしつつ微笑した。
 彼こそが定期的に訪れ食料をくれる「おじさん」である。

 「やぁ、お腹空いただろう?」
 「うん」

 クーは頷くなり男性の手から紙袋を受け取って、中身を取り出した。容器に入ったカフェラテとドーナッツだった。ラテを一口飲み、男性の足元に座る。
 黙々と食料を胃袋に収めるのを見た男性は、苦笑いを浮かべ、苦悩の息を漏らしクーの隣に腰掛けた。
 基本的に無口なクーと、話題の無い男性が同じ場所に座れば、食料の半分が消えても会話が無いことを簡単に想像させる。事実そうだった。
 ドーナッツは粗方彼女の胃袋に投じられ、温かいラテも底をつきかけている。少女らしからぬ食欲は、いつ栄養分を摂取できるか分からない生活スタイルがそうさせたのだろう。
 ラテの残りを全て飲み干したクーは、もっとくれと主張すべく、男性の服を引っ張った。

 「参ったな、あとはオジサンのだけなんだが……」
 「……ちょうだい」


 薄くなった頭髪を掻く男性に少女は更ににじり寄ると食料を要求した。仮に今食べなくても、保存食になり共に棲む猫達のエサにするなり、使い道はいくらでもあるからだ。
 男性は懐に手をやるとクッキー状の携帯保存食を取り出した。減量中の女性から、潜入任務中の男性まで広く普及しているタイプだ。クーはそれを受け取ると包みを破り食べ始める。
 一本目。あまり味の無いそれをもぐもぐ。
 その姿を見ていた男性は、手を伸ばし、艶を失ったクーの髪を指で梳き、頭を撫でた。クーは落ち着き払った態度で食事を続ける。
 男性はクーの頭を愛しみ込めて撫で、頬を指で触れた。男性の固い指先を、幼い肌は弾力をもって弾く。クーは男性の指を拳で包むと、力を込めては離し、握っては離し。

 「美味しいか?」
 「うん、美味しい」
 「そうかよかった。今度はもう少し多めに持ってこようか」
 「うん」

 男性はクーと手を合わせたりして遊んでいたが、やがて立ち上がって、胸元で手を振った。
 クーは食後で眠くなったらしく、欠伸をしながら廃倉庫への扉を開けて中に半身を入れて。

 「じゃあ、また」
 「うん、また」

 別れの挨拶は短く簡素に。青い目の男性と、青い目の少女はきっかり同じタイミングで振り返って、男性は廃倉庫から道路に、少女は廃倉庫の中に入っていった。
 男性はゴミを纏めて入れた紙袋を右手に、左手をポケットに突っ込み背中を丸めて歩いていく。彼の背中を背中がなじり服を乱暴に揺さぶった。
 男性は少女と同じ色の瞳で空を仰ぎ見ると、肩に乗った猫の毛を摘み、指先で弄びながら街の中に消えた。




 クーの一日は、普通の人よりずっと早く終わる。
 食べて、寝て、食べて、寝て。その合間に猫と一緒に探検したり、仲のいい人と遊ぶ。彼女はどこまでも自由だった。
 相棒的な役割を担っている黒猫を引き連れ帰って来たクーは、三つ編みをさっと解いて猫の群れの中で寝転んだ。穴あきの天井から侵入してくる夕日が目に痛いほど輝いている。
 猫の蚤取りをしていた彼女だったが、いつの間にか寝息を立てていた。彼女が体を丸め、黒猫のお腹に顔を埋めるような体勢になれば、暖を求めるほかの猫が寄って来て、猫山が完成する。
 彼女の寝顔は、人形より清らかなものであった。
 今宵は満月。彼女と、猫達の群れに銀色の光が注いだが、寝ている以上分かる術は無かった。


           【終】

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